サプライズの時間
一月半ば。
即ち、始業式の日。
司会進行は、本来なら、副会長の仕事なのだが。
オレと卜部先輩はたまたま偶然同じタイミングで喉を痛めてしまった。
偶然って、凄いんだな。
「ごほっ、ごほっ、まさか、被ってしまうとは」
「けほっ、けほっ、そうね。これだと、始業式の司会進行に支障が出てしまうわ」
「ごほっ、代理、ごほっ、どうします?」
「けほっ、そうね、けほっ、経験がある人なら、望ましいわね」
────そう、以前の生徒会で生徒会副会長だった、浅野以上の適任はいない。
「まぁ、それぐらいなら構わんが。
二人とも、体調は大丈なのか?」
うん。すこぶる健康体だぞ。
本当は、な。
「ごほっ、すまんな浅野。ごほっ、頼んだぞ。ごほっ」
「けほっ、えぇ。頼んだわ。けほっ」
マスクの下で、オレは楽しそうに笑っていて。
多分卜部先輩も、とても楽しそうに笑っていた。
オレたちが何をしようとしているのか気付いたカルマもまた、同じように。
「さて、そろそろ時間よ。
司会進行、お願いね」
────さぁ、面白いリアクション、見せてくれ。
体育館で、三学期始業式、開幕だ。
『生徒会会計浅野学秀です。今回の司会進行を務めます』
…………それはそれとして、今回の司会進行は普通に大変だから、後で何か奢るとしよう。
『では早速、新制度についてお知らせします』
まずは、赤点制度について。
書記、つまり須知先輩と榎中が作ったスライドが、体育館の大スクリーンに映る。
「アレ作るの大変だったよね」
「分っかります。めっちゃ大変でした」
書記二人はそんな会話を交わしていた。
『これまでの制度では赤点ラインを下回ったらその時点で退学でしたが、今学期の中間テストより、新しい制度を導入します』
名称は、『点数繰上制度』。
『以前の定期テスト、今回の三学期中間テストでしたら、二学期期末テストの点数を参照します。
赤点ラインを下回ってしまった科目が、以前の定期テストの点数がの平均点を超えていたのなら。
Bクラスの池寛治と山内春樹と須藤健は、小声で話し合っていた。
「これってさ、つまり一個前の定期テスト死ぬほど頑張って平均点プラス二十点ぐらい行けたら、次はほぼノー勉でも良いってこと?」
「単純に考えたらそうなるだろうけど、流石にそこまで楽にはいかせてくれないだろ」
「だな。なんか制限あんだろ」
その会話を近くで聞いていた長谷部は、素直に見直した。
理解が早いし、現実的。
あの三人がここまで変わるなんて。
『ご留意いただきたいのは、この制度には生徒一人につき一年に一回のみ、という制限があるということです。
そしてこれは、来年度以降であったとしても持ち越しは出来ません』
現Dクラスの星穹拓人は、酷く残念がっていた。
「ちぇー、今年はコレなしで切り抜けて、来年二回使おうって思ってたのになぁ」
「つってもこれさ、直前のテストで平均点超える必要がある訳だし、二回連続同じ教科で使うとか無理だぞ?」
「…………あ、そういやそうじゃん。颯、頭良いな」
「かなり現実的だな。それはそれとして、努力不足の生徒には容赦ないが。考えたのは、恐らく初期Aクラスのうちの誰かだろう」
そう。この制度は、決して無条件で救済するものではない。
体調不良などで対策らしい対策が出来ずに赤点を取ってしまった、普段から真面目にやっている生徒への救済措置である。
どの科目も平均点を超えないような不真面目な生徒には、決して微笑まない。
この学校は、あくまで実力主義なので。
『続いては、試験での退学についてです。
前提として、ペナルティとして退学があるような試験は行いません。
そして、もし試験の結果或いは過程で著しい暴力行為、或いは違法行為が行われたと発覚し、証拠が見つかった場合は、退学処分となります』
Cクラスの伊吹は、とても、不安だった。
「…………これって、さ。少なくとも過去の試験での諸々を今から掘り起こすとかは、無いよね?」
「大丈夫でしょう。カルマくんが生徒会入り出来ている時点で、過去の罪は不問でしょうし。多分、休学期間中でさえなかったら、南雲先輩も普通に生徒会入りしてますよ?」
「…………チッ、少しばかりやりづらいが、まぁ、あんま変わんねぇか」
だが、態々退学者を出すような試験を行わないというのは本当にありがたい。
何せこの龍園達、現一年生は。
一人でも生徒が減れば、その時点で勝率は大きく下がる。
────何せ、基本的にはどのクラスも同格なのだから。
当たり前だが、頭数の差はそのまま敗北に直結する。
『そして、試験監督は常に他学年の教師が務めることになります。
これに関しましては、前学期の二年生の特別試験で試験的に導入され、今学期より本格的に導入されます』
神室は坂柳有栖親衛隊の面々と話していた。
「他学年の教師ってさ、コスプレ大会の時みたいな感じ?」
