VRChatにはまって執筆が手に着きませんでした。申し訳ない。
まあ、はまったといっても、コミュ障なんで基本ソロプレイなんですけどね……。
何故か、最新話を投稿すると、ひとつ前の話も最新話の内容に上書きされる現象がこの作品だけで毎回起きるんだ……。
一体なぜなのか……。
ライバーとして活動を開始したかぐやは、持ち前のキャラクターと、「二番煎じ? なにそれ? 面白ければヨシ! 楽しいが正義」と言わんばかりの手の広さと早さで、ランキングを一気に駆け上がっていった。
それこそ、ソロライブで会場いっぱいの人を集められるくらいには、人気と勢いがある。
結局、ジングルをいたく気に入ったかぐやに強請られ、オリジナル楽曲を作らされて大変だったが。
ソロライブで、きっちりパフォーマンスをやり遂げて、会場を盛り上げてくれたので良しとする。
でも、あのルーティンは恥ずかしいんで流石にやめませんか、かぐやさんや?
あの、お互いにじゃんけんのチョキを突き出して、指をくっつけ合って、指を挟み合ってから最後にキツネのキ、キッスをするやつは……。
いや、「かぐやと彩葉の合図。仲良しのやつ♡」じゃなくてですね……。
好奇心モンスターのかぐやは、何事にも新鮮に驚き、笑い、常に全力だった。
まるで太陽のような存在感がある。
月人だが。
しかし、駆け上がるのが早いということは、それだけ壁にぶつかるのも早くなるということで。
「順位伸びなーい!」
かぐやは水着姿で、はしたなく大の字になってビニールシートの上へ倒れ込んだ。
かぐやの白い肌は、夏の日差しに負けるどころか、むしろ味方につけているかのように輝いている。
太陽の光を受けた、淡く白い月のような肌から目が離せない。
日焼け知らずとは、便利な身体だな、宇宙人。
これで、言動が落ち着いてくれたら文句なしの美少女なのだが。
夏の風物詩、海。
時期は、学生の私たちにとっては夏休みである。
私とかぐやは、芦花と真実と交わしたいつかの約束を履行し、遊びに来ていた。
ここのところは、かぐやの配信活動に巻き込まれて、ろくに遊べていなかった。
なので、私は今日という日をひそかに楽しみにしていたのだ。
ビニールシートの上でバタつくかぐやを呆れた目で見ていると、買い出しに行っていた芦花と真実が戻ってきた。
かぐやの発言を聞いていたのか、苦笑いを浮かべた芦花が話しかける。
「でも、短期間で二百八十位は十分すごいと思うよ?」
「そうだけどさー」
かぐやは、今度はうつぶせになってだらけ始めた。
ぐでー、という擬音が今にも聞こえてきそうだ。
「彩葉が着ぐるみ脱いで顔出ししてくれたらなー……チラ? バズると思うんだけどなー……チラチラー?」
「チラチラうるさい。口で言うな。あと、学校とバイトの合間を縫って配信を手伝ってやってるんだから、文句言わない」
「えー、新曲作ってー! 顔出ししてー! 百合? とかいうので売り出そうよー」
「顔出ししないし、売り出しません。あと、百合とかどこで覚えてきた」
配信でも、目に余って、かぐやの教育によろしくないコメントは私が即座に弾いているはずだ。
ということは、配信外のネットサーフィンで拾ってきたか?
あと、何故か芦花の目からハイライトが消えているのだが、どうにかしてくれませんか、真実さんや。
無理?
そっか……。
「新曲もダメー?」
「……今作ってるから。もうちょっと待ってなさい」
「やたー!」
先ほどまでのクヨクヨはどこへやら、かぐやは元気よく跳び起きて、海へと突っ込んでいった。
いや、切り替えの早さ。
芦花と真実が、何か言いたげな視線を向けてくる。
「なに?」
「ちょろは~」
「ちょろはだね~」
ちょろくないが?
芦花が、肩が触れ合いそうな距離まで近づいてくる。
顔良ッ。
さすがは美容系インフルエンサー、自分を魅せることに長けている。
水着もよく似合っている。
先ほど着替えて合流した時に、芦花から水着の感想を聞かれたので、頭脳をフル回転させて可能な限りの美辞麗句を並べ立てたのだが、感情のすべてを言葉で言い表すことは、私にはまだ難しいようで、うまく伝わったか怪しいところがあった。
どうも、私は真実に止められて我に返るまで、芦花の耳元で水着の感想を囁いていたらしい。
芦花は顔を真っ赤にしていた。
熱中症とかじゃないよね?
大丈夫だろうか。
真実は私に謎のサムズアップを送っていた。
「にぶはにしてはやるじゃん」と、目が語っていた。
「にぶは」だの、「ちょろは」だの。
私の名前で遊ぶのはやめないか?
