悪役令嬢の腰巾着に転生した俺、「流石はお嬢様!」と煽てながら全力で生き残る   作:延暦寺

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第6話 変異種

「――――――オ、オォォォォォン!!」

 

 変異した岩穴の番人(ロック・ガーディアン)が地響きと共に大地を踏み鳴らす。瞬間、地面から鋭利な岩の棘が突き出し、お嬢様へと襲いかかった。

 本来の『原作』におけるこいつは、鈍重な物理攻撃のみを繰り返す初心者用のサンドバッグだったはずだ。

 魔法攻撃など、明らかにイレギュラー――変異の影響だろう。

 

「くっ、火槍(ファイア・ランス)!」

 

 流石のお嬢様も、優雅に詠唱を紡ぐ余裕はないと判断したらしい。黄金の装飾が施された杖を突き出し、即射の炎の槍を放つ。

 だが、黒いモヤを纏う岩の棘は、直撃を受けてなお勢いを殺さず、真っ直ぐに彼女の心臓を狙う。

 

「なっ!? わたくしの魔法が通じませんの……!?」

 

 通じていないわけではない。だが、あのレリックの残滓が作り出す魔力の霧が、魔法耐性を引き上げているのだ。

 

「お嬢さ――」

「わ、私が止めますっ!」

 

 俺が処理しようとした瞬間、横から小さな影が割り込んだ。

 神代栞奈。彼女が左腕のガントレットから展開した大盾――アーティファクト『アイギス』が、飛来する岩柱を正面から受け止める。

 火花を散らしながらも、演算ソフトが攻撃の軌道を瞬時に計算し、衝撃を最小限に受け流していく。

 

「大丈夫ですか、葵様!」

「あ、ありがとう栞奈……助かりましたわ。けれど、どうして魔法が効かないんですの? 確かに岩系のモンスターは炎に耐性がありますが、これほどでは……」

 

 困惑するお嬢様の元へ、俺は駆け寄る。

 

「お嬢様! おそらくあれは『変異種』と呼ばれる個体です。 父上から聞いたことがあります。稀に強力な魔力源を取り込んで変異した個体は、あの黒いモヤを纏い、身体能力と耐性が跳ね上がるのだとか」

「では、()()もその変異種だと言うんですの……?」

「おそらくは」

 

 お嬢様の言葉に俺はコクリと頷く。

 さて、この状況どうするか……。

 通常のロック・ガーディアンであれば、お嬢様でも難なく倒せたはずだ。

 だが変異種となれば話は別。

 大幅に強化されたアイツでは、今のお嬢様たちには厳しい相手となる。

 ここは逃げるのが得策だが……。

 

 俺の言葉に、お嬢様は瞳を鋭く細めた。

 

「……つまり、本来よりも強いあいつを倒せば、わたくしが最強であることの証明になりますわね! 忍! 栞奈! やりますわよ!」

 

 はっ! ですよねぇ!

 恐怖をプライドで塗り潰し、不敵に微笑むその姿。これこそが俺の惚れ込んだ、そして救うべきお嬢様だ。

 

「では……どうなさいますか、お嬢様?」

 

 一応、護衛部隊からは介入の合図はない。

 彼らもまた、お嬢様の成長を見守る判断をしたらしい。

 なら、俺がお膳立てをするまでだ。

 

「それはもちろん……高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応ですわ!」

「流石はお嬢様! 完璧な、あまりにも完璧な作戦ですっ!」

「あの、それってつまり行き当たりばった――」

「さぁ、やりますよ、お嬢様!」

 

 正論を吐きかけた栞奈の言葉を遮り、俺は戦場を見据える。

 厳しい戦いなのは変わらない。物理防御は鉄壁、魔法耐性も大幅上昇。

 だが、勝機がないわけじゃない。

 

「栞奈様、アイギスはあとどれだけ保ちそうですか?」

「魔法くらいならまだ防げますが……本体が突っ込んでくると、私の腕が耐えられないかもです……」

 

 変異したロック・ガーディアンは、魔法主体の攻撃ルーチンに書き換わっているのか、今のところ距離を保っている。

 なら、まだ時間は稼げる。

 

「お二人とも、聞いてください。 モンスターは変異しても、根本的な弱点は変わりません。奴の胸にある『コア』さえ破壊できれば、我々の勝ちです」

 

 本来なら、特定の隙を突いてコアを露出させるのが原作のセオリー。

 だが、行動パターンが変わった今、待っていてもチャンスは来ない。

 ならば、こちらで無理やり抉じ開けるしかない。

 俺は「フー……」と一つ長く息を吐き、覚悟を決める。

 

「お嬢様。俺が囮になって、奴のコアを露出させます。隙ができたら、魔法を叩き込んでください。 栞奈様は、お嬢様の護衛を」

「そ、そんな、危険すぎます忍さん!」

「そうですわ。なにもアナタが前に出なくても……」

「俺はお嬢様の護衛なんです。これくらいできなくて何が護衛でしょう。……俺を信じてください」

 

 俺の言葉に、お嬢様はじっと俺の目を見つめ……やがて、信頼の宿った笑みを浮かべた。

 

「できるのですわね?」

 

 その言葉に俺はコクリと頷く。

 

「では、やってごらんなさい。忍!」

「承りました、お嬢様」

 

 俺は力強く頷くと、心配そうな栞奈にサムズアップを送り、盾の裏から飛び出した。

 

(アーティファクト、限定解除。――身体強化(オーバークロック)

 

 安物の普及品を装ったグローブの内部回路を弄り、安全機構《セーフティロック》を強制解除。

 瞬間、魔力が血管を逆流するような衝撃と共に、心臓が爆音を奏でる。

 身体強化(オーバークロック)は、術者の身体能力を限界以上に引き上げる魔法。

 力、速度、動体視力――すべてが『十歳児』の枠を逸脱していく。

 

「ぐっ……、はぁ……!」

 

 当然、負荷は凄まじい。この体で保つのは持って数分。それまでに終わらせる!