「でしょうね。アレは恐らく前段階、或いは予行練習と言っても良いでしょう」
「ふむ。それぞれの候補者の政策を満遍なく取り入れているのですね」
「ねー、実質的な連立政権って感じ。ま、どこも明確に対立している訳じゃなかったし」
「は、はい。あくまで、名目上のリーダーを決めるみたいな感じでしたから」
「ま、要はそれだけ学校のやり方に不満持ってた生徒がいたってことだね。ぶっちゃけよく分かる」
競い合うのはまだ良いが、ルールの穴をついて蹴落としてねは流石に不健全過ぎる。
…………まぁ、大人の競争社会というのはそういうものなのかもしれないが。
政治力とは、そういうものも含まれるのだろうし。
それはそれとして、真正面からのぶつかり合いの方が楽しいが。
『そして、生徒会では今後、
これには、二年Aクラスの九重九十九が露骨に嫌そうな顔をした。
「うぇー、私の狩場に絶対人湧くじゃん」
「九重はゲームセンターで荒稼ぎしているんだったか」
「良いじゃないか。チャンピオンはチャレンジャーを迎え撃つものだぞ?」
「ま、鬼龍院の言う通り、負ける気はしないけどね」
各店のモデルや店内スタッフなど。
そういった募集を生徒会通信を通じて発信する。
そこからどれだけ稼げるかは、生徒個人の実力次第だ。
『それから、来年度より、生徒個人個人の能力を可視化するアプリケーション。『Over All Ability』。略称『OAA』を実装します。
このアプリケーションを通じて、生徒の身体能力、学力、コミュニーケーション能力の評価なども、全校生徒が閲覧可能となります』
嘗ては、生徒会役員のみの特権であったそれ。
来年度からは、全校生徒の権利となる。
二年Dクラスでは、後藤が南雲に話しかけていた。
「ていうかこれ、雅の考えたやつじゃね?」
「だな。名前もそのまま使ってるし」
「あ、あの厨二っぽい名前雅が考えたのか。らしいわ」
「おいこら誰が厨二だこの野郎」
後藤圭。ある意味懐がでかいのかもしれない。それか何も考えていないのかもしれない。
基本的に後者である。
『最後に、今年度三月に行われる、三年生全クラス対一、二年生全クラスの特別試験についてです。
まずは一つ、
二年Cクラスの桃井緋音は、とても楽しそうに笑った。
「成程!今年度の妾達は
実に面白いやつじゃのう稔!」
「うん。多分これは、お互いにとっての最後の儀式なんだろうね」
学年同士での競争しか基本的に存在しないからこそ。
一年の最後に後輩達を纏めて迎え撃って、後輩達はこの学校の最高学年に挑む。
それが、この高育生の最後の儀式にして挑戦にして試練となる。
『さて、それでは、試験の内容について説明します。
試験の舞台は、無人島。ここで各クラス毎に陣地を決め、陣地を示すクラスフラッグを立てて貰います。そして、生徒にはペイントエアガンとナイフ、特殊ゴーグルが支給され、サバイバルゲームを行って貰います。
頭、或いは胴体を撃ち抜かれた場合、該当生徒は撃破されたと見做され、その後の試験には参加できません。そして、撃破した生徒は一万プライベートポイントと、所属プラスに10クラスポイントの加算が入ります。
そして、クラスフラッグを奪えた場合、奪った生徒のクラスには、300クラスポイントが加算されます』
影乃蓮は理解する。
「俺の隠密性なら、フラッグを奪い易いだろうな」
「だが、現三年生はどのクラスも強力だ。一人だけでなんとか出来るはずはない」
「そうだぜ影乃。一人で抱え込むなよ?」
「………そう、だったな」
一人一人が、自分にやれることをやる。
二年Aクラスの後を、二年Bクラスは確かに追い始めた。
『クラスフラッグを奪われたとしても、該当クラスは脱落にはなりません。
クラスが脱落になるのは、戦闘可能な生徒が全員撃破された場合のみです。
そして、各クラスから五人まで、後方オペレーターを設置することができます。
この後方オペレーターは、基本的に戦闘は行いません。各クラス毎に十機ずつ配布されるドローンを操縦し、偵察、援護、ナビゲートなどを行えます』
後方オペレーターは、扱いとしては戦闘員では無い。
クルーズ船内のオペレーションルームから、ドローンを操縦し全体に指示を飛ばすのが、彼ら彼女らの仕事である。
『オペレーターの指示は、特殊ゴーグルとヘッドセットを通じて送られます。
そして、今回の試験の勝利条件は片側陣営の生徒の全滅、或いはクラスフラッグの全損です』
─────そう。堀北学は暗殺教室で行わられた暗殺サバイバルゲームを、堀北鈴音から聞いていた。
そこから着想を得て、今回の試験を金石博、白銀園子、風間律の協力のもと、計画、立案し、設立したのだ。
『二月始めから一ヶ月を使って行われる全体合宿期間で、訓練を行います。
この期間中にクラス間での連携及び、基礎的な戦闘技術を身につけて貰います。
────以上を持ちまして、生徒会からの発表を』
