始業式の日の夜。
浅野学秀と、堀北学と、卜部藤乃と、坂柳有栖は、浅野學峯と共に、敷地内の高級レストランで、ディナーを取っていた。
なお、普通に食べているのは、女性陣と浅野學峯のみである。
男性陣のナイフとフォークはろくに進んでいない。
「なぁ有栖。君はいつから知っていたんだ?」
「冬休み最終日ですね。それまでは知りませんでしたよ」
成程。ならば有栖は仕返し対象外だ。
「…………卜部、お前はいつから気付いていた」
「Dクラスが堀北さんに味方した時からですね。ほむらが堀北さんと坂柳理事長の利害が一致していたと漏らしたので」
…………なぜそれでそこまで分かるのかはちょっと分からないが。
「取り敢えず、卜部先輩には、僕に盛大に恥をかかせてくれやがったのでお仕置きします」
「へぇ?何をするというのかしら」
舐めるなよ。卜部藤乃。
弄るネタなど、いくらでも確保しているのだ。
浅野学秀が取り出した写真を一目見て、卜部藤乃は、戦慄した。
「そ、れは………⁉︎」
「ふっ、九十九先輩達に乗せられて、ステージ衣装でノリノリで歌って踊っていた、今年のクリスマスイヴクラス会の先輩の写真ですよ」
「はぐぁぁぁぁぁぁ⁉︎」
死んだ。
写真を渡しやがった九十九への仄かな怒りを抱えながら、卜部は死んだ。
「…………性格の悪さで浅野と勝負になるはずがないだろうに」
良くも悪くも素直な卜部では、こうして容易く弄り返される。
椚ヶ丘生徒会でも頻繁に見た光景に、堀北学は口角をあげた。
「学秀くん。性格が悪いです」
「君たちにだけは言われたくないな」
「それに関しては同意見だな」
一切何も知らされていなかった堀北学、浅野学秀、潮田渚は盛大に気絶して、仲良く保健室で起きた。
笑いを堪えている星之宮に殺意を抱いたことは否定できまい。
「…………お久しぶりです。浅野先生」
「えぇ。強くなりましたね。学くん」
そう。浅野學峯から見ても、堀北学は、確かに強くなった。
椚ヶ丘に残っていたなら、これほどに強くはならなかっただろう。
「…………ありがとう、ございます」
浅野學峯が、これほど率直に、褒め言葉を口にするとは。
堀北学は少しだけ違和感を覚え、だが、きっと、これこそが本来の彼なのだろうと、理解した。
「椚ヶ丘で、この高育で、最も強くあり続けて、君は何を学びましたか。学くん」
堀北学は、常に最強だった。
常に最強であり、常に、正しくあり続けようとしていた。
それは、目の前の男を、恩師をいつか救う為。超える為。
支配することを親孝行と定めた浅野学秀とは似て非なる道を、超えることをこそ、恩返しと定めたからこそ。
─────その果てに間違い、地獄を生み出し、そうして、今。
「多くを、学んできました。
数多の勝利を積み重ねて、数多の成功を積み重ねて、手酷い敗北と、大きな失敗を、犯しました。
後輩達からも、また、多くのことを学びました」
あの日のバレーボールで、他クラスが手を取り合う強さを見た。
それは、堀北学の知らないものだった。
体育祭で多くの生徒に背中を押されて、祝福された。
自身もまた、幸せに生きたいと、思い始めていた。
あの日の桐山に、自分にはない強さを見た。
そして、桐山の言葉に救われている己がいた。
折れずに向かい続けてくる綾小路に、過去の己を見た。
自身のルーツを、捉え直した。
「俺は、俺も、ずっと、あなたに。
浅野先生に、囚われていました。
あなたを超えること、あなたを救うこと、それを全てだと定めて、人生の目標として、進み続けて。
あなたはすでに、他の人たちに救われていて。
それを知って、少しだけ、虚しくなりました」
堀北学の知らないところで。
堀北学の知らない誰かが。
堀北学のやりたかったことを、やってのけた。
「……………ですが、空っぽには、なりませんでした。
Aクラスのみんながいた。飛騨が、金織が、元が。…………占藤が、茜が。
ライバル達が、いた。金石が、白銀が、風間が。
それに気付いた時、俺は、こうすれば良かったんだって、今更ながらに、気付きました」
強さを求める必要はなかった。
救おうと、足掻く必要もなかった。
ただ、隣で歩いていれば、それだけで、きっと。
