殺せんせーの教え子たち   作:宇津木 沙坂

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 切ろうと思ってたけど切り場所なかったので投げます。

 ありがとう坂柳有栖。
 フォーエバー坂柳有栖。


倫理崩壊の一週間

 椎名ひよりは、目の前で普通に朝ごはんを食べている綾小路清隆から、意図的に目を逸らしていた。

 昨日の会話が、頭を離れないので。

 

「いやぁ、楽しみじゃのう!

 綾小路との模擬戦じゃ!

 烏間先生が三年生の方に行ってしまって、どうなることかと思っておったんじゃが、綾小路なら楽しめそうじゃ!」

「………緋音。頼むから、全治一ヶ月とかは辞めてくれ」

「マジで頼むぞ桃井。綾小路が怪我で試験出れないとか終わりだからな?詰みだからな?」

「………汝ら妾のことを少しは信じたらどうじゃ?」

「あの狂戦士(バーサーカー)のごとき様相を見て信じるなど無理というものだろう」

「酷くないか?妾これでも先輩ぞ?二年生ぞ?」

 

 そんなやり取りを交わす先輩たちを見ながら。

 椎名ひよりは、冷静に、ご飯を食べようとして。

 

「………なぁ椎名。俺の見間違いでなければ、なぜお前は、箸の持ち手でご飯を食べているんだ?」

「………あ、いえ、うっかりです」

「へ、変な、うっかりですね」

「そ、その、はい。ちょっと、その、えぇ」

「あー、その、うん。あれだな、失れ─────」

「雅。この漬物うまいぞ。たくさん食べると良い」

 

 南雲雅の口にしこたま漬物をぶち込んでいく星穹恒を見ながら、ちゃんと箸を持ち直して、丁寧に食べていく。

 

「オレも、楽しみです。パイセン」

「おぉそうか!汝も楽しみか綾小路!」

「───えぇ。パイセンに、勝つのが」

「───ふぅん。

 わたしに、勝つ(壊す)気でいるんだ。

 う、うふふふふふふふ。

 うん。うんうんうんうん!良いよ良いよ良いよっ!

 そうでなくっちゃっ‼︎それでこそっ‼︎壊し(勝ち)甲斐があるっ!」

 

 本性解放桃井緋音に。

 神崎隆二は、綾小路を少しだけ訝しげに。

 二年生男子は、綾小路を心配して。

 鬼龍院楓花は、少しだけ、楽しみで。

 山村美紀は、桃井が怖いのか、星穹恒の背中に隠れて。

 椎名ひよりは、凄く、緊張していた。

 

 そして、模擬戦。

 

「うっふふふふふふふふふ!

 ぶっ飛ばしてくよっ!綾小路っ!」

「勝負ですっ!桃井パイセンっ!」

 

 桃井緋音の、烏間先生との手合わせで、より速く、鋭く、無駄の無くなった、木刀での連続攻撃の悉くを。

 綾小路清隆は、防御し続けている。

 普段使っている対先生ナイフでは、木刀を受けきれないので、小刀型の木刀二刀流で対峙しているのだが。

 

「あ、あれ、夏休みのブレイドとのやつか」 

「ブレイド?何それ。吸血鬼ハンター?」

「あー、元殺し屋現エージェント。

 今の名前は刃眞一だっけ」

「ふーん。まぁ、あの一年考えたら、そう言う人も知ってるのか」

「そーだね。ほいっ」

「あだっ」

 

 組み手しながら会話していた榎中准は、一瞬の隙をつかれて、赤羽業に投げ飛ばされた。

 しかし受け身は完璧であり、すぐさま飛び起きて、再び組み手を再開する。

 

「っ!なんかやけに楽しそうじゃん⁉︎何か良いことでもあったわけ⁉︎」

「あったりまえじゃん。今俺元気バリバリ絶好調だからね?」

「は!リア充ごちそーさまですっ!」

 

 楽しそうに殴り合う二人を尻目に。

 浅野学秀は、呆れていた。

 やれやれ。付き合えたことが嬉しかったのだとしても、それをここまで表に出すなど、あまりにもお子様過ぎるぞ赤羽。

 

「よしっ。実に素晴らしいぞ正義っ!そうだっ!そこで足元を狙うんだっ!君は最高だ正義っ!」

「なんか今日の浅野めっちゃくちゃ褒めてくる怖いっ!」

「何を言う正義っ!君が最高なだけだっ!」

「誰かーっ!医者呼んでーっ!」

 

 そんな浅野学秀を見ながら、潮田渚はため息を吐いていた。

 全く。付き合えて嬉しいのだろうが、少しは落ち着いたらどうなの二人とも。

 

「あっ」

「えっ」

「なっ」

「はっ?」

 

 南雲雅、森悠政、星穹恒、桐山生叶。  

 現二年生男子総合力トップフォーを、これまでよりも容易く瞬殺した潮田渚。

 

「…………あれ?なんか潮田、元気過ぎない?」

「まっさか〜そんなわけないでしょ雅先輩!」

「だ、だよなー。…………名前呼びっ⁉︎」

「し、潮田?何か、合ったのか?」

「なんだと思いますっ?恒先輩っ?」

「……………………あ、拓人と被るから名前呼びで良いって言ってたな。何もおかしくはないか、うん」

「どう考えてもテンションおかしいだろ目を覚ませ」

「いやー、初彼女で浮かれる後輩達凄いな」

 

 現一年男子各クラスのトップは、なんだか凄い絶好調。

 それは、綾小路清隆も。  

 

「あ、あは、あはははははははは‼︎

 最高っ!さいっっっっっこうだよ綾小路ぃ‼︎」

「それはっ、こっちのっ、台詞ですっ!」

 

 防いで捌いて反撃して躱して耐えて捕まえて反撃して反撃されて。

 目まぐるしく攻防が入れ替わり、目まぐるしく木刀がぶつかり合う。

 断続的に木と木がぶつかり合う音が響き、もはや目で追うことも叶いそうにない。

 

「……………な、なんか、後輩たち、堀北師匠に近い気配………?」

 

 十日近く、堀北学に師事していた神里は、彼女が出来てウッキウキの一年生男子達に、そんなことを思っていた。

 

「くっ、くくくくくくくくく!

 ───────隙ありっ!」

「───がっ」

 

 一瞬防御が剥がれた瞬間をついて、強烈な横薙ぎが、綾小路の横腹を直撃した、が。

 受けた次の瞬間に、綾小路は、笑った。

 右肘と膝で、木刀を抱き止めるように捕まえる。

 

「───っ!」

「遅いですっ!」

 

 肉を切らせて骨を断つ。

 言葉にするなら、綾小路清隆のやったことは酷く単純で。

 しかしだからこそ、効果的だ。

 

「─────がっ」

 

 強烈な返しの突きを鳩尾に受け、桃井緋音は、膝をついた。

 勝者、綾小路清隆。

 

「……………いや、まさか、な」

「神崎の予想は、恐らく当たっているぞ」

「……………何?」

 

 朝食の時の綾小路と桃井のやり取りを思い出していた神崎は、なんとなく考えたそれを否定しようとして。

 綾小路に代わって組み手の相手を務めている幸村に、肯定された。

 

「朝食の時、清隆は意図的に、桃井先輩を挑発していたんだ。

 先輩が本気で、前のめりで来るように」

「…………そうして、隙を作って攻めて来させて、反撃して勝つ、という筋書きだったのか」

「そうだな。今回の敗北で、先輩はより前のめりになって。そして、恐らく今日の夕食でも、同じように先輩を挑発していくだろう。

 隙を、どんどん大きくするために」

「…………なるほど。勝利の為の布石も、勝利すらも、次の勝利の布石なのか。

 これが、綾小路清隆の、強さ、か」

 

 二人のそんな会話を聞いていた椎名ひよりは。

 その勝利が、何を目的にしているのかを知っているので。

 凄く、くだらないものを見る目で、綾小路清隆を見ていた。

 なので気付いた。勝利した瞬間から、綾小路清隆の視線は、堀北鈴音で固定されていることに。

 堀北鈴音もまた、熱を帯びた表情で、見つめ返していることに。

 まぁ、そういうことなのだろう。

 

 月曜日の夕食で。

 

「むー、悔しいのう!というよりも綾小路、もしや、刀を使う相手との戦闘経験があるのか?」

「そうですね。それも合って、パイセンと有利に戦えてました」

「なるほどのう。二刀流は本来、防御に有利な型。だからこそ、というわけか」

「えぇ。今回でパイセンの戦い方はほとんど見抜けました。次はもっと、楽に勝てます」

「あ、あ、あは、あは、あははははははは!

 言ったねっ?言ったね綾小路っ!

