悪役令嬢の腰巾着に転生した俺、「流石はお嬢様!」と煽てながら全力で生き残る   作:延暦寺

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第20話 暗雲

「くそ、くそぉ……っ! 佐藤忍め、よくもこの僕に恥をかかせてくれたなぁ……っ」

 

 医務室で治療を受けた後、僕は人気のない中庭で怨嗟の声を出す。

 佐藤忍……九条財閥の葵嬢と神代重工の栞奈嬢を侍らす男。

 

 従者の分際で身の程を知らないようだから分からせてやろうと思ったのに、結果は僕が無様な姿をさらしただけ。

 

「体調さえ、あの時あんなに体調さえ崩していなければ……あんな奴、僕の敵ではなかったのに!」

 

 あいつは僕の足元がフラついた瞬間に付け込んできた、ただの卑怯者だ。

 ろくに攻撃も出来ず、僕の攻撃をただひたすら避けることしかできなかった無能な雑魚が、偶然のラッキーヒットで――!

 膨れ上がる憎悪が止まらない。

 そんな僕の背後から、不意に朗らかな声が掛けられた。

 

「おやおや、随分と怒っているようですが、どうかなさったのですか?」

「……っ!? 誰だ!」

 

 突然の気配に、僕は弾かれるように声のした方へと振り返る。

 そこには、流れるような美しい銀髪を腰まで伸ばし、穏やかな笑みを浮かべた男が立っていた。

 純白の司祭服に身を包んでいることから、教会の関係者だと分かる。

 そういえば、この学園の敷地内には、学生のケアや信仰のために教会も設置されていたはずだ。

 

「失礼。私は()()()白亜(はくあ)と申します」

 

 白亜と名乗る銀髪の男はそう言って、礼儀正しく頭を下げた。

 ふん、やっぱりただの教会関係者か。

 

「その()()が僕に何の用だ。あいにく、僕は今すこぶる機嫌が悪いんだ。無駄に怪我をしたくないなら、さっさと僕の前から失せるんだな」

「いったい何があったのですか? 私は職務上、他人の抱える心の悩みを聞くのが人より少し得意でしてね。それに、苦しい胸の内を人に話すと楽になると言うでしょう? さぁ、私に話してみてください」

 

 冷たく突き放したというのに、白亜は気分を害する風でもなく微笑み続ける。

 それどころか、彼から放たれるどこか清浄で温かい雰囲気に触れていると、不思議と僕の胸を焦がしていた怒りが、すうっと消えていくようだ。

 この人に話せば楽になれる。僕のすべてを受け止めてもらえる。どこか本能が、目の前の男を信頼しろと囁いていた。

 

「実は――」

 

 僕は、初対面であるはずの白亜に向かって、先ほど起きた屈辱のすべてを洗いざらい話していた。

 生意気な九条家の従者のこと。こちらの急な体調不良を利用して、まぐれの一撃を叩き込んできた卑怯な手口のこと。本来の実力であれば、僕が勝っていたということ。

 

「僕は、優秀な探索者(シーカー)を輩出する、あの鎌瀬家の人間なんだ……っ! ここで立ち止まっている場合ではないんだ……!」

「――えぇ、よくわかりますよ。あなたは非常に優秀だ。本来の力さえ十全に出せれば、きっと何者にも負けないでしょう」

 

 彼の言葉が、僕の心へ染み込んでいく。

 あぁ、この人なら本当に僕のことをわかってくれる。僕のすべてを許容して肯定してくれる。

 世界中で、この白亜という男だけが、僕の本質を正しく認めてくれているんだ。

 

「貴方は何も悪くありません。強いて言えば、少しばかり運が悪かっただけです。ここでこうして会ったのも、何かの縁。どうでしょう。非力な私ですが、貴方に少しばかりの力添えをさせていただけませんか?」

「お前……いや、白亜さんが、僕にですか?」

 

 信じられないという風に彼を見つめると、白亜は慈悲深い笑みを浮かべて深く頷いた。

 

