一気に突っ込んだ洋介は、折り畳んでいた腕を突き出して、南雲先輩の顔面を狙ってナイフを突き立てる。
南雲先輩は、それをさらりと躱して足を払おうとした。
「おっ」
「っ!」
読めていたのか、洋介は南雲先輩の足払いを一歩だけ下がって躱して。
空いた左手で、南雲先輩の胸ぐらを掴んだ。
「動きを止めたいのか?なら片手じゃうぉっ」
勢いよく引き寄せながら、洋介も勢いよく振りかぶって。
全力のヘッドバットを鼻っ柱に叩き込んだ。
わお。
「───ハッ。やんちゃボーイが」
「………言ったでしょう。痛くするって」
距離をとって鼻血を拭った先輩は。
なんだかとても、楽しそうに笑っていた。
洋介もまた、同じように。
「………あの動き。平田は喧嘩慣れしているのか?」
「みたいだな」
まぁ神崎の言う通り。
洋介のアレは、俗に言う喧嘩殺法だ。
いや、うん。改めて聞くと意味が分からないんだよな。なんだよ一つの学年を暴力で支配下に置いたって。
洋介は一人だぞ?それで一つの学年を暴力で支配下に置けるって。
多分、なんでもありの殴り合いの才能に関しては、学年でも、いや学校でもトップクラスじゃないか?
「じゃあ、ガンガン行きますっ」
「はっ、いいぜ。やんちゃな後輩、躾けてやんよっ」
洋介は攻め立てる。
ちゃんとした技術など欠片もない、我流で編み出した合理的に人を殴る戦い方。
だからこそ、予想は出来ない。
それでも、南雲先輩は捌いていく。
洋介が懐に飛び込んで抱き付いてくるのを察知して、すぐさまスレッジハンマーを背中に落としながら、同時に膝蹴りを鳩尾に打ち込んだ。
しかし、両方をもろに喰らいながらも、洋介は平然と抱き付き、持ち上げて、勢いよく上体を逸らしながら投げ飛ばした。
投げっぱなしジャーマンだ。すげぇ。初めて見た。
平然と受け身をとって着地して、南雲先輩はナイフを構えて。
「はっ、お前相当やんちゃしてたなこのやろー」
「まぁ、元Dクラスですから」
「おいおい。Dクラスへの風評被害やめろよな?オレも今Dクラスなんだぞ?」
「先輩の女癖の悪さ、Dクラス並みですけどねっ」
「諦めの悪さもDクラス並みだってのっ」
手合わせ、組み手というより喧嘩だな。
まぁ、元々これにルールはない。そうなるのも当たり前か。
しかしそうなれば、経験の差が圧倒的だから洋介が有利、なはずなんだけどな。
寧ろ押してるの南雲先輩だな。なんで?
先輩はその長い足を的確に振り回して蹴り飛ばして踏み潰していく。
あの動き、空手も入ってるな。
「はっ、舐めんな一年坊主っ!三学期初めから、浅野先生にしこたま仕込まれてんだよっ」
「っ、サッカーやってたから蹴り技主体ってことですかっ⁉︎」
「おうよ。サッカー部仕込みのキック見せてやるっ」
「じゃあこっちもっ」
ほぼ同時に回し蹴り。
しかしキックの威力は南雲先輩の方が強いのか撃墜されて、洋介は大きく体勢を崩した。
そのまま崩れ落ちた洋介の腹に、強烈なサッカーボールキックを叩き込もうとして。
洋介はそれを、完璧に抱き止めて捕まえた。
「っふんっ」
「おわっ」
勢いよく持ち上げて、南雲先輩を仰向けにひっくり返す。
瞬時に馬乗りになって、南雲先輩の額目掛けてナイフを突き下ろす、が。
首を傾けてナイフを躱し、すぐさま反撃のヘディングで洋介の手首を打ち抜き、ナイフを落とさせた。
「───っ!」
「おら、仕返しっ」
腹筋に力を込めて起き上がりながら、反撃のヘディングで洋介の鼻っ柱を打ち据えた。
鼻血を撒き散らしながら、洋介は蹈鞴を踏んで数歩下がる。
立ち上がった南雲先輩を睨みながら、洋介は笑っていた。
「はっ、オレのイケメンフェイスに頭突きしてくれやがったし返しだ。サッカー部仕込みのヘディング効くだろ?」
「サッカーは格闘技じゃありませんけどね」
鼻血を拭いながら、洋介は拳を握る。
すっと両手をあげて、ボクシングのような構え。
南雲先輩もまた、空手の構え。
………しかし、まぁ、合間合間に交わされる会話といい、なんというか。
「………ああいうのは、俺らの領分だと思うんだが」
「あー、まぁ、すごいヤンキー漫画みたいなやり取りだもんねぇ」
既にズタボロにされた龍園を椅子にして呑気に座って観戦してるカルマの言う通り。
あれ、ヤンキー漫画のアレだよな。
