四日目の夜。
今日もまた訓練が終わり、露天風呂で疲れを癒していた。
「ふー、やはり、露天風呂は良いなあ」
しかしまぁ、最近は本当に忙しい。
啓誠との組み手は勿論のこと、神崎も積極的に挑んでくるし、南雲先輩も組み手をガンガン申し込んでくる。
三人ともどんどん強くなっているので、普通に疲れる。
カルマと浅野はそれぞれクラスの有力者を鍛えることを優先してくれているのが救いだ。
ありがとう榎中。ありがとう石崎。ありがとうアルベルト。ありがとう龍園。ありがとう葛城。ありがとう橋本。ありがとう鬼頭。
君たちがズタボロにされているお陰で、二人の相手をしなくて済む。
そのまま最後までズタボロにされ続けてくれ。
「お疲れ。綾小路くん」
「あぁ平田か。お疲れ」
平田かぁ。余裕があったら平田も鍛えたいのだが、流石に余裕がない。
三人の相手をするだけじゃなく、来週からのパイセンとの手合わせも考えると、オレ自身のレベルアップも必須なので。
久しぶりに烏間先生と手合わせをしているが、やはり、一年前よりも強くなっているな。
あの堀北先輩との組み手が、相当な経験になっているようだ。
烏間先生も驚いていた。
「…………出来ることなら僕も君と組み手したいんだけど、現状あとが詰まってるかな?」
「…………だなぁ。予定だと啓誠メインで、寛治たちをサブで見るつもりだったんだが、メインが二人増えたからな」
「…………他クラスなのに、どうして神崎くんまで見ているの?」
…………平田は、そういうの気にしない人間だと思っていたんだがな。
まぁ、平田なら教えても良いか。
「渚の友達だからな。
それに、あの真っ直ぐなところ、個人的に気に入ったし」
最近の一年Dクラスは、とても気合が入っている。
渚の暗殺を契機に、全員が心から変わろうと積極的に色々な人に教わって、鍛えて、強くなろうとしている。
ただ、茅野は頑張って隠しているが、ずっと暗いんだよな。
気付いているのは、元E組のオレ達や茅野とよく一緒にいた一之瀬と姫野ぐらいか。
………桔梗の話では、渚と狐判先輩の練習を聞いてからあぁなったらしいが。
「………そっ、か。
君たちはやっぱり強いね」
「?お前も強いだろう?」
「………ううん。
………僕は、弱い」
星を見上げながら平田洋介という少年は。
隠しておきたいものを晒し出した。
「───あの試験の時。
僕はね、綾小路くん。
「………それはまた、どうして?」
軽井沢の過去とやらは、オレも知らない。
桔梗は本当に一切、それを口にすることだけは無かった。
それだけ、本人にとって重いものなんだろうが。
「………今、このクラスで一番いなくなっても良いのは、僕だと思ってたから」
「アホなのか?」
お前は一番いなくなったらダメな生徒だろ?
馬鹿なのか?
「あはははは。君に褒められると少し嬉しいね」
「褒めてるというより、当たり前の評価だと思うが」
「……………でもさ、君たちは僕よりずっと凄いんだよ」
「……………どうして、そこまで自信が無いんだ?」
「……………うん。つまらない話だけど、聞いてくれる?
