高度育成高等学校の、理事長室で。
オレと坂柳は、ある男と向かい合っていた。
「────ふむ。一人でと、言っておいたはずですが?」
「あぁ、見ての通り、私は日常生活にも補助を必要としている身なので。それから、いつも補助をしてくださる友達達が、
まぁ、冬休み最終日ですからね」
「生徒会副会長として、生徒の頼みには、可能な限り応える義務がありますから」
穏やかそうな顔で、慇懃な口調の、大人の男。
感覚的には、殺し屋連中に少し近い。
「………ふむ。成程。あなたたちは、手を組んでいたのですか。残念です」
どことなく残念そうに、本当は、大して残念だと思っていない癖に。
男はそう、嘘をついた。
「まぁいいでしょう。あなたもついでにターゲットにするだけですよ。坂柳有栖」
「────やはり、そうだったか」
これで確定、か。
この男は、間違いなく。
あの男からの、刺客、か。
「…………おや、意外ですね。
あなた達ならば、それぐらい突き止めてからくると、そう思っていたのですが」
「確認が必要だっただけですよ。まぁ、それが理事長代理、というのは、意外でこそありましたが」
「ふむ、口を滑らせましたかね」
これでも尚、余裕そうで。
なんだか、嘗てあった殺し屋連中を思い出す、深さ。
「まぁ、君たち以外にどれだけ居たところで、全員退学させるだけですので」
「────生徒会の新制度がある限り、学校と生徒の承認がなければ、退学処分は下せないぞ」
「子供の浅知恵など、大人に潰される程度のもの。
────あなたはそれを、良く知っているのでは?」
そう。良く知っている。
殺せんせーの爆発確率は、一%以下にまで落とせて。
それでも、最終暗殺作戦は、実行された。
オレたちがどれだけ大丈夫だと叫んでも、その一切は無意味だった。烏間先生でも、抗えないぐらい上からの指示だから。
「この学校が変わるなどあり得ないのですよ。全く、堀北学も、その後を継いだ堀北鈴音も、実に無駄で、愚かなことを。
兄妹の血、というやつでしょうか?」
「─────無駄かどうかは、まだ、分かりませんよ」
流石に、流石に殴ったりするわけにはいかないので。
血が出るぐらい強く右手を握りながら、堪える。
鈴音がしていることは、無駄なんかじゃ、ない。
鈴音も堀北先輩も、愚かなんかじゃ、ない。
「無駄ですよ。私が壊しますので」
「派手に動き過ぎれば、教員連合が動きますよ?」
坂柳は、父の整えた対策も知っている。
坂柳理事長の整えた、教員連合という、対抗策は、しかし。
「あぁ、何の効力もありませんよ。
教師がどれだけ辞めようが、代わりはいくらでもいるので」
正気じゃない。
どれだけ、なんてレベルじゃない。文字通りの全教員だ。
学校はしばらくの間崩壊する。体制の立て直しに、数年は掛かるだろう。
─────それを、許容するというのか、この男は。
「私は別に、教師であることに誇りなど抱いていないのですよ。
依頼されたから動いているだけ。学校がどうなろうと、生徒がどうなろうと知ったことではありません」
「国立のここでそんなことをすれば、政府を敵に回しますよ?」
「そちらも、既に取引は済んでいますよ。
些か、子供に期待しすぎだとは、思いますがね」
そう、か。
そう、なのか。
オレも、そして、坂柳も、俯いた。
コイツは、
知っていたなら、教員連合に何の効力もないなんて、口が裂けても言えない。
一人で国を良いように使っていた、あの男が来ると、知っていたのなら。
月城は、やはり子供か、とでも言いたげな目を向けていることだろう。
────オレたちが恐れていたのは、理事長代理に、あの男に並びかねない大人が、来ることだった。
万が一、あの男と並びかねないほどに、即ち、
だが、この男は、月城は。
オレたちに、自身が刺客であるということを、漏らして。
オレたちに、政府は敵にも味方にもならないということを、話して。
オレたちに、
オレたちを子供だと思っているから。
自分は大人だと、思っているから。
確かにオレたちはまだ子供で、確かにアンタは大人だが。
─────だが、アンタ程度の大人に、負ける気はしないな。