「………俺は、正しくあろうとして、間違え続けて。
でも、俺の整えた地盤の上で、後輩達が、新しい学校を建てている。
だから、俺は、きっと、間違えてなかった。
あなたを救いたいと思って、強さを求め続けた果てに、答えを見つけられたから。きっと、何かを残せたから」
少しづつ少しづつ、色々なものを、変えるための、下準備を重ねて。
そうして、今、後輩達が、その上に、新しいものを作っている。
だから、言える。
大きな失敗をして、二年生を地獄に落としてしまって。
堀北学の目標は、知らない誰かが勝手に果たして。
入学した時に定めていた目標は、何一つ、達成できなかったけれど。
「俺はこの学校で、大切なものを学びました。
後輩達が、妹が、………『殺せんせーの教え子』たちが、教えてくれました。
寄り添う強さを、………その、人を愛する、強さも」
そう。
堀北学は、きっと。
多くのことを残せたのだ。
「…………あの日、君が、君と卜部くんが、私の過去を知ってなお、E組を否定してくれたこと。
私は、それが嬉しかった。
君たちは、合理よりも、感情を選んでくれたから」
それでも二人は、この学校の実力主義に従い。
感情ではなく合理によって動き。
そうして、地獄を生み出した。
「まぁ、いつかそういう失敗はするだろうなとは、思っていましたが」
さらりとそんなことを言って、堀北学と卜部藤乃はちょっと気まずくなった。
だからこそ、卜部にとって、南雲がDクラスに移動したのは、あらゆる意味で利点しかない。
「…………その、南雲くんのこと、お願いします」
彼の実力は、確かに二年生でも最上位クラス。
だからこそ、彼を導けるような教師は、卜部の知る限り、この男しかいない。
「えぇ。彼は、私の生徒ですからね。────君を正面から叩き潰せるように、しっかり鍛えてあげますよ」
「────なら、私は、それを正面から叩き潰し返すだけです」
浅野學峯の、穏やかで不穏で恐ろしい笑みを、真正面から受け止めて。
卜部藤乃は、不敵で強気で楽しげな笑みを浮かべた。
現二年生最強のクラスのリーダーと。
現二年生最弱のクラスの担任は。
お互いに、宣戦布告を、した。
((先輩たち、頑張ってください))
テーブルゲーム部のCクラスの先輩達。
生徒会の、Bクラスの先輩を、思い起こしながら。
浅野と坂柳の内心は、完全に一致していた。
「そういえば、学秀に先の写真を渡した
浅野学秀は、息子は、人を名前呼びすることなど殆どない。
自身の知る限りでは、堀北学と、坂柳有栖ぐらいだ。
なので、あの学秀が名前呼びする、
「……………どうせ、名簿に目を通して、もう全校生徒の顔と名前は覚えているだろう。
父さんに話すようなことじゃない」
「……………?浅野、お前は、神室と
「余計なことは話さないでください」
卜部と坂柳は、気まずそうに目を合わせていた。
「神室真澄さん。確か、一年Aクラスの生徒、だったな。
………………学秀。二股は、良くない」
「はぁ、違う。そんなんじゃない」
本当に違う。
二股ではない。
本当に。
「よもや浅野、お前も綾小路と同じように……?」
「勘弁してください」
まぁ、純愛二股路線に進むなら、それはそれで。
しかし浅野は、心の底から、拒否していた。
教師と教え子は、とても楽しそうに揶揄い出す。
「ふむ。少し、話してみましょうか。その二人と」
「やめてくれ。本当にやめてくれ」
「しかしだな、学秀の初彼女になるかもしれないのだろう?」
「息子の恋路に口を挟まないでくれ本当に」
「浅野家の男は代々、初彼女とそのまま結婚まで行く家系なんだぞ?」
「堀北家は男女問わずそんな感じですね」
「余計な情報を僕の脳みそに入れないでくれ」
さらっと堀北学の口にした『堀北家は男女問わず初恋人と結婚まで行く』という情報に、女子二人は割とダメージを受けた。
いやまぁ、諦めてはいるのだが。いるのだが。
「しかし、あの学くんが恋人を作るとは。昔はそんなもの要らないとまで言っていたのに」
「………………その、しょうがないでしょう。好きになったんですから」
「………………ぐはっ」
「藤乃先輩!しっかりしてください!」
唐突に放り込まれた好きな人の惚気に、卜部藤乃は死にかけた。
