切りどころあったかも?
今回も倫理が崩壊しています。
「お、お待たせ、しました。恒さん」
「いや、殆ど待っていない。誘ってくれてありがとう。美紀」
「い、いえ、そんな」
「よし。では行こう」
「は、はいっ!」
玄関で待ち合わせした山村美紀と星穹恒は、そのままデートに出発するのだが。
部屋中全員の手でもうこれでもかと服やら何やら可愛く決めたにも関わらず、それらを殆ど気にせず平然と歩幅を揃えて歩く恒と。
緊張のあまり、がっちがちに固まって泡を吹きそうな美紀の。
温度差があるのかないのか絶妙に分からないデートの始まりであった。
「───こちらチームAD。対象はデートを開始したと見られる。どうぞ!」
『チームBC了解。準備は万全です。どうぞ』
さて、そんな二人のデートを、山村美紀と同じ部屋の一年生女子達は、静かに見守っていた。
尾行ではない。見守りである。
チームAD、星穹三七、白浜千尋、雪村あかりは、玄関から出た二人の後を追い外に出て、一定の距離を保ちながら、バレないように見守り続ける。
名の通りAクラス+Dクラスの尾行チーム。
「………手、握りませんね」
「一応山村さんには言ったんだけどね」
「デートしてるって事実そのもので結構ダメージ受けてるなぁ美紀ちゃん。アドバイス完全に抜け落ちてるよ」
好きな人とデートしている。
その事実だけで、山村美紀の脳味噌は完全にショートしており、顔面は紅に染まり、断続的に湯気を出しあわあわしている。
三七的にはそういうところがほっとけなくて可愛いのだが。
「星穹先輩平然としてるね。やっぱりデートとか慣れてるのかな?」
「あー、恒デートとかはした事ないから、慣れてはいないはず」
「え?あんなにかっこいいのに、デートした事ないんですか?」
「恒とデートしたって事実だけで、デートした女の子、いじめられかねないから。
ほら、白浜ちゃんも、一之瀬さんが男の人とデートしてたら、その男の人殺したくなるでしょ?」
「あ、はい。そうなります」
「千尋ちゃん………………」
「人気者って、そういうところもあるからさ」
「ふーん。じゃあなんで山村さんとのデートは受け入れたの?」
「あたしら親衛隊がそばに居るから、いじめは起きないって判断したのかな?
でも、それにしては、美紀ちゃんに結構甘いんだよね」
その瞬間、美紀は動揺のあまり石に躓いて転びそうになった。
慣れないパンプスのせいでもあるのだろうが。
瞬時に、恒は美紀が転ばないよう抱き留めた。
「怪我はないか?」
「…………ひゃ、ひゃい。だ、だいじょうぶ、れす」
「そうだな。………また転ぶと不味いし、手を繋ごう。嫌ではないか?」
「…………あ、や、やじゃないれす」
「よし。では、改めて」
突発的に起きたイベントのお陰で、手繋ぎをクリアしたようだが。
手を繋いでいるという事実だけで、山村美紀の心臓は過労で死にそうである。
「むむむ、やっぱり美紀ちゃんにはやたらと甘いな恒。
もしや好みか?」
「確かに。大人しい感じの女の子好きなのかな?」
「イケイケな感じの女子には死ぬほど声掛けられてそうですし」
尾行──見守る三人の視線の先で、心臓過労死寸前の後輩女子と、平然とした顔の先輩男子は、電車に乗って、鶴岡八幡宮へ向かうのだった。
「よし!今のうちに、次のスポットに先回りだっ!」
「鶴岡八幡宮からGARDEN HOUSE KAMAKURA、長谷寺から高徳院、小町通りで終わりの予定ですね」
「私らは長谷寺から高徳院を見守る予定だっけ」
「今更だけどさ、雪村ちゃん潮田くんとデートしないの?バレンタインだよ?」
「あー、うん。今日は渚、クラスのみんなと遊ぶ予定だったみたいで。
それに、もうチョコは渡したから」
「あー、拓人言ってたなぁ、Dクラスの悲しき独り身男子のバレンタインパーティーってやつ?
え、潮田くん独り身じゃないのに参加してるの?」
「………その、断罪の場でも、あるらしいです」
現在、合宿所の少し奥まった部屋で。
潮田渚は、磔にされていた。
星穹拓人は、心から、怒っていた。
「何故だ⁉︎何故来てしまったんだ渚⁉︎
ここは独り身でないお前が来ていい場所じゃないっ!
雪村とデートしていればよかったんだっ!そうすればっ、お前を断罪する必要など無かったのにっ!」
「………いや、その、先に約束してたし」
柴田颯も、心から怒っている。
「先に約束っ⁉︎何を愚かなっ‼︎
彼氏ならば彼女を何よりも優先しろ愚か者がぁっ!
本当に玉ついてんのかごらぁっ!」
「ついてるよ。見せたじゃん」
神崎隆二は、呆れていた。
「はぁ、こうなることは分かっていただろうに。
何故顔を出したんだ渚」
「いやだって、先に約束してたし」
「律儀が過ぎるぞ」
だからこそ、 Dクラス男子は心から辛いのだ。
潮田渚を祝福したい。しかし、ここに来てしまった以上、断罪しなければならない。
執行役を務める予定だった別府は、崩れ落ちた。
「だめだっ!渚を断罪なんて出来ないっ!」
「いや僕気にしないけど」
別府の肩を叩き、慰めた拓人は。
別府に変わり、涙を流しながら、クリーム砲を構えた。
「うぐっ、ぐぅ、お、お前の、友、としてっ!
俺、がっ!手を下すっ!」
「いやいや。そんな気にしなくていいよ。気になってたんだよね、クリーム砲。実際どんな感じなのか」
「ごめんっ、渚っー‼︎」
断罪のクリーム砲、炸裂。
星穹拓人は、膝を突いた。
潮田渚は、クリーム塗れ。
「………あんま美味しくないかも」
「当たり前だろう」
神崎隆二は呆れ果てた。
呆れ果てて、凄く丁寧に、御神体が如く祀られている、雪村あかりのお手製チョコ〜渚限定品〜に視線を向けると。
多くのDクラス男子が、色んな感情が渦巻く視線を向けていた。
「く、くっ、ぐぅっ!
