悪役令嬢の腰巾着に転生した俺、「流石はお嬢様!」と煽てながら全力で生き残る   作:延暦寺

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第3話 白い百合が咲くような……咲かないような……

 ガン、ガン、ギギン――。

 

 早朝。佐藤家の道場には、空気を切り裂くような木刀の打撃音が響き渡っていた。

 

「どうした、忍。その程度か」

 

 痩せ気味で、髪をきっちりと七三に分けた、どこにでもいそうな中年サラリーマン風の男。だが、その外見に反して、彼の振るう木刀は鋭い。

 

「まだ七歳ではない、もう七歳だ。九条家に仕える者として、幼くとも牙を研ぎ澄ませておかねばならない」

「……はいっ、父上!」

 

 俺は何とか迫りくる木刀をしのぎ、息を荒くしながら答える。

 目の前の男は、佐藤家の現当主であり、俺の父親――佐藤 護(さとう まもる)

 地味な見た目だが、実は九条家を守る護衛部隊の部隊長である。

 

 原作の『ダンブレ』では、設定資料集に数行名前が出るだけのモブだが、戦闘力はこの世界でも間違いなく上澄みレベル。

 そんな男の息子である忍が、なぜ原作であれほどお嬢様を守れずにあっさり退場したのかは謎だが……まあ、きっと没設定のあおりを食らったのだろう。

 

 あえて整合性を取るなら、本来の忍には才能がなく、護衛としての役目を果たせなかった……といったところか。

 だが、プレイヤー目線で見れば納得のいく部分もある。

 この『佐藤忍』というキャラ、単体では弱いくせに、敵として出てくると最高に面倒なのだ。

 お嬢様との戦闘には必ずセットで付いてきて、毒、麻痺、混乱、暗闇、沈黙……ありとあらゆる状態異常をバラ撒いてくる。

 その上「流石はお嬢様です!」という声と共にバフまで盛ってくるのだから、プレイヤーからは真っ先に黙らせるべき、うっとうしい敵として認識されていた。

 護衛部隊の息子という設定の名残が、その搦め手特化のいやらしい戦術に現れていたのかもしれない。

 

「よし、今日の訓練はここまでだ」

「ありがとう、ございました……」

 

 涼しい顔で汗を拭く父に対し、俺は滝のような汗をかきながら膝をつく。

 中身は大人の俺でもこれだ。本来の子供の精神なら、三日と持たずに逃げ出していただろう。

 

「忍。お嬢様とは、うまくやっているか?」

 

 木刀を片付けながら、父が不意に声をかけてきた。

 他人が見れば冷酷な仕事人に見えるだろうが、この父は不器用なだけで家族愛は深い。修行が終われば、どこにでもいる息子との接し方に悩む父親の顔になる。

 

「僕は、仲良くやれていると思っています。……少なくとも、嫌われてはいないはずです」

 

 転生してから数日。俺は彼女がレリックに興味を持たないよう、そして彼女の自尊心を満たすように立ち回ってきた。

 

 そんな俺の言葉に、父は満足そうに頷く。

 

「お嬢様はその立場ゆえ、心を許せる者が極端に少ない。……護衛として守るのは当然だが、一人の友人として、その心にも寄り添ってやるのだぞ」

「――はい。言われるまでもありません」

 

 俺は深く頷いた。

 この世界で生きていくと決めた時から、その覚悟はとっくにできている。

 ……まあ、もし原作の忍も同じことを言われていたのだとしたら、その後の醜態はストップ安、大恐慌レベルの株価暴落だが。

 

 俺の瞳に宿る光をどう解釈したのか、父は少しだけ口角を上げると、大きな手で俺の頭を無造作に撫でた。

 

「俺にできることなら何でも言え。九条の光……お嬢様を守るためなら、俺も手を貸そう」

「はい、よろしくお願いします。父さん」

 

 ◇

 

 ――父との特訓から数日後。

 九条家の広大な庭園では、お嬢様主催のお茶会が開かれていた。

 

「葵様のお庭は本当に素敵です。バラの手入れも完璧です!」

「オーホッホ! 当然ですわ、九条の庭ですもの!」

「このお菓子、絶品です! 葵様がお選びになったのですか?」

「ンノーホッホッホ! もっと褒めてもよろしいですわよ! 誰か、この子にお菓子を包んで差し上げなさいな!」

 

 ……チョロい。今日も今日とて、お嬢様はチョロ可愛い。

 周囲の令嬢たちは、親から「九条家に気に入られてこい」と厳命されているのだろう。

 子供とは思えないような美辞麗句を並べてヨイショを繰り返している。

 