 あぁ!こんなに明日が楽しみなのは、生まれて初めてかもっ!」

  

 神崎隆二と、南雲雅は、綾小路清隆の恐ろしさを理解して。それを、身につけたいと、心から思っていて。

 鬼龍院楓花もまた、同じように、明日が楽しみで。

 星穹恒は、綾小路の戦い方を理解しつつも、綾小路が怪我しないか心配して。

 山村美紀は、やっぱり怖いのか、星穹恒の背中に隠れて。

 椎名ひよりは、緊張していた。

 

 大浴場では。

 偶々、隣に座った堀北鈴音が。

 熱に茹ったような顔で。

 酷く、丁寧に、身体を洗っているのを見て。

 ごくりと、生唾を飲み込んで。

 

 そうして、皆が寝静まった、夜。

 消灯時間を過ぎたところで、コッソリと、部屋を、抜け出して。

 

「……………ん?」

 

 合宿所から離れた夜の森を、出来る限り音を立てないように、訪れて。

 

 男の、熱でドロドロに溶けた視線を向けられて。

 女が、一枚一枚、見せつけるように、服を脱いで。

 二匹のケモノが、生命の営みを成し始める瞬間を、目撃した。

 

 椎名ひよりは、絶句する。

 椎名ひよりの、倫理観に、致命的なダメージが入る。

 

(ほ、本で読んだものよりも、ずっと、熱烈で刺激的で病的で野生的で。

 こ、こんなの、絶対、絶対ダメ、ダメ、なのに………。

 あっ、ほ、堀北さん、あ、あんな、顔、するんですね。あ、あんな、あんな、あ、あられも無い、声……。

 あ、綾小路くん、あんなに、強く、抱き締めて。

 あ、堀北さん、い、今、多分、あ、あれが、本で、読んだ、あれ、で。

 あ、綾小路くん、そ、そんな、そんなに、は、激しく……。

 あ、あぁ、あぁ。

 す、凄い。凄い、声、音、匂い、姿勢………。

 あ、頭、おかしく、なりそう、です)

 

 もう既になっている。

 

 一部始終を目に焼き付けて。

 ぐちゃぐちゃのとろとろのめちゃくちゃのべちょべちょのへにゃへにゃにされた堀北鈴音が、綾小路清隆に抱き抱えられながら、森を出て。

 

 暫く、放心状態で、ぼうっとしていた椎名ひよりは、慌てて、森を出て。

 部屋に戻って、熱を帯びた脳味噌を抱えて、無理やり眠って。

 

「……………?椎名さん?」

 

 火曜日。

 

「今日こそ綾小路に勝つぞっ!

 一晩中昨日を思いながら対策を取っておったのじゃっ!

 今日は勝たせてもらうのじゃっ!」

「ふふふっ、ええ。

 楽しませてもらいます。パイセン。

 今日も、オレが、勝ちます」

「───あぁ、ぁあぁ、あぁ!

 やっっっぱり君は最っ高だよっ!綾小路ぃ!」

 

 神崎隆二と南雲雅は、綾小路清隆の強さを観察して、己のものにしようとして。

 鬼龍院楓花は、どこかで桃井とやり合いたいなぁと考えて。

 星穹恒は、綾小路が怪我をしないか心配して。

 山村美紀は、やっぱり怖いのか、星穹恒の背中に隠れて。

 椎名ひよりは、緊張していた。

 

 そして、模擬戦。

 

「くっ、ふ、ふ、ふふふふふふふふふふふ!

 あっはははははははははははははははは!」

「────っ!」

 

 人型の嵐のような、圧倒的な乱撃。

 桃井緋音の対策は、至ってシンプル。

 カウンター狙いなら、カウンターなど不可能なぐらい、圧倒的な密度での乱撃。

 そう。それ自体は、決して間違いではなくて。

 それは、容易く、予想される対策で。

 だからこそ。

 

「あ、あ、あ、あははははははははは!

 どうしたの綾小路っ!反撃しなよっ!」

 

 綾小路清隆は、一度たりとも反撃せずに、ただひたすらに、防ぎ捌き躱し耐え続けて。

 耐えて。

 耐えて。

 耐えて。

 耐えて。

 大体五十分ぐらい耐えて。

 

「───なっ!」

「この瞬間を、待っていましたっ!」

 

 疲労で一瞬手が緩む瞬間を突いて、反撃した。

 そこから怒涛の連撃で、休む暇を与えずに、最終的に首筋と胸元に木刀を突き付けて、完全勝利。

 

「くっ、ま、また、負けたっ」

「明日も、楽しみにしてますよ。桃井パイセン」

「…………ふっ、ふふふふ!

 うん!うん、いいよ!

 明日も、楽しもうっ!綾小路っ!」

 

 そんな二人の模擬戦を見ていた、森は。

 

「………おれが浅野先生相手にやったのと、基本的には同じやり方。

 ………そっ、か。

 おれ、間違ってなかった、のか」

 

 改めて、自身の進むべき道を、磨くべき才能を理解して。

 綾小路清隆は強いな、と考えて。

 だから、気付く。

 

(…………でも、なんていうか、ここ暫くあった、なんか危ない雰囲気みたいなのが、消えてるような気がする。

 なんでだろう?)

 

 そうして、綾小路清隆をじっくりと観察してて。

 なんと無く、違和感を覚える。

 

(…………?なんで、あんなに櫛田と見つめあってるんだ?)

 

 よく分からないが、まぁ、良いだろう。

 森悠政は、自身の訓練に戻った。

 

 そして、夕食。

 

「同じ相手に二回連続で負けるなんてっ烏間先生以来だよっ!

 凄いよ綾小路っ!本当に凄いっ!楽しいっ!

 ね、ねぇねぇ綾小路っ!清隆って呼んでも良いっ⁉︎」

「良いですよ。オレも、緋音って呼びますね。緋音パイセン」

「くぅ〜、なんか、良い!ライバルって感じで本当に楽しいっ!

 明日こそっ!清隆に勝つっ!」

「ふっ、明日も、オレが勝ちます」

 

 そんなやり取りを見ながら。

 純粋に、壊そうとしても壊すのが難しい相手を壊すために、心から楽しんでいる桃井緋音と比べて。

 不純に、勝つのが難しい相手に勝つことで得られるご褒美を、心から欲しがっている綾小路清隆を。

 椎名ひよりは、心底軽蔑した目で見ていた。

 見てはいたが、明日も勝って欲しいと、内心では思っていて。

 

「次はどうしようかな。もっと攻める?でも、綾小路の防御を崩すのは難しい。いっそ二刀流で手数を増やす?でもそれだとバランスが崩れる。なら──」

「…………そうですね。なら、攻めつつも、常に反撃を反撃出来るようにする、というのはどうでしょう?」

「あ、なるほどっ!攻撃の中に敢えて隙を作って誘導させて反撃するってこと⁉︎

 確かにっ!防御が硬い相手には、それが有効だねっ!」

 

 そう。

 綾小路清隆の思惑通りに、桃井緋音は、動いていて。

 

 そんな二人を見ていた一之瀬は、同じ卓の狐判稔に声をかけた。

 

「あの、桃井先輩に、アドバイスとかしないんですか?」

「うん。これもまた成長に必要なことだよ。

 騙(・)さ(・)れ(・)て(・)学(・)べ(・)る(・)こ(・)と(・)も(・)あ(・)る(・)か(・)ら(・)さ(・)」

「う、うーん。

 ちょっと、スパルタ過ぎる、ような?」

「これまでの緋音ちゃん考えなし過ぎるからね。

 考え始めるのは良いことだし、警戒心を育てる良い機会にもなるよ」

 

 そう、理論立てて桃井緋音に手を貸さない理由を作っていくが。

 稔的には、それよりも。

 

(………き、昨日のあれ、や、やばかった。

 あ、アレが、大人のキス?あ、あんなに、ぐちょぐちょしてねとねとしてるのが?

 め、目の前で渚くんとあかりちゃんが、あ、あんなことしてて。

 あ、頭、すごく、バチバチいってて。

 く、癖に、なりそう)

 

 今日の夜も、これからいつも通り、練習なのだが。

 

(も、も、もっと、渚くんに、密着しながら、やったら………?

 も、も、もっと、あかりちゃんの、罪悪感を刺激するような、殺し方に、したら………?

 も、も、もっと、激しく、大人のキス、するの、かな?

 も、も、もっと、あ、頭、バチバチ、いうの、かな?)

