幹部名、スピリタス 作:冥王星より通信
アジトに戻り、任務の報告を終えたスピリタスは組織の研究所に足を運んでいた。
その目的は新たな任務、組織の重要な研究員シェリーの監査である。
シェリーは組織に所属する際の背景とその立ち位置の重要度から常に監視を置かれる。
普段は下っ端が担当する比較的軽めの任務であるが、今回は組織の最終兵器であるスピリタスが投入された。
スピリタスはシェリーと出会って早々に凶悪な笑みを浮かべた。
「君がシェリーか。俺が新しい監視だ。よろしく」
「組織の黒い死神が随分と軽い任務を任されたものね」
「不満か?何ならジンに代わろうか?」
「っ…!それだけは嫌!」
「ハハッ。ジンも嫌われたものだ。何をしたのやら」
スピリタスは肩を竦めて笑い声を上げる。
シェリーはスピリタスを警戒しながらも研究を再開する。
スピリタスは戦闘専門であって研究は門外漢なので当然であるが、研究内容は見てもさっぱり分からないものである。
組織からは薬の研究だと聞かされている。
スピリタスは缶コーヒーを片手にシェリーを見つめる。
研究の成果と逃げ出さないかの監視なのでしっかりとシェリーを見る必要がある。
とは言え、ウォッカも言っていた通り常に戦場を駆け回るスピリタスからすれば軽い任務。休暇のようなものである。
あらゆら現代兵器が火を吹く戦場と比べれば遥かに気が楽だ。
スピリタスはその強さから他組織に狙われることも多く、奇襲や暗殺も数え切れない程受けて来た。
その影響で眠っている最中でも敵の気配を探知してすぐさま反撃に出る程に洗練され、肉体は他者とは一線を画し、組織からは切り札として扱われるようになった。
その他にも下っ端時代に磨いた様々な技術で組織に貢献している。
アジトの掃除から死体の処理まで手広く技術を納め、その万能さは組織にとって最重要な存在へと至らせた。
ある種No.2であるラムよりも重要な役割を持つのである。
そんな男が幹部の監視などという軽い任務に駆り出されるのは異常事態にも等しい。
それだけ組織の人手不足が深刻化しつつあるということだ。
スピリタスは組織の人手不足解消の方法を思案しながらシェリーの監視を続けるのだった。
◇
「貴方は休みとかあるの?」
不意にシェリーが疑問を溢した。
スピリタスは暫し思案してから答える。
「三ヶ月に一回とか、そんな程度かな。どうしてまた、そんな質問を?」
「……貴方、私が帰って次の日になっても此処にいるじゃない。だからいつ休んでるのか気になったのよ」
「流石に一度家に帰ってるさ。俺は常人より睡眠が少なくて済むから早めに研究所で待機してるだけだ」
「機械的ね。まるで役割を定められた舞台人形のよう。貴方、休日は何してるの?」
「徹夜でプリキュア見てる」
スピリタスから飛び出した言葉にシェリーが硬直する。
プリキュア、という組織の殺戮人形には似つかわしくない作品が口にされたことに思考が停止したのだ。
「プ、プリキュアって……似合わないわね」
「似合わない人相で悪かったな」
スピリタスは柔らかく笑った。
そうしていると大量殺人を行う怪物とはとても思えないとシェリーは内心で評価する。
まるで無害な犬のような振る舞いだ。とても平然と人殺しをしているようには見えない。
「貴方はどうして人を殺すの」
「……難しいことを聞くな。そう求められたから、とそう答えるしかないな」
「やりたくてやってる訳じゃないの?」
「まさか。俺は快楽殺人鬼じゃない。必要があるから仕方なく殺してるだけだ」
「罪悪感は……あるのかしら?」
「………」
スピリタスはシェリーの疑問に沈黙する。
シェリーはそれをどう受け取ったのか、「そう。貴方も暗い道に立っているのね」と薄く笑った。
スピリタスはシェリーに対して疑問を口にする。
「シェリーは辛くないのか?」
「私は薬を研究してるだけだもの。辛さなんてないわ」
「だが、心は闇に縛られている」
「っ…!」
シェリーはスピリタスの言葉に身を固くする。
