5月1日から始めた2時間の勉強会。
それは、今のところ順調に消化している。
鈴音の激励に感化されたのか、須藤は想像よりも真面目に取り組んでいたし、それに引っ張られて、池と山内もちゃんと取り組んでいる。
この調子なら、
そして、赤点組以外の勉強会はどうかというと、こちらも万事問題はない。
平田と幸村だけでも十分なところに、他の成績優秀者も何人か講師側に回っている上、高円寺が八面六臂の大活躍だとか。
まぁ、多少の貸しを作っておいたとしても、あいつを動かせるならそれに越したことはないな。
このまま進めば、中間テストは問題なく乗り越えられる。
さて、そんな勉強会も、中間テストまで残り二週間となった今、かなり順調だし、手応えも感じているのか、池と山内は少し浮かれていた。
「いやー、このままいけば、案外良い順位取れちゃうんじゃない⁉︎」
「流石に高望みしすぎよ。良くて平均程度ね」
「な、なぁ、櫛田ちゃん!今回のテストで良い点数取れたら、デートに行きませんか!」
「ごめんね山内くん。私そういうつもりはないの」
「ぐはぁっ、………おのれ綾小路ぃぃぃぃ!」
「何で俺なんだ………」
「いやむしろお前以外に誰がいんだよ」
「……そういうのもありか……ね、ねぇ清隆。今回のテストで100点取れたら、デートとか、どうかな?」
「ぐふぇぇ、がはぁぁ!」
「しっかりしろ春樹!分かりきっていたことだろう!傷は浅いぞ!」
「……脳が……壊れるぅ……」
「脳って壊れるもんなのか?そんなことあんのか、綾小路」
「いや、恐らくは何らかの慣用句だろう。物理的に脳が壊れたら、そいつは死ぬぞ」
「……じゃあ春樹は今死にそうな目にあってるってことか?」
「……なるほど、そういう意味で使われる慣用句なのか。ありがとう須藤。勉強になった」
「お、おう。こんなのでも勉強なのか?」
「別に勉強は学力だけに関わる言葉じゃないぞ」
「そうなのか。……勉強になった、であってるのか?」
「あぁ。それで良い」
「おぉ、なんか賢くなった気がする」
「そ、それで清隆!デートの約束はどうするの!」
「ぐはっ、がはっ」
「もうやめてくれ櫛田ちゃん!春樹のライフはとっくにゼロだ!」
「………別にテストがなくてもデートぐらいいくらでも行くが」
「もう、違うの!頑張ったご褒美ってところがミソなんだから!」
「……そういうものか」
「そういうものなの!」
「分かった。前はそっちが考えてくれたからな、今回は俺がプランを立てておく」
「お、俺が、俺が…………先に好きだったわけでもないんだった………」
「もう諦めろよ春樹。ほら、アイドルだと思えば、彼氏がいても平気だろ?」
「アイドルは恋愛禁止だろっ!」
「もう池くんってば、
「
「まだ壊れる余地があったのね。それはそうと清隆くん?私もお願いしたいわね。テストで100点を取れたら、その、今度は映画館とか、どうかしら?」
「あぁ、分かった。前は俺が決めたからな、次は鈴音に任せる」
「………会話だけなら完全な二股クソ野郎なんだよな、こいつ」
「……池、自覚はあるからその辺りはやめてくれ」
「別に彼が二股している訳ではないわ。私たちが勝手にやっていることだもの」
「うんうん。同じ人を好きになっちゃったんだから、仕方ないよね」
「……綾小路、お前ほんとに選べんのか?」
「…………正直、分身できたらなって思っている」
「………くそ、うらやまけしからんぞ綾小路ぃ‼︎」
流石に騒ぎすぎたのか、他のクラスの男子達が苛立ち混じりに声をかけてきた。
「ちっ、お前らうるせぇんだよ。少しは黙ってろ」
「あぁすまん。騒がしくしすぎたな」
ま、こういうのは手っ取り早く収めないとな。
「っはん!所詮は
「あぁん?」
「落ち着け須藤」
ふむ。この感じ、言わされてるなコイツら。
多分挑発とかその類だろうが、恐らくはCクラスの龍園だな。AとBに盤外戦を仕掛ける理由も利点も無い。
カルマだったらもっと腹立つ煽り方を仕込んでくる。こんな知性のかけらもないような煽り方はしない。
多分、『やっぱりDクラスには優秀な飼育員がいないんだね。躾のなってない猿が多いみたいだ』。とかその辺りだろうか。
うーん?まだ精度が甘い気がするな。
多分、俺たちがこういうときにどう動くのかを調べたいんだろうな。
「おい、聞いてんのか!」
「あーうん聞いてる聞いてる。聞いてるからもう少し声のトーン落とせ、
「っ、お前……!」
「はっ、注意してきた側が言われてちゃ世話ねぇぜ!」
「須藤、静かに」
「……分かったよ」
「は、はっ!躾のなってない駄犬だな!」
