芹沢蓮にとって、ゴジラとは唾棄すべき存在だった。
父親である芹沢猪四郎がその生涯を賭けて研究している対象であるとは知っている。
しかし、蓮にとってはそれは父が自分と母を、家庭を捨ててまで追い求めているものとあっては敬意や崇拝、況してや感謝の念など抱ける筈も無かった。
蓮も両親も日本人だ。
モナークの仕事で世界中を飛び回る父と違って、自分と母は日本から出た事は無い。
故に周囲には怪獣災害の被害を被った者はおらず、寧ろ日本を守ってくれているゴジラに感謝する人達ばかりだ。
そんな周囲との差異に蓮は相当なストレスを貯め込んできたが、それでも大事な母を見捨ててまで国外に行くだけの意思は無かった。
父親と同じく何だかんだ優秀な蓮は今は国際的な企業、エイペックス・サイバネティクス社の日本支部に勤務している。
若いながらも既に幾つも結果を出しており、このまま行けば将来的には順調に出世していけるだろう。
その分だけ常日頃から忙しい蓮だがその日は珍しく休みが取れたので、親孝行のために普段は行かない東京スカイツリーに母と共に観光に来ていた。
そんな日に限って、蓮はへドラ事件と遭遇した。
幸いにも、日本本土へと中型以上のへドラが上陸する事は無かった。
しかし、自衛隊の奮闘空しく東京湾内にまで中型へドラが入り込み、小型へドラが一部で上陸した事は痛恨事だった。
当時、対怪獣の戦闘経験が極端に少ない自衛隊ではへドラに対する有効な攻撃手段は殆ど無かった。
特に有効だとされるナパーム弾は非人道的だとして存在せず(現実でもそう)、火炎放射器が携帯放射器の名で少数存在するだけで実戦運用の経験は皆無だった。
議会で稟議に上がっては予算の問題で却下される、その程度の重要度だった。
民間でもゴジラの存在のお陰で怪獣災害を軽視する風潮だったため、対怪獣装備の調達への賛意は低調だった。
それが故にへドラの侵攻を止められず、後数分で首都上陸という所で、他の2体の中型へドラを下したゴジラが間に合った。
その様子を高層建造物故に避難が遅々として進まないスカイツリーの展望台にて、蓮は見ていた。
母が足首を挫いてしまった事もあり、蓮が背負って階段から避難しようにも将棋倒しになる危険性も考慮して展望台に残っていたのだ。
エレベーター?醜い争いが起きてるから近付かない方が良いだろう。
「ねぇ蓮、海の方から何か来ていない?」
「え?」
見れば、確かに沖合の波間に黒い何かが海面付近に浮かんでいた。
気になったそれをよく観光地にある一回100円の有料望遠鏡で眺めてみる。
すると、波間から覗き見る巨大な眼球を見てしまった。
「な、んだよアレ・・・?」
怪獣だ、と誰かが叫んだ。
怪獣、地下から現れて世界中で暴れている破壊の化身。
今まで日本を除く世界中で多くの人々が被害に会い、今もなお広がっている恐怖の対象。
それが遂に日本にまで来てしまったのだ。
見れば、必死に自衛隊の航空機や戦闘ヘリが攻撃しているが、へドラの移動は些かも衰えていない。
全く効いていないのだ、自衛隊の装備では怪獣に。
もしあんな奴が上陸してしまえば、一体どれだけの被害が出るか。
いや、それ以前にこの場で避難できずにいる自分と母も危険だ。
だが、もう移動は出来ないだろう。
波間から現れた怪獣の姿にエレベーターも階段もパニック状態で危険だ。
あれでは直ぐにでも将棋倒しや人の圧死が起きてしまうだろう。
「お、おい、アレ・・・。」
すると、自分と同じように諦めて事態を見守っていた者が声を上げた。
へドラの後方の海面、それを突き破るように剣の様な背鰭が現れ、へドラに向かって猛烈な勢いで迫っていく。
「あれが、まさか・・・。」
「ゴジラ、よね?」
横に来ていた母の言葉と同時、海面からゴジラがその上半身を飛び出させ、背を向けて陸に向かって泳ぐ、否、必死に逃げるへドラの背へと飛びかかったのだ。
ゴジラに掴みかかられ、へドラも逃れようとするが、ゴジラは一切の抵抗を受け付けない。
自衛隊にへドラ諸共攻撃されながら、その一切に痛痒を感じさせず、腕にへドラを拘束したまま(後から気付いたが千切れたりしないように優しい手付きで!)湾に背を向けて再び海に潜っていった。
その時、望遠鏡越しにだが蓮は確かに見た。
ゴジラの瞳、そこに確かにある知性と意思の光を。
あれが怪獣?