 だが、俺は知っている。

 彼女たちの多くが、未来でお嬢様が没落した際、「実は脅されていた」「彼女は暴君だった」と手のひらを返して罵倒することを。

 そんな奴らと仲良くさせるのは業腹だが、今はまだ裏切ってもいない子供だ。俺が憤っても仕方がない。

 

 そんな子供らしからぬ策謀渦巻くお茶会の隅で、一人だけ、一言も喋らずに俯いている少女がいた。

 長い前髪で目元を隠した、黒髪ロングの大人しそうな少女。

 俺は事前に叩き込んだ参加者リストを脳内で検索する。

 

 彼女は、神代 栞奈(かみしろ かんな)

 原作では取り巻きとしては存在していなかった、技術屋の令嬢だ。

 彼女の実家『神代重工』(かみしろじゅうこう)は、アーティファクトの素材やフレーム、装甲といったハード面において国内屈指の技術を誇る企業だ。

 対する九条財閥は、その器に流し込む魔導回路の設計、及び全体を制御する魔導OSといった、いわばソフト面において世界の頂点に君臨している。

 神代が身体を造り、九条がそこに魂を吹き込む。この両輪が揃って初めて、アーティファクトは完成するのだ。

 純粋な財力では九条が圧倒しているが、製造ラインの根幹を握る神代重工は、九条家にとっても無視できない最重要パートナーと言えるだろう。

 大人しい性格なのかチラチラと話したそうにお嬢様の方を見ては口をつぐんで俯くのを繰り返している。

 なるほど、彼女には悪いがこういう性格であれば取り巻き向きではないし、原作でも登場しなかったのには納得がいく。

 

(……いや、待てよ?)

 

 先ほどから同じ行動を何度も繰り返す彼女の様子を見る。

 どう見ても裏表があるようには見えない。

 彼女のような純粋な、そして誠実な子が傍にいれば、お嬢様の心の余裕に繋がるのではないか?

 原作でお嬢様が孤立し、魔人化したのは、本音で話せる友人が一人もいなかったことが大きい。

 

 きっかけさえあれば……。

 悩む俺の目に、彼女が握りしめている冊子が映った。

 あれは――神代重工が発行している、最新アーティファクトのカタログか。

 普通、お茶会に持ってくるものじゃないが、俺にとっては最高のパスだ。

 

「……それは、神代重工の最新カタログですね。素晴らしい技術だ。お嬢様も、いつも感心されていますよ」

 

 不意に声をかけると、神代栞奈は「ひゃぅっ!?」と小さく跳ねた。

 

「え、あ、その……」

「失礼、驚かせてしまいましたね。僕は佐藤忍。お嬢様の従者をしております。……神代重工のフレームは、お嬢様がお使いの『天焔《アマノホムラ》』にも採用されていましたよね。お嬢様、あの操作性の良さをとても気に入っておられるんです」

 

 それは嘘ではない。お嬢様は自分の装備が特別製であることを誇りに思っている。

 

「あ……あの。葵様が、本当に……?」

「ええ。嘘だと思うなら、直接聞いてみてはどうでしょう?」

 

 不安げな表情の彼女の背中を、言葉でそっと押す。

 そして俺は、令嬢たちに囲まれて上機嫌なお嬢様の方を向き、声を張り上げた。

 

「ご歓談中に失礼いたします、お嬢様! こちらに、お嬢様が愛用されている『天焔』のハード設計を担当した、神代重工のご令嬢がいらっしゃっております!」

 

 一瞬、周囲の令嬢たちが「空気を読まない従者が」という視線を向けてくるが、お嬢様の反応は真逆だった。

 彼女はパッと顔を輝かせ、令嬢たちの包囲網を割ってこちらへ歩み寄ってくる。

 

「まあ! まあまあまあ! あなたが、私の『天焔』を形にしてくださった一族の方ですのね!」

「あ、いえ……設計したのは会社のエンジニアで、私はその、ただの娘で……」

「そんなこと些細なことですわ! あのアーティファクトの剛性、そして私の魔力に耐えうるフレームの堅牢さ……見事ですわ! 九条の技術を支えるに相応しいセンスですこと!」

 

 お嬢様はグイッと神代栞奈の手を握りしめる。

 

「今後も、私と仲良くしてくださるかしら? あなたとは、良きパートナーになれそうですの!」

 

 突然の直球な賛辞に、神代栞奈は驚いたように目を見開いた。

 やがて、その頬がポッと赤く染まり、震える声で、しかし嬉しそうに微笑む。

 

「はい……! もちろんです、葵様……っ!」

 

 誕生したばかりの、純粋な友情。

 それを見届けながら、俺は三下らしく「さすがお嬢様、お目が高い!」と拍手を送るのだった。

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