殺せんせーの教え子たち   作:宇津木 沙坂

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潮田渚の女子部屋同衾事件

 花咲ほむらは絶句した。

 開いた口が塞がらなかった。

 目の前の光景を処理しきれなかった。

 

「────なに、やってん、の………?」

 

 声は、震えていた。

 がっくがくに震えていた。

 膝も同じくらい震えていた。

 心の底から、怯えていた。

 

「いや、その、うん。

 練習してたら、疲れて寝ちゃって。

 浅野くんも幸村くんも電話に出ないから、渚くんの部屋わからなくて。

 で、まぁ、連れてきた」

 

 後輩男子を背負って部屋に戻ってきた友達が、心から理解できなかった。

 

「で、じゃないよばっっかじゃないの⁉︎

 何やってんの馬鹿なの⁉︎」

「大丈夫だよ。私の布団で寝させるから」

「み、稔ちゃん、は、どうするのさ」

「あー、まぁ、同じ布団で寝れば」

「あほーっ‼︎どあほーっ‼︎」

 

 花咲ほむら、心からの叫び。

 アウトラインを遥かに飛び越えている。

 

「?緋音ちゃんと良くしてるし」

「緋音ちゃん!女‼︎潮田くん!男‼︎」

「でも渚くんだよ?」

 

 狐判稔、首を傾げる。

 渚くんだし良くない?

 

「良いわけあるかー‼︎」

 

 その場の女子部屋全員の意見が一致していた。

 そのうち一人、雪村あかりがどうなっているのかと言うと。

 

「????????????」

 

 情報を処理しきれていなかった。

 固まり尽くしてもはや石である。

 なんとなく危険な気はしていた。

 ここまでぶっ飛んでいるとは思わなかった。

 予想の遥か上をかっとんで向こう側に行っている。

 理解不能、予測不能、これこそまさしく恋する暴走ロケットなのか。

 喧しいわ。

 なんとか正気に戻って、初めに気にしたことは。

 

「………、で、でもですよ先輩。

 起きたとき、渚、びっくりするんじゃないですか?」

「気にするとこそこじゃなくない⁉︎」

 

 花咲ほむらは珍しくまともに突っ込んだ。

 まず男子を泊めることをもっと気にするべきなのでは。

 

「いや、でも、まぁ、渚くんですし。

 はい。変なことは絶対にないですからね。安心できます」

「Dクラスの潮田くんへの信頼はなんなの⁉︎」

 

 白浜千尋としては、Dクラス男子において、潮田渚以上に安心できる生徒はいないと断言できる。

 他の生徒だったらもっと難色を示したが、潮田渚なら、まぁ。

 

「…………か、会長秘書は、勿論反対だよね……?」

「いや、その、泊まりと同衾をどうこう言う資格は、私にはないっていうか」

「…………この発情期ども‼︎こういう時に使えないとかなんだよこらー‼︎」

 

 櫛田桔梗としては、自分がここで反対するのは割とダブスタなので何も言えないというか。

 まぁ、相手が渚以外だったら強目に拒否していたが。

 相手は渚だし、何より。

 

(…………この二人が、どうやって才能を磨いているのかを聞き出せれば。

 私の才能も伸ばせるかも)

 

 そう。自身の才能もまた、暗殺の才能。

 磨けば、渚の領域に辿り着けるかもしれない。

 その為にも、今ここで、狐判稔に恩を売るのも、割とありな選択肢だ。

 

「王ちゃん‼︎一年まとも代表王ちゃん‼︎

 君は当然反対だよねっ‼︎」

「…………まぁ、そう、です、ね。

 でも、その、狐判先輩とは、布団も遠いですし。

 そこまで気になりませんね。

 綾小路くん達みたいにゲロ甘ではなさそうですし」

 

 本来なら、王美雨がこんなあっさりと許可を出すはずはない。だが。

 

(───常に綾小路くん以外の男子からは一定の距離を置いている桔梗ちゃんが、潮田くんを受け入れた。

 つまり、桔梗ちゃんは、浅野先生を殺した潮田くんを調べ上げるつもりのはず。

 なら、私もここで賛成した方がいい)

 

 何せ潮田渚は、直接的な対戦相手なのだから。

 