私は他人の機微には鋭いし、かぐやには厳しく接している自負があるぞ。
「彩葉ー!」
波打ち際から、かぐやが大きく手を振った。
「あそぼー!」
「……はいはい、今行きますよー」
「彩葉も泳ぐの?」
真実が尋ねる。
「せっかく来たし、一応」
「一応なんだ」
「私、海に来たの何年ぶりだろ」
芦花の視線が、少しだけ柔らかくなった。
「じゃあ、今日はちゃんと遊ぼうね」
「ちゃんと?」
「勉強もバイトも、あと配信も忘れて」
「……努力します」
「忘れるのに努力が必要なの、彩葉くらいだよ」
失礼な。
私はビニールシートから立ち上がった。
「日焼け止め塗ろうか?」
芦花が日焼け止めを手に取って見せる。
うわ、見ただけでわかる。高い奴だ。
「んーん、大丈夫。さっきかぐやに塗ってもらったから」
といっても、ドラッグストアの安いやつだから気休め程度である。
しかし、友人のお高い消耗品を借りるのは流石に気が引けるのでこれでいいのだ。
「へ、へー……そ、そうなんだ…………」
「芦花、耐えろ~、傷は深いぞ~」
生まれたての小鹿のように足が震えている芦花が気にかかったが、かぐやの催促の声に急かされて海へと向かった。
熱い砂を踏み、波打ち際へ向かう。
かぐやが待ちきれずにこちらへ駆けてきた。
濡れた足で砂を跳ね飛ばしながら、両手を広げて。
「遅い!」
「走るな。転んだら危ないでしょうが。急がなくても海は逃げない」
「海は逃げないけど、夏は逃げるんだよ!」
かぐやが私の手を掴む。
そのまま勢いよく引っ張られ、足元へ波が押し寄せた。
「つめたっ!」
「気持ちいいでしょ!」
「いきなり深いところまで行かない!」
「だいじょうぶ! かぐや泳げる……気がするから!」
「気がするから⁉」
案の定、次の波で足を取られたかぐやが、私を巻き込んで盛大に転んだ。
海水が顔にかかる。
しょっぱい。
髪が濡れる。
水着にも砂が入った。
最悪だ。
最悪なのに。
「ぷはっ! 彩葉、すっごい顔!」
「誰のせいだ!」
かぐやが笑う。
私も、つられて笑ってしまった。
芦花と真実が後から追いついてきて、今度は四人で波をかぶる。
水を掛け合って。
浮き輪で流されかけて。
かぐやが真実の焼きそばを狙って怒られて。
芦花に髪を結い直してもらって。
こんなにも頭を空っぽにして楽しんだのはいつぶりだろうか。
夏の空は高かった。
波の音がうるさかった。
かぐやはずっと笑っていた。
今日くらいは、いいか。
素直にそう思えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私の部屋は、かぐやの配信用の機材やら企画用の小物やらで手狭になってしまっていた。
三脚。
照明。
録音機材。
衣装。
小道具。
かぐやが勢いで購入した、用途不明の百円均一(百円とは言ってない)のアイテムたち。
元々、一人暮らし用の部屋だ。
二人で生活など、当然想定されていない。
ましてや、ここまで雑多な荷物の収納ができるスペースもない。
両親に誤魔化すのが大変になることを承知で、一度、少し広い部屋へ移れないか、チヤさんに相談しようとしたのだが。
「ここがいい! ここでいい!」
「荷物はちゃんと片づけるからー! レンタル倉庫とか借りてさ!」
「この部屋、防音性高くて便利だしー」
まさか、元凶たるかぐや本人に拒否されるとは思わなかった。
「便利なのは認めるけど、足の踏み場が減ってるの。昨日も機材のコードに足引っかけたでしょうが」
「一回だけじゃん!」
「今週だけで三回」
「なんでそんな細かいこと覚えてんのー!」
「危ないから」
かぐやは頬を膨らませる。
それから、散らかった部屋をゆっくりと見回した。
私とかぐやの物が入り混じった、小さな部屋。
「……だって、部屋のどこにいても、彩葉の存在を感じられる。ちょうどいい広さなんだもん」
「……」
それは、あまりにも不意打ちだった。
は? あざとすぎないか?
どこで覚えてきた?
あまりにも予想していなかったもので、不覚にも動揺してしまった。
落ち着け。
惑わされるな。
絆されるな。
「……わかった。荷物はちゃんと片づけなさいよ」
「やったー!」
まあ、片づけてくれるなら良しとしよう。
両親バレのリスクも、チヤさんへの借りも背負わなくていいのであれば、それが一番なのだから。
一応、チヤさんに事の顛末だけ話したところ、
『あれ~? こんなんだったかな~?』
と、首を傾げていた。
何の話かはわからないが。
あの、その仕草は容姿と相俟って、あざとすぎるのですが。
未成年を惑わせないでください。
いかんいかん。
最近はかぐやのせいで、思考がおかしな方向に……。
かぐやは宣言通り、自分の荷物を段ボールへ詰め始めている。
しかし、五分後には、箱の中から以前に買った玩具を発掘して遊び始めていた。
「片づけは?」
「休憩!」
「開始五分で?」
「効率的に休憩を挟むことが、長時間作業のコツなんだよー!」
「誰から聞いた」
「チヤ!」
あの人は……。
もしや、かぐやに余計な入れ知恵をしてるのは全部チヤさんなのでは?
「わっ」
突然、かぐやが声を上げた。
かぐやの眼前に、巻物を模したアイコンが浮かんでいる。
スマコンへ届いたメール通知だ。
「メール?」
「うん」
かぐやは普段、メールをほとんど確認しない。
確認させていない。
というのも、学習意欲と学習速度が半端ではないくせに、何故かネットリテラシーだけは未だに怪しいのだ、この宇宙人は。
だから、かぐやのアカウント宛のメールはすべて私が目を通している。
届くものの大半は、営業、宣伝、コラボ依頼を装った怪しい勧誘ばかりだが。
なのに。
かぐやは、その巻物へ手を伸ばした。
何か感じるものがあったのだろうか。
開いた瞬間、かぐやの目が見開かれる。
「彩葉……」
「なに?」
「いーろーはー……」
怖い。
その顔は何だ。
新しい玩具に出会った悪童のような笑み。
「絶対にバズれるコラボ、やろ?」
嫌な予感がした。
私は、おそるおそる、かぐやの隣からメールを覗き込んだ。
送り主。
Black onyX、帝アキラ。
内容は、コラボのお誘いと求婚。
求婚⁉
「は⁉ 負けたら結婚⁉」
帝アキラ。
いや、何を考えとんのや、あのアホ。
「勝ったら、なんでもお願い聞いてくれるって!」
「……負けたら結婚だけど?」
「大丈夫、かぐや負けねーし!」
「プロゲーマー相手にどこから湧いてくるのその自信?」
かぐやは、メールの返信画面を開いた。
「待て」
「大物釣りじゃー!」
「待ちなさい!」
遅かった。
『かぐやが勝つ!』
送信。
帝アキラ。
酒寄朝日。
一応は、私の兄。
一体何をしているのだ、あの男は。
ロリコンめが。お父さんにチクってやろうか。
頭が痛い。
かぐやは、そんな私の事情など知らず、目を輝かせていた。
「黒鬼に勝ったら、ヤチヨカップ一位になれるかも!」
「……」
それは、可能性はある。
現在一位。
ファン数千九百万人。
圧倒的知名度を誇るBlack onyX。
彼らとの対戦が実現すれば、注目度は桁違いだ。
勝敗にかかわらず、かぐやいろPチャンネルを多くの人に知ってもらえる。
「……はあ、やるなら勝つよ」
「やってくれるの⁉」
「結婚はさせない」
