悪役令嬢の腰巾着に転生した俺、「流石はお嬢様!」と煽てながら全力で生き残る 作:延暦寺
「さぁ、ここですわね」
俺たちの目の前に広がるのは、ぽっかりと不気味に口を開けた洞窟――初心者用ダンジョン『
原作では、主人公が最初に訪れることになるチュートリアルダンジョンだ。湿り気を帯びた冷たい空気が、肌をチクリと刺す。
「……あ、あの、葵様。本当に入るんですか?」
「当たり前ですわ。九条の人間が一度口にしたことを翻すとでも?」
不安そうに首をすくめる少女、
七歳の時にお茶会で彼女を捕獲……もとい、友人になってから早三年。
十歳になったお嬢様は、その美しさと傲岸不遜さにいっそう磨きがかかっていた。金髪縦ロールの巻き具合も、以前より心なしか磨きがかかっている気がする。
パーティは俺、お嬢様、そして栞奈の三人。
全員十歳の小学生パーティがダンジョンに挑むなど、本来なら正気の沙汰ではないが、そこは財閥の権力で解決済みだ。
実は九条財閥はダンジョンの管理権も持っており、ある程度の自由はきくのである。
どうしてこんなことになったかというと、それは数日前までさかのぼる。
◇
「ダンジョンに行きますわよ!」
数日前。九条家の庭園で、友人となった栞奈との定期となった親睦会(という名のお嬢様の自慢話)を楽しむ優雅なお茶会の最中、お嬢様が突然そう宣言した。
高価な紅茶を噴き出しかけた俺とは対照的に、栞奈はおどおどと手を挙げる。
「ダ、ダンジョン……ですか? でも、私たち、まだ十歳ですし、危ないんじゃ……」
「安心なさい、私ですわよ?」
流石はお嬢様だ。何の根拠にもなっていないのに、その自信に満ちた笑顔だけで全てをねじ伏せようとしている。
「そ、それなら安心……ですかね?」
納得しちゃったよ。おじさん、君のチョロさが心配になるよ。
もっとも、彼女はお嬢様の友人も俺の大切な護衛対象なのだから悪い虫から守るのが俺の務めである。
「で、お嬢様。どうしていきなりダンジョンなんです?」
「お父様から言われたのですわ。九条の跡継ぎたるもの、座して守られるだけの存在であってはならない。自らの力で九条の価値を証明してみせよ、と」
「なるほど。実戦形式のテストというわけですね」
「ええ。九条家である私は、わざわざ鍛えるまでもなく最強。……ですが、あなた方は凡人ですからね。私の横に立つ者が無様に敗れるなど、私の評価に傷がつきますわ。故にダンジョンですわ!」
相変わらず言い方に棘はあるが、要するに「危ないから俺たちも鍛えてやる」という彼女なりの不器用な親切心なのだろう。
……まあ、原作の彼女が力への劣等感から魔人化したことを考えると、この幼少期に勝利の経験を積み、アーティファクトへの信頼を植え付けるのは悪くない。
「あ、でも私、実戦用のアーティファクトなんて持ってないです……」
申し訳なさそうに俯く栞奈に、お嬢様は待ってましたと言わんばかりにふんぞり返った。ババーン、という効果音が聞こえてきそうなほど自信満々なポーズだ。
「心配ご無用ですわ! この私が、特別に……特! 別! に用意させてあげましたの!」
恩着せがましく指差した先には、神代重工のロゴが入った、白銀に輝く武骨なガントレットが鎮座していた。
「防御特化型アーティファクト『アイギス』。九条の最新演算ソフトと、神代のハードウェアが融合した傑作ですわ。もっとも……私の『
これは、原作では見たことがないアーティファクトだ。
そもそも原作での栞奈はお嬢様と絡まなかったし、設定資料集の片隅に名前があるだけの存在だったからな。
これだけでも原作の破滅ルートから外れている実感が持てて、俺は内心で小さなガッツポーズを作る。
「私は後衛にして最大火力を誇るアタッカー。忍は中衛で私をサポート。となれば、残るは前衛のみ。栞奈、あなたに私の盾として役立つ名誉を差し上げますわ」
一見、彼女を肉壁として利用しそうな悪役令嬢そのものの台詞だが、その瞳には栞奈ならこの盾を使いこなせるという確かな信頼が宿っている。
だが、栞奈は引っ込み思案で、お嬢様の後ろに隠れて震えているようなタイプだ。
俺が心配になってチラリと栞奈の様子をうかがうと、意外にも彼女は胸の前で両手を握り締め、フンスと鼻息を荒くしていた。
「ど、どこまでできるか分かりませんが、や、やってみます……っ」
瞳には、怯えを上回るほどの強い決意が灯っていた。
「栞奈様、大丈夫ですか? もし、無理をされているのでしたら、俺からお嬢様に進言しますが――」
俺がこそっと耳打ちすると、彼女は力強く首を横に振った。
「いえ、葵様は……一見無茶振りをしているように見えますが、絶対にできると思った相手にしか言いません。彼女が私なら盾が務まると言ってくれたのなら、私はその期待に応えたいんです。……本音を言えば怖いですが、親友のお役に立ちたいですから」
ええ子やぁ……っ。
お嬢様にはもったいないくらいの聖女様で、涙腺が脆くなったおじさんの俺は、目頭が熱くなるのを抑えられない。
「そ、それでですね、忍さんにもお手伝いいただきたいのですが……」
「もちろんです! 俺はお嬢様の従者。その親友である栞奈様も、俺にとっては命に代えても守るべき存在です。全身全霊をもってお支え致しますとも」
俺がそう即答すると、栞奈は少し顔を赤らめながらも、嬉しそうに何度も頷いた。
「さぁ、道具も揃いましたし、さっそく行きますわよ!」
「お嬢様、早い! 早いです。スタァァァップ! 栞奈様はまだアーティファクトに触れたばかり! まずは訓練と、基本的な立ち回りの練習が必要です」
今すぐにでもダンジョンへ突っ込もうとするお嬢様に、俺は必死にブレーキをかける。
「お嬢様のような天賦の才があれば即座に使いこなせるでしょうが、我らは慣らし運転の期間が必要なのです。ね、栞奈様?」
「そ、そうですね。せっかく葵様にいただいた宝物なので、まずは扱えるようになりたい、です」
流石に栞奈も練習なしでの実戦は恐ろしかったのか、俺の言葉に追従する。
「ふーん? そういうものなのですのね。仕方ありませんわ、私は心が広いですから、少しだけ待ってあげます。出発までに最低限、私の足を引っ張らない程度には仕上げておきなさい!」
「流石はお嬢様! 日本最大の琵琶湖よりも広大で深い慈悲の心をお持ちです! 必ずや、お嬢様の勇姿を特等席で拝見できるよう、我ら二人で鍛え抜いてみせます!」
「オーッホッホッホ! 期待せずに待っておりますわぁ!」
「び、琵琶湖って、例えがすごい微妙な気がするんですが……」
俺の適当なヨイショに気をよくして高笑いするお嬢様の横で、栞奈が冷静にツッコミを入れる。
シッ! いいんだよ、お嬢様はこういう言葉に弱いんだから。
細かいことは気にしたら負けなんだぞ。