悪役令嬢の腰巾着に転生した俺、「流石はお嬢様!」と煽てながら全力で生き残る   作:延暦寺

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第7話 戦いを終えて

 変異種の岩穴の番人(ロック・ガーディアン)を倒した後、どこに隠れていたのか護衛部隊の人たちが現場検証と事態の収拾に現れ、俺たちは地上へと送迎された。

 

 父さんからの報告では、ロック・ガーディアン以外に変異種は居なかったとのことだ。

 また、お嬢様と栞奈をよく守ったと、珍しく褒めてもらった。……もっとも、その目は「まだ詰めが甘い」と言わんばかりの鋭さを孕んでいたが。

 

 それにしても、チュートリアルであるはずのダンジョンのボスが変異種になるなんて、原作ではなかった展開だ。

 だが……今は原作開始よりも数年前だ。

 原作後ならともかく、数年前であれば、もしかしたらこういうこともあるかもしれないし、深く考えすぎるのも毒だろう。

 

 今後もこうしたイレギュラーが発生する可能性を――モグモグ、考えておかないとな……モグモグ。

 

「――お嬢様、先ほどから俺の口内は限界を超え、悲鳴を上げております」

 

 思考の海から浮上すると、目の前には「これでもか」というほどウサギにカットされたリンゴを詰め込んでくるお嬢様の姿があった。

 

「大丈夫ですわ、忍ならその程度の限界は余裕で超えられますわ!」

 

 その自信は一体どこから来るのだろうか。

 現在、俺は無理やり発動させた身体強化(オーバークロック)の影響で、絶賛全身筋肉痛だ。

 毛細血管が焼き切れるような熱感と、鉛を流し込まれたような重だるさに身を任せて安静にしていたのだが、どこから嗅ぎつけたのか「私が看病いたしますわ!」と、不格好なウサギさんのリンゴを山盛りにしてお嬢様が現れたのだ。

 

 本来、主であるお嬢様が従者の看病などするべきではない。

 だが、歪な耳をしたウサギ(あるいは耳のちぎれたナニか)の山を前にして、誰も彼女を止められなかったのだろう。

 普段は感情を表に出さない父ですら、苦虫を噛み潰したような顔で俺の部屋に案内してきたくらいだ。

 そんな父の顔を見て思わず笑いそうになったのは内緒である。

 

「それにしても、驚きましたわ。忍、あんなに強かったですのね」

 

 お嬢様の言葉にドキリとする。

 あの時は非常事態だったとはいえ、少し目立ちすぎたか。

 我ながら、もっといい立ち回り方があったのではないかと後悔している。

 俺はあくまでお嬢様の影であり、表向きは情けない三下の腰巾着でなければならないのに。

 

「あ、あれは……大好きなお嬢様を死なせたくない、と考えたら火事場の馬鹿力が出たんですよ。もう一度やれって言われても絶対に無理です。ほら、現に今、指一本動かせませんし」

 

 ハハハ、と自嘲気味に笑いながら、あくまで一時的な覚醒であることを強調する。

 

「そ、そうですの。私のことを、それほどまでに……」

 

 てっきり「情けないですわね!」などと叱咤激励が飛んでくるかと思いきや、予想に反してお嬢様はご自慢の金髪縦ロールを指で弄りながら、照れたようにボソリと呟いた。

 ……おや、お嬢様の様子が?