僕の罪を」
僕にはね、幼馴染がいたんだ。
杉村くんって言うんだけどね。
今、脳死状態でずっと眠っている。
「………いきなり強烈だな」
「あははは。だよね。ごめん。
でも、どうしても吐き出したくてさ。
まぁ、疲れると思うけど、付き合ってよ」
「まぁ、別に良いが」
なんで、杉村くんがそうなったのかっていうと、いじめが原因なんだ。
小学校六年間は一緒に登下校するぐらい仲が良かったんだけどね。中学で別のクラスになってさ、それで、まぁ、ちょっと距離が出来ちゃってね。
………あんまり、話したりしていないうちに、杉村くんはいじめられてた。
「………いじめ、か。
どの学校も、そういうのは変わらないんだな」
「まぁ、そうだね。
人はどこまでも悪意に塗れている。どうしようもないくらい」
「………平田は人が嫌いなのか?」
「………うん。人は嫌い。
僕も嫌い」
………話を戻すね。
正直ね、最初はそのいじめを軽く捉えていたんだ。
杉村くんはその、口が悪いところもまぁまぁあったし、多分敵を作って、自業自得なところもあるんだろうな、とか思ってたから。
……………いや、これは言い訳だね。
僕は怖かった。
杉村くんを助けることで、僕もいじめられることが。
その結果、味方が一人もいないって感じた杉村くんは、当てつけのつもりなのか、僕の目の前で飛び降りて、脳死状態で寝たきりさ。
「それは仕方ないだろう。
自分を優先するなんて、人間なら当然の選択だ」
「でも堀北さんは違う。櫛田さんも君も。
君たちは同じ状況なら、助けに行っていただろう?止めようとしていただろう?」
「………否定はしない。
………そうか。だからお前は」
うん。僕は一番いらないって思ってた。
今も思ってる。
今、僕はクラスの首脳陣ってことになってるけど、僕がやってることなんて、櫛田さんの補佐ぐらい。
人を纏めるのは堀北さんの方が上手くて。
人を導くのは綾小路くんの方が上手くて。
人を諌めるのは櫛田さんの方が上手くて。
人に手本を見せるのは幸村くんの方が上手くて。
僕だけが出来ることなんて、一つもない。
「自分を低く見積りすぎだ。お前にしか出来ないことなんて幾らでもある」
「そうかな?
だって僕は、暴力で学年を支配したんだよ?」
「……………なるほどな。
それが、お前がDクラスの理由か」
うん。
杉村くんがあんなことになって、でも、少しだけ安心したんだ。
これでもう、いじめなんて起こらないって。
でも違った。杉村くんをいじめてた奴らは、僕のクラスから新しいターゲットを見つけて、いじめ始めた。
絶望したよ。人の悪意に。
……………何より。
「僕じゃなくて良かったって、そう思っている僕自身に」
「……………それで、暴力か」
「うん。ちょっと考えれば、答えはあっさり出たからね。
いじめを無くすにはどうすれば良いのか。答えは簡単。
全員いじめられる側になれば良い」
何かあったら、割って入ってどっちも殴り倒した。
どっちの言い分も聞かなかった。
人間なんて悪意しかない。馬鹿しかいない。僕も含めて。
だから、どっちも殴り倒して、上に立って、押さえ付けて。
で、まぁ、やぁっと大人達は重い腰を上げて、全クラスの解体・再編と、厳しい監視体制が敷かれて平和になった。
「………それ、大人が動くの遅過ぎないか?」
「大人なんてそんなもんだよ。杉村くんは教師にも相談してたけど、それが逆にいじめを苛烈にさせたぐらいだし」
「………この学校とは大違いだな」
「まぁそうかもね。
………だから、さ。
君たちを見てると、僕はより僕が嫌いになるんだ。
僕はあんなことをするしかなくて。
でも君たちはきっと、あんなことをしなくてもあそこからいじめを無くせていたし、そもそも杉村くんを見捨てることもなかった。
特に堀北さん見てると、眩し過ぎて目を抉りたくなっちゃうんだ。
あの人はずっと正しくて、間違えなくて、強くて。
僕が動かせなかった大人を、あっさりと動かしたから。
僕に出来なかったことを、全部やり遂げちゃったからさ。
同じクラスにいると、惨めで腹立たしくてうざったくてどうしようもない」