こ、これが、雪村さんの、お手製チョコっ」
「なんてっ、オーラっ」
「………ひ、一口ぐらい……」
「バカヤロォっ!これは雪村さんが渚のために作ったチョコだっ!俺らが触れて良いものじゃねえっ‼︎」
「あーうん。クリーム砲までは全然良いけど、それしたら流石に殺すよ?」
磔から解放されて、タオルで顔を拭った渚は、まだところどころクリームがついている姿のまま、丁寧にラッピングされ、崇めるように置かれているそのチョコを、平然と手に取った。
彼らに取っては御神体だが、渚にとっては、大切な彼女からのプレゼントである。
ラッピングを破くなど、不粋な真似はしない。
ペーパーナイフで丁寧に丁寧にテーピングを切り、果物の皮を剥くようにラッピングを剥がし、そして。
「───いただきます」
Dクラス独り身男子達の目の前で。
二大マドンナの一角の手作りチョコを。
その彼氏が、美味しそうに食べ始めている。
独り身男子達には致命傷だ。神崎以外の全員が膝から崩れ落ちた。
「うん。流石あかり。凄く美味しいや」
「……………………なぁ、渚。まさかとは思うが、見せつけるために来たとかではないよな?」
神崎隆二の確認に。
潮田渚は、曖昧に笑って。
「…………まぁ、さ。
彼女が人気者だと、ちょこっとだけ、ムッとしちゃうよね」
「…………まぁ、うん。
「そうそう。それで勘弁してね」
そう。
渚としても、仕方ないことだとは理解しているのだ。
クラスを纏める人は必要で、しかし一人だけに任せているといつか問題になりそうだから。
一之瀬帆波と雪村あかりの二枚看板で対応しよう、というのは、非常に理に適っているのだが。
必然二人はクラスでも人気者であり、多くの男子が好意の目を向けているので。
彼氏としては少々気に入らなかったので、こうして、彼らの前でお手製チョコを美味しく頂くことで、宣告したのだ。
即ち。
「───ま、あかりは、僕のだから」
「………独占欲強いな」
「まぁね」
暴走しすぎないよう見張りに来た神崎隆二の目の前で。
美味しそうにチョコを食べて、Dクラス独り身男子達の心をへし折っていく、クリーム塗れの中世的な美少年がいた。
というか渚だった。
「あ、そういえば、恒先輩デート中だっけ」
「そうだったな」
「ちょっと意外かも。あの人、女子とは距離置いてたのに」
「まぁ、山村にはすごく優しかったからな」
死屍累々のパーティー会場など気にせず、同じ部屋の先輩のことを、二人は呑気に話しているのだった。
さて、その渦中の二人は、鶴岡八幡宮に着いたようだ。
「かなり電車が混んでいたな。大丈夫だったか?」
「……あ、ひゃ、ひゃい。ら、らいじょうぶ、れしゅ」
そう。人で、かなり混んでいたので。完全にすし詰めだったので。
星穹恒は、逸れないように山村美紀を抱き締めながら、彼女を守っていて。
山村美紀は恒の匂いやら体温やらに五感を蹂躙され尽くして、脳味噌はもう、茹るを超えて蒸発寸前だったし、心臓は過労死ラインを遥かにオーバーして、八十連勤越えのサラリーマンのような激務に襲われていた。
ようやく電車から降りた頃には、山村美紀は、人酔いなど一切していなかった。
代わりに、もうまともに話せないぐらい真っ赤だった。
「少し休もう」
「あ、で、でもっ、そのっ」
「無理は良くないからな」
とても丁寧に、ベンチに座らせる恒の隣で。
美紀は、涼しくて柔らかい空気を取り込みながら、落ち着こうとしていた。
そんな二人を、尾行──見守る女子が三人いた。
「うひゃー、中学以来だわ、満員電車」
「真鍋さん電車通学だったんですね」
「中国どんな感じなの?」
「あんま変わらないです」
チームBC。王美雨。真鍋志保。薮菜々美。
「てゆーか櫛田さんは?金曜から部屋にいなかったよね?」
「なんでも、堀北さんのお婆さんが鎌倉に住んでいるそうなので、折角だから今週の金土日はそこに泊まりたいと」
「………それ、もしかして綾小路と?」
「………まー、はい」
「一人当たり何ポイントだったの?」
「確か、一日五十万ポイントで、一人当たり合計百五十万ポイントですね」
「………いつそんなに稼いでるのよ」
「施設経営も任されてるので、生徒会役員ポイント結構貰えるんですよね」
「あー、なるほど」
彼ら三人は泊まっているのではなく、今も森の宴は大盛り上がり。
櫛田桔梗曰く、誰かに見られるかもしれない緊張感と解放感でいつもよりも遥かにやばかった。清隆も興奮してたのかいつもよりずっとヤバくて、とにかくやばかった。語彙力皆無だけどそれしか言えない。頭の中めちゃくちゃになっちゃうし。ご主人様ご主人様言ってたら雌犬とか言われた。ぶっちゃけ興奮した。首輪持って来ればよかったかも。とのこと。
尚、堀北鈴音のお婆さんには、高級日本茶詰め合わせセットや高級和菓子セットなどを、お詫びの品として送っていた。
縁側でお茶と共に和菓子を食べている堀北鈴音のお婆さんは、強かになったねぇ、と、孫娘に感心していた。
さて、休憩も終わったのか、先輩後輩カップルは、鶴岡八幡宮の境内に足を踏み入れ。
チームBCは尾行──見守りを開始した。
「こ、恒さんは、歴史、好きなんですか?」
「そうだな。得意教科は理系だが、好きなのは、歴史だ」
「そ、それは、どうして?」
手を繋ぎながら、恒は、神社中に視線を走らせて。
「嘗て、この世界で何が起きていたのか。
そういったものを知るのが、俺は、好きなんだ」
「しょ、将来的には、その、考古学、とか?」
「それも考えてはいるな」
美紀は、何となく、思う。
私は、何になりたいのかなぁ、と。
二人は一緒に賽銭して、八幡宮を一通り回って、昼食を取るために、GARDEN HOUSE KAMAKURAに向かったところ。
「あ、浅野、くん」
「山村か。それと、確か、星穹先輩ですね」
「あぁ。九重と浅野もいたのか」
「うん。バレンタインだし、デート中」
バレンタインデート中の、浅野学秀と九重九十九に遭遇した。
「…………まぁ、今はそういうことは忘れるとしよう」
九重九十九と接触して、情報を抜き出しトレースしようかと一瞬だけ考えて。
折角だし、ダブルデートとかどうだ?とか、似合わないことを提案しようと、口を開いて。
すぐに辞めた。
あの、引っ込み思案で気弱な美紀が、自分からこうして誘ってくれたのだから。
ちゃんと、彼女を一番に優先しなければ、ダメだろう。
「………ふむ。なるほどなるほど」
「な、何がなるほどなんですかっ」
山村美紀の、明らかに気合の入った装いを見て。
浅野学秀が、揶揄おうと口を開く、より一瞬早く。
九重九十九は控えめに、浅野学秀の袖を引っ張って。
「………ぃ、今は、その、デート中、何だから。
ゎ、私、以外、見ないで」
「…………っがっ」
突然の致命傷で、浅野学秀は死んだ。
「………よし。お昼食べるか」
「あ、はいそうしましょう」
二人の背後では、九重九十九が坂柳有栖の為に身に付けた心肺蘇生術を駆使しているところだった。
「シュウっ!シュウっ!お願い死なないでっ」
「……………はっ!」
「よ、よかった」
やっててよかった。心肺蘇生術。
きっかけとなった坂柳有栖に、九重九十九は感謝していた。
「………あ、浅野くん、彼女出来て、色々おかしくなってますね」
「………やはり、そうなのか。イメージとかなり違っているんだが」
「………その、恋人がいる時といない時だと、綾小路くんとかも、かなり変わりますよね?」
「そうだな。変わるな。綾小路は」
