FUSHIにとって、ゴジラの存在はある種の救いであった。
主であるかぐやが8000年の間に徐々に徐々に摩耗し、元々持っていた技術情報だけでなく経験によって培った政治、謀略により多くの人間を望む方向へと誘導しつつ、やがてはその寿命差により離別していく。
それはかぐやと相手が互いに友好的であっても、敵対的であっても変わりはしない。
ただただ無慈悲な時間の差が両者を分かち、永遠に断絶する。
肉体的死というどうしようもない離別は元より人懐こいかぐやの心を深く深く傷つけ、その度に摩耗させていった。
『ちょっとちょっと聞いてよー!この前さぁー!』
(うっざ)
だから、その圧倒的な物理的強さがために寿命での離別が無いゴジラの存在にかぐやが大なり小なり依存するのは仕方の無い事だった。
しかも自分に決して籠絡されず、損得での誘導もほぼ不可能な存在となれば、望む未来のためにやりたくもない政治家や策略家の真似事をしているかぐやの心の大きな支えの一つとなるのも自然の事だった。
無論、彩葉達との思い出が一番の支えである事は永遠に変わりは無いのだが。
『お前は、かぐやと話してはくれないのか?・・・いや、すまん。お前はその方がきっと良いんだ。』
時々、FUSHIはゴジラと話す事がある。
かぐやと違ってテンションも高くなく、頻度もかなり低い事からかぐやの様に邪険にされる事もない。
ただ、黙って話を聞いてくれて、静かに相槌を打ってくれるだけだ。
僅かな唸り声と電子情報化された感情を発する事でコミュニケーションを取っているが、それとて本来のゴジラには無かった後天的な機能だ。
かぐやとのコミュニケーションのために獲得した機能だと知った時、FUSHIは心の底から物凄く申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
自分達はこの孤高の王様に、かぐやの支えになってくれたこの大きなお友達に一体何を返せば良いのか分からなかった。
元犬DOGEだったFUSHIには余り難しい事は分からない。
度重なるアップデートによって感情・意識を獲得し、かぐやと共に在り続けているものの、8000年かけてもまだまだ学ぶべき事は多いし、分からない事も多い。
でも、FUSHIが彼に抱く感情は一つしかない。
『ありがとう、ゴジラ。お前のお陰でかぐやは本当に狂わずにここまで来れた。』
感謝だ。
心の底からの、混じりっけの無いとても大きな感謝の気持ち。
それがFUSHIがゴジラに向ける感情だった。
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最近はいきなり仕事が増えて困る。
20世紀半ば、第二次世界大戦終了後からの冷戦期において、地上では核兵器の開発が盛んに行われ、世界各地で2000回以上の無数の核実験が行われた。
結果、地上の放射線レベルが極端に低く休眠状態になっていた怪獣達が各地で覚醒、活動を再開した。
無論、事前に場所は把握していたので直ぐに警告に向かった。
一部の人間達が呼称している「αコール」、王の号令とも言われるこれを受けて、多くの怪獣達は直ぐ様地下世界へと逃げていった。
だが、中にはティアマットの様に地下世界の道中、現在では水没した地下空間などに身を潜める者もいた。
それらは別に問題無いため放置しているが、それとは別の問題も起きた。
地底世界、そこから繋がる大穴から逆に地上へとやってくる怪獣達が増えてきたのだ。
今までは精々迷い込んだ、或いは他の怪獣との縄張り争いに負けて逃げてきた者達ばかりであり、αコールを受ければ直ぐに逃げ帰るか自棄になって突撃してきても即座に処理できる程度の個体しか現れなかった。
それとて100年に一度程度でしかなかったのだが、最近では異常な頻度と言って差し支えなかった。
何せ数ヶ月に一体、つまり年に数体のスパンでやってくるのだ。
それも一つの大穴だけでなく、世界中の分体によって監視している各地の大穴の中でも特に大きいものからだ。
とても小さな、分体が通り抜けできない程度の穴からはどれ程の数の怪獣が地上に侵入してきているかを考えると、その総数の把握は不可能だろう。
まるで誰かが意図的に怪獣達を追い込み、大穴へと追い遣っているかの様だ。
否、事実としてそうなのだろう。
大穴を抜けてきた怪獣達はどれも大なり小なり差はあれども負傷しており、酷く興奮状態だった。
つまり、誰かが意図的に怪獣達を地下世界から追い込んでいるのだ、それも世界規模で。
これが意味する所は地下世界に知的生命体による巨大な群れ、否、最早国家と言っても差し支えのない勢力が誕生している事に他ならない。
αコールはかなり広範囲に届く代物だが、単体の声で地表や地下世界全てを覆える訳ではない。