 

「ふ、ふん! 流石は私の護衛ですわね。しかし、戦うたびに筋肉痛で動けなくなるようでは話になりませんわ。今後も私の隣に並びたいのであれば、死ぬ気で精進することですわね!」

 

 一瞬、妙に甘酸っぱい空気を感じ取ったが、お嬢様はすぐにいつもの調子で叫んだ。

 ――どうやら、先ほどのは俺の勘違いだったようだ。

 誰が何と言おうと勘違いである。

 悪役令嬢が、三下の腰巾着にそんな顔をするはずがない。

 

「急に用事を思い出しましたわ! 私はこれで失礼いたしますわね!」

「え、おじょうさ……まんごすてぃん!?」

 

 立ち上がったお嬢様は、皿に残っていた最後のウサギリンゴ(特大サイズ)を俺の口に強引にねじ込むと、顔を真っ赤にして嵐のように去っていった。

 その後、あわや窒息しかけ、駆けつけた看護師に救助されるという大騒ぎになったのはまた別の話である。

 

 ◇

 

 それから、5年の月日が流れた。

 

 あのロック・ガーディアン戦のような大規模なイレギュラーもなく、俺たちは平穏(?)な日々を過ごした。

 お嬢様は相変わらずの傲岸不遜さで九条の権勢を振るい、栞奈もお嬢様と親交を深めていった。

 

 栞奈は、お嬢様のスパルタ教育……もとい、可愛がりによって、今では立派な前衛として開花している。

 お嬢様の影に隠れて震えていた少女が、今やその盾となって最前線に立つ姿は、感慨深いものがある。

 もっとも引っ込み思案気味な性格はそう簡単に直っていないようだが。

 

 俺はといえば、あいも変わらず父からの地獄のような訓練をこなしていた。

 闇に紛れ、気配を断ち、一撃で急所を穿つ。

 すべては、これから始まる原作という名の地獄で、お嬢様の破滅を回避するため。

 

 そして今日、俺たちはその第一歩となる場所に立っている。

 

「さぁ、着きましたわよ。ここが今日から私たちが支配……いえ、通うことになる学び舎ですわ!」

 

 お嬢様が扇子を優雅に広げ、豪快に笑う。

 ……お嬢様、今、支配って言いかけましたよね?

 

 目の前にそびえ立つのは、巨大な石造りの門と、現代魔導技術の粋を集めた超高層校舎。

 

 国立十束学園(こくりつとつかがくえん)

 

 世界中の探索者(シーカー)の卵が集まる、原作のメイン舞台だ。

 校門付近には、各国から集まったエリート候補生たちがひしめき合い、放たれる魔力が空気をピリつかせている。

 

「……すごい人ですね。お嬢様、栞奈様、はぐれないようにしてくださいよ」

「忍さん、ありがとうございます。でも、葵様が居れば、人混みなんて怖くありませんっ」

 

 栞奈が控えめに、しかし頼もしくガントレット型のアーティファクトを撫でる。彼女の瞳には、かつての臆病さは微塵もなかった。

 

 俺たちが受けるのは、探索科の入学実技試験。

 広大な演習用ダンジョンに放り込まれ、魔物の討伐数や課題の達成度を競う、まさに実力至上主義の試験だ。

 他にも魔力値の精密測定など、受験生の()が残酷なまでに数値化される場所でもある。

 

 お嬢様の障害になりそうな相手は居ないかと周囲を見渡すと、不意に、群衆の端で異質な存在感を放つ燃えるような赤い髪の少年を見かけた。

 安物の使い古された装備を背負った、冴えない風貌。しかし、その瞳の奥にだけは、何者にも屈しない()()()の輝きを宿した少年――天導勇希(てんどう ゆうき)

 

 彼は、原作では数年前、地元でダンジョン災害に巻き込まれ、トップクラスの探索者に助けられたことで同じ探索者を目指すことになる。

 

 原作通りなら、彼はこの試験でお嬢様よりも高いスコアを叩き出し、お嬢様のプライドを刺激することになる。

 だが、今回の試験には三下であるこの俺がいる。

 華麗にお嬢様のケアをしてみせよう。

 

「お嬢様。九条の力、存分に見せつけてやりましょう」

「言われなくても分かっていますわ。……行きますわよ、忍、栞奈!」

 

 お嬢様の高笑いが、晴天に響き渡る。

 俺たちの運命を賭けた3年間の幕が、今、静かに上がろうとしていた。

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