真嶋、茶柱、坂上、星之宮は、目の前の男が何を言っているのか、分からなかった。
「もう一度、よろしいですか。月城代理」
「では改めて。今年の一年生は、今の所一名も退学者が出ていないので、特別試験を実施します。
真嶋は、怒りすら滲ませて、静かに声を上げた。
「────そのような試験を実施すれば、我々がどうするか、分かっているでしょう?」
つまり、学校は、完全に崩壊するぞ、という、脅迫だが。
「えぇ。どうぞご勝手に。学校がどうなろうと、私の知ったことではないので」
月城代理は、自身の内心を隠しながら、一年生の担任を挑発した。
坂上は、理不尽に怒り。
星之宮は、あまりの身勝手に怒りながらも、諦めかけて。
茶柱は、違和感を覚えた。
月城代理と浅野學峯の対面を間近で見た一人として、今回の月城の性急に過ぎる動きは、あの日の月城らしくない。
こんな、文字通り学校中を敵に回すような、非効率的で、乱暴な手など。
その背後に何があったのか、茶柱佐枝は思考し、そして、理解した。
「……………大変ですね。月城代理」
他三人は、何を言っている、という視線で茶柱佐枝を見て。
月城代理は人の良い笑顔のまま。
「分かってくれたのなら、出来る限り手心を加えてほしいですね」
そう、命乞いをした、が。
茶柱佐枝としては、それはそれ、これはこれである。
「それは出来かねますね。まぁ、運が無かったと諦めてください」
では早速、浅野學峯に、指示を仰ぐとしよう。
茶柱佐枝は、さっさと理事長室を出て行った。
その他の一年生の担任達も、彼女に続いて、理事長室を退出して。
「まぁ、冥土の土産に見せてもらいますよ。国を転がした大魔王の手腕を、ね」
これくらいは、楽しんでも良いだろう。
恐らく、今月末には、自身はこの椅子から引き摺り下ろされるので。
「…………楽な仕事だと、思っていたんですがねぇ」
大人は本当に、大変である。
一年Bクラスのホームルームでは、些か不穏な空気が漂っていた。
試験の内容はもちろんのことだが、それ以上に、一番後ろの窓際の席の生徒が、見たこともないくらい良い笑顔を浮かべているからでもある。
「あー、その、理事長代理の指示で、『クラス内投票』特別試験が行われることになった。
まぁ、その、『最も実力のない生徒』と、『最も実力のある生徒』を決めて、『最も実力のない生徒』を退学させる、と言う試験だが。
今、教員連合で対策に動いている。試験は必ず撤回させると約束しよう。だから、真面目に取り組む必要はない。
安心してくれ」
それだけ言って、茶柱先生は、逃げた。
逃げるなと言いたい。鈴音をどうにかするの手伝ってくれ、と言いたい。言いたいが。
恋人として、オレがどうにかしないとダメだよなこれ。
頼む桔梗、手伝ってくれ。
桔梗も、凄い良い笑顔を浮かべていらっしゃった。
あぁ、桔梗さんも怒ってらっしゃるのですね。
オレも怒ってはいるのだが。
「そのー、鈴音?鈴音さん?」
「何かしら」
「その、ですね。取り敢えず生徒会としても、いろいろ動きましょう?」
「ええそうね。早速そうしましょう。あのおじさんが退学させようって言うなら、逆に退職してもらいましょう」
「お、おう」
殺意が強いな。
「うんうん。約束破るのは最低だもんね!
