「お待たせ、茅野」
「ううん。そんなに待ってないよ。おはよう渚」
「うん。おはよう」
二人は、玄関で待ち合わせして。
渚は、特にこれといった動揺もせずに。
「今日の服も可愛いね。茅野は」
「……………ほんっと、そういうとこだよ。渚は」
照れと呆れが入り混じった顔で、茅野カエデは笑って。
でも、とても、嬉しかった。
「じゃあ、行こっか」
「うん」
とても自然な流れで、茅野カエデは、潮田渚の手を捕まえて。
手を繋ぎながら、二人は、鎌倉デートを始めた。
「………あら。
………ついていって、みますか」
玄関から出る二人を見つけた、椎名ひよりは。
何となく、二人の後を、ついていった。
まず訪れたのは。
「ど定番もど定番!鶴岡八幡宮!」
「人も多いね。凄いや」
鶴岡八幡宮。鎌倉デートの定番のデートスポット。
鎌倉幕府と深い繋がりを持つ、歴史ある神社。
まずは賽銭とお祈りを済ませてから、境内をのんびりと歩き回ることにした。
「渚はなにお祈りしたの?」
「今回の試験で勝てますように」
「私と同じだ」
「じゃあ御利益二倍だね」
そう。きっと、こういうので良いんだ。
ドキドキさせようとか、意識させようとか、変なこと考えずに。
ただ、当たり前のように、二人でのんびりと。
それだけで、良い。
「………なんだか、楽しそうですね」
どことなく沈んだ声で、椎名ひよりは、コッソリと、後をつけて。
渚と茅野は、ふらりと、舞殿を訪れて。
「舞殿かぁ。私の静御前好きだな」
「あぁ、頼朝の前で踊ったって逸話だっけ」
「そうそう!あぁいうの、綺麗だなぁって」
「何だか茅野らしいや」
そうして次は、白旗神社。
「実朝公って言ったら、やっぱり暗殺だよね」
「確かに。私らにとっても馴染み深いよね」
「京都と同じくらい、鎌倉は暗殺の都だね」
「だねぇ」
一年前の修学旅行を思い出したりしながら。
境内のカフェに寄ったり、数時間かけて、鶴岡八幡宮を一通り見て回って。
とても楽しそうにデートする二人を見ながら。
「……………あぁ。やだなぁ」
椎名ひよりは、思わず、そんな独白を、溢して。
そうして次は。
「小町通り!わー、甘いものたくさん!行こっ渚!食べ歩きだー!」
「はいはい。茅野は本当、甘いもの好きだね」
「『疲れた時は甘いもの。嬉しい時は甘いもの。悲しい時も甘いもの。
甘いものは全てを解決してくれるのです。
崇めよ。讃えよ。祈りを捧げるのです。』
なんてねっ!」
「それ、一之瀬さんを勧誘してた甘いもの教の勧誘?」
「いつでも入信希望ですよ渚くんっ」
「はいはい」
どら焼き、かりんとう、綿飴その他諸々。
好きなものを好きなように食べながら、二人は小町通りを歩いていく。
渚は思う。
(やっぱり、茅野といると、楽しいな)
潮田渚にとって、茅野カエデは恩人だった。
あの髪型を考えてくれた。そのお陰で、気にしていたロングヘアが、あまり気にならなくなった。
教室が楽しくなったのも、全部茅野のおかげだった。
潮田渚にとって、茅野カエデは、大切な人なのだ。
二人は小町通りの途中で、気に入ったカフェを見つけて、入店した。
「おー、ここのパンケーキ美味しそう!渚はなに頼む?」
「うーん、あ、このかき氷良いかも」
「冬にかき氷〜?寒くない?」
「あー確かに。そう考えると………この抹茶ケーキかな」
「お!いいチョイス!すいませーん」
本当に、他愛もないことを話して。
それが、心から楽しくて。
渚が、抹茶ケーキを食べて、美味しいって笑うだけで、何だか茅野も、お腹がいっぱいになっていく。
渚をじっと見ていると、何を思ったのか。
「……茅野も食べる?」
「え、いいの?じゃあ、いただきまーす」