「お前じゃなかったら本気で拳骨してたところだな」
「あはははは。ごめん」
「…………オレ達と一緒にいるのは苦痛か?」
「…………うん。だって、君たちは。
いつもあっさりと、誰かを助けちゃうんだから」
平田洋介の声は。
常から考えられないほど、深く沈んでいた。
「…………はぁ。盗み聞きは感心しないよ。幸村くん。高円寺くん」
「盗み聞きとは酷い言い草だな。万が一にも他の誰かに聞かれないように、俺たちは見張っていたんだぞ?」
「うむ。内緒話をするなら、TPOを弁えたまえ」
「…………」
「…………」
「…………」
まぁ、啓誠達が、入り口でコッソリ聞いていたのは分かっていたんだが。
高円寺の口からTPOなんて言葉が出てくるとはな。
「…………何か言いたいことでもあるのかい?」
「あー啓誠、高円寺は転んで頭を打っているようだ。医務室に運んだ方がいいんじゃないか?」
「うん。僕も同意見だよ。なんだったら手伝おっか?」
「そうだな。熱も出しているかもしれないから、体温も測っておかなければ」
「君たち全員失礼ではないかな?」
日頃の行いを弁えろ。
「………まぁ、なんとなく予想はしていたが、殆ど当たっていたな」
「そのようだねぇ。この分だと、綾小路の過去も、私たちの予想通りではないかな?」
「あー、多分大体当たってる気がするぞ?」
「………それは、僕も気になるかも。
教えて?」
「………まぁ、平田にだけ話させるというのもな」
オレは話すことにした。
これまでの半生。オレに何があったのか。オレの親が誰なのか。
思ったよりも長くなったが、全てを話し終えて。
三人は少しだけ納得していた。
「まぁ、大筋は俺と高円寺の予想通りなんだが。
暗殺者じゃなくて天才を作ろうとしたというのは、予想から大きく外れていたな」
「仕方あるまい。そもそもの
作れず再現できないから天才と呼ばれるのだ。
それを作ろうなどと。
傲慢すぎて無知ですらあるねぇ」
「まぁ、天才を作る為にやることが、詰め込み型教育の極地と感情を殺すことって発想は、正直よく分からないけど」
「あー、感情を殺す奴に関しては、自分の言う通りに動く手駒を作るのが最大の目的らしいぞ」
「より一層アホじゃない?
だってそれ、天才である必要なくない?一定の能力があって、自我が薄くて、言うこと聞くなら誰でもいいってことなんだよね。
そんなの、言う通りに動くだけの報酬を用意した方が効率良いって」
「そうだな。わざわざ自由を制限してまで使いたいなら、自由を制限されても良いと思うだけの報酬を用意するべきだろう」
「感情を無くすと言う方向に動いた時点で、綾小路篤臣の能力の低さが露呈しているねぇ。
利害を調整する能力が無いと公言しているようなものだろう。
とてもではないが、この国の頂点に立てるような器ではないと思うがねぇ」
…………高円寺が一番辛辣なようで、啓誠も平田も中々に同じくらい辛辣だな。
もはや哀れだ。
「…………まぁ、二人が話したんだ。俺も話すべきだろう」
啓誠は、話した。
自身の母親のこと。輝彦ではなく、啓誠が良い理由。
「………まぁ、二人に比べたら、普通のつまらない過去だがな」
「過去につまらないも面白いものないだろう。
どんな過去でも、積み重なって今があるんだ」
殺せんせーは殺し屋だった。人殺しだった。
でも、その積み重ねがあったからこそ、最高の先生だった。
きっと、誰よりも命の重さを知っていたから。
「………過去が積み重なって、今がある」
平田は星と崩れた三日月を眺めながら、ぼんやりと呟いた。
………なぁ、平田。
「………オレは、嘗てのオレを。
あの部屋で形作られたオレを、無駄にしたくない。
人生のほぼ全てをあの部屋で過ごしてきたからじゃない。
あそこよりもずっと大事な場所が出来た今、あそこで過ごした過去なんて無かった事にしても、忘れても良いのかもしれないけど。
でも、オレはあの部屋の記憶も、大切にしたい」
あの部屋に人生を狂わされた人がいた。
大事な人を奪われた人がいた。
オレはそれに関わっていた。
…………ブレイドや翡翠先生のように、あの部屋の過去に引き摺られて、
