殺せんせーの教え子たち   作:宇津木 沙坂

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 最強決定戦(色んな意味で)


最強決定戦の時間 二時間目

 二年生トップバッターは、後藤圭。

 

「は、見せてやるよ!数多の女を喰い散らかして来た、俺のご立派様をなぁ‼︎」

 

 酷く最低な宣言と共に、後藤先輩は封印を解いた。

 その戦闘力は。

 

「くっ、これ、が、二年生イケメンランキング五位の力っ‼︎」

「目算で、戦車級……⁉︎」

 

 確かに強いが、オレたちには及ばんな。

 いかん。オレも思考が汚染されている。

 

「おいおい。俺は先鋒、俺の後ろは、もっとヤベェぞ?

 出陣だ!桐山ぁ‼︎」

「はぁ、まぁ、良いだろう」

 

 桐山先輩は、封印を解放した。

 その、戦闘力は。

 

「Oh……My god………」

「重戦車を、超えた………⁉︎」

「だ、だが、目算でT-レックスは超えてねぇ‼︎

 新たなジャンル、戦闘機級だ‼︎」

 

 デカいなおい。

 新ジャンル開拓してんじゃねぇよ。

 

「俺など大したことはない。俺より上は、まだまだいるぞ?」

「そういうことだ。いけ、蓮っ‼︎」

「…………………とても嫌だが、命令は、果たそう」

 

 影乃先輩は、封印を、解いた。

 

「こ、れが、イケメンランキング、四位の力……‼︎」

「ふ、二人目の、戦闘機級………⁉︎」

 

 新ジャンル二人目来たな。

 この流れ、三人目森先輩かなぁ?

 

「さぁ、いけ森‼︎

 お前の力を見せてやれ‼︎」

「出さなきゃダメか?出したくないんだが」

「何言ってんだ‼︎今出さないでいつ出すんだよ‼︎」

「もっと然るべき時があるんじゃないか?」

 

 うん。オレもこいつらに見せたくなかった。

 

「えぇー、はぁ、まぁ、仕方ないか」

 

 森先輩は、封印を解いた。

 うわすご。

 

「な、な、なんだアレは……⁉︎」

「T-レックス以上、悪魔未満………‼︎

 間違いない、ブラキオサウルス級だ‼︎」

「イケメンランキング三位は伊達じゃねぇ‼︎」

 

 ブラキオサウルス級とか初めて聞いたんだが?

 新ジャンルなら新ジャンルって言ってくれないか?

 ※T-レックス以上は基本的に同等です。

 

「さて、ようやく、オレの出番だな。

 見せてやるよ、数多の女を鳴かせて来た、オレの力を………‼︎」※なお本命には手を出せていない。

 

 南雲先輩は、封印を解いた。

 その、戦闘力は。

 

「な、なんだ、アレは……⁉︎」

「悪魔を、超えた……⁉︎」

「魔、魔王だ‼︎アレは、魔王だ‼︎」

 

 また新ジャンル。

 ていうか力関係分からん。

 ※T-レックス以上は基本的に同等です。

 

「ふっ、中々のモノをお持ちのようですね。南雲先輩。

 だがっ!それでオレに勝とうなんて、二万年早いぜっ‼︎」

「師匠っ‼︎」

「ゼ○師匠っ‼︎」

 

 伏字が伏字になっていないぞ、橋本。

 確かにCV宮野真守と言えばそれだが。

 マジで円谷と子供達に謝れ。

 

「は、確かに、オレとお前は良くて互角。

 だがオレたちには、まだ、最強がいるっ‼︎」

「ま、不味い‼︎恒は、ヤバいっ‼︎」

 

 星穹拓人と星穹恒、あ、ここと星穹三七が同じ孤児院出身なのか。

 そんなに強いのか、星穹先輩。

 

「……………はぁ」

 

 深い絶望の溜息を吐きながら、星穹先輩は、封印を解いた。

 な、なん、だと……⁉︎

 

「な、なんだ、アレは………‼︎」

「死神すらも、上回るのか………⁉︎」

「死の神すらも上回る、圧倒的な、戦闘力……‼︎間違いない、アレは、伝説の、恒星級……‼︎」

「国宝級イケメンは、そこも国宝級なのか……⁉︎」

 

 恒星級って、つまりは新ジャンルで良いんだよな?

 ※T-レックス以上は基本的に同等です。

 

「くっ、力を合わせるぞ、潮田、赤羽、綾小路っ‼︎」

「うん!僕たち全員で、勝負だっ‼︎」

「この面子なら、負ける気はしないねっ‼︎」

「もう帰って良いか?」

 

 一年生精鋭チーム対二年生精鋭チームの戦いが、始まろうとして。

 そこで、再び、扉が開く。

 先生方が入場して、代表して、浅野先生が、一言。

 

「皆さん。風呂場でははしゃがないように」

 

 大魔王に、みんな仲良く怒られた。

 

 オレ、とばっちり、なんですけど。

 

 

 一方その頃三年生男子は。

 

「くっ、強い………っ!」

「よもや、この俺が、負けるとはな……」

「僕と、したことが、見誤りました、ね」

 

 犬山護(戦闘機級)、獅子上玲央(戦艦級)、香月遊真(空母級)を、一人の三年生が、圧倒していた。

 

「悪いね。最強は、僕だ」

 

