殺せんせーの教え子たち   作:宇津木 沙坂

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 綾小路くんに楽しい高校生活を送ってほしいんです。


バスと再会

 

 問、『人は平等か否か』。

 この問に対する答えは千差万別だろう。部分的に平等であると言う答えもあるし、平等な要素など何一つないとする答えもある。少なくとも俺は、平等ではないと思っている。ただ、これに関しては、福沢諭吉が自身の著書の中にある答えを書いている。 

『天は人の上に人を造らづ、人の下に人を造らづ』

 ここだけ読めば、人は全て平等であると言っているようなものであるが、これには続きがある。福沢諭吉はこう言っている。

『にも関わらず人の間に差異が生まれるのは、勉学に励んでいたかどうかだ』、と。

 つまりは、人の上に立ちたかったら勉強しなさいと言うことだ。

 

『そのように考えるのは確かなことですが、残念ながら現代において、勉強が許されない人も確かに存在しているのですよ、綾小路くん。そういった人にまでその理論を適用するのは、些か不適切ではあると思いますね』

 

 じゃあ、人は平等ではないと言うことか、殺せんせー。

 

『ヌルフフフフ。君の言う通りですね。人は、生まれながらにして平等ではない。才能、資金、時間、環境、その人を取り巻く全ての要素が全く同じでなければ、本当の平等とはいえません。チャンスが来る人もいれば、来ない人もいる。それをモノにできる人もいれば、できない人もいる。できるできないは完全な個人差ですが、来る来ないに関しては運の要素も大きいでしょう。その点は、平等とはとても言えない』

 

 人が、平等じゃないなら。

 どうして、あの部屋はあったのだろうか。

 

『ある種の実験だったのでしょう。その人を取り巻く全ての要素を全く同じにすれば、全員が同程度の実力を持った子どもになるはずだ、という。まぁ結果は、たった一人の最高傑作しか生み出せず、しかもその最高傑作もただの中学生に敗北したのですから、ある意味で失敗したのですが』

 

 ……あれは負けてない。ただ不意をつかれただけだ。

 

『ヌルフフフ。負けず嫌いですねぇ君は。君としても、得難い体験だったのでしょう?負けるということは。何せ、実戦なら死んでましたからね』

 

 ……その話はもう良い。

 ……将来、なりたいものはまだ決まってない。まだ見えてない。ただ、まぁ、あの部屋のおかげで、選択肢自体は広いからな。だけど、普通の学校に進学したら、父さんに邪魔されるだろうから、高校はあそこにする。

 

『高度育成高等学校ですか。国内最高難度ではありますが、君なら問題ないでしょう。そこでの三年間、そして大学での四年間で、君が自分の道を見つけられることを祈っています』

 

 ……個人的な二者面談、受けてくれてありがとう。

 

『いえいえ、構いませんよ。私は、君たちの先生ですから。……あれから、何かを見つけられましたか、綾小路くん』

 

 ……分からない。初めてだ、こんなに難しいことは。全部見透かされて、掌の上で転がされて、殺された。……あいつ、あんなに凄かったんだな。

 

『彼女はずっと、自分の刃を磨き続けていた。この椚ヶ丘で、色んな人たちに負けて、その度に立ち上がって、磨き続けた彼女の刃は、君にも届くほどのものとなった。その刃は、君をどのように変えたのでしょう?』

 

 ……あいつに負けて、初めて、皆の顔がよく見えた。皆、良い顔してたよ。

 

『ヌルフフフ。それはとても良いことです、綾小路君。敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。まずは、人を知りなさい。そして、自分を見返しなさい。そうすれば、新しいものを見つけられるでしょう』

 

 

 

 夢を見ていた。過去の夢を。

 E組で最後に、殺せんせーと個人的な会話を交わしたのは、俺だった。

 あの後、本当に色んなことがあって。そして今、俺はこのバスに乗って、新しい学校に向かっている。

 あそこで身につけたものを、俺はどれだけ生かせるのだろう。

 

「ねぇ、そこの君。席を譲ろうとは思わないの」

 

 声のする方に目を向けると、キツそうなOLが、座っている男子高校生に声を掛けていた。というか凄いなアイツ。足組んでるしイヤホンから音漏れてるし、ていうか優先席に座ってるし。今時あんなのもいるんだな。

 

「何故譲らなければならないんだい?優先席は優先席であって、私が譲る法的義務はどこにもない」

 

 まぁ、うん。部分的に同意だ。確かに優先席を譲るかどうかは個人の自由だ。あくまでモラルであり、譲らなければならないと言うことはない。

 

「それが目上の人に対する態度?」

「何故君が私より上だと言えるのかな?君はただ私より年上というだけだろう?」

 

 ……まぁ、そこは人によりけりだろうな。

 

「あなたねぇ……!」

「もういいですから」

 

 お婆さんに嗜められるOL。

 バスは殆ど満員だ。それだけの人がこのバスに乗っている。だからこそ、彼女にとっては屈辱だろう。高校生に言い負かされるなんて。ただ、この状況で言い争いを続けるのは、制止してくれたお婆さんの顔に泥を塗ることになる。

 お婆さんが大丈夫と言ったため、OLはもう何も言えない。

 あいつ、ここまで読んでたのか?

