実質文化祭会。
コスプレ大会というより演劇大会。
『さぁ始まりました!クラス対抗コスプレ大会一年生の部!実況は生徒会広報!雪村あかりが務めます!』
くじ引きの結果、一番手になったのは、オレたち一年Bクラスだ。
暗転した壇上で、オレたちは、それぞれの立ち位置でポーズを取る。
まぁ、要は、テーマに沿った世界観をどれだけ表現できているか、そういうゲームのようなものだ。
『まずは、一年Bクラス!テーマは、『シャーロックホームズ』!主役のホームズが生徒会副会長、綾小路清隆くん!ワトソンが平田洋介くんです!』
茅野の宣言と同時に、ライトアップ。
中央では、オレと平田が背中合わせで佇んでいる。
オレは、鹿撃ち棒にケープ、ステッキをついて、パイプを片手で弄ぶ、完璧なシャーロックホームズのコスプレ。
平田は、一般的な紺色のスーツに、帽子を被っている、ワトソンのコスプレ。
そして、オレの睨むような視線の先には、片眼鏡を掛けて、英国紳士然としたスーツを華麗に着こなし、余裕の悪どい笑みを浮かべる、モリアーティ教授のコスプレをした高円寺。
その高円寺の一歩後ろには、両手を後ろで組んだ軍服姿。即ち、モラン大佐のコスプレをした啓誠。
そして、オレの後ろには、華やかなドレスと、飾り付きの帽子を被った、アイリーンアドラーのコスプレをした、鈴音と桔梗。
そのもう少し後ろでは、汚れた身なりの、寛治、春樹、健を筆頭とした、十六名の男女によるベイカー街遊撃部隊。立ったり座ったり寝転んでいたり色々だ。
三宅と外村筆頭の六名は、当時の警察のコスプレ。まぁ、つまりはスコットランドヤードだ。整列して規律正しさをアピールする。
残りの十名は、巨大な犬のコスプレだったり、馬車の御者のコスプレだったり。つまり、歴代の犯人たちのコスプレだ。
今回の大会、おおよそ十秒程度の台詞を発することが認められている。
「────ホームズ、君は、この謎の答えを、もう見つけたのか?」
さて、ギリギリまで、勿体ぶって。
そして少しだけ、気だるげに。
「────初歩的なことだ、友よ」
フッ、決まったぜ。
『うぉぉぉ‼︎名台詞来たぁ‼︎』
観客の二年生三年生はかなり盛り上がっている。
さて、審査員の表情は、と。
うん。どの先生も、感心しているな。
『───さぁ、審査員。三年担当の先生方!得点を‼︎』
十点満点で、合計四十点だ。
さて、点数は。
星穹先生は、十点。長杖先生は、九点。門脇先生も、九点。黒井先生は、十点。
つまり合計。
『────三十八点‼︎開幕強烈な点数を叩き出してきました一年Bクラス‼︎
さて、それぞれの得点の理由を聞いていきましょう‼︎』
まずは、三年Aクラス担任、星穹先生。
「何よりもホームズとワトソンの完成度が凄まじいな。
衣装だけの話じゃない。ワトソンの、常識的で良識的な印象を良く表現していたし、何より、ホームズの底知れない天才性が、完璧に表現されていた。
うん。主役を目立たせること、それを完璧にこなしていたからこその、満点だ」
次に、三年Bクラス、長杖先生。
「ホームズとワトソンの完成度が高いのは勿論のこと、個人的には、モリアーティとモラン大佐の完成度の高さも評価したい。
特にモリアーティ。あの悪のカリスマ、『犯罪界のナポレオン』に相応しい威圧感だ。
背後に佇むモラン大佐の厳しさを感じる姿勢もまた良い。
基本的には文句ないが、強いていうなら、アイリーンはどちらか一人の方が良かったような気もするな。そこで一点減点だ」
三年Cクラス、門脇先生。
「主役を引き立たせる。それを完璧にこなしていたのは勿論だけど、何より、限られたリソースの使い方が上手だよね。
ベイカー街遊撃部隊の衣装、元々彼らはストリートチルドレンだから、敢えて中古の服を集めたんだね。設定に沿ってコストを抑えられるところで抑える。実に見事だよ。
強いていうなら、ワトソン博士の奥さんの、メアリー夫人を入れて欲しかったかな。個人的な感傷だけどね。それで一点減点だね」
三年Dクラス、黒井先生。
「門脇も言ったように、コストの使い方も実に見事だけど、それ以上に、人の使い方も見事だよね。
ホームズ、ワトソン、モリアーティ、モラン大佐、アイリーン、ベイカー街遊撃部隊、スコットランドヤード、ここまで割り振ったところで、残った十人には、それぞれの事件の犯人を当て嵌めた。
ここが、本当に見事。これで、ホームズの一場面を切り抜いたものじゃなくて、ホームズというシリーズを一場面で表現したものになっている。
シャーロックホームズというテーマを見事に表現していた。だからこそ、満点だね」
よし。かなり上手く行ったな。高円寺も満足げだ。
「やったな平田」
「だね。君のお陰だよ」
初手でこれは、かなりでかいんじゃないか?