「そ、そうですね」
ここまで殺意抱かれるなんて、可哀想ですらある。
だって、多分、アイツにせっつかれたんだろうなぁ。
月城代理、単独でこんなことしたらどうなるか分かりきってるだろうに。
「え、えっと、どうにか、出来るの?」
平田は、その、少しだけ諦めていたようだが。
まぁ、その、本気の暗殺を、見せるときだな。
「───安心しろ、平田。大人を
向こうが投票で退学にさせようとしてくるなら。
こちらも、同じことをするだけだ。
「さて、始めましょう」
まずは、生徒会長が、動き出した。
「取り敢えずみんなにはこれ書いてもらうね」
桔梗が取り出したそれ。白紙の名簿だが。
まずは、オレたち三人の名前を書いて、それから、クラスのみんなにも、名前を書いてもらう。
そうして、名簿の名前を読んだ啓誠は、疑問を抱いた。
「…………『理事長代理の退任を求める署名』、か。
だが、署名だけでどうにかなるのか?」
「まぁ、たかだかひとクラス程度の署名では、どうにもならないだろうな」
そう。ひとクラス程度では、な。
「………まさかこれ、全クラスでやるつもりなの?」
信じられない、と言う顔で、平田はそう言った。
だが、その程度で終わらせるつもりなど、毛頭ないからな。
「
「…………………えっ」
「全学年全クラス全生徒から署名を集めるわ。下準備は万全よ」
そう、生徒会選挙の段階で、こういった事態が起きた時のために、既に三年Bクラス、Dクラス、二年Dクラスの署名は集めている。
教員連合に浅野理事長を加えることだけが、鈴音の打った対策じゃない。
さて、オレたちも、仕事に移るとしよう。
「三年AクラスとCクラスは、オレが話をつける」
「二年生の方は、私と一之瀬さんとあかりちゃんと朝比奈先輩で話しつけとくね」
「私の方で、署名の確認をしておくわ。幸村くん、平田くん、生徒名簿と照らし合わせるの、手伝って頂戴」
生徒の方はこれでいいだろう。
教員の方は浅野理事長が纏めるだろうが。
「多分もっと酷いことするだろうな」
「でしょうね」
月城代理がどんな死に方をするのか、不謹慎だけど楽しみなところがある。
さて、再びの三年Aクラスの教室だ。
以前はその、あれだったのだが。
今回は、多分大丈夫だろう。多分。
「失礼します」
「やぁ綾小路。待ってたよ。ほら、署名はもう終わっているよ」
「話が早いですね。神田先輩」
チラリとクラスを見てみると、堀北先輩がいない。
あぁ、多分浅野理事長が連れて行ったんだろうな。
「………一応確認ですが、堀北先輩は、浅野理事長が連れて行った形ですか?」
「あぁ。君の言う通り。学は浅野先生に連れて行かれてね。本人も楽しそうだったよ」
「………月城代理、本当に可哀想ですね」
「まぁ学校全体に喧嘩売ったから、仕方ないよね」
本人絶対売りたくなかったんだろうな。
八神や天沢と真正面からのオレたちに勝ちたかっただろうに。
「………随分と、月城代理に同情的なのね。あなたなら、もっと怒っているものだと思っていたのだけれど」
「………まぁ、そう、ですね」
下手なこと言ったら絶対全部見抜いてくる。占藤先輩怖い。
「………もしかして、
「さぁ、それはどうでしょうね」
「ふぅん。その原因、まぁ、恐らくは理事長代理に指示を出している誰か。その人物は、あなたかその周囲の人間に、
「まさか。そこまでの権力を持つ人間なんて知りませんよ」
「あたりのようね。その人間は十中八九政府関係者。そういえばいたわね。綾小路の姓を持つ議員。確か名前は、綾小路篤臣」
「まぁ、綾小路なんて、割とありそうな苗字ですし」
「お父さんに学校から追い出されそうになっている。けれどこの学校の校則から考えると、生徒が拒否しているなら退学は基本的に下せない。保護者よりも生徒の意向を重視する学校だもの。つまりあなたは、お父さんからの干渉から逃れたくて、この学校に来たということかしら」
「親元を離れたい生徒なんていくらでもいるでしょう?親の過干渉が気に入らなかった。ただそれだけの話ですよ」
「なら、どうしてそれを隠そうとしているの?」
「恥ずかしいだけですよ」
「ふぅん。まぁ、そういうことにしておいてあげるわ。これ以上踏み込むのは私の身の安全に関わってきそうだもの」
「…………懸命な判断です」
やっぱちょっと怖いこの人。
卜部先輩は所々素直だから、ここまで詰めてこなかったけど。
…………これ、教えた方がいいのか?