「迷える子羊を救うのは、私の使命です。我が神もきっと、同じ考えでしょう」

 

 白亜は、どこからか音もなく1本の長剣(ロングソード)を取り出した。

 装飾らしい装飾は無く、刃から柄に至るまですべてが黒で塗りつぶされたかのような剣だ。

 シンプルなはずなのに、なぜか神々しいオーラを感じる。

 

「これは、とあるのダンジョンで発掘された特別な遺物(レリック)……ゼノルシア。遺物(レリック)は自ら相応しい使い手を選ぶというのは、名門の貴方ならよくご存知でしょう? これは、きっと今の貴方にぴったりですよ」

「ゼノルシア……」

 

 吸い寄せられるようにその黒い柄を受け取った瞬間、ドクン、と心臓が跳ね上がった。今まで体感したこともないほどの力が、溢れ出してくる感覚に襲われる。

 

「こ、これは……何という、凄まじい力だ……!」

「おお、素晴らしい。私の目に狂いはなかった。やはり適性があったようですね。おめでとうございます……貴方は無事、ゼノルシアに選ばれました」

 

 白亜の賛美を聞きながら、僕は手の中の黒い刃を見つめる。

 遺物(レリック)の名を心の中で呼ぶと、まるで僕の魂の叫びに共鳴するように、剣が生命体のように脈打つ錯覚に陥った。

 凄まじい全能感が体を支配していく。

 これさえあれば、何者にも負けないという絶対的な自信が、僕の奥底から湧き上がってくる。

 

「本当にこれを……僕にくれるんですか?」

「ええ、差し上げますとも。その力を使い、ぜひとも屈辱を晴らしてください。ですが――焦りは禁物です。まずは、それの扱いにじっくりと慣れてからの方が良いでしょう」

 

 今すぐにでもあの従者に復讐したいと考えていた僕は、不満げに顔をしかめた。

 

「なぜです? これほどの力があれば、今すぐにでも……!」

「先ほども言った通り、それは極めて特別な遺物(レリック)。いくら適性があったとしても、すぐに使いこなせるものではありません。ですので、まずは身近なダンジョンなどに挑んで、慣れてください。大丈夫、そのレリックは使えば使うほど、貴方に馴染んでいきます。完全に使いこなせるようになったその暁には……貴方は、強大な力を得るでしょう」

「ふ、フハハハハ! 待ってろよ、佐藤忍……! この僕がゼノルシアを完全に使いこなせるようになったその時こそ、貴様を屠ってやる……!」

 

 黒剣を強く握り締め、僕は誰もいない虚空に向かって、そう宣言するのだった。

 

 

 ◇

 

 

 ――鎌瀬との決闘から数日後。

 

 あいつはあれからも教室に来ることはなかった。

 学園内でちょくちょく姿を見かけることはあるようだが、何をしているのか……。

 と、そんなことを考えていた矢先、鎌瀬が教室にやってくる。

 当然、教室内はざわつく。

 皆の前であれだけの醜態をさらしたのだ。

 奴の性格を考えれば、すぐに俺に喧嘩を売ってくることも考えられたからだ。

 

「おう、鎌瀬。入学してからすぐにボイコットとはいい御身分だな」

 

 先生も大きな丸眼鏡の中から鋭く睨み、眉をひそめながらそう指摘する。

 

「――申し訳ありません。決闘後、体調がすぐれず療養していました」

 

 と、あのお嬢様に負けず劣らずのプライドの高さを持っていた鎌瀬は大人しくぺこりと頭を下げる。

 

「それなら仕方ないが、もう子供じゃないんだから、それはそれできちんと連絡しろ。いいな?」

「はい、次から気を付けます」

 

 そう言ってぺこりと頭を下げると、俺の方を向いて一瞬敵意を飛ばしてきた後、すぐにそれを霧散させこちらに近づいてくる。

 

「佐藤忍、貴様には申し訳ないことをしたな。あの勝負は俺の負けだ」

 