…………オレの親がやった事だから。オレにはそれ以外の選択肢なんて無かったから。オレだって被害者だったんだから。そう言って、一切合切を放棄して、好きなことだけして生きていきたくはない。
「…………オレはあの部屋で、多くの人を蹴落としてきた」
蹴落とされた人がどうなるのか。ここで金石先輩に会うまで、あの人の姉を、金石麗を知るまで、考えたこともなかった。
オレは蹴落とされた人がどうなるのか、知っていたはずだった。
ブレイドという元脱落者を、オレは知っていたんだから。
それでもオレはここにくるまで、それを考えたことなんて無くて。
「…………平田。オレはお前の言うような素晴らしい人間じゃない。
オレもまた、たくさん間違えて、たくさん傷付けてきた人間だ」
「…………ううん。綾小路くんは間違えたくて間違えたんじゃなくて、傷付けたくて傷付けたんじゃない」
「それはお前も同じだろう。
お前は杉村を見捨てたくて見捨てたのか?
殴りたくて人を殴ったのか?」
「…………」
違うだろう。
お前はお前が見限っているような、そんな弱い人間なんかじゃない。
「…………なぁ、どうして軽井沢があんなにも、お前を大切に思っているのか、本当にわかっていないのか?」
「軽井沢さんにとって、僕は丁度良かっただけなんだ。
丁度いい隠れ蓑で、丁度いい寄生先だった。ただ、それだけで」
「ただそれだけの人間に、あそこまで思いを寄せるとは思えんがな」
「ふっ、幸村ボーイが恋愛感情を語るとはね」
「茶化すな、高円寺」
「ただまぁ、私も同じ意見だ。平田ボーイ。
あのガールの君への感情は、ただの寄生先に向けるものというには、重い想いだとも」
「…………」
平田は自分を許せない。
間違えた己を。その積み重ねの先にある己を。
たくさんの人を傷付けた自分を。
「…………確かに、お前は何もかもを壊して、全てを不幸にして終わらせたのかもな」
「…………そうだよ。僕はただ見ているだけの人も巻き込んで、めちゃくちゃにした。
僕は傷付ける事しかできなかった」
「お前は間違えた。それはそうなんだが。
でもそれは、今も間違えているというとこにはならない。
お前は確かに、誰かを守っていた。救っていた」
「…………そう、だと、しても」
「だとしてもじゃない。それが全部だ。
お前がどんなにお前を嫌おうと、お前に救われた奴らはお前を好きでいてくるぞ。
それは、お前を逃しちゃくれない」
「…………堀北さん達と君みたいに?」
「…………そうだな」
ホワイトルームの罪を散々突きつけられて。
オレの歪さを散々見せつけられて。
幸せに生きようとする度に、オレの罪を突きつけられて。
でも、鈴音達に幸せになれと、幸せにしてやると、愛情で殴り倒された。
だから、まぁ。
「安心しろ。お前も逃げられない。あぁいう時の女子は、本当に強いからな」
「…………それ、安心して良い事なの?」
「安心して良いぞ。今は罪悪感しかないだろうが、そのうちどうでも良くなるからな」
好きな人に真正面から好きだと言われて、幸せになれない人間なんていないからな。
どれだけ自分を嫌おうとしても、嫌いなままでいさせてくれない。
だからいつの間にか、離したくなくなってしまう。
そういう奴に出逢えた時点でもう、
「…………えぇ?僕、君たちみたくゲロ甘になるのは、ちょっと」
「無理だぞ。だって平田、軽井沢のこと嫌いじゃないだろう?」
「…………まぁ、うん」
「じゃあ無理だ。諦めろ」
「嫌だー、諦めたくないー」
なんだが力が抜けたのか、腑抜けた声の平田。
初めて聞いたな。こいつのこんな声。
「おい高円寺。お前は過去の話とかなんかないか?」
「あるはずがないだろう。私は完璧なのだ。私の過去に一切の傷はなく、一切の汚点はない。
あるとすれば、美女達との熱く激しい夜の──」
「多分高円寺くんのそれよりも綾小路くんのそれの方が熱く激しい気がする」
「おい平田。急に下ネタぶち込むな寒暖差で風邪引くだろこら」
「だってさ、僕それなりにシリアスな事話してたのにコイツが全部ぶち壊してきたんだよ?