「だいじょーぶ! かぐやは彩葉と結婚するしー!」
「何故そうなる?」
かぐやは楽しそうに笑った。
私は、もう一度メールの文面を睨みつける。
待ってろ、馬鹿兄貴。
あんたみたいなんに。
うちの子は、渡さへん。
◇◇◇◇◇◇◇◇
帝とかぐやの勝負は、驚くほどのスピードで実現した。
早期実現に向けて、Black onyX側の運営担当と、かぐやいろPチャンネル側の運営担当で協議を行ったのだ。
そう、かぐやいろPチャンネル側の運営担当。
つまり私だ。
荷が重い……。
一般女子高生のやることじゃないって……。
幸い、チヤさんが助け船を出してくれて、小難しい大人の話の一切を笑顔で受け持ってくれた。
天使かな。
もう頭が上がらないし、足を向けて眠れない。
そうして、契約書、配信権、広告収益、スポンサー枠、安全管理、KASSENのレギュレーションが、恐ろしい速度で決まっていった。
『月下神戦』
そんな大仰な名前をつけられた試合は、ヤチヨカップ最終日の残り一時間に開催されることとなった。
参加人数は計六人の三対三。
こちらは、私、かぐや、真実。
その予定だった。
「無理無理無理無理無理」
試合当日。
控室の真実は、壁へ背中を押しつけたまま震えていた。
「アキラ様と戦うなんて無理。攻撃できない。攻撃されたら嬉しくて死ぬ。声かけられても死ぬ」
「どっちにしろ死ぬじゃない」
「アキラ様が同じ空間にいる時点で死ぬ」
「真実、落ち着いて」
芦花が肩を抱いてなだめる。
「無理。今日のアキラ様、いつもより作画がいい」
「なにが見えてるの、真実には?」
試合開始まで、あと十五分。
この調子で戦わせるのは無理そうだ。
「芦花、悪いんだけど代わりに———」
「代役なら、ここにいるよ~☆」
背後から、聞き慣れた声。
振り向く。
月見ヤチヨが、番傘を肩へ載せて立っていた。
「ヤチヨ!?」
「ヤオヨロ~☆ お困りかな~?お困りだね~!お困りだよね~? じゃあ、お助けヤッチョが助太刀いたそ~☆」
神。
何故。
どうして。
近い。
無理。
「い、いやいやいや、主催者でしょう!?」
「無問題!お助けヤッチョはKASSENのシステムの一部だからね~!それに、試合結果自体はヤチヨカップのランキング変動には直接関係ないからね。あくまで、新規に獲得したファン数の勝負だから。公平性に問題はな~し!」
「いや、でも」
ヤチヨは、いたずらっぽく笑った。
「ヤッチョも混ぜてほしいな~☆」
「ヤチヨ!」
かぐやが飛びつく。
「一緒に戦おー!」
「うけたまかしこまつかまつり~☆」
「ち、ちょっと待ってください。心の準備が」
「彩葉、だいじょうぶー?」
「無理。マジしんどい。死ぬ。今日もヤチヨ作画良すぎ……ッ」
「彩葉が真実みたいになったー⁉ 彩葉、死んじゃやだー!」
「かぐやちゃん? 真実も別に死んでないからね?」
危なかった。
狐の着ぐるみがなかったら死んでいた。
着ぐるみという隔壁なしで、至近距離にいる推しと直接向き合っていたら、私も真実っていたかもしれない。
ありがとう、マイベストフレンド着ぐるみ。
ありがとう。
「彩葉ー! いつものやつやろー?」
着ぐるみで⁉
しかも、推しと友人たちの前で⁉
あの羞恥プレイを⁉
「ピースからの〜、チョッキンからの〜、こんっ!」
ああ、ヤチヨはニコニコしてるし、芦花はすごい目でこっち見てくる。
確実に引かれてるよ……。
◇◇◇◇◇◇◇◇
『注目のイベントが始まります!』
実況の声が、ツクヨミ特設スタジアムへ響き渡った。
『王者Black onyXが、異例の速度でのし上がった超新星、かぐや・いろPへ宣戦布告! そして、まさかの求婚! 運命を懸けたKASSENが、今まさに始まろうとしています!』
会場は超満員。
観客席に入りきらない神々が、周囲へ浮かぶ巨大モニターを見上げている。
実況は、元プロゲーマーの乙事照琴。
解説は、忠犬オタ公。
『ヤチヨカップ結果発表まで、残り一時間!』
『この神戦の結果次第では、かぐや・いろPチームの逆転もあり得るっす!』
いつもの狐の着ぐるみを纏った私は、フィールドへ立っていた。
上空には、透明な巨大生物が煙のように身体をくねらせ、悠然と泳いでいる。
「まーだー?」
かぐやは、犬DOGEと遊びながら不満げにしている。
「集中しなさい」
「黒鬼遅い!」
その時、会場上方の岩壁が爆発した。
『来ました! 黒鬼です!』
砕けた岩の隙間から、虎のバイクに乗った帝が派手な爆発と共に登場した。
その後ろから、雷と乃依が現れる。
『黒鬼、ご来臨ー!』
歓声。
爆音。
紙吹雪。
相変わらず、演出へ全力だ。
「よう、かぐやちゃん」
帝が金棒を肩へ担ぐ。
「迎えに来たぜ、未来の花嫁さん」
「かぐやが勝つから、花嫁にはならないしー!けっちょんけっちょんにしてやるー!」
「いいねえ。その強気、益々気に入った」
私はかぐやの前へ出た。
「今日は勝たせてもらいます」
帝の視線が、私へ向く。
着ぐるみ越し。
ほんの少しだけ、帝の目が細められた。
気づいたか?
いや。
まさか。
『ルールはSENGOKU!』
フィールドが展開される。
中央に巨大な天守閣。
トップ、ミドル、ボトムの三本のレーン。
左右の櫓。
中ボスは牛鬼。
ミニオンを倒してウルトゲージを溜め、櫓を奪い、大将落としを相手の天守閣へ打ち込めば勝利。
三本勝負。
二本先取制。
『いざ、開戦!』
開始の鐘が鳴った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
一戦目。
Black onyXは、トップ、ミドル、ボトムへ一人ずつ散るトライデント。
帝がトップ。
雷がミドル。
乃依がボトム。
個人技に絶対的な自信があるからこそ成立する戦術だ。
対する私たちは、かぐやと私がトップ。
ヤチヨがボトム。
「二対一で帝を落とす! まずミニオン処理! 高速ライドは途中で降りて!」
「わかってるー!」
かぐやは高速ライド代わりにしていたランチャー型ハンマーから飛び降り、そのまま勢いを殺さず、帝へ振り下ろした。
帝の金棒が受け止める。
衝撃波。
岩が砕ける。
私は黒いオオタカから跳び、双剣を投げた。
刃が回転し、帝を左右から挟む。
帝は身を沈め、片方を避け、もう片方を金棒で弾いた。
仕込みワイヤーによって、投擲した双剣が私の元へ戻ってくる。
「悪くない」
「チッ」
「舌打ちかよ、泣くぞ?」
帝の足が、かぐやの腹部へ入る。
吹き飛ばされたかぐやをすれ違いながら、私は帝へ斬り込む。
鍔迫り合い。
重い。
「その着ぐるみ、動きにくくね?」
「ご心配なく」
「当たり判定もデカいし」
「余計なお世話」
かぐやが背後から、うなぎ形の弾丸を撃つ。
帝は私との鍔迫り合いを解き、紙一重で回避した。
その隙に、私はワイヤーを伸ばす。
帝の足へ絡みつく。
「今!」
「おりゃー!」
ハンマーが迫る。
しかし。
遠方から飛んできた弾丸が、かぐやの肩を撃ち抜いた。
乃依のボトムレーンからの超長距離狙撃。
「うそっ!」
「二対一なら勝てると思った?」
帝が笑う。
雷もミドルを押し上げている。
ヤチヨはボトムで乃依を止めながら、牛鬼まで相手取っていた。
ああ、推しに負担をかけてしまっている……ッ!