「気にしようよっ‼︎くっ、一年BDクラス壊滅的………。ならAクラスはどうなのさ⁉︎」

 

 真面目代表Aクラスなら、きっと。

 

「えっ?あたしそんなに気にしないよ?よく恒とか拓人の部屋で寝たりするし、流石にベッドは別だけどね」

「三七さんが気にしないなら、私も。……布団、離れてますし」

「君らも発情期だったのかよっ‼︎」

「いやいや。だってもう家族だし」

「限度があるでしょうがっ‼︎

 もう十六歳と十七歳だぞ君たちっ‼︎」

「それは、はい。その、あまり、良くないのでは……?」

「あ、あと、個人的に潮田くん気になってるのもあるかもっ‼︎

 浅野先生との組み手凄かったしっ」

 

 瞬間、雪村あかりは目を見開いた。

 櫛田桔梗と王美雨はこのポンコツが、とでも言いたげな目を向けていた。

 

(───あ、やばい。

 今の状況、渚を調べる絶好の機会っ‼︎

 ちっ、櫛田さん、だから断らなかったのか。高い影響力のある櫛田さんが受け入れたなら、他の生徒達も受け入れやすくなるからっ‼︎)

 

 だとすれば。

 

「あ、ごめん。私やっぱり反対かも。流石にクラスメイトに校則違反させるわけにはいかないよ」

 

 難しいのは分かるが、ひっくり返すしかない。

 自分の影響力なら、これで───。

 

「あー、でも、バレなきゃよくない?

 だって、みんなも危険は犯したくないし黙るっしょ。

 ね、菜々美」

「あ、え、まぁ、確かに?」

「ちょっ、ちょっと待ってよ真鍋さん。

 そんな、軽く───」

「そんなに気にすることでもないでしょ?

 だって、櫛田も、賛成してるんだし」

「─────っ‼︎」

「へぇ──」

 

 その発言で、雪村あかりと櫛田桔梗は、裏の意図を完璧に読み取った。

 そう。真鍋志保は櫛田側。

 潮(・)田(・)渚(・)を(・)調(・)べ(・)た(・)い(・)側(・)で(・)あ(・)る(・)。

 

(………赤羽くんも、龍園でも驚いていた。

 潮田が優秀な生徒ではあることなんて、みんな分かり切ってたけど、あそこまで強烈な隠し球を持っているとは、思っていなかったはず。

 幸いにも、櫛田と王とは利害が完全に一致してる。

 今は、協力の余地がある、はず)

 

 真鍋志保は、なんだかんだで、グループのリーダーをやれるぐらいには優秀だ。

 船上試験を契機に、彼女も変わり始めている。

 この程度の服芸、訳はない。

 

「真鍋さんも薮さんもこう言ってるしさ、大丈夫だよあかりちゃん。

 みんな秘密にしてくれるし」

「………そ、そう、かなぁ?

 でも、その、危なくない?」

 

 一年生はダメだ。

 全員敵でもあるから当たり前なのだが。

 となると二年生をできる限り味方につけないと。

 花咲ほむらは多分味方。

 まぁ、二年Aクラスは多分味方になってくれるとして。

 

「あー、私らもそんな気にしないよ?布団離れてるし」

「なん………だと…………?」

 

 あ、あの生真面目卜部先輩のクラスなのに⁉︎

 裏切者っ‼︎

 

(………ま、藤乃にとっても、潮田は予想外だったみたいだからね)

 

 二年Aクラス、遠藤乃ノ亜は、あの模擬戦の瞬間の藤乃の表情を思い出す。

 信じられないものを見る目だった。

 今の藤乃がそんな目をするなんて、余りにも予想外だったのだろう。

 クラスメイト達の手前、すぐさまそれを隠したが、組み手の相手を務めていた乃ノ亜はそれに気付けた。

 ならば。

 

(───今この部屋に泊められれば渡りに船。

 これを材料に徹底的に潮田を調べ上げる)

 

 鋭い目を一瞬だけ向けて、遠藤はすぐさまその目を隠した。

 卜部藤乃は、前よりも誰かを頼れるようにはなったが、それはそれとして、たまに不器用な時があるので。

 まぁ、友達でもあるわけだし、汲み取って動くとしよう。

 

「そう、ですね。

 私も、賛成です」

 

