三年生の方から戻ってきた烏間先生は、いつものように背筋を伸ばしながら声を張る。
「それでは、今週より基礎練習と並行してのフラッグ争奪模擬戦を開始する」
さぁ、ここからがラストスパートだ。
ますは、各クラスのAクラスとBクラスで組んで模擬戦を行う事になった。
自陣のフラッグは二つ。
二年生チームは七十八人。
一年生チームは八十人。
早速、作戦会議を始めよう。
「まずは、オレたちのチームの明確な強みをはっきりさせよう」
各クラスの首脳陣で集まって、地図を見ながら作戦を立てていく。
「一番重要なのは、
綾小路くん。
対して、あちら側の狙撃手は
坂柳の言う通り、銃撃戦のさらに外から一方的に殺せる狙撃手が多いというのは、非常に有利な点ではあるのだが。
「…………まぁ、向こうの狙撃手は卜部先輩だからな。
三倍の狙撃手だとしても、余り変わらないだろう」
浅野の言う通り、近接戦闘も含めた総合力ならオレに間違いなく分が有るが、狙撃勝負なら話は別だ。
あの人跳弾狙撃で正面から背後を撃ち抜いてくるからな。
着弾の衝撃で簡単に潰れるはずのペイント弾で。
射線は正面からなのに何故か背中を撃ち抜かれた烏間先生は心から不思議そうな顔してた。
多分曲射と跳弾で擬似複数狙撃手とかやってくるだろうな。
「………まぁ、球数は三倍だし。狙撃で撃ち合う事態なんてないとは思うけど」
桔梗の言う通りだな。
狙撃で撃ち合う事態なんてないだろうが、それでも球数はこちらが三倍。
狙撃での持久戦なら話は別だ。
「それに、
鈴音の言う通り。
暗殺サバイバルゲームでは狙撃手が片側に集まっていたから出来なかったが、狙撃手を殺す一番手っ取り早い方法は
狙撃手が三人いるこっちは、それで卜部先輩を殺せる。
本来なら。
「卜部先輩のことだ。おそらく指揮官の誰かを狙ってくる。躱すことも防ぐことも殆どできない以上、犠牲を前提に
葛城のまとめに異論はない。
だが、啓誠は少し疑問を抱いたようだった。
「しかし護衛はついているだろう。護衛が鬼龍院先輩か星穹先輩ならば最悪だ。
機動隊が使うような盾も自由に使える。
盾を装備した恒先輩と鬼龍院先輩なら、狙撃もほぼ完全に防げるだろう。
あの二人の動体視力と反射神経なら十分に。
「でもさ、わざわざ狙撃の護衛なんて、防御しかできない役割にその二人を使う?」
神室の言う通りだな。
この二人をそれに使うのは、流石に戦力の無駄遣いだ。
「桃井緋音先輩があちらにいたなら、それで良いのですがね。
前線はあの人一人でお釣りが来るので」
森下の言う通り、オレとの一週間の模擬戦の結果、緋音の才能は凄まじい勢いで開花している。
烏間先生に単独で四割勝てるのはちょっとおかしい。
「となると、卜部先輩は葛城の言う通り、犠牲を前提にした
結論を踏まえて、さらに対策を深めていこう。
二年生では。
「俺か鬼龍院が卜部の護衛に周るのはどうだ?」
「いやダメでしょ。コストかかり過ぎ。全ステータスが高水準のキャラクターにタンクだけさせるとかパーティーバランス崩壊する」
「こすと?たんく?ぱーてぃーばらんす?」
星穹恒。ゲームなどやったことはない。
九重九十九の専門用語についていくのは不可能だ。
「九十九。ゲーム用語禁止」
「ようは、アンタたちには前線で撃ち合いつつ、堀北とか浅野とかをどうにかして欲しいわけ。
人数で不利がある以上、同格以上の一対一以上が原則だからさ」
「いえ、人数的には実質互角よ。
狙撃手三人が私に付くもの」
「………あー、それもそっか」
「護衛も考えれば、こっちの方が実質有利なんじゃないか?」
「いや、綾小路には護衛など着かないだろう。
下手な護衛など寧ろ邪魔だろうし」
「それを踏まえても、実質的にはこっちの方が一人多いね」
本来存在する二人減のハンデ。
それを帳消しにする卜部藤乃の狙撃。
さらに、その上で。
「一クラスに与えられるドローンは五機、チームで十機。
だからこそ基本的には、各クラスから五人ずつドローンを操作して索敵しつつナビゲートして、状況に応じて警告も飛ばす必要があるのだけれど。
九十九、十機全部、あなたがやりなさい」
「あー、ま、めんどいけど、うん分かった。
ま、彼氏にかっこいいとこ見せちゃうか」
「…………おい卜部。最近の九重惚気すぎだ。風紀が乱れるぞ?」
「あら?あなたが風紀なんて気にするのね。安心しなさい鬼龍院。生徒会長があんなのな時点で風紀なんて淫れてるから」
「あーまー、同じ生徒会役員として擁護したいけど擁護できないのでした」
生徒会はもうおしまいかもしれない。
頑張ってくれ、浅野筆頭の常識人組。
「これで、人数的には寧ろこっちの方が大幅に有利、とはいかないわね」
「どーせ向こうは有栖が全部やるし。あ、愛里と波瑠加もサポートするかな?」
「…………本来、一クラス五人想定の筈なんだがな、バックアップは」
「三年が素直に五人も使うと思う?」
「いや、どのクラスも一人でやるだろうさ」
三年生の化物っぷりをよく知っている桐山としては、寧ろ四人から更に減らしてくるかもしれないとすら考えるが。
「合計七十八対八十。
バックアップを抜いて、七十七対七十七。
で、狙撃手三人が卜部さんに付くから、七十六対七十四。
寧ろ私らの方が二人多いんじゃない?」
朝比奈の言う通り、単純計算で考えるならそうなるのだが。
「となると、高円寺に二人使えるな。まぁ二人は必須なんだが」
そこが今回一年生が何よりもずるい点だ。
綾小路だけでも勘弁して欲しいところに殆ど同格の高円寺までいる。
「近接戦闘に持ち込めるなら神里なのだけれど」
「あいつ射撃もめちゃくちゃ上手いから神里だと近付く前にやられちゃうって。どーせ狙撃も出来るだろうけど、ちまちま隠れるの趣味に合わないからやらないとか言ってたし」
「大変だな。自由人の相手は」
(((鬼龍院がそれ言う?)))