早くどうにかしないと!
でも、帝が落とせない。
かぐやが突っ込む。
帝が受ける。
私が組んだ策が、乃依と雷によって徐々に剥がされていく。
ヤチヨがボトムの櫓を守るため動いた瞬間、乃依の鈍足弾が、ヤチヨの足元へ立て続けに突き刺さる。
動きを封じられたヤチヨを乃依が撃ち抜き、そのままボトムの櫓を占拠した。
帝が私たちを蹴散らし、トップの櫓を奪取した。
『両櫓同時占拠!』
『コールド! 一戦目、Black onyXの勝利ー!』
完敗だった。
私は自陣へ戻され、唇を噛んだ。
「ごめん。作戦が」
「彩葉が謝ることじゃないってー!」
かぐやが立ち上がる。
「かぐやが勝手に突っ込んだんだし!」
自覚はあったのか。
「次はちゃんと聞く!」
「本当に?」
「……たぶん!」
「たぶんって……」
ヤチヨが、神輿の上からこちらを見る。
「キミは、一人で全部何とかしようとしすぎてるよね~?」
「……」
「ヤッチョとかぐやは、なにがあろうが無条件でキミの味方なんだよ~?」
わかっている。
頭では。
けれど、勝つための作戦を考えるのは私の役目なのだ。
私が間違えれば、負ける。
「次、取り返します」
「おー!」
「……うん、ヤッチョもがんばるね~☆」
二戦目が始まった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私は、トップレーンを一人で進んだ。
かぐやとヤチヨは、別レーン。
帝は、やはりトップ。
岩陰へ身を隠し、双剣を連結してブーメランへ変形させる。
投擲。
帝が避ける。
ワイヤーを引き、即座に回収。
片手剣へ変形させ、間合いを詰める。
刃と金棒がぶつかる。
火花。
「やっぱり、お前、彩葉だろ」
「違います」
「その動き、昔から変わってない」
「人違いです」
「言い張るなぁ」
帝の声。
話し方。
攻撃を避ける癖。
お兄ちゃん。
ここ何年も直接は会っていない。
けれど、配信は時々見ていた。
試合で勝つ姿を見れば、少し誇らしく思っていた。
そんなことを本人へ言うつもりはないが。
背後から、かぐやのうなぎ砲が飛んできた。
帝が回避する。
「彩葉ー!」
「あっ、おい!」
名前を呼ぶな!
一瞬、かぐやへ視線を向けた隙に、帝の金棒が着ぐるみの頭を何度も叩く。
ぽこぽこ。
見た目は間抜けだが、ダメージは大きい。
「そのスキン、当てやすくて助かるわー」
「うるさい!」
「そんな当たり判定デカい着ぐるみで、お兄ちゃんに勝てると本気で思ってへんよな?」
「……」
ここまでか。
着ぐるみを脱ぐ。
青を基調とした狐のアバター。
会場の巨大スクリーンへ、私の姿が映し出される。
歓声とどよめき。
『いろP、ついに素顔を公開ー!』
『しかも帝の妹!? とんでもない爆弾が投下されたっす!』
帝が、満足そうに笑った。
「やっぱ、彩葉じゃん」
「私のアバター、なんで知ってんの」
「お兄ちゃんには、何でもお見通しってね」
「きも」
「ほんとに泣くぞ?」
かぐやが驚愕した顔で、私と帝を見比べる。
「彩葉のお兄ちゃん!?」
「そう。残念ながらね」
「彩葉のお兄ちゃんが、かぐやと結婚しようとしてるってこと?」
「そう。誠に残念ながらね」
帝は、腹を抱えて笑っている。
なにをわろてはるの?このロリコン兄貴は?
「ちゃんと母さんとは連絡取ってるんか?」
「こちとら毎週毎週連絡取っとるわ、アホ! そっちこそ、全然連絡してきてくれへんって、お父さん嘆いとったで!」
「うげっ、カウンターもろてもうた」
「既読くらいつけろ!」
「近いうちに帰省してやるかね。お前も一緒にどうや?」
「年末! あと、新幹線代そっち持ちなら考えたる!」
「おー、ええよ。飯代も土産代も好きなだけ出したる」
「言うたな! 配信に記録残っとるからな! 一番高いのだけ選んだる」
「お前ら、試合中に帰省の相談すんな!」
別レーンから、乃依のツッコミが飛んできた。
雷が静かに頷いている。
「試合続行」
私は双剣を構える。
「あんたみたいなんに、うちの子は渡さへん」
「親か、お前は」
「彩葉のうちの子だー!」
「かぐや、今は集中して!」
かぐやが嬉しそうに笑う。
戦闘再開。
一戦目とは違う。
兄の動きは知っている。
昔、ゲームで何度も戦った。
フェイントをかける時、僅かに右肩が下がる。
大技の前には、無意識に一度だけ足場を確認する。
今も変わっていない。
私は帝の金棒を双剣で受け流す。
ワイヤーを足へ絡める。
だが、帝は倒れない。
逆に引かれる。
身体が浮く。
「彩葉!」
かぐやが割り込み、ハンマーを叩きつけてワイヤーを切る。
帝の一撃が、かぐやへ向かう。
私が間へ入る。
吹き飛ぶ。
ストックが一つ消えた。
自陣へリスポーン。
「……ごめん」
開口一番、また謝罪が出た。
『ダイジョーブ! 絶対取り返す!』
かぐやの声。
続いて、ヤチヨ。
『"彩葉"! ヤッチョとかぐやがついてるからね~? 頼って――♪』
私が最速で向かっても、決着には間に合わない。
私にできることは、もうない。
なら。
信じる。
「……勝って!」
『うけたまかしこまつかまつり~☆』
かぐやとヤチヨが、帝へ向かう。
ヤチヨの傘型ショットガンが火を噴く。
帝が避ける。
ヤチヨが傘を叩きつけると同時に傘を開いた。
帝の視界を、一瞬だけ塞ぐ。
傘の影に隠れて距離を詰めていた、かぐやが現れる。
ハンマー。
直撃。
帝のストックが消える。
ヤチヨが櫓を奪取。
大将落としが、天守閣へ打ち込まれた。
『なんとー! かぐや・いろPチームが一矢報いるー!』
『ヤチヨとかぐやの策がハマったっすー!』
「いえーい! 私たちすっごい以心伝心じゃーん!」
「……うん、そうだね~☆」
ヤチヨとかぐやが、ハイタッチする。
本当に。
Black onyXから、一勝をもぎ取った。
「……かぐや、すごいよ」
つい、口をついて出た。
伝えようとも思っていなかった言葉を、かぐやの地獄耳はしっかり拾う。
かぐやは、にぱっと笑った。
「彩葉と、勝ちたいから!」
胸の奥が、熱くなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
三戦目。
決着戦。
両チームが、それぞれ一つずつ櫓を取得する。
ヤチヨが雷と乃依を引き受け。
私とかぐやはジャンプ台を使い、帝が待つ櫓へ向かった。
「遅かったな」
帝が、金棒を肩へ載せて待っている。
「なんでこっちに? ミドルから天守へ行けば、勝ちだったんじゃないの」
「Black onyXはな」
帝が笑う。
「みんなに夢見せなきゃいけねーんだよ」
なるほど。
本当に。
格好つけだ。
でも。
その格好つけを成立させるだけの努力を、この人はしてきたのだろう。
高校を卒業して、一人で両親を説得して東京へ出て。
プロゲーマーになった。
帝アキラとして、結果を出し続けた。
構われるのを面倒がって父には連絡を返さないし。
母とは会うたびに口論をする。