 遠藤の意図を悟った青木杏奈(あんな)は、同じく賛成を表明した。

 

(───来年、潮田くんは敵になります。

 今のうちに、調べられるだけ調べましょう)

 

 そう。

 ここで、雪村あかりは、気付いた。

 二年生にとっても、潮田は調べたい対象なのだということを。

 

「うちも賛成やよ。消灯時間過ぎとるのに放り出すのも可哀想やし、迎えに潮田くんと同じ部屋の男子駆り出すのも悪いしなぁ」

「だねぇ。消灯時間過ぎてるのに出歩かせて見つかっちゃったら、色々大変だからさ」

 

 二年Bクラス、地方出身の大岡翠(みどり)と、小林千夏もまた、賛成派と同じ。

 潮田渚を調べたい側である。

 

「ちょっ、ちょっと先輩方?さ、流石に色々危ないですって。

 そ、その、抜き打ちで見回りとかもあるかもしれませんし……」

「せやけど、渚くんの体格なら、違和感なく布団に隠せるやろ?」

「で、でもほら!渚と同じ部屋の人達が、その、探すかもしれませんし‼︎」

「あー、大丈夫大丈夫。うちのクラスの平田くん同じ部屋だったみたいだから、そこ経由で心配しないでって伝えてもらってるよ」

 

 くそ、退路がない。

 いや、渚を知られる分には別に良いのだ。

 知(・)っ(・)た(・)と(・)こ(・)ろ(・)で(・)対(・)策(・)な(・)ん(・)て(・)出(・)来(・)な(・)い(・)か(・)ら(・)。

 問題は。

 

(───渚と稔先輩の秘密の練習、渚の才能をさらに磨いているこれが、櫛田さんに筒抜けになると不味いっ!

 最悪、櫛田さんが渚と同じくらい強くなっちゃうかもっ)

 

 現状、 Dクラスの唯一絶対の強み。

 警戒を無意味にする潮田渚と、その対策として、正面戦闘に引き摺り込めば、一之瀬帆波と雪村あかりの二枚看板で倒すという、この戦術が、意味をなさなくなる。

 なぜなら、櫛田桔梗が潮田渚と同じくらいになれば、潮田渚を単独で抑えられるのだから。

 

(…………不味い。不味い不味い不味い不味いっ。

 この、ままだと……‼︎)

 

 焦る雪村あかりを見て、二年Dクラスの雨宮由里香は、目を細めて。

 一貫して反対する花咲ほむらに、首を傾げた。

 

(………花咲さんの性格なら、潮田くんと狐判さんの秘密の練習、もっと調べ上げると思っていたのですが。

 どうして、一(・)切(・)そ(・)れ(・)を(・)知(・)ろ(・)う(・)と(・)し(・)な(・)い(・)の(・)で(・)し(・)ょ(・)う(・))

 

 この部屋の他の生徒達は、全員潮田渚に集中していた。

 当然だ。実際に暗殺したのは潮田渚なのだから。

 酷く冷酷な指示を下した狐判稔。

 余りにも暴力的な本性を解放した桃井緋音。

 そして、信じがたい才能を見せた潮田渚。

 一番目立っていたのは桃井緋音であり、一番度肝を抜いたのは潮田渚だった。

 だから、この部屋の誰も彼も、狐判稔を一旦警戒の外に置いていて。

 一年近く付き合いのある花咲ほむらだけが、狐判稔の恐ろしさを良く知っているから。

 周りの一、二年生が、二人の練習を調べようとしているのを察したほむらは、大きく溜息を吐いた。

 

「───はぁ───。

 あのね、忠告しておくけど、多分潮田くんは、どれだけ知っても意味なんてないし。

 それに、稔ちゃんがやらせてるだろう練習は、真(・)似(・)し(・)ち(・)ゃ(・)い(・)け(・)な(・)い(・)類(・)の(・)や(・)つ(・)だ(・)よ(・)。 

 まず間違いなく、ね」

 

 そう。

 花咲ほむらは、予想がついている。

 狐判稔が、潮田渚にどのような練習をやらせているのか。

 

「──仮に、参考にならないとしても、参考にならないということが分かるだけ、充分な成果では?」

 

 王の言う通り。

 参考にならないということが分かるだけで、十分な成果でこそあるのだが。

 

「それだけのために、わざわざ危ない橋を渡る必要なんてないでしょ」

「いやいや。でも、もしかしたら役に立つかもしれないですよね?

