さて、この面子で食事を摂るとなると、必然話題は、南雲先輩から切り出すものになる。
まぁ、一番コミュ力あるし。
南雲先輩。お願いします。
「なぁなぁ綾小路。他の奴らよりもぱっと見少しだけデカかったが、やっぱ経験の差ってやつか?」
「黙ってください」
「隣でそんなことを言わないでください」
「雅。少し、黙れ」
南雲先輩に頼ったオレが悪かった。
頑張ってオレが話題を出さないと。
「そ、そういえば、神崎から見た教室での渚って、どんな感じなんだ?」
「………渚、か。
男女問わず、一定の人気があるぞ。女子だと、雪村とか一之瀬とか姫野とかと仲が良い。
男子だと、拓人や颯、それから別府だな。割と男子でつるんでいるが、雪村といる時が一番楽しそうだ」
あー、まぁ、E組でも、茅野といる時が一番楽しそうだったな。
ただ渚は、割と誰とでも仲良くできるというか。
そういうところも、暗殺の才能なんだろうな。
「この一ヶ月、何だか付き合いが悪かったが、まさか、狐判先輩と二人で練習していたとはな。
桃井先輩は、何か知っていましたか?」
焼き魚を食べていたパイセンは、行儀良く口元を隠し飲み込んでから、箸を置いて口を開く。
「妾も知らなかったのう。徹底した秘密主義じゃ」
なるほど。そこまで徹底しているのか、狐判先輩。
暗殺者は秘密こそ刃となることを、よく分かっているのだろう。
「しかしまあ、潮田にはビビったぜ。
まさか、あの浅野先生をあそこまであっさり殺すなんてな」
一瞬オレたちは、渚の渚がデカいことを話すのではと身構えたが、先輩はそんなことはしなかった。
「………そうだな。あそこまでの実力を、隠し持っていたとは」
「ある意味、妾よりも強烈だったのではないか?」
まぁ、そうだな。
だいたい同じくらいの強烈さだった気がする。
「ふっ、だが私としては、お前が一番面白そうだったぞ?桃井」
「ほぅ。ならば、明日、妾と手合わせするか?」
「良いな。実に楽しそうだ」
「辞めておけ」
「辞めとけ」
恒先輩と南雲先輩は、すぐさま止めに入った。
まぁ、そうなるよな。うん。
「鬼龍院、お前は、
「そうだな。せめて試験終わりにしてくれ。お前が大怪我して試験に出られなかったらヤバい」
「…………いや、妾も手加減ぐらいは出来るぞ?」
「…………全然出来なさそうでしたけど?」
椎名の言いたいこともよく分かる。
とてもじゃないが、理性のカケラも見当たらなかった。
「…………一瞬表に出すだけなら、何とかなるぞ?浅野と有栖のお陰じゃ」
あー、なるほど。
だから、応援演説の時、一瞬素で行けていたのか。
「…………チッ、差があるのは分かっているが、そこまで心配されるほど、私は弱くないぞ?」
「知っている。だが、お前に何があったら、朝比奈が悲しむ」
「だな。なずなが悲しむのは勘弁だし、桐山にも恩がある」
「…………なずなは兎も角、桐山のやつは、あまり心配とかしないだろうよ」
拗ねたようにそっぽを向きながら、中々に可愛らしいことを口にする鬼龍院先輩。
え、待って面白そう。
チラリと、南雲先輩と目が合った。
うんうん。面白そうですよね南雲先輩。
「存外乙女ですね。鬼龍院は」
「…………おい綾小路。揶揄うつもりなら、私の手が滑って、お前の手にフォークが突き立つかもしれないぞ?」
咄嗟に手を隠すと、寸前まで手があった場所にフォークが突き立っていた。
危ない危ない。照れ隠しがバイオレンスだな。
「おいおい。そんな様子じゃ、桐山を落とすのは難しいぞ?アイツの堅物っぷりは筋金入りだ」
「神崎。そいつの手を突け」
「嫌です」
「やめろお前ら。後輩を巻き込むな」
恒先輩。ありがとうございます。
「綾小路も、あまり揶揄ってやるな」
「………すいません」
あ、結構ショックかも。
怒られるよりも叱られるって感じで、なんか、辛い。
しゅんとした綾小路に、少し恒は、申し訳なく思った。
「………いや、まぁ、気になる気持ちも、分からなくはないんだが」
「お。なら、恋バナと行くか?」
「はぁ。生憎、俺に特定の異性は居ないぞ?お前や鬼龍院、綾小路と違ってな」
「そうじゃな。このメンツで恋バナとなると、妾としては、綾小路が一番気になるのぅ」
「オレですか」
「当たり前じゃ。漫画でも読んだことないぞ、二股など」
まぁ、そうだろうな。
しかし何故だろう、少年漫画で三股してる主人公がいた気がする。
いや、いるわけないか。いくら南北朝時代の主人公だとしても流石にな。天下のジャンプだぞ?