いやまぁ、これ以上は危なさそうで止まれる人だし、教えない方が良いかも。
「────一つだけ、確認。
学くんは、
「…………まぁ、その、はい」
「そう。なら撤回するわ。全部を教えて頂戴」
…………堀北先輩マジかぁ。
…………卜部先輩だけじゃなかったのかぁ。
道理で最近鈴音がちょっと引いてるわけだ。
「…………メメちゃん。あまり、関わらない方が良いよ」
「────茜ちゃんも知っているなら、尚更、私も知るべきよ」
……………そうなるよな。
えぇっと、これ、オレ怒られないかな。
「えっと、その、ですね」
「安心したまえ。もし学が私たちを巻き込んだことで、君に怒ったりしたら、私たちが逆に怒るからね」
「そうですね。自分と茜だけそれに関わろうとしているなんて、実に腹立たしいです。恐らくは、金石も関わっているのでは?」
「あぁ。道理で。たまに二人でコソコソ会ってるわけね」
堀北先輩、その、本当に、ごめんなさい。謝るので骨を折るのだけはやめてください。
「えっと、ですね。聞いたら、その、かなり危ないので、関わりたくない人は、教室から出てください」
誰も、教室から出なかった。
………愛されてるんだな。堀北先輩。
「───聞かせるべきじゃない。綾小路」
「………金石先輩」
隣の教室だからだろう。
金石先輩が、割り込んできた。
先輩は、チラリとオレの顔を見て、首を振る。
「これ以上巻き込むべきじゃない。君たちも、知るべきじゃない」
「───口を出さないで。金石くん」
占藤先輩は、強い意志で、見据えた。
「………君たちにも家族がいるだろう。家族のことを思うなら、これ以上関わらない方が、良い」
「そう。なら、卒業したら、家族との縁を切るわ」
………マジっすか。
「それなら、文句はないでしょう?」
「………はぁ。覚悟、決まりすぎじゃないかい?」
「先輩も似たようなものだった気がしますけど」
「うるさい」
「あー、占藤には申し訳ないが、流石にそこまでやばいなら、俺は無理だぜ?」
藤巻先輩は、やっぱり普通に常識的なんだな。まぁ、そこまで覚悟を決めている生徒の方がまだ少ないに決まっているが。
少ない、よな。
「構わないわ。流石にそこまで覚悟を決められない、という生徒は、ここに残って頂戴。
部室の方で、話をしましょう」
テーブルゲーム部の、部室。
初めて来たが、本当にボードゲームが山ほどあるんだな。あ、これE組でもやったことあるやつ。トタンだっけか?
着いてきたのは、二十六人。
…………半数以上、か。
さて、では、改めて。
「………始まりは、大体、二十五年前。
オレの父、綾小路篤臣が、ある施設を作ったところからです。
その施設は、乳幼児の段階から徹底的な教育を施し、『人工の天才』を作り出すことを目的とした施設」
「………乳幼児から?綾小路篤臣は正気なのかい?」
神田先輩は、答えの分かりきった問いを投げてきた。
「………正気なわけないでしょう」
「───あぁそうだ。ヤツは正気じゃない」
正気でこんなこと、出来るわけがない。
「………確認ですが、その施設は、
「金織先輩の仰るように、その施設は、親兄弟姉妹でさえ、接触することができません。外に出ることも許されません」
「虐待以外の何物でもありませんね。…………或いは、人体実験。これを、曲がりなりにも選挙で選ばれた議員が?」
非人道的で、完全に倫理観の欠如した、地獄のような、何か。
「その部屋は、何もかもが真っ白でした。
床も天井も机も椅子も壁も何もかも。
だから、こう呼ばれています。『
「…………はっ、反吐が出るほど合理的だね。色彩を完全に無くした環境で、子供たちが自然に受け取る情報を限りなく0にする、というわけかい?
そうして、知識と技術のみを、無駄なく受け取れるようにしたつもりかい?
合理的過ぎて無駄ですらあるよ」
………確かに。ホワイトルームが全て白いのは、そういう理由もあるだろう。
「………成程。道理で君は、浅野くんすら上回る万能性なのね」
「えぇ。そうなります」
殺せんせーのお陰でもあるが、大部分はホワイトルームのお陰でもあるだろう。
「よく歪まなかったわね。尊敬するわ」
飛騨先輩は、率直に、そう感想を漏らした。
「………いえ、中学で恩師に出会えていなかったら、もっと歪んでましたよ」
「───去年の、超生物のことかしら」
「………えぇ」
そう。きっと、殺せんせーに、出会えなかったら。
オレは、どうなっていたのだろう。まぁ、きっと、ろくでもなかったんだろう。
「成程。ホワイトルーム生に加えて、去年の暗殺教室の生徒でもあったのか。それなら、学から一本取れるのも納得だ」
「まぁ、一方的にボコられましたけどね」
なんなんだろうあの人は。
幾ら何でも限度があると思う。
浅野理事長の教えだけであそこまで育つか?