こう、最終的に河原で寝そべって友情芽生える感じのやつ。
しかし、まぁ。
流石に、加熱しすぎではなかろうか。
「う、うわ、洋介くん鼻血出してる。だ、大丈夫かな。医務室とか行かないと。あ、ほ、包帯と、消毒液と、AEDとか」
「落ち着きなって。流石にAED使うようなことにはならないって」
「で、でででででも」
「大丈夫だって」
…………軽井沢心配してるぞ。
洋介の右ストレートから左フック、そこからさらにコンビーネーションでラッシュ。
しかし南雲先輩はその全てを的確に捌いていく。格闘技系の才能も十分以上に持っているようだ。まぁ、流石に経験不足だな。予想通り崩されたらしい。
アッパーカットからの裏拳。そして膝蹴りからの連続蹴り。なんというか。
「ふむ。強いな洋介は。来年以降もこの試験があることを考えると、十分以上に戦力になる、か」
「………そうだな。何より、容赦がない。そこが何よりの才能だろう」
そう。神崎の言う通り。
開き直った洋介は、本当に容赦がない。
まぁ、そうでも無かったら、学年を支配に置けるほど圧倒的な暴力は振るえないだろうが。
なんというか、アレだな。
優男な風体の洋介やカルマがあんな感じなことを考えると、優男は警戒した方がいい人種なのかもな。
「───さて、休憩も終わりだ。
ここからもっと、絞っていくぞ」
「………構わない。
お前から盗めるだけのものは、盗ませてもらうっ」
そう。今オレは、敵を鍛えてこそいるのだが。
啓誠育ててる時と同じくらい楽しいかもしれん。
チクショウ。神崎が同じクラスだったらこんな悩みもなかったのに。
いや待て。こう、オレが鍛え上げた男が敵としてオレに挑みにくるのか。
実に少年漫画的なロマンだ。アリかも。
気分はミホーク。即ち神崎はゾロか。
「なぁ神崎。口でナイフ咥えて三刀流しないか?」
「しないぞ」
「だよな」
知ってた。
神崎の攻撃を捌きながら観察する。
ふむ。少しばかり足が下がりすぎだな。あと、手首の使い方が少し硬い。
それから────。
「………綾小路のやつ、自クラスじゃなくて他クラスまで指導しているのか。
まぁ、赤羽も似たようなものか」
浅野の視線の先には。
容赦無く扱き倒され、体力の限界が来たのか、倒れ伏している姫野ユキがいた。
「………う、ぅぁ」
「おいおい。もう終わり?」
「…………んな、わけ、なぃでしょーが」
「うんうん。期待通りだね。じゃ、もうちょっとレベルあげよっか」
「………うぇ」
「大丈夫。ひよりさんも耐えられたし」
「うぐぁぁぁ」
いつかの体育祭のようにいじめ抜かれている姫野ユキを見て。
椎名と奥田は、とても面白くないとでも言いたげな顔をしていた。
なので。
「………あの、カルマくん。私たちも、良いですか」
「?別に良いけど、でもこれ、ただの基礎練だよ?」
「大丈夫ですっ!その、私どうしても基礎体力少し弱いのでっ」
「………嘘でしょ。ただでさえキツイのに目の前でいちゃつかれるの……?」
「いやいや。いちゃつくとかじゃなくて、ちゃんとした訓練だから。
ま、安心しなよ。そんな余計なこと考えられないくらい、ズタボロにしてやるからさ」
「………ちくしょー、やってやらぁ」
投げやりでありながらも、確かな
姫野ユキは死ぬ気で喰らい付いた。
「…………皆、頑張ってるなぁ」
雪村あかりは、そんなクラスメイトの様子を見て、考え込んでいた。
そうして、夜。
「いっただっきまーす」
「いただきます」
「いただきます」
雪村あかりは両隣の星穹三七と櫛田桔梗と共に、夕食を取っていた。
何度か席替え卓替えはしたが、この三人は初日からずっと同じ並びだった。
「いやー、ここのバイキング美味しいよね」
「雪村ちゃんは甘いもの摂りすぎだけどね。太るよ?」
「やっぱりデリカシー無いね」
「思うがままに生きて笑って話すっ!それが人生を楽しくするんだよっ!」
「思うがままに話し過ぎてるけど」
「あはははは。そーかなー?」
「告白とか凄くあっさり終わらせそう。情緒なく」
「告白って情緒とかあるの?恋したことないから何も分かんないや。
櫛田ちゃんも雪村ちゃんも好きな人いるよね。
恋って実際どんな感じなの?」
「………えぇ〜〜?」
いや、その。
今この状況でそれ聞くのか?