 金石博(モササウルス級)は、堂々と、立ち塞がる。

 日野曜(戦艦級)は、深いため息を吐いていた。

 早く帰りたい。

 

「くっ、この私でも、勝てなかった、とは……」

 

 唯一のAクラス。神田元(戦車級)は、崩れ落ちた。

 

「いや君が一番弱かったじゃないか」

「ぐは」

 

 普通に致命傷である。

 

「金石は予想通りの強さだったが、まさか、日野がそれほど強いとはな。

 イケメンランキング二位は、伊達ではない、か」

「それとこれとは一切無関係な気もしますが」

 

 風呂場なのに、眼鏡をキラリと光らせて。

 金石博の一人勝ちだと思われていた中に。

 一人の男子生徒が、出陣する。

 

「ようやく来たね。さぁ、見せてみなよ。学」

「良いだろう。金石。見せてやろう。これが、俺の、力だ」

 

 封印を、取り払う。

 二股などという邪道を選ばなかった、その、戦闘力は。

 堀北学(大魔王級)、である。

 

「は、ははははっ!やはり君は最高だっ!学っ‼︎」

「ふっ、さぁ、ねじ伏せてやろう!金石っ‼︎」

 

 彼らもまた、男子高校生である。

 

 

 一方その頃。一、二年生の女湯では。

 

「ふぇー、極楽〜」

「そうねぇ」

 

 露天風呂で、堀北鈴音と櫛田桔梗は、仲良く溶けていた。

 大浴場は何だか盛り上がっているが、しかし学年屈指の勝ち組である二人にとって、そのような舞台(胸の大きさ比べ)など上がる価値すらない。

 なので、高みの見物を決め込んでいる。

 と、そこに。

 

「………逃げた先に、あなたたちがいるのね」

「………私たち、ついてませんね」

 

 持たざる者(貧乳)代表の、坂柳有栖と卜部藤乃は、逃げた先にいる、圧倒的な強者たちに。

 絶望していた。

 

「あら、坂柳さん、こういうところに来て大丈夫なの?」

「まぁ、藤乃先輩が補助してくれますし」

「神室さんは?」

「今九十九と決戦中よ。

 まぁ、多分真澄が勝つでしょうね」

「九十九先輩、まあまあ小柄ですからね。

 私たちほどではありませんが」

 

 それに関しては、間違いなく神室真澄の方が強いのである。

 

「それにしても、あなたたち、いくら何でもふやけすぎじゃないかしら。

 もうスライムじゃない」

「ここ四日間、ほとんど休めませんでしたからねぇ。

 やぁっと完全に休憩、て感じですよぉ〜。

 清隆やり過ぎだよ〜」

「そうねぇ。丸三日は、流石に疲れるわ」

「開き直ったわね」

「とうとつにころされたんですけど?」

 

 坂柳有栖は、自身の脳味噌がパチパチ鳴っているのを感じ取った。

 それを見た二人は、少しだけ、申し訳なく思って。

 しかし、惚気を止めるつもりはなかった。

 

「本当にねぇ。やめてっていっても全然やめてくれないどころか、どんどん激しくしてくるの、ねぇ?」

「その話を辞めなさい」

「あっ」

 

 坂柳有栖の脳味噌に電流が走る。

 

「そうねぇ。そのくせ、たまに本当にやめて、私たちから懇願させるの、本当にずるいわよ」

「先輩命令よ。もう辞めなさい」

「あっあっ」

 

 坂柳有栖の脳味噌にさらに電流が走る。

 

「気絶しても無理矢理起こしてくるの酷くない?受け止めるだけでギリギリなのに」

「煽った私たちが悪いのは百も承知なのだけれど、攻めっ気が強すぎるのよ。………まぁ、そこが良いのだけれど」

「お願い‼︎もう辞めてっ‼︎」

「あっあっあっ」

 

 坂柳有栖の脳味噌に、さらにさらに電流が走る。

 

「ほんとにね。抱き締めて耳元で『おれのもの』とか『ぜったいにはなさない』とか言ってくるの狡すぎるよ。死ぬ気で受け止めたくなっちゃうじゃん」

「本当に、早く結婚したいわ。清隆くんの家族を増やしたい」

「あ───」

 

 坂柳有栖の脳味噌が焼き切れた。

 

「ほんっとうにもう辞めなさいっ‼︎

 これ以上は有栖が死んでしまうわっ‼︎」

 

 崩れ落ちた坂柳有栖を支えながら、涙すら浮かべて、卜部藤乃は訴えた。

 二人は、流石にもう辞めた。

 露天風呂で、少しテンション上がっていたかも。

 

「……………その、ごめんね?」

「あやまらないでくださいよけいみじめになります」

「……………流石に、はしたなかった、わね」

「本当にその通りよっ‼︎少しは生徒会長と会長秘書の自覚を持ちなさいっ‼︎

 到着したときの姫抱きの反省は忘れたのっ⁉︎」

「いやぁ、桃井先輩と狐判先輩と、あと渚くんが全部持っててくれましたから。

 その、アレ見ると、そんなに気にしなくて良いなと」

「まぁそうね。特に桃井先輩は、強烈でしたし」

「妾がどうかしたのか?」

 

 と、そこで渦中の桃井緋音が、露天風呂にやって来た。

 