ふむ。まだ続けるのか?もう引いて良いと思うんだが。
「あぁ、なんだ──ってぇ!」
軽めの殺人拳骨。山内にかましたのほどじゃ無いが、それでもなかなかに響いたようだな。須藤は頭を抑えて大人しくなった。
「少し落ち着け、須藤。お前達もな、Cクラスの男子」
「なんっ……で俺たちがCだと」
「いや、AもBもこんなことする理由がないんだから、消去法でCになるだろう?」
「な、ん」
本当に鉄砲玉だな。大して情報なんて得られないだろうが、揺さぶってみるか。
「
「お、前……!」
「ま、龍園には失敗しましたって正直に伝えておくと良い。安心しろ、
「ふ、ざけ……!」
まぁ、カルマもいるし、俺の実力を隠したところで意味はないからな。既に首脳陣の一員になっているし。
「おいおい、俺はお前に取ってメリットのある話をしてるんだぞ?」
対して反論もできない。まるで使い捨てだな。まぁ、鉄砲玉なんてそんなものか。引き入れたところで旨みも無い。使えるだけ使って後は───
「清隆」
「清隆くん」
…………こういうのは、辞めたつもりだったんだけどな。
「はぁ。もう帰って良いぞ。
「ふ、ふざけんな、一方的にわけわかんないこと言いやがってテメェ!」
殴りかかろとしてくるCクラスの男子たちに、須藤が反撃しようとして、両者の間に、一人の女子が飛び込んできた。
「ストーップ!図書室は他の学生も使う公共の施設です!そこで喧嘩するなんて、この風紀委員が許しませんっ!」
「……あなたは生徒会役員でしょう、一之瀬さん」
「にゃははははは、気分的には風紀委員って感じで」
彼女が、一之瀬帆波、か。
なるほど、渚の言っていた、
「今なんか失礼なこと考えなかった?」
「全然そんなことないぞ」
………まぁ、桔梗に隠し事ができるとは思っていないが。
「えっと、君は、初めましてだね?」
「あぁ。綾小路清隆だ。渚とは中学の同級生でな。話は色々聞いている」
「へぇー、世間は思ったよりも狭いねぇ。生徒会一年なんか、私以外の二人は同中らしくて、凄く仲が良いんだよ。ちょっと仲間外れ感強いかなぁ」
「ちょっと一之瀬さん?どちらかというとあなたが中心にいるような気がするのだけれど?」
「ありゃ、そうかな?」
「えぇ。あなたがいなかったら、浅野くんと談笑なんて考えられないわ」
「あっははははは。そりゃ、私の責任重大だねぇ」
………鈴音がここまで気を許しているとはな。浅野ともずいぶん仲良くしているみたいだし、凄いコミュニケーション能力だな。
話していると毒気を抜かれるというか、天然でビッチ先生みたいなことできる奴いたんだな。
いつの間にかその場の空気に溶け込んで、一切の警戒を抱かせない。これを意識せずにやっているんだから大したものだ。……もし、E組にいたら、もしかしたら………。
いや、仮に椚ヶ丘にいたとして、彼女がE組に落ちることはないか。
「ここは、一之瀬さんの顔を立てて、下がったらどうかしら。言い訳もたつでしょう?」
Cクラスの男子達は苦々しい顔で舌打ちしながらも、早歩きで図書室から出て行った。
逃げ足早いなぁ。才能かもしれん。
「いやー急に割り込んじゃってごめんね?」
「いや、助かった。図書室で暴力沙汰なんて起こしたくなかったからな」
まぁ、Cクラスを挑発できなかったのはマイナスかもな。
だが、一之瀬と交友関係を持てた。差し引きプラスだろう。
「にしても、仲良いんだね、Dクラスって、みんなで集まって勉強会かぁ。うちもやってるなぁ………参考までにちょっとみても良い?」
「うん!全然良いよ!」
桔梗の許可の元、一之瀬は俺たちが作った確認テストを見て、参考書を見て、首を傾げた。
「………これ範囲違くない?」
一之瀬は、これまでの勉強会を跡形もなく吹き飛ばす爆弾を落とした。
「えっ……はぁっ……!?違うって、どういうことだよ一之瀬!」
「え、えっと、そのままの意味だけど。あっ、でも所々に範囲の問題もある」
「うん、その問題達は思ったよりも消化が早かったからちょっと足した範囲の問題だよ」
まぁ、嘘なんだが。
「2週間前に急に変わったんだよね。ほんと、困っちゃうよね」
予想外の言葉に動揺する須藤達。
爆発してしまいそうになった時、大きな拍手の音が響いた。
一瞬、全員の意識が漂白される。
「はい。落ち着いて。まずは茶柱先生に確認してみよう?」
拍手は桔梗。流石、不意をつくのが得意だな。
一之瀬に礼を言いつつ、俺たちは図書室を後にした。
彼らが去った後の図書室で、一之瀬は考え込んでいた。
(堀北さん、
何か理由があるのだろうか?