ケーキを載せたフォークを突き出して来たので、満面の笑みでぱくりと一口。
お礼に自身のパンケーキも。
特に意識せず、二人は食べさせ合いっこをしていた。
茅野は、思う。
(───あぁ、やっぱり私、渚が好きだ)
茅野カエデにとって、潮田渚は恩人だった。
あの日、渚が自分を
だから、本当の意味で、みんなの友達になれた。
演技を辞めることができた。
教室が、心から、楽しくなった。
茅野カエデにとって、潮田渚は、大好きな人なのだ。
カフェで、食べさせ合いっこする、仲良さげな二人を見ながら。
「……………二人は、本当に、お似合いですね」
椎名ひよりは、どことなく、諦めたような、声音で。
渚と茅野の二人は、小町通りを抜けて。
色んな神社を、遺跡を、お店を巡って。
そうして、夕日が差し込む中で。
二人は、由比ヶ浜を散歩していた。
「海かぁ。夏休みのアレ、思い出すよね」
「アレかぁ。色々凄かったよなぁ」
「完全防御形態ずるいよね」
「本当にずるい」
「あ、後スモッグさんに初手で毒盛られていたのはびっくりした!」
「確かに。不破さんあそこでよく気付いたよね。凄く名探偵だった」
「椎名さんも名探偵だけどね」
「で、確かその後グリップさんか」
「カルマくん凄かったよね〜。まさかの毒ガス攻撃返しっ!」
「うん。騙し合いでカルマより強いのいないかも?」
「それに、今カルマくんのとこには毒ガス作れる奥田さんもいるし」
「名探偵と科学者に悪魔か。何だか凄いクラスだね」
「次はガストロさんだっけ。銃しゃぶってるの強烈だったなぁ」
「千葉くんと速水さん居なかったらヤバかったよね」
「殺せんせーにメイドカフェ行ったのバラされた寺坂くん可哀想だったけど、綾小路くんとカルマくんが猫カフェとかフクロウカフェとか通ってたの意外だったなぁ」
「『後男二人で女の子みたいな動物カフェ巡りして毎回コッソリ連れ帰ろうとして止める出席番号一番と止められる出席番号二番!騒音を立てて注意を逸らしてくださいっ!』だっけ」
「よく覚えてるね渚」
「強烈だったからね。綾小路くん見たことないくらい真っ赤で大慌てだった」
「『うるさい黙れそれ以上喋るな殺せんせー寺坂のパンツに突っ込んでやるぞ!』だっけ」
「寺坂くん『お前らオレのことなんだと思ってんだ!』ってキレてたね」
「で、その後ブレイドかぁ」
「一番強烈だったなぁ。綾小路くん狙われたのは勿論だけど、堀北さんかっこよかったよね」
「危なっかしいけどねあれ。今思えば、あの辺りからもう、堀北さん綾小路くんのこと好きだったのかな?」
「逆もまた然りじゃない?綾小路くんからしてみれば、あの堀北さん凄く綺麗だったんじゃないかな」
「あー、確かにそうかも。でまぁ、渚が鷹岡やっつけたんだよね」
「うん。ロヴロさんに猫騙し教わってて良かったよ」
「あ、そういえば櫛田さんも、その時に一緒に教わったんだっけ?」
「うん。まぁでも、その時は完璧に身につける事は出来なかったんだけどね」
夏休みの思い出を語り終わって。
どちらからともなく足を止めて、二人とも、浜辺に並んで腰掛けて。
一年前の思い出を、語り続ける。
「二学期初めで襲撃して来たねぇー。綾小路篤臣」
「うん。凄い強烈だったよ。アレに比べたら僕の親なんて大したことないや」
「あー、うん。アレよりやばい親中々居ないんじゃない?」
「で、正式にイトナくんが転校して来て」
「体育祭の棒倒し!」
「孤児院の演劇の茅野、凄い上手だった。今となっては当たり前だったんだけど」
「で、確かその後二代目──兄弟子の襲撃なんだよね」
「うん。櫛田さん思いっきり蹴られた時の綾小路くん、凄い怒ってた」