「こんばんは。桃井先輩」

「こんばんは。露天風呂なんですね」

「うむ。正直、人が多いとその、少し気まずいからな。

 それよりも、その、有栖殿は、生きておるのか?」

「これでしんだらあのふたりをまつだいまでたたります───あっ、むりです。あやのこうじくんのしそんをたたれません」

「くっ、有栖っ。あなたは、どうしてっ」

 

 卜部藤乃は、涙を溢した。

 どうして、世界はこんなにも、この子に厳しいのだろう。

 色々察した桃井緋音は、本性を解放した。

 

「…………やりすぎだよ。本気で拳骨するね」

「あ、絶対ダメなやつ───」

「…………これが、罰なのね」

 

 烏間惟臣と殴り合える殺人拳骨が、二人を襲った。

 大体4センチぐらいのタンコブを使って、生徒会長と会長秘書は、心から反省した。

 

「はぁ、彼氏が出来て浮かれるのは分かるがのう。少しは慎みを持つのじゃ」

「………はい。ごめんなさい」

「………はい。反省します」

「ありがとうございます緋音先輩っ‼︎もっと懲らしめてくださいっ‼︎」

「興奮しすぎよ。身体に悪いわ」

「はーっはっはっ!思い知りましたかっ‼︎正義が勝つんですよっ‼︎」

「有栖殿の口からそのような台詞が出るとはな」

「…………それにしても、意外ね。あなたの周りには、もっと人がいると思っていたのだけれど」

「…………まぁ、必要なことではあったのじゃが、妾の本性は、とてもではないが、人に好かれるものではないからのう」

 

 自身のあんな本性を曝け出した以上、周りからは孤立するかもしれないと考えていたのだが。

 

「うぅむ。妾のクラスは変態しかおらぬのか?むしろこれはこれでステキ!という反応の生徒がほぼ全てだったのじゃが」

 

 確かに、学年全体の人気は、下りはしたが。

 何故だか二年Cクラスの桃井人気は上がった。

 なんでだ?

 

「まぁ、桃井先輩が体育祭で沢山頑張ったのは事実ですし」

「それに、本性は別に、生徒たちにとって不利益というわけではありませんでしたし」

「………そうですね。あくまで、クラス外の敵に向けるものでしたから」

「誰彼構わない文字通りの狂戦士(バーサーカー)だったら、流石に、クラスメイトからも距離を置かれたでしょうね。

 けれど緋音は、ちゃんとそれと付き合えているもの」

 

 そう。これまで積み上げて来た、二年Cクラスの人気は、この程度では崩れない。

 というより、崩れるほどのことじゃない。

 だって桃井緋音は、ちゃんと、律しているから。

 ───そ(・)れ(・)を(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)と(・)、須(・)知(・)萌(・)香(・)が(・)、広(・)め(・)て(・)い(・)る(・)か(・)ら(・)。

 

「それで言うと、狐判先輩がちょっと不安ですね。あの人が上に立つことに反発する生徒は、出てきそうなな気もしますが」

「大丈夫でしょ。和泉先輩も納得はしてたんだし」

「そう、ですね。しかし、稔先輩の裏の意図まで気付いた生徒は、どう思うのでしょう。

 あの、余りにも無駄のない、駒(クラスメイト)の使い方を」

「…………須知、ね。あの様子、稔が、和泉を捨て駒として使う事で、クラス内に居場所を作ったことも、理解できていたのでしょう」

「うぅむ。妾も、あの瞬間はその、止めるべきだったのでは、といまでは思っておるのだが」

 

 烏間先生とやり合える喜びで、完全にブレーキが外れていた。

 

「───まぁ、私の方でも、フォローしとくよ」

「あっ、須知先輩」

「やっほ。今日の訓練はお疲れ〜」

 

 狐判稔を恐れているように見えた須知萌香は、しかし、とても穏やかな顔で、彼女たちに話しかけて来た。

 

「えっと、その」

「あぁ、うん。もう大丈夫だよ。寧ろ調子良いぐらい」

「………稔を、恐れているように見えたのだけれど」

「………うん。恐れた。でも、喜んだ」

 

 そう、漸く、明確に見えて来た。

 二年生最強、卜部藤乃。そして、現最強のクラス。

 人気ナンバーワン、朝比奈なずな。そして、元最強のクラス。

 嘗ての支配者、南雲雅。そして、浅野學峯の教え子たち。

 この強者達に勝つビジョンを、どうしても、描けなかった。

 でも。

 

「希望が、見えて来た。

 狐判と、そして、桃井。

 本気の二人を最大限活かしつつ、私は常に、クラスメイトが二人から離れないように、繋ぎ止め続ける。

 それが、私の役割。

 それが、このクラスで勝つ為の、戦い方」

 

 自身の役割は見出せた。

 だからこそ、もう、揺るがない。

 須知萌香は、湯に浸かっている小柄な少女を見る。

 敵として。

 

「今の、私たちなら。

 君たちにだって、勝てる」

 

 その、現二年生最強の生徒は、嬉しそうに笑って。

 

「………そう。なら、大丈夫そうね。

 緋音と、稔のこと、よろしくね。

 全員纏めて打ち倒して、私たちが、勝つから」

 

 桃井緋音と、狐判稔。

 この二人が、テーブルゲーム部二年生と、浅野学秀と、坂柳有栖以外に、こうもあっさり、本性を表せたのは。

 それは間違いなく、須知萌香のお陰だ。

 彼女が、二人とクラスを、結んでくれているから。

 だから、今、二年Cクラスは。

 本当の意味で、完成した。

 