実際、私が態々複数の分体を作成したのも王の号令、αコールを地表全土何処に怪獣が現れても届くようにする必要があった事も大きい。
群れ乃至群れの長単位でそれが可能で、尚且つ世界規模で連携できる知能と数、何よりも高い戦闘力がある存在。
そんなものは地下世界においては一つの種族しか該当しない。
(大猿共か。)
グルル、と意識せず唸り声が漏れる。
ヒト種の呼称ではグレートエイプ或いはタイタヌス・コングと呼称される者達。
嘗ての地下世界での秩序の守り手の一つであり、あのキングコングの同種又は近縁種達。
以前私が地下世界で活動していた頃、増長した挙げ句に信徒となった人間達に唆された結果、幾度もちょっかいを掛けてきたが故にその数を目に付く限り減らしてやった馬鹿共の生き残り。
それがまた性懲りも無く仕掛けてきたのが一連の事態の真相だろう。
(だが、まだだな。)
一応、地下世界には現在も秩序の守り手がいる。
モスラという巨大蛾の怪獣だ。
極めて高い知性に小美人と言われる眷属を持ち、死んだ所で事前に残しておいた卵からより強くなって再誕するという極めて特殊な生態を持つ怪獣だ。
嘗ては私と共に地下と地上双方の秩序を担っていたが、現在は地下と地上で分担している。
と言うのも、地上の方が宇宙からの侵略者への迎撃の関係上射程と火力、耐久力に勝る私の方が向いていたからだ。
対三つ首の黄金龍ことギドラの最初の侵攻の時は共に地上で共闘したものだが・・・この分だと彼女も押されていると見るべきだろう。
しかし、未だ救援要請のテレパシーが来ていない以上、迂闊に私が持ち場の地上を離れる事も良くはない。
私という存在はたった一体の分体だけでも大陸規模のパワーバランスを揺るがすのだ。
それは怪獣達の楽園とも言える地下世界であろうと例外ではない。
未だに抗っているだろう盟友の事を考えると、救援したいのは山々だが迂闊な行動は控えるべきだろう。
少なくとも、今はまだ。
(こちらも力をより蓄えたい所だが・・・うーむ。)
正直、ソフト面では脳と神経系の一部のサーバー化による情報処理能力の強化に極めて精密な電子操作技術の獲得でこれ以上はちょっと思いつかない。
ハード、肉体面についても同様だ。
故にこそ数を増やした上で運用しやすいサイズにまで成長したのが現在なのだ。
となると、自分以外を強くするのが手っ取り早い。
(ヒト種か。)
その資格が辛うじてあるのがヒト種だった。
地上世界のあらゆる場所に生息し、圧倒的な数と多様性により種族としては凄まじい潜在能力を持っている者達。
反面、普段は群れ毎に仲間割れ(何だったら同じ群れ同士でも無数の群れに細分化して常時仲間割れ!)しているため、その総合力を発揮する事が出来ないというデバフを持っている種族だ。
嘗ての残滓の記憶からその力が侮れない事は分かっている。
しかし、それが多数の怪獣、特に大猿共相手に有効なレベルに達するにはまだ少しかかるだろう。
流石に100年以上かかる事は無いが、それでも半世紀は待たねばならない。
(・・・・・・・・・チッ。)
となると、あの腐れ縁の馬鹿のしている事を支援した方が良いのではないか?
そんな思考が出てきた事に私は内心で不愉快な気持ちになった。
普段通信を繋ぐだけで煙たがる相手を頼ろう等とは、随分と焼きが回ったものだ。
確かに頼れば多少は事態改善の一助になるかもしれんが・・・・・・・・・・・・・・・何か悔しいから嫌だ。
それに現在のヒト種は冷戦という大規模な対立の真っ只中だ。
迂闊に怪獣の存在がヒト種の間で完全に周知された場合、面倒な勢力争いに巻き込まれる可能性が高い。
そうなれば最悪の場合は地上世界が壊滅しかねない。
そんな事態になっても私だけは生き残れる自信があるが、今の地上の生態系を完全に崩壊する様な事態を招く気は毛頭無い。
(なら、やはり時間が必要か。)
半世紀以上、1世紀未満の間、地上でヒト種の発展を支える必要がある。
小型怪獣は取り零しが発生しているが、生態系に深刻な打撃を与える大型の怪獣は全て撃破しているため、そう直ぐに問題が発生する事も無いだろう。
つまり、今すべき事は現状維持だ。
巨大な怪獣を地下に封じ込め、これに逆らい地上に上がってくる者達を排除する。
これが現状の私がすべき事であり、その時が来るまで続けるべき事だった。
(では、待つか。)
そうして北極の到達不可能点、その分厚い氷床の下で本体は再び意識を閉じた。
人類が科学技術を更に磨き上げ、モスラからの救援要請が届くその時まで。
来るべき決戦に備え、氷床の下に蓄えられた太陽風エネルギーを食らいながら、その時を待つのだった。
なお、大恩人にして友人のワインニキが故郷で大出世した事で浮かれポンチになった8000歳自重しろBBAによる通信爆撃で僅か数年で叩き起こされる模様