私のことを、今でも子ども扱いする。
腹の立つ兄。
それでも。
その背中が、私よりもずっと先を走っていたことは知っている。
勝てんわ。
そんな言葉が、喉元まで出かかる。
「ちーくしょー!」
かぐやが帝に弾き飛ばされ、私の隣へ転がってきた。
すぐに立ち上がる。
「もっかい!」
どうやら、諦めるという機能が、この宇宙人には搭載されていないらしい。
ああ、何を弱気になってるんだ、私は。
「彩葉!」
「わかってる!」
二人で帝へ向かう。
一戦目より。
二戦目より。
動きが合っている。
かぐやが振りかぶる。
帝が受ける。
私は背後からブーメランを投げ、帝の退路を塞ぐ。
帝が跳ぶ。
かぐやがランチャーを撃つ。
爆発。
帝の体勢が崩れる。
私がワイヤーで腕を拘束する。
「いける!」
「おりゃああああ!」
かぐやのウルト。
ランチャー型ハンマーから、巨大な光が放たれる。
空を裂き。
帝へ迫る。
届く。
そう思った。
爆発。
「え?」
かぐやの足元が吹き飛んだ。
雷の仕掛けた地雷トラップ。
いつの間に。
かぐやが空中へ打ち上げられる。
乃依の狙撃。
直撃。
かぐやのストックが消える。
「かぐや!」
拘束が緩んだ。
帝がワイヤーを引きちぎる。
金棒。
私の身体を捉える。
視界が回る。
帝が天守閣へ駆ける。
ヤチヨは雷と乃依に阻まれている。
追う。
届かない。
帝が大将落としを打ち上げる。
『決着ー!』
『勝者、Black onyX!』
敗北。
結果ログへ、二文字が浮かぶ。
かぐやは、しばらく黙っていた。
私も、何も言えなかった。
あと少しだった。
届くと思った。
なのに。
コメント欄が、一瞬だけ静まり返る。
「……もっかい」
かぐやが言った。
「次は勝つ」
私は目を閉じる。
深く息を吐く。
悔しい。
本気で悔しい。
でも。
終わっていない。
むしろ。
火がついた。
「ええ。次は、勝ちます」
次があるかなんて、そんなことはどうでもいい。
ただ、次は負けない。負けたくない。
帝が、一瞬面食らったような表情を浮かべ、すぐに心底嬉しそうに笑った。
「おう。それでこそ、俺の妹だ。また遊ぼうや」
コメント欄が爆発した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
神戦の映像は、瞬く間にツクヨミ中へ広がった。
かぐやの無謀な突撃。
ヤチヨの助太刀。
私と帝の兄妹発覚。
試合中の帰省相談。
「うちの子は渡さへん」という、私の失言。
何故か、そこばかり切り抜かれた。
《いろPママ》
《かぐや、うちの子認定》
《兄から娘を守る母》
《百合営業じゃん》
《母子百合とはたまげたなぁ》
《本人だけ百合営業否定してるの草》
違う。
断じて違う。
かぐやは楽しそうに、そのコメントを読み上げていた。
「彩葉ママー!」
「調子に乗るな」
しかし。
数字は伸び続けた。
負けたからこそ、かぐやの本気が伝わった。
負けたからこそ、私の悔しさが伝わった。
帝が自分の配信で、
『まさか素人に一本取られるとは思ってなかった。次も楽しみにしてる』
と笑ったことで、黒鬼側のファンも流れ込んでくる。
新規ファン数。
感情値。
ふじゅ〜。
すべてが跳ね上がった。
ヤチヨカップ終了。
ランキングが、下位から順番に発表される。
百位。
五十位。
十位。
五位。
三位。
私とかぐやの名前は、まだない。
二位。
Black onyX。
会場がどよめいた。
なら。
一位は。
『ヤチヨカップ優勝者は――かぐや・いろPチャンネル!』
一瞬。
聞き間違いかと思った。
巨大スクリーンへ、私たちの名前が表示される。
一位。
優勝。
「彩葉」
かぐやが、震える声で私を呼んだ。
「うん」
「勝った?」
「……勝った」
「勝ったー!」
かぐやが飛びついてくる。
勢いを受け止めきれず、二人で倒れ込んだ。
「ヤチヨとライブできる!」
「重い、どきなさい!」
「彩葉も一緒にライブだー!」
「私は裏方だから!」
私たちは。
月見ヤチヨとのコラボライブへの権利を手に入れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
月見ヤチヨとのコラボライブ。
推しと同じステージ。
考えるだけで、心臓がおかしくなる。
推しのための音楽制作を、裏方として手伝ってきた。
それだけでも、身に余る光栄だったのに。
まさか。
自分が演奏者として、同じ舞台へ立つことになるとは。
「着ぐるみ着る?」
「着……………ない」
「じゃあ顔出しだー!」
「この前の黒鬼とのKASSENで、もう顔は出てるでしょうが……」
本番前の控室。
かぐやは、緊張感の欠片もない。
「どぅるるるるるー、カニー! どぅるるるるるー、うさぎー!」
「はいはい、かわいいかわいい」
私は吐きそうだった。
「終わったら彩葉のオムライス食べたいなー」
「作る気力と体力が残ってたらね……」
そんな他愛もない会話をかぐやとしていると。
「だらららららら~、ドジョウ~!」
「かわいすぎて、心臓吐きそう」
あまりにも不意打ち。
いつもの神秘的な姿とは違う、等身大のヤチヨ。
好き。
最高。
ギャップでどうにかなりそう。
「いいな~。ヤチヨも美味しいもの食べたいな~。パンケーキとか~」
「ヤチヨはパンケーキ好きなのー?」
「よよよ~、好きだけど、ヤッチョは電子の歌姫なので食べられないのです~」
「えー、かわいそうー!」
食べられないのに好きとは一体。
いや、推しの言葉を疑うことなかれ。
きっとパンケーキの見た目が好きとか、そういう話だ。
中の人とか、設定とか、そんなものはない。
ライブの開幕を知らせる合図が鳴る。
「彩葉」
かぐやが手を差し出した。
「なに?」
「一緒に行こう」
「……うん」
その手を取る。
ステージへ出る。
光。
歓声。
無数の感情。
客席から見ていた景色とは、まるで違う。
ステージの上から見る客席は。
煌めく星の海のようだった。
「かぐやっほー! かぐやだよー!」
かぐやが両手を広げる。
会場が揺れる。
「そして、かぐやのいろPー!」
「紹介が雑!」
笑いが起きる。
少しだけ、息が戻った。
「ヤオヨロー! 神々のみんな~!」
水面から浮かび上がるように、ヤチヨが現れる。
「みんな、生きるのはどうですか? 良いことあった? それとも泣いちゃいそう?」
優しい声。
「よしよし、全部大丈夫。どんなに孤独な道のりでも、楽しかったなーって記憶が足元を照らすよ」
ヤチヨが、こちらを見る。
「この時間も、忘れられない思い出にしたいから――どうか、一緒に踊ってくれる?」
歓声。
演奏が始まる。
選曲は半々。
ヤチヨのオリジナル曲とかぐやのオリジナル曲、そしてカバー曲。
ヤチヨのオリジナル曲は、ほとんどが私も制作に携わった楽曲だった。
かぐやの曲については、言わずもがな。
私が手を加えた曲。
ヤチヨのために。
私が作った曲。
かぐやのために。
なんだこの時間は。
人生の最高潮か?
