痛みに耐えながら再生魔法で無理やり突っ込んでいく正義のヒーローに出会ったら? 作:だだだめ
目を開けた瞬間、頭が割れるような痛みが走った。
骨が割れた感触。
喉が声にならない悲鳴を上げた記憶。
それらが、俺と一緒に目を覚ましたみたいに体に戻ってくる。
ここは……ベッドの上か。見慣れない白い天井。傍らで白衣を着た男が何か言っているのが見える。
俺は、生きているのか。
そうだ、生きている。あの戦場で悪魔に頭を粉砕されたはずなのに、今こうして天井を見上げている。
体を起こす。
痛い。
「動かないほうが……」
医師は俺の肩を押さえようとして、途中で手を止めた。
彼は、俺の皮膚に触れることを恐れているように見えた。
「……おはようございます、カイ・アーデル少尉。ご気分は?」
「……分からない」
正直に答えた。
助かったのは間違いない。だが、それが何を意味するかが、まだ分からない。
その答えを知る前に、病室の扉が開いた。
軍服を着た男たちが、何人も入ってくる。
彼らが俺の無事を喜んでいるようには見えなかった。
それどころか何か、とても価値のある兵器を見つけたような顔をしていた。
その視線で、俺はようやく理解した。
俺は助かったのではなく、回収されたのだと。
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カイ・アーデルが目を覚ましたというニュースは、すぐに軍内部に広がった。
そりゃあそうだろう、戦場で致命傷を受けた兵士が、五体満足で帰還してベッドですやすやと寝息を立てているのだから。
軍上層部は彼に、彼自身が置かれた状況を説明したようだった。
禁忌の魔法使いダイヤ・レグ(つまり僕のこと)とその加護の効果。
そして、彼が今後どれほど有用な戦力になりうるか。
彼は一度だけ、出撃命令書を見て黙り込んだ。
紙を持つ指が少し震えていたが、彼は拒否を選択しなかった。
恐怖してなお、彼は行くのだ。
いやぁほんとうに、素晴らしい。
カイ・アーデルは何度殺されようと、どんな苦痛を与えられようと、立ち上がり前へ進み続ける本物の英雄となったのだ。
彼の登場で、戦線の被害が目に見えて減少した。
都市北部戦線、これまで月単位で押し込まれていた地域が、数週間で奪還に成功している。
彼の出撃回数は、通常兵士の三倍を超え、死亡判定に相当する損傷を確認できただけで二十七回負っている。
そして、肉体的後遺症はゼロだ。
つまり、僕の作戦は成功というわけだ。いぇーい。
軍と政府は、ものすごい速度で彼を担ぎ上げていた。
新聞、演説、ポスターにいたるまで、『不死身の英雄カイ・アーデル』の名前が都市の隅々まで伝播していく。
焼け残った壁に貼られたポスター。
配給所の列で囁かれる噂。
兵士募集所の前に伸びる、少しだけ長くなった列。
その列の中に、まだ声変わりも終わっていないような少年も混ざるようになった。
もはや路地裏のごろつきですら、カイの名前を知らない者はいない。
ヒーローというのは、こういうものだ。
彼が立っているだけで、戦場の外まで救われる。寝床に潜って毛布をかぶる夜の終わりに、明日も生きていられる気がしてくる。一人の人間を適切な形で壊れにくくするだけで、都市全体の夜が少し明るくなるのだ。
といっても、カイ本人は英雄扱いにあまり適応していなかった。
演説台に立たされると、剣を握る時より指が硬くなる。
子供に握手を求められると、一瞬だけ自分の手を見る。
その手が誰かを安心させるものなのか、悪魔の血を浴びたものなのか、彼自身にも判断がついていないらしい。
まあそりゃそうか。彼は哀れな戦争孤児の生まれで、自分が『都市、ひいては人類の希望』なんて扱いを受ける未来を微塵も想像していなかっただろう。
兵士になって、ちょっとずつ階級を上げて、五十くらいで前線を退いて、酒場の親父にでもなろうとしていたのかもしれない。
それが、いきなり「不死身の英雄」だ。
情緒が追いつかないのも無理はない。
しかし、徐々にではあるが、彼はその立場に順応していった。
自分の名前で兵士の士気を上げながら、民衆が希望を持てるならそれでいい、と。
それから半年。
北部戦線はこれまで一年で十キロのペースで後退していたが、半年で十五キロ前進という驚異的な戦果を挙げた。
誰の功績かと問われれば、百人中百人が同じ名を答えるだろう。
カイ・アーデル、不死身の英雄、と。
軍と政府は、この好機を最大限活用したかったらしい。
カイは少尉から一気に大尉まで昇進し、彼の戦術戦法を中核とした独立部隊が設立された。
通称『アーデル部隊』。ひねりのない名前だが、広報的にはわかりやすいほうがいいらしい。
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「命を惜しめ。痛みを恐れろ。そして、死に急ぐな」
訓練場の中心で、英雄カイ・アーデルはそう言った。
新設された部隊の候補生として集められた俺たちは、現在アーデル隊長の過酷な選抜訓練を戦っている。
戦っているという表現は正しくないのかもしれない。
俺たちはまだ、戦場に立つための資格があるかどうかを見られているだけだ。
「お前たちは俺じゃない」
アーデル隊長は、俺たち一人一人を見回しながら言った。
訓練場に並んだ候補生たちは、誰も喋らない。
喋れる空気ではなかった。
都市北部戦線を実質一人で押し返した不死身の英雄。
新聞で何度も見た顔だ。