 

「グオオオ――ン!」

 

 肉薄する俺を羽虫と判断したのか、奴は標的を変更し、岩の槍を乱射してくる。

 だが、今の俺にはそれすら止まって見える。

 全ての弾道を最小限の動きで回避し、巨体の懐へ潜り込む。渾身の力で、胸部装甲へ拳を叩き込んだ。

 

「ウラァッ!」

 

 ガインッ! という金属音のような重低音が響く。

 

「……いってぇ!」

 

 しかし、奴の胸にはヒビ一つ入っていない。

 ちょっと硬すぎませんこと!? 反則ですわ!

 身体強化してなお、この硬さに思わず心の中のお嬢様が現れる。

 

「ちょっと忍! 本当に大丈夫ですの!?」

 

 後方からお嬢様の悲鳴に近い声が飛ぶ。

 

「すみませんお嬢様! プランAは失敗です! プランBで行きます!」

 

 岩の剛腕を紙一重でかわし、バックステップで距離を取る。

 俺が狙うのは、あらかじめ把握しておいたこのフィールドの環境だ。

 通路の脇、岩肌に露出した黒い塊――石炭の鉱脈を見つける。

 

 俺は迷わずその一角をグローブで砕き、塊を掴むと、ヘイトを稼ぐように岩穴の番人(ロック・ガーディアン)の前で掲げた。

 

「こっちだ、デカブツ!」

 

 俺を完全に敵と認識した奴が、怒りに任せてドスドスと重い足音を響かせ追ってくる。

 俺は狙い済まして、掴んだ塊を奴の頭上へ放り投げた。

 

「グオオオ!」

 

 奴はそれを迎撃しようと、剛腕を振り上げ、空中でその塊を粉砕する。

 ――瞬間、戦場に大量の黒い粉塵が舞い散った。

 

「お嬢様! あの粉に向かって、魔法を叩き込んでください! 栞奈様は盾の展開を!」

「意図はわかりませんが……いきますわよ! 火球(ファイアボール)!」

 

 放たれた黄金の火球が、黒い霧のように広がる粉塵に接触した瞬間。

 ――世界が、爆発した。

 

「よし、狙い通り!」

 

 俺は爆風を受け身で逃しながら、ガッツポーズを作る。

 『初音の岩穴』には石炭や可燃性の魔鉱石が眠っている。それを細かく砕いて充満させ、火を点ければ――みんな大好き『粉塵爆発』の完成だ。

 石炭の場合、炭塵爆発とも言うけどな。

 

 爆音と共に、熱波が洞窟内を荒れ狂う。

 お嬢様の方をちらりと見れば、栞奈の大盾が爆風を防いでおり、ホッと胸をなでおろす。

 

 耐性が上がったとはいえ、至近距離での爆破は防ぎきれない。

 煤煙の中から現れた岩穴の番人(ロック・ガーディアン)の胸部は、見る影もなく崩れ去り、脈動する青いコアが剥き出しになっていた。

 

(まだだ。これだけじゃアイツは止まらない……!)

 

 ボロボロになりながらも反撃を試みようとする番人に対し、俺は魔力を練り上げる。

 

「させねぇよ……! 影縫(かげぬい)!」

 

 俺が地面に拳を叩きつけると同時に、自身の影が意志を持つかのように触手となって伸び、奴の足元へ滑り込む。

 これは原作にもあった魔法で、相手の動きを数秒間拘束する。

 変異種であっても効果があるのか岩穴の番人(ロック・ガーディアン)は動きを止める。

 

「グ、オ……ッ!?」

「よくやりましたわ、忍。機を逸さぬその働き――褒めて遣わしますわ!」

 

 お嬢様が優雅に、かつ傲然と杖を掲げる。

 集束する魔力は、薄暗い洞窟内を真昼の如き白熱で塗り潰し、大気の温度を急速に跳ね上げていく。

 

「喜びなさい。分不相応な捧げ物ですが、最上の終焉をプレゼントいたしますわ。――陽光の処刑槍(サンシャイン・ジャベリン)!」

 

 放たれたのは、単なる火炎の槍ではない。

 極限まで圧縮された熱量の塊は、放たれた瞬間に周囲の空気を焼き、陽炎となって視界を歪ませる。

 白熱の閃光が直線上にあるすべてを蒸発させながら、剥き出しになったコアへと突き刺さった。

 

「――――」

 

 断末魔すら許さない。

 岩石の巨体は、その内側から焼き尽くされ、崩落する間もなくサラサラとした白い砂へと還っていった。

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