 

 表面上は、酷く、冷静で。

 いつも通りに、ご飯を食べているのだが。

 その頭は、不純なことしか、考えていなかった。

 

 

「───くっ、ふふふふふふふっ‼︎

 明日が楽しみ過ぎてっ!眠れなさそうだよっ!」

 

 どんどんと強烈になっていく桃井緋音の本性を見て。

 神崎隆二は、綾小路清隆に教わることの危険性を目の当たりにしつつ、しかしそれでも、綾小路から盗めるだけのものを盗むつもりで。

 南雲雅は、綾小路清隆の、人を操る話術を目の当たりにして、これを身につけるために、より熱心に二人の会話を聞いていて。

 鬼龍院楓花は綾小路清隆のやり方を理解して、少しつまらないとは思いつつも、評価して。

 星穹恒は、少しだけ非難がましい目を綾小路清隆に向けて。

 山村美紀は、正直もう慣れもあるので、そんなに怖くないのだが、役得なので星穹恒の背中に隠れて。

 椎名ひよりは、生唾を呑み込んだ。

 

 そうして、大浴場で。

 態々、櫛田桔梗の隣に座って。

 倫理と快感を比べているのか、赤くなりながらも、少し、迷っている顔で。

 しかし、丁寧に丁寧に、身体を洗う櫛田桔梗に、生唾を呑み込んで。

 

 そして、夜。

 

 椎名ひよりは。

 消灯時間もすぎ、皆が寝静まった頃に。

 おそらく、昨日も踏まえると、これぐらいの時間になるはず、と予想したので。

 誰も起こさないように、静かに、部屋を出て。

 

「…………やっぱり」

 

 そうして、昨日と同じ、森の中へ。

 昨日と、同じ、木の元で。

 

 男の、熱でドロドロに溶けた視線に、晒されて。

 女は、昨日の女とは違くて、服を脱がなくて。

 男の、熱と訝しさと僅かな苛立ちの混ざった口調に、晒されて。

 女は、恐怖のような何かに震えながらも、理性的に、危険性を説いて、止めようとして。

 男は、苛立ち交じりに、女を木に、傷をつけないようにゆっくりと押し付けて。

 女は、力の無い、掠れ切った声で、制止を続けていて。

 男は、ならば何故ここに来た、と問い。

 女は、答えられず。

 男は、何故笑っているのか、と問い。

 女は、自分が笑っていたことに気付かなかったのか、動揺して。

 男は、うっすらと笑いながら、女の服を、丁寧に剥き。

 女は、ほとんどうわ言で、制止しながらも、しかし顔は、笑いの形を作っていて。

 

 そうして、昨日よりも些か倒錯的な、生命の営みが、始まった。

 

 椎名ひよりは、固唾を飲む。

 椎名ひよりの倫理観は、すでに修復不能である。

 

(あ、あ、あ。

 昨日、とは、また違う、やり取り。

 く、櫛田、さん、もしかして、わざ、と?

 わざ、と、理性的に、拒絶、する、フリをして。

 あ、あんな、あん、なに、激しく、蹂躙、して、もらう、ため、に?

 あ、あ、綾小路、くん、なんか、酷いこと、言ってる。

 で、でも、櫛田、さん、口では嫌がっ、てる、けど、す、凄く、嬉しそう、に、笑っ、て。

 あ、あ、綾小路、くん、昨日よりも、ずっと、激しく、て。

 あ、あ、あ、櫛田、さん、あ、あん、な、顔、で、あ、んな声、だなんて。あられも無い、とか、そんな、レベルじゃ、ない。あ、いま、多分、頂点、に。

 ひ、酷いこと、言われ、て、激し、すぎて、辛そう、なの、に。

 ほん、とう、に。

 う、嬉しくって、悦んでて。

 き、気持ち、良さそう、です。

 あ、ダメ、です。あたま、おかしく、なる)

 

 とっくのとうにダメだし、とっくのとうにおかしくなっている。

 

 営みが、終わって。

 わざと煽って、枷を外させて、酷いことを言われながら悦びながら蹂躙されて、人様にはお見せできなさい幸せそうな顔の櫛田桔梗を抱えて、森を去る綾小路清隆を見送って。

 

 暫く、椎名ひよりは、呆然として。

 フラフラとした足取りで、部屋に戻って。

 熱で限界を迎えた脳みそは、あっさりと眠りに落ちた。

 

「…………もう。真夜中に出歩くなんて、危ないわよ」

 

 水曜日。

 

 朝食。

 

「うふふふふっ‼︎‼︎‼︎

 今日こそ、清隆に勝つっ‼︎‼︎‼︎

 清隆のお陰で、清隆に勝つ対策が立てられたんだからっ‼︎‼︎‼︎」

「えぇ。楽しみにしてますよ。緋音パイセン」

「…………はぁ。緋音。その、だな。

 それは、つまり───」

「星穹先輩。教えない方が良いと思います」

「…………はぁ、椎名さんのいう通りだな。

 今日は、痛い目を見るといい」

「そうだよ清隆っ‼︎‼︎‼︎

 今日こそ痛い目に合わせてやるんだからっ‼︎‼︎‼︎」

 

 とても、気合いの入っている桃井緋音を見ながら。

 神崎隆二は、綾小路の勝つのが難しい相手に勝ち続けるやり方を目の当たりにして、尊敬して。

 南雲雅は、最高傑作にして暗殺者の戦い方を見て、これを身につけようと思って。

 鬼龍院楓花は、桃井緋音の騙されやすさをほんのりと心配して。

 星穹恒は、良いように転がされている桃井緋音を哀れんで。

 山村美紀は、正直もう全然怖くないのだが、密着できる良い機会なので、後ろに隠れて。

 椎名ひよりは、熱を帯びた顔をしていて。

 

 そして、模擬戦。

 

「うっふふふふふふふふっ‼︎

 あっははははははははっ‼︎

 本能に任せるだけじゃないっ‼︎

 対策を考えてっ、傾向を考えてっ、そうして戦うのがっ、壊すのがっ、こんなに楽しいなんてっ‼︎‼︎‼︎

 君は、最っっっっっっっ高だよっ‼︎‼︎‼︎

 清隆ぁっ‼︎‼︎」

 

 昨日のような、嵐のような乱撃の中で。

 僅かな綻びを演出して、反撃を誘発しようとして。

 僅かな綻びを狙って反撃が来たので、反射で、反撃を反撃しようとして。

 

「─────あれ?」

 

 そこに、綾小路清隆はいなかった。

 僅かな綻びに、小木刀がきたので、それを躱しながら、持っている筈の綾小路清隆を打ち据えようとした筈なのに。

 

「────貰いました」

 

 昨日よりも、一昨日よりも容易く、鮮やかに。

 背後をとった綾小路清隆は、その首筋に打ち込んで、気絶させた。

 

 それを見ながら、星穹恒は、深いため息を吐いていた。  

 

「簡単に乗せられた緋音も緋音だが、三日かけてこの瞬間を作るつもりだったのだろう綾小路も、末恐ろしいな」

「えっと、綾小路くんは、最初から?」

「あぁ。初日で勢いづかせて、二日目で対策を対策して、三日目にアドバイスした通りの対策で来るから、容易く打ち倒した」

「な、なるほど。

 す、凄い、ですね」

「凄いで終わるなら、成長は出来ないぞ。美(・)紀(・)。

 成長したいなら、全てから学べ。

 ただし、自分に出来ることからだ」

「は、はい!恒(・)さ(・)ん(・)!

 あ、綾小路くん、は、最初から、この日の為に、動いていて。

 じゃ、じゃあ、私も、私も………。

 私に、何が、出来るのかな………?」

 

 山村美紀は、自分の両手を見ながら、考え込んでいて。

 星穹恒は、敢えて、それ以上は、教えなかった。

 

「…………しかし、仲が良いにも程がないか?

