悪役令嬢の腰巾着に転生した俺、「流石はお嬢様!」と煽てながら全力で生き残る   作:延暦寺

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第8話 いざ試験開始

「次、佐藤忍。前へ出なさい」

 

 試験官の硬い声が、広大なドーム状の試験会場に響き渡った。

 いくつかに分かれた会場の一つだが、そこには独特の緊張感が漂っている。十代半ばの若者たちの人生を左右する場所なのだから、当然と言えば当然だ。

 名前を呼ばれた俺は、深呼吸を一つして、中央に鎮座する巨大な水晶へと歩み寄る。

 

 最初の試験は内包魔力量の調査。

 この世界の常識を少し整理しておこう。ダンジョン黎明期以前、人間に魔力という概念は存在しなかった。

 しかし、世界各地にダンジョンが出現して以降、大気中に満ちた未知のエネルギー――魔力を、人類は細胞レベルで取り込み、行使できるようになったのだ。

 

 魔力そのものはガソリンのようなエネルギー源に過ぎない。

 それに指向性を持たせ、具体的な事象として発現させるのが、ダンジョン産の遺物(レリック)や、それを解析して造られた人工遺物(アーティファクト)である。

 そして、その魔力には個人ごとに得意な属性が存在する。

 例えば、俺が仕えるお嬢様なら属性は火。

 彼女が持つ天焔(アマノホムラ)は、彼女の熱量を増幅する、まさに彼女のためにあるような武器だ。

 

 当然、魔力の保有量には個人差があり、この数値がいわゆるゲームで言うところの最大MPとして、魔法の行使回数や威力の底上げを左右することになる。

 

 この世界の一般的な指標は、

 一般人:平均1000前後。

 学生:3000~5000。

 中堅探索者:5000~15000。

 トップクラス:20000~50000。といったところだろう。

 

 ちなみに、どこぞの宇宙の帝王ばりに魔力量53万とかいうデタラメな数値を叩き出すバケモノがいたりするのだが、今の段階では考えるだけ無駄なので記憶の隅に放り投げておく。

 

 さて、俺の番だ。

 俺の本来の魔力量は、父から叩き込まれた地獄の特訓の結果、8000を超えている。

 地獄の特訓を受けてなお8000というところに三下モブの限界を感じるが、それでも十五歳としては破格だ。

 ここで目立つわけにはいかない。俺の役割はあくまで脇役であって、スポットライトを浴びる主役ではないのだ。

 体内の魔力を意識し、表面に流れ出る量を調整する。水晶にそっと手を触れ魔力を込めると、透明だった内部が淡い青色に発光した。

 

「佐藤忍、魔力量――4000。……よし、合格だ。次へ行け」

 

 試験官の淡々とした声に、俺は心の中でガッツポーズを作る。

 平均的、実に平均的だ。低すぎれば無能としてお嬢様に泥を塗り、高すぎれば注目されてしまう。

 4000という数値は、お嬢様の従者として『そこそこ頼りになる』と思わせる、まさに黄金比と言えるラインである。

 ちなみに、試験でこんなことが可能かと言われれば、可能である。

 これは自身が魔力を込め、込めた分が反映されるのだ。

 不合格になるかもしれないのに手を抜く奴なんてまずいないので、基本は皆ある程度本気で魔力を込めている。

 

 俺は特に騒がれることもなく、合格者の待機席へと足を運んだ。

 この調査は最低限の足切りでもある。学園の基準に満たない者は、無情にもその場で夢を絶たれることになる。

 

「魔力量1800。……不合格」

 

 非情な宣告を受けた一人の少年が、鼻水をまき散らしながら泣きわめき、スタッフに引きずられて退場していく。

 原作の設定どおりなら、今年の足切りラインは2000。

 彼はわずか200足りなかった。その200が、探索者と一般人の境界線なのだ。非常に惜しいが、これが現実である。南無。

 

「次、神代栞奈」

 

 俺が名もなきモブの背中に合掌していると、聞き慣れた名前が呼ばれた。

 栞奈が緊張した面持ちで、おどおどと水晶の前に立つ。彼女の長い髪が、震える肩に合わせて小さく揺れていた。彼女が水晶に手を触れた瞬間、先ほどまでとは比較にならないほどの鮮烈な輝きが放たれた。

 

「……! 神代栞奈、魔力量――10000。」

 

 会場がざわつく。十五歳にして探索者(シーカー)としてもトップの領域である一万の大台。

 視線の嵐に耐えきれなくなったのか、栞奈は頬を真っ赤に染めながら、そそくさと俺のいる待機席へ駆け寄ってきた。

 

「流石ですね、栞奈様。一万の大台を突破するとは、お見事です」

「あ、あの……忍さん。そ、そんなに褒められると……その。……これは全部、葵様が私を鍛えてくれた結果、ですから……」

 

 こんな清楚で守ってあげたくなるような美少女が、戦場では巨大な盾を構え、モンスターの猛攻を正面から受け止める重戦士なのってロマンだよね。

 その後も測定は進み、いよいよ真打ちが登場する。

 

「次、九条葵」

 

 名前が呼ばれた瞬間、会場の空気がピリリと変わった。

 お嬢様は扇子をパサリと閉じ、優雅な足取りで――まさに『しゃなりしゃなり』という擬音が相応しい動作で中央へ進み出る。

 彼女が水晶に手をかざすと、会場全体を飲み込むような、烈火の如き紅い光が爆発した。

 