あの少年の教科書でそんなこと出来る作家なんて、それこそ魔人が探偵の漫画の作者か、超生物が担任の漫画の作者ぐらいだろう。
「………まぁ、私も少し、気になります」
「………椎名も、恋バナとか、興味あるんだな」
「………まぁ、少し」
あ、あー、なるほど。
あの日玄関であった時、何だが様子が変だったが、そういうことだったのか。
うぅむ。まぁ、カルマなら、行けるかぁ?
「そうだな。俺も少し気になる。どうやって成り立たせているんだ?」
「そりゃ夜戦でわから──」
神崎の質問に割り込んできた
瞬きの間に身を乗り出した恒先輩は、自身の漬物をねじ込んで黙らせた。
流石です。
「………まぁ、その、二人を本命としているだけですが」
「………なるほど。有栖殿を本命として扱うことはできなかった、ということなのじゃな」
「………まぁ、そうですね」
坂柳には、申し訳ないとは思っているが。
しかし、こればっかりは、仕方ない。
「その、二人よりも愛せる人に、出会える気がしなかったので」
「……は、恥ずかしくなるぐらい情熱的じゃな。うむ」
「……わ、分かっては、いたんですけど、ね」
そういえば、山村は、坂柳とも仲が良いんだったな。
坂柳有栖親衛隊の一人だし。
「あー、今更なんじゃが、親衛隊の名付け親は誰なんじゃ?」
「藍、あ、森下藍さんです。亮子さん、に、西川亮子さんと、し、白石飛鳥さんが乗っかって、その、定着しました」
「なるほどのう。まぁ、割と納得じゃな」
あ、そういえば親衛隊の面子、あの日オレがあったAクラス女子か。
あー、それで距離が縮まったのか。なるほど。
「そういえば、拓人から、星穹先輩の話はよく聞きますね」
「あ、私も三七さんから、よく聞きます」
「そうなのか。いつも二人が世話になっている。ありがとう」
家族、家族?仲が良いんだな。
兄弟、かぁ。栄一郎は、兄、みたいな感じだったな。同い年ではあるんだが。
「おろ、綾小路、ドレッシング使わなかったのか?」
「あ、あぁはい。わざわざかけるほどのものじゃなかったので」
「………普通かけないか?」
「いつもだったらかけるんだが……。ほら、試飲、というか、そういうコーナーがあっただろ?
