悪役令嬢の腰巾着に転生した俺、「流石はお嬢様!」と煽てながら全力で生き残る   作:延暦寺

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第5話 こんなの俺のデータにないぞ……!

 一歩足を踏み入れると、そこには地上の乾いた空気とは異なる、ひんやりとした静寂が満ちていた。

 初心者用ダンジョン『初心の岩穴(しょしんのいわあな)』。

 九条財閥が管理・所有するこの場所は、探索者の適性確認や訓練を目的とした、いわば()()()の洞窟だ。

 洞窟の壁面に群生する発光苔と、岩肌の至る所に顔を覗かせる魔力を帯びた鉱石が、内部を幻想的な青い光で満たしている。

 視認性は良好で、通路も九条によってある程度整備されており、お嬢様たちが歩くのに大きな支障はない。

 

……原作では、プレイヤーが最初に操作を覚えるチュートリアルダンジョン。全3層構造で、死ぬ要素なんてまずないステージだ。

 

 とはいえ、現在は九条財閥の権力で完全貸し切り。周囲には誰もおらず、十歳の子供三人で挑んでいるのだ。油断は死に直結する。

 最悪、影で見守っているだろう護衛部隊の皆様が介入するだろうが、それまでは俺ができる限り彼女らをフォローするとしよう。

 

 俺がそんな思考を巡らせている間にも、パーティは第1層を進んでいく。

 この層は直線的な通路が多く、分かれ道もほとんどない。

 通路の各所には水晶が配置されており、これに正確な魔力を流して扉を開くギミックを通して、探索者は基礎的な魔力操作を学べるようになっている。

 徘徊する魔物も、小型のスライムや角ウサギ(ホーン・ラビット)といった、訓練用の武器でも十分に倒せるような相手ばかりだ。

 

「見ていなさい、忍、栞奈! 九条の人間がいかに気高く、美しく戦うか、その目に焼き付けなさい!」

 

 愛杖天焔(アマノホムラ)を手に、雑魚モンスターを炎で蹴散らしながら、意気揚々と先頭を歩くお嬢様。

 原作では噛ませ犬扱いだったが、そのセンスは本物だ。加えて、現時点で最高峰のアーティファクトを携えているのだから、この難易度なら向かうところ敵なしである。

 

 俺は三下らしく「流石はお嬢様! その神々しい炎、後光が差して見えます!」と煽て散らかしながら、背後で震える栞奈の肩を軽く叩き、青い光の奥へと続く道を進んでいく。

 途中のギミックは、脳筋……もとい、単純……でもなく、純粋すぎて小細工を嫌うお嬢様に代わり、俺や栞奈が難なく解いていく。

 

「お嬢様! このような些事は我らにお任せを! お嬢様はどんと後ろで構えていてくだされば良いのです!」

 

 彼女のプライドを傷つけないよう配慮も忘れない。

 おかげでお嬢様の機嫌を損ねることなく、一行は第2層へとたどり着いた。

 ここは一転して視界が狭く、複雑な分岐が多い迷路状のエリアだ。慎重な歩みと、パーティ間の連携が試される。

 

「キキー!」

 

 岩影から、子猫ほどの大きさがある魔牙ネズミ(ワイルドラット)が鋭い牙を剥いて飛び出してきた。

 

「あ、危ない……ですっ!」

 

 咄嗟に栞奈が前に出る。彼女の左腕に装着されたガントレットが、彼女の意志に呼応して駆動音を上げた。

 栞奈の専用アーティファクト『アイギス』。

 内蔵されたシステムが脅威を自動検知し、多角形の装甲プレートが瞬時に展開・連結。彼女の小柄な体躯を完全に覆い隠すほどの『大盾(タワーシールド)』へと変形する 。盾の表面には、誇らしげに『神代重工』のロゴが刻まれていた。

 

 ガギィィン! と硬質な音を立てて、ネズミの牙が弾かれる。

 

「ナイスですわ、栞奈! お喰らいなさい、超スペシャルゴージャスエレガンスフレイム(ただの下級魔法)!」

 

 やたら長ったらしく仰々しい魔法名を叫びながら、お嬢様が放ったのは、紛れもない下級魔法『火球(ファイアーボール)』だった。

 とはいえ、お嬢様の高出力で放たれたそれは、この階層の魔物には過剰なまでの威力だ。

 魔牙ネズミ(ワイルドラット)は断末魔の叫びを上げ、消し炭へと変わる。

 

「オーッホッホッホ! 私のスーパーウルトラハイソサエティフレイムにかかれば、こんなものですわ!」

 

 満悦そうに高笑いするお嬢様だが、さっきと技名が違いますよ。

 

「あの、葵様……先ほどは『超スペシャルゴージャスエレガンスフレイム』とおっしゃっていたような……」

 

 栞奈が律儀に、そしておずおずとツッコミを入れる。

 すげーな栞奈、あのアホみたいな名前を一発で覚えたのか。どうせすぐ次のに上書きされるから忘れていいぞ。

 

「ふふん! 細かいことは気になさらないの。栞奈、先ほどの防御は見事でしたわ」

 