「アレで本人の自認感情ない機械だったのちょっと笑えるよね」
「あー、確かに。で、確か兄弟子の言ってた『意識の波長』を聞いて、櫛田さんの才能が開花したんだよね。で、その後学園祭か」
「学園祭のどんぐりつけ麺美味しかったよねぇ。あ、そうそう。どんぐりつけ麺卜部先輩に話したら、『山の幸を応用した飲食店⁉︎───その手があったか……っ!』って悔しそうにしてた」
「ははは。卜部先輩と堀北先輩も、椚ヶ丘で頑張ってたんだね」
「そうだね。期末テストで私たちが勝って、理事長が暴走したって話したとき、なんていうか、辛そうな顔だったよ。卜部先輩」
「…………浅野先生が昔あそこで塾開いていたのは言ったけど、それ以上は言わなかったよね。殺せんせー」
「…………そうだね。多分、凄く悲しい事があったんだと思う」
「…………卜部先輩は、知ってるのかな」
「…………でも、知らない方が良いのかも」
夕日が、海に沈んでいく。
それを眺めながらも、二人の思い出話は、終わらなくて。
「…………ねぇ、渚」
「…………なに?」
「ありがとう。あの日、私を
「…………うん。僕の方こそ、ありがとう」
「?何が?」
「茅野が居なかったら、僕らは、殺せんせーの秘密を知ることはなかった。
きっと、本当の意味で、カルマと友達になることも」
「…………櫛田さんと、おんなじ事言うんだね」
「皆、同じことを言うよ。茅野。
雪村先生の為に、茅野が、………雪村あかりさんがした事は、間違えてなんかいなかったって」
「でもさ、たまーに、考えちゃうんだよね。
もしかしたら、私は、綾小路くんを、人殺しにさせちゃうところだったんだって」
夕日はもう、海に半分ほど沈んでいて。
仄かな赤色に照らされた水面は、波打って光を砕いて、僅かに飛び散る水飛沫が、柔らかい赤色に染まっていて。この一瞬が永遠に続いて欲しいと祈りたくなるほど、あまりにも美しい赤色の海面。でもその美しさは、夕日が海に沈む僅かな一瞬のみ、現れるからこその美しさで。
そろそろ門限で、帰らなくちゃいけないから。
魔法の時間が、終わりそうだから。
茅野カエデは、雪村あかりは。
抱えていたものを、打ち明けた。
「……………私、ね。
渚が、稔先輩とやっていた練習を知って、ね。
後悔したの。渚に、人を、殺させたこと」
「……………そう、だったんだ」
「……………うん。それで、ちょっと、稔先輩に、酷いことしちゃった。
最低だ。私」
「……………稔先輩は、悪くないよ。茅野だって。
僕が、選んだことだ」
「でも、それを選ばせたのは、私だったんだ」
「違うよ。茅野一人のせいじゃない」
「……………うん。
……………ねぇ、渚。
……………渚は、何回、私を殺したの?」
「……………三十八回」
「……………多いね」
「……………そうだね」
膝を立てて座って。
顔を、隠して。
当たり前のことを、雪村あかりは、聞いた。
「……………辛かった、よね」
その声は、濡れていたから。
潮田渚は、そっと、雪村あかりの頭を撫でて、慰めて。
でも、嘘は、付かずに。
「……………うん。辛かった」
最初の数回は、何度も吐いた。
流石に辞めようって言ってくれた稔先輩を、それでも無理言って、練習に付き合ってもらって。
今でも、みんなの死に顔は、忘れられない。
ありとあらゆる手段で、みんなを殺していた。
刺殺、絞殺、銃殺、轢殺。
たまに、自分の手が血みどろのように錯覚して。
でも、確かに、そのおかげで。
僕は、強くなっていた。
胸を張って、暗殺教室首席卒業生だって、
「……………茅野。僕は、ね。
……………今でも、思うんだ」
「……………何を?」