もうシリアスな雰囲気無理だし下ネタぐらいぶち込ませてよ」
「振り切れすぎだろう平田は」
行儀悪く露天風呂で浮かびながら、平田洋介は笑っていた。
まぁ、平田の言いたいことも分かるぞ。
オレだって結構シリアスなこと話したのに、高円寺はそういう空気ぶち壊しやがったんだからな。
高円寺に話振った啓誠のせいだ。
「だよな。高円寺空気読めないよな」
「君も大概だったけどね。
あー、もー、なーんか色々どうでも良くなってきちゃったじゃないか」
「ふっ、
「おい清隆。スイーツ(隠語)じゃないよな?」
「安心しろ啓誠。スイーツ(隠語)だ」
「おいこら」
「はっはっはっ。これもまた、男子高校生らしい在り方だろう。
「お前はお前でプレイボーイ過ぎるぞ
「そうだな。一夜の遊びよりも純愛こそが至高だぞ
「
「
清隆が純愛を語るなどと」
「ふっ、お前達には分からないか。このレベルの話が………」
「あんまり分からない方がいい気がするのだが」
まぁ、男子高校生なんて、きっとこんなものだ。
どれだけ世界に絶望したくても、どれだけ未来を悲観したくても、どれだけ人を嫌いたくても、そんなの出来ないしさせてくれないんだ。
だって、友達って、きっとそう言うものなんだから。
本当に、馬鹿みたいなことだ。
でも、それがいい。それでいい。
そんなありのままで生きられる場所なんて、いくらあっても困らないんだから。
「う〜〜、ちょっとクラクラする」
「話が盛り上がりすぎたな………」
「ふっ、まだまだ鍛え方が足りないねぇ二人とも。
たかだか数十分のサウナ如きでのぼせるとは」
「そうだな。オレと六助は、あと一時間以上は耐えられたぞ」
「『身体に悪いです二人ともとっとと出なさい』って、浅野先生に叩き出されていたじゃないか」
「浅野先生は心配性なんだ」
「あの人が見誤るとは思えないが。
お前達、痩せ我慢していないか?」
「いいや全然?」
「全く痩せ我慢などしていないが?」
※二人ともだいぶクラクラしてます。
割と限界です。
四人は仲良く脱衣所を出て、すぐに。
隣のベンチでお行儀よく座っている、しかし激烈に怒っている髪を下ろした軽井沢恵と、彼女を宥める櫛田桔梗に気付いた。
平田洋介、約束を思い出す。
「…………あ」
「あ、じゃないでしょ洋介くん!早めに上がって二人で少し散歩しよって約束だったじゃん‼︎」
「まぁまぁちょっと落ち着こう恵ちゃん」
「ご、ごめん!ほ、ほんっとにごめん!」
やれやれ。
恋人初心者だな洋介は。若葉マークにありがちな失敗とは。
「助けてやろうか洋介。オレならば、ここから全てを解決するなど造作もない」
「………その、教えて欲しいかも」
「よし。まずは土下座だ。死ぬほど土下座だ。
そしたらひたすら好物を貢いで、彼女に合わせたスケジュールを組んで、ひたすら彼女最優先でお姫様を扱うが如くエスコートしてデートしろ」
「わ、分かりました清隆くんっ!」
「いやいやダメだよ清隆。恵ちゃん結構気が弱いから、土下座とかされたら逆にビビっちゃうって」
「ちょっと桔梗ちゃんっ」
「ついさっきまで、大丈夫かな、のぼせて倒れてないかなってあわあわしてたんだから」
「桔梗ちゃんっっ‼︎‼︎」
あれ、結構小動物系なのか軽井沢は?