これなら一位も狙える筈だ。
『さぁ!続いていきましょう──と言いたいところですが!次は一年Cクラスなので、ここでバトンタッチです‼︎』
『はーい。あかりちゃんから変わりました!会長秘書の櫛田桔梗です!それから!』
『生徒会長の堀北鈴音です。ここからは、私たちも加えて実況していくわ』
『さぁ!一年Cクラスの準備が整いました‼︎』
さっきの綾小路くんたちは見事だったね。
だからこそ、僕らも、負けていられない。
優れた殺し屋は万に通じる。それを、ここで証明する‼︎
『一年Cクラス!テーマは、『かぐや姫』です‼︎』
『主役のかぐや姫役は、生徒会広報、一之瀬帆波さんと、同じく広報、雪村あかりさんです』
主役は一之瀬さんと茅野。二人とも、お揃いの十二単を身に纏っている。
無理難題を押し付けて、求婚を回避し続ける感情豊かなかぐや姫を一之瀬さんが。
天の羽衣を着せられて、感情を消されたかぐや姫を茅野が。
それぞれを演じることで、かぐや姫の悲劇性を際立たせていく。
一之瀬さんは、凄く嫌そうな顔を隠さない、感情豊かで可愛らしいかぐや姫。
だけど茅野は、どこまでも無表情で、機械的な、かぐや姫。
『仏の御石の鉢』を探すよう命じられた石作皇子は、神崎くんが。
偽物と見抜かれて必死に体面を保とうと慌てている瞬間を演じている。
鉢は、僕が発泡スチロールから削り出したものを、白浜さんが完璧に塗装したものだ。
『蓬莱の玉の枝』を探すよう命じられた車持皇子は、別府くんが。
大勢の職人に報酬を求められて、動揺している瞬間を演じている。
枝は、拾ってきた枝に、金色のテープを巻き付けたもの。これは、茅野と他数人で作った。
『火鼠の皮衣』を探すよう命じられた阿部御主人は、渡辺くんが。
燃え尽きた皮衣を前に呆然としている瞬間を演じている。
実際に買ってきた毛皮製の布を燃やして、黒焦げにした。僕と拓人くんで燃やしたやつだ。
『龍の首の玉』を探すよう命じられた大伴御行は、拓人くんが。
船の上で、怯えながら引き返すよう部下に命じる瞬間を演じている。
茅野と僕と神崎くんと姫乃さんで廃材をDIYして作った、上半分だけの船。
『燕の子安貝』を探すよう命じられた石上麻呂は、浜口くんが。
仰向けに倒れて、でも、右手に何かを握っている瞬間を演じている。
握りしめたいるのは、茶色いお手玉。でも、白浜さんのお陰で、ぱっと見は燕のフンに見える筈。
そして、帝。柴田くん。
天人たちに軍隊が戦意喪失させられて、不死の薬を持って嘆き悲しむ瞬間を演じている。
そうして、翁。つまり僕。
嘗て、かぐや姫が入っていた竹を、大事に抱え込みながら、感情を無くした茅野演じるかぐや姫に、涙ながらに左手を伸ばす。
さて、ここだね。
茅野とみっちり特訓したから、演技も十分に出来るはず。
たっぷり十秒掛けて、息を切らしながら、最後に一言。
「────行かないで…………」
さぁ、どうだ。
『すっごい再現度ですね。衣装でこれだけ凝るってことは、小道具とかほとんど買えない筈ですが』
『見たところ、ほとんどの小道具は手作りですね。そこで予算を抑えつつ、小道具と衣装のクオリティを維持しているのでしょう』
『いやー、素晴らしい工夫が見えるこの一年Cクラスの『かぐや姫』!果たして審査員の点数は⁉︎』
星穹先生から、九点。長杖先生から十点。門脇先生が十点。黒井先生が九点か。
『おおっと、同点!同点です‼︎』
『それぞれの採点理由を聞いていきましょう』
まずは、星穹先生から。
「知恵と工夫、それから演技、どの要素を切り取っても高い完成度を誇っていた。実に素晴らしい作品だ。
小道具の完成度も素晴らしいな。殆どが手作りとは思えない。
先程のBクラスは、安く揃えられるところで安く揃えて、主役のクオリティを上げて来たが、このクラスは、どの衣装もクオリティを優先して、その上で小道具を手作りすることで、表現の規模感を大きく底上げしていた。
実に見事だ。
惜しむらくは、少しだけ、場面が散らかっている印象を受けたことだな。かぐや姫の悲劇性を重点的に描きたいなら、難題のところよりも、翁たちと共に過ごした日常を表現した方が良いとは思ったな。
だから、一点減点だ」
次に、長杖先生。
「いやぁ、凄いな。この鉢とか枝とか布とか船とか、全部自分たちで作ったんだろう?