櫛田桔梗はそう思った。
「………どんな、感じ、か。
私の場合は、ね。
その人に、たくさん頑張って欲しい。夢を叶えて欲しい。真っ直ぐに進み続けて欲しい。
そう思えることかな」
「応援したくなるってこと?」
「………凄く雑に纏めるとそうなるかな」
「ふーん。櫛田ちゃんは?」
チラリと横目で雪村あかりの顔色を伺いながら、まぁ大丈夫そうなので、櫛田桔梗は惚気た。
「私は、そう、だね。
泣いてるあの人を放っておけないって思うことかな。
この人の隣で生きていたい。この人を幸せにしたい。幸せにして欲しい。この人に笑っていて欲しい。
そんな気持ちで一杯になること、でもあるかも?」
「ふーん。やっぱり人によって、少し違うんだね。
あたしの恋ってどんな形なんだろう?」
「それはその時にならないと」
「それもそっか」
至極あっさりと納得して唐揚げを美味しく食べながら、星穹三七はあっさりとどでかい爆弾を落としてきた。
「狐判先輩は渚くんがどうして好きなんだろう?」
「………………正気………?」
ノンデリにも程があるのではなかろうか。
櫛田桔梗は戦慄した。
「あっはははは。うん。確かに、ちょっと気になるね」
「……………無理しなくて良いんだよ?」
「別に無理なんてしてないよ。喧嘩したいわけじゃないし」
「あむ。んー、なぁんか、こう、チラッと執着みたいなのがあった気がするんだよね。
一ヶ月も二人きりで秘密の練習って、多分、こう、実利だけじゃないと思うんだよ」
「あー、確かに」
「………ソーダネー」
櫛田桔梗は気まずかった。
凄く凄く気まずかった。
「………あら、稔、潮田のことが好きだったの」
「あー、そういえば卜部先輩、付き合い長いんですよね」
「そうね。もう一年近く経つわ」
同じ卓の卜部藤乃は、思わずと言った様子で話に入ってきた。
「…………あの、卜部先輩」
「何かしら」
「…………稔先輩って、どんな人なんですか」
櫛田桔梗はその横顔を見て。
なんだか、強い意志のようなものを感じ取った。
「臆病で、真面目で、不器用で。
それから、こうと決めたら一直線なところもあるわね」
「………こうと決めたら、一直線」
それは、いつかの自身と全く同じ評価だった。
「潮田と二人きりで練習していたって聞いて、驚いたわ。
稔が私たち以外の誰かと二人きりで話せるなんて」
「………どうして、そんなに人間不信だったんですか?」
「………私の口から話して良いことじゃないわ」
何となく櫛田桔梗は、軽井沢恵や自身と似たような類のものではないかと予想して。
でも、それ以上は考えなかった。
「………卜部、先輩。
いくつか聞いても、いいですか」
「構わないわ。何かしら」
「………もし。
自分のせいで、好きな人が傷付いて。
でも本当は、好きな人は一切傷付いてなんか無くて。
全部その人の勝手だったとき。
先輩だったらどうしますか」
「………カエデ、ちゃん」
潮田渚と狐判稔が、具体的に何をしていたのか。
それは出来る限り考えないようにしていた。
でも、今、打ち明けた雪村あかりを見て。
何があったのか、何をしていたのか、何を知ったのか。
その全てを、何となく悟った。
「…………そう、ね。
まぁ、私だったら、勝手だとしても謝るわ」
「…………そうですよね」
「でもね。それは私が少しでも楽になりたいからなの」
「…………楽に、ですか」
「えぇ」
