この二人は、天才代表です。
狐判稔の作戦。
それは、基本的には、酷く単純なもので。
即ち。
基本的には、それだけの作戦である。
ナイフを強く握りしめた桃井緋音は、酷く凄絶な笑みを浮かべて、真正面から突撃する。
烏間惟臣は目を見開いた。何せ、その初速は
まず間違いなくその身体能力は。
学校最強である。
「ふふふふふふっ、あっはははははは‼︎」
「ふっ」
思わず笑みを溢した烏間は、突き出されたナイフを捌くのではなく防いだ。
防がれたその一瞬後には、桃井の鋭いハイキックが首筋を狙う。
それも叩き落とし、反撃の裏拳を見舞おうとして。
「ちっ」
須知萌香は、すぐさま二人の邪魔にならないように走り抜ける。
彼女の役割は
烏間と桃井の戦闘を観察して、桃井の危機に背後から強襲、当たらなくとも、必ず立て直す隙を作る役割だ。
これは、高い情報処理能力と状況判断能力、高い身体能力を併せ持つ須知萌香しかこなせない役割。
二年Cクラスにおいて、同じことができる生徒はいない。
「ふはははははっ!」
「はっ!」
高い練度の体術で、桃井緋音は攻め立てる。
ローキック、ミドルキック、ハイキックの三連撃からの、左足を軸にしながらの高速の後ろ回し蹴り。
その全てを完璧に防ぎ切り、反撃の鳩尾狙いの右エルボーを、桃井緋音は左手で抑える。
烏間惟臣は、左のフックで桃井の頬を打ち抜こうとして、桃井緋音はスウェーで躱す。
スウェーで後ろに流した勢いをそのまま利用して。腹筋に力を込めて、勢いよく頭突きする。烏間もまた、真正面から迎え撃った。
額と額がぶつかり合い、発生した風圧が、地面の砂を巻き上げる。
「く、くくくくくっ、あ、あぁ、あぁ、あぁ‼︎楽しい!楽しいよぉ‼︎」
桃井緋音の狂気の嗤い声を聞いて、多くの生徒が心から驚愕する中で。
綾小路清隆は、平然としていた。
「………清隆は、知っていたのか?あの、緋音先輩を」
余りにも冷静なその様子に、組み手の相手を務めていた幸村啓誠は、おずおずと確認した。
「知らなかったが、予想はしていた。
なんというか、シンパシーのようなものを感じていたからな。
鈴音と桔梗のおかげで、なりを潜めてこそいるが、
綾小路清隆の本性は、別に変わったわけではない。
本性を抑え、感情で制御する術を身に付けただけで。
その、勝利への渇望それ自体は、決して消えてなどいない。
勝利の為なら、好奇心を満たす為なら、人を道具として扱い、壊すことも躊躇わない。
その、綾小路清隆の本性は、決して消えてなどいない。
だからこそ、堀北鈴音と櫛田桔梗は、常に誘惑して、夢中にさせている。
────勝利への渇望や好奇心を、二人への愛情、並びに性欲に上書きし続けている。
「鈴音と桔梗がやってくれていることを、桃井パイセンは、
その仮面は酷く分厚い。恐らく、
恐らく、卜部藤乃、占藤メメは気付いていた。
気付いた上で、抑え込めているから放置していた。
「オレが勝利や好奇心への渇望なら、桃井パイセンのそれは、恐らくは、
桃井パイセンは、オレが殆どの人間を道具として認識しているように、破壊対象として認識している。
オレは、その認識のまま大切にする術を教わったが。
桃井パイセンは、認識を塗り替えることで一般に溶け込んでいた」
桃井緋音にとって、ほぼ全ての人間は、
漫画の中の自身は、のじゃ口調の一人称妾で、ノー天気で考えなしの、人助け大好きな、善性に満ちた人間である。
そう、自身を定義することで、破壊衝動を抑えている。
「だからこそ、オレは桃井パイセンを尊敬している。
オレは殺せんせーやE組、浅野、そして何より鈴音と桔梗のお陰で、本性を抑えられたが。
桃井パイセンは、恐らく自力で抑えているからな」
「……………緋音先輩は、ずっと、騙していたのか。
自分すらも騙せる程の大嘘つきだから、多くの生徒から人気を集められた。
完全無欠のスターにしてヒロインにしてアイドルであれた。
その在り方は、ある意味で、かつての櫛田桔梗にそっくりでもあった。
「だから今、本気で壊そうとしても壊せないかもしれない烏間先生を前にして、その本性が顔を出した。
パイセンが頑なに陸上部に入らなかったのもそれが理由だ。
だが、今回の試験で、その二人は敵だ。
だからこそ、ここでその破壊衝動を味方につけられるようにするために。
狐判稔は枷を外した。
「く、くくくくくくくっ!」
「はっ、ははっ」
桃井緋音は戦闘狂であり。
それは烏間惟臣も同じである。