「……………あの日、卒業式の日。
……………殺せんせーの心臓に、ナイフを突き立てるのは。
……………暗殺教室を、主席で卒業するのは。
……………綾小路くんの、役割だったんじゃないかなって」
それは、卒業式の日から、ずっと。
潮田渚が、抱えているものだった。
「……………綾小路くんは、殺せんせーが大好きで。
─────一番、お別れを悲しんでいたから」
そう。あの日。
油断した渚を庇って、綾小路清隆は、兄弟子に殺されかけて。
だから、安静にする為に。
だから、ナイフを、突き立てられなくて。
「…………あの教室で、一番変わったのは、綾小路くんだった。
…………銃と、ナイフと、先生のお陰で、綾小路くんは、変わって。
…………だからこそ、あの役割は、綾小路くんの方が良かったんじゃないかって、考える時がある」
でも、誰にも打ち明けることなんて、出来ない。出来るはずがない。出来るはずがなかった。
だって、そんなの、あまりにも。
色々なものに、失礼だったから。
「…………だから、ね。
クラスを、勝たせる為でも、勿論あるけどさ。
三代目死神になりたかったのは。
あの選択は、間違っていなかったんだって、自分で納得するためでもあったんだ」
ずっと、ずっと、隠していた。
でも、茅野にだけは、隠したくないって、思った。
「……………そんなこと、考えてたんだ」
茅野カエデは、雪村あかりは。
渚の隠していたものに触れて、驚いていた。
「……………ねぇ。茅野。
……………うぅん。あかり」
「……………なに?」
「……………僕たち、後悔してばかりだね」
「……………そうだね」
雪村あかりは、潮田渚に、親しい人を何度も殺させたことを後悔して。
潮田渚は、綾小路清隆に、大切な人を殺させなかったことを後悔していた。
「……………後悔、して、ばかりだから、さ」
「……………うん」
「……………もう。後悔したく、ない、から」
狐判稔の存在は、少女の背中を間違いなく押した。
自分以外にも、潮田渚を好きになる存在がいるのだと教えられた。
渚は勝手に歩いていくことも教えられた。
歩んだ先が、ずれてしまう事だってあることも。
だからこそ。
技巧なんて何もなくて。
ただ、押し当てるだけで。
自分を
でも、それでも。
雪村あかりは、潮田渚が、好きだから。
「……………かや、の」
「……………ずっと、ね。閉まっておこうって、思ってたんだ。
渚が、先生になる、その時まで。
……………でも、当たり前の話。
渚は、進んで、歩いて。
私から、離れていくかも、知れない。
私の、知らない人と、一緒になるかもしれない」
渚が心配だったのは、嘘じゃなくて。
でも、渚が取られるかもしれないって考えたのも、嘘じゃなかった。
渚の隣に、私じゃない誰かが居るって、そう考えた時。
何だか、凄く、辛かった。
渚がいつの間にか、私の手が届かないぐらい、遠くに行っているのかもしれないって、そう考えた時。
何だか、凄く、嫌だった。
「…………我儘には、なりたくなかった。
…………たくさん困らせたから、もう、困らせたくなかった。
…………だから、ずっと演じていた。渚を、いつも側で支えている、友達役」
でも、渚を、傷付けて。
隣にいて良いのか、分からなくなって。
好きでいて良いのか、わからなくなって。
でも、だけど。
「…………ダメだった。渚を、好きって気持ちが、抑えられなくなって」
そうだ。どうしようもないんだ。
だって、好きに、なっちゃったんだから。
「潮田、渚くん。
私は。
茅野カエデは。
雪村あかりは。
君が、好きです」
夕日が落ち切って、夜になる、その刹那。
黄昏時と、呼ばれる瞬間。