先程の知性の欠片も感じられない化け物と同類?
否、そんな筈が無い。
アレはもっと大きな、雄大で、力強い存在だ。
人類では計り知れない程の存在規模を持った、それでいて地球に生きる一個の生命体。
人によっては、アレこそが神だと言うのかもしれない。
父が心奪われた研究対象だから、ゴジラを見る目は他人より厳しくしてきた自覚が蓮にはあった。
だが、だが、そんな些末な事よりも遙かに、あの存在が見せた底知れ無さこそが蓮の心を強く惹き付けた。
「蓮?蓮?」
「あ!か、母さん、避難は?」
「そろそろ私達の順番よ。行きましょう?」
「うん、行こっか。」
母に促され、係員の指示に従って避難を始める中、蓮は思った。
父も、こんな気分だったのだろうか?と。
故郷を飛び出て、家族を捨て、世界中を飛び回って。
そこまでしてなお、ゴジラを追いかけた父はどんな気持ちをゴジラに抱いているのか?
(ごめん、母さん。)
故郷も母も今の生活も大事だ。
しかし、だが、けれども、蓮はもう魅入られてしまった。
あの王の持つ瞳に、確かな知性と意思の宿る、人間と比べて余りに深すぎる底無しの眼差しに。
そう自覚してからの行動は早かった。
本社に掛け合い、上司や先輩、同僚の制止も聞かず、本社が進めている対怪獣兵器開発計画に無理を言って参加させてもらった。
父の名を知らぬ者はいない業界故に癪だが父の名を少しちらつかせれば、大体の要望は通った。
米軍に軍需産業にモナーク、そして世界一有名な民間の研究所の合同で行う一大開発計画。
そこに行くと共に、どうしても父と話したかったのだ。
それを説明した際、母からは呆れた様な、納得した様な顔で嘆息と共にこう言われた。
「やっぱり蓮はあの人に似てるわ。一度決めたら向こう見ずな所とかそっくりねぇ。」
やんちゃな幼い男の子を見る様な目で、母はいってらっしゃいと蓮を送り出してくれた。
それからの蓮の生活は正しく激動だった。
海のものとも山のものとも知れない対怪獣兵器の開発は全体を牽引するあのDr.酒寄を中心に進んだが、現場からの要求や政治分野からの茶々入れ、開発陣同士の方針の対立など、多種多様な問題が浮かんでは消え浮かんでは消える日々。
父とゆっくり話せるようになったのは試作モデルの大筋が決まり、実際に一部パーツを作成してテストして調整してテストして作り直してテストして・・・の開発計画の半ば頃の事だった。
「まさかお前がこっちに来るとはな、蓮。」
「父さんこそ、偶には家に帰ったら良いのに。」
父と子、長らくサシでの会話なんてしていなかったのに、何故だか今は長年抱えていた不満や怒りは特に出てこなかった。
恐らくだが、同じものに魅入られた者同士の共感の様なものがあったのだろう。
「どうだ、ここは。日本とは大分違うだろう。」
「毎日忙し過ぎて参るよ。酒寄博士が優秀でなかったらとっくに破綻してたろうね。」
「だろうな。私も同じ意見だ。人の手で怪獣を超える機械を作るのは、本来ならば最短でも10年計画ですべき事だった。」
しかし、開発計画はこのまま推移すれば僅か数年で成果を出す程に圧縮されつつある。
その上、現時点で既に実用段階の小型核融合炉や抗核バクテリア、超耐熱チタン合金、人工ダイヤモンドミラーコーティングにその上位互換の人工ブルーダイヤモンドミラーコーティング、そして反重力推進装置の基礎理論などが個別にテスト中と来た。
