悪役令嬢の腰巾着に転生した俺、「流石はお嬢様!」と煽てながら全力で生き残る 作:延暦寺
――十束学園。
それは世界でも有数の
国立を謳ってはいるが、実は自治権を認められており、生徒の不始末などは学園長の裁量で処理される。
それ故に外からのあらゆる権力が通じず、九条財閥ですらこの学園には介入できない。
とはいえ、教師陣全員が清廉潔白というわけもなく、賄賂による裏口入学も悲しいことにあったりする。
学園長であるメーデイアにはお見通しだが、実力至上主義の彼女は、よほどの大問題を起こさない限りは見逃している。
……もっとも、裏口で入るような人間やそれを承認する教師が、トラブルを起こさないはずもない。大抵はメーデイア本人によって「滅っ」とされるのがオチだ。
そして生徒にも役職持ちには学園を脅かさない程度の裁量を与えられる。
生徒会はいわずもがな、創作の生徒会によくあるタイプで権力をもっている。
そして、寮長にももちろん権力が与えられる。
何が言いたいかというと――。
「我が寮によくぞ来た! 俺こそが
ポニーテールを振り回し、その体から放たれる圧倒的な威圧に空気がびりびりと震える。
入寮試験。それは寮長の特権。
試験内容は寮長が自由に設定でき、合否も彼らの気分次第。
ラインに達しない有象無象を弾く、極めてシビアな選別システムである。
試験を免除する寮長も稀にいるが、残念ながら今年の三人は全員が試験を課していた。
魔力で動く複雑な機構を解くという繊細な操作と知性が求められる。お嬢様には絶対にクリアできない類のものだ。
そして、俺たちが選んだ
「試験内容は簡単だ。スタート地点からゴールである寮の中へ入れば合格だ」
烈火はアーティファクトである巨大な両刃剣ヒノカグツチで、地面にスタートラインを引きながらそう宣言した。
あまりのシンプルさに、周囲の入寮希望者がざわめく。天下の十束学園の入寮試験がこれでいいのかと。しかし、その甘い言葉の裏には当然罠がある。
「うおおお、一番手はもらった!」
功を焦った男子生徒が駆け出す。それに釣られた数人が烈火の横を通り過ぎようとし――ギャグ漫画のように吹き飛んだ。
「ぐわああああああ!?」
「
「おっと、俺としたことが一つルールを言い忘れていたな。それは……俺の妨害をくぐり抜けることだ」
烈火は獰猛な獣のようにニヤリと笑う。スタートダッシュに遅れた面々が、その気迫に気圧され後ずさりする。
「だめだぁ、おしまいだぁ……」
「勝てるわけがない……」
「安心しろ。ハンデとして、俺はここから動かねぇ!」
スタートからゴールまで距離にして30メートル。
烈火が立っているのはスタートとゴールのちょうど中間地点。
動かないのであれば迂回すればいい、と俺と同じことを考えた生徒が走り出すが――。
「
烈火が大剣を振るうと、無数の炎の剣が虚空に現れ、迂回ルートを完全に封鎖した。
「まさか
睨みつけられただけで、迂回しようとしたその生徒は腰を抜かして逃げ出した。
「ふん、情けねぇ……。おら、この寮に入りてぇなら勇気を見せろ! 力を出せ! 血潮を燃やせ!」
戦いを愛する炎の神。そんな形容がぴったりの姿だった。
「まったく、情けないですわね」
周囲が気圧される中、お嬢様がずいっと前に出る。
「愚民ども、見ておくのですわ。真の強者を。君臨するものを。九条葵を!」
それは、まさに頂点に立つ者に相応しいオーラだった。俺が後に続こうとすると、お嬢様は手を広げて制止した。
「忍、助けは不要です。ここを一人で突破できないようでは学園一など夢のまた夢。……貴方の主人を信じなさい」