「っ、く、くくくくくく」
「っ、ぷっ、ふふふふふ」
「……………何故、笑うのですか?」
俯いていたのは、絶望したからじゃない。
笑いを堪えるのに、必死だったからだ。
────まぁ、堪えきれなかったんだがな。
「────いや?アンタが思ったよりも大したこと無かったから、おかしくてな」
「ふむ。最高傑作であることの驕りでしょうか?それを正すのは、私の仕事ではないのですが」
「驕り?そんなんじゃない。ただの事実だ」
「ふむ。やはり、子供ですか」
坂柳は、目元に浮かぶ涙を指で拭いながら、馬鹿にしたように、月城を見ていた。
「────その、子供である堀北さんが打った一手に、
それこそが、
「…………堀北鈴音は、ただの生徒会長でしょう?」
「────いや?歴代最速で、クラスをDからAに引っ張り上げる、
「あら、Aクラスを譲るつもりなど、毛頭ありませんよ?」
「譲られるつもりはない。今度こそ、奪いにいく」
「楽しみにしてます。あなたたちとの、再戦を」
オレと坂柳は、月城を無視して、火花を散らしていた。
「────健全で真っ当な実力主義、しかしそんなもの、私から見れば、お遊戯でしかありませんが」
「割って入ってくるなよ。アンタの方が、圧倒的に道化だぞ?」
「おじさんですから。若者同士の会話に割って入りたくて堪らないんですよ。そんなにひどいことを言わないであげてください。綾小路くん」
坂柳の方が酷いこと言っていると思うんだが。
「…………あなたたちの、その、自信。
それは、何に由来しているものでしょうか」
「実力ってやつだな。月城代理」
「えぇ。虎の威を借る狐。しかし、
「オレたちは、確かに狐だよ。月城代理。
オレたちは、子供でしかない。
そう、だからこそ、オレたちは、アンタみたいな
丁度今日、あの人が、理事長代理に挨拶に来るらしい。
────案内人は。
「お迎えにあがりました。お久しぶりです。現生徒会長の、堀北鈴音です」
「担任の茶柱佐枝と申します」
堀北鈴音と茶柱佐枝は、その男を、迎えていた。
「────卒業証書を渡して以来ですね。堀北さん。一年も経っていないのに、随分と、立派になりました」
そう、嘗て、堀北鈴音は、彼から、卒業証書を、受け取った。
「先生の教えのお陰です」
「えぇ。あの人も、喜んでいることでしょう」
「───ありがとうございます。それでは」
理事長室に、ご案内します。
ノックの音が、響いた。
『失礼します。月城代理。茶柱です。
「………………なるほど、その新任の教師が、あなたたちの自信の理由ですか。
どれほどの
あなたたちの口振りからして、堀北鈴音が、話をつけ───」
「あら、流石にここまでヒントを出したら、幾らあなたでも気付きますか。
まぁ、その反応も、分からなくはないですよ?私もついさっき教えられて、びっくりしちゃいましたから」
茶柱先生は、月城代理の返事を待つことなく、扉を開けた。
政府関係者が、その男を知らないはずがない。
何せ、その男は、一人で国を転がしてみせた、超人。
「────初めまして、月城代理。
前理事長坂柳成守と、現生徒会長堀北鈴音両名に招待を受け、三学期より、二年Dクラスの担任を務めることになりました。
ご存知ではあると思いますが、念の為、自己紹介を。
────浅野學峯と、申します」
椚ヶ丘の大魔王。
それを前にして、月城は。
明確に、固まった。
オレと、鈴音と、坂柳の内心は、完全に一致していることだろう。
即ち、してやったり、だ。
「…………………これ、が、あなたたちの、自信の理由ですか」
月城は、絞り出すように、言葉を発する。
鈴音もいることなど、完全に意識の外らしい。
「───────確かに、これに比べたら、私など大したことはありませんね」
…………思ったよりもずっと、ちゃんとしている大人だな。
「少なくとも来年度までは、私が動くことはありませんよ。
まぁ、あなたたちなら察しているでしょうが、来年、ホワイトルーム生が二人、高育に入学してきます。
戦力が揃ったなら、私は動きますが、それまでは動かないと約束しましょう」
来年入学してくるホワイトルーム生。