星穹恒は、先週の綾小路清隆を思い出す。
あの時の綾小路は何というか、冷たいようで変に熱い人間だった。
緋音に勝つ為に、食事の時ですら、自然を装いながらも常に観察し続けていた。
まぁ、鬼龍院をそれとなく観察してはいた自身が言えたことではないのだが。
勝つためとはいえ、些かやり過ぎではないか、と思っていた。
今週からは、その。
「……………振り切れ過ぎだったな。うん」
「?何がですか?」
「いや。美紀は知らない方がいい。本当に」
絶品デザートが何だったのかなど、この子には知って欲しくない。
「あ、そういえば、椎名さん、月曜日はちょっと変だったんですけど、何だかだんだんと普通になっていましたね」
「まぁ、失恋直後だったからな。仕方ないだろう」
恒は、失恋の傷が、少しずつ癒えたのだろうと思っていたが。
実は昨日、
「………失恋、ですか」
美紀は、何となくわかっている。
今告白しても、きっと、うまくいかないことなど。
「そうだ。確かこのあとは、長谷寺だったな」
「あ、はいそうです」
この後の予定を整理しながら、昼食を食べる二人を見て。
尾行──見守り中の三人は、ご飯を食べながら、何となく雑談していた。
「実際、山村が先輩に告白したら、どうなるんだろうね」
「星穹さん曰く、『デート拒否しなかった時点で大分脈ありそう』らしいけどね」
「………でも、先輩の山村さんへの視線に、余り熱を感じないんですよね」
「あー分かる。赤羽の奥田とか椎名への視線は、割と熱を感じるんだけどね」
「椎名さんへの視線は、多分無自覚だけどね」
「…………え、赤羽くんも何ですか?」
「うん。本人すらも無自覚だけど、あいつ多分どっちも好きだよ?」
「
「まーだからこそ、今の状況全員にとって多分良くないんだけど」
真鍋としては、玉砕覚悟で椎名が告れば、なんだかんだで上手くいくはず、と予想、いや願望を抱いているのだが。
卜部達以外知りもしないことだが、椎名は今、薬盛って襲わせて既成事実で捕まえてやろうとしてしまっている。
非常に不味い。誰か止めてくれ。
「お、食べ終わったみたい。うし、私らは小町通りに先まわり───うん?」
バレないように、二人が店を出て少し待ってから店を出ようとして。
現在森と花咲のデートを尾行──見守り中の雨宮から、電話が入った。
「はいもしもし」
『問題が発生しました。森くんと花咲さんデート中なんですが、迷子のお子さんを保護したようで。
花咲さんから伝言です。
『どーせ、わたしと山村ちゃんのデート尾行してるだろう馬鹿どもに、お仕置き代わりに任務をあげます。この子の両親を探しなさい』
だそうです』
「…………バレてたんですね」
『みたいですね。
子供の写真と、後、ご両親の特徴送りますね。
ADグループにも連絡しておきます』
「はーい。わかりましたー」
真鍋は電話を切って、聞こえていたのだろう二人と目を合わせ、デカめのため息を吐いた。
「………尾行──見守りは、これでおしまいかぁ」
「みたいですね。まぁ、花咲先輩には、バレそうだと思ってましたけど」
「だねぇ」
BCグループは、とっとと店を出ようとして。
「───なんだ、もう帰るのか」
星穹恒が、三人に声を掛けた。
山村美紀は、トイレなのだろうか、席を外していた。
「………最初から、バレてた感じですかね?」
「そうだな。どうせ、長谷寺と高徳院では、三七達が待っているんだろう?」
三人とも、背筋に冷たいものが走った。
最初からは、文字通り最初からのようだ。
「しかし妙だな。何故、ここで帰る?」
「あー、その、花咲先輩達の方で、迷子の子供を保護したらしく。
お仕置き代わりに、探すの手伝えとのことです」
「………そうか。なら、俺たちも」
「それはダメです。先輩たちは、デートしててください」
結構強めに、王は拒絶した。
「………しかし、それを知って放置というのは」
「しかしもかかしもありません。
先輩には直接的に関係のないことです。
………それとも、山村さんとのデートは、そんなに嫌ですか?」
「そうではない。そうではないんだが」
「なら、ちゃんとデートしてください。ちゃんと向き合ってください。
………それとも、巻き込んだ罪悪感から、優しくしてるだけだから、別に好きでも何でもないから、申し訳ないとか、思ってるんですか」
「………はぁ。大岡が漏らすとは思えない。
………良く気付いたな」
「………まぁ、九重先輩達に、声を掛けようとしていたから、気付けました」
本当に一瞬だけだったが、何かを提案しようとしていたのに、王は気付いた。
何を提案しようとしていたのかを考えて。
二人の夕食と朝食の席のメンバーを改めて考えて。
二人が近付いたきっかけを改めて考えて。
山村美紀が席についた理由を改めて考えて。
大岡翠が、星穹恒と長電話した理由を改めて考えて。
神崎隆二と、星穹恒が同じ部屋だったことを思い出して。
そうして、結論に至った。
「………美紀が俺に好意を持っているのは、偶発的な事故のようなものだ。
正直、申し訳ない」
「馬鹿なんですかアホなんですか。
山村さんからしたら理由なんてどうでもいいんですよ。
どんな理由でも、きっかけにどんな裏があったとしても、好きになったんですから。
ちゃんと向き合ってください。逃げないでください」
「………わかった」
「ほら、行きますよ真鍋さん薮さん」
「はいはい。山村とちゃんと向き合ってくださいね。先輩」
「その、山村さん、お願いします」
店を出た三人を見送って、星穹恒は、改めて考える。
自身にとって、山村美紀は、何なのか。
「───存外、不器用なんですね。星穹先輩は」
「………浅野か」
山村美紀と、同じクラスで。
家族同然の幼馴染の、大切な友達だからこそ。
浅野学秀は、声を掛けた。
「………正直、女子からの好意は、面倒臭いと思っていたんだ」
「ストーカー被害、かなり酷かったそうですね」
「中学のときはな。………今も、女性からの視線が突き刺さってきて、正直気持ち悪い」
「なのに、山村からのデートの誘いは、断らなかった、と。
答え、もう出ていませんか?」
星穹恒は、顔が良い。
それはもうべらぼうに顔が良い。
今も店中の女性から熱視線を向けられているのだが。
だからこそ、知りもしない赤の他人から、無駄に熱烈な好意を向けられて。
勝手に執着されて、勝手に付き纏ってきて、勝手に盛り上がって、勝手に、気色悪いものを、送り付けてくる。
「髪の毛やら体液やら血液入りのチョコレートに手紙。
距離の近い星穹三七へのいじめ。まぁ本人一切気にしてませんけど。
施設まで付き纏ってきたり、転んだのを助けただけの女子が、周りからいじめられたり。
女性不信になっても不思議じゃないですね」
「………そうだな」
「でも、山村からの好意は、嫌じゃないんですね」
「彼女は控えめで、穏やかで。
…………正直、仕方ないことだが、彼女をフォローしたり、マンツーマンで指導したりして、面倒臭いことになりそうだとは、思っていたんだが」
「山村は、自信がないですから。
アピールなんて、殆どできないでしょうし」
「…………そうだな」
星穹恒が、彼女のような人と接点を持つことは難しい。
殆どの場合、恒と近付いたおとなしくて穏やかで優しい女子は、身勝手に恒を想う学年でもトップカーストの女子の目の敵にされ、いじめを受け、いつの間にか近寄らなくなるし、申し訳なく思った恒の方から距離を取るから。