「――御意」
深く頭を下げて下がる。
「へぇ……お前の事は知っているぞ、九条葵。入学試験2位の才女。魔力量は既に2万越えか。見掛け倒しでないならぜひとも欲しい人材だが……本当に一人でいいのか?」
烈火の問いに、お嬢様はパンッと優雅に扇子を広げた。
「えぇ。彼我の戦力差は明白。まともに戦えば勝てないことは認めたくないですが、百も承知ですわ。ですが、今あなたはその場から動けない。……加えて、力をかなりセーブしていらっしゃるでしょう?」
ピクリと烈火の眉が跳ね上がる。周囲から「手を抜いていたのか」とどよめきが起きる。
「は、はは……いいねぇ、いいぞぉ九条葵! 期待通りだ! さぁ、ゴールまで目指すがいい!」
「えぇ、言われなくても」
お嬢様が一歩、また一歩と優雅に近づく。剣の有効範囲に入った刹那――。
烈火がヒノカグツチを振り下ろす。猛炎が、お嬢様の白い肌を焼き尽くさんと奔った。
しかし、お嬢様の表情は微塵も揺るがない。彼女の身体から、音もなく青く透き通った炎が立ち上る。
「
激突の瞬間、烈火の赤黒い業火は、お嬢様の青い炎に触れた瞬間にまるで主を見つけた従者のように頭を垂れ、彼女を避けるように左右へと割れた。
「――荒々しいだけでは、私には届かなくてよ?」
驚愕に目を見張る烈火の横を、炎を割って進む女王のように、お嬢様はコツンとヒールの音を響かせてゴールへと足を踏み入れた。
「お……お嬢様ああああああ! 流石! 流石です! お・じょ・う! お・じょ・う!」
あまりのかっこよさに震える体を抑えきれず、俺は全力でコールを送る。
いつものチョロ可愛い一面とは違う、格上の貫禄。テンションが上がらないわけがない。
原作でも主人公のかませ役だったとはいえ、仮にも
ゴールできることは予想していたが、ここまでかっこよかったとは予想していなかった。
「つ、次は私が行きます!」
お嬢様に感化されたのか、栞奈が手を挙げる。
「大丈夫ですか、栞奈様……?」
「はい、ここで頑張れなければ……私は葵様の親友を名乗れません……!」
「次はあんたか……お前も知ってるぞ、神代重工の娘だな。お前も美味そうだ」
と、舌なめずりをする。
一見百合の気配を感じるが、彼女の言葉は蛮族的な意味に帰結する。
というか、頭蛮族な癖に意外と情報収集はしてることはちょっと意外である。
原作ではバトルしか口にしない戦闘民族だったからな。
「い、行きます!」
栞奈はガントレットを装着して駆け出す。魔法を使うそぶりもなく愚直に向かう彼女に対し、烈火は再び剣を振るう。
「お手並み拝見だぁ!」
「――今!」
剣の軌道を見極めた栞奈は、ガントレットを
「
そのまま大盾で押し込み、「おお!」と嬉しそうにする烈火をよそに大盾の死角を利用し、ゴールへと到着する。
「や、やりました!」
「オーッホッホ! 流石は栞奈ですわね!」
親友を抱きしめるお嬢様の姿に、思わず目頭が熱くなる。てぇてぇ。
「う、うおおおおお!」
二人を追うように生徒たちが殺到するが、烈火の防壁は崩れず、文字通り人の雨が降り注ぐ結果となった。
「さて、そろそろ俺も行かないとな……」
行こうと思えば突破はできる。だが、目立つのは避けたい。三下モブとして平穏に過ごすのが一番だ。
俺が思案していると、二メートル近い巨体がそばに転がってきた。
短く刈り上げた髪、筋骨隆々の体。先ほど吹っ飛んでいた――名前は確か……そう、
「くそおお、ワシは地元でも負け知らずだったんだぞ、なぜ勝てん!」
悔しそうに地面を叩く彼に、俺はニヤリと笑うとズズイッとこっそりと近づき話しかける。
「――力が欲しいか?」