いとあわれ。
「それで言うと、有栖くんは、綾小路くんとどうなったのでしょう。あまり、仲が悪いというわけではなさそうでしたが」
「…………………その、フラれました」
「…………………すまない」
「いえ」
浅野はそこからターゲットを綾小路に移すことにした。
「綾小路と言えば、今あいつ二股してるの父さんは知ってるか?」
「…………二股?綾小路くんが?」
浅野学秀の丁寧な説明を聞いて、浅野學峯は、引き攣った笑みを浮かべた。
「…………か、彼が、そういう選択をするとは………。
…………妹を大事にしている君が、よくこれを受け入れましたね。学くん」
「…………少なくとも恋愛に関して俺は何も言えないので」
クラスの誰も気付かないぐらい上手く隠していたとはいえ、一年の頃から好意を抱いていた占藤に一切気付かず、茜に卒業までは考えられないと言って、実質的に茜からの告白を事前に断り。
…………今思い返すと、本当に、会長秘書として支え続けてくれた茜に頭が上がらないし、一切気付かずにたまに恋愛相談までしていた占藤には、申し訳なさすぎる。
※なお本人は気付いていないが中学時代から手伝い続けている卜部もいる。
「鈍感すぎますよ学先輩」
「茜に関しては俺が悪いが、占藤に関しては彼女が隠すのが上手かったのもあるだろう。
クラスの誰も気付いていなかったんだぞ?まぁ、金織はなんとなく察していたようだが」
「………なんというか、思ったよりも学くんは恋愛関係ポンコツのようですね」
「ポ、ポンコツ……」
実際今この場にいる好意を抱いている後輩に一切気付いていないぐらいである。
その後輩は、一旦話を変えることにした。
「そ、そういえば、雪村さんとよくお話しするんです。お姉さん、雪村先生のことで」
「そうですか。その様子ですと、君はそのことも受け入れているのですね」
「まぁ、寂しいですけどね」
出来ることならもう一度、彼女の胸に抱きしめられたかった。
あの優しさと暖かさを、もう一度だけでいいから。
坂柳有栖は、停職中の父の話に移った。
「後、その、父様は、今、その」
「停職、並びに謹慎期間中だからね、この前電話したが、元気でしたよ」
「そう、ですか。なら、良かったです」
「しかしまぁ、成守が横領に中抜きにパワハラセクハラですか。実に不愉快ですね」
「ですよね‼︎父様にここまで不名誉な罪を着せるなんて本当に腹立たしいです‼︎」
ここに入学するまでの坂柳有栖なら。親友と友達達と先輩が出来る前の坂柳有栖なら、ここまで怒ることはなかっただろうが。
この学校でたくさんの出会いがあったから。
その出会いは、この学校を作った父のおかげだったから。
坂柳有栖の元々かなり高めだった父への好感度は鰻登りの天井知らずである。
「父様が横領⁉︎中抜き⁉︎あの父様が⁉︎ふざけているのでしょうか綾小路篤臣は‼︎あの質素で清貧な父様がそんなくだらないことするわけないじゃないですか‼︎
パワハラもそうですよ‼︎父様がどれだけ先生方に慕われているのか知らないのでしょうか⁉︎誕生日にわざわざパーティーを開いてくださるぐらいですからね⁉︎
何より、何より‼︎何ですかセクハラって‼︎父様は母様一筋なんですよ‼︎純愛なんですよ‼︎母様が亡くなられてからもずっと想い続けているんですよ‼︎それがセクハラ⁉︎父様は変態中年親父なんかじゃないんですよ‼︎
総じて雑すぎて父様を知っている人には濡れ衣だと簡単に分かりますよ‼︎
綾小路篤臣は変態中年親父だから違和感なんて覚えなかったんでしょうけどね‼︎
ふざけないでくださいあの黒幕気取りのポンコツ政治家が‼︎
月城代理の方がよっぽど物分かりの良い人でしたよ‼︎おじさんとか言ったの申し訳ないなって思うぐらいに‼︎」
「お、落ち着きなさい有栖。ほ、ほら、私の分のデザートあげるから」
甘いものである程度の機嫌は取れる。
卜部藤乃は、それを学習している。
「えぇ。有栖くんの言う通りです。成守にここまで不名誉な罪を着せるなど、許し難いですね」
「まぁ、成守さんがそんなことするはずないですからね。綾小路篤臣がここまでやるとは思いませんでしたが」