雪村あかりは、潮田渚に、告白した。
「……………僕、は」
一瞬びっくりして。
そして、真剣に、考えて。
「……………うん。僕も、茅野が、………あかりが、好き」
あの日、あの時、あの瞬間。
潮田渚は、雪村あかりに、殺されるかもしれなかった。
殺してもおかしくないくらい、あの日のあかりは、狂っていたから。
それでも、潮田渚は。
自分の命を賭けてでも、彼女を助けようとしていて。
ただの友達だから、というには、潮田渚の感情は、きっと少しだけ違っていた。
「…………そう、なの?」
「君が好きって言ってくれるまで、自覚してなかったみたいだけどね」
雪村あかりは、確認する。
「ほ、ほんとに………?」
「うん。本当だよ」
もう一度、確認する。
「う、嘘じゃ、ない……?」
「嘘じゃないって」
そうして、それまでとは違う種類の涙をこぼして。
二人は、指を絡ませて、手を繋ぎながら。
黄昏時の夕日が、殆ど沈んだ水平線を見ながら。
ただただ静かに、この世界が夢ではないことを、確認していた。
「………あれ?せっかく撮った動画、消しちゃうんですか?」
「やーめた。いざ目の前であの二人がくっつくとこ見ると、揶揄うのとかどうでも良くなったわ」
「………ふふふふ。友達思いですね。カルマくんは」
「辞めてよ愛美さん。ちょっと恥ずかしいって」
二人が、玄関で合流しているのを、見つけたから。
二人の後をコッソリ追いながら、カルマと愛美は、突発的にデートしていて。
そうして、友達が、幸せになった瞬間を、目の当たりにして。
撮っておいた動画を、消した。
まぁ、写真の方は、揶揄うのに使わせてもらうが。
「………二人とも、あんなこと、考えていたんですね」
「………だね。どっちも気にしすぎだよ」
「………実はですね。私もちょっと、考えてましたよ?
………心臓を壊すのは、カルマくんの役割じゃないかって」
「………愛美さんも?」
「………はい。私も、隣で見てきましたから。
………カルマくんが、首席卒業生に、相応しいって、考えてました」
「………そっ、か」
その二人は、浜辺から少し離れたベンチで。
並んで座りながら、ぼんやりと。
海に沈んだ夕日の代わりに、輝き始めた、原型を留めていない三日月を、眺めていた。
嘗ての一年の象徴で、彼らにとっての思い出で、大切で、忘れられなくて。彼らの恩師のトレードマークの一つが崩れ去っているのは、どうしようもなく、時間が止まらないことを突きつけられるようで。自分たちも、足踏みしているばかりでは、いられないような気持ちになってしまう。
「………もう、暗くなっちゃいましたね」
「………そうだね」
「………ふふ、門限、破っちゃいそうです」
「………今更じゃない?」
「………今更ですね」
門限よりも危ないものなんて、幾らでも、踏み外してきて。
それでも、二人が、戻ってこれたのは、きっと。
「………ひよりさんに会えて、良かったね」
「………はい。本当に」
彼女に出逢えたから、二人の人生は、きっと──。
「───ねぇ、カルマくん」
「………なに?」
「あの二人を見て、私、色々なことが、分かりました」
「………なにが、分かったの?」
「私、どうやら、カルマくんのことが好きみたいです」
「………愛美さんも?」
「えへへへ、はい。自分の気持ちを言葉にするのって、難しいんですね」
「………うん。俺も、難しいや」
赤羽業と、奥田愛美は、笑い合いながら。
そっと、指を絡ませて、手を握って。
二人で一緒に、月を、眺めていて。
そんな二人を見ていた椎名ひよりは、耐えられなくなって、逃げ出した。
「………………分かって、ました」
自分に、言い聞かせるように。