 ツッコミをスルーしたのか聞こえていないのか、お嬢様は栞奈の頭を軽く撫でる。

 

「あ、ありがとうございます。……お役に立てて、嬉しいです」

「当然ですわ。私の背中を任せるのだから、それくらいやっていただかなくては困りますもの!」

 

 気を良くして胸を張るお嬢様。案外、このコンビは相性が良いのかもしれない。

 

「忍も、さっきから何もできておりませんわね。もっと栞奈を見習いなさいな!」

「へへー、仰る通りで! この忍、お嬢様の威光に目が眩んで動けませんでした!」

 

 揉み手をしながらへりくだる。

 ……まあ、実はお嬢様に気づかれない程度に、ネズミの動きを阻害したりして、栞奈が守りやすいように調整していたんだけれども。

 俺はあくまで三下、お嬢様の引き立て役。彼女が輝けるならそれでいいのだ。

 

「まったく、私が何度も最新のアーティファクトをプレゼントすると申してますのに、いつまでもそんな旧式をお使いになって……」

 

 と、俺の手にはめられているグローブを見ながらぶつぶつと文句を言うお嬢様。

 

「はは、お嬢様からアーティファクトを下賜されたら、もったいなくて使えませんよ。俺のような従者は旧式で充分なのです。お嬢様からいただくものはすべて宝箱にしまっておきたいほど大事なのですから」

 

「……そ、そうですの。ま、まぁ確かに? アーティファクトは使われてこそ。せっかくプレゼントしても使われないのなら意味ないですわね」

 

 と、俺の言葉に納得し不承不承ながらも頷く。

 ちなみに俺のアーティファクトは見かけこそ旧式だが、中身は護衛部隊お墨付きの高性能アーティファクトだ。

 

 そんな調子で、俺たちは危なげなく最下層――第3層へと足を踏み入れた。

 このダンジョンのボスは、岩穴の番人(ロック・ガーディアン)という岩のゴーレムだ。

 物理防御力は極めて高いが、特定の予備動作の後に露出する胸の『コア』を叩くのがセオリーだ。

 栞奈が盾で攻撃を惹きつけ、お嬢様が魔法でコアを貫く。これまで通りの戦法で十分なはずだった。

 

 第3層は、高く切り立った岩壁に囲まれた円形の巨大なホールだ。

 その中心に、成人男性より二回りほど巨大な岩の塊が鎮座している。

 ゲームで何度も見たモンスターがそこに居た。

 

「あ、あれがこのダンジョンの主……ですか?」

「ええ、そうです。見た目通り非常に硬く、生半可な物理攻撃は通じません。……お嬢様、いかがなさいますか?」

 

 問いかけると、お嬢様は自信たっぷりにニヤリと笑った。

 

「決まっていますわ。優雅に、華麗に! 私の極致の焔で、あの石ころを砂利に変えて差し上げますわ!」

「流石はお嬢様! 作戦とも言えない作戦を自信満々に言うその姿、誰にも真似できません!」

「もっと褒めてもよろしくてよ!」

「え、今の褒めてる、んですか?」

 

 褒めてる、褒めてるよぉ。

 だから深く突っ込まないでねぇ~。

 

「さぁ、忍、栞奈! 出陣ですわ!」

 

 お嬢様の号令と共にボスの元へ駆けだそうとし――俺は、その()()()に気づいた。

 

「――お嬢様、ストップ! 様子がおかしい!」

 

 岩穴の番人(ロック・ガーディアン)を凝視する。

 奴の全身から、不気味な黒いモヤのようなものが滲み出していた。

 断言できる。原作のあいつに、あんなエフェクトは存在しない。

 

「なんですの? さっさと倒して帰らな――」

「危ないっ!」

 

 岩穴の番人(ロック・ガーディアン)がこちらに腕を振るった瞬間、三角錐の岩が弾丸のような速度で飛来した。

 俺は咄嗟にお嬢様を突き飛ばし、グローブに魔力を込めて岩を弾く。だが、想定以上の衝撃を殺しきれず、俺の体は後ろへと吹き飛んだ。

 

「忍!」

「忍さん!」

 

 二人の悲鳴のような声を聞きながら、俺は痛む体を無理やり起こし、何でもない風を装って立ち上がる。

 

「……おいおいおい、こんなの俺のデータに無いぞ」

 

 苦い独白を漏らしながら、目の前の巨体を見据える。

 よく見れば、奴の肩口には、黒く澱んだ結晶体が突き刺さっていた。

 原作では中盤以降に登場する、ラスボスの力の残滓――レリックの欠片だ。

 あれに取り憑かれたモンスターは変異種となり、能力が数段階跳ね上がるだけでなく、行動パターンさえも変化する。

 ゲームなら経験値がおいしいので歓迎するところだが……。

 よりによって、今このタイミングで来やがったか!

 

「――――――オ、オォォォォォン!!」

 

 変異種・岩穴の番人(ロック・ガーディアン)は、本来あるはずのない声を上げ、狂乱の魔力を解き放った。

 

 

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