「───本当に、私は、運が良い」

 

 そう。本気で勝つと、本気で戦うと決めた時から。

 あの特別試験で、本気のほむらとやり合ったときから。

 出来ることなら、本気の稔とも、緋音とも、やり合いたいと。

 本気の友達たちと、競い合いたいと、そう、思っていたから。

 

「………私を殺せるかもしれない人が、どのクラスにもいる。

 一度私を殺した人と、私が殺せなかった人が、組んで殺しに来てくれてる。

 私は、相手に恵まれている。

 私は、クラスメイトに恵まれている」

 

 拳を、強く、握り締める。

 その瞳は、輝いていた。

 

「────勝負よ。緋音、須知さん。

 稔にも、言っておきなさい」

「ふ、ふふふふ。

 うん。言っておくね。藤乃。

 勝負、だよ」

 

 桃井緋音は、僅かに、本性を現して。

 楽しそうに、笑っていた。

 

「二年生もどんどんおかしくなって来たね」

「えぇ。そうね」

「全く。この学校は、飽きませんね」

 

 まぁ、これはこれで、望むところなのだ。

 だから三人は楽しげに、笑っている。

 

「ふふふ、来年は、私たちが、あなたたちの敵よ。

 堀北さん。櫛田さん。そして、有栖」

 

 そう。

 卜部藤乃が、言うように、来年の自分たちの敵は、現二年生。

 二年生が、強くなってくれればくれるほど。

 来年のこの試験が、楽しみになってくる。

 一年生を、代表して。

 堀北鈴音が、宣言する。

 宣戦布告を。

 

「───えぇ。今年も来年も、競い合って、強くなってください。

 一番強くなったあなたたちを、競い合って強くなった私たちと、これから来る後輩たちで、倒します」

 

 堀北鈴音は、笑う。

 櫛田桔梗も、笑う。

 坂柳有栖も、笑う。

 須知萌香も、笑う。

 桃井緋音も、笑う。

 卜部藤乃も、笑う。

 

 彼女たちは、笑う。

 実力者たちの、ぶつかり合いを、楽しんでいる。

 

「な、何⁉︎なんで笑ってるの⁉︎怖い⁉︎」

「う、うわー、先輩達も、もしかしてヤバい?」

 

 狐判稔について聞こうと思って、一番話を聞きやすい須知萌香を探していた、茅野カエデと、一之瀬帆波は。

 ちょっと、ビビっていた。

 

 

 そして、三年生の女湯では。

 

 飛騨翔子は、だらしないことなど百も承知だが、仰向けで温泉に浮かんでいた。

 

「いやー、キキと剣城との三つ巴、疲れたわね」

「あれ凄かったよ。学くんと金石くんの本気の組み手も凄かったけど」

 

 橘茜が口にした、渦中の二人は、男湯で本気の勝負の続きをしている。

 

「行儀悪いよ〜翔子〜」

「あんたも同じことしてるじゃないの」

 

 二人の思考回路はそっくりなので。

 猫実詭々と飛騨翔子は、同じように、仰向けで、浮かんでいた。

 

「こーら、二人ともお行儀が悪いですよ」

「その通りです。マナーを守ってください」

「ふふふふ、天馬と金織に叱られてしまったな」

「うみたんも同じことしないでください」

「叱りますよ?」

「ワタシも疲れたんだ。良いだろう?」

「良くないです」

「良くありません」

 

 温泉で浮かびながら横になる三人を、腰に手を当てて叱り飛ばす天久天馬と呆れた顔の金織美浪。

 しかし、三年女子身体能力トップスリー兼フリーダム女子トップスリーは、そんなの気にせずにのんびりしてた。

 と、そこに。

 

「───私に沈められるのと、マナーを守ってちゃんと浸かるの、どっちが良い?」

 

 白銀園子の、雪国の名家らしい絶対零度の視線に晒されて。

 その三人は、ゆっくりと、マナーを守って浸かり出した。

 

「ありがとうございます。そのたん」

「感謝します。園子さん」

「別に良いわ。この施設は私の名で借りてるの。もし、何か問題があったら、私の名に傷が付くわ。

 そうなれば、契約期間が短縮されるか破棄される。

 そうなったら、後輩たちに悪いわ」

 

 そう。白銀園子の名でもって。

 この施設は、五年契約で、使用許可を貰っている。

 つまり、五年後の三年生には、頑張ってもらいたい。

 

「こういう時のうみたんを叱るのは、いつもはりったんの仕事なんですが」

 

 天久天馬の視線の先には。

 露天風呂に浸かっている、占藤メメと、風間律が。

 

「g4ポーン」

「b3ナイト」

「四二歩」

「七八歩」

 

 脳内チェスと、脳内将棋を、同時に行っていた。

 

「あそこに近付くと頭おかしくなりそうね」

 

 身体を洗い終わった黄乃珠紀は、苦笑しながら、露天風呂を眺めて。

 隣で身体を洗い終わった真白珠莉は、露天風呂に向かっていった。

 

「あーらら。ま、珠莉はそうするわよね」

 

 扉を開けて、露天風呂に入った真白珠里は、二人にそっと話しかけた。

 