大人としての強力な理性で、上書きこそしているが。
それでも、いざその時になれば、無意識のうちに笑みを溢すだろう。
まさに、今のように。
二人の戦闘狂は笑いながら殴り合っていて。
この殴り合いに一瞬だけ割って入れる須知萌香は、相当に優秀だった。
「っっ、くっっっぅ!」
二人の威圧に慄きながらも、須知萌香はなんとか
追い込まれていた桃井緋音は、そのお陰で体勢を立て直して仕切り直した。
再び殴り合いが始まるその直前、背後から狐判稔の投げたナイフが、烏間惟臣を牽制する。
首を傾けてそれを躱し、そこで気づく。
投げ渡されたナイフを掴み取り、二刀流で先よりも激しく攻め立てる。
右切り上げ、左横薙ぎ、右突き、左逆袈裟、右振り下ろし。
1.2秒の間に繰り出されるは、六連撃。
それを完璧に捌ききり、烏間惟臣のボルテージは上がっていく。
烏間惟臣は大人であると、狐判稔は分析した。
万が一を考えて、浅野學峯が気絶させた四人を改めて確認するような、大人であると。
責任感と確かな理性を持つ、大人であると。
桃井緋音の枷を外したのもこの時のためだ。
須知萌香に
自身がナイフを投げることで、丸腰だと思わせたのもこの時のためだ。
「今だよ。
「うん!うん‼︎」
和泉なすかが桃井緋音の隙をカバーするべく、突撃する。
至極当たり前の話、この二人の殴り合いに一瞬だけでも割って入れるのは、須知萌香が優秀だからだ。
それ以外の生徒が同じようなことをすれば、当然。
割って入るタイミングを完全に間違えた
「───しまっ、」
烏間惟臣は強者だった。
並ぶものなき兵だった。
だからこそ、自身に匹敵する相手との殴り合いで、大人としての理性が少しだけ擦り減って。
だからこそ、一瞬見間違えた。
常に完璧なタイミングで、
この数回の交錯で、須知萌香の実力を評価したから。
須知萌香なら当たらないと判断して、殴り合いを継続してしまった。
そして、何より。
それに気付いて。
自衛官として、己を律し続けていたにも関わらず、丸腰の民間人を殴り飛ばしてしまったことに気付いて。
一瞬思考を停止しながらも、それでも訓練であると思い直して、桃井緋音の攻撃を捌いて。
「…………ここまで、作戦か」
「えぇ。あなたが強いことなんて、歩き方を見れば分かります」
重心のブレは殆ど皆無。
常に自然体の脱力をキープしていて。
常に戦闘に入れる状態。
四人がかりでも勝てるとは思えない。
「でもちょうど良いことに、私には緋音ちゃんがいた。あなたとも殴り合いが成立する強者がいた。
さらにちょうど良いことに、私には須知さんがいた。あなたと緋音ちゃんの殴り合いに、一瞬だけでも割って入れる優秀な生徒がいた。
そして、何よりもちょうど良いことに、私には和泉さんがいた。裏切った罪滅ぼしの為に、簡単に身を投げ出せる
駒は揃っていた。あとは、勝つ為に、最適な動かし方をするだけ。
緋音ちゃんとの殴り合いで、あなたの理性を少しずつ削った。
一瞬だけ割って入れる須知さんで、あなたの判断力を少しだけ緩めた。
私がナイフを投げることで、あなたの私への警戒を、少しだけ緩めさせた。
そうして、仕上げは和泉さん。
丸腰の和泉さんを突っ込ませることで、あなたの
動揺したあなたは、見落としていた。
だから、和泉なすかは丸腰だった。
丸腰で、二人の殴り合いに、割って入った。
そんなこと、自殺行為以外の何物でもないのに。
「私たちの勝ちですね。
じゃあ、部屋に戻ります」
部屋に戻る前に、桃井緋音に声を掛ける。
桃井緋音は恍惚とした笑みを浮かべていた。
「楽しかった?緋音ちゃん」
「うんっ、うんっ!うんっ‼︎楽しかったっ‼︎楽しかったよぉっ‼︎稔っ‼︎‼︎」
鬼ごっこを楽しみ尽くした子供のように。
桃井緋音ははしゃぎ倒して。
その頭を狐判稔は、そっと抱きしめた。
「良かった良かった。お疲れ様」
「───あ、………うむ。そうじゃな。お疲れ様じゃ。稔」
これは、二人のルーティーン。
仮面を被り直す為に、練習して、身に付けたもの。
稔は部屋に帰る前に、倒れ伏した和泉なすかを頑張って背負って。
よいしょよいしょと独り言を溢しながら、先ずは医務室に和泉なすかを運んでいく。
須知萌香は、心の底から恐れながら、狐判稔の背中を見て。
二年Cクラスの全ての生徒は、
────そう。ここまで含めて、狐判稔の計算通り。
裏切者としてクラスから孤立していた和泉なすかを、クラスの輪に戻す為に。