本当に素晴らしい。もうこれ以上言うことは無いくらいだな。
そこに加えて、かぐや姫二人の演技も完璧だ。表情豊かで楽しそうなかぐや姫と、機械のような無表情で、恐ろしさすら感じるかぐや姫、この表現が実に素晴らしい。
何より、天人たちの理不尽さと無機質さ。ここが実に好みだ。感情を失ったことを完璧に表現しているし、この天人とそっくりな表情を浮かべることで、かぐや姫もの別れを一目見ただけで分かるようになっている。
かぐや姫を二人で演じるからこそ出来たことだな。クラスの強み、知恵、工夫がよく見られた。だから満点だ」
そして、門脇先生。
「五人の求婚者一人一人に拘っているのが、すごく好みね。
彼らの末路を表現することで、竹取物語の山場の一つを再現している。彼は一人一人の道具も完全に再現されているからこその魅力よね。ただコスプレしただけの求婚者じゃここまで惹かれないわ。
それに、帝が富士山で焼く瞬間じゃないのが素晴らしいと思う。帝があの行動を取った時点で、竹取物語のバッドエンドは決まったようなものだもの。
だから、最後を翁の懇願にしたのは、悲しさと、これから取り返しに行くかもしれないっていう希望も感じられるエンディングで、私は好きだから、満点」
最後に、黒井先生。
「求婚者の割り振り、小道具のクオリティ、そして、翁の最後の台詞。あまりにも秀逸だね。
先程のシャーロックホームズと同じように、作品の一場面を表現するんじゃなくて、作品そのものを表現しているのが、とても素晴らしいわ。ところどころに見える工夫も好印象だね。特に『子安貝』。貝そのものを作るんじゃなくて、彼が握っていたとされる糞を表現するための茶色いお手玉が好印象ね。小道具作成班はすごく頑張ったようね。MVPは彼らじゃ無いかしら?
ま、強いて個人の願望を言えば、もと光る竹を見たかったわね。小道具のこのクオリティなら、凄く面白くて拘りのあるものを見れたのは、間違いないもの。
そこで、一点減点かな」
くそ。同点か。
小道具と演技のクオリティで殺すつもりだったのに。
「でも確かに、元光る竹作るのもありだったな」
「だねぇ。『かぐや姫』と言えばっ!て感じだし」
僕と茅野は反省中。
一之瀬さんは、白浜さんたちと話していた。
「あー、『かぐや姫』が二人ってこういうことだったんだね〜って、あかりちゃんの言葉に納得したよね。
確かに、天人としてのかぐや姫と、人間としてのかぐや姫は別人みたいなものだしね」
「はい!帆波ちゃんの言う通りなんですけど、でも多分、雪村さんが言ってたのはそれとはちょっと違うんですよね」
「ふーん。最新の研究に関連した何かかなとか思ってたけど違うんだ?」「今度ネトフリ見ましょう‼︎一緒に‼︎」
「あ、あぁ、うん。別に良いけど………なんでネトフリ?」
かぐや姫コスの二人は、そのままアイリーンコスの堀北さんたちに合流しましたね。
三番目、ですか。
ちょっと、くじ運悪いかもしれませんね。
「────多少のくじ運など、主役のクオリティで黙らせてみせるさ」
「あぁ、素晴らしい『アリス』だ。坂柳」
トランプ兵の学秀くんと葛城くんが真面目な顔で話しているのを見ると笑ってしまいます。
だって、顔も完全に隠れているんですよ?
顔のハメ穴も無いので、Aクラスのトランプ兵は文字通り完全にトランプ兵です。
それに、ここで予算を浮かしたからこそ出来た、この仕掛けがありますし。
『さぁ!お次は一年Aクラスの『不思議の国のアリス』‼︎』
『タイトルから分かるでしょう‼︎主役の『アリス』は当然、坂柳有栖さんです‼︎』
ライトアップと同時に、どよめきます。
当然です。私はワイヤーで吊り下げられて、落ちている瞬間を演じているのですから。
私の足の悪さを、こういう形で打ち消す、私発案の作戦です。
トランプ兵で浮いた予算はここに突っ込みました。
ハートの女王らしい、赤くて豪華なドレスを見に纏った森下さんのそばには、執事服にリアルなカエルのマスクとリアルなカエルの手袋を装備した、男子複数名。実はこの執事服を着たカエルの中の一人は山村さんです。目立ちたく無いそうです。
そして、浅野くんと葛城くんを筆頭としたトランプ兵たちが規律正しく従っています。
白の女王らしい、白くて清楚なドレスを見に纏った真澄さんのそばには、ニヤニヤ笑う猫の着ぐるみを着た西川さん。凄くいやらしい笑顔ですね。その隣には、同じようにうさぎの着ぐるみを着た白石さん。曖昧で不思議な笑みです。いつも通りとも言えますが。
後は、チェスの駒のコスプレの男子複数名。ここでも予算を抑えています。今度人間チェスとかやってみたくなりますね。
ハンプティダンプティを演じるのは吉田くん。着ぐるみを着るというか、乗り込む形になってます。まぁ、デカくて丸いですし。
トゥイードルダムとトゥイードルディーは、町田くんと的場くんですね。肩を組んで、左右対称になるようにポーズを取っています。
マッドハッターは橋下くんしかいませんでしたね。これ以上ないくらいに胡散臭いです。完璧ですね。
そして、物語の結末を飾る、アリスの姉は、三七さん。
優秀でこそありますがノンデリなかなりのアホの子ですが、黙って物思いに耽らせると、凄く絵になるぐらいには、綺麗な顔をしています。
普段はあんなにアホの子なのに。
どのくらいアホの子かと言うと、『スマホを無くした‼︎』と大騒ぎしながら、自分のスマホで他クラスの友達にスマホを鳴らしてとメッセージを送るくらいですね。普通に鳴らしたその友達も友達ですが。
今手に持って操作している端末はなんだと思っていたのでしょうか。
「───そろそろ起きて。お茶の時間だよ。アリス」
夢の時間は、もう終わり。
ゆっくりワイヤーを下ろして、私は寝そべり、そして起き上がります。
十秒間はある程度動くのも認められているので、こういうこともできます。
目元を拭って、大きくあくび。
どうでしょうか。とても可愛らしいと思うのですが。
『あざとっ‼︎坂柳さん強烈にあざといっ‼︎でもでも強烈に可愛い‼︎動画撮ってる人いたら下さい‼︎』
『いやー凄い可愛かったね。最後の眠りから覚めたアリスの演技』
『だねぇ。良い感じにちっちゃいのも凄く『アリス』に合ってるよ』
『個人的には、アリスのお姉さん、凄く好みね。落ち着いた雰囲気が、物語の最後の安心感を引き出しているわ』
櫛田さんは後で怒ります。仕返しします。絶対に。
「やったー‼︎あたし堀北さんに褒められちゃった‼︎えへへ」
「このポンコツ残念なアホの子が、あんな落ち着いた演技できるの、割と詐欺よね」
「完全に同意ですね」
「言い過ぎじゃ無い⁉︎」
割とクラス全体の認識だと思いますよ?