かぐやが歌う。
ヤチヨの声が重なる。
違う声。
違う歌い方。
なのに。
似ている。
音の掴み方。
息の置き方。
楽しそうに跳ねる癖。
一瞬、二人が重なって見えた。
鍵盤の上で、指が止まりかける。
ヤチヨと目が合った。
彼女は、穏やかに笑った。
あまりにも。
懐かしい笑顔だった。
何故?
考える暇はない。
かぐやが歌う。
ヤチヨの声が重なる。
私も、鍵盤を弾きながら声を重ねた。
最初の一音は、情けないほど震えていた。
けれど、かぐやとヤチヨに挟まれて歌っているうちに、少しずつ前を向けるようになった。
幸せだ。
こんな時間が。
ずっと続けばいい。
そう思った。
そんな時間ほど、早く終わってしまうもので。
ライブ終盤。
私たちは最後のパフォーマンスを終えた。
かぐやがとびっきりの笑顔で告げる。
「め―――っちゃ、楽しかった!」
太陽のような笑顔。
「彩葉、好き」
「へ? 私?」
「あー、もー、彩葉と結婚しようかなー」
なにを言ってるんだ、この子は?
そんな、結婚とか簡単に言ってくれちゃって。
幸福に満ち溢れたような空気感。
それが、一瞬で塗り替わった。
肌を撫ぜる違和感。
「は?」
ツクヨミの空に赤く無機質な文字列が流れ始める。
「なに、これ?」
違和感が、まるでツクヨミの神々に乗り移るように伝染していく。
白く無機質な人の姿を獲得する。
かぐやの背後から、白い腕が伸びるのを見た。
「かぐや!」
手を伸ばす。
間に合わない。
白い手がかぐやに触れる。
かぐやはまるで電池が切れたように膝から崩れ落ちた。
「はーい。ライブへの飛び入り参加は、認めておりませ~ん☆」
ヤチヨが傘を振るって、かぐやへ伸びた手を振り払った。
軽い声。
でも、その背中は。
どこか怒っているように見えた。
違和感がノイズへ崩れる。
静寂。
ヤチヨが振り返る。
「いや~、びっくり演出だったね~☆」
「演出?」
「今は、そういうことにしておいて~? それよりも、かぐやちゃんのところへ。早く」
「ヤチヨ」
ヤチヨは何かを知っているの?
問い詰めたい。
だが。
かぐやの安否を確かめるの先だ。
私はその場の収拾をヤチヨに任せて、ツクヨミからログアウトした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
端的に言えば、かぐやは無事だった。
「いやー、心配かけてごめんねー?」
かぐやはいつものように笑っている。
つもりだったのかもしれない。
明らかに、無理に明るく振舞っていることが見て取れた。
それからのかぐやは、少しだけ静かになった。
本当に。
少しだけ。
配信では笑う。
動画も撮る。
ゲームで騒ぐ。
料理に失敗する。
新曲を強請る。
けれど。
時々。
月を見ていた。
窓の外。
ツクヨミの空。
スマートフォンに表示された、満月の写真。
それらを見るたびに。
ほんの一瞬。
表情が止まる。
私は気づいていた。
でも。
聞けなかった。
答えが返ってくるのが、怖かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
花火大会に誘った。
かぐやは跳んで喜んでいた。
浴衣姿のかぐやは、いつも通りだった。
りんご飴。
焼きそば。
射的。
金魚すくい。
見るものすべてへ食いつき、真実と食べ歩きを競い、芦花に髪を整えてもらい、私の袖を引っ張り回した。
「彩葉、見て! 魚!」
「金魚を揺らさない!」
「おうちで飼える?」
「ちゃんと世話できるならね」
「でき……うん。やっぱ返してくるー!」
「……」
花火が上がる。
大きな音。
腹の底へ響く振動。
火薬の匂い。
夜空へ、光の花が咲く。
「うおおお! 腹に響く! 煙の匂いする! すごい!」
かぐやは、満面の笑みで空を見上げていた。
その笑顔を見ていると、胸が苦しくなった。
花火が終わる。
人が減る。
芦花と真実は、何かを察したように先へ帰った。
川辺。
虫の声。
水の音。
私とかぐやだけが残った。
「もう、おうちに帰らなきゃ」
かぐやが言った。
静かな声だった。
「帰れなくなっちゃう」
「ねぇ、帰っちゃうの?月に」
かぐやは大きく目を見開いた。
そして、目を伏せて、頷いた。
「帰りたいの?」
答えはない。
「帰らないと、どうなるの?」
「わかんない」
「なら、帰らなくていい」
「でも」
「でも、何?」
「彩葉たちに、何かあったらやだもん」
「どういう……」
「怖かったでしょ? 月の人たち」
今度は私が目を見開いた。
図星だった。
怖かった。
認める。
得体のしれなさと、違和感の塊。
悪意はない。無機質ゆえの怖さ。
「だから、自分から帰るの?」
「かぐやが帰れば、丸く収まるから。 元々は、仕事放り出して逃げてきたかぐやの責任だしねー!」
「それはそう」
「うん。そう、なんだよ……」
かぐやが俯く。
何故だか無性に腹が立った。
「助けてほしいなら、助けてって言いなさい」
かぐやの肩が揺れた。
「彩葉」
「言って」
「でも」
「助けてって! まだ、ここにいたいって言って!」
かぐやが口を開く。
だが。
声は出ない。
唇が震える。
赤い瞳へ、涙が溜まる。
言えない。
その顔を見て。
理解した。
その顔を。
私は知っている。
鏡の中で、何度も見た。
助けてほしい。
でも、迷惑をかけたくない。
頼ったら。
自分が駄目になるような気がする。
だから。
大丈夫だと笑う。
一人で立てると意地を張る。
中学二年生の夏。
父へ視線を向けた私を、母は叱った。
肝心な時、すぐに人へ助けを求める。
そんな甘ちゃんに、一人暮らしは無理だと。
あれから。
私は、頼ることを負けだと思っていた。
チヤさんに助けられるたび。
返さなければと焦った。
芦花と真実に心配されるたび。
大丈夫だと笑った。
傍から見た私は。