「私も、よろしいですか」

「構わないわ。先手は譲るわよ?」

「僕も構わん。後手でいいか?」

「えぇ。私も、将棋後手、チェス先手でお願いします」

 

 そうして、三年生女子頭脳トップスリーは。

 脳内で、将棋とチェスの異種二面打ちを開始して。

 

「…………のぼせないわよね?」

 

 温泉に浸かった、蝶乃紫苑は、露天風呂を見ながら、そう心配して。

 

 数十分後。

 

 女子更衣室の外のベンチで。

 三人の女子が、横になっていた。

 

「メメちゃーん。大丈夫ー?」

「だいじょうぶよあかねちゃん」

「脳味噌溶けてる声色だよ。絶対だいじょばないって」

「はぁ。スポドリ買ってくるわ」

「私は、一応医務室に声を掛けておきますね」

「うん。お願いね」

 

 氷嚢を額に乗せて、扇で仰ぎながら、完全にのぼせた占藤メメを、橘茜は介護していた。

 飛騨翔子は売店にスポーツドリンクを。

 金織美浪は、医務室へ向かいましたとさ。

 

「たまきのふとももはやわらかくてきもちいいです。ひろがむちゅうになるのもわかります」

「ねぇ珠莉。今、博の性癖盛大に暴露してるけど」

「あー、あたし、スポドリ、買ってくる」

 

 完全にのぼせた真白珠莉を膝枕しながら、氷嚢を額に乗せて、扇で仰ぎながら。

 黄乃珠紀は、少しだけ赤くなっていた。

 珠莉の口から、脳が壊れそうな事実が漏れそうなので、猫実は逃げ出した。

 

「おいてんま。あいつらみたくひざまくらしろ。うみはのみものかってこい」

「はいはい。ちょっと失礼しますね」

「やれやれ。仕方ない。スポーツドリンクでいいか?」

「うん」

 

 天久天馬の膝枕で、のんびりしながら。

 剣城海を使い走りにして。

 風間律は、気楽に、指示を出していた。

 

「ふふふ、なんだか、気楽に指示を出すようになりましたね、りったん」

「あぁ。くそおやじとくろいのおかげだ」

 

 そう。風間律は、気楽になった。

 気楽に、あっさりと、指示を出せるように。

 

「おい、大丈夫か、占藤」

「あーらら、全く、脳内チェスと将棋でもやってたのかい?」

 

 本気の勝負を終えた三年生トップツーは、それぞれ近しい女子を心配していた。

 勝者?気にするだけ野暮というやつだ。

 

「だいじょうぶよ。それにまなぶくん、そういうのよくないわよ。こいびといるのに」

「私メメちゃんなら気にしないよ?他の人だったら、ちょっとムッとしちゃうけど」

 

 橘茜にとって、占藤メメは親友なのだ。

 

「だとしてもよ。いまいじょうに、わたしがだめになるの」

「………………メメ、ちゃん?」

「………………あ」

 

 橘茜は、それで、察した。察してしまった。

 親友は、自分の恋人が、好きなんだと。

 

「………………ごめん、なさい」

「あ───」

 

 ほとんど力の入らない身体で、それでも、大慌てで、橘茜の膝枕から、転がり落ちるように抜け出して。

 力の無い謝罪を溢しながら。

 よたよたと、占藤メメは、橘茜に背を向けて、逃げ去った。

 

「……………学くんは、知ってたんですか」

「……………あぁ。告白された」

「─────振れましたか?」

「─────答えは要らないと、そう言われた」

「─────分かってましたけど、そういうところは、最低です」

「─────あぁ。言い訳の余地もない」

 

 溜息を吐きながら、堀北学の元まで、歩み寄って。

 強めに力を込めて、頬を叩いた。

 

「……………まぁ、どんな形でも、答えは出してくださいね。

 今は、訓練と試験に集中して貰いますが」

 

 橘茜は、優しいのだ。

 都合が良いとも、言い換えられてしまうが。

 

「─────どんな形でも、絶対離れたりしませんよ」

 

 彼女は、堀北学を優先する。

 だって、堀北学に、寄り添うと。

 そう、決めているのだから。

 ───例え、死んだとしても。

 

「あら。なんか大変なことになってるのね。まぁ、茜を悲しませた訳じゃないなら、別にいいんだけど」

「かれらもわたしたちとおなじくさんにんでいるせんたくをくだせばいいのに」

「私らがこれを受け入れられたのは、物心ついたときから一緒の幼馴染だったからでしょ?

 普通は好きな人が他の人とも付き合うとか許せないって」

 

 堀北鈴音と櫛田桔梗は、堀北鈴音が、櫛田桔梗の背中を押したのも、大きな要因だ。

 そして何よりも、櫛田桔梗の謝罪行脚に、堀北鈴音は付き合ったから。

 櫛田桔梗にとって堀北鈴音は、恩人でもあったから。

 

 だから、この三人は成り立っている。

 

「そういうものですか」

「そういうものなの。

 私らは、ほら、恋人関係というより、実質的な家族関係だからさ」

「たしかに。はやくひろのこどもうみたいです」

「……………あー、珠莉、人の目があるから、それぐらいで」

「……………ふー、これは、早く色々終わらせないとね」

「そうね。とっとと終わらせましょう」

 