それでチラッと舐めてみた感じ、あまり好みに合わなかったからな」
「それはおかしいです。ここで使われているドレッシングは、高育に売られているものと同じなので、いつも使っているなら、好みに合わないということはありえないはずです」
「お、おう。よ、よく知ってるな」
「………ふむ。にも関わらず好みに合わないとすれば、答えは一つ。
いつもは、市販のドレッシングではなく、手作りのものを使っているのでは?」
「あぁそうだな。大体は鈴音が作ってくれたやつだ。たまに桔梗も作ってくれるが。
二人とも凄く料理も上手いんだぞ?」
「なるほど。そういうことでしたか。すっきりしました」
「綾小路は、二人とご飯を食べているのか。俺も、ヨウ先生と拓人と三七の四人で食べるぞ」
「恒先輩もですか。こう、みんなで食べていると、家族って感じがして、良いですよね」
「そうだな。とても楽しい」
そのまま和やかに、家族で食べるご飯の素晴らしさを語り合う綾小路清隆と星穹恒。
そんな二人以外の全員の心は、一つになった。
即ち。
『あれ?綾小路今二人を家族って言った⁇』
である。
「………卒業したら、すぐ三人が五人になりそうだな」
「………いや、流石に、流石に四年は空くと思いますが」
南雲雅と神崎隆二は、こっそりとそんな会話を交わしていた。
一方その頃、朝比奈達の卓では。
「ねぇなずな。南雲の首輪、今のうちに買ってつけといた方が良いって」
「え〜?でも、雅は卒業したら結婚してくれるって」
「うん。じゃあ、婚姻届とかも書かせとこう。多分逃げはしないだろうけど、絶対に逃さないように」
「あ、うん。確かに。それが良いかも」
九重九十九と朝日奈なずなは、非常に危ない作戦を、大真面目に相談していた。
「何というか、ああいう人を見ると、私の初恋、綾小路くんで良かったかもしれませんね」
「あぁー、うん。きよぽんがちゃんと誠実にしてくれたお陰で、やなぎんもまぁ、多分、そのうち、吹っ切れられるよ」
長谷部波瑠加は、多分出来るはず、という、中々に曖昧な物言いでこそあったが。
しかし、綾小路清隆の誠実さを評価していた。
それは、それとして。
「………ね、ねぇ。今聞き間違いじゃなかったらさ、長谷部さん、坂柳さんのこと、やなぎんって読んだ?」
「うん」
「うん⁉︎」
網倉は驚いた。心の底から驚いた。
いや、だって、坂柳有栖が、渾名呼びを許すなんて。
「まぁ、波瑠加さんとは、もう一年近い付き合いですからね」
「やなぎん呼び許してくれたの数日前だよ」
「ふ、ふぅーん。他クラスなのに、そんなに仲良いんだ」
網倉としては、常識はずれで。しかし、隣同士の二人は目を合わせて、あっさりと。
「別に殺し合いしてるわけじゃないし」
「そんなに殺伐としてたら疲れてしまいますから」
そう、笑っていた。
「で、でも、退学の可能性は、あるんだよ?
いや、試験で退学になるってことは、無いだろうけどさ」
この学校がクラス間競争である以上、他クラスは、陥れてくるかもしれない敵なのに。
「あっはははは。やなぎんが私を退学にさせる為に陥れてくるわけ無いじゃん。わざわざ陥れなくても正面から叩き出してくるって。
それに、もし、私が陥れられて退学になるかもしれなかったら。
うちのリーダー達が、絶対に守ってくれるし」
「波瑠加さんが、私を陥れることはありませんよ。というより出来ません。
それに、私を陥れることが出来る人は、私と正面から戦いたい人ばかりですから」
「……そっ、か」
そう。
長谷部は、心からクラスリーダー陣を信じてる。
ならば、自分は、どうなのだろう。
心から、一之瀬達を、信じられているのだろうか。
「………ねぇ。長谷部さんはさ。いつも、どんなことをしているの?」
そう。自分たちは現状、BからDに落ちてしまった。
きっと、このままじゃ、ダメなんだ。
だから、DからBに上がった彼女達から、少しでも、何かを得ないと。
「………ふぅん。それって、さ。教えて私に、何か得があるの?」
「………え」
「多分網倉さんは、最初はやなぎんから何かを得ようとしていたんだよね?」
「───っ!」
バレている。
そう。網倉も神崎と同じように、坂柳有栖から何かを得ようと近付いた。
確かに、同じ卓にはつけた。
だけど、両隣は長谷部と九重にいつの間にか取られていて、正面には座れたけど、会話する隙は殆どなくて。
だからついさっき、ようやく入り込めて。
坂柳は難しそうだから、長谷部に切り替えて。
あれ───?
「あ、もしかして気付いた?