卜部藤乃は、一人の男子生徒にチラリと視線を向けながら。
「…………少しでも楽に前に進みたいから。
まぁ、雪村さんとは違って私の場合、相手を傷付けたんだけどね」
「…………でも、先輩は受け止めたんですよね」
受け止めない方がきっと楽だった。
本当に楽になりたいなら。
謝罪なんてせずに切り捨てていた。
「そう、ね。
でも、私が受け止められたのはみんなと、それからあなたのお陰よ」
「………わ、私は」
「前にも言ったでしょう。雪村先生の代わりなんかじゃない。あなたがあなただから、私は救われた」
「………でも、私、逃げてました」
「何から?」
「………戦うこと。挑むこと。勝つこと。
ただ、当たり前のことを、当たり前にやっていただけで。
私はDに落ちるまで、そこから進もうとしていなくて」
「………私だってそうよ。
一度、ドン底に落ちるまで、私は進もうとはしなかった。
変わろうとすれば、変われたはずだった。
でも、その瞬間になるまで、私は変わらなかった。
今もまだ、変われていないのかもしれないけれど、でもね。
………でもね。あなたが言ってくれたのよ。
「………後、悔」
雪村あかりは、静かに目を見開いた。
卜部藤乃は。
嘗て、雪村あかりに救われた少女は、優しく笑って。
「あなたなら、受け止められる。
私はあなたの優しさを知っているから」
その言葉は。
雪村あかりの、茅野カエデの心を、大きく揺らしていた。
「…………ねぇ。あかりちゃん」
「…………なに?」
「言おうかなーって思ってて、でも、あかりちゃん傷付けるかもしれないから、ずっと言えなかったんだけどさ」
「…………うん」
「言いたいから、言うね。
…………ありがとう。あかりちゃん。
あの日、あかりちゃんが動いてくれたから。
私たちは知らなきゃいけないことを知れた。
私たちは、清隆の心を受け止められた。
あかりちゃんは、さ。
今でもきっと、全部壊しちゃったーって、清隆に誰かを殺させるかも知れなかったーって、後悔してるのかもしれないけど。
でも、私たちはあかりちゃんが動いてくれたから、清隆を
「……………!」
「怖がらなくて良いよ。
思うがままにぶつかって良いんだよ。
あかりちゃんは、生きたいように生きれば良い。
だって、それできっと、上手くいくから」
茅野カエデは、雪村あかりを曝け出して。
全てを壊して、殺そうとして、暴いて。
裂けて、ぶつかって、殺し合って。
そうした先で、暗殺教室は本当の意味で一つになった。
「だから、今回も大丈夫だよ」
「…………でも、私。
渚を好きでいて良いのか、分からなくて………」
「?好きでいることに許可なんていらないでしょ?免許制なの?」
難しい話だったので、星穹三七は割って入ろうとはしていなかったが。
分かりやすい話が来たので、平然と至極普通に割って入った。
「いや、その、これは、気持ちの、問題で。す、少なくとも、今の私に資格はないっていうか」
「気持ちの問題なら、それこそ許可とか要らなくない?
好きなら好きで良いじゃん。資格とか、何でそんなめんどくさいこと考えてるの?」
「め、めんど………⁉︎わ、私、真面目に考えてるんですけど⁉︎」
「あたしだっていつも真面目に考えてるよ。
真面目に考えた結果、雪村ちゃんのそれ、めんどくさいって思った」
「ひ、酷くない⁉︎」
「だって、好きになっちゃったんならどうしようもないでしょ?