 復讐は完遂する。絶対に。

 だが、かつて抱いていた綾小路篤臣への殺意とでもいうべきものが、少しずつ、薄れてこそいる。

 殺意を持ち続けるのは難しい。

 殺意を持ち続けるのは疲れる。

 珠紀たちが、満たされているのなら、尚更。

 友達が出来た。親友が出来た。宿敵が出来た。後輩が出来た。

 まぁ、自分たちは、後輩と余り関わらなかったが。

 

「………それに、麗さんは、生きてるから」

「………もう戻らないって、そういう診断だろ?」

「───それは、希望を捨てる理由には、ならないでしょ?」

 

 黄乃珠紀は、ずっと、信じてる。

 今も、ずっと。

 

「また、一緒にパンケーキ食べられる日が、絶対来るよ」

 

 そう。だからこそ。

 金石博は、黄乃珠紀が、大切なのだ。

 

 

 その頃、一、二年生の女子更衣室では。

 

 浴衣に着替えながら、茅野カエデと一之瀬帆波は、少し難しい顔をしていた。

 

「狐判先輩、怖い人ではあるけど、責任感強い人でもあるんだね」

「そうだね。わざわざ元旦に買い出しに行くぐらいだし」

 

 クラス運営もとても真面目にこなしている。

 そう。基本的には、優しいし真面目な生徒なのだが。

 

「勝つ為。それから、どうしようもなく怒っている時、とても、怖くなる」

「二つ重なってたから、あの時はあんなに怖かったんだ」

 

 烏間先生に勝つために。

 そして、嘗て裏切った和泉なすかに、怒っていたから。

 二つが重なっていたから、狐判先輩は、あんなに怖かった。

 それがなければ、とても、優しい生徒だと。

 卜部先輩のお墨付きだ。

 

「まぁ、だから、割と安心、なのかな?」

「そう、だね。渚を無意味に傷付けるようなことは、しないはず───」

 

 話しながら、二人は、更衣室から出て。

 

 隣の男子更衣室の傍のベンチで、ふんぞり返って、両手を組んで、足を組んで座っている狐判稔に。

 土下座している、潮田渚を、見つけた。

 

((やっぱりヤバい人だっ‼︎))

 

 二人はすぐさま、狐判稔と潮田渚の間に割って入ろうとして。

 

「あー、ちょっと待ってくれ」

「うん。その、ちょっと待ってね」

 

 綾小路と赤羽に止められた。

 

「ちょ、離して綾小路くんっ!渚くんを助けなきゃ‼︎」

「そ、そうだよカルマくんっ‼︎渚が、危ないっ‼︎」

 

 そう。側から見たら、狐判稔はとても怖い生徒なのだが。

 綾小路と赤羽は、どうして、ここまで怒ってるのか、知っているので。

 

「えっと、だな。これに関しては、渚が悪いというか。いや、オレたちも悪いんだが」

「ううん。綾小路くんたちは何も悪くないよ。悪いのは渚くんだけ。ね?渚くん」

「はいそうです。悪いのは僕だけです」

 

 だがそれが、二人の少女をよりヒートアップさせた。

 

「な、渚くんが何をしたとしてもっ!公衆の面前で土下座させるなんて、酷すぎますっ‼︎」

「そ、そうですっ‼︎な、渚から離れてくださいっ‼︎」

 

 その二人に、目を向けてから。

 狐判稔は、潮田渚に、声を掛ける。

 

「───ねぇ渚くん。君が何をしたのか、私の口から、あの二人に説明するのと。

 自分の口から、あの二人に説明するの。

 どっちが良い?」

「………僕の口から、説明します」

 

 遡ること、数十分前。

 

『今日の練習は、もう終わりで良いよ。訓練もあったし』

『いえ、いつも通り、夕食前にも、軽く練習しましょう』

『………本当に、良いの?』

『………はい。僕も、もっと強くなりたいので』

『………分かった。十分ぐらいでお風呂から上がって、夕食前まで、練習しよっか』

『はい‼︎』

 

 そして、約束の時間から十分後。

 

 髪と身体だけを洗って、男子更衣室傍のベンチに座っている狐判稔は、端末で時間を確認して、首を傾げた。

 そう。もう、十分は、遅れている。

 

『………あれ?渚くんが遅れるの、珍しいな』

 

 いつもだったら、ちゃんと時間を守る人なのに。

 まぁ、今日は訓練もあったし、少しぐらいは。

 だが、しかし。

 

 約束の時間から、十五分後。

 

 オンラインで一局を終えてもなお、渚は出てこない。

 

『………何か、あったのかな?』

 

 約束の時間から二十分後。

 

 九十九に勧められたリズムゲーをしながら待つが、渚は出てこない。

 

『………のぼせちゃったのかな?』

 

 三十分後。

 

 バス車内で撮った、緋音ちゃんの寝顔フォルダを整理し終えてもなお、渚は出てこない。

 

『………忘れてる?』

 

 四十分後。

 

 もはややることもないので、頭の中で渚をどのように制裁するかを考えながら、のんびり待っていた。ところ。

 綾小路と赤羽と、楽しく話しながら更衣室から出た渚は。 

 ベンチで座っている、狐判に、気付いた。

 その瞬間、渚は、忘れていたことを、思い出した。

 

『………あ、来た』

『………あ』

『───取り敢えず、土下座しよっか』

 

 そして、今に至る。

 

「………その、約束したのに、大浴場が楽しすぎてど忘れして、先輩を四十分も待ちぼうけさせました」

 