「思えば、鈴音は実際に綾小路議員を見たことがあるんだったな。だから、こういった行動に出るだろうことは予測していたのか」
……………その、今更だが。
「……………卜部は、その、綾小路議員のことは、どこまで知っているんだ?」
「あぁ。綾小路に南雲くんと一緒に色々と教えられました。南雲くんもまた、ホワイトルームの被害者の一人ですから」
生徒会でしばらく活動を続ける中で、多分この人何も言わなくても自身の秘密に辿り着くだろうな、と綾小路清隆は予想したので、南雲雅と共に、ホワイトルームと綾小路篤臣について、細かく教えた。
翡翠恵、ひいては金石博たちの身に起きたことを知った南雲は。
『俺も相当ヤバいことしたとか思ってたんだがな。流石にレベルが違うわ。親父がここまでおかしいと大変だな。綾小路も』
と、綾小路に心から同情し。
卜部は。
『絶対効率悪いでしょ、これ。あなたが強いから堪えられていただけで、あなた一人生み出すのにどれだけ失敗してるのよ。浅野先生の指導の方が間違いなく身になるわよ』
と、ホワイトルームの問題点を的確についていた。
「正直、綾小路は多分、浅野先生の弟子にでもなっていた方が、今より強いかもしれませんよ。
ホワイトルームで教えられることよりも、浅野先生が教えられることの方が有意義でしょうし」
卜部の言うように、綾小路清隆が浅野學峯の教え子の場合、二代目浅野學峯爆誕になるだろう。
今の綾小路にあるような優しさなど微塵もない、合理と理性のみを信奉する、冷徹な支配者、綾小路清隆が。
今のような、普通の高校生にはならないだろう。
「それに関しては、ホワイトルームというより『殺せんせー』の功績でしょうね。あの部屋が綾小路くんに与えたものと言えば、化物じみた万能性と、感情を、罪悪感を抱かずに人を陥れられる精神性ぐらいです。
前者はともかく後者は普通に要らないですがね」
坂柳有栖の言葉に、全員の見解は一致した。
それはそう。
支払いの時、浅野學峯と堀北学の間で火花が散った。
「この学校では俺の方が先達なので俺が払います」
「見栄を張るのはやめておきなさい学くん。こういう時は大人が出すものです」
「いえいえ俺が」
「いえいえ私が」
「俺が出します」
「私が出します」
自分たちは何を見せられているのだろう。
浅野と坂柳と卜部は、同じことを考えていた。
最終的に、浅野學峯の粘り勝ちである。いや、粘り負け?
堀北学は悔しそうだった。これって勝ち負けに入るのか?
その日の夜、堀北学は、自室で、久しぶりに妹に電話した。
『あら、珍しいわね。兄さんが電話なんて』
「まぁ、な」
三ヶ月近く早く、浅野先生と会えた。
会うのは、卒業してからだと、思っていたのだがな。
だから、礼を言いたかった。
「…………ありがとう。鈴音。鈴音のお陰で、浅野先生に会えた」
『ふふふふふ。えぇ、兄さんにお礼を言われるなんて、何年振りかしら』
二人の間に、確かに距離ができて。
でも、堀北学は、導けなくて。
今こうして、この兄妹がここまで穏やかに会話できているのは、間違いなく、『殺せんせー』と『三年E組』のおかげだった。
だから、墓参りも兼ねて、卒業したら、あの旧校舎へ。
「…………それにしても、よく考えついたな。あの人を呼ぶなんて」
『良いかしら、兄さん。借りれる時は、大人の手も存分に借りるべきなのよ』
「ふっ、なるほどな。あの教室での経験か」
『えぇ。似たようなことはしたことがあるもの』
まぁ、本職の殺し屋に依頼して協力して貰ったなんて、口が裂けても言えないのだが。
「……………その、似たようなことというのは………。いやなんでもない」
『……………賢明な判断よ』
堀北学。本能的に嫌な予感を察知した。実に賢明な判断である。
「…………、かなり、その、良くないことを学んでしまった、のか?」
『……………そうとも言えるわね』
社会常識、倫理的に良くはない。
なので、彼らとの繋がりは基本的に切ってはいる。
「……………まぁ、それもまた、鈴音の実力だしな。うん」
『えぇ。そういうことにしておいて──』
と、そこで堀北鈴音の背後から、聞き覚えのある男女の会話が聞こえてしまった。
『ちょっ、今日はダメ!まだ禁欲期間一日目でしょ⁉︎少しは我慢しなさい‼︎