縛られている、と表現されて咄嗟に否定出来なかった。
それがシェリーの組織に対する心の在り方を示していた。
「いつまでも仄暗い道に囚われて抜け出せないでいる。真っ当な道があったら歩きたいとは思わないのか?」
「私だって…!好きで此処にいるんじゃない!」
シェリーはつい言葉が強くなる。
シェリーが組織に身を置くのは実姉である宮野明美が人質に取られているからだ。
真っ当な道を歩めたのなら歩んでいた。
それが出来ないから苦しんでいるのだ。
スピリタスは扉の向こうに誰もいないのを確認してシェリーに呟く。
「俺が組織から解放してやろうか?」
「そんなこと…!姉もいるのに出来る訳ないじゃない!」
「姉がいたのか。なら二人一緒だ。俺が二人を逃がす」
「どうして…そんなこと…そこまでする理由がないじゃない」
「個人的な理由だ。罪滅ぼしのようなものさ」
そう語るスピリタスの表情は仮面で隠れて窺えない。
シェリーにはスピリタスの真意は分からない。
それでも、提示された明るい道に希望を抱かずにはいられなかった。
「貴方に組織の目を欺くことが出来るの?」
「組織の切り札を舐めないで欲しいな。組織から二人を逃げさせるくらいは訳ないさ」
「……本当に信じて良いの?」
「勿論。タイミングは見計らう必要はあるが、逃がすこと、その後に安心して生活出来る環境を整えることは出来る。というか、何人か逃したことがある」
シェリーはその言葉に愕然とする。
組織の切り札が実は組織を裏切って構成員を逃していたなんて爆弾のようなニュースだ。
これが知れ渡れば組織は大きな穴を作ることになる。スピリタスが抜けた穴は致命的な傷となり、最悪組織が崩壊する。
スピリタス一人でも組織を潰せる力があるからこそ、この事実がどれだけ重たい意味を持つのか、シェリーは考えざるを得なかった。
「逃した人はどうなったの?」
「名前も変えて、変装もして穏やかに暮らしているよ。中にはNOCだった幹部もいる」
「何ですって!」
これはスピリタスによる重大な裏切り行為である。
組織に潜入していたNOCを生かすどころか逃げる手伝いをしていたとなると、翻意を抱いていると言っているようなものだ。
「どうだ。少しは信じられるか?」
「それが全て事実なのだとすれば、ね。私を騙そうとしている可能性も捨て切れないわ」
「それもそうか。まあ、気長に信頼関係を気付いていこう。お姉さんの名前は?」
「宮野明美よ」
「へぇ!あの子が君の姉だったのか」
「知ってるの?」
「幾度か任務で顔を合わせたことがある。俺が下っ端だった頃の話だ」
そう言ってスピリタスは過去に想いを馳せる。
下っ端自体、忙しくて各国を飛び回って任務を熟していた時に出会っていたのだ。
その時は当たり障りのない会話しかしなかったが、スピリタスは芯のある美人だったと記憶している。
「二人を逃がすとなると俺もそろそろ覚悟を決めるべきか」
「覚悟?」
「そう。組織を潰す覚悟だ。世話になったし恩もあるが、悪は滅びねばならない」
スピリタスはそう言って手甲を撫でる。
仮面の下では固い決意を抱いた顔をするが、シェリーにはその様子は分からない。
組織に助けられ、暗い道を歩んで来た男の覚悟を推し量るにはシェリーは経験不足だった。
「世界のタイトルロールが動き出す日も近い。その日が来た時の為に準備はしておかないとな」
シェリーにはスピリタスが何故組織を潰そうと考えたのかは分からない。
タイトルロールとは何なのかも知らない。
だがスピリタスの進む道は正義という名の光で照らされていると感じるのだった。
・スピリタス
好きなアニメはプリキュア。
休日にぶっ通しで見るのが趣味。
プリキュアから正義を学んだ。
ジンが某国のスラムに立ち寄った時に拾われた。
ジンには初めて出会ったスピリタスは全てを捨て去った獣のように見えていた。
・シェリー
スピリタスを信じて明るい道に進みたい気持ちと組織への恐怖で板挟みになっている。