痛みに耐えながら再生魔法で無理やり突っ込んでいく正義のヒーローに出会ったら? 作:だだだめ
候補生の中で頭角を現し始めた者が、三人いる。
その中でも、最も目立っていたのはシュラハと言う名前の少年だった。
カイの魔力圧に唯一耐えた唯一の者であり、候補生の中でも最年少。
体はまだ細く、剣筋にも粗があり、経験も足りていない。
それでも、訓練生の中で最も優れた成績を残しているという結果が、すべてを物語っていた。
あれは精神が強いタイプだ。
恐怖を前にしても、立っていることを選べる。
自分が立つことで、周りも少しだけ前を向ける。
そうやって希望を振りまく。
そういう種類の人間だ。
才能はある。
育てれば、間違いなく人類にとって大きな戦力になる。
次に目を引くのは、エバという少女だ。
彼女はシュラハとはまるで違う。
判断が速い。迷いが少ない。情報の切り捨てが早い。
敵を殺すことにも、必要とあれば誰かを見捨てることにも、ためらいが全くない。
候補生の中で、最も戦場に近い場所にいるのはエバだろう。
ただし、部隊には向かない。
少なくとも、今のままでは。
そして、ルークという青年。
シュラハほど眩しくも、エバほど鋭くもない。
成績だけを見れば、優秀ではあるが、二人ほど突出しているわけでもない。
だが、よく目がいい。
自分の疲労、周囲の遅れ、教官の意図、場の空気。
そういったものを観察、管理するのが巧い。
誰かが熱くなれば一歩引き、誰かが遅れればフォローに回る。
命令を聞くだけではなく、命令の隙間を埋めようとする。
こういう人間は、戦場で長く生きる。
そして、部隊を長く生かす。
この三人は使える。
カイはそう評価をまとめ、上官に提出した。
数日後。
通常訓練が終わった直後の訓練場に、何人もの候補生が転がっていた。
仰向けになって土の上で胸を上下させている者。
横向きに倒れ、肩で息をしている者。
立ち上がろうとして、膝から崩れ落ちる者。
誰も喋らない。
喋るだけの息が残っていないのだ。
その中で、シュラハは一人まだ立っていた。
いや、正確には、立っているだけで精一杯なのだろう。
肩で息をしているし、額からは汗が落ちている。細い指先も小さく震えている。
それでも周囲を見回し、誰が一番危ないかを探す余裕を、唯一持ち合わせているようだった。
訓練場の隅で、誰かが吐いた。
胃の中身など、もうほとんど残っていないはずだった。
それでもその候補生は、土の上に両手をつき、喉を痙攣させている。
その候補生の成績は下位だった。
体力も、魔力の扱いも、対悪魔戦を想定した判断も遅い。
努力していないわけではない。
むしろ、誰より必死に食らいつこうとしている。
だが、伸びない。
そういう候補生もいる。
「大丈夫ですか……!?」
真っ先に駆け寄ったのは、シュラハだった。
「医療班、呼びます。無理しないでください」
「だ、大丈夫……まだ、やれる……」
候補生は首を振った。
声は掠れている。
どう見ても、大丈夫ではなかった。
「で、でも……」
シュラハがなおも言い募ろうとした、その時だった。
「見りゃわかるでしょ」
訓練場の端から、エバの声が飛んだ。
彼女はまだ座り込んだままだった。
立ち上がる余力を残しているのか、それとも立つ必要がないと判断しているのか。
どちらにせよ、その声だけは冷静だった。
「そいつは駄目。何日やっても強くならない。体力もセンスもない。どうせこの試験を落ちるんだから、早いとこ棄権しなよ。その方が本人のためでしょ」
空気が、わずかに冷えた。
吐いていた候補生の顔が歪む。
土の上で拳が握られた。
周囲の何人かが、露骨にエバを睨む。
だが、エバは気にした様子もない。
シュラハが振り返った。
「エバ、そんな言い方しなくても」
「じゃ、優しい言い方をしたら、現実が何か変わるの?」
エバは少しも悪びれなかった。
「立てないなら死ぬ。死ぬくらいなら、落ちた方がいい。私は親切で言ってるんだけど」
「……」
「あんただってわかってるでしょ。自分より弱いやつを気にかけて、点数稼ぎもほどほどにしなよ」
「……エバ」
土の上から、ルークが声を出した。
まだ起き上がれていない。
腕で目元を覆ったまま、息を整えながら、それでも口を挟む。