自分に資格無いとか、そんなこと思っても、好きだって気持ちはなくなってくれないじゃん」
「そ、れは………!」
「あー、まぁ、星穹さんの言う通りなんだよね。うん。
好きだって気持ち抑えようとしても、無理な時は無理なんだよ。
だって、好きなんだし」
「そうね。好きなんだもの」
気持ちを抑えたくても抑えられないから、好きなのだ。
一度は頑張って抑えられたとしても、二度は無理だ。
だって、好きなんだから。
「土日は自由時間よ雪村さん。潮田と鎌倉デートでもしなさい」
「うんうん。オススメデートスポット教えてあげるから、そこ歩き回りなよ」
「締めは夕日が照らす浜辺!そこで愛の告白だよ!」
「ちょっ、待っ、何でいつの間にデートの話になってるの⁉︎」
「まーそれで解決する類の問題だからじゃない?」
「そんな簡単な話じゃ………!」
「渚くーん、ちょっと来てー!」
「待っ」
「?櫛田さん?なんか呼ばれたみたいなので、ちょっと行ってきますね」
「行ってらっしゃーい」
櫛田桔梗に呼び出されて。
潮田渚は、隣の花咲ほむらに声を掛けてすぐにそこに向かった。
「えっと、何かようかな?」
「用があるのは私じゃなくてあかりちゃんなんだけど」
「………?茅野?どうかしたの?」
「え、あ、え、その、あの、えっと、なんて、いうか、その………」
「土曜日鎌倉デートしたいんだって」
「黙って‼︎‼︎‼︎‼︎」
「わ、びっくりした」
「………す、凄いノンデリね。この子」
「あー、先輩もそう思います?」
「?デートくらいなら……。あ、でも稔先輩との練習……」
約束の練習を気にして、迷った渚に。
料理をとってたまたまその後ろを通りかかった稔は、至極あっさりと。
「今週の土日は無しでいいよ。渚くん」
「え、でも」
「…………それよりも、雪村さんとデートしなさい。
先輩命令です」
「…………あ、はい」
それだけ言い終わって、狐判稔は出来る限り雪村あかりと目を合わせないように、すぐに立ち去って。
そんな稔の背中を、女子たちは色んな感情がこもった目で見送っていた。
「………えっと、その、じゃあ、デートしよっか」
「う、うん。そう、だね。約束だよ」
「うん。十時頃、玄関集合でね」
「………うん」
「じゃあ」
「………な、渚。待って」
「?」
なんか色々あって、正直まだ整理がついていないが、でも。
これは、言っておかなければならないと、そう思ったので。
でも、言うべき言葉は、そっちでは無くて。
「………あ、ありがとう。渚」
「………?ど、どういたしまして?」
「………そ、それだけ。じゃ、じゃあ、明日の、十時に」
「う、うん。じゃあ、約束の時間で」
そうして、渚は至極あっさりとその場を立ち去って。
「よし。じゃあ、部屋で服とか決めよっか。私服持ってきてるよね?」
「う、うん。まぁ」
「ネイルとかアクセとか、ガッツリ決めてくよ!」
「あー、一応門限は守るのよ?それから、節度もね。どこぞの生徒会カップルは、生徒会カップルなのに爛れすぎてるから」
「わ、私たち爛れてませんからっ!そもそもまだ付き合ってないですしっ!」
「が、合宿中は抑えますっ」
「普段から抑えた方が良くない?」
「それは無理っ!迫られたら拒否したくないしっ!