 それはひどい。

 

 一之瀬と茅野の思考は一致した。

 

「───だけじゃ、ないよね?」

「………それも、言わなきゃ、ダメですか?」

「うん。ダメだよ」

 

 綾小路は、酷く、渚を、憐れんで。

 赤羽もまた、酷く、渚を憐れんだ。

 

「…………そ、その、み、みんなと、ア、アソコの大きさ比べをするのが楽しくて、約束を忘れてました」

「渚くんさいてー」

「渚さいてー」

 

 女子二人は一瞬で狐判側についた。

 

「うんうん。じゃあ、一から整理して、声に出してみよっか」

「ぼ、僕は、先輩が、もう練習はいいよと言ってくれたのに、僕の方から、練習したいです、と言って。

 せ、先輩は、湯船に浸かりたかったのに、髪と身体だけを洗って、ちゃんと、時間を守ってくれたのに。

 ぼ、僕は、綾小路くんたちの誘いにホイホイ乗って、露天風呂で考え事してるうちに、約束を完全に忘れて。

 そ、そして、広い大浴場でテンションが上がって、二年生の先輩方とも、アソコの大きさ比べを、楽しんでました…………………‼︎」

 

 これはひどい。

 特に何が酷いって、アソコの大きさ比べは勿論のこと、狐判は湯船に浸かるのを我慢したという点だ。

 

「私、髪も結構長いからさ、乾かすのにも時間かかるんだよね」

「は、はい。僕も中学時代伸ばしてたので、分かります」

 

 正確には伸ばさせられていた、だが。

 

「だからさ、大きくて綺麗で浸かったらすごく気持ち良いんだろうなって分かっててもさ。

 湯船に浸かってたりしたら、約束の時間に間に合わないからさ。

 我慢して、髪と身体だけ洗って、とっとと乾かしたんだよ?」

「は、はい………」

「ねぇ、四十分もあったらさ、どんなにゆっくり出来たと思う?」

「その、すごく、至福の時間を、過ごせていたと、思います」

「うんうん。渚くんは至福の時間に、みんなとアソコの大きさ比べをして、楽しい時間も過ごしていたんだもんね」

 

 一之瀬帆波と茅野カエデは、酷く冷たい目で、土下座中の渚を見下ろしていた。

 とてもではないが好きな人に向ける目ではない。

 

「分かってる渚くん?本当だったら君の頭を踏ん付けてあげようかなって思ってたんだよ?」

「は、はい。土下座で勘弁してくれた先輩の慈悲深い心に感謝します」

「何か奢らせましょう先輩‼︎」

「コーヒー牛乳お好きですか先輩」

「うん。コーヒー牛乳が飲みたいなぁ。あ、あとアイスも欲しいかも。ハーゲンね。味は抹茶で」

「はい喜んでっ‼︎」

 

 渚はダッシュで売店に向かった。

 綾小路と赤羽は、とても申し訳ない顔をしていた。

 

「………オレらが露天風呂誘わなければ………」

「………露天風呂だけなら、まだ間に合ってたかもしれないけど………」

 

 その後の最強決定戦でタイムオーバーである。

 

 狐判稔の右隣に一之瀬が。

 左隣に茅野が座って。

 

「渚くんがごめんなさい。狐判先輩」

「い、一之瀬さんが謝ることじゃないよ。気にしないで」

「その、ごめんなさい。酷いこと言ってしまって」

「う、うぅん。全然気にしてないから、大丈夫だよ」

 

 二人の圧倒的なオーラに挟まれて、狐判稔は、小動物モードに入ってしまった。

 このモードに入ると、後輩女子は基本的に、無意識のうちに愛でるようになってしまうのだ。

 何という魔性の少女なのか。

 

「ごめんなさい。私、先輩のこと、誤解してました」

「い、いやいや、誤解とかじゃなくて、ね」

「いえ。私だったらあんなことされたら土下座じゃ済まさないです!土下座の上でプリンパフェ三食分くらい奢ってもらいます!」

「あ、そ、それも良いかも……?」

「先輩も甘いものお好きなんですかっ‼︎」

「う、うん。雪村さんも?」

「はい!」

 

 凄まじい勢いで打ち解けている。

 一年女子コミュ力ツートップは伊達じゃない。

 更衣室を出てそれを目の当たりにした浅野は、戦慄した。

 

「………ぼ、僕が稔先輩と普通に話せるようになるのに、二ヶ月はかかったのに………」

「まぁ、コミュ力勝負だと流石にね」

「浅野でもあの二人には勝てん」

  

 浅野は二ヶ月。坂柳は一ヶ月。神室は二週間。幸村も二ヶ月。長谷部も一ヶ月。佐倉も一ヶ月。

 テーブルゲーム部一年生部員たちが、狐判稔と普通に雑談できるようになるのにかかった時間である。

 

 渚は数日。

 雪村あかりと一之瀬帆波は数分。

 流石はコミュ力学校最強のクラス。

 

 ※なお、須知萌香は数日。

 

「お待たせしました先輩っ‼︎御所望のコーヒー牛乳とハーゲンダッツ抹茶味ですっ‼︎」

「うん。ありがとう。貰うね」

「はいっ!本当にすいませんでしたっ!」

 

 スライディング土下座で渚はコーヒー牛乳とハーゲンダッツ抹茶味を進呈した。

 