 勝ってから、堀北さんと目を合わせすぎだろう」

 

 星穹恒は、そう、訝しんで。

 しかしすぐに切り替えて、自身の鍛錬に戻った。

 

 夕食。

 

「────ずっと、わたしを転がしてたんだね。清隆」

「…………えぇ。まぁ」

「…………いや、でも、そう、だね。

 勝つ為、壊す為、きっと、そういうものも、必要なんだ」

「…………パイセンは、どうしますか?」

「…………自分で、ううん。

 …………足りないなら、友達の手も借りる。

 ────勿論、君の手もね。清隆」

「ふっ、また騙されるとは、考えないんですね。緋音パイセン」

「ふふふふ、騙そうとするなら、それもまた、壊す為に使えるし」

 

 そう、綾小路清隆に騙されながらも、真っ直ぐに成長を続けていく、純真無垢な桃井緋音と。

 そう、桃井緋音を騙すことで、二人の恋人を蹂躙していく、不純の極み綾小路清隆を比べて。

 椎名ひよりは、最低だとは理解しつつ、綾小路清隆の勝利を願っていた。

 

「………ねぇ。清隆。

 どうして君は、そこまでして、誰かに勝ちたいの?」

「………嘗ては、勝つことそのものが目的でしたが。

 今となっては、勝つことは目標で、その先に目的があります」

「………その、目的って?」

「デザートを食べたい。それだけです」

「ふーん。凄い単純なんだね」

「えぇ。単純です」

「………そっか。じゃあわたしも、明日勝ったら、晩御飯に、デザートを一品追加しよっと」

 

 神崎隆二は、どうして強くなりたいのかを、今一度考えて。

 南雲雅は、強くなりたい理由と答えを、もう一度思い出して。

 鬼龍院楓花は、綾小路清隆の動機に、首を傾げ。

 星穹恒は、良いことを言うな、と綾小路清隆に感心して。

 山村美紀は、自分を捉え直し続けて。

 椎名ひよりは、堀北鈴音と櫛田桔梗を、羨ましいと思い始めて。 

 

 そんなやり取りが聞こえた花咲ほむらは。

 なんとなく、デザートが、凄く気になった。

 

「ねぇねぇ稔ちゃん。綾小路くんのご褒美デザートって、なんだと思う?」

「うーん、分からないかも」

「そっかぁ。あ、櫛田ちゃんは知ってるよねっ!」

「うぇっ、あっ、は、はいっ、し、知って、ます、よ?」

「ふーん。ねぇねぇ!綾小路くんがそこまで欲しがるなんて、どんなデザートなの?」

「……先輩、分かって、ます?」

「いやいや、何も分からないから聞いてるんだって」

「……あ、本当に分かってないんですね。ちょっと意外です」

「……⁇⁇」

「──そうですねぇ。

 ……うふふふふ、清隆だけが食べられる、清隆以外には食べさせない、見ることも許されない、絶品デザート。

 ……甘くて、柔らかくて、芳しくて、病みつきになる。

 そんなデザートが、二種類も」

「……その、デザート、の、話、だよね?」

「──えぇ、勿論です」

 

 その、櫛田桔梗の、何やら蕩けるような雰囲気に当てられて。

 花咲ほむらは、よく分からないまま、赤く染まっていた。

 そんなほむらの隣の稔は。

 デザートとか、正直どうでもよくて。

 

(あぁ。昨日の大人のキス、凄かったぁ。

 わざと、渚くんの肩とか、二の腕に指を這わせながら、胸とか押し付けながら。

 わざと、赤羽くんとか綾小路くんを、ゆっくりゆっくり殺させて。

 独占欲と罪悪感が爆発したあかりちゃんの、貪り尽くすような、それでいて、縋り付くような、大人の、………キス。

 それに応えるように、渚くんのキスもまた、どんどん激しくなっていって、安心させる為の、徹底的な、蹂躙する、大人の、………キス。

 あぁ、あぁ、あぁ。

 脳味噌が、破裂するかと、錯覚するような、あの、ビリビリ。

 ────癖になりそう………)

 

 狐判稔は、どこまでも、表面上は、冷静に。

 しかし、その内面は、とても良くない方向に転び始めていた。

 

 そうして、大浴場。

 

 態と、堀北鈴音の隣に座った、椎名ひよりは。

 蕩け切った顔で、時々、艶めいた笑みを浮かべて。

 丹念に、丹念に、丁寧に、丁寧に、肢体を洗う(下拵えする)、堀北鈴音(綾小路清隆だけの絶品デザート)に。

 倒錯した熱と、羨望の眼差しを、向けていた。

 

 そうして、夜。

 

 椎名ひよりは。

 皆が寝静まった消灯時間に。

 昨日一昨日から予想した時間に。

 コッソリと、起きて。

 誰も起こさぬように、森の中へ。

 

「…………あ、いけない」

 

 うっかり、少しだけ寝てしまっていたので、部屋を出るのを止められなかった卜部藤乃は。

 連れ戻そうと、椎名ひよりの後を追って。

 

「…………なんで、森?」

 

 森の中に入っていく椎名ひよりの後を追って。

 何やら、茂みの中に隠れている椎名ひよりを見つけて。

 

「……………その、失恋で辛いなら、話し───」

 

 そう声をかけた瞬間、椎名ひよりの細腕では考えられない力で、抱え込むように捕まって、口を抑えられて。

 卜部藤乃は、動揺した。

 椎名ひよりが、完璧に抑え込んだので、茂みは本当に一瞬、揺れただけなのだが。

 

 それに気付いた男と女は、一瞬止まって。

 

 男は、もし人だったら不味い、と言って。

 女は、そうしたら、ご褒美は?と聞き返して。

 男は、苦しそうな様子で、惜しいが、万が一男だったら、殺さないとダメだ、と言って。

 女は、男の耳元で、何かを囁いて。 

 男は、少し呆れた顔で。

 女は、自分から、熱烈なキスをして。

 男は、熱を帯びた顔で、キスを仕返して。

 最後に女は、男の耳元で、囁いた。

 

 召し上がれ、と。

 

 目の前で、それを。

 後輩だが、頼りになる生徒会長と。

 後輩だが、頼りになる副会長の。

 あまりにも、倫理から外れに外れた、倒錯的な場での、病的に熱烈で野生的に激烈な、生命の営みを見て。

 

 卜部藤乃は、絶句する。

 卜部藤乃の、倫理観は、致命的なダメージを受けた。

 

(な、何、これ?

 ほりき、堀北、さん?な、何、よ、その、かお。な、んで、そんなに、蕩けて。あ、声、高くて、甘くて、湿ってて、み、耳、おかしく、なりそう。

 あ、あや、綾小路、あ、あな、あなた、どうして、そんなに。そ、そんなに強く抱きしめたら、絶対、苦しい、はず、で。そ、そんなに、ま、まるで、蹂躙するみたいに、責めたら、気持ちいいより、苦しいが、勝ちそう、なのに。

 堀北さんが、蕩けて、いく。あ、今、多分。す、好きな人に、頂点まで、送られると、あんな、顔、声、するの?

 あ、だ、だめ。そ、そんな、今、登り詰めたばかり、なのに、なの、に。

 ほ、堀北、さん、降りて、来れない。無理やり、頂点で、留めさせられて。な、なん、で?なんで、そんな顔、そんな声で、そんなに、悦ん、でる、の?

 あ、頭、おかしく、なる)

 

 もう、おかしくなっている。

 

 やがて、営みが、終わり。

 

 丹念に丁寧に下拵えを自分からして、美味しく食べてもらえるように歓迎した堀北鈴音(綾小路清隆だけの絶品デザート)は。

 月曜日よりも、乱暴に、徹底的に、がむしゃらに、食べ尽くされて。

 余韻にすら蹂躙されて、息を荒げ、身体中、特に腰から下を激しく痙攣させながら、縋り付くように、綾小路清隆の首に、両手を回して。

 湯に蕩けたような、涎すらも垂らして、涙すら浮かべた、愛する人にしか見せてはいけない顔で、姫抱きされて。

 森から、去っていった。

 

「あ、あ、あなた、これ、見る、ため、に?」

「………その、今週の、月曜日、から」

「………が、我慢、出来なかった、にしても、ねぇ」

「………その、ちらっと聞いた感じ、綾小路くんの勝利への渇望、と言いますか、それをうまいこと味方につけて、桃井先輩に勝つ為に、勝利を目標じゃなく目的に切り替えさせた、みたいです」

「………それって、つまり」

「………いえ、その、実際に渇望が抑えきれなくなり始めてた綾小路くんは、少し危うい雰囲気でこそあったので、必要なことではあったのだと思います」

「………いえでもこれ実質緋音を口実にイチャイチャしているだけじゃないっ‼︎」

「イチャイチャの向こう側に行ってますけどね」

「やかましいっ!明日は、止めないとっ!」 

「………先輩は、止めたいんですか?」

「と、止めないと……!止めなくちゃ、ダメで……!」

「………止め、たいんですか?

 ………見たく、ないんですか?

 ………堀北さんが、羨ましくないんですか?  

 ………私たちも、好きな人に、ああされたくならないんですか?」

「だめっ、だめっ、だめっ………それは、だめっ!

 だっ、だって、だって、堀北先輩には、もう、もうっ!」

「別に、奪いたいわけじゃないんですよ。

 だって、カルマくんなら、纏めて、愛せるでしょうし。

 堀北先輩なら、纏めて、愛せるでしょう?」

「だ、だめっ!だめよ、椎名さんっ!