即ち、ホワイトルーム五期生。
嘗て、鈴音たちの迎撃に駆り出された、二人。
「それは、
渚に殺された、天沢一夏。
桔梗に殺された、八神拓也。
鈴音の確認に、月城は、頷いた。
「えぇ。そのお二人は、あなたたちへのリベンジに燃えています。
一年前よりもずっと、手強くなっていますよ。
──────まぁ、楽しみにしていてください」
オレの、後輩。
実は、少しだけ、楽しみだったりする。
「イかれていますね堀北さん。
まぁ、確かに、これならほむら先輩は全力を尽くしてあなたたちに手を貸すでしょうし、藤乃先輩が、大した旨みもないのに、何としてもDクラスのポイントを0にしようとしたことにも納得です」
理事長室を出て、廊下を歩きながら、坂柳は鈴音の打った禁じ手を評価した。
「────お久しぶりです。學峯さん」
「えぇ。良い友たちに会えたようですね。有栖くん」
「…………えぇ。私の、最高の親友と、最高の友達達です」
そういえばそうか。
坂柳は、浅野理事長と付き合いがあったんだっけか。
「ふふふ、始業式までは、学秀くんには秘密にして差し上げます。
是非、度肝を抜かしてあげてくださいね」
「勿論だ」
「えぇ。始業式の司会進行は、彼に任せる予定だもの」
そして、直前でネタバラシ、だ。
どんな反応をするのか、楽しみでたまらない。
「………ふっ、君が、それほどまでにただの男子高校生になれていること。
きっと、殺せんせーも、喜んでいることでしょう」
「………はい。そうですね」
理事長室で、月城は、困った顔で、考え込んでいた。
「ううむ。評価を改めなければいけませんね。
これほどの鬼札を切ってくるとは」
他の生徒よりも情報の多い自分ならば、気付くことも難しくは無かったはずなのだ。
何せ、堀北鈴音は。
嘗て、グレイグ・北条を制圧するために。
『殺し屋屋』、ロヴロ。レッドアイ。スモッグ。グリップ。ガストロ。ブレイド。
計六人の殺し屋と、暗殺報酬三百億円のうち、百億円を譲る契約で、協力関係を結んだこともある。
E組屈指の、
「……………ただの子供など、一人もいない、ということですか」
現高育生徒会を選んだのは、堀北鈴音。
ならば、ただの子供など、一人もいないと見るのが妥当。
そして何より、堀北鈴音と綾小路清隆、そして、八神拓也を殺してみせた櫛田桔梗の三人が組みながらも、未だ、一年Aクラスの座は奪えていない。
浅野学秀、葛城康平、そして坂柳有栖もまた、ただの子供などではない。
彼らが対等な相手と見なし、最大限の敬意と警戒を持って、競争している、一年Cクラス、Dクラスも、また。
そしてそれは、彼らが実力を認め、先輩と慕っている、二年生、三年生も同様に。
「─────楽な仕事では、決してありませんね」
ただの
だが、特別な
これ以上ないほど敗北し、それまでの人生を完全に否定されたも同然の、二人の
一度はお互いに寄りかかることを選びながらも、自身の意思で、お互いに寄り添い、鍛え合うことを学び、特別な
理事長代理となる直前まで、
────そうして何より、新年度より教師として潜入する、
(────あなた方が、最強の
こちらも、また。
(────複数の
それはそれとして、大人として、報告と連絡はしないと。
相談は飛ばして約束してしまったが、まぁ、相手が相手だ。
綾小路先生も、分かってくださることだろう。
ホワイトルームの訓練室で。
傭兵たちは、倒れ伏していた。
円を描くように倒れ伏した傭兵達の中心で、一人の少年が、傷だらけの息も絶え絶えで、しかし、確かに立っていた。
「───さっすが、拓也だねぇ。
すっごいど根性」
傭兵達を打ち倒す為に、八神拓也は、何度打ちのめされても挑み続けて。
通算六十七回目の挑戦で、確かに、全員纏めて、打ち倒した。
「………はぁ。疲れた」
「ははは。『
嘗て八神拓也は、どれほどの成果を残そうと、常に綾小路清隆と比較され続ける現実に怒り、恨み、憎悪を抱いていたが。
一年前、櫛田桔梗に暗殺されて、それまでの人生が否定されて。
そうして、同じく潮田渚に暗殺されて、それまでの人生が否定された天沢一夏と、一時期共依存のような関係になった。