食堂の壁に貼られたポスターの中で、悪魔の群れを背に立っていた男。
その本人が、今、俺たちの目の前にいる。
俺は、喉が乾いていることに気づいた。
緊張していたのか、いや、興奮していたのかもしれない。
「俺の体は、もう普通じゃない。腕が飛んでも戻る。頭を潰されても戻る。腹を裂かれても、焼かれても、潰されても、何もなかったように、元に戻る」
隊長は、まるで天気の話でもするみたいな声で言った。
隣に立っていた候補生が、小さく息を呑んだ。
俺も同じだった。
知っている。
都市の人間なら誰だって知っているはずだ。
カイ・アーデルは不死身の英雄。
だが噂で聞くのと、それを本人の口から聞くのとでは、まったく別の話だった。
「だが、お前たちは違う」
隊長の声が、少しだけ低くなった。
「腕が飛べば、戻らない。頭を潰されれば死ぬ。腹を裂かれれば、お前の人生はそこで終わりだ。だから、俺の真似をするな」
そこで、隊長は一度言葉を切った。
訓練場の外では、見学に来ている兵士たちがこちらを見ている。
正規兵もいれば、補給担当もいる。医療班らしき白衣もいた。中には、明らかに軍関係者ではない人間も混ざっている。新聞記者だろうか。あるいは政府の広報官か。
全員が、アーデル隊長を見ていた。
「生き残れ」
隊長は言った。
「守るために死ぬな。守るために生きろ。痛みを軽く見るな。恐怖を恥じるな。怖いなら伏せろ。痛いなら下がれ。動けないなら仲間を呼べ。死にそうなら逃げろ。だがそのうえで、逃げた先に守りたいものがあるのなら、覚悟を決めろ」
俺は純粋に、怖いと思った。
逃げてもいいと言われたはずなのに、胸の奥が苦しくなる。
誰かに命令された方が、たぶん、楽なのだ。
だが、隊長は俺たち一人一人に判断を促す。
守る側に立つのか。
守られる側に戻るのか。
そのどちらを選ぶのか、まだ戦場に出たこともない兵士に、この英雄は問うている。
「最初に言っておく。俺はお前たちを英雄にするつもりはない」
訓練場の端で、記者らしき男が露骨に顔をしかめた。
そりゃそうだろう。
広報が欲しいのは、たぶんそういう言葉ではない。
『不死身の英雄が後継者を育てる』。
『第二、第三のカイ・アーデル誕生へ』。
そういう見出しが欲しいに決まっている。
だが、隊長はそちらを見もしなかった。
「……第一試験を開始する」
その言葉と同時に、訓練場の空気が一変した。
教官たちが動いたわけでもない。
魔道標的が起動したわけでも、武器を抜けと命じられたわけでもない。
アーデル隊長はただ俺たちの前に立っている。
第一試験。
そう言われた以上、何かが始まるのだと思っていた。
剣術か。
魔法適性か。
対悪魔を想定した模擬戦か。
あるいは、広報向けに分かりやすい障害走でもやらされるのか。
そんなことを考えていた俺たちに、アーデル隊長は静かに告げた。
「その場に立っていろ」
一瞬、意味が分からなかった。
立っていろ……?
それだけ?
誰かが小さく息を吐いた。
拍子抜けしたのだと思う。
そして次の瞬間、その考えがどれほど甘かったのかを思い知らされたのだ。
「……っ!?」
アーデル隊長を中心に、見えない何かが広がった。
音も光もない。
ただ、空気が、ひたすらに、重い。
肺に入るはずの息が、途中で押し返される。
心臓を、冷たい手で直接握られたような感覚。
皮膚の下にある血が、逃げ場を探して逆流しようとする。
魔力圧。
そう理解するまでに、数秒かかった。
誰かが膝をついた。その音を合図にしたように、次々と候補生たちが崩れていく。
一人はその場に尻餅をついた。
一人は喉を押さえてうずくまった。
一人は悲鳴を上げることもできず、口だけを開けて倒れた。
俺も、折れそうな膝を維持するのに必死だった。
重い。
体が重い。
目の前に立っている男が、どうしようもなく怖い。
その人が今ただそこに立っているだけで、俺の体は生きることを諦めようとしている。
「どうした」
アーデル隊長の声が聞こえた。
その声には怒りも失望もない。
ただ、普段と同じ低い声だった。
「悪魔は待ってくれないぞ」
圧が強まった。
視界が揺れる。
膝が笑う。
胃の中身がせり上がってくる。
俺は歯を食いしばった。
倒れるな倒れるな倒れるな。
倒れたら終わりだと思え。
俺は太腿に爪を立てた。
痛みで意識を繋ぎ止める。
息が浅い。
頭が痛い。
耳鳴りがする。
視界の端が黒く滲んでいく。
まずい、もう、無理だ。
そう思った時、俺の前方で一人の、背の低い少年がまだ立っているのを見た。
候補生の中でも、明らかに若い。
その少年は、何一つ特別なことをしていたわけでもない。
歯を食いしばっているわけでもない。
必死に耐えているようにも見えない。
勝ち誇っているわけでもない。
ただ、立っていた。
アーデル隊長に命じられた通りに。
背筋を伸ばし、視線を逸らさず、そこにいた。
それが、異様だった。
あの少年は耐えているのではない。
立っているのだ。
それを見て俺は……。
負けたくない。倒れたくない。そう思った。
「……くそ」
だが、気迫だけでなんとかなるほど、世界は甘くない。
倒れそうになったその瞬間、……魔力圧が消えた。
空気が戻ってくる。
俺はその場に膝をつく、と言うより崩れ落ちた。
誰かが胃の中身を吐いた。
俺は地面に手をつき、肺いっぱいに空気を吸い込む。
空気というものが、こんなに軽いものだったのかと、生まれて初めて知った。
「終了だ」
しんと静まり返った訓練場に、英雄の声はよく通った。