 倫理というものがあるのよっ、それから、酷く、外れているわっ」

「………ねぇ、先輩。

 一生を、捧げても良いって思うぐらい、熱烈な恋なんて。

 そんな恋を、愛を、抱いてしまった時点で。

 抱く前のその人は、死ぬん(殺される)です」

「た、確かに、そうなのかもしれないけれどっ、でもっ」

「そんなの、もう、暗殺と変わりません。

 暗殺者に、倫理観なんていりません。

 だから、もう、暗殺者(恋して愛した)になってしまった私たちも、倫理観なんて、投げ捨てて良いんですよ」

「し、椎名、さん?」

「明日、また、ここで」

「あ、明日は、無いわ。だ、だって、だって、緋音が、勝つもの!」

 

 完全に開き直ってしまった椎名ひよりは、もう、平然と、眠りについて。

 倫理観が壊れかけている卜部藤乃は、譫言のように、桃井緋音の勝利を願って、なんとか、眠りについて。

 

 

 木曜日。

 

 朝食。

 

「ふっふっふっ‼︎

 ほむらと藤乃と萌香ちゃんっ‼︎みんなと一緒に考えて、対清隆用戦術っ‼︎‼︎

 これで、今日こそ、ぶち壊すっ‼︎‼︎‼︎

 デザートを食べるのはっ、わたしだよっ‼︎‼︎‼︎」

「───いいえ。デザートを、貪るのは、今日も、オレです」

 

 そんな、二人の会話を聞いて。

 

 神崎隆二は、自身の強くなりたい理由を定めて。

 南雲雅は、自身の理由のために、強くなろうとして。

 鬼龍院楓花は、貪るってなんか変ではないか?と考えて。

 星穹恒は、貪る?と首を傾げながらも、取り敢えず流して。

 山村美紀は、もしかしたら、これが取り柄なのかも、と考えて。

 椎名ひよりは、綾小路清隆の勝利を祈って。

 卜部藤乃は、桃井緋音の勝利を願った。

 

 模擬戦。

 

「おや、攻めないんですか、緋音パイセン」

「みんなで考えた策だよ。

 ただひたすらに、待つ。

 わたしが君に対応するんじゃ無い。

 君がわたしに対応しなければならない状況を作る最適解。

 即ち、一撃必殺の、カウンター戦術」

 

 平突きの構えで、ひたすらに、綾小路を待つ桃井。

 これまでのような動からは考えられない、圧倒的な、静の構え。

 即ち、この瞬間、主導権は、綾小路清隆にあるようで、桃井緋音に。

 

「………なるほど。

 ………なら、小細工抜きで、真正面からっ!」

(っ、来るっ!

 小細工抜きで?いいやそんなわけないっ!

 全てに警戒しろっ!文字通り全てにっ!)

 

 桃井緋音は、文字通り。

 綾小路清隆の、一挙手一投足一呼吸を全て把握して警戒して。

 特に、綾小路清隆の武器を、最警戒する。

 そうして、平突きの構えで、ただ、待つ。

 

「────っ!」

「…………まだ」

 

 自身に突進する寸前で、大きく方向変換する綾小路清隆。

 円を描くように高速で走り回りながら、接近しては攻撃せずに方向転換して離れていく。

 桃井緋音は動かない。

 

「────っ!」

「…………まだ」

 

 一瞬振りかぶってくるが、それに殺意を感じられなかったので無視する。

 一瞬突きの予備動作に入るが、それに殺意を感じられなかったので無視する。

 ありとあらゆる動きに、殺意を感じられなかったので、無視し続ける。

 

「────っ!」

「…………いま」

 

 背後から、殺意を込めて接近してくる何かを、最高速で迎撃して。

 それが、投げられた小木刀だと気付いたが、動揺はしない。

 小木刀が地面に落ちる前に。

 次の瞬間に、斜め後ろから殺意を込めて接近してくる何かを、再びさっきよりも鋭く迎撃して。

 それも、投げられた小木刀だと気付いたが、動揺はしない。

 三本目を持っている可能性なんて、考慮している。

 再び接近してくる殺意を込めて物体を迎撃する。

 今度は、もはや無意識だった。

 無意識だから、それが三本目の小木刀でも動揺せず。

 無意識だから、三本目の小木刀のすぐ後ろから接近してくる綾小路清隆を、迎撃して。

 そこで、ようやく、気付く。

 

「────武器が、ないっ⁉︎」

 

 四本目を持っていると、予想していたからこその、ほんの僅かな、動揺。

 その次の瞬間。

 木刀が当たる直前で、勢いよく地面に飛び込んだ綾小路清隆は、そうして、かろうじて迎撃を躱しつつ。

 右手に隠し握っていた、ワイヤーを、引っ張って。

 それが繋がっていた三本の小木刀が、一斉に、桃井緋音に襲い掛かり。

 それらすらも瞬時に一撃で迎撃し切った桃井緋音のガラ空きの胴体に。

 対先生ナイフを、突き込んでいた。

 

「────────」

「ナイフがあたれば、勝ち、ですよ」

「……………お見事」

 

 桃井緋音は、今日も、負けて。

 

「あ、あ、あ、だ、だめよ。だめよ。だめ、なのよ」

 

 晴れやかな顔で、しかし、悔しさを握り締めながら。

 桃井緋音は、笑っていて。

 

 卜部藤乃は、動揺していた。

 

「あ、ま、また。また………」

 

 気付く。

 綾小路清隆が、櫛田桔梗と、倒錯的で病的な熱を帯びた視線を、絡ませ合っていることに。

 

 夕食。

 

「…………明日で、最後かぁ。

 烏間先生の代わりってだけだったんだけど、もう、そんなこと言えなくなっちゃった」

「まさか。流石に、烏間先生よりは弱いですよ」

「…………だからこそ、だよ。

 清隆。間違いなく君は、私よりは、弱い。

 単純な身体能力で私を超える生徒は、いない。

 でも、技術において、わたしと君には、圧倒的な差がある」

「…………いいえ。緋音パイセンなら、いくらでも埋められる差です」

「なら、どうして君に勝てない」

「執念。或いは、執着です。

 オレは、デザートが、欲しい。

 デザートは、誰にも、渡さない。

 デザートは、絶対に、オレのものだ。  

 そういう、執着です」

「…………そっか。君にとって、何よりも大事なものがあるから。

 それを、勝利への報酬と定めているから。

 君は、そんなにも、強いんだ」

「えぇ。そういうことです」

「それにしても、甘党すぎない?」

「えぇ。オレは意外と、甘党なんですよ」

 

 神崎隆二は、本当に、デザートの話なんだよな?と思って。

 南雲雅は、あれ、もしかしてデザートって、いやまさかな。と考えて。

 鬼龍院楓花は、全てを理解して、綾小路清隆を心底から軽蔑し。

 星穹恒も、全てを理解して、桃井緋音を心底から憐れんで。

 山村美紀は、自身の才能に気付き、これを磨こうとして。

 椎名ひよりは、自分も、デザートになりたいと、そう思って。

 卜部藤乃は、自身の何かが壊れてしまうことを理解しながらも。

 

 そんな卜部藤乃を不審に思った坂柳有栖が、問い掛ける。

 

「藤乃先輩?どうかしたんですか?」

「い、いえ、なんでもない、わよ。えぇ。なんでも、ないの」

「……………?」

「そ、そんなことよりも雪村さん。その、大丈夫、なの?あまり、お箸進んでいないようだけれど」

「あ、はいっ!気にしないで、くださいっ!」

「そう………。そ、その、稔と仲直りできているようで、その、よかった、わ」

「は、はい。そ、そうですね!稔先輩っ、!」

「うん。そうだね。雪村さん」

 

 狐判稔は、思い出す。

 

(あぁ、昨日は、凄かったなぁ。

 うふふふ、私が密着するのも、殺させるのも嫌なのか、あかりちゃんが、やろうとして。

 でも、上手く、いかなくて。

 泣きそうなあかりちゃんを、渚くんが、慰めて。

 そうして、私が、変わって。

 あ、あぁ、あぁ……………。

 渚くんの首筋を撫でる度に。  

 渚くんの鎖骨を撫でる度に。

 渚くんに、帆波さんを、じんわりと殺させる度に。

 渚くんに、神崎くんを、じっとりと殺させる度に。

 あかりちゃんの、独占欲と、罪悪感が、大爆発して。

 涙すら流しながら、魂を注ぎ込むように、舌を絡めるあかりちゃん…………。

 真正面から受け止めながら、魂を注ぎ返すように、舌を絡める渚くん………。

 二人の、どこまでも深い、愛のやり取りを見て。

 ───脳味噌が消し炭になりそうな電流が、流れて…………。

 あ、あぁ、あぁぁ。

 あの瞬間、私、絶対………。

 上り詰めちゃった…………)

 