それが分かってしまったから、須知萌香は、心から恐れた。
自身の選択を後悔した。
そして、同時に。
(───勝てるかもしれない。
この二人なら、もしかしたら卜部さんにだって)
そう、歓喜もしていた。
そして、浅野學峯と潮田渚達の組み手では。
作戦とも言えない作戦に従って。
神崎隆二と柴田颯と星穹拓人が突撃して。
そうして生まれた、隙とも言えない隙を突いて。
潮田渚はナイフを当てた。
見ていた全員が理解できなかった。綾小路清隆も、卜部藤乃すらも。
共に戦っていた神崎も、柴田も、完全に固まっていて。
「やっぱ渚はすげー‼︎」
「あっははは。うん。ありがとう、拓人くん」
星穹拓人は、渚がどれだけおかしくても気にしない。
勉強を教えてくれたから。
話をちゃんと聞いてくれるから。
間違っていたら、声を掛けてくれるから。
だから、彼にとって、渚はいい奴なのだ。
「……………良き友に恵まれましたね。渚くん」
「えぇ。本当に、運が良かったです。浅野先生」
暗殺の才能なんて、普通は隠す。
多くの人も、普通は恐れる。
そんな当たり前のことに、潮田渚はここに入学するまで気付かなかった。
だって、彼の居た環境は当たり前とは程遠い、暗殺教室だったのだから。
あの日、佐倉愛里を救う為にストーカーを撃退して。
そうして救った佐倉愛里に、恐れを抱かれていたから。
助けたはずの幸村啓誠に、理解できないものを見る目で見られたから。
潮田渚は、少しだけ、傷付いていた。
それでも、一之瀬帆波だけは。
何も変わらずに接してくれてたから。
その上、神崎隆二だけは。
それ以上は踏み込まないでいてくれるから。
そして、星穹拓人だけは。
何も気にせずに居てくれるから。
何より、茅野カエデが。
ずっと、寄り添ってくれるから。
だから、潮田渚は。
このクラスが大好きなのだ。
「あ、神崎くん。部屋に戻りたいから、鍵貸して」
「あ、あぁ」
鍵を受け取り、多くの生徒のおかしなものを見る目、一切気にせずに。
潮田渚は堂々と校庭を後にした。
慌ててその背を追いかけた茅野カエデは、声を掛けた。
「ね、ねぇ渚!
こ、狐判先輩と、二人で何してるのっ?」
それが、恋愛感情に起因したものでもあることなど、茅野カエデは理解していて。
でもそれ以上に、狐判稔の怖さを目の当たりにしたから。
それと手を組んでいる渚を心配していた。
「あはははは。まぁ、もうバレても大丈夫か。合宿中は、三年生もいないし。
サバイバルゲーム型の試験かもって、狐判先輩は予想したらしくて。
今年の元旦からフライングで、準備を進めてきたんだよね」
そう。
潮田渚は、このクラスが大好きだから。
「あの人が怖い人だってことは、僕もよく分かってるよ。
でも、あの人と手を組んでから間違いなく、
これなら、勝てる」
自身では、頭脳戦で各クラスのトップ層に勝てないことも、理解している。
例え、あの三人を容易くトレース出来るとしても。
トレースは所詮トレース、本物に勝てる道理はない。
だからこそ、この試験は渡りに船だ。
間違いなく、自身の才能がこれ以上なく生きる試験。
慌てて追いかけてきた一之瀬帆波も、声を掛けた。
「ほ、本当に大丈夫なの⁉︎狐判、先輩、本当に怖い人だよっ⁉︎」
たった一回、彼女の指揮を見ただけだが。
それだけで分かる。
狐判稔は怖い生徒だ。
きっと、二年生で、一番、怖い生徒だ。
「うん。大丈夫だよ。茅野。
大丈夫だよ。一之瀬さん。
僕と狐判先輩の利害は、今の所、一致している。
今回の試験で勝つ為には、
だから今、僕は磨き上げられるところまで才能を磨いている。
あの人を必ず殺せるように。
───このクラスを、勝たせられるように」
このクラスは、最下位に落ちた。
だが、それで終わっていいクラスなんかじゃない。
潮田渚はこのクラスが大好きだから。
だから、自身の手で枷を壊す。
「本気で殺し屋になるつもりはないけど。
でも、このクラスを勝たせる為にも。
僕は、
誰も殺さない、最強の殺し屋になる」
殺せんせーは、殺し屋をやってから先生になった。
なら、僕もそれに倣って。
この学校で、殺し屋になってから先生になろうと思う。
「安心してよ。本職の殺し屋になるつもりはないからさ」
二人の少女の視線の先で。
女子のような見た目の男子は。
背後に、大きな鎌を構えた死神を幻視させていた。
今日、この日、この瞬間。
この高度育成高等学校で。
三代目死神が誕生した。
まぁ本気で殺し屋やるつもりはないですよ。