何のためにこんなことを?
(うーーーん。私だけじゃ分かんないや。あかりちゃんと神崎くん、渚くんとも話し合おうっと)
分からないことはみんなで考える。
それがBクラスの戦い方である。
Dクラス首脳陣は、鈴音が浅野から中間テストの過去問を受け取り、裏付けも済ませた時点で、これを全体に共有するのは、一旦保留、という結論に至った。
これから先も見据えた策であり、同時に
テスト問題全てを違う問題に変える権利は、およそ1000万ポイント。まぁ、一年生の今の段階で、稼げるはずのないポイントなので、その可能性は排除して良い。
つまり、過去問と中間テストは同じ問題が出てくるだろうが、あの浅野が、それだけで済ませるはずはない。
何か仕掛けてくるのは分かっているが、何を仕掛けてくるかまでは分からない。俺個人の予想としては、特定科目の最終問題だけを変えてくる可能性は高いと思っているが。
「あぁ、そういえばそうだったな。すまない、こちらの伝達ミスだ。だが、お前達なら
腹立つな、ほんとに。
職員室で茶柱を問いただすとそう返してきたが、変わるであろうことを把握していた身としては、茶番でしかない。
「いや2週間でどうしろっていうんですか!」
「大丈夫だ。お前達ならどうにかできる。…………もう良いか?忙しいから帰ってくれ」
ほんと、教師としてどうなんだろうな、こいつは。
須藤達を連れて一旦教室に戻る。世界が終わったみたいな顔してるな。まぁ、ここまで持ってくるのは、こいつらにとって死ぬほどきつかっただろうし、仕方ないか。
「安心しろ。まだ2週間ある。俺たちならそれまでに仕上げられる」
「……でもよぉ綾小路、こっからまたやり直しだぜ?」
「お前達が真面目に取り組んでいたおかげで、多少は範囲の内容をさらっている。ゼロからじゃないし、いくらでも挽回できる」
「うん。皆でなら絶対に乗り越えられるよっ!」
「えぇ。ここまで着いて来れた自分を信じなさい」
信じられない、とでも言いたげだな。だが事実だ。
「ここからは教室での勉強会と合流する。範囲が変わったことも、教えておかないといけないからな」
さて、ここからが、本格的な中間対策だ。保留にしていた結論は、どうやら完全に同じらしい。
教室勉強会組と合流して、
この小テストに、過去問の問題を紛れ込ませておく。
つまり、
それが俺たちの出した、勝つための結論だ。
あくまで、
これは、生徒達に自信をつけさせるため。
自分で考え、学び、自分の力で乗り越えた、と他の生徒達には思わせる。当然、リスクはある。
それらのリスクを踏まえた上で、やはり
小テストの結果を踏まえると、全体で満点を取れれば、相当なボーナスになることは明らか。事実Aクラスはそうやってポイントを伸ばした。
『けれど、今このクラスに必要なのは、急激なジャンプアップではなく、一段一段刻んだ、順当なステップアップよ』
鈴音のその意見に、俺も桔梗も平田も納得した。
………まぁその分、講師陣の負担も大幅に増えるわけだが。この辺りは、高円寺を引き込めたことで、かなりの余裕ができた。……女性陣にしか教えていないみたいだが。
『それと、この方針で行くとなると、小テストの制作者には、
『あぁ、任せろ。幸村には俺が話をつけておく』
つまり俺と幸村が講師陣の中で最も負担が大きいわけだが、まぁ、
『…………これで
昨日の夜、死にかけの幸村は俺にそう言った。
まぁ、経験の差だな。
流石に全ての問題を盛り込んだら不自然なので、配点の高い問題を入れつつ、要素を分解したりしながら作っていたので、慣れない幸村からしたらかなりの負担だっただろう。
普段は出された問題を解けば良いだけだったのに、急にいろんな要素が増えたからな。
俺たちの力で出来るのはここまでだ。
ここから先は、あいつら次第。
さぁ、お前達の第二の刃がどこまで磨かれたのか、見せてもらおうか。
テスト当日、運命の日が、幕を開けた。