 表面上は、どこまでも冷静で、いつも通りなのに。

 狐判稔は、完全に。

 実質寝取りからの純愛寝取り返しプレイに、目覚めてしまっていた。

 もう、おしまいである。

 

 大浴場で。

 

 態々、櫛田桔梗を挟んで、椎名ひよりと、卜部藤乃は座って。

 一瞬だけ、両隣に視線を向けた、櫛田桔梗(綾小路清隆だけの絶品デザート)は。 

 魅せつけるように、丹念に、丁寧に、徹底的に、自身の肢体(絶品デザート)を、ゆっくりと、洗って(下拵えして)。

 

 そうして、夜。

 

 誰も彼もが寝静まった、消灯時間に。  

 しかし、椎名ひよりと、卜部藤乃は、こっそりと、起きて。

 椎名ひよりは、フラフラと。

 卜部藤乃は、ヨタヨタと。

 夜の森へ、消えていく。

 

 そうして二人は、茂みに、隠れて。

 

 男は問う。嫌がらないんだな、と。

 女は答える。まぁ、別に。と。

 男は問う。明日は、どうする。と。

 女は答える。鈴音と考えたんだけどさ、明日は、ご褒美二倍ってのは、どう?と。

 男は、熱を滲ませて、問う。二倍、というのは?と。

 女も、熱を滲ませて、答える。そのまんま。二品同時。さらに、おかわり無制限。

 男は、熱を滾らせて、問う。勝てば、良いのか?

 女も、熱を滾らせて、答える。勝てば、良いの。

 

 男と女は、熱を爆発させて。

 舌を、結び目が分からないくらい、絡ませて。

 そうして一瞬、白銀の橋がかかった瞬間。

 女は、告げる。

 召し上がれ、と。

 

 そうして、生命の営みが、始まった。

 

 卜部藤乃は、固唾を飲む。

 卜部藤乃の倫理観は、もはや修復不能である。

 

(あ、あ、あ。

 櫛田、さん?あれ、が?

 あ、あん、なに、熱に、浮かされて、高くて、甘くて、湿っていて、燃えそうな、そんな声を、響かせて。

 あ、あんな、に、熱で、蕩けて、涙を、涎を、けだものみたいに溢して、目、に、ギラギラした、炎を、灯して。

 全部を受け止めて、味わい尽くすような、貪欲な、動き方、で。

 あ、あ、綾小路。

 そ、そん、な。

 櫛田さんの炎も、世界が燃え尽きそうなぐらい、熱くて、重くて、大きいのに。

 もっと、ずっと、熱くて、重くて、大きい炎で、呑み込んで、粉砕して、蹂躙して、幸せにして、いる。

 あ、あぁ、あぁ。

 櫛田さん、もう、頂点に、縫い付けられちゃってる。一秒たりとも、降りれない。一秒たりとも、炎が、消えない。

 櫛田さんの炎が、呑み込まれて、翻弄されて、蹂躙されて、消えそうになる度に。

 綾小路が、強引に、薪を継ぎ足して、燃料を投げ込んで、燃やし続けている。

 もう、焼け死にそうなのに。

 櫛田さん、あんなにも、悦んで、貪って、呑み込んでる。

 かん、がえちゃ、だめ、なのに。

 わたしも、ほりきたせんぱいに、あぁしてほしいって、おもっちゃう。

 のみこみ、つくして。ぬい、つけて。もやし、つづけて、ほしい。

 あ、わたし、もうだめだ。あたま、おかしくなってる)

 

 そう。もうダメなのだ。もう、おかしくなっているのだ。

 

 営みが、終わる。

 

 櫛田桔梗(綾小路清隆だけの絶品デザート)は、辛うじて原型が残っている、燃えかすのような有様だった。

 目はもはや、過度が過ぎる炎に灼かれて、白く染まっていて、涙は、薄らと頬に残っていた。鍵をかけることも、扉を閉めることもできない口は、静かに涎を垂らしていて。

 余韻に何もかもを蹂躙されて、甘過ぎる呻き声を溢してしまっている。

 身体中を、残った微熱が熱しているのか、ひたすらに細かく痙攣して、腰から下など、微熱というには強すぎる熱が残っているのか、機械ならば、ネジが外れて、バラバラになってしまいそうなほど、震えていた。

 そんな櫛田桔梗(綾小路清隆だけの絶品デザート)を、貪り尽くした(愛し尽くした)綾小路清隆は、静かに、森を去って。

 

 それを、見送って。

 

 卜部藤乃と、椎名ひよりは、フラフラとした足取りで、部屋に帰ろうとして。

 ポツリポツリと、声をこぼしていく。

 

「…………、わ、私、も、堀北先輩に、食べて、欲しい。器ごと、呑み込んで、しまいそうな、ぐらいに」

「私も、です。藤乃先輩。

 カルマくんに、私を、食べて欲しい。

 呑み込んで欲しい。燃やして欲しいんです」

「……………あぁ、そう、だったのね。

 答えは、単純だったのよ。恋愛(暗殺)に、倫理観なんて、要らなかったの」

「えぇ。その通りです。恋愛(暗殺)に、倫理観なんて、要らないんです」

「明日も、綾小路が勝つでしょう」

「当然です」

「だって、二倍で」

「おかわり自由、なんですから」

 

 そうして二人は、なんだかスッキリした気持ちで、眠りについて。

 

 金曜日。

  

 朝食。

 

「今日まで、一度も勝てなかった。

 でも、だからこそ、この最後の日に、わたしが、勝つ‼︎」

「………ふっ、だとしても、オレは絶対に勝ちます。

 だって今日は、絶品デザート二倍でおかわり自由なんですからっ」

「な、何⁉︎

 二倍で、さらにおかわり自由っ⁉︎

 くっ、絶対強い日だろうけどっ!わたしは、勝つっ‼︎‼︎」

 

 そんな二人の会話を聞いて。

 

 神崎隆二は、絶品デザートがなんなのかを完全に悟って、死んだ目で綾小路清隆を見て。

 南雲雅も、絶品デザートがなんなのかを完全に悟って、呆れ果てた、されど尊敬をも宿した目で綾小路清隆を見て。

 鬼龍院楓花は、ひたすらに、ブラックコーヒーを飲んで。

 星穹恒も、ひたすらに、ブラックコーヒーを飲んで。

 山村美紀は、才能を伸ばす為に、ある人たちに声を掛けようとして。

 椎名ひよりは、綾小路清隆の勝利を確信して、自身を赤羽業に差し出すための下準備を始めることにして。

 卜部藤乃は、綾小路清隆の勝利を確信して、自身を堀北学に差し出すための下準備を始めることにした。

 

 模擬戦。

 

 ことここに至って、余計な戦術も何もかも不要。

 

「───じゃあ、行くよ」

「───勝負です」

 

 二人の生徒は、命すら削り合うように、ぶつかり合い、凌ぎ合い、削り合い、殴り合い、蹴り合って。

 二人の明暗を分けたのは、決して大きなものじゃない。

 お互いに、ズタボロになるぐらい、ボロボロになりながらも。

 最後に、立っていたのは。

 

「……………ふふ。わたしもいつか、それだけ好きになれるデザートが、欲しいな」

「……………生きていれば、いつかどこかで、出逢えるでしょう」

「ん?出逢える?ん?」

 

 何やら、答えの輪郭に、近づいている、ような……?

 

「緋音。スポーツドリンクだ。疲れただろう飲むと良い」

「桃井先輩こちら、塩結びです。塩分補給と食事も兼ねて」

「桃井。これ、買ってきたウィダーだ。ビタミン配合で身体にもいいぞ。やるよ」

「桃井。特別に私お手製の蜂蜜レモンをやろう。桐山のやつに食わせるための試食だ。是非食べてくれ」

「…………?

 まいっか!

 わーい、みんなありがとーっ!」

 

 悟ってしまった四人は、全力で桃井緋音の思考を阻害した。

 知らないで欲しい。知らない方がいい。

 だって、こんなにも、青春真っ盛りみたいなイベントを出汁に、この、綾小路清隆(どぐされ二股クソやろう)は、性春真っ盛りであったことなど。

 こんなにも純粋無垢な少女に。

 こんなにも不純な極みな少年が近付いていたという事実自体、彼らは出来ることなら、なかったことにしたかった。

 

「清隆っ!

 これでわたしの、五戦五敗っ!

 でも、わたし、諦めないからっ!

 卒業まで挑み続けて、君に、勝つからっ!」

「───えぇ。楽しみにしています。緋音パイセン」

「パイセンは不要っ!