「もうっ!女の子待ちぼうけさせるなんて酷いよ渚くんっ‼︎」

「返す言葉もございません」

「女の子にとって湯船に浸かるのを我慢するのは本当に身を切るような痛みを伴うものなんだよっ‼︎そこらへん心に刻みなよ渚っ‼︎」

「はい。心に刻みます」

 

 思わず笑ってしまいながら、狐判稔は、ハーゲンダッツを楽しんで。

 

「───ごちそうさまでした。

 渚くん。今後は、こういうことはないように」

「はいっ………」

「一緒に部屋に戻りましょう稔先輩っ‼︎」

「うん」

「今日のご飯一緒に食べましょう稔先輩っ‼︎」

「うん。私も一之瀬さんたちと食べたいな」

 

 仲良くなった後輩と、このあと一緒にご飯を食べる約束をしながら、茅野と共に、部屋に戻って行った。

 

「ぼ、僕でもご飯を一緒に食べるのは三ヶ月かかったのに……」

「完敗というやつだな」

「ま、相手が悪かったね」

 

 一年生部員たちがこの光景を目の当たりにしたら、全員まぁまぁショックを受けるだろう。

 しかし、彼らは悪くない。狐判も勿論悪くない。

 本当に、相手が強すぎるとしか言えないのだ。

 

 

 部屋に戻りながら、茅野カエデは積極的に話しかけて。

 

(思ったよりも普通の人だ。うん。全然大丈夫だね)

 

 なんて、考えていた、ところ。

 

「───ねぇ、雪村さん。渚くんのことなんだけどさ」

「はい、何ですか?」

「………渚くんって、好きな人いるの?」

 

 雪村あかりは、石になった。

 動揺のあまり、声を震わせながら。

 

「そ、そそそそそそそれれれれははははははどどどどどうういうううううういいととととととでででで?」

「えっと、普通に気になっただけなんだけど。

 だ、大丈夫?」

「だ、大丈夫です。大丈夫、です。

 え、えっと、居ないと思います、よ?」

「……………ふーん。そうなんだ」

 

 

 狐判稔は、思い出す。

 

『で?露天風呂で考え事してたら約束忘れちゃったんだ?私との約束を忘れるようなこと考えてたんだ?参考までに何を考えてたのか教えてくれない?』

『えっ、と、その、カルマとか綾小路くんが、先輩のことを怖い人だって言ってて、た、確かに怖いかもしれないけど、でも、先輩は、その、真面目にやっているだけの優しい人なのに、って、その、考えてました』

『──────』

 

 あの瞬間はびっくりした。

 多分心臓跳ねてた。

 何平然とこんなこと言ってくるのこの子なんなの?

 は?は?は?この状況で口説いてるの?実はチャラ男なの?それとも素なの?

 は?あんな練習させてるのにそんなこと言えるの?寧ろ怖いよ?

 

『え、えっと、先輩?』

『顔上げないで。そのままの姿勢で』

『は、はい』

 

 一旦整理しよう。

 今この子は何を言った?

 Q、私との約束を忘れるような考え事は何ですか?

 A、あなたのことを考えてました。

 Q、それってどういう意味ですか?

 A、実質告白だと思われます。

 いや違う少し待て冷静に深呼吸。

 私のご機嫌取りでこんな雑な嘘付くわけないから本当のことなんだろうけどでも何で平然とそんなこと言ってくるのとかそれはそれとして待ちぼうけは腹立つけどというか本当だったら踏ん付けてやりたいんだけどそこまでしなくて良いかもというか寧ろもう許すまであるというか。

 そうじゃなくて‼︎

 とか思ってたら多分渚くんのことが好きなんだろう可愛い子と綺麗な子が来て。

 ちょっとむかっとしたから色々言わせて喧嘩させようとしたら思ったよりもあっさりこっち側着いて。

 なんかすごい良い子達で。

 渚くんも凄く素直に受け入れてて。

 ちょっとだけ罪悪感を抱いて。

 でもこの子達と話すの楽しくて。

 でもこの子達は多分渚くんが好きで。

 渚くんは私のことどう思っているんだろうとか思って。

 この子達とご飯食べたりするの楽しそうだなって思って。

 

 なんか今、色々ぐちゃぐちゃになってる気がする。

 

「………まぁ、全部渚くんのせいだね」

 

 私のこんな素顔を曝け出しても、この子達は平然としている。渚くんは優しいとか言ってくる。

 特に渚くん。あんな練習させてるのに。

 メメ先輩とテーブルゲーム部二年生が例外だと思ってたんだけど。

 クラスの方は須知さんに任せれば良いから気にしてなかったけど。

 クラス以外からは嫌われるって思ってたんだけど。

 

「………なんなのあの子。腹立つ」

 

 待ちぼうけさせたくせに。

 アソコの大きさ比べを楽しんでたくせに。

 

 胸が高鳴っていたのは、絶対渚くんへの怒りのせいだ。待ちぼうけさせてくれやがったから怒ってたんだ。

 そうに決まっている。

 そういうことにしておく。

 

「………、えっと、先輩?」

「何でもないよ。部屋戻ろっか」

 

 まぁ、あれだ。 

 ハーゲンダッツ抹茶味とコーヒー牛乳で許したのに、まだ心臓が高鳴っているので。

 多分私は、思ったよりも怒っていたのだろう。




 渚は素です。
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