「今の状況だと、山村と近付いても、山村を害そうとする女子は少ないですし、害せる女子も居ませんからね」
二年生のトップカーストに位置する朝比奈なずなは、一途に南雲雅を想うからこそ、星穹恒にどんな女子が近付こうと気にしない。
そもそも、この一年近く可能な限り目立たないようにしてきたからこそ、星穹恒に近づく女子は少なくなっている。
しかしそれでも、彼に一方的に想いを寄せる女子は居るし、そういう女子は、合宿期間中に急接近してきた山村美紀を目の敵にこそしているのだが。
「びっくりしましたよ。
いじめようと階段から水かけようとして、何故か見失っていたんですから」
「美紀は影が薄いからな」
「そういうレベルで済ませて良いんですかねアレは」
まずそもそも、殆どの女子は山村を見つけられず。
見つけられないのでいじめることもできず。
いじめようとしていた連中は、
「憂いも何もないですし、あなた自身も、決して山村を嫌ってはいない。
ならもう、付き合えば良いのでは?」
「…………俺は、美紀が、嫌いじゃない。
でも、それだけなんだ。
だから、告白できない。そんな程度の気持ちで想いを告げるなんて、真剣に向き合ってくれている美紀に、余りにも失礼だと想うから。
だから、告白されたくない。不誠実な対応なんて出来ないから振るしかなくて、そうしたら、美紀は離れてしまうから。
だから、まだ、告白してほしくない」
「…………何だかめんどくさいですね」
「…………自覚はしている。
…………美紀を、好きになりたい、とは思っている。
だからこそ、まだ、告白はしないでほしいんだ」
そんな、恒と浅野の会話を。
九十九に止められた美紀は、聞いていた。
「…………なんか、めんどくさい人に惚れちゃったね。アンタ」
「…………そう、かもしれません。
…………でも、その、
私から、告白してほしくないのなら。
向こうから、言わせてやります。
好きだって」
「頑張りなよ。あ、でも、グイグイ行き過ぎるとアレだからね?多分そういう女子苦手なタイプだよ?」
「う、な、何だか難しいです」
「控えめで良いからアプローチし続けること。
それはそれとして程々の距離感を保ち続けること。
ま、この二つを意識し続けるよーに。
彼氏持ちからのアドバイス、だよ」
「な、なるほど。ありがとう、ございます」
「うし、じゃあ、行って来な」
「は、はい!」
とてとてと走り寄って。
手を繋ぎながらも、でもそれ以上触れようとはせずに。
山村美紀は、星穹恒を、骨の髄まで惚れさせる為に、ちょっとずつ頑張り始めることにした。
「………なんだか、やけに親切でしたね」
「有栖と、真澄の大切な友達だから、ね。
友達の友達は友達ー、なんて言わないけどさ。
シュウも、やけに親切だったじゃん」
「山村はクラスメイトですし」
「それもそっか」
さて、大泣きしていた迷子の子供を保護した、森とほむらはというと。
「どうだ!こんだけ高いと、パパ達見つけやすいだろっ!」
「うわーっ、にーちゃんたけーっ!すげーっ!」
「ちょっとハルくん、怪我させないでよ〜」
いつの間にやら泣き止んだ子供は、肩車されて大笑いしていた。
二人とも子供の相手は大得意。
ほむらの手品で泣き止ませて、森のコミュ力で聞き出して、そうしたら子供はいつの間にやら大笑いだった。
「ま、稔ちゃん達なら見つけられるでしょ」
お仕置き代わりに任務を与えた同じ部屋の友達達を信じながら、親とはぐれた──本人曰く親がはぐれた──子供と遊びながら、こっちでも探しておくだけの、簡単なお仕事だ。
「にしても、子供の相手得意だねハルくん。弟とかいるの?」
「いや、そういうわけじゃないんだが。
よく、近所の子供達の遊び相手になってたからさ。
ほむらの方こそ、やけに子供の相手得意じゃん」
「わたしはほら、長らく入院してたもので。
お子様達の遊び相手はお茶の子さいさいなのですよ〜」
「あ、にーちゃんあっち!うみ見えたっ!いこうぜっ!」
「はいはい。お父さん海行ってるかもなー」
「そーそー、海行こっか」
由比ヶ浜に移動する旨を全体に送りながら、ほむらは、両親のことを思い出す。
二日前。水曜日の夜。
ほむらとあかりと稔と桔梗、それから大岡と三七の六人で、大富豪をしていた時。
何となく気になったのか、桔梗はあかりに聞いていた。
『そういえばあかりちゃんってさ、何で子役やろうって思ったの?』
『あ、あたしも気になるかもっ!何で?』
『あー、理由は色々あるんだけど、やっぱ一番は憧れかなぁ。
ある舞台のDVD見て、その主役に憧れて、演じてみたいって思ったんだよね』
『ほーん。磨瀬榛名が憧れるほどのお人ねぇ。気になるわぁ』
大岡の言う通り、国民的天才子役が憧れるほどの女優、気になる。
やはり、有名人なのだろうか。
『あー、でも、多分そんなに有名じゃないんだよね。
私が生まれる一年前に死んじゃった舞台女優だし。
でも、演技凄いんだよ?初主演なのに一番目立ってたし一番上手かった』
『舞台だとどうしても知名度下がるからね』
稔の言う通り、日本ではやはりドラマ、映画がメインなので、どうしても舞台専門の俳優女優の知名度は下がってしまう。
なので、雪村あかりの憧れの女優など、分かるはずもないのだが。
ほむらはピンと来た。
『あ、それもしかして、『暁美サキ』?』
『わっ、正解です。よく知ってましたね先輩』
『うん。お母さんだから』
『ふーん。そうなんでぇぇぇぇぇ⁉︎』
『お、良いリアクション』
暁美サキ。
本名、花咲あけみ。
花咲ほむらの母親であり、雪村あかりの憧れの舞台女優である。
『い、言われてみれば、面影、ありますね』
『でしょー、わたしお母さん似らしいんだよね。
ま、会ったこともないんだけど
わたし産んで死んじゃったから』
((((急に重いっ‼︎)))
『ふーん。お母さん似ってことは、お父さんとはよく会ってたんですか?』
((((平然としてるこの子は何っ⁉︎))))
全員星穹三七に引いていた。
『まーそーだねー。しつこいぐらい見舞いきてたよ。退院後も過干渉だったから、めんどくさくて高育選んだんだよね』
『めっちゃ反対してそー』
『めっちゃ反対してたよー。『三年も会えないなんて嫌だーっ!行かないでほむらーっ!』って』
『…………あ、愛されてたんやな』
『生まれたばかりの頃は憎んでらしいけどね』
((((だから重いって‼︎‼︎))))
『あー、そんなにお母さん好きだったんだ』
((((何で平然としてんのっ⁉︎⁉︎))))
全員星穹三七に引いていた。
『最初は憎んでたのに、何でそんなに愛されるようになったんですか?』
((((何なのこの子っ⁉︎⁉︎))))
もう怖い。
『うーん、馴れ初めから話すねー。
なんかねー、お父さん顔良くて社長してて金もあるから、愛人沢山囲ってたらしいんだけど。
そのノリでお母さん囲おうとして、拒否されたらしくてねぇ。
上京したばかりで貧乏だったし、安アパート暮らしで食費もギリギリで、お金貰えるなら容易く囲えるだろうって思ってたのに、平然と拒否して来たし。
どこまでも純粋に、演じること極め続けていくお母さんを、いつの間にか毎日考え続けてさぁ』
『少女漫画みたいだね。
金持ち社長が、貧乏だけどまっすぐな女の人に惚れちゃったんだ』
『そーそー。
で、それからお父さんは、愛人との関係全部精算して、お金とかそういうの関係なく、真っ当に交際する為にアタックしてたんだってさ。
会社の人から一周回って好感持たれたらしいよ?