 わたしと君は、ライバルなんだからっ!」

「───えぇ。緋音」

「ふふん。よろしい」

 

 とても爽やかな笑顔で、少年少女は、笑い合っていて。

 全てを知っている、四人の少年少女は、思った。

 綾小路清隆(どぐされ二股クソやろう)許せない、と。

 

 

 一方その頃。

 椎名ひよりは。

 

「───少し、良いですか、愛(・)美(・)さ(・)ん(・)」

「!は、はい!なんでしょう、ひ(・)よ(・)り(・)さ(・)ん(・)!」

「実は、折行って二人きりで、お話ししたいことが」

「は、はい!良いですよっ!」

 

 そうして、椎名ひよりは、こっそりと、奥田愛美を、連れ出して。

 彼女に耳元で、囁くように。

 

「…………実は、その、私も、カルマくんが、好き、なんです」

「…………え」

 

 奥田愛美は、固まった。

 固まって、これまでの全てを、高速で思い出して、顔を、青ざめさせた。

 

「あ、あの、ひよ、ひよりさ、」

「落ち着いて、愛美さん」

「………あ、は、はい」

「私は、別に、カルマくんを取りたい訳じゃ、ありません」

「………え」

「綾小路くんと同じです。カルマくんなら、それも出来るでしょう」

「………え、で、でも、その」

「───ねぇ、愛美さん」

「は、はい」

「………愛美さんは、私が、好き、ですか?」

「好きです」

「………私も、愛美さんが、好きです」

「そ、そう、です、ね」

「そうして、私も愛美さんも、カルマくんが、好き」

「………そ、そう、です、ね」

「───なら、カルマくんも、私と、愛美さんが、好きなんです」

「………そ、そう、です、ね」

「なら、何も、問題は、ないでしょう?」

「………そ、そう、です、ね」

「バレンタインデー、一緒に、チョコを作りましょう。隠し味(媚薬)も、入れて」

「あ、はい。そうしましょう」

 

 

 一方その頃。

 卜部藤乃は。

 

「───相談、でしたよね。堀北先輩」

『………あぁ。自分なりに、色々考えていたんだが、俺にこの手の事で、どうにか出来る能力は無いと、痛いほど知っているからな』

 

 そう。三年Aクラスは、基本的に、学の選択を尊重するから。

 選択そのものを迷っている今は、どうしても、頼れない。

 悩みに悩んだ堀北学は、だからこそ、頼りになる後輩に、連絡していたのだが。

 

「………ふむ。メメ先輩への告白の答えをまだ出せていなくて、答えは必ず、試験の後に、出さなければならない、と」

『………あぁ。茜には、ずっと隣でいて欲しい。

 ………だが、占藤には、たくさん、助けてもらったから、傷付けたくない。

 ………振らなければいけないことは、分かっているんだが』

「───別に振らなくても良いのでは?」

『………いや、それ、は』

「茜(・)先輩は、仰っていたのでしょう?

 メ(・)メ(・)先輩なら、気にしないと」

『………それは、その、別にそういう意味では』

「殆ど同じですよ。だって、好きな人が、他の異性を特別扱いしても、気にしないんですから」

『だとしても、だな。

 俺は、その、不器用、だから』

「そんなこととっくのとうに分かってて。

 でも、茜先輩もメメ先輩も好きなんだから。

 なら、何も問題はないでしょう?」

『………そう、なの、か?』

「そうですよ」

『………そ、その、まぁ、うん』

「参考までに、で構いません。

 でも、私は、そう思います」

『………そう、か。

 うん。助かった。ありがとう』

「いえいえ。こ(・)ち(・)ら(・)こ(・)そ(・)」

 

(これで茜先輩にとって私は、親友が離れなくても良くなるようにしてくれた、恩人。

 メメ先輩は元々、私がそうなっても気にしない、というかむしろ歓迎する。

 堀北先輩も、メメ先輩も受け入れたなら、私がちゃんと告白すれば、受け入れてくれる可能性は、高い。

 ─────堀北先輩は、一夫多妻制を日本に認めさせるから。

 何の憂いも、ない。

 第一婦人は茜先輩。第二婦人はメメ先輩。私は第三婦人で良い。

 代わりに、それ以外は、絶対に許さない)

 

 夕食。

 

「いやー、沢山負けたけど、寧ろ清々しいよっ!

 来週からの烏間先生との手合わせで、びっくりさせようかなってっ!」

「なんだかいつの間にか、仮面を被らなくても良くなったんだな。緋音は」

「………あ、みたいだねっ!

 まぁ、あれも好きだったんだけど。

 でも、こっちの方が良いやっ‼︎

 ………ふふっ!君のお陰だねっ!清隆っ‼︎」

 

 そんな風に、爽やかな青春の風を吹かせる、桃井緋音を、見ながら。

 

 神崎隆二は、綾小路清隆(どぐされ二股野郎)許さないと思いながらも、ブラックコーヒーを飲んで。

 南雲雅は、綾小路清隆(どぐされ二股野郎)やっぱオレと同類だろと思いながらも、ブラックコーヒーを飲んで。

 鬼龍院楓花は、綾小路清隆(どぐされ二股野郎)許さないと思いながらも、ブラックコーヒーを飲んで。

 星穹恒は、綾小路清隆(どぐされ二股野郎)流石にダメだなと思いながらも、ブラックコーヒーを飲んで。

 山村美紀は、思い切って、ある二人の元まで行って。

 椎名ひよりは、赤羽業に美味しく食べてもらう(愛してもらう)日を思いながら、熱を帯びたため息を溢し。

 卜部藤乃も、堀北学に美味しく食べてもらう(愛してもらう)日を思いながら、熱を帯びたため息を溢し。

 

 狐判稔は、優雅に夕食を食べながら。

 暗い表情の雪村あかりが、別の卓の潮田渚に視線を向けていることに気付いて。

 

(あ、あぁ、あぁぁ、あぁぁぁ。

 やっっっっぱり、良かったぁ。

 もう一度チャレンジしたあかりちゃんが、上手くいかなくて。

 泣きながら、渚くんに、謝って。

 渚くんが、抱きしめながら、慰めて。

 私が、太腿を、撫でながら、渚くんに、囁いて。

 私が、胸板を、撫でながら、渚くんに、囁いて。

 渚くんに、私を、殺させて。

 渚くんに、あかりちゃんを、殺させて。

 独占欲と罪悪感で狂っちゃったあかりちゃんが、存在そのものを注ぎ込むかのようなディープキスをして。

 真正面から受け止めた渚くんが、存在そのものを注ぎ込むかのようなディープキスをして。

 私が、二人の愛を、確かめる為の、前座になっていることを実感する度………。

 私の心に、快感が、広まる……。

 私は、何度も、上り詰める……)

 

 狐判稔は、もうおしまい。

 だったのだが。

 

「あ、あのっ!」

「ふぇっ」

「わっ」

 

 唐突に、気配を微塵も感じさせずに。

 山村美紀が、話しかけてきた。

 

「え、え、えっと、その」

「あ、うん。落ち着いてからで良いよ。うん」

「あ、はい。えっと、その。

 わ、私、山村美紀って言いますっ!」

「あ、うん。知ってる」

「あ、はい。で、その、狐判先輩が、渚くんの才能を伸ばしている方法を、その、私も知りたいんですっ!」

「………いや、その、えっと、危ないよ?」

「危険は、覚悟の上ですっ!

 でもっ!親衛隊のみんなにっ!恒さんにっ!恥ずかしくない私になりたいんですっ!

 私の、この影の薄さもっ暗殺の才能に使えるかもしれないからっ!」

「あ、や、でも、その、渚くん、たちの許可も無いと、うん」

「僕は良いですよ。稔先輩」

「…………あぇ?渚、くん」

「あかりも、良いよね?」

「あ、うん。渚が、良いなら……」

「稔先輩は、どうですか?」

「あ、はい。良いです」

 

 至極当然の話。

 長らく稔の練習を共にしてきた渚は、稔の練習が、あそこまでボディータッチのしつこいもので無いことなど、百も承知である。

 まぁ、その、あかりが泣くのは、とても悲しいのだが、奥手な方のあかりから、何度もキスを求められるのは、吝かではなかったので。

 しかし丁度、そろそろ稔先輩にお仕置きしないといけないので、山村さんが来てくれて、渚としては、ありがたかったのだ。

 山村さんに、渚に執拗にボディータッチして、あかりの罪悪感と独占欲を刺激して、ディープキスをするように誘導していることが、明らかになれば。

 必然それは、親衛隊の坂柳有栖並びに神室真澄に広まり。

 部長を務めるテーブルゲーム部にも、広まるだろう。

 部長は、擬似寝取りからの純愛寝取り返しが好きな、倒錯し尽くした終わりきった変態なのだと。

 そんなことになったら、稔先輩は死ぬしかない。

 されど、それを恐れて、普通の練習をしたら、どうなるのか。

 それは、あかりに、自身は擬似寝取りからの純愛寝取り返しが好きな、倒錯し尽くした終わりきった変態なのだと、宣言するに等しい。

 折角仲良くなった後輩に、そんな認識を持たれたのなら。

 気弱な部分も普通にある稔先輩は、もはや死ぬしかなくなるだろう。

 即ち、確定した、死。

 