 どんな練習させてるかは知りませんけど、参考になるかも」

「ならないよ。この二人がやってるだろう練習は、酷く単純で。

 だからこそ、常人に真似できるものじゃない」

「ほむらさんは、私が何をやらせてるのか、よく分かってるんだね」

「そりゃね。だから反対なんだよ。

 真(・)似(・)し(・)た(・)人(・)間(・)が(・)危(・)な(・)い(・)か(・)ら(・)」

 

 そう。

 この二人が、暗殺の才能を磨くためにやっている練習は。

 間違いなく、常軌を逸している。

 おそらく櫛田桔梗では、途中で根を上げるだろう練習だ。

 

「…………そこまで言われると気になんなぁ。

 ねぇ、狐判さん。黙っとくさかい、教えてくれへん?」

「…………そうだね。じゃあ、一応動画も残してるし。

 具体的に何をやっているのか、説明しながら見せてあげるよ」

「他の人は一旦離れてね。

 多分、すごく、ショッキングだから」

 

 花咲ほむらの、常では考えられないぐらい深刻な顔に。

 素直に、他の生徒達は従って。

 大岡は、狐判の端末を覗き込んで。

 

「…………何これ。SM?」

「違うよ」

 

 画面を見ての第一声が予想外過ぎて、全員一気に興味を抱いた。

 花咲ほむらは、深い溜息を吐いた。

 そ(・)ん(・)な(・)生(・)優(・)し(・)い(・)も(・)の(・)で(・)は(・)な(・)い(・)の(・)に(・)。

 

「なんやこれ、えらい囁いとるなぁ。あんさん潮田くんに何言ってるん?」

「これはね、────だよ」

「…………は?」

「だから、────だよ」

「い、いやいやいやいや。な、何言うてんの?は?」

「多分星穹くんから頼まれてるよね。渚くんについて探ってくれって」

「─────っ」

「星穹くんに伝えといて。

 多分影乃くん育てようとしてるんだろうけど、このやり方は真似しちゃダメだって」

「………………あんさん、本気で、こんな練習させとるの?」

「うん。まぁ、これ、渚くんも同意してるんだけどね」

「………………そうなん。どっちもイカれとるわ。なるほど。花咲さんの言う通り、一切参考にならんなぁ」

 

 大岡翠(みどり)は、二人を恐ろしいものを見る目で見ながら、露骨に距離をとった。

 一体何を見たのか、全員心から気になったようで。

 もう一人ぐらい、インパクトが必要だと判断したほむらは、その女子を呼んだ。

 

「………………はぁ。

 じゃあ、うん。雪村ちゃん、ちょっと来て」

「え、あ、はい」

「いやいや。雪村さんには見せんほうがいいで。断言するけど、狐判さん殴られんで」

「あー、でも、まぁ、多分そのうちバレるし。私と渚くんがどんな練習してるのか。

 まぁ、早めの段階でやった方がいいかなって」

「な、殴るなんて、そんな。稔先輩を殴ったりしませんよ」

「………ならウチは、殴る方に一万ポイント賭けたる。殴りたくなったら、ウチにそれ払ってから殴り」

「な、なんですかそれ。

 じゃ、じゃあ、殴らなかったら、ポイント払って下さいね。稔先輩」

「え、殴られるの私なのに?」

「自業自得やで」

「えー」

 

 思わず不満を漏らす狐判稔の端末を覗き込んで。

 その動画を、再生する。

 

「───えちょっ、稔先輩っ、なん、なんで渚にこれつけさせてるんですか⁉︎」

「あかりちゃんも、アレ練習してるんだよね。アレの習得に、これ結構活かせるらしいから、使ってるの」

「で、でも、渚特に練習とかしなくても出来たって」

「うん。だからこれは、その応用だよ」

「応用………?」

「うん。ほらここ。私、渚くんの耳元で囁いてるでしょ?この時にね、─────」

「───────え」

「これが一番有効だって、二(・)人(・)で(・)結(・)論(・)を(・)出(・)し(・)た(・)ん(・)だ(・)よ(・)ね(・)。

 まぁ、疲労感は間違い無くすごいんだけど、その代わり、試(・)行(・)回(・)数(・)を(・)こ(・)な(・)せ(・)る(・)か(・)ら(・)さ(・)。

 どんな才能もどんな技術も、実際にやってみないと磨かれないでしょ?