さて、得点は。
星穹先生が、十点。長杖先生も十点。門脇先生も十点。黒井先生は八点ですか。
また同点ですね。
『うおっと!またまた同点‼︎』
『さーて、それぞれの採点理由聞いていきましょう‼︎』
星穹先生は。
「『アリス』をワイヤーで吊るすことで、落ちている瞬間を表現するのが、実に素晴らしいアイデアだったからな。
トランプ兵とチェス兵で浮いたコストで出来た仕掛けなんだろう。実に上手い予算の使い方だな。
それに、最後の姉の優しげな声で眠りから覚めるのが、冒険の終わりと優しさを表現していて、実に『不思議の国のアリス』だった。文句なしの満点だ」
長杖先生は。
「ハートの女王の完成度が凄まじいな。彼女の悪辣さを表情だけで完璧に再現している。
それに、マッドハッターの胡散臭さも完璧だ。惚れ惚れするぐらいの胡散臭さ。これ以上の適役はいないだろう。
敢えて顔を完全に隠して黒子に徹するトランプ兵とチェス兵とカエルの判断も見事だ。それぞれを目立たせようとするんじゃなく、目立たせたい人たちを的確に目立たせるその手腕。
満点に相応しい、完璧な表現だ」
門脇先生は。
「白の女王も素晴らしいわね。彼女の優しげな笑顔に仄かに混ぜられた隠している内心を表に出す演技。清楚な美人でありながら、いざと言うときは平然と嘘をつける説得力が凄いもの。
チェシャ猫もうさぎも、悪戯好きに相応しい、楽しそうな笑みだね。実に好みだよ。
何よりアリスのお姉さん。凄まじい安心感の落ち着いた声音と笑み!
不思議な冒険の最後には、やっぱりお家に帰らないとね!文句なしの満点だよ‼︎」
さて、黒井先生は。
「完璧ね。えぇ、あまりにも完璧。非の打ち所がない。
配役、予算、衣装、演技、ありとあらゆる要素が完璧に調和しているけれど、完璧が過ぎるのよね。
先の二クラスは、ところどころで予定を変更した痕跡が見えた。まぁ、予算やら配役やらで不足したり余ったりしたからこその変更だったのでしょうけど、このクラスにはそれが無い。
そこが、二点減点の理由ね。『不思議の国のアリス』の表現としては完璧。でも、完璧過ぎて、このクラス独自の強みが見えないのよ。教科書通り過ぎて少しつまらないわ。まぁ、クオリティは相当高いのは認めるけれどね。
あと、主役は、Aクラスの強みを見事に出してはいるけれど、それは、どのクラスも同じだしね」
…………黒井先生は、拘り強めですね。研究者とは、こういうものなのでしょうか。
「うーん、なんか納得できない‼︎黒井先生厳し過ぎ‼︎」
「だよねぇ。…………でもよくよく考えたら、門脇先生とか殆ど好き嫌いじゃん」
「長杖先生は悪役好きみたいですね」
こういうのでも先生方の個性とか見えますね。
二年生を私たちの担任は評価するみたいですが、どんな評価をするのでしょうか。
楽しみですね。
くじ運が良かったですね。わたしたちはラストです。
インパクトで殴り壊して見せましょう。
そうそう。それはそれとして。
「どうですカルマくん?とても綺麗だとは思いませんか?」
気分は完全にお姫様ですね。
カルマくんの前でくるりと回って見せます。ドレスのスカートがふわりと浮き上がり、とても魅力的な印象を与えられます。
さぁ、動揺しちゃってくださいカルマくん。
「うん。とても綺麗だよ。ひよりさん」
特に動揺とか見せませんね。
………………まぁ、別に良いですけど。褒めてくれましたし。
「あ、あの、カルマくん。私は、どうでしょうか?」
「う、うん。奥田さんも可愛い、と思うよ」
ちょっとだけ動揺したのは何故なんですか?確かに黒魔女の奥田さんは可愛いですが。
ちょっとだけ、ムッとしてしまいます。ちょっとだけです。ちょっとだけ。
さて、そろそろ時間ですね。
ふふふふっ、カッコいいところお願いしますよ?王子様?