 と、俺とお嬢様に向かって深々と謝る。 

 

「……どういう心境の変化ですか? あれだけ俺を敵視していましたのに」

「――自分の至らなさに気づいただけさ。まさに僕は井の中の蛙だった。世の中には()()()が居るんだとわかったんだ」

 

 どこか含みのある言葉に眉をひそめるも、表向きは謝罪をしているので受け入れる。

 

「わかりました、謝罪を受け入れます。だけど、お嬢様にも謝ってください。あれはお嬢様を、ひいては九条家を侮辱する発言でした」

 

 俺の言葉に鎌瀬は「もちろんだ」と頷いて、お嬢様の方を向く。

 

「葵嬢、あの時は失礼いたしました。見る目がなかったのは僕の方だと痛く実感しました。許してもらえるとは思っていませんが、心より謝罪いたします」

「ふん、忍を侮辱したことは到底許しがたいですが……下々の一度や二度の過ちを赦すくらいの度量は持っているつもりです。今回は許しますわ」

 

 お嬢様の言葉に鎌瀬は、ホッと胸をなでおろす。

 

「ありがとうございます、葵嬢の心の広さに感謝いたします」

「よし、これで解決だな? 解決だと言え。よし、解決!」

 

 俺達のやり取りを見ていた先生は、パンパンと手を叩くと空気を切り替える。

 鎌瀬が席に着くとその日の授業は滞りなく進んでいった。

 

 

 ◇

 

 

「ねぇ、アイツ怪しくない?」

 

 放課後、寮の途中にあるカフェでタピオカミルクティーを飲んでいるカリンがそんなことを言う。

 俺たちは今、お嬢様、栞奈、勇希、カリンの五人でティータイム中だ。

 入学式とクラス分けの日を経て、なんとなくこの五人でつるむようになっている。

 とりあえず、勇希関連でお嬢様が闇堕ちするようなことは無さそうなのでひとまず安心だ。

 

「アイツって、どなたの事ですか?」

 

 テーブルに運ばれてきた、タワーのようにそびえ立つクソデカ生クリームパンケーキを、ハムスターのような勢いでモグモグしながら栞奈が尋ねる。

 

 そんなの今から食べて夕食は入るの?

 あ、食べられる? そうっすか。すごいね、人体。

 

「鎌瀬よ鎌瀬。初日にあんだけ忍を敵視してたのに手のひら返し過ぎじゃない?」

 

 カリンの言葉に全員が「あぁ」と納得する。

 

「人ってのは短期間でそう簡単に変わらないもんなのよ。あのプライドの高さがチョモランマ超えてそうな奴が非を認めて謝るなんてありえないわ」

 

 と、チラッとお嬢様を見ながらそう言う。

 

「ねぇ、カリンさん? なぜ、いま私を見ましたの? ねぇ? 目を逸らさないでこっちを見なさいな」

「そうかなぁ? 俺は本当に改心したと思うけど……」

 

 お嬢様の抗議をスルーし、勇希は能天気な事をほざく。

 はー、これだからお人好し主人公様は……。

 

 あぁいう三下はね、めちゃくちゃでなきゃいけないの。

 自分勝手で、自分が大好きで、自分が正しいと信じ切ってるの。

 自分の非を認めるなんて、よっぽどのことがない限りするわけがない。

 ――というようなことを勇希に懇切丁寧に説明してやる。

 

「ねぇ、私の事見えておりますの? 私を見た理由をお聞きしたいんですけども」

「葵様、このパンケーキ美味しいですよ、どうぞ」

 

 なおも抗議し続けるお嬢様の口に自分のパンケーキを押し込む栞奈。

 口にパンケーキを突っ込まれたお嬢様は「あら、美味しいですわね」とモグモグし始めてご満悦だ。可愛いね。

 

「とにかく、何を企んでるかは知らないけど、警戒するに越したことはないね」

 

 

 俺はそうまとめて、ひとまずこの場を締めくくるのだった。

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