アプローチの仕方が余りにも思春期男子高校生で』
『ぐ、具体的には?』
エピソードが濃いので気になり始めたのか、櫛田桔梗も、質問し始めた。
『毎日ラブレター送ったり、毎回舞台見に行ったり、遊園地だったり水族館だったり、年収数億の大富豪とは思えないぐらい、庶民的で一般的なデートに誘ったり。
お母さんも、最初は印象最悪突き抜けてマイナスだったらしいけど、本気で好きだってことが伝わって来たのか、段々絆されたらしくてねぇ』
『漫画じゃん。リアル少女漫画じゃん』
余りにもな純愛少女漫画エピソードに、雪村あかりは感想を漏らし。
憧れの舞台女優の恋愛エピソードに、聞き入り始めて。
『で、お母さんが初めて主役貰ってさ。
多分雪村ちゃんが見たDVDのやつ、それじゃない?『ロミオとジュリエット』』
『あ、そうです。ジュリエット役の演技本当に凄くて』
『そーそー、で、その舞台が成功を収めてから、改めて、お父さんの告白を受け入れたの』
『お、おー、凄い、漫画みたい、だね』
狐判稔は、金持ちのイケメンで愛人囲ってる社長が、貧乏で演技一筋の舞台女優に拒絶されて、毎日考え続けているうちに好きになって、高校生みたいなアプローチして、主演舞台成功をきっかけに付き合い出す、というエピソードに、一周回って感動した。
現実で少女漫画じみたお話があるとは。
『で、そっから何本か主演やって、キャリアも十分積めたしってことで、一旦舞台降りて、子供産んで結婚しようって、お母さんから逆プロポーズしたんだよね』
『ここで逆プロポーズとはなぁ。………ん?なんか順番おかしない?』
大岡翠。何かがおかしいことに気付く。
『まーほら、お父さん愛人囲いまくってたからさ。
まず子供産んで、もう逃げられないようにするためってのが一つ。
それから、結婚する以上子供は産むから、自分だけじゃなく、子供もちゃんと愛するようにってのが二つ。
そういう理由もあって、まず子供産んでから結婚って話になったんだよね』
『なるほどなぁ。まぁ確かに、愛人囲いまくってたような社長が、不倫しないって言い切れるか分からんし、子供ちゃんと愛せるかも分からんからなぁ』
『そーそー、ま、そのせいで、結婚前に死んじゃったんだけどね。
だから、姓はお母さんと同じなんだ』
『うわー、最悪の選択ミス。漫画だったら非難轟々のバッドエンドじゃん』
((((この子はもうほんとに))))
星穹三七、ノンデリにも程がある。
『まーそうだね。
それもあって、生まれたばかりの、0歳のころは、わたしのこと憎んだんだけど。
でも、それでもわたしは。
例え、愛した女の命と引き換えに生まれた子供でも。
それでも、愛した女が、願っていた子供だったから。
結婚出来なかったのは、自分のこれまでの行いのせいだったから。
だから、憎しみも何もかも全部飲み込んで、わたしを愛するって決めた矢先に、わたしの心臓病がわかってね。
五歳までに移植しないと、わたし死んじゃうってなったから、文字通り世界中飛び回って探し回って、で、移植成功したってわけ』
『おー、恋愛漫画からファミリー漫画にジャンルが変わって、最終的に親の愛が子供の命を繋げたんだ。
読者は掌返しのハッピーエンドじゃん』
『あっははは。確かに。
バッドエンドの先にある、ハッピーエンドでわたしは生まれた。
わたしの生来の感性も勿論あるけど。
だから、わたしは、みんなが笑えるエンディングが好きなんだ』
花咲ほむらの、家族エピソードを聞いて。
みんな薄っすらと泣きかけて。
だからこそ、聞こえていた雨宮由香里は、全力で突っ込んだ。
『そんな感動的なエピソードがあるのにあなた文字通り死ぬ気であんなことしたんですかっ⁉︎』
『それとこれとは話が別だよー。
例えわたしの命が、お母さんと引き換えに生まれたものでも。
例えわたしの命が、お父さんの祈りで長らえたものでも。
それでも、わたしはわたしだ。
わたしの命はわたしのものだ。
その使い道はわたしが決める。
皆が笑えても、わたしが笑えないなら意味はない。
わたしは楽しんで生きたい。
楽しめるなら、死んでもいい』
『狂ってるね。花咲先輩』
『知ってる』
そう。花咲ほむらは狂っている。
みんなが笑えるハッピーエンドが好きで。
その中でも、自分も笑っていたくて。
でも、自分が面白いと思うことは、他の人にとっては、あまり面白いものじゃなくて。
自分が楽しく生きることは、人にとっては楽しくなくて。
だから、自分の楽しさを殺してでも、みんなの楽しさを優先したくて。
でも現実は甘くない。
どれだけ危ないと忠告しても、それだと不味いと忠告しても、正しいものを捕まえようとしても、どうしようもない時はどうしようもなくて、負ける時は徹底的に負けて、楽しくなくなるときは、必ず訪れて。
それを、ほむらはひっくり返せなくて。
だから、みんなを楽しくさせることは、完全に諦めて。
自分が楽しく生きながら、楽しく死んで。
そりゃ、死んだら普通は悲しむだろうけど、それでも、嫌いな奴が死んだなら、みんなはきっと、笑っていると思っていたから。
ハッピーエンドに、なると思ったから。
だから、森悠政に、お前が死んだら笑えないと言われて、絶望して。
だったらどうやって笑わせたら良いのか分からなくて。
森悠政が、答えを見せてくれた。
どんなに苦しくても諦めないこと。
楽しくなくても挑み続けること。
誇りを失わず、出来ることはどんなものでもやってみせること。
その果てに、みんなが笑えるハッピーエンドがあることを。
だからこそ。
彼の隣を歩きたい。
彼と一緒に進みたい。
彼と一緒に笑いたい。
彼と、ハッピーエンドを作りたい。
だから、花咲ほむらは、森悠政が好きなのだ。
星穹三七は、直球に。
『変人多いね。テーブルゲーム部』
『否定はしないよ。
あ、でも、愛里ちゃんと波瑠加ちゃんは別だから。