「言ってることは分かるが、今言う必要はないだろ」
「じゃあ、いつ言うの」
エバはルークを見た。
「そいつが死ぬ直前に、戦場で言えばいい?」
ルークは答えられなかった。
苦しそうに息を吐き、腕をどける。
「……それでも、言い方ってものはある」
エバは立ち上がった。
呼吸はまだ完全には整っていない。
それでも、彼女はもう動ける状態に戻していた。
「まぁ、別に好きにしなよ」
そう言って、彼女は訓練場の出口へ歩き出そうとした。
「お前、本当に嫌なやつだな」
誰かが言った。
「そんなに他人を蹴落として、早く戦場に出たいのかよ」
エバは足を止めた。
「そうだよ」
あまりにも平坦な声だった。
「成果を上げる。金を稼ぐ。そのために、私は一日でも早く戦場に出る」
「金って……」
シュラハが、思わずというように聞いた。
「何にそんなに必要なんですか?」
エバの目が、そこで少しだけ冷えた。
「別に。どうでもいいでしょ」
それ以上、誰も聞けなかった。
シュラハはしばらくエバの背中を見ていたが、すぐに吐いていた候補生へ向き直った。
「立てますか?」
「……立てる」
「じゃあ、ゆっくり。僕が肩を貸します」
「いらない」
「必要です」
シュラハは、そこでだけ少し強い声を出した。
候補生は悔しそうに唇を噛んだが、結局その手を取った。
シュラハは細い体で相手を支えながら、医療班の方へ歩かせる。
その途中で、ルークがようやく起き上がった。
ふらつきながらも反対側に回り、候補生の腕を取る。
「無理するな。二人で運ぶぞ」
「……悪い」
「謝るなよ。俺も今、立つだけできついんだ」
ルークがそう言うと、候補生が少しだけ笑った。
張り詰めていた空気が、ほんのわずかに緩む。
シュラハも小さく笑った。
「ありがとうございます、ルークさん」
「礼を言う相手が違うな。お前が最初に声をかけたんだろ」
「でも、僕だけじゃ運べませんでした」
「……じゃあどうするつもりだったんだよ。ほら、運ぶぞ」
その言葉に、シュラハは少しだけ表情を明るくした。
「はい」
医療班に候補生を預けたあと、シュラハはそのままカイのもとへ歩いていった。
足取りはしっかりしている。
だが、疲労がないわけではない。
呼吸は乱れているし、額の汗もまだ引いていない。
それでも、目だけはまっすぐだった。
「アーデル隊長」
「何だ」
「追加で、指導をお願いできませんか」
カイは、すぐには答えなかった。
訓練は終わっている。
あれだけ動けば、体力も魔力も限界に近いはずだ。
本来なら休ませるべきだった。
それでもシュラハの目は、まっすぐカイを見ている。
「僕は、まだ弱いです」
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いやぁ、実に順調だ。
その日、僕は都市西部の孤児院にいた。
善良な一市民として、手隙の時間に病気の子供たちに回復魔法を寄付する慈善活動をしているのだ。
人類が滅びかけているこのご時世、孤児院というものはどこも大変である。
親を悪魔に殺された子供。
避難の途中ではぐれた子供。
戦線の崩壊で、まとめて保護された行き場のない子供。
そういう世界の被害者たちが、どこの施設にも溢れかえっている。
当然、医療資源も栄養も人手もなにもかもが足りない。
なので、たまに僕のような優秀なヒーラーが顔を出してあげると、とても喜ばれるというわけだ。
もちろん本名で活動しているわけではない。善良な慈善家には、善良な慈善家らしい偽名というものが必要になるからね。
「はい、これで大丈夫」
僕は咳き込んでいた少年の胸に手を当て、軽く魔力を流した。
肺に残っていた炎症が消えていく。
顔色が少しだけ戻り、少年は驚いたように息を吸った。
「すごい……苦しくない」
「そうだろう。感謝したまえよ?」
「ありがとう、先生!」
先生。
ふふ。
悪くない響きだ。
面白いことに、僕は政府から追われている禁忌の魔法使いでありながら、同時に孤児院では先生と呼ばれる善良な回復術師でもある。
人間というものは多面的に生きているのだと、自分で自分を俯瞰してしまうね。
「先生、先生!」
今度は別の子供が、木の棒を剣のように構えて駆け寄ってきた。
「見て! カイ・アーデル!」