「………あ、うそ」
「ふふふふ。あなたが私に声をかけてきた時点で、察しがついていましたよ。同じ部屋でもないあなたが、わざわざ私を誘う理由なんて、それぐらいしかないですからね。
だから、九十九先輩と波瑠加さんに、隣に座って貰いました。
ほら、私の足はこの通りですし、二人が隣に座る理由は完璧でしたからね」
「で、やなぎんから色々聞き出そうとしてたけど、難しそうだから私に切り替えて、でも、中々入る隙を見つけられないって顔してたから、隙作ってあげたんだよ」
「な、なんで、そんなこと……?」
「うーん、何となく?」
「そ、そんな理由で……!」
「いや、私大体、何となくで生きてるからさ。
あ、でも何となくなりに考えてるよ?
入学初日で、
何となく、積極的に発言してみたり。
何となく、色んな人と話してみたり。
何となく、先輩達から教えてもらったり。
多分、やってることは、網倉さんと私たちで、大きく変わってはいないと思うけど」
「…………じゃあ、どうして」
自分たちは今、最下位なのだろうか。
「…………うーん。
いやでも、言っちゃって良いか。
長谷部波瑠加は、網倉麻子と、しっかり目を合わせて。
そして、話す。
「────どこがどうダメなのか、どうして君たちは今、Dクラスなのか。
生憎私は、具体的に言葉に出来るほど、頭良くはないから、何となく思ったことを言うと。
多分、それだけじゃないかな」
「あらあら。波瑠加さんは、ずいぶんお優しいですね。
言っても良いんですよ?君たちが弱いからだって」
「うーん、多分、私の思う弱いと、やなぎんの弱い、全然違いそうだし」
「それもそうですね」
「…………
そう、かもしれない。
入学初日から、自分が、何か変わったのかと言えば。
何も、変わっていない。
何も変わらず、当たり前に勉強して、当たり前に運動して、当たり前に話して、当たり前に生活して。
そして、当たり前に戦って、当たり前に、負けた。
「────そうですね。私から何かを得ようとして話しかけてきて、難しそうだと判断したから、波瑠加さんに切り替えた、その発想力と柔軟性を評価して、私からも一言だけ、アドバイスを。
「……………皆が、やってるから、当たり前」
そう。
少なくとも、この学校で。
堀北鈴音が生徒会長に選ばれた今のこの学校で。
スタートダッシュは、確かに上手く切れた。
それでも、全員が当たり前のことを当たり前にやってきたから。
確かにあったリードは埋められて抜かされた。
今、この学校で、勝つためには。
「………そう、か」
プラスアルファは何だって良い。
Cクラスのような予想外さでも。
Bクラスのような個人スキルでも。
Aクラスのような圧倒的なスペックでも。
確かに、嘗てのこのクラスの強みは、
だが、変わり始めたこの学校において。
謂わばこのクラスは、基礎問題だけを解き続けていたクラス。
そろそろ、応用問題にも、手をつけなければならない。
網倉麻子が、そう気付けたきっかけは、間違いなく。
潮田渚だった。
予想外の実力を見せた、彼をみて。
真っ直ぐに前だけを見据える、その眼差しを見て。
自分も、何かをしなければと、思ったのだから。
「………そっか。うん。二人とも、ありがとう。
………後で、その、ご飯とか奢るよ」
酷くすっきりした顔で、網倉は笑って。
坂柳有栖は、目を爛爛と光らせた。
「奢りなんかよりも一局指しましょうあなた結構才能あるかもしれませんさぁさぁさぁ‼︎」
「あー、やなぎんバトルジャンキーモード入っちゃった。多分一晩中付き合わされちゃうよ〜?」
「………えぇ?明日も訓練あるし、休みたいんだけど」
「大丈夫です人間思ったよりも丈夫なので一晩くらい平気ですよさぁさぁさぁ‼︎」
「あーまぁ仕方ない。少しでも休めるように、何人か交代でやろっか。うん」
「それでお願いします」
「うふふふふふふ。強い人でお願いします」
「ゆきぽんでしょ。かむろんでしょ。あいりんでしょ。浅野くんと、ほりぴーと、きよぽんだね」
「…………堀北さん達は脳味噌壊れるのでやめてください。呼ぶなら別々で」
「あははは。あそこすっごい熱々なんだね。
……………あれ?長谷部さん。
「あー、割と頭硬いからねー。
何となく」
「そこも何となくなんだ」
「とにかくっ!堀北さんと綾小路くんは、呼ぶのは別々でお願いしますっ!」
「はいはい。分かったよやなぎん」
「あ、そうだ。
明日は私が補助するからさ、隣、座って良い?