本人の才能も相当だろう。
「………ま、才能だけなら、君は学を超えてるとは思うけどね」
「………は、はい?」
金石先輩は何を言っているのだろう。
堀北先輩よりも才能がある?オレが?
「入学初期の学が、今の学とやりあったら、君よりも酷いズタボロ具合だったろうし、そもそも一本取ることも出来なかっただろう。何より、高校一年生よりも三年生の方が、体が出来上がっているに決まっている。成長期もあるしね」
そう、なのか。
「僕の見立てでは、後二年、君が三年生になる頃には、今の学よりも強くなっているよ」
「まぁ、大体同意見だだ。今の段階で既に、君と一体一で明確に有利なのは、学くらいだからね」
「体格差もあるし、性差もあるもの。体力勝負じゃ絶対に勝てないでしょうけれど、頭脳戦なら藤乃に分があるとは思うけれど。有栖さんだって負けてないわよ」
「後輩自慢かい?」
「何?悪い?」
「体力勝負なら、桃井の方が強いかも知れないわよ」
「桃井パイセン、身体能力だけなら堀北先輩よりも上かもしれませんからね」
「あら、随分と緋音のこと、高評価なのね」
「えぇ。パイセンは、なんというか、親近感を抱くので」
そう。綾小路清隆にとって、すべての人が、道具であったように。
桃井緋音にとって、すべての人は、
だからこそ綾小路清隆は、桃井緋音を、パイセンと呼び、親近感を抱いているのだ。
────自分に、薄らと似ていたから。
二年生の方では。
「手を貸してくれてありがとうございます!桃井先輩!」
「うむ!後輩に手を貸すのも先輩の務めじゃ‼︎」
一之瀬は、桃井緋音に心からお礼を言った。
桃井緋音は、間違いなく二年生で知名度トップ。
男性人気でなら、朝比奈なずなのほうが上だが、学年全体で見た時の人気は、朝比奈なずなすら上回る。
だからこそ、この二人に加えて、一年生女子トップスリーの信頼度と人気も上乗せすれば、元々協力的な二年生から署名を集め切るのも容易い。
「よし!頑張ってくれ!一之瀬殿!妾は応援しておるぞ‼︎」
「はい!ありがとうございます!」
去っていく一之瀬を見送って。
桃井は、そっと、溜息を吐いた。
一方その頃、職員室では。
「…………サエちゃんはさ、月城代理のこと、知ってるの?」
「殆ど知らん。会話も交わしたことがない」
「えっ、じゃあなんであんなこと言ったの?」
「月城代理は、楽しみにしていたからな」
「…………?」
本人も、恐らく自覚はしていないのだろうが。
八神と天沢の名を、堀北が出した時。
常に浮かべている微笑みとは、全く違う微笑みを浮かべていた。
あの顔には、覚えがある。
────手塩にかけて育ててきた生徒が認められて、嬉しくなった教師の笑みだ。
「…………本音の言えない、大人か」
それだけ二人を鍛えるのが楽しかったのか。
或いは───。
それだけ、綾小路篤臣が、どうでも良いのか。
自身の職務よりも、教え子の方を優先したいぐらいに。
「…………ただの教師として赴任出来たなら、どれだけ良かったのだろうな」
全員にとって、そっちの方が幸せだっただろうに。
「いやー、でも、ちょっと気になっちゃうよね。あの浅野學峯と、堀北学くんと、卜部藤乃さんと、
一体今何してるのかな?月城代理どうなっちゃうのかな?わくわく!わくわく!」
「…………楽しみ方に品が無いぞ。チエ」
まぁ、自身も気になっているが。
坂柳理事長が、自身よりも圧倒的に優れていると、そう認めている男の手腕。
実際に、間近で見る機会なんて、そうそう無いだろう。
「…………案外代理も、楽しみにしているのかもな」
元々国政に関わっていた人間だ。
浅野學峯の凄まじさなど、幾らでも聞いてきただろう。
それを、間近で見れるのだ。
…………案外、役得かもしれんな。
そうして、翌日。
「…………さて、私は、どのように死ぬのでしょうか。浅野先生」
「────えぇ、盛大に、処刑してあげますよ。月城代理」
次の代理が、震え上がるぐらい、残酷に。
月城常成は、楽しそうに、死を覚悟していた。
集まらなかった十四名も、危なくないところまでは全然手を貸します。