「く、九条葵……魔力量、に、22000……!」

「オーホッホ! 当然の結果ですわ! 私、最強ですので!」

 

 高笑いと共にこちらへ戻ってくるお嬢様。

 俺の擬装した値の5倍以上、栞奈と比べても2倍以上の圧倒的な魔力量。

 そう、何を隠そうお嬢様は()()()()()()紛れもない本物なのだ。

 原作では主人公・勇希に噛みつくかませ犬ポジションだが、設定上のステータスは全キャラの中でも上の部類。

 公式からデータが公開された時、プレイヤーたちが「え、これだけのスペックがあって、かませなの?」と総ツッコミを入れたほどだ。

 

 ちなみに、本作の主人公である天導 勇希(てんどう ゆうき)の初期魔力量は、わずか2500に過ぎない。

 ただし、成長率は主人公らしくぶっとんでおり、育て方次第では平気で5万を超える化け物である。

 ゲームなら育成の楽しみで済むが、現実にされると、血の滲むような努力を続ける凡人にとっては『やってられない案件』である。

 もし誰かがこの成長速度を知ったら、間違いなく探索者の道を諦めるだろう。

 

 一通りの測定が終わり、次の試験についての説明が始まった。

 二次試験は、学園が管理する演習用ダンジョンの攻略。

 公平を期すため、先ほどの魔力量を基準にして戦力が偏らないよう、複数のダンジョンに振り分けられる仕組みだ。

 

 採点基準は多岐にわたる。

 モンスターの討伐数はもちろんだが、冷静な判断力、最短ルートの選定、罠の回避。

 そして、競争相手であっても窮地の者を救うといった騎士道精神や、状況に応じた生存優先の判断。

 さらに、ダンジョンの最深部にはボスも配置されている。これは()()()()()()前提のような強さで、倒す必要はないとされているが、もし撃破すれば合格は確実となるほどのポイントが加算される。

 

「あうう……わ、私……葵様と別のダンジョンに振り分けられてしまいました……」

 

 配布された端末を確認した栞奈が、消え入りそうな声で嘆く。

 結果は、俺とお嬢様が第三演習場。栞奈だけが第五演習場になってしまった。

 

「栞奈、何を情けない顔をしていますの。わたくしが側にいなくとも、貴女ならクリアできると信じていますわ。私の親友として、恥じない戦いを見せなさい」

「……! は、はい。自信はないですけど……葵様の期待に応えられるように、私、精一杯頑張ります!」

 

 お嬢様の叱咤激励を受け、栞奈が拳を握り奮起する。

 実際、魔力量1万超えなら、余程のヘマをしない限り合格は間違いない。

 この数年間、お嬢様に無理矢理引きずり回されて実戦を経験してきた彼女は、本人が思っている以上に強いのだ。

 

「俺も栞奈様なら大丈夫だと確信しています。落ち着いて、いつも通りに」

「は、はい……! あ、ありがとうございます、忍さん」

 

 俺が言葉を添えると、彼女は少しだけ顔を赤らめ、嬉しそうに頷いた。

 

「――ふんぬっ!」

「いったぁ!? お嬢様、急に何をするんですか!」

 

 突如、お嬢様の鋭い水平チョップが俺の脇腹にめり込んだ。

 魔力のこもった攻撃がとてもいたい。

 痛む箇所を押さえて抗議するが、お嬢様はなぜか不機嫌そうに「フン!」と鼻を鳴らす。

 

「行きますわよ、忍! 無駄口を叩いている暇はありませんわ!」

「あいたた……分かってますから、耳を引っ張らないでください!」

 

 なぜか俺の耳をぐいぐいと引っ張りながら歩き出すお嬢様。

 心配そうに見送る栞奈に片手で合図を送りながら、俺たちは指定された第三演習場の入り口へと向かった。

 

 ◇

 

「……いてて、本当にちぎれるかと思った」

「軟弱ですわね。もっと体を鍛えなさいな」

 

 ようやくお耳引っ張り刑から解放され、俺は赤くなった耳をさする。

 理由が全く分からない。

 これがいわゆる思春期の反抗期というやつだろうか。

 そのうち「私の服と一緒に洗濯しないで」とか「パパくさーい」とか言われる日が来るのかもしれない。泣きそう。

 

 気を取り直して、演習場の入り口付近に集まっている面々を見渡す。

 ざっと見た限り、原作内で見かけたようなメインキャラ、サブキャラは見当たらない。

 これなら、お嬢様のサポートに徹しつつ、無難に高得点を狙えるはず――。

 

「……げっ」

 

 淡い期待は、一瞬で打ち砕かれた。

 そこに、いてはいけない人物を見つけてしまったからだ。

 ツンツンと跳ねた赤い髪。意志の強そうな瞳。主人公の風格を纏った少年――天導勇希。

 そしてその隣には、眩いばかりの金髪をツインテールに結び、気が強そうな瞳で周囲を睨みつける美少女。メインヒロイン、月城(つきじょう)カリンがいた。

 

「マジかよ……」

 

 思わず漏れたその呟きは、お嬢様の高笑いにかき消された。

 とんでもない嫌な予感に襲われ、俺はどんよりと曇り始めた空を仰ぐのだった。

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