色々とさ、聞かせてよ」
「…………ふふふふふ。えぇ。構いませんよ」
あなたたちが強くなってくれるのは、私としても、大歓迎です。
坂柳有栖は、とても、楽しそうに、笑っていた。
その日の夜。
消灯時間の十五分前に、網倉麻子は、現Dクラスの首脳陣以外の有力者を呼び出した。
姫野ユキ。柴田颯。星穹拓人。浜口哲也。別府良太。渡辺紀仁。
この六人は、クラス内でも高い影響力を誇る人物達だ。
だからこそ、彼らの力が、必要だと判断した。
「夜遅くにごめんね。来てくれてありがとう」
「………別に良いんだけどさ。何の集まりな訳?」
「うん。今後の方針というか、その辺りについて、だよ」
「でもさ、一之瀬たちは、このままでも良いって言ってたろ?」
「………網倉は、そうは思っていないということか?」
「うん。一之瀬達の方針は、間違っていない。
一之瀬たちに戦略は任せて、私たちは、当たり前に勉強して、運動して、言うことを聞いて戦う。
その方針のおかげで、私たちは、高い団結力と総合力を持っている。
───でも、それはもう、どのクラスも持っているものになった」
そのことに、姫野と、浜口は多分気付いていた。
「…………だから、プラスアルファの何かを求めて、アンタは坂柳に接触したんだ」
「うん。そういう姫野さんは、
「…………俺は、桐山先輩に接触した。あの人が身に付けたと聞いている戦い方は、必ず必要になると判断したから」
「ふぅん。みんな、ちゃんと考えてるんだな」
星穹拓人は、どこまでも、軽く受け止めて。
それに思わず、柴田颯は突っ込んだ。
「い、いやいやいや。軽すぎんだろ。実質、その、一之瀬達に叛逆してるんだぞ?」
「?颯は何言ってるんだ?別に、叛逆なんてしてないだろ?」
「え、いやでも、一之瀬達の方針とは……」
「いや、渚とかは、方針から外れても気にしないぞ?俺らが自由に動く分にはそれで良いと思うぞ」
「………それに、神崎も、綾小路に接触していた。首脳陣の神崎と同じことをしているだけだ。別に悪いことじゃない」
別府良太は、至極冷静に柴田を諭した。
そう。神崎隆二もまた、網倉達と同じことを考えて、動いている。
「拓人くんも言ってたけど、勘違いしないで欲しいのは、私たちは別に、一之瀬達に不満があるわけじゃないってこと。
一之瀬達から、リーダーの座を奪いたいわけでもないってこと。
私たちは、ちゃんと一之瀬達の指示に従うつもりだし、当たり前のことだって継続する。
そしてその上で、プラスアルファを身に付けるために、個人個人で動く。
これが、今の私の方針」
そして、一回、深呼吸して。
彼のように、前を見据えて。
「…………正直私は、楽しく学校生活を送れれば、それで良いやって思ってた。
将来は大切、Aクラスも大切。
でもそれ以上に、楽しさの方が、大切で。
…………Dに落ちて、全然楽しくないってことに、気付いた」
もし、もっとこの学校の競争が、殺伐とした物だったなら。
不健全な殺し合いのような、そういう何かだったのなら、こんなことは思わなかったのかもしれない。
でも、今のこの学校の競争は、殺し合いは殺し合いでも、
だから、誰も彼も、楽しそうだった。
渚くんも、きっと。
だから、私も。
「…………私も、この学校を、楽しく、戦い抜きたい。
いきなりクラスを巻き込んで動かすのは、難しいと思ったから、この六人にだけ話した。
どの選択をしても良いけど、私は、もう負けたくないって、そう思ってる」
初期Bクラスの生徒には、幾つかの共通点がある。