今のかぐやと同じだったのだろう。
助けてほしいのに。
言えなくて。
全部自分で抱えようとして。
だから、チヤさんはあんなに強引に。
余計なお世話だとか、お節介だとか言われても、平気な顔をして。
馬鹿だな、私。
「……わかった」
かぐやが顔を上げる。
「言わなくていいよ」
「彩葉?」
「私が勝手に助けるから」
かぐやの目から、涙が落ちた。
「でも」
「余計なお世話でも、お節介でも。私がかぐやを助ける」
初めてわかった。
頼ることが悪いんじゃない。
悪いのは、すべてを誰かへ預け、自分の足で立つことをやめてしまうこと。
頼ることと。
自分で立つことは。
相反しない。
両立する。
頼った分、いつか頼られる。
頼られた分、頼る。
支えてもらった分、誰かを支える。
倒れそうな時は、肩を借りる。
誰かが倒れそうな時は、自分の肩を貸す。
そうして生きていくのが。
人なのだ。
私だって。
父。
母。
兄。
芦花。
真実。
チヤさん。
ヤチヨ。
そして、かぐや。
その他、気づいていないだけでもっと大勢の色んな人に支えられて、ここにいる。
なら。
今度は私が。
かぐやを支える。
一人では無理なら。
誰かへ手を伸ばせばいい。
私は、スマコンを操作する。
連絡先。
月見ヤチヨ。
コラボライブの際に交換した連絡先だ。
指が震えた。
チヤさんを通した方がいいのかと一瞬迷う。
推しへ。
仕事ではなく。
ファンとしてでもなく。
助けを求める。
通話が繋がった。
『はいはーい。ヤッチョだよ~☆ どうしたのかな~?』
いつもの声。
「ヤチヨ」
『うん』
「かぐやを助けるのを、手伝って」
通話の向こうでヤチヨが息を呑む。
ほんの一瞬の間。
そして、いつもの柔らかな声。
『フッフッフー、お任せあれ~! ヤッチョが彩葉のかぐやちゃんを助けてみせましょ~!』
「……ありがとうございます」
『どうせなら、神々のみんなも巻き込んだ、盛大なお祭りにしちゃおうか☆』
かぐやが、隣で泣いている。
私は、その手を握った。
「あんたが帰りたい場所は、ここでしょうが」
「彩葉……」
「一緒に行くんでしょ? ハッピーエンド」
かぐやは。
泣きながら笑った。
「うん!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
かぐやのライバー引退と、卒業ライブが発表された。
月には帰さないと啖呵を切っておいて、どうして引退ライブなのかと言えば。
花火大会の最中、私たちが屋台に気を取られている隙に、かぐやが勝手にSNSへ告知していたからである。
かぐやのことで頭がいっぱいでSNSの管理を怠っていたこともあり。
気づいたころには世間は阿鼻叫喚。
ネットニュースにまでなる始末だった。
だから、表向きは卒業ライブという形で通すしかない。
月へ帰るかぐやを送り出すための、最後のライブ。
その実は、月からのお迎えを迎え撃つ戦い。
芦花と真実へ話す。
「手伝うよ」
突拍子もない話を、最後まで聞く前に、芦花に即答される。
「私も手伝う。 ところで、月って、ご飯あるのかな」
「気にするのそこ? でも、ありがとう」
Black onyXへ頭を下げる。
帝も、私が最後まで話す前に笑った。
「妹に頼られたら、兄貴としては断れんな」
雷と乃依も快諾してくれた。
チヤさんへ連絡する。
『うんうん。諸々のフォローは任せて』
「……ありがとうございます」
『もっと頼ってくれていいんだよ~』
「はい、そうします」
『……うん☆』
ヤチヨが、ツクヨミ全域へ告知を出した。
『かぐや卒業ライブ開催!』
『そして同時開催、超大型レイドイベント――竹取合戦!』
『月からお迎えが来るらしいから、神々のみんなで盛大におもてなししちゃお~☆ 追い返せたら、もしかしたらもしかするかもね~。 特別なエネミーの討伐数に応じてふじゅ~ボーナスもつくから、みんなこぞって参加してね~☆』
ツクヨミ史上最大級の大イベント。
ヤチヨの告知によって。
参加者は増え続けた。
かぐやの配信を見た人。
ヤチヨカップで応援した人。
Black onyXとのKASSENで心を動かされた人。
イベントが好きな人。
エネミーと戦ってみたい人。
理由は、何でもいい。
ツクヨミの神々が集結する。
抗おう。
かぐやの物語を終わらせないために。
◇◇◇◇◇◇◇◇
卒業ライブ当日。
ツクヨミ最大級のライブ会場。
満員。
その言葉では足りない。
会場の外。
空中。
海上。
ツクヨミ中の神々が集まっている。
ステージ外周には、戦闘参加者。
Black onyXが前線を統率している。
無数のライバー。
ゲーマー。
クリエイター。
一般ユーザー。
中には、プロゲーマーや元プロも混じっている。
それぞれが武器を構えている。
ステージ中央にかぐやが立つ。
「かぐやっほー! かぐやだよー!」
歓声。
「今日は来てくれて、ありがとー!」
いつもの声。
いつもの笑顔。
けれど。
手が震えている。
私は、その手を握った。
「大丈夫」
「うん」
「何があっても、演奏は止めない」
「うん」
「私たちを信じて」
「うん!」
本当は、私だって怖い。
でも。
私も信じている。
ヤチヨを。
仲間を。
かぐやを。
自分を。
ライブが始まる。
一曲目。
二曲目。
かぐやが歌う。
私は鍵盤を弾く。
ヤチヨが無数の光で舞台を華々しく演出する。
歓声が。
ふじゅ〜が。
感情が。
会場に飛び交う。
三曲目に差し掛かったとき。
ツクヨミの空が歪んだ。
あの時と同じ、違和感。
来た。
空間に亀裂が走り、月人たちが現れる。
十体。
百体。
千体。
人の形。
獣の形。
巨大な仏像のような姿。
無数の腕を持つもの。
いずれも白い肌、無機質な顔。
月人たちはなにも語らない。
不気味なほどに意思が感じられない。
「総員、構えろ!」