これらだけで特許料としてはおつりが来るレベルだし、ソフトウェアを始め細かい所まで含めたら一体どれだけのブレイクスルーが起きているのかちょっと数える事すら蓮は怖い。
「酒寄博士・・・父さん、あの人は何なの?ちょっと同じ人類とは思えないレベルなんだけど。」
「普通ではないが人間だ。休日なんて分かりやすいだろう。」
「それはそうなんだけどさ・・・。」
仕事では兎も角、私生活では典型的なライバーオタク兼歴史的な人気ライバーなのが酒寄彩葉だった。
人格・能力・実績全てで優秀であり、若くして自らが代表の研究所まで持っている。
でも私生活は大分だらしない、というか研究とライバー活動が優先になっている。
「明らかに成果が人類のソレじゃないよ。」
「まぁ・・・知らない方が良い事もある。」
ぐい、と猪四郎がお猪口を呷る。
立場上言えない事は無数にあるのはお互い様だ。
蓮もまた、父のその意図を理解して黙ってお猪口を呷った。
「ゴジラは・・・何なんだろうね。あんな存在がどうしてあんなに人類に配慮してくれるのか。」
人間はアリやダニに配慮なんてしない、寧ろ駆除したり近付いてこないようにしている。
それと同じ位のスケール差がある筈のゴジラは人間に随分と配慮した行動を心掛けている。
これはモナークや各国の研究機関でも同様の意見であり、ゴジラの無数にある謎の一つだった。
父ならば何か知っているのではないか、そう思った蓮はあのへドラ事件の日から抱えていた疑問を父にぶつけてみた。
「彼が慈悲深いというのが第一。次点で、彼とずっと交流し続けている者がいる。」
「酒の席として聞くけど、そんな事出来るの?」
「可能だ。しかし、同時に不可能だ。」
すい、と父の視線が月夜を映す窓に向く。
その瞳が何処を向いているのか、蓮には分からない。
でも、此処では無い何処かを見ている事だけは分かった。
「ゴジラは極めて高度な電磁制御技術を持っている。恐らく人類よりも高度な。」
「人類側の電子通信は全て筒抜けって事?」
「あぁ。その上でゴジラは誰にも話しかけない。だが、そんな彼に長い間話しかけ続けた者がいる。だからこそ、ゴジラは人間を自分とは異なるものの知性体として認知し、配慮しているのかもしれない。」
酒の席で、詳しい事は何一つ語らない。
それが父の立場でできる精一杯の解答なのだと、蓮には十分伝わった。
「父さんも、母さんに返事をしないとその内愛想尽かされるかもね?」
「・・・努力する。」
「今度一緒に電話しようよ。積もる話もあるだろうしさ。」
「むぅ・・・・・・。」
眉間に皺を寄せて、誤魔化すようにお猪口を呷る父を見て、蓮は漸く胸の中のつかえが取れた気がした。
後日、母とのテレビ電話は随分と話が弾み、久々に家族全員で歓談できた。
結果、国際電話料金が随分と高くついてしまったが、父は黙って全額を自分で負担してしまった。
何となく今まで見えなかった両親二人の関係性が見えて、蓮は微笑ましくなった。
・・・・・・・・・・・・・・・
酒寄彩葉は8000年分のかぐや/ヤチヨの記憶を見てから、時折奇妙な夢を見る。
それは人工物の一切無い広大な自然であったり、静寂と暗黒の海底であったり、恐竜時代であったり、恐ろしい怪獣同士の戦いであったり、想像を絶する闘争の場面であったりした。
それらを見ても、彩葉には動揺は無かった。