 

「ねぇ、私も、譲っても良いんじゃないって思うなっ」

 

 ………相変わらずだな、櫛田は。

 まぁ、それがあいつの武器だったんだし、あの教室で、最高の師(ビッチ先生)からの薫陶を受けてたし、もう椚ヶ丘中学2年C組の惨劇は繰り返さないだろう。後にも先にも半数以上の生徒が自主退学したあの事件は

凄い影響力だったからな。

 

「相変わらずね、()()()()()

「……そうだな」

 

 隣に座っていた堀北が、俺に話しかけてくる。

 彼女も、あの教室で過ごした一年で大きく変わった。兄を追うんじゃなく、兄を超える為に。

 その覚悟として、あれだけ長くしていた髪をバッサリと切った。

 確か、11月の辺りだったか。

 

「それにしても、凄い幸運ね。貴方がこの学校に進むのは知ってたけど、まさか私たち三人が、同じバスに乗り合わせているなんて」

「……律にこの時間なら座れますっておすすめされたんだが」

「あらそう。律がたまたま知らせてくれただけでしょうけど、後でお礼は言っておかないとね」

「まぁ、そういうことにしておく」

「ふふっ。まぁ、卒業以来一切連絡をよこさなかった誰かさんに、また会えて嬉しいわ」

「……悪い。烏間先生と少し対策をな」

「……そう言えば、貴方のご家庭はかなり訳アリだったわね。踏み込みすぎたかしら」

「いや、いい。あの面談を聞かれていた以上、今更だ」

 

 まぁ、その、何だ。

 E組の中で俺は、渚と同等かそれ以上に家庭に問題を抱えている生徒っていう認識になった。

 夏休み明けに急遽三者面談が行われ、俺の親の希望により、烏間先生ではなく殺せんせーが面談した、通称『綾小路父襲撃事件』は、E組における『100年は語り継ぐべき伝説』の一つらしい。

 ちなみに『100年は語り継ぐべき伝説』の中には『渚の公開ディープキス事件』、『渚の自爆特攻事件』、『渚母襲撃&殺せんせー暴走事件』、『渚女装潜入事件』などがある。

 

 渚は『僕の話題多すぎない⁉︎』って怒ってた。

 

 安心しろ、『カルマのわからせ事件』、『ビッチ先生大敗北事件』、『寺坂大暴走事件』、『E組男子覗き未遂事件』、『律の劇的ビフォーアフター事件』、『竹林大暴れ事件』……後『堀北&櫛田による綾小路公開処刑事件』もある。

 

 最後の話題の時、俺と茅野はとても居心地が悪かった。

 同じ痛みを抱える同士として、俺と茅野は深い絆で結ばれた。

 

「ねぇ、()()くん。もう、大丈夫なの?」

「まだ大丈夫じゃない。これから大丈夫にする為に、この学校に来たんだ。そういう堀北は」

()()と呼びなさい」 

「……鈴音は、もう大丈夫なのか。その、兄のこととか」

「……えぇ。あなた達のおかげでね」

「そうか、なら、良かった」

 

 そうこうしてるうちに、櫛田がバスの乗客達に呼びかける。

 

「すいませんっ、誰か、お婆さんに席を譲ってくれる人はいませんかっ」

 

 ……きっと、先生は好きにしろって言うんだろうな。

 そう考えつつ、俺は席をたった。

 

「……あら、意外ね」

「まぁ、こういうのも勉強のうちだ」

 

 お婆さんを自然に座らせる。堀……鈴音はお婆さんに心配の声を掛けたりしている。そのまま会話を続けていると、そこでお婆さんが俺と鈴音を交互に見て、『若いっていいわね』、みたいな顔をした。

 多分、実際そんなことを鈴音に話して──鈴音は俺に流し目を送って、うっそりと微笑んだ。

 その、瑞々しいイロをした唇を見て、咄嗟に目を逸らす。

 逸らした先に、微笑む櫛田がいた。

 

「久しぶり、()()くん」

「あぁ、久しぶり、櫛田」

「ふふっ、もう忘れたの?櫛田じゃなくて、桔梗って呼びなさい」

「……うっす。桔梗」

 

 ……まぁ、うん。

 あの時、二人の手で完全な敗北を刻まれたとき。

 俺は多分、この二人には一生勝てないんだろうな、と思わされた。

 あの教室での一年は、今までにない教科書だった。

 あそこで出会い、そして別れて、俺は、『綾小路清隆』という、ただの人間は、人間に、なったのだろう。

 

 『ホワイトルームの最高傑作』では無い、仲の良い女友達に迫られてドキドキしたり、クラスの友達と馬鹿やったりして、笑える、普通の、どこにでもいる高校生に。

 

「で、清隆はこの学校に何を求めてるの?」

「……まぁ、一旦アイツから干渉されないとこで色々学んだり、鈴音や桔梗と遊んだり、普通の高校生ってやつをやってみたい。中学じゃ、超展開に巻き込まれたからな」

「ははっ、確かに普通とは程遠かったね。……でも私、あの教室好きだったよ」

「……あぁ、俺もだ」

 

 桜が舞うこの学校で、俺たちの、ありがちな青春と、得難い学びが得られる三年間が、始まろうとしていた。

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