そ、それにですよ先輩っ!ブレーキ壊すのはいつも鈴音ですからね!わ、私割とブレーキ係ですからっ!」
「何故かしら。今すごく嘘つきって言いたい気分になったわ」
「うん。一番ブレーキ壊すのは櫛田ちゃんな気がする」
「んなぁっ」
「あ、あはははは」
色々抱えて悩んでいたのだが、いつの間にやらそんなことよりもデートのことを考えるようになってしまった。
なんというか、思ったよりも、雪村あかりは単純なようだ。
「色はやっぱ緑メインの方がいいね。冬は寒いし、上からコート着てこっか」
櫛田桔梗は真剣に、彼女に似合う服を選んでいて。
「でもやっぱ足は出したいよね。タイツは必須かな」
星穹三七も真剣に彼女に似合う服を選んでいて。
「黒か白、雪村さんはどっちが良い?」
真鍋志保も真剣に、彼女に似合う服を選んでいた。
「…………ねぇ、何で今私、みんなにコーディネートされてるの?」
「そりゃ同衾するような友達以上恋人未満カップルくっつけたら面白そうじゃん」
「下世話っ!」
真鍋志保の直球な一言に、暗殺教室ツッコミ係の一員は、その仕事を果たした。
そんな一年女子から少し距離を取るために、稔はベランダで椅子に腰掛けていて。
「───なんであないなことしたのか、聞いてもええ?」
隣に腰掛けながら、大岡翠は、話しかけた。
「………雪村さんが悩んでいたのは、私のせいだから」
「………それでええの?もしかしたら、あの二人このデートでくっ付くかもしれんで?」
「………それなら、それで良いんだよ」
「………別にアレは、あんさんが悪いちゃう事はない。まぁ、あのやり方は引くけど、あの才能を伸ばすなら最適なやり方やし」
「それでも、ね。
渚くんは、才能が才能だからさ」
自分は恐れて、歓喜した。
稔はずっとそうだった。
こうと決めたことをなすために、それ以外の全てを度外視出来てしまう人間だから。
だから、潮田渚の側に自分が居てしまうと、お互いにアクセルを踏み合って、いつの間にやら行きすぎてしまうのだ。
「………渚くんの側にはさ、雪村さんみたいな人がきっと必要なんだよ」
「………腹立つくらい健気やねぇ」
「うーん、健気とは違う気がするけど。
だって、さ。
好きな人には、幸せに生きて欲しいでしょ?」
色々と吹っ切れたのか。
すっきりとした顔で笑う稔を。
スパコーンとほむらは盛大にひったたいた。
「────いっっったぁ」
「なーに健気なヒロインぶってんのさ。
日曜日は潮田くんとデートするって約束つけといたから」
「…………はぇ?」
「ほら、稔ちゃんも、服選ぶよ。
私服持ってきてるよね?」
「え、えっと、制服と体操着だけあれば良いかなって」
「は?」
「しゃーない、背的に花咲さんの服なら着れそうやし、貸したらどうや?
私のも何着か貸すで」
「そーだね。青木ちゃんとかのも着れそうだし」
「え、いや、そもそも何でほむらちゃんがデートの約束着けてるの⁉︎
私の意思は⁉︎」
「知りませーん」
ベランダから引っ張り出された稔は、二年生女子の着せ替え人形となって。
「いっそお腹とか出す?先輩の色気って感じで」
遠藤乃ノ亜は真剣に、狐判稔に似合う服を選んで。
「そ、それなら、その、オフショルダーとか、どうでしょう」
和泉なすかも真剣に、狐判稔に似合う服を選んで。
「稔ちゃん小動物系だしギャップで攻めていこうか」
花咲ほむらも真剣に、狐判稔に似合う服を選んでいた。
「あ、あ、あれ?あれれ?わ、私何で着せ替え人形になってるの?な、何で渚くんとデートすることになってるの?」
「だってそりゃ、同衾する先輩後輩以上恋人未満のカップルくっつけたら面白いじゃん」
「下、下世話過ぎない……?」
花咲ほむらのあんまりな発言に。テーブルゲーム部常識人担当は、思わずツッコミを入れて。
同じく着せ替え人形にされている雪村あかりと、目があった。
目を逸らした方が良いかなとか、そんなどうでも良い事は考えなかった。
「…………なんか、その、部屋割り、これで良かったのかもしれませんね」
「…………そ、そう、だね」
空気読めない女子二人の手によって、なんか、こう、シリアスな空気で包み込まれていたはずの部屋が、いつの間にやらぐだぐだになっていた。
まぁ、その、別に喧嘩したいわけじゃないので。
「…………その、叩いたりして、ごめんなさい」
「…………わ、私も、その、酷いことして、ごめんなさい」
着せ替え人形にされている二人は。
着せ替え人形にされながら謝って。
何だかもう、色々めちゃくちゃで、笑ってしまった。
そうして、土曜日。
色々なものが動き出した。