それが誰の夢、記憶なのか、彩葉は直感的に理解していたからだ。
意識を後ろに向けると、そこには巨山が如く微動だにしない巨躯の姿があった。
ただじっと向けられるその瞳を見返すのも、これで一体何度目だろうか。
岩肌とケロイドが合わさった様な外皮、一薙ぎで山すら削り切る力強い尾、一つ一つがビルほどに巨大で鋭利な剣の様な背鰭、あらゆる怪獣の守りを貫き、攻めを弾いてきた両腕、それらを備えて小揺るぎもしない巨大な胴体と両脚。
何より、そこまでの力を持ちながら一切の傲慢さを感じさせず、寧ろ思慮深さと人生経験の深さを感じさせる奥行きを持った瞳。
彼こそが王、地球の王にして生態系の頂点、この星の真の支配者にして管理者。
誰が呼んだか、怪獣王ゴジラ。
この夢の主に、彩葉はずっと感謝の念を向けていた。
「ありがとう。」
夢の中とは言え、こうして感謝の言葉を告げるのはもう何度目になるだろうか。
夢を見る度にしているので、もう数える事も諦めた。
夢と言っても、この夢を見る時はいつも記憶がはっきりしている。
夢とは本来記憶の整理のために見るものだが、あのヤチヨの記憶全てを見た時から、彩葉はそういう本来の夢を見なくなった。
脳のリミッターが解除され、ヒトとしての限界を超えた彩葉の脳には記憶の整理なんて必要が無くなったからだ。
それでも尚見るこの夢は、つまり異なる原因が存在する。
混線とでも言うべき現象が、この夢の主たるゴジラと私の間で起きている。
そう直感で結論付けてから、彩葉の脳細胞はその思考を加速させ、答えを出そうとする。
と言っても、その答えがちゃんとした正答に至ったのはモナークに外部協力者として参加してからの事だった。
そして重要機密の一つ、原初の共生ゴジラ細胞=ミトコンドリア説を見つけた時、彩葉は正答へと至った。
あぁ、あの日、本来ならば私は死ぬ筈だったんだ。
常識的に考えて、人間の脳味噌に8000年分の情報量は即死待った無しだ(なお原作)。
なのに私が生きているという事は原因があり、それがコレだ。
この共生ゴジラ細胞単体だけでは足りない。
けれど、ゴジラの持つG0と他個体間のエネルギーと情報伝達機能をミトコンドリアにも作用できるのであれば話は別だ。
極めて繊細な、それこそ砂粒を削って彫刻にするが如き繊細さで行うエネルギー送信及び情報処理のための演算領域の提供さえあれば、人間の脳一つでもギリギリ8000年分の情報を処理できる。
本当にギリギリのギリだが、理論上は可能だ。
そう結論づけて以来、彩葉はずっと感謝を告げている。
かぐや/ヤチヨ曰く意地っ張りで頑固との事だが、私が相手だとなんか小動物に向ける様な、祖父母が孫に向ける様な、只管穏やかな視線と感情しか伝わってこない。
と言うことはあの子がまたぞろ何かやらかしたんだろうなぁ・・・とは思うが、そう指摘する勇気も詳細を聞き出す度胸も彩葉には無かった。
ただ一方的に話しかけるだけの関係だが、かぐや/ヤチヨもそうらしいのでこれで彼への対応は正しいのだろう、きっと。
なので、ただ感謝を伝えて、今日も夢から覚め、幸せな明日を目指して生きる。
それが彩葉なりの、あの日自分を助けてくれた王様への誠意の表し方だった。
正直ここで完結でも良い希ガス
でも一応この後の地下世界の対コング族戦とその後の対ギドラ戦考えてるからそこまで進んでみようかな