 あ、ほらこことか、色々具体的に聞き出してるの。

 ど(・)ん(・)な(・)状(・)況(・)だ(・)っ(・)た(・)の(・)か(・)、ど(・)ん(・)な(・)や(・)り(・)方(・)だ(・)っ(・)た(・)の(・)か(・)。

 渚くん、無(・)意(・)識(・)で(・)や(・)っ(・)て(・)た(・)か(・)ら(・)さ(・)」

「────こん、なの」

 

 一瞬、荒れそうになって。

 一度深呼吸して落ち着いた雪村あかりは、端末を操作して、一万ポイントを、大岡翠(みどり)に支払った。

 

「毎度あり。得したわ」

「……………えぇ。そうですね」

 

 勢いよく右手を振り抜いて、あかりは、稔の頬を打ち据えた。

 その部屋の全員は、固まってしまった。

 余りにも、予想外だったから。

 

「……………渚は、嫌がらなかったんですか」

「……………うん。寧ろ、渚くんから、提案してきたぐらい。

 ……………そう、だよね。うん。そう、なる、よね。

 ……………試験が終わったら、渚くんとは、距離を置くね」

「……………そうですね。絶対に、そうして下さい」

 

 雪村あかりは、潮田渚を引っ張って、自身の布団に転がした。

 

「えっ、ちょっ」

「今日は私と寝るから。

 おやすみ」

 

 全員を置いてけぼりにして、雪村あかりは、潮田渚を抱きしめながら、眠って。

 茅野カエデは、心から、後悔した。

 

(………もし、私たちが、Dクラスに落ちなかったら。

 渚に、こんなことやらせる必要なかったのに……。

 私、間違えてばっかりだ………)

 

 そう。

 競い合い、騙し合いが、嫌だったから。

 だから、あまり、積極的に仕掛けようとはしていなくて。

 当たり前のことだけをやってきて。

 その結果が、これだった。

 

「…………私、リーダー失格だよ」

 

 そんなことを、誰にも聞こえないように、呟いて。

 無理やり渚を抱きしめて、少女は、眠った。

 

「…………ウチ、ちょっとベランダ出るわ。

 忠告しないといけんことがあるからなぁ。

 長電話になるさかい、先に電気消して寝といてなぁ」

 

 大岡翠は、ベランダに出て。

 部屋の中を、異質な沈黙が、包み込んでいた。

 

「…………稔ちゃん。自覚しなよ。

 わたしも、あんたも、おかしいんだよ」

「…………そう、だった、ね。

 私、浮かれてた、みたい」

 

 渚くん(好きになった人)が優しいって言ってくれたから。

 初対面の後輩(雪村と一之瀬)たちが、近づいて来てくれたから。

 部長も託されたから。

 だから、勘違いしてしまった。

 

 私は、まともになれているのかもって。

 そんな訳、無かったのに。

 

「…………変なことして、ごめんね」

 

 潮田渚を連れて来た時は、どことなく、嬉しそうだったのに。

 今となっては、沈んだ顔で。

 狐判稔は、眠りに着いた。

 

「…………はぁ。

 はーい!明日も早いんだし、今の所は飲み込んで、みんな寝るよー‼︎」

「…………そう、だね。

 花咲先輩の言う通り、明日も早いし、寝よっか」

 

 櫛田桔梗の声掛けに従って、電気を消して、全員が、眠った。

 衝撃と疑問を、胸に抱えたまま。

 

 

 その頃、神崎隆二の部屋では。

 

「良かったな。神崎。潮田の所在がわかって」

「えぇ。少し不安でしたが、雪村のところなら、安心できます」

 

 星(・)穹(・)恒(・)と(・)神(・)崎(・)隆(・)二(・)は(・)同(・)じ(・)部(・)屋(・)だ(・)っ(・)た(・)。

 鬼龍院達は、女子なので知らなかったが。

 