今日は添い寝だけだから!あっ、ちょ、やめ、ひゃっ、み、耳ぃ、舐め、ないでぇ』
『……………桔梗が、魅力的なのが悪い』
『そ、そういうことばかりぃ、………。キ、キス、まで、なら……』
『こら桔梗さん。少しはちゃんと止めなさい。それを許したら最後までズルズルいっちゃうわよ。清隆くんも、添い寝で我慢しなさい』
添い寝は、その、禁欲期間にやったら逆にキツイだろう?そこまで分かっててやってそうだが。
というか綾小路のやつ、恋人にはそんな露骨な口説き文句とかいうんだな。意外だ。
『しかし、だな』
『しかしもかかしもないわよ。流石に爛れすぎだもの。合宿期間もあるのよ?二月中どうするつもりかしら』
『……………その、うまいことバレないように』
『嬉しいけれどダーメ。待て、よ。良いわね。待て』
ダーメ。ってなんだ鈴音。その言い方可愛いな鈴音。通話で繋がっていること忘れているよな鈴音。お兄ちゃんびっくりしてるぞ鈴音。爛れすぎってどんだけそういうことしてたんだ鈴音。妹のそういう話聞かされるのかなりキツイぞ鈴音。通話していること忘れないでくれ鈴音。
『……………うぅ』
『……………ねぇ、清隆。…………たーっぷり我慢して、一気に解放って、とっても気持ちいいよ。絶対』
『……………その、オレの性欲でそれをやると、その』
『はっはっはっ。壊しちゃうかもって?大丈夫だよ。私らとっくのとうに壊されてるから』
『えぇ。人生を捧げる覚悟なんて、もう出来てるわよ』
『あぁ、オレも、人生を賭ける覚悟は、もう出来てる』
『─────なら、一週間程度の禁欲期間でも、問題ないわよね?添い寝はしてあげるもの』
『……………あ、あぁ。問題、ない』
『ふふふっ、良い子ね。清隆くん』
『うんうん。たくさん褒めてあげるよ。良い子良い子』
鍛え上げた理性の出番だぞ綾小路清隆。
添い寝なんてしていたらゴリゴリ削れていくがなんとか堪えるんだ。抱きつきながら撫で撫でしてくるがなんとか堪えるんだ。大丈夫。一週間の辛抱だぞ。
そんな現実逃避をしなければ、恋人同士のゲロ甘すぎる会話に、妹と後輩達のそういう会話に、脳みそが焼け焦げるところだった。
堀北学は、致命傷を負っていた。
「……………鈴音。その、程々に、な」
『……………えぇ。そうね。その、ごめんなさい。えっと、おやすみ』
「……………あぁ、おやすみ」
絶対ついさっきまで通話していることを忘れていただろう。
絶対綾小路をよしよしすることに夢中になっていただろう。
というか絶対綾小路の理性をゴリゴリ削ることを楽しんでいるだろう二人とも。禁欲期間という名の精神的な前戯だろうこんなもの。『待て』ってなんだ『待て』って。そうして『良し』して激しめのなんとかにしたいのだろう。
いつの間にか、何故だか端末の画面にヒビが走っていた。
どうやら強く握りすぎてしまったらしい。
「…………、進みすぎだろう」
────だが、堀北学は倒れたりはしなかった。
────妹がそこまでイチャイチャしているのなら、自分もイチャイチャして良いよな、となった。
なので、恋人に、すぐさま電話した。
『こ、こんばんは。学くん。その、浅野先生達とのお食事会、楽しめましたか?』
「あぁ。とても楽しかったのだが、どうしてもデザートが足らなくてな。
────甘いものが食べたい気分なんだ。部屋に来てくれないか」
『?分かりました!学くんの大好きな手作りプリン、持っていきますね!』
茜の手作りプリンは本当に甘くて美味しいし大好きなのだが、堀北学はそれよりも甘いものが食べたい気分なので。
プリンに加えて、もう一品、頂こう。
その日の夜。堀北学は自分だけの絶品スイーツを心ゆくまで堪能した。
絶品スイーツの方は『あ、甘いものってこれか』、と納得したし、予想外に情熱的だったのでびっくりしたが、なんだかんだで嬉しかった。
なお次の日、堀北学だけの絶品スイーツの親友の女子生徒はまた脳破壊されていた。
二人が仲睦まじく登校してきたので。その上で、同じシャンプーの香りがしていたので。色々気付いてしまったのだろう。一番速い生徒と一番綺麗な生徒も察していたし、その女子生徒を心から憐れんだ。
本当に可哀想に。