「…………な、渚、くん。

 こ、この瞬間を、待っていた、の?」

「さぁ?なんのことやら。

 あぁ、でも、そのうち、櫛田さんとか、影乃先輩も、呼ぼうかなって考えていたんですよ。

 だってほら、堀北先輩たちと戦う以上、優れた暗殺者は、いくらいても困らないので。

 あかりも、良いよね?」

「あ、うん。渚が、良いなら………」

「あ、ま、待って、待って渚くん。

 ふ、2人以上、はその、難しい、ので。

 ………………や、山村さんだけで、お願い、します」

「良いですよ。

 じゃあ、今晩、練習に参加してもらいましょう(死に様を選んでください)」

「あ、うん」

「わ、分かりました!」

「…………………は、はい。分かり、ました」

 

 さて、狐判稔が、どの死に様を選んだのかというと。

 暫くの間、雪村あかりに、終わりきった変態を見る目で見られていたのが、答えである。

 

 大浴場。

 

 椎名ひよりと、卜部藤乃は、態々二つ椅子を開けて座って。

 その空いている椅子のうち、卜部藤乃の隣の椅子に、堀北鈴音(綾小路清隆だけの絶品デザート)。

 空いている椅子のうち、椎名ひよりの隣の椅子に、櫛田桔梗(綾小路清隆だけの絶品デザート)。

 二人は、鼻唄すら歌いながら。

 どことなく、妖艶な雰囲気すらも、漂わせて。

 自身の肢体(綾小路清隆だけの絶品デザート)を、丁寧に丹念に徹底的に艶めかせて美しく。

 どこまでも、美味しく食べられる(情熱的に愛される)ために。

 手入れ(下拵え)を、していく。

 そうして。

 

 夜。

 

 卜部藤乃と、椎名ひよりは、いつも通りの時間に、部屋を出て。

 

 そうしていつもの森の、いつもの木の下を覗ける、ここ一週間の定番スポットとなった茂みに、隠れて。

 

 男が一人と、女が二人。

 

 男が、問う。おかわり自由は、どこまでなのか、と。

 女が答える。文字通り、自由よ。少し早めのバレンタインも兼ねてるわ。あぁ。ちゃんとチョコも用意しているから、安心してね。と。

 男は問う。訓練はある。月曜日には、参加しないといけないぞ。と。

 女が答える。清隆も気づいてたでしょ?私らどっちも死ぬほど蹂躙されてたけど、次の日にはケロッとしてたこと。

 女が答える。慣れと、後はまぁ、合宿での訓練で体力がついたのもあるわね。多分合宿直前のアレも、結構効いていたわね。

 男は問う。つまり、本当に、遠慮しなくて良いんだな?

 女は答える。勿論。徹底的に、貪り尽くしなさい。

 女も答える。ばっちこいだよ。ご主人さま。

 女は、同時に。

 

 召し上がれ。

 

 二人の少女の目の前で。

 ご褒美絶品デザート二倍おかわり自由が、貪り尽くされていく。

 二倍になった炎が、熱く重く激しく呑み込み。

 負けじと異常に巨大になった炎が、熱く重く激しく呑み込む。

 二人がかりで尚、絶品デザートは、骨の髄まで味わい尽くされた。

 冷たくて正しくて甘いデザートは、あまりの熱量に焼き焦がされながらも、それでも心の底から悦び。

 眩しくて裏もある甘いデザートは、あまりの重量に押しつぶされながらも、それでも心の底から悦び。

 デザート(恋人)たちが徹底的に情熱的にどこまでも貪欲に貪り尽くされる(愛し尽くされる)、森の中の秘密の宴は。

 二人の観客の脳味噌と倫理観とその他諸々を徹底的に焼き焦がしすり潰し粉砕しながらも。

 二人の少女が、想い人に美味しく貪り尽くされる(情熱的に愛し尽くされる)為に、準備を整える為に、合宿所に戻って尚。

 そうして夜明けを過ぎて尚。

 熱量は留まることを知らない。

 もし避妊具がなかったら?

 もし避妊薬がなかったら?

 現高育生徒会は、生徒会長副会長会長秘書が自主退学し、何もかもが完全に崩壊するのかもしれない。

 しかし、彼らは責任を放り出すようなことはしない。

 しっかりと、やるべき事はやった上で、心の底から遠慮なく、貪り尽くされて(愛し尽くされて)貪り尽くして(愛し尽くして)を繰り返していく。

 再び日が沈む頃には、デザートも食べる方も、もはや意味ある言葉など交わさずに、花火が無限に開き続けるように激しく。

 再び日が昇る頃には、デザートも食べる方も、もはや吐息のみを交わしあって、じっくりねっとりコトコトと煮込むように静かに。

 再び日が沈む頃に、ようやく宴は終わり。

 デザートを二つ纏めて抱えながら、そのデザートをこの世界で唯一食べることを許された少年が、合宿所に戻っていく。

 デザートはそれはもう酷い有様。

 上り詰めた先から帰ることなど殆どできず。

 しゃぶり貪り味わい燃やし押し潰し壊し尽くされて。

 もう原型など残っていない。

 そこにあるのは、生涯愛して離さない人にだけ晒す、人様にお出ししては決してならない顔で。

 この二人は電化製品だったのだろうか、と錯覚するほどの痙攣を絶え間なく起こしながら。

 腰から下は、もはや溶け落ちたのか、痙攣することすら叶わず。

 故に、残ったマグマのような余熱は、二人の肢体から逃げること叶わず。

 濡れた甘くて蕩けるような呻き声も、もはや漏らすことも出来ず。

 二人のデザートは天国と地獄と極楽と煉獄とその他諸々を徹底的に旅行して、しかし、合宿所について暫くした後。

 一秒後には倒れそうな有様であれど、両の足で確かに立ち。

 手作りして準備しておいたチョコレートを縋り付くように渡して。

 なんとか部屋に帰って翌日の月曜日には。

 ケロッとした顔で訓練に参加してましたとさ。

 

 尚、悪魔はしっかりと探偵と魔女を味わい尽くし。

 

 騎士王はやがて、姫騎士と魔術師と神様のような魔王を味わい尽くしましたとさ。

 

 

 さて、そんな一週間を見ていた雲の上の殺せんせーはというと。

 マッハ20で土下座を繰り返していた。

 申し訳なさすぎる。自身の教え子達のせいで、浅野理事長の教え子と、雪村あぐりの教え子と、椎名家の一人娘が、倫理を捨ててしまったのだから。

 

『あー!あー!あー!

 本当にごめんなさい浅野理事長っ!

 本当にごめんなさいあぐりっ!

 本当にごめんなさい椎名さんのご両親っ!

 わ、私が、私が転生できていたらぁ‼︎

 タイムリープ!タイムリープは無いんですかっ⁉︎

 お願いしますドラえもん助けてくださいっ‼︎

 タイムマシンかタイム風呂敷をぉっ‼︎』

 

 しかし、案ずるな殺せんせー。

 

 何故、今回のような事態が起きたのか、整理してみよう。

 

 綾小路清隆たちの森の宴?

 これはもう止められなかった。

 

 桃井緋音の青春の裏で起きていた性春?

 これももう止められなかった。

 

 狐判稔のおしまいと死に様?

 これももう止められなかった。

 

 椎名ひよりと卜部藤乃の倫理崩壊の一週間?

 これのきっかけは実に明白。

 もし坂柳有栖があんなことを言わなければ。

 椎名ひよりは、森の宴を知る事はなく。

 卜部藤乃は、巻き込まれることもなく。

 二人の倫理観が、完全に崩壊することもなかった。

 

 そう。ここに関しては、全ての元凶は坂柳有栖である。

 

 しかし、坂柳有栖を攻めてはならない、

 きっと、坂柳有栖は、自身が人の心のない少女という汚名を被ったとしても、尊敬する先輩と自身が認める同級生に、幸せな未来を作ったのだろう。

 

 自身が得られなかった未来を、代わりに二人に作ってくれたのだろう。

 ありがとう坂柳有栖。

 フォーエバー坂柳有栖。

 

 夢から覚めた坂柳有栖は、日の出を眺めて、一言。

 

「……………………なんか、辛いです」





 バレンタインデーの時間は二時間予定ですね。
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