そう言って、少年は棒を振り上げた。
隣の子供がわざとらしく倒れる。
「ぐわー、悪魔がやられたー!」
「違うよ! カイ隊長はそんな振り方しないって!」
「じゃあシュラハだ! シュラハはこうやって、倒れた味方を助ける!」
別の子供が、倒れた子の腕を肩に回して引っ張ろうとする。
当然、体格差がないので二人まとめて転んだ。
庭に笑い声が広がる。
僕はその光景を眺めながら、少しだけ目を細めた。
「最近は、ヒーローごっこが流行っているのかな?」
そう尋ねると、子供たちは一斉に顔を上げた。
「そう!カイ隊長、すごいんだよ!」
「悪魔に頭を食べられても生きてるんだって!」
「違うよ、頭を食べられたんじゃなくて、砕かれたんだよ」
「どっちでもいいだろ!」
また笑い声が起きた。
なるほど。なるほどなるほど。
実に素晴らしい。
カイ・アーデルという英雄の名は、すでに子供たちの遊びにまで浸透しているというわけだ。
そして興味深いことに、子供たちはカイだけを真似しているわけではない。
アーデル部隊に所属する部下たちの名前までが、少しずつ彼らの口に上り始めている。
一人の英雄が、部隊を作り、その部隊が成果を上げる。
その成果が噂になり、噂は憧れとなり、憧れが次の志願者を生む。
英雄が英雄を作り続けている。
これは、なんと美しい循環なのだろう。
「最近は、みんなこの調子なんです」
背後から、孤児院の職員が困ったように笑った。
年配の女性だ。
目の下には濃い疲労の色があるが、子供たちを見る目は柔らかい。
「以前は、悪魔の話をすると泣き出す子も多かったのですが……最近は、カイ隊長が守ってくれる、アーデル部隊が来てくれると、そう言う子が増えまして」
「それは良いことですね」
僕は微笑んだ。
「希望があるというのは、とても大切なことです」
「ええ。本当に」
職員は頷いた。
それから、少しだけ声を落とす。
「ただ……少し困ったこともありまして」
「困ったこと?」
「大きくなったら兵士になる、と言う子が増えたんです」
職員は庭の方を見た。
子供たちはまだ、木の棒を持って走り回っている。
一人がカイ役。
一人が悪魔役。
一人がシュラハ役。
転んだ子を助け起こすシュラハ役は、どうやら取り合いになるくらい人気らしい。
「カイ隊長みたいに、誰かを守るんだと。シュラハ隊員みたいに、倒れた人を助けるんだと。そう言って……」
職員は言葉を切った。
「もちろん、立派なことです。そう思います。けれど、あの子たちにはできれば普通に生きてほしいんです。戦場ではなく、もっと別の場所で、穏やかに」
「なるほど」
僕は頷いた。
その願いは理解できる。
実に人間らしい。
保護者らしい。
だが、残念ながら、この世界には悪魔と言う異物が存在している。
普通に生きたいと願ったところで、現実がそれらを燃やし、踏み潰し、食い破ってくる。
ならば、どうするべきか。
答えは簡単だ。
普通に生きたい者たちを守るために、普通ではない者たちを増やすしかない。
「きっと、大丈夫ですよ」
僕は言った。
「憧れは、人を強くしますから」
職員は、少しだけ困ったように笑った。
「そうだといいのですが」
「ええ。そうなります。必ず」
僕は庭を見た。
少年の一人が、棒を掲げて叫ぶ。
「僕、アーデル部隊に入る!」
それに続いて、別の子が叫んだ。
「じゃあ俺はカイ隊長!」
「僕はシュラハ!」
「エバは怖いから嫌だ!」
「じゃあルーク!」
「ルークって何する人?」
「ちゃんとしてる人!」
子供たちは笑っていた。
「先生?」
咳が治った少年が、僕の服の裾を引いた。
「僕も、カイ隊長みたいになれる?」
僕は少年を見下ろした。
細い腕。
痩せた頬。
剣を振るどころか、まともな食事も足りていない体。今のままでは、お世辞にも戦場で役に立つとは言えないだろうね。
でも、目は輝いている。
「なれるよ?」
僕は優しく言った。
「君が本当にそうなりたいならね」
少年はぱっと笑った。
その笑顔を見て、職員は少し不安そうに眉を下げた。
けれど、僕は心の底から満足していた。
種は蒔かれている。
カイ・アーデルという英雄は、次の英雄たちを作るというある種の到達点に至ったのだ。
やはり、僕の作戦は間違っていなかったな。