そこで、オレは追加の紙を一枚、壇上にそっと置いた。
浅野は一瞬オレを訝しげに見たが、すぐさまその紙を読み上げていく。
オレと鈴音と桔梗。
カルマと椎名、それから奥田。
卜部先輩と坂柳と花咲先輩。
以上九名は、とても楽しそうに笑っていた。
森先輩は、気の毒そうに浅野を見ていた。
『失礼。えー、今学期より、二年Dクラスに、新任の、教師が………』
固まった。
やっっっっば。おもしろ。
『…………………おい綾小路。体調不良は嘘だな』
「げほっ、げほっ、酷い、げほっ、言い草だな。本当だぞ」
浅野のやつ、マイク入ってくることも完全に意識の外だ。
面白すぎる。
『…………………卜部先輩。知ってましたね』
「けほっ、けほっ、なんのこと、けほっ、かしら、けほっ。皆目見当もつかないわね」
浅野は、とても、信じられない顔をしていた。
うんうん。これは、真実だぞ。
『…………………はぁ。成程。これで二年Dクラス、いや、ほむら先輩を味方につけたのか、堀北さん』
「ふふふふふふ。ほら、ちゃんと司会進行を進めて頂戴」
チラリと生徒会、それから学生の面々に視線を高速で走らせる。
…………………このことを知っていたのは、綾小路、堀北、櫛田。赤羽、椎名、奥田。卜部、ほむら、森、そして有栖か。
見たところ、学先輩も知らなかったみたいだな。
僕の反応で察したのか、眼鏡がずり落ちているのにも気付いていない。
三年Aクラスの神田先輩と金織先輩は気付いたらしい。流石に動揺している。
占藤先輩は、動揺していないな。…………もしや、ほむら先輩が堀北鈴音についたその時から、このことに行き着いていたのか?
金石先輩は学先輩と僕の反応から予想がついたのか、必死に笑いを堪えている。
白銀先輩は堀北鈴音に一瞬正気を疑う視線を向けて、大きなため息を吐いた。
風間先輩は呆れながらもその一手を心から称賛したらしく、引き攣った笑みで堀北鈴音を見ていた。
二年生の方だと、南雲先輩が一番早くにこの答えに行き着いたらしい。
「…………マジかよ………」
恐れと、それ以上に、これからへの期待に、胸を高鳴らせているのが分かる。
生徒会の他の役員達も、僕の反応から答えに行き着いたらしい。
須知先輩はドン引きしながら。
朝比奈先輩は驚愕しながら。
榎中は感心しながら。
一之瀬さんは正気を疑いながら。
雪村、いや、茅野は呆れながら。
葛城は恐怖すら浮かべて。
全員が下手人であろう、堀北鈴音生徒会長に視線を向けていた。
自慢げに胸を張る堀北鈴音。
僕はもう諦めながらも、残りの原稿を読み上げる。
『……………今学期より、二年Dクラスの担任は新任の教師が務めます』
……………いつの間に舞台袖にいるんですか。
……………
『……………挨拶をお願いします』
あーあ、もう知らないぞ。
二年生、頑張ってくれ。
舞台袖からその男が現れて。
全校生徒が完全に静まり返った。
たった一歩、たった一呼吸、それだけで、全校生徒は息を呑む。
『──────ご紹介に預かりました。今学期より、二年Dクラスの担任を務めます』
二年Aクラスはなぜ藤乃があそこまで徹底的に、一度Dクラスのクラスポイントを0にしたのか、それを完全に理解して。
そう、
超えたい壁と勝ちたい相手が、同じクラスになってくれたのだ。
これほど、
『この中には、嘗て私が卒業証書を手渡した生徒も、複数名いらっしゃるようですね』
堀北学は妹に恐れすら抱いた。
この人呼んだのか、マジなのか、と。
あまりの衝撃に倒れそうになって、橘に支えられた。
※卜部と占藤は少しだけ羨ましそうに、橘を見ていた。
潮田渚もまた、堀北鈴音に恐れすら抱いた。
この人呼んだのか、マジなのか、と。
あまりの衝撃に倒れそうになって、拓人に支えられた。
※一之瀬と茅野は少しだけ羨ましそうに拓人を見ていた。
『御存知の方もいらっしゃるようですが、改めまして』
その男を知らない生徒はいない。
高育歴代最高の生徒会長の恩師。
一大ニュースになった、あの椚ヶ丘の理事長。
『浅野學峯です。よろしくお願いします』
二年Dクラスは理解した。
そして、
成程、ほむらの言っていた通りだ。
後輩がここまでやってくれたのなら、先輩として、全力でやらなければ。
浅野学秀は可能な限り感情を表に出さないようにしながらも、どうしても驚愕と諸々で声を震わせて。
『い、以上を持ちまして、し、始業式を、終了、します。
か、各クラスは、クラス毎に、教室に、戻って、ください』
そして、あまりの衝撃に倒れそうになった浅野を、綾小路は受け止めた。
※神室と九重は少しだけ羨ましそうに綾小路を見ていた。
─────そうして、特大の爆弾が炸裂した、三学期始業式の幕が降りた。
『エンドのEクラス』が、本当の意味で始まった。
この高度育成高等学校で。
『暗殺教室』の幕が上がった。
三人は仲良く保健室です。