「む、すまない。通話が来たようだ。少しベランダに出る」

「あっ、はい」 

「長電話になるかもしれないから、電気は消しておいて構わない」

「分かりました。あ、夕(・)食(・)の(・)時(・)は(・)あ(・)り(・)が(・)と(・)う(・)ご(・)ざ(・)い(・)ま(・)し(・)た(・)」

「気にするな。俺(・)も(・)助(・)か(・)っ(・)た(・)」

 

 ベランダに出て、星穹恒は、通話を繋いだ。

 

「大岡か。何か掴めたか?」

『一つ忠告や。影乃くんの才能を磨くにしても、潮田くん達のやり方は、真似したらあかん』

「………何故だ?」

『影(・)乃(・)く(・)ん(・)が(・)壊(・)れ(・)る(・)。絶(・)対(・)に(・)』

「………おい、まさか狐判は、そんなやり方で磨いているのか………⁉︎」

『ま、あんさんなら、この忠告だけでそこまで分かるとは思うてたわ』

 

 星穹恒は、察して、心から驚愕した。

 口元を抑えながら出来る限り落ち着けて。

 

「……………それは、狐(・)判(・)が(・)や(・)ら(・)せ(・)て(・)い(・)る(・)の(・)か(・)。それとも──」

『二人で考えた結果やと。ほんま、どっちも頭おかしいわ』

 

 満天の星を眺めながら、大岡は、更に忠告する。

 

『後多分、夕食んときの思惑もバレてるで』

「………まぁ、そ(・)こ(・)は(・)予(・)想(・)通(・)り(・)だ(・)が(・)」

 

 あの夕食の時。

 

 神崎隆二が鬼(・)龍(・)院(・)楓(・)花(・)が(・)リ(・)ー(・)ダ(・)ー(・)だ(・)と(・)消(・)去(・)法(・)で(・)導(・)き(・)出(・)す(・)の(・)は(・)不(・)可(・)能(・)だ(・)っ(・)た(・)。

 鬼龍院楓花は、星穹恒と神崎隆二が同じ部屋だとは知らなかったから、違和感を覚えてはいなかったが。

 もし、この二人が同じ部屋であることを知っていたのなら、神崎の理屈がおかしいことには気付いていたはずだ。

 だって、自(・)身(・)と(・)星(・)穹(・)恒(・)は(・)、最(・)低(・)で(・)も(・)同(・)格(・)な(・)の(・)だ(・)か(・)ら(・)。

 綾小路清隆がリーダーでないことには気付けても、自身と星穹恒のどちらがリーダーなのか突き止めるのは、不可能だった。

 星(・)穹(・)恒(・)が(・)リ(・)ー(・)ダ(・)ー(・)を(・)務(・)め(・)な(・)い(・)と(・)い(・)う(・)こ(・)と(・)を(・)知(・)ら(・)な(・)け(・)れ(・)ば(・)。

 

『あんさんに忠告するように言ってきたってことは、C(・)ク(・)ラ(・)ス(・)の(・)思(・)惑(・)に(・)気(・)付(・)い(・)て(・)い(・)る(・)こ(・)と(・)に(・)気(・)付(・)い(・)て(・)る(・)で(・)』

「それも予想通りだ。大きな問題はない」

 

 二学期末の特別試験で、自分たちにメ(・)ン(・)タ(・)ル(・)ト(・)レ(・)ー(・)ス(・)の(・)存(・)在(・)に(・)辿(・)り(・)着(・)か(・)れ(・)る(・)危(・)険(・)を(・)冒(・)し(・)て(・)ま(・)で(・)、一方的に勝つ必要はなかった。

 Bクラスの相手がDクラスの時点で、自分たちのクラスと卜部たちのクラスの順位が入れ替わることは、分かりきっていたのだから。

 それでもなお、Cクラスは自分たちに一方的に勝利して、現Aクラスとの差を広げさせて、自(・)分(・)た(・)ち(・)と(・)A(・)ク(・)ラ(・)ス(・)を(・)戦(・)わ(・)せ(・)て(・)両(・)方(・)削(・)る(・)つ(・)も(・)り(・)だ(・)っ(・)た(・)。

 