帝の声。
月人たちが降りてくる。
竹取合戦。
開戦。
爆発。
光。
金属音。
雄たけび。
フィールドのあちこちで火花が散る。
芦花のネイル型武器が、真実の巨大なスプーンが、月人たちを相手取っている。
雷が攻撃を受け止め。
乃依が遠距離から撃ち抜く。
帝が金棒を振るい、前線を切り開く。
ツクヨミの神々は倒されても、即座にリスポーンができる。
そして、ヤチヨの管理者権限によって、全ステータスを大幅に向上させる公式チート「MUSOU」を各人の判断で使用できる。
しかし、月人たちは違う。
ヤチヨによって、月人には大量のデバフがばらまかれている。
残機もたった一つだ。
条件だけを見れば、こちらが圧倒的に有利なはずだった。
それでも、押し切れない。
戦況は拮抗している。
「彩葉!」
芦花が叫んだ。
一体の月人がステージへ向かってくる。
「演奏を止めないで!」
私はショルダーキーボードを変形させる。
鍵盤が刃になる。
音を鳴らしながら。
斬る。
月人を弾き飛ばし。
演奏へ戻る。
『Reply』。
かつて、父と一緒に作りあげた。
私が、かぐやのために仕上げた曲。
私たちなりの回答。
運命に抗うための歌。
かぐやが歌う。
月人が押し寄せる。
仲間たちが倒れる。
リスポーンして、また立ちあがる。
何度でも。
何度でも。
くそっ。
数が、多すぎる。
「前線、抜かれる!」
乃依の声。
巨大なコンゴウ型が、Black onyXをまとめて吹き飛ばす。
芦花と真実が突破され、月人たちがステージへ迫る。
「……~ッ」
かぐやの歌声が揺れた。
「止めないで!」
私は叫ぶ。
「歌って!」
「でも!」
「私たちを頼って! 私たちを信じて!」
かぐやが、こちらを見る。
花火大会の夜。
言えなかった言葉。
かぐやの瞳に、いつもの強い光が戻った。
ようやく、腹を括ったらしい。
いつものかぐやらしい顔になった。
かぐやが息を吸う。
「みんなー!」
声が震えている。
それでも。
会場にいる全員にはっきりと届いた。
「かぐやを、助けてー!」
会場が揺れた。
歓声。
「……歌ってってば!」
私は月人を斬り飛ばしながら文句を呟く。
口角は上がっていた。
倒れた神々たちが立ち上がる。
コメント欄が凄まじい勢いで流れていく。
一体の月人が、ステージ中央へ迫る。
かぐやへと、その白い腕を伸ばす。
不味い。
私は咄嗟に助けを呼んだ。
「ヤチヨ!」
返事がない。
「ヤチヨ!」
ステージの上に。
彼女がいない。
どこへ。
何をして。
不安が過ぎる。
その時。
世界が、止まった。
かぐやへ伸ばされた腕が。
戦闘を行っていた月人たちが。
すべてが静止画のように。
停止した。
ステージにヤチヨがひらりと舞い降りる。
かぐやと、かぐやへ手を伸ばしたまま静止した月人の間に割って立つ。
その後ろ姿は、この異様な状況と相俟って、まるで本当の神様みたいで。
銀青の髪が、静かに揺れた。
「ヤチヨ……?」
かぐやが呟く。
ヤチヨが、一歩前へ出る。
「異邦の者よ」
月人たちの顔が、一斉にヤチヨへ向いた。
「ヤッチョからの贈り物は気に入ってくれたかな〜?」
そして、跪いた。
何百。
何千。
埋め尽くしていた月人が。
月見ヤチヨへ。
首を垂れている。
「もし、気に入ってくれたのであれば———」
どうして。
何故。
月人が、ヤチヨへ従うの?
片手を上げる。
「疾く失せなさい」
ヤチヨが指を鳴らした。
月人たちの身体へ、赤い亀裂が走る。
次の瞬間。
すべての月人が。
赤い花弁となって散った。
花弁が空を舞う。
月光を受けたそれは。
血のようにも、桜のようにも見えた。
静寂。
一拍遅れて。
歓声が爆発した。
月からのお迎えは。
退けられた。
かぐやが帰らなくて済んだ。
「……ヤチヨ?」
かぐやは。
ヤチヨの後ろ姿を見たまま。
動かなかった。
笑ってもいない。
泣いてもいない。
呆然と立ち尽くしている。
正直、様々な疑問は残る。
だが、かぐやの顔を見た瞬間。
私の中で。
何かが切れた。
「かぐや!」
走る。
飛びつく。
勢いのまま。
強く抱きしめる。
かぐやがよろめく。
二人で倒れそうになりながら、踏みとどまる。
「ヴェァッ⁉ 彩葉?」
「よかったッ」
声が震える。
涙が出る。
止まらない。
「よかったぁ……ッ」
「うん」
「月に、帰らなくていいよ」
「うん」
「一緒にいよう?」
かぐやの腕が。
私の背中へ回る。
「うん、かぐやも! 彩葉と一緒がいい!」
「うん」
「彩葉ってば、すごーい! ほんとにハッピーエンドにしちゃった!」
「まだ物語は終わってないよ」
泣きながら。
笑う。
「めでたしめでたしの、その先まで行くんでしょうが」
かぐやが目を見開いた。
そして、せき止めていた感情が溢れるように泣き始めた。
声を上げて。
子どもみたいに。
私へしがみつく。
「よかったぁぁぁッ……!」
「うん」
「帰りたくなかったぁぁぁッ……」
「うん」
「助けてほしかったぁぁぁッ……」
「うん」
「彩葉と離れたくなかったぁぁぁッ……ッ!」
「うん、知ってる」
強く抱きしめる。
絶対に手放さない。
手放す気はない。
周囲では。
芦花と真実が泣いている。
帝が少し離れた場所で、雷と乃依と笑い合っている。
ツクヨミ中の神々が、歓声を上げている。
顔を上げると、少し離れた場所からヤチヨが、こちらを見ていた。
穏やかに。
満足そうに。
そして。
ほんの少しだけ、寂しそうに見えた。
かくして、竹取物語の結末は書き換えられた。
私は、かぐやの手を強く握った。
かぐやが握り返してくる。
行こう、ハッピーエンドのその先へ。
彩葉視点、表エンドまで完了!
ヤチヨ「ちょっとガバったけど、ハッピーエンドだな。ヨシ!」
FUSHI「そいつはどうかな…(カン☆コーン)」
トゥルーエンドがアップを始めました。