ふむ。二面性女子というやつか?
「そ、その、埋め合わせは、絶対する、から、えっと………」
「………ゆ、許して欲しいなら、じょ、条件が、あります」
軽井沢恵は、左手を、そっと差し出して。
「く、唇は、その、えっと、人前、だと、恥ずかしいので。
ま、まずは、手の甲から、その」
「あ、うん。分かったよ」
あっさりと。
平田洋介は跪いて。
お姫様を扱うが如く丁重に。
軽井沢恵の左手を優しく掴んで、キスを落とした。
「……………ひぇ」
「えっと、これで、良いかな?」
「あ、あ、ひゃい、こ、こりぇで、いい、れす」
「恵ちゃーん。落ち着いてー。小学生でも手の甲にキスされたぐらいでここまで動揺しないよー?」
「う、うううううりゅしゃい」
「………………いつも、ありがとう。
………………
「──────あぇ」
いきなりぶち込まれた名前呼びに。
軽井沢恵は、完全にやられた。
「………………軽井沢が、弱いな。これは」
「うむ。見かけによらず、凄まじい初心さだ」
多分、綾小路清隆と堀北鈴音と櫛田桔梗のような、ゲロ甘愛情殴り合いカップルではなく。
平田洋介がひたすらに愛情ストレートで軽井沢恵をKOしていくカップルとなるだろう。
開き直りの初期段階でこれなのだ。
開き直り切ったその時が、今から非常に
その日の夕食会で。
オレは思い切って動くことにした。
「恒先輩と南雲先輩。一つ、頼みがあるんですが」
「構わない。出来る限り叶えよう」
「オレもいいぜ。なんだよ?」
「洋介──、うちのクラスの平田洋介を、二人で見てもらえませんか?
本当だったらオレが見たいんですが、色々と立て込んでるので」
「…………俺のせいだな。すまん」
「あぁいや。別に神崎が悪いわけじゃない」
「洋介なら全然構わなねぇよ。あいつ個人に恩があるしな」
「俺も構わない。山村さんと同時並行、という形になるが、良いか?」
「は、ははい!わ、私は、大丈夫ですっ」
「あ、山村は恒先輩から色々教わってたのか」
「は、はい。その、頼んだら、はい」
うーむ。
これは、少し悪いことをしてしまったか?
山村としては、実質的なデートだったのに。
「恒が洋介に着いてる間、オレが色々教えて──」
「あ、やっぱり洋介を見るのは南雲先輩だけに任せますね」
「あぁ。それが良いだろう」
「なんでだよっ」
ヤンデレに襲われるのは勘弁だ。
そうして五日目。
「さて、綾小路の頼みで、今日からオレがお前の組み手の相手なわけだが」
「………えぇ。胸をお借りします。南雲先輩」
向かい合って、腰を落としてナイフを構えて。
綾小路くんの言葉を思い出す。
『過去につまらないも面白いものないだろう。
どんな過去でも、積み重なって今があるんだ』
忌まわしい。無かったことにしたい。
封印したい僕の過去。
でも、それでも。
過去を積み上げた先にあるのが今なら。
今の僕が決して間違えていないのなら。
間違えてきた過去で身につけたものだって、きっと。
「………ちょっと痛いと思いますけど。
本気で行きます」
「………ふ、良いぜ。本気で来いっ。洋介っ!」
これまで隠してきた僕の一面。
………きっと、恵さんなら。
───受け止めてくれるよね。
「………がんばれ。洋介くん」
一人の少女が見守る中で。
平田洋介は、隠してきた暴力を解放した。