「ふっふっふっ、
胸元をはだけて、その頂すらもみせて、誘惑する天沢に。
しかし八神は、確かな理性で持って、堪えた。
「いや、良い。…………大事に、したいから」
そう。
二人は確かに、共依存に陥って。
貪り合うように求め合って。
───天沢を愛したからこそ、八神は立ち直った。
最高傑作への憎悪で持って、努力を続けるのではなく。
天沢を守れる己に。
もう、誰にも、殺されない為に。
その、八神の背を見て。
天沢もまた、変わり始めた。
「───うん。だね。
八神拓也に置いていかれたくないと、そう、心から思ったから。
崇拝して、その全てを見上げるだけだった、最高傑作を。
故に、一年ほど前から、二人の指導を担当した月城は。
八神拓也を、
天沢一夏を、
二人は確かに、敗北を糧に、支え合い、高め合い、競い合って。
そうして、四月から。
「───そろそろ、
「───あぁ。櫛田先輩に、綾小路先輩に」
勝とう。一夏。
学習しているのは、進歩しているのは、進化しているのは。
綾小路清隆だけではない。
三年E組だけではない。
高育生だけではない。
天沢一夏と、八神拓也もまた。
学習して、進歩して、進化している。
これは、ただ、それだけの話なのだ。
「────今、なんと」
『計画に変更はない。三学期中に、アレを退学させろ』
「私は申し上げましたよ。綾小路先生。
浅野學峯もいる。生徒達もまた、決して侮って良い相手ではない。
だからこそ、キチンと戦力を整えてから、挑むべきだと」
『ふん。浅野が国を手玉に取れたのは、浅野が王である椚ヶ丘で起きている出来事だったからだ。
完全に外様の高育で、同じことは出来ん』
「それはそうでしょうが、それらを補って余りある程に、浅野學峯の周りにいる生徒達は強いのです。
八神くんと天沢さんの入学並びに、一期生の潜入を待ってから、退学させる為に、動くべきだと」
『これ以上計画を遅らせるわけにはいかない。三学期中にアレを退学させろ。これは、命令だ』
「………………了解しました」
月城常成は、大人である。
大人であるが故に、命令には、必ず従う。
八神と天沢、九ヶ月程度だが、確かに教え導いた、自身にとっての教え子と共に、強者達に挑みたいという、感情よりも。
綾小路篤臣の命令をこそ、優先する。
「………………子供の方が、まだ、物分かりがよろしいですよ。綾小路先生」
敗北を受け止め、確かに成長し続けている、八神と天沢を思い出して。
敗北を受け止めきれずに、最高傑作を連れ戻すことに固執する、綾小路篤臣を、比較して。
「君たちと共に、彼らに挑んでみたかったのですが。
それは、出来なくなりましたね」
浅野學峯が、そんなに安い器な訳が無い。
もし仮に、約束を反故にして、綾小路清隆を、退学させようとしたのなら。
─────おそらく、自身がこの椅子に座っていられるのは、長くて一ヶ月も無いだろう。
「……………はぁ。こういう時は、自由に動ける子供が、羨ましいですね」
出来ることなら。
八神と天沢には、とっととホワイトルームなどからは抜け出して欲しいと、月城常成は、そんなことを考えていた。
「……………思ったよりも、情を移していますね」
まぁ、悪い気分では無いし、良いことだろう。
自身の終わりを悟った大人は、諦めた笑みを浮かべていた。
簡単な時系列。
三月 ホワイトルーム襲撃&爆破。八神&天沢敗北。
そこから二週間。共依存。退廃の日々を送る。
三月末。八神、天沢に惚れる。憎悪を捨て、それを支えに立ち直る。
四月。月城、二人の指導係に。
五月。置いていかれたくない天沢、綾小路への崇拝を捨て、理解しようとする。
六月。七月。八月。九月。ひたすら月城の元で訓練。
十月。月城が二人を指導するのも楽しいかも?と思い始める。
十一月。指令が降り、理事長代理就任の準備。まだどこかで子供だと舐めてた。
十二月。想像以上にこの子供達強いな。浅野學峯もいるし。三学期に退学は無理なので、準備が整ってからやりますね。by月城。
既にズタボロなので、これ以上計画を遅らせたく無い綾小路篤臣、強行を指示。
月城、自身の余命を悟る。
大体こんな感じです。