『ラスト!一年Dクラス!テーマは『白雪姫』‼︎』
『肝心要の白雪姫役は、椎名ひよりさんです‼︎』
『どうやら今回は、魔女と王子も主役のようですね。魔女役は奥田愛美さん。王子役は、…………ふふふっ、実際に見てもらったほうがいいでしょう』
『さぁ、堀北会長の仰る通り!実際に、誰が王子なのか、見てもらいましょう‼︎
それでは、ライトアップ‼︎』
眠り姫ですから、わたしは眠っておかないと。
眠っているわたしの左手には、綺麗なリンゴが。
老婆のコスプレをした真鍋さん。実に見事な腰曲りですね。特殊メイクも完璧です。金田くんの美術力は実に見事ですね。
真鍋さんと背中合わせで、魔女のコスプレをした、眼鏡を外した奥田さんが。とても可愛らしい顔立ちなのに、あまりにも堂々とした魔女っぷりですね。実に素晴らしいです。ビッチ先生の教育の賜物、らしいです。
右手に赤いリンゴを持ちながら、悪女染みた酷薄な笑みを浮かべています。彼女の目の前には鏡が一枚。世界一有名だろう例の鏡ですね。
木枠だけを木材から作って、そこに渦を描いた絵を嵌めた形です。木枠を作ったのがカルマくん。絵を描いたのは金田くんです。小道具は、これぐらいなので。
その彼女のそばには、黒い鎧姿の金田くんを筆頭とした男子複数名が、片膝をついて仕えています。彼女は魔女ですが、女王でもあるので。近衛騎士が複数名いても良い。とのことです。
ただし、この騎士たちは、家族の為に嫌々ながらも従っている、という設定なので、姿勢とか、少し悪いんですよね。
まぁ、どれだけ練習しても、一週間で出来ることには限度があるので。
敢えて、姿勢の練習とかは、やりませんでした。
心配そうにわたしを囲んで見守る七人の小人は、矢島さん、薮さん、木下さん、山下さん、諸藤さん、角倉さん、磯山さんの七人ですね。とても可愛らしい帽子です。
さて、わたしの命を狙っていた狩人さんは、龍園くんです。そのロン毛を生かして顔を上手く隠してもらっています。凄く怖いですね。流石です。
ここで、狩人さんの背後には、赤子のぬいぐるみを抱えた夕部さんを配置します。彼女は、必死に子供をあやしている瞬間を演じています。
えぇ、これにより、狩人さんには守るべき家族があったので、やむを得ず白雪姫の命を狙っていた、というエピソードを作った訳です。
まぁ、原作の白雪姫のままだと、登場人物が少ないので。
奥さん役はジャンケンで決めました。決まった瞬間の夕部さんの絶望した顔が、すごく印象に残りましたね。
最後の主役、王子様ですが、まぁ、この人も当然王子様なので、近衛騎士が複数名いても良いでしょう。
石崎くん、榎中くん、カルマくんを筆頭とした、白い鎧姿の騎士たちが片膝を付いて、王子のための道を示します。
敢えて魔女の騎士の姿勢を乱れたままにしたのは、ここで完璧な姿勢を王子様の近衛騎士にさせることで、その差を演出するためです。
十秒の台詞やら何やらの時間は、王子様の登場で、たっぷり使います。
カルマくんたちの示した道を、白馬の王子様らしい白くて華美な服を見に纏った伊吹さんが、美しい姿勢で堂々と歩きます。武道経験者は流石ですね。
ふふふふ、声だけで分かります。凄い人気ですね。二年生、三年生からの歓声がとても大きいです。
そして、寝たままのわたしの顔を覗き込んで、一言。
「…………、なんとお美しい………」
完璧ですね。見事な王子様です。
あっ、キスはしませんよ?当たり前です。
『王子様はまさかまさかの伊吹澪さん‼︎スッゴ!マジでイケメンです‼︎』
『眠っているだけなのにびっくりするぐらい綺麗な椎名さんも凄いですけど、それ以上に伊吹さんカッコいいですね‼︎』
『えぇ。可愛らしい顔立ちなのに、とても恐ろしい奥田さんの魔女も大変素晴らしいけれど、王子様の伊吹さんに全て持っていかれますね』
『伊吹王子、学年イケメンランキング急上昇確定ですね』
櫛田さんのおっしゃる通りです。
「………………王子なんて、やるんじゃなかった」
「カッコよかったですよ?ずっと目をつぶっていたので、見てはいませんが」
「は、はい!とてもカッコよかったです‼︎」
「よっ、伊吹王子!イケメンですね〜」
「伊吹王子!カッコいい‼︎」
「赤羽と榎中コロス」
「野蛮だぞ。王子らしく優雅に行けよ、伊吹王子」
「このクソロン毛がぁ‼︎」
さて、得点は。
星穹先生が十点。長杖先生も十点。門脇先生も十点。黒井先生も十点。
あらあら、満点ですね。やりました。
『満!点!解!答!』
『さあ、早速採点理由を聞いていきましょう‼︎』