「………………分かって、たんです」
自分を、納得させるように。
「………………分かって、たのに」
赤羽業にとって、自分はどこまで行っても、仲の良い女友達でしかなくて。
奥田愛美にとって、赤羽業は、無自覚ながらも、惹かれている人で。
赤羽業にとって、奥田愛美は、ずっと、好きな人だったんだから。
いつかこうなることなんて、分かっていた。
全部、分かっていたのに。
「……………カルマくんのせいです。
ばかるまくんです。おおばかるまくんです。
私を、たくさん、好きにさせた、カルマくんの、せいです」
分かり切っていた失恋なのに、涙は、止まらなかった。玄関で靴を脱ぎ捨てて、少し乱暴にドアを開けて部屋に入って、同室の先輩と同級生を無視して、布団にくるまって、必死に、押し殺しながら。
ただひたすらに、泣いていて。
「泣き声鬱陶しいです。試合に集中できません」
「嘘でしょ有栖さん」
試合の邪魔だったからだろう。
布団を吹っ飛ばした同じ部屋の坂柳有栖に。
同じ部屋の西川亮子は、心からドン引きして。
布団を吹っ飛ばされた椎名ひよりは、涙を浮かべながら、嘘でしょうこの人、とでも言いたげな顔で、坂柳有栖を見上げていて。
次の瞬間。
「有栖。それは、最低よ」
「あぎゃぁぁぁぁぁ‼︎」
坂柳有栖にアイアンクローを決める卜部藤乃を見上げながら。
椎名ひよりは、懇願した。
「…………あの、普通に泣かせてください」
いやもう普通に泣くとか無理なのだが。
「あー、まー、その、うん。
詫びとして、愚痴たくさん聞くよ。うん」
「そうね。全部吐き出しなさい。
有栖。椎名さんの諸々が解決するまでは、試合禁止よ」
「そ、そんなっ、折角同室なのにっ!」
「同室の同級生に迷惑かけるんじゃないわよバカ有栖」
「あがががががががが」
卜部藤乃のアイアンクロー!
坂柳有栖に効果は抜群だ!
急所に当たった!
坂柳有栖は倒れた………。
「……バトルジャンキー過ぎません?」
試合の邪魔になったから、布団を吹っ飛ばしたのだろうが。
その、空気を読んで欲しいというか。
「坂柳有栖親衛隊四番隊隊長西川亮子。
坂柳有栖に変わって、心から謝罪します。
本当にすいませんでした」
「何ですかその肩書き」
「坂柳有栖親衛隊一番隊隊長兼総隊長は神室真澄です」
「聞いてませんけど」
頭を抑えて布団に突っ伏す坂柳有栖を無理やり正座させて。
そのすぐ隣で正座した卜部藤乃と、それに付き合って正座した西川亮子は。
「生徒会副会長卜部藤乃が、後輩の失礼を心から謝罪するわ。
本当にごめんなさい」
「はーい有栖さんも頭下げましょうねー」
「あっ、ちょ、まだズキズキするので優し、優しくぅぅぅ!」
椎名ひよりは、疲れ切ったため息を吐いて。
「………じゃあ、愚痴、聞いてください」
そうして、夜は、更けていく。
手を繋いで帰りながら、潮田渚は、誠実に。
「………明日の、稔先輩とのデートはさ、キャンセルしておくね」
彼女がいる身でデートはダメなので。
当たり前のことなのだが。
「………ううん。
明日は、稔先輩と、デートして」
「え、でも」
「良いから」
「…………稔先輩も、そうだったの?」
「…………うん。ちょっと、その、私、ずるいよね」
「あ、あー、あーー、なるほどー」
天を仰ぎながら。
潮田渚は、大きめのため息を、吐いて。
「…………じゃあ、ちゃんと、向き合わないとね」
ちゃんとまっすぐ、狐判稔と向き合う覚悟を、潮田渚は、決めた。
部屋に帰った雪村あかりは、全員から質問攻めをくらって。
隠しておこうと思っていた、交際を白状された。
「おー、やるじゃん雪村ちゃん」
「まー告白したらゲームセットな二人だったしねぇ」