あの二人はガチのオアシスだから。テーブルゲーム部の聖域だから』
『緋音ちゃんもだよ』
『緋音ちゃんは、…………確かに。うん。オアシスの一人だね』
『そうですね。桃井先輩は、素晴らしい人です』
そんな、櫛田桔梗の発言に、雪村あかりは、首を傾げた。
桃井緋音は、綾小路清隆の、勝利への渇望を引き出して、危うい方向に進めかねないから、苦手意識を持っていたのに。
どうして今はこんなにも、心から先輩をありがたがっているのだろう、と。
皆が寝静まった夜の森で、堀北鈴音も心から、桃井緋音に感謝していた。
堀北鈴音曰く。桃井先輩が強いからこそ、成長を続けていくからこそ、それに勝ちたいという清隆くんの渇望が強まって、そして勝利に相応しい報酬を求めて、清隆くんもどんどん激しくなっていって。いつもはほんのりと抱いていた理性が、凄まじい勢いで剥がれ落ちて、殺されそうなぐらい愛されて、死を覚悟するぐらい蹂躙されて。物みたいに扱おうとして、一瞬理性が戻って、優しくなる瞬間も愛されてて好きなんだけど、そこで煽って完全に壊して徹底的に容赦無く泣いてしまうぐらい蹂躙してくるのがたまらない。らしい。
由比ヶ浜で、子供と三人で遊んでいると、稔からのメッセージが。
なるほど。両親見つけたから、由比ヶ浜まで連れていく、と。
「ハルくーん、ご両親見つかったってさー」
「お、良かったなケンジ。お父さんたち見つかったって」
「まったくもう。とーちゃんたちってばまいごになってはるにーちゃんとほむらにめーわくかけちゃってさぁー」
「ちょっぉとケンジ?なぁんでわたしは呼び捨てなのー?」
「ほむらだからっ」
「ほむらだからだってさ」
「カッチーン。おーらくすぐりの刑だーっ!」
「あっはははははははっ────、ありゃ?」
少しだけ、遊んで。
でも、親の愛をよく知っているからこそ。
ほむらは、くすぐりをやめて、ケンジとしっかり目を合わせた。
「良ーい、ケンジ。お父さんたちにあったら、まず、ちゃーんと謝るんだよ?」
「えー?だってとーちゃんたちがまいごになったのがわるいじゃん。
とーちゃんがあやまってよ。
だって、まいごになったのとーちゃんだもん」
ケンジは、薄っすらと、瞳を潤ませ始めて。
泣きそうに、なりながら。
「そーだね。でも、お父さんから見たら、迷子になったのは、ケンジかもよ?」
「そんなことないもんっ!まいごになったのとーちゃんだもんっ!おいてったのとーちゃんだもんっ!」
当たり前の話。
親から離れた子供が、本当に平気なわけないのだ。
そんなこと、ほむらは分かりきっていて。でも。
「でもね。ケンジ。
迷子になったのは、お父さんかもしれない。
でも、置いて行きたい親なんて、いないの。
ケンジのお父さんは、ずっと、ケンジを探してたの」
「…………ほんとに?
とーちゃん、おれ、おいてったんじゃないの?」
「そーだよ。
今も、汗だくで走り回って、こっちに来てる。
だから、会ったら、まず謝ろう。
心配かけちゃって、ごめんなさいって」
「…………でも、こまらせちゃったから、きらいに、なってるかも」
「ならないよ。
なる訳がない。
だから、安心して、泣いちゃえ」
ほむらの視線の先には。
あかり達に誘導されて、大慌てで走り寄ってくる夫婦。
優しく夫婦に向き合わせて、ほむらは、そっと、背中を押した。
ケンジは大声で、小さい手足を振り回して、走り出していく。
男とケンジはぶつかり合うみたいに抱きしめあって、お互いに泣き合いながら、謝りあっていた。
「ごめんなさいっ、ごめんっ、とーちゃんっ!」
「俺も、ごめんな健二っ!ごめんなぁっ!」
母親も、泣きながら。
だきしめながら、ケンジの頭を撫でて。
少し離れた、ほむら達に、頭を下げた。
気にしないでというように、森は軽く会釈して。
ほむらは小さく手を振りながら、由比ヶ浜を去っていった。
時間も大幅にロスしたので、もう帰るしかないから。
二人は電車に揺られながら、のんびりと、窓から見える夕焼けを眺めていて。
「………卒業したら、お父さんに謝らないと。
危ないことして、ごめんなさいって」
「そーそー、おれも、ヒヤヒヤしたんだからな?」
「………うん。ごめんね」
「………やけに素直だな」
「子供にあんなこと言った手前、わたしもね」
「………ははっ、そーですか」
なんだか、非常にロマンチックな雰囲気なので。
チームAD。チームBC。チームAC。チームBDは、それぞれのポジションに、怪しまれないようについて。
ありとあらゆる角度から、二人を録画し始めた。
「ケンジのやつ、最後まで頑なだったなぁ。迷子になったのはお父さんだってさ」
「笑っちゃうけど、子供って、そういうもんでしょ」
「……そーだなー。子供って、そういうもんだよな」
尾行──見守り組は、期待していた。
子供の話から両親の話になって、ほむらは良いお母さんになるな、とか言って、なんやかんやで告白する流れを。
「ご両親とも会えて良かったよな」
「だね。ふふっ、良いお父さんと、お母さんだよ」
「だなぁ。…………あ、でも、最後のほむら、すっごくお母さんみたいだった」
「……………………そー、かな?」
尾行──見守り組は、大興奮だった。
来たっ!来たっ!来たっ‼︎‼︎
「うん。ほむらは、良いお母さんになるな」
「………も、も、も、もー、セク、ハラ、だよぉ?」
花咲ほむら、露骨に赤くなっている。
流石に照れ隠しだと分かるぞ。
尾行組は、心から応援していた。
行けっ告白しろっ!君との子を産みたいって言えっ!実の母みたくっ!
「……………ねぇ。ハルくん」
「……………なんだ?」
「ほら、これ、あげる」
「………バレンタインのチョコか?」
「そーそー。いつも、その、隣にいてくれるから、さ」
尾行組は、さらに大興奮。
これから先も隣にいてって言えっ!
告白しろっ!