星穹先生。
「主役が三人と聞いて、三人全員目立たせるなんてこと出来るのか、と考えていたんだ。
予算の都合もあるし。
だが、そんな考えは杞憂だったな。三人全員の完成度も素晴らしいことこの上ないが、他の生徒の完成度も凄まじい。特に老婆。あの特殊メイク、すごく凝っているな。
その上で、王子の圧倒的なクオリティで殴り倒された。王子だけがクオリティ高い訳じゃなくて、他も圧倒的なクオリティだからこそ、王子に完璧に殴り殺される。
いやもう本当に、持てる技術の集大成をぶつけられた。『白雪姫』として、あまりにも完璧だ。満点以外だしようがない」
長杖先生。
「王子、白雪姫、魔女、それぞれの完成度の高さも勿論のこと、狩人にエピソードを追加したのが、個人的に凄い好みだな。
元々あの狩人は、情けを掛けて殺しはしなかった、というエピソードがあるぐらいだし、そこに追加で、守るべき家族がありました、なんて乗せられたら、もう推すしかなくなるよ。あまりにも僕の好み過ぎる。
それに、魔女に仕える騎士たちの表現には、やられたって思ったな。そりゃ、魔女で女王なんだから、近衛騎士がいても何もおかしくない。その上で、王子は白で魔女は黒にすることで、善悪をハッキリさせていた。
このメリハリも、実に僕好みだ。
何より魔女!いやぁ、あの優しそうな眼鏡っ子が、こうも悪女然とした顔が出来るなんて、本当に驚いたよ。
満点しかないね」
門脇先生。
「十秒のアピールタイムで、王子の登場から求婚をやり切る時間管理が凄い緻密だよね。
何より、相当練習したんだろうね。王子の歩き方、すごくカッコよかった!背筋を伸ばしつつ、程々に脱力して、堂々としながらの登場!これこそ王子様って感じ‼︎
王子様に仕える騎士たちは、白い鎧も相まって、誇らしい正義の騎士!みたいなカッコよさがあるんだけど、魔女に仕える騎士たちは、黒い鎧も相まって、悪役ですよ!って全力で宣言しているんだけど、ここで狩人の表現が生きてくるよね。あっ、もしかしたら、この人達にも家族とか居るのかなって、そんな当たり前のことに気付かされる。
『白雪姫』の再現としても、単純な一つのエピソードの表現としても、凄い完成度だったから、十点‼︎
強いていうならキスして欲しかったけど、まぁ、恥ずかしいし、ね。それで減点するのは違うもの」
黒井先生。
「兎にも角にも奥田ちゃんの魔女。これが大変私好み。いつも見てきたあの優しそうな眼鏡っ子が、こんなにわっるぅーい顔が出来たなんて。
この驚きだけでも満点に値するけど、白雪姫も実に素晴らしいよね。最初から最後まで眠っているだけなのに、あまりにも綺麗で、舞台の中心であり続けている。素晴らしい逸材ね。
そして最後に王子様!敢えて男子じゃなくて女子を持ってくるその発想!その上で、多分武道経験者だと思うけど、それ特有の姿勢の良さとか、綺麗な歩き方とか、それらを王子様らしさとして、登場シーンで表現するこの演出‼︎
傍に仕える騎士たちの姿勢も、女王の方は少しの乱れがあるけど、王子の方にはそれがない。ここでも、王子と魔女の人徳の差とでも言うべきものを表現している。多分、準備時間の不足だったんだろうけど、それをこうして表現に活かすなんて!
十点しか付けられないのが勿体無いくらい!」
わぉ、思ったよりも熱量すごいですね。
特に黒井先生。
「黒井先生ほんと愛美さんのこと好きだよね〜」
「あの人は、何というか、完璧なものよりも、少し欠点がある方が好きなんですよね。
その欠点をどう直すかとか、もしくはそれをどう活かすかとか、そういうことを考えるのが好きな人なので」
「奥田さんの人物評を踏まえて、高評価してくれるはず、と思って仕込んだ表現に完璧に食い付いてくれましたね」
それから、祝勝会で少し話した感じ、長杖先生は悪役好きというか、俗に言う悪側にも、何かしらの事情があったんだよ、みたいな展開が好きそうなので、狩人さんの仕込みをやった甲斐がありました。
星穹先生は、多分真っ当にクオリティで見てくる人ですからね。ある意味一番やりやすいです。
門脇先生は、その、思ったよりも感情的な人でしたね。上手く刺さったみたいでよかったです。
さて、オレとカルマと榎中と浅野と葛城の生徒会一年生男子は、ここから裏方で色々やらないといけないから、舞台袖に回った。
実況の四人の元、二年生、三年生のコスプレも実に盛り上がったな。
真嶋先生と坂上先生は、基本的にクオリティで見る人のようだし、減点も基本的にしないから、勝負どころは、茶柱先生か星之宮先生の両方またはどちらかに満点を出させることだな。