『は、初めてそれ聞かされた時はビビったわ。

 確かに、筋が通ってるけど、な(・)ん(・)つ(・)う(・)え(・)ぐ(・)い(・)こ(・)と(・)考(・)え(・)る(・)ん(・)や(・)ろ(・)て(・)。

 まぁ、その認識でも甘かったんやけどな』

「そのようだな。まさか狐判稔が、ここまで怖いとは思わなかった。

 卜(・)部(・)の(・)強(・)さ(・)も(・)予(・)想(・)以(・)上(・)だ(・)っ(・)た(・)が(・)」

 

 この夕食、星穹恒は、メンタルトレースを身につけた自身が九(・)重(・)九(・)十(・)九(・)か桐(・)山(・)生(・)叶(・)に接触することで、二人をトレースして、Aクラスの指揮を丸裸にするつもりだった。

 卜部自身は、恐らくあの試験以降、指揮に回ることはないだろうと判断したから。

 現(・)在(・)の(・)高(・)育(・)で(・)は(・)、最(・)強(・)の(・)生(・)徒(・)と(・)指(・)揮(・)官(・)を(・)ど(・)の(・)ク(・)ラ(・)ス(・)も(・)別(・)々(・)に(・)し(・)て(・)い(・)る(・)。

 至極当然の話、負担が大きくなるから。

 

 だからこそ、現二年Bクラスは、朝比奈なずなをリーダーとして、最強の生徒たる星穹恒は、基本的に自由に動かしている。

 

 二年Cクラスも、リーダーは須知萌香が、最強の生徒の狐判と桃井は、自由に動かしていて。

 

 二年Dクラスも、リーダーは森悠政が、最強の生徒、花咲と南雲は自由に動いている。

 

 つまり、二年Aクラスも同じように。

 リ(・)ー(・)ダ(・)ー(・)は(・)九(・)重(・)と(・)桐(・)山(・)に(・)任(・)せ(・)て(・)、最(・)強(・)の(・)生(・)徒(・)で(・)あ(・)る(・)卜(・)部(・)と(・)鬼(・)龍(・)院(・)は(・)自(・)由(・)に(・)動(・)け(・)る(・)よ(・)う(・)に(・)す(・)る(・)と(・)予(・)想(・)し(・)て(・)い(・)た(・)。

 

 だからこそ、まずは指揮官をトレースしようとしたのだが。

 

「───九重が、朝比奈を誘っていたからな」

『せやなぁ。多分九重さんは、仲良いから誘っただけなんやろうけど』

「これを利用しないほど、卜部は優しくないからな」

 

 自身は殆ど情報がない。

 だからこそ、この夕食の場で、トレースされる危険を冒してでも、自身を暴こうとするはず。

 だから、星穹恒が、鬼龍院を誘うよう、場を支配した。

 星穹恒が誘いたい九重と桐山が、星穹恒以外のBクラスの生徒を誘うことによって。

 そうして、指揮官の次に優先順位が高い鬼龍院に接触させて。

 

 情報を抜き取ってこようとする星穹恒の情報を抜き取るつもりで。

 

 それを察知した星穹恒は、『基本的に誰も拒まない』という約束で、朝比奈経由で綾小路を、自身が誘って南雲を卓に着かせようとした。

 

 鬼(・)龍(・)院(・)の(・)タ(・)ー(・)ゲ(・)ッ(・)ト(・)を(・)分(・)散(・)さ(・)せ(・)る(・)た(・)め(・)に(・)。

 

 そして、綾小路について知りたがっている神崎を卓に着かせることで。

 潮(・)田(・)渚(・)の(・)情(・)報(・)も(・)得(・)る(・)つ(・)も(・)り(・)だ(・)っ(・)た(・)。

 

 結果的には、卜部の狙いを読んでいた狐判稔の指示───桃(・)井(・)緋(・)音(・)側(・)か(・)ら(・)綾(・)小(・)路(・)清(・)隆(・)に(・)親(・)近(・)感(・)を(・)抱(・)い(・)て(・)い(・)る(・)な(・)ら(・)、逆(・)も(・)ま(・)た(・)然(・)り(・)と(・)判(・)断(・)し(・)て(・)、──、綾小路が桃井を誘うことを読み、星穹と鬼龍院の席に誘導させる。

 そうして星穹恒を援護して、AクラスとBクラスを削り合わせようとして。

 そしてこれにより、朝比奈を経由せずとも綾小路が卓について。

 