「今食べなよ。感想聞きたいし」
「お、うん。分かった」
そうして、森は。
ほむらの、バレンタインチョコを食べて。
「…………甘くて、美味いわ」
「チョコなんだし。当たり前じゃん」
「辛いの仕込んでるかと思ってたわ」
「ひっどーい。流石に贈り物でそんなことしないよ」
「信用ならねー」
「あーでも、実は、色々、入れてます」
「………………………何入れてるの?」
ほむらの悪戯に、戦々恐々として。
恐る恐る、そう、問い掛けると。
「…………ビタミンとか、クエン酸とか、まぁ、疲労回復に強い諸々」
「…………そう、なんだ」
「…………まぁ、その、ちょっと、眠くなるけど。
でも、三学期からずっと、沢山頑張ってるから、さ」
「…………ほむらだって、選挙からずっと、頑張ってるじゃん」
「…………でもね。わたし、君に、救われた、からさ」
「…………おれ、だって、お、ま───」
そこで、森は、眠った。
言っただろう。
ちょっと(した睡眠薬を飲んだ時くらい)、眠くなるって。
「ま、頑張りすぎだからね。帰り道ぐらい、沢山寝なよ」
「何やってんのつまんないよほむらちゃん」
尾行組は、すぐさまほむらに詰め寄った。
代表して、稔が声を上げる。
「…………これは、その、ハルくんいつも頑張ってるからってだけだよ?」
「バレンタインデーを利用したのですね。許されないですよ花咲さん。これは浅野先生に言い付けなければ」
「担任に変なこと教えないでよっ!」
「私の担任でもありますし」
そう。
尾行組の存在など予測済み。
告白の流れを録画録音撮影しようとすることも予測済み。
なのでこうして、疲労回復兼睡眠薬チョコを与えることで、眠らせたのだ。
「………………いや、その」
「私にはあんなこと言ったくせに、告る勇気もない訳?」
「私達ちゃんと告りましたよ?」
「順番的に花咲先輩の流れだからねっ‼︎」
攻め立てられるが、ほむらは、そっと目を逸らし続けて。
「なんや、あんさん随分ビビりやったんやな。ほんまにつまらんわ」
「だね。うちのなずなを見習って欲しいよ」
「この流れで逃げるのは裏切りと同じくらいの罪ですよ?」
「和泉ちゃんがそれ言うっ⁉︎」
もう完全に、告れとの流れだ。
いや、待ってくれ。
寝ているだろうっ⁉︎
「寝てるからこそだよ花咲さん」
「そーそー、訓練で疲れて寝てるときなら、うちの鬼龍院でも頬キスぐらいはいけたからね?」
「さっきから二年生は同級生の恋愛事情暴露しすぎじゃないっ⁉︎」
計算外だ。
いや、そもそも、一年生は山村ちゃんのところに吸い込まれる予定だったのだが。
くそう。ケンジめ。
「ほら、後輩にかっこいいとこ見せてくださいよ」
「せめてキスで」
「キース」
「キース」
「キース」
「小学生かっ!」
もう、色々と限界を迎えたらしく。
ほむらは、森の身体を、横にして。
膝枕して。
両手で顔を隠しながら、懇願する。
「……………これで勘弁してください…………」
「ひよりすぎ」
「先輩の威厳なさすぎ」
「せめてキス」
「キース」
「キース」
「キース」
「うるさいうるさいうるさいっ」
ほむらとは、炎の別名である。
その名の通り、燃え上がるように真っ赤になったほむらは。
顔を両手で隠しながら、ポツリと、一言。
「……、み、見られてる中で告白とか、むり………」
「クラス中に見られている中でディープキスよりマシです」
その瞬間。空気が変わった。
雪村あかりに、視線が集中する。
今、なんと言った?
「………………………………あっ」
その後。
ほむらよりも圧倒的に面白いターゲットが現れたので。
雪村あかりは、質問攻めされて。
ほむらは、安堵のため息をついた。
そうして、夜。
ベランダでのんびりしながら、ほむらは今日の思い出を振り返る。
そうして、あの発言を、思い出す。
『うん。ほむらは、良いお母さんになるな』
あのクソボケ唐変木の無自覚口説き魔がっ。
それはそれとして、なんとなく、考えてみる。
(………花咲ほむら。…………森ほむら。
なんか、変。婿入りとか?
………花咲悠政。
ううん。なんか、これも変。
あ、そうだ。お父さんの苗字なら。
………
お、良いかも)
花咲ほむらの、父の名は。
昔話を、始めよう。
昔々、あるところに、未だ売れない舞台女優を気に入った、年収億越えの若社長がいました。
札束ビンタで飼ってやろうとしたところ、逆にビンタで吹き飛ばされて。
苛立ち気味に、部下に家を探らせてみれば、そこにあったのはその日の食べ物すらギリギリの安アパート。
若社長は困惑します。どうしてこれで拒むのだと。
今度は札束ビンタなどせずに、ちゃんと提案してみます。
しかし、答えは変わりません。
恋はしない。金も要らない。私はただ、演技で生きたいだけなのだ。
腹立たしげに追い払い、そうして若社長は眠ろうとして。
夢の中にも、その女優が。
女優は常に、若社長の頭の中に。
囲っている愛人を抱いている時も。
仕事をしている時も。
最高級ディナーを食べている時も。
若社長の頭から、女優が一時も離れません。
腹立たしいと思いながら、女優が出演する舞台を見ました。
台詞は僅か二言程度。脇役とも言い難い脇役なのに。
何故だかその女優から、若社長は、目を離せませんでした。
漸く若社長は自覚します。これは恐らく、恋と呼ばれるものなのだと。
若社長は考えます。恥を偲んで、部下にも聞いてみます。
部下は、若社長の真剣さを理解したので、凄く真面目にアドバイスしました。
本気で付き合いたいのなら、金での援助などやめること。愛人を囲うことも辞めること。とにかく誠実に、想いを伝え続けること。
若社長は、素直にそのアドバイスを聞きました。
ラブレターを送ります。女は気にも留めません。
毎日送り続けます。女は腹立たしげに会社に乗り込み、愛人になるつもりはないと、改めて言い放ちます。
若社長は、真剣に、君と交際がしたい。金銭関係などではない。愛人関係も精算した。君の生き方を邪魔するつもりはない。ただ、君と、交際したい。
女優は驚きました。明らかに本気だからです。
それでも、女優は、真剣に断ります。
演技で生きる。演技で生きたい。それが出来ないなら死んでも良い、と。
ちゃんと受け止めて、若社長も、真剣に提案します。
君を何よりも優先する。予定が空いていたらで構わない。予定が空いていたら、デートしてくれ、と。
女優は悩みながらも、それを受け入れました。
初めてのデートは、安い遊園地でした。
約束通り、女優は金などかけらも求めず、若社長も、一度たりとも奢りませんでした。
それから、女優の予定に合わせて、デートを重ねて行きました。
どれもこれも、若社長の年収から考えれば、余りにも安っぽい水族館に美術館に動物園。
高級ホテルの高級ディナーなどよりも。
芸術品のオークションなどよりも。
若社長の知るありとあらゆる贅沢よりも、この、安っぽい施設で、女優と遊び回るデートの方が、何よりも贅沢でした。
やがて、女優は遂に、主演を獲得します。
何度も舞台に通い続けて、女優の演技を見続けた若社長は、何よりも喜んで、恥を偲んで部下にお菓子作りを教わって、手作りのケーキをプレゼントしました。
若社長の知る、超一流パティシエのケーキなどとは比べ物にもなりません。