少ない人数だからこそ、個々人の完成度をギリギリまで突き詰めた二年Dクラスの新撰組は、茶柱先生と真嶋先生と坂上先生の好みにガッツリハマっていたらしい。三十八点の高得点。
信長桃井パイセン、秀吉須知先輩、家康狐判先輩、そしてそれぞれの家臣たちを表現した二年Cクラスの三英雄は、日本史専攻の茶柱先生に大変高評価だった。
何でも、小道具にそれぞれの細かいエピソードが込められているのだとか。髑髏だとか刀だとか変わりどころでは鯛なんかだな。
三十八点。惜しい。
卜部先輩が頼朝で、九重先輩が政子、鬼龍院先輩の義経に、桐山先輩の義時の、二年Bクラスの鎌倉幕府は、これまた茶柱先生の好みにガッツリ刺さっていたな。
ハブられがちな義時をメインに持ってきたところを大変誉めていた。星之宮先生も、義時が中々にイケメンだったから、九点という高得点。
合計三十九点。二年生一位だ。
朝比奈先輩の天照、影乃先輩の月読、星穹
何でも、イケメン二人が大層好みだったらしい。実況の茅野と一之瀬は、少し困っていた。
三十八点だったな。
三年生の方では。
三年Bクラスは海賊だった。
船長の金石先輩、宣教師の日野神父、否日野先輩、航海士黄乃先輩に、吟遊詩人真白先輩、盗賊の猫実先輩。
その他の生徒たちは、完全に荒くれ者だった。オレが以前イメージしていた三年Bクラスにそっくりだ。
わざわざ満点を付けたくせに、翡翠先生は頑なに船長と吟遊詩人については言及しなかった。航海士に関しては、露出多すぎと苦言を呈していたな。
何故だか、金石先輩たちは、苦笑していたが。
三年Dクラスは、バラバラだった。
皇帝風間先輩、自衛隊の制服の獅子上先輩、ナース服の天久先輩、バイオリニストの勝負ドレス剣城先輩。
テーマが無いのがテーマだと、凄く疲れた顔で、風間先輩は説明していた。
…………多分、どの先輩たちも譲らなかったんだろうなぁ。可哀想に。
クオリティは高いが、得点はダントツの最下位だった。
『試験とかだったら多少は纏まるんだがな………』とは、非常に疲れた顔の風間先輩談。龍園とカルマは死ぬほど爆笑してた。黒井先生も大笑いしていた。
風間先輩、お疲れ様です。
三年Cクラスは、警察だった。
全員が警官姿で、白銀先輩と蝶乃先輩が、唯一のスーツ姿。多分、女刑事のバディ物なんだろうな。
香月先輩は、シルクハットにマントにマジシャンスーツ。まぁ、つまりは怪盗だ。
片手に宝石を持って、空きケースには、予告状。
スポットライトを浴びる香月先輩に、犬山先輩が、防護服を着ながら部下に号令をかける瞬間を演じていた。
十秒のアピールタイムで、白い煙と共に、香月先輩が消えた。普通に他の人たちには何も言っていなかったらしい。ただ、Cクラスも完全に慣れているのか、特に動揺したりはしていなかった。
最後のアピールが効いたらしく、満点だった。
三年Aクラスは、騎士団。
王冠を抱く騎士王、堀北先輩。その側には、美しいドレス姿の姫、橘先輩。
王の一歩後ろに、杖をついた相談役の魔女、占藤先輩。
弓を持つ騎士、神田先輩。二刀流の騎士、飛騨先輩。細剣を構える騎士、金織先輩。剣と盾の騎士、藤巻先輩。
アピールタイムでは、無言で、剣を抜き、勢いよく地面に突き立てる堀北先輩。
その威圧感、正しく浅野理事長の教え子らしく強烈だった。
剣先が床をつく音が、無音の体育館中に広がった。
こちらもまた、満点。
で、まぁ、三年AクラスとCクラスのどちらが決勝に進出するのか、審査して。
僅差で、三年Aクラス。
つまり決勝は。
一年Dクラス対二年Bクラス対三年Aクラス。
全学年の教師を審査員としての、第二幕では六十秒のアピールタイムで色々あったが、僅差で二年Bクラスの勝利。
義経の死からの頼朝の死、上皇からの宣戦布告からの義時の降伏からの政子演説で再起を一分でやり切ったその手腕は実に見事。
ていうかこれよく一分で纏めたな。
景品のハッピーパレットの特製グミ一年分を掲げていた。
クラスで分け合って食べるらしい。
そうそう、舞台袖で、堀北先輩にも会った。
「ふ、生徒会、大変だろう?」
「もっと楽だと思ってたんですけどね」
たまに鈴音は会長が忙しすぎて疲れた、とか言って全力でオレに甘えてくる。
流石に生徒会室ではやらないが。桔梗がそれは流石に示しがつかない、と全力で止めるので。
その分、一緒にご飯食べた後はヤバかったな、うん。
「ていうか、先輩のところ、アーサー王伝説とかじゃなかったんですね」
騎士と言ったらそれじゃないか?