基本的に正しくて、協調性があって、穏やかで、真面目で。
そして、
────だが、
今はまだ、微かな篝火だが。
寄り集まって、大火となる。
「…………だな。負けっぱなしは、癪に触る。
渚だけに頑張らせたくはないし。
三振取られたら次はホームランで返す。俺は、そういう人間だから。
こっから、リベンジだ」
星穹拓人は、自身のやることを見出して。
「だね。一番下から、また登っていく。それはそれでたのしそーじゃん。
………私みたいに、集団が嫌いなやつでも、雪村は尊重してくれてるから。
お陰で、このクラスは、本当に居心地が良い。雪村のお陰だけど、だからこそ、雪村だけに任せたくない。
…………私も、戦う」
姫野ユキも、決意を新たに。
「当たり前のことを継続する。でもその上で、俺たちは新しいものも身につけて行く。
同じことを繰り返して、新しいことにも挑戦する。
ベストを尽くすとは、きっと、そういうことなんだろう」
浜口哲也は、その眼鏡を輝かせながら。
「………船上試験で、渚は確かに凄かったけど、でも、綾小路と赤羽に負けた。
幸村は、沢山動いてたのに、俺は、殆ど何もできなかった。
正直、ずっと、悔しかった。
だから、俺も、戦う」
別府良太は、力を込めて、拳を握りしめながら。
「………皆がそうしているから、俺もそうした方が良い。
じゃ、多分、ダメなんだよな。
どのクラスも、どの生徒も、自分で考えて動いている。
自分で考えた結果、使われることを割り切る奴もいる。
どれもきっと、間違いじゃない。
でも、俺は、使われるよりは、歩きたい」
渡辺紀仁は、覚悟を決めて。
「………正直、まだちょっと悩んでる。
一之瀬達の方針に従って、俺らは当たり前のことをやるだけで良いんだって、今でも思ってる。
………いや、思ってた。
多分、それだけじゃ、ダメなんだよな。
負けたことには理由がある。俺はいつまでも、同じミスでゴールを決められたくない。
………いつの間にか俺は、ゴール前でパスを待つだけになってた。
取りに行って、ドリブルして、決めないと」
柴田颯は、決意を新たに。
「勝ちに行こう。上に上がろう。
………………変わろう。
だって、この学校は」
実力主義なんだから。
網倉麻子は、強気に、笑った。
潮田渚の生み出した変化の渦は、多くの生徒を飲み込み巻き込んで、やがて、学年どころか学校を飲み込む大潮となる。
何せ、
「………やっぱり、君は凄いね。渚くん」
訓練明けで、夕食後に今晩の練習までやったので。
疲れ果てた潮田渚は、気絶するように眠っている。
小柄で助かった。お陰で、稔でも背負える。
そして、部屋に向かう途中で、ロビーで話す彼らに遭遇して。
失礼とは分かりつつも、興味を抱いたので、聞き耳を立てて。
そうして、薄らと、狐判稔は、笑った。
「………君は、いつでも、どこでも、誰でも、真っ直ぐだ」
だから、この子の周りは、いつも。
こんなにも、楽しそうなんだろう。
さて、では、現実に向き合うとしよう。
「………それはそれとして、今晩どうしよう」
渚くんの部屋知らない。
消灯時間まであと僅か。
浅野と幸村は電話に出ない。※有栖との試合に集中するために通話を切っていた。
え、本当にどうしよう。
え、えっと。うん。
「………き、緊急避難だし。
そ、それに、渚くんだし。
大丈夫、な、はず。うん」
異性の後輩を部屋に連れ込む友達に、花咲ほむらが絶句するまで、あと数時間。
無自覚初恋でだいぶバグってます。