 綾小路に釣られる形で、鬼龍院の注意を引ける生徒、即ち椎名ひよりと南雲雅も卓について。

 そして、綾小路を餌に神崎を卓につけて、潮田渚の情報を抜き取りつつ。

 さらに、南雲雅の悪癖を利用して──朝比奈のアレは素だが──自然に席替えして、鬼龍院から距離をとりつつ、自身は、他の生徒達を探る鬼龍院を観察して、自身の情報を隠しつつ、鬼龍院の情報を抜き取れる場を作った。

 

 即ち。

 

『今回の夕食の席決め(情報戦)は、ウチら(二年Bクラス)の勝ちやな』

「そうだな。それは間違いないだろう」

 

 最も自身に都合が良い場を作れた、星穹恒の一人勝ち、なのだが。

 

 一つだけ、事故が起きていた。

 

『…………あれ、多分、山村さんは完全に事故やんな?』

「…………そうだな」

 

 そう。

 メンツがメンツなので、この席に座ってくるのは、椎名か森下のような、一年生でも有数の実力者しか座らないはずだったのだが。

 一人の一年生女子生徒(ポンコツ天然アホの子)の手により、思惑渦巻く猛獣達の晩餐会に、一匹の小動物が投げ込まれてしまった。

 即ち。

 

『山村さん、ちゃんと守らなあかんよ?』

「……………あぁ。よく、分かっている」

 

 家族の後始末は家族でつけてね。というやつである。

 

 星穹恒は、ベランダで満天の星を眺めながら、自称姉のやらかしに、ため息を吐いていていた。

 

 

『………明日も忙しいからな。よく休むと良い。

 おやすみ。大岡』

「はいはい。おやすみやで〜」

 

 電話を切った大岡翠は、スヤスヤと気持ちよさそうに寝ている、後輩女子(ポンコツ天然アホの子)を見て。

 ついさっきのやり取りと、夕食の席決めのやり取りを思い出して。

 思わず笑ってしまった。

 

「───天才達が、何も考えてへんアホに引っ掻き回されとるなぁ。

 ほんまに、オモロいわぁ」

 

 案外こういうやつの方が、人生楽しく生きられるのかもしれない。




 夕食の席決めの裏側で起こっていたこと。

 卜部→殆ど情報のない星穹恒について知りたい。
 星穹恒→指揮官やるだろう九重か桐山、それが難しければ鬼龍院か卜部をトレースするために接触したい。
 狐判→AとBをぶつけて削り合わせたい。
 南雲→綾小路と話したい。

①卜部、九重が朝比奈を誘ったことを知る。
 これを利用して星穹恒の情報を得るため、桐山には適当なBクラスの誰かを誘うように指示。
 星穹恒は自身か鬼龍院を誘ってくるだろうと予想。
 情報を抜き取ってこようとする星穹恒から情報を抜き取るつもりだった。

②星穹恒、九重が朝比奈を誘ったことを知る。
 これを利用して自身の情報を探ってくるだろうなと察したので、自分から鬼龍院を誘いつつ、朝比奈経由で綾小路を、自身で南雲を誘ってターゲットを分散させようとする。
 ついでに綾小路について知りたい神崎を誘って、潮田渚についても知ろうとする。※影乃蓮育成のため。

③桃井から綾小路に親近感を抱いていることを知った狐判。綾小路側からもそうじゃない?と予想。
 森を誘っている様子がなかったので、多分生徒会誘えない何かがあったな、と予想。
 多分親近感を抱いていて、人を集めやすくなるだろう桃井を誘うはずと予想。
 AとBを削り合わせるために、Bへの援護として、星穹恒と鬼龍院の席に桃井を経由して綾小路を誘導。

④星穹三七。思惑とか一切無しに山村美紀を放り込む。※全員にとって予想外。完全に事故。

⑤椎名ひより。普通に席に着く。これは全員ある程度予想済み。

⑥神崎隆二。星穹恒の思惑通り卓に着く。

⑦南雲雅。綾小路について知りたいので普通に卓に来る。悪癖利用して星穹恒席替え。※なお朝比奈は素。

⑧自身の情報を隠しつつ鬼龍院を安全な場所から観察しつつ潮田渚についての情報も聞き出せる場を作って星穹恒の勝利。

※なお、山村美紀のフォローというタスクも増えた模様。
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