「それも案では出てきたんだがな、何故か、ランスロット役を、誰も、やろうと、しなかったから、騎士団になった」
「…………あー、成程」
アーサー王、堀北先輩。グネヴィア、橘先輩。マーリン、占藤先輩までは確定したんだろうな。
で、その後の円卓の騎士で、ランスロット役を、誰もやろうとしなかった───否、堀北先輩が、やらせなかった、と。
うん、会議の場で、『ランスロットは誰がやる?』とか、怖い顔で言っている堀北先輩が、目に浮かぶな。
ポケモンの怖い顔は素早さを下げるだけだが、堀北先輩の怖い顔は、動悸、吐き気、寒気、その他諸々を引き起こす。ポケモン風にいうなら、全ステータス二段階ダウン混乱プラス氷状態だ。
クソ技すぎるな。
「…………あっ」
「む」
「えっと、こんにちは」
体育館を二人で見回りしていたところ、翡翠先生と鉢合わせた。なんか、でかいバッグ、肩に下げてる。
お互いに凄く気不味い。軽く会釈して、その場を立ち去ろうとしたところで、翡翠先生が慌てて隠そうとしていた写真を落としてしまった。
「あ、ちょ、拾わな──」
反射的に拾ってしまったが、その写真は、ドアップで写った船長姿の金石先輩の写真だった。写真部が撮った写真だ。一枚五千ポイント。
他に持っている写真もチラッと見えたけど、黄乃先輩と真白先輩の写真だった。
…………バッグの膨らみ的に、一人当たり、三十枚ぐらい買ってるな。
「…………翡翠先生」
「あなたたちは何も見ていない。良いわね」
「あっはい」
「取り敢えず金石に教えておきますね」
「やめて頂戴」
ウッソだろこの人。
言った通りに端末を操作しようとする堀北先輩の手を抑えようとして、今度はバッグから、さらに複数枚滾れ落ちた。
「だから拾わないでと──」
他意はない。本当に、他意はない。大事なことなので二回言った。
写真を見てみる──否、見えてしまう。
ふむ。これは、朝比奈先輩の天照か。こっちは影乃先輩の月読。恒先輩の須佐男に、高龗神の殿町先輩と大国主の溝脇先輩の写真もあるな。
成程、九十枚中三十九枚は二年Aクラスの写真だったわけか。
成程成程。
傷一つ付かないように丁寧に拾い上げて、丁寧に揃えて、両手で丁重に返す。
「あなたたちは何も見ていない。良いわね」
「取り敢えず朝比奈先輩に教えておきますね」
「本当にやめて」
…………本当に、生徒が好きな先生なんだな。
「あなたたちとは会わなかったし私が買った写真も見ていない。良いわね?」
「返信来ましたよ。『だろうね』。だそうです」
「あ、こっちも来ました。『知ってた』。だそうです」
「私は何も聞いていない」
…………そっ、か。
南雲先輩は、この人を、嫌っていなかった。信頼していた。
この人は、こういう人なんだ。
…………こういう人だから、生徒たちも、金石先輩たちも、一切疑わなかったのか。
「…………その、拾ってくれて、ありがとう」
「いえ、別に」
実は、渡した写真の中に、堀北先輩からこっそり渡された写真を四枚、混ぜてある。
一枚は、朝比奈先輩のコスプレ。伊邪那美。
もう一枚は、南雲先輩のコスプレ。伊弉諾。
三枚目は、南雲先輩と朝比奈先輩のツーショット。
そして四枚目は、南雲先輩も入れた、二年Aクラスの集合写真。
この一週間の間で、こっそり用意した写真らしい。
休学中なので、本当だったら教室に入れないが、堀北先輩が手引きしたんだとか。
…………まぁ、南雲先輩が、楽しそうで何よりだな。
「南雲先輩、悔しがってそうですね」
生徒たちは、とても楽しそうに、写真を撮りあったりしている。
オレも見回り前に、新生徒会での集合写真と、元E組の集合写真、鈴音と桔梗のツーショット、オレと鈴音のツーショット、オレと桔梗のツーショットだったりを撮ってきた。
騎士カルマと翁渚と探偵オレの並びは本当に面白かったぞ?
「こういうお祭り、きっと、好きな人でしょうし」
「いや、向こうも向こうで、楽しんでいるようだぞ?」
先輩が見せてきたトーク画面には。
ハッピーパレットで留守番中の、近所の兄ちゃんみたいな店員と、お揃いの犬耳コスプレのツーショットを送り付けてくる、南雲先輩の写真だった。
本当に、楽しそうに笑っていた。
追加で、メッセージがあった。
『卜部に言っといて下さい!』
『裏メニューの手作りドーナツ死ぬほど美味いぞって!』
「裏メニュー、か。くくっ」
「多分卜部先輩食べたことないやつですね」
「そのようだな。ほら」
『ぜったいにゆるさないっていっておいてください』
『わたしもしらなかったのに』
「コミュニケーション能力の差だな。紹介後数日で裏メニューを教えられるほどとは」
「…………まぁ、割とコミュ障ですからね。卜部先輩」
『ドーナツ以外にもアイスケーキとかあるらしいぞ?』
『ハロウィンだからヘクセンハイム貰ったわ』
『って言っておいて下さい』
「ヘクセンハイムって何ですか?」
「お菓子で作ったミニチュア版お菓子の家だな。かなりのレア物だぞ?」
『ヘクセンハイム………?ず、ずるすぎる』
『わ、私一年通ってるのに………‼︎』
『って言っておいて下さい』
「さて」
『いい加減俺を伝言係にするのやめろ』
『すいませんでした』
『ごめんなさい』
おもろ。
………良かったって、そう、心から思える。
堀北先輩も、南雲先輩も、卜部先輩も。
楽しそうに、笑えているから。
なぁ、殺せんせー。
オレ、ちゃんと、人になれているのか?
なれていたら、いいな。
それは、それとして。
「さて清隆くん。トリックオアトリートよ」
「ち・な・み・に。トリートは、実は、私たちだったりするよ?」
「私たちを食べるか、私たちに悪戯されるか」
「さぁ、どっちを選ぶの?」
お菓子の包み紙のコスプレとか言い張って、夜のオレの部屋で迫ってくる、ベビードールの二人に。
オレの理性は、本当に限界を迎えそうだった。
ついにいくとこまで行くのか行かないのか。