若社長も、こんなものを喜んでくれるのかと、疑問に思いながらもプレゼントして。
舞台女優は、涙すら流して、喜びました。
その涙に、若社長は、再び恋をしました。
主演舞台が終了し、舞台女優は、漸く、男の告白を受け入れて。
そうして、二人の同棲が始まりました。
本当に、ここでも高校生のようでした。
初キスまでに一ヶ月かかり。
初めての営みに、四ヶ月かかり。
そうしている間にも、女優はスターダムを駆け上がって行きます。
その頃には、女優ももう、若社長に骨の髄までぞっこんです。
そうして、いくつかの主演を終えて、キャリアを積んだ女優は、一時舞台を降りて、若社長に逆プロポーズしました。
いつかのように、若社長の部下にケーキ作りを教わって、不恰好な手作りのケーキと共に、結婚を申し込みました。
若社長も嬉しそうに受け入れて、そこで女優は条件を出します。
先に子供を産んでから。
あなたを疑いたいんじゃない。
それでも、あなたが絶対に離れないという証拠が欲しい。
あなたに、家族を愛せるのか、知りたい、と。
若社長は、自分のこれまでの行いを振り返って、正直に受け入れました。
舞台女優は、演じていました。
子供など産まずとも信じています。
それでも、それを望んだのは。
男の、実の家族を産みたかったからです。
男の親は、男を愛したことなどありませんでした。
だから、愛人を囲って、金だけを信じて、上辺だけの愛を求めていました。
女は、だからこそ、男に家族を。
本当の愛を、与えたかったのです。
その選択の結果、女は娘を残して死にました。
男は、泣き叫びました。
産まれたばかりの我が子を憎み、殺したいとすら、思ってしまいます。
それでも、それでも。
男は、己の罪から生じた結果だったから、と。
愛した女の、残した子供だから、と。
恨みも憎しみも後悔も何もかもを飲み込んで、娘を愛しました。
女の望んでいた、本当の愛は、確かに男に残っていて。
残酷なことに、娘は心臓を病んでいて、五歳までに移植しなければ、助からないと診断されます。
至極、当たり前の話なのですが。
心臓のドナーなど、殆ど見つかるはずもありません。
仮に見つかったとしても、合併症を引き起こす可能性すらもあります。
男の資金を持ってしても、完璧な心臓のドナーなど、五年以内に見つかるのか分かりません。
男は悩みました。
どうしようもなく悩みながら、絶望していたところで。
ある、女の舞台を思い出します。
未来世界がテーマでした。
体外受精で生まれた子供が、愛を得るまでの物語でした。
男は、閃きました。
えぇそうですっ!男は、娘を心から愛しているのですっ!
愛の前に、倫理など不要っ!愛の前に、常識など不問っ!
嘗て関係を精算した愛人たちを呼び寄せます。
愛人たちは喜びました。再び男が、金をくれると。
男は、望み通りに金をやります。
代わりに、九人の女の卵子を入手しました。
知り合いの医者を札束ビンタっ‼︎
最適な環境で、十人の体外受精児を育てます。
それと並行して、男は世界中を飛び回り、最高の心臓外科医達を、世界中から集めます。
心臓移植のアベンジャーズですっ‼︎
ついでに、ドナーも探していましたが、やはりそう簡単には見つかりませんし、見つかったとしても、その移植先は、既に決まっているものばかりでした。
札束ビンタで横取りしても良いのですが、そんな方法で生きながらえても、娘はきっと喜ばないと、そう思いました。
そうして、日本に帰ってきて。
体外受精児のうち、ちゃんと産まれることが出来たのは、たったの二人。
それ以外の子供達は、残念ながら、試験管の中で朽ち果ててしまいました。
男はその子供達に、ちゃんと名付けて、ちゃんと弔いました。
ちゃんと生まれた二人は、ちゃんと人間として問題なく成長して行きます。
男は、二人の娘に名付けました。
やがて、どちらも三歳になった時、ほむらが、娘が倒れました。
どうやら退屈すぎて庭中を走り回った結果のようです。
病院側は平謝りです。
もし天沢社長の機嫌を損ねてしまったら、それはもうえらいこっちゃなので。
それでも、男は怒りませんでした。
娘の元気さを、心から喜びました。
そうして、心臓移植のアベンジャーズを呼び寄せて。
妹を、
呼び寄せた九人の愛人は、女と同じ血液型。
それと、自身の精子を合わせれば、殆ど完璧な心臓ドナーの完成です。
男は、嫌だったのです。
女以外の誰かの胎内で、自身の子供が産まれるのが。
そうして、ほむらは、生き返りました。
円夏も喜んでいることでしょう。お姉ちゃんの中で、一生を共に過ごせるんですから。
丁重に、娘達の墓を作ります。
ちゃんと娘達を弔って、ちゃんと円夏も弔います。
さて困りました。一夏はどうしましょう。
出生届など出せる筈もなく、このまま自身が囲い続ける籠の鳥にするのは、余りにかわいそうです。
そこで、とある政治家先生が、声を掛けて来れました。
施設で娘を育ててくれるそうです。
男は、しかし迷いました。
迷った男に、政治家は施設を見せました。
自身の同級生とは違い、この男は、倫理観の無いいかれた人間です。
なので、これを見て、娘を育てる最高の場所だと判断するだろうと、政治家は思っていました。
冗談じゃありません。
娘をこんな施設に入れられるか。
そう言い捨てて、男は去りました。
しかし、男は悩みます。
ずっとずっと、悩みます。
出生届の出せない娘。
籠の中でしか生きられない鳥。
ですが、もし。
もしも、鳥が、猛禽となれたのなら。
娘はきっと、世界で生きられる存在になる筈です。
だから、男は、心の底では嫌ですが、それでも、娘を信じて、施設に。
預ける際に、一つ条件を提示します。
娘を、誰よりも、強くして欲しいと。
そうして、五期生カリキュラムは、難度八まで引き上げられて。
男は、窓ガラスから見る度に、胸が締め付けられるような痛みを覚えました。
娘が痛めつけられる度に、痛め付ける教官を、殴り殺したくなりました。
娘が問題で躓く度に、隣で教えてやりたくなりました。
ですが娘は、一夏は、どんどんどんどん強くなります。賢くなります。勝ち続けます。
男は喜びます。
男は泣きます。
男は感謝します。
一夏がここまで強いのは、きっと、万が一、子を産む前に死にたくはないと望んだ女に応える為。
当時の最新技術で、卵子を摘出して、冷凍保存していたそれと、自身の精子を受精させて産まれてくれた子供だから。
正真正銘、ほむらの妹で、天沢零士と花咲あけみの娘だから。
無論、男は円夏も愛しています。
試験管で朽ちた、八人の子供も愛しています。
全員の名を、ちゃんと覚えています。
ちゃんと、娘達を、愛しています。
そうですっ!
そうなんですっ!
花咲ほむらと、天沢一夏は、天沢零士と花咲あけみの娘っ!
花咲ほむらと天沢一夏!
二人はきっと、世界で一番幸せな姉妹っ!
だって、二人には、こんなにも愛してくれるお父さんと!
八人の兄弟姉妹がいるんだからっ!
ほむらのモチーフキャラクターの花火はですね。
ツインテールのメスガキなんですよ。でも、根は真面目で良い子なんです。
天沢一夏と似てますね。
ほなら君たちは姉妹だね。
ということで、天沢零士と花咲あけみ爆誕。
二年生編の特大爆弾ですね。はい。