二年Aクラスの思考は完全に一致していた。
「高円寺は俺が単独で抑えよう」
「…………いや、その、アンタの実力を疑いたいわけじゃないんだけど、流石にキツくない?
鬼龍院とかと組ませたいんだけど」
「己の分は弁えている。
だが、抑えるだけならどうにか出来る」
星穹恒が高円寺を抑えている間に。
「蓮、狙撃手のうち、誰か一人でも落としてくれ。
それだけでだいぶ楽になるし、卜部の狙撃が効くようになる」
「?俺が狙うのは狙撃手で良いのか?フラッグを狙った方が早いんじゃ……」
「それよりも卜部を自由にすることの方が優先度は高い」
「それに関しては恒くんに賛成かな。
卜部さんが封じ込められちゃうと、勝てるものも勝てなくなるし」
「しかし出来ることなら狙撃手よりも浅野か堀北を狙って欲しいな。
指揮官を落とせるだけでかなり楽になる」
「いやー、どうだろ。
シュウ落とせても葛城いるし、堀北落とせても平田と幸村いるよ?
指揮官狙いはコスパ悪くない?
狙撃手狙いに一票」
影乃蓮の使い道を考える二年生たちと同じように。
一年生では。
「桔梗さんには朝比奈先輩か桐山先輩を落として欲しいわね。特に桐山先輩は守備の要でしょうし」
「卜部先輩狙うのでも良いんじゃない?
あの人落とすだけで狙撃手三人自由になるよ?」
「いや、卜部先輩は山村に狙ってもらう。
一年生チームのもう一つの利点、
これを活かさない手はない」
「なので私と私のサポートの愛里さん、波瑠加さんに加えて、王さんもバックアップに入って欲しいんです。
暗殺者のお二人専門のバックアップ要員として」
「私もですか?でもそれだと、人数で不利を取ってしまうんじゃ?」
「多少の不利を抱えてもお釣りが来る。この二人を万全に使えることはそれだけの利点を齎すと、僕と有栖は判断したが」
「同意見ね。元々王さんには、本番でもバックアップをやって貰うつもりだったもの」
「分かりました。全力を尽くします」
暗殺者にしてやられた経験を持つ浅野学秀と、暗殺者としての考えを身に付けている堀北鈴音。
だからこそ、一年生チームの暗殺者二人の使い方はすぐに決まった。
「次に決めるべきは、防御にどれだけの人を割くかではないかね?」
高円寺の提案に従い、一同は次の議題に移った。
「半数は欲しくない?削り過ぎて守り切れませんでしたなんて論外だし。
安全策は取れるだけ取るべきだよ」
「神室さんに賛成ね。防御側の指揮官は葛城くんにお願いしたいわ」
「俺としても異論はないが、出来ることなら補助と予備も兼ねてあと二人は指揮官が欲しい」
「啓誠と洋介を推薦したいところだが、二人とも単体での戦闘力も十分以上にあるからな。出来ることなら攻撃側に使いたい」
「僕と啓誠くんがどっちも攻撃に周るのは流石に偏りすぎじゃないかな。どっちかは防御に回るべきだと思うけど」
「ならば俺が回った方が良いだろうな。生憎俺は教科書通りの動かし方と動き方しかできないが、だからこそ防戦の方が適性は高いだろう」
「あと一人は、神室さんならどうかな?大丈夫だと思うけど」
「平田くんの言う通り、真澄さんなら問題ありませんね」
「いや私指揮なんてやったことないけど」
「ボードゲームと大体同じです。あなたなら出来ますよ」
「おや、有栖がデレましたね」
「うるさいですね」
そうして、一年生チームは細かい編成を決めていく。
「飛鳥と亮子は防御側にちょうだい。私が指揮する時、よく知ってる奴がいると有難いわ」
「須藤たちも防御側に欲しい。性格的には攻撃側の方が性に合っているとは思うが、俺が指揮する時を考えるとな」
「吉田と橋本は攻撃側だな。特に橋本は斥候としての役割も十分にこなせる」
「かや乃さんも攻撃側ね。あと、軽井沢さんたちもね。そうした方が平田くんもやり易いでしょう?」
「うん。それで良いんじゃないかな。女子に偏ってるけど攻撃側六助くんいるし、他に要らないでしょ」
「評価されているという認識でいいのかな?なんだか雑に扱われている気もするのだが」
「どうせ指示聞かずに勝手に暴れて勝手に大活躍するだろうし」
「…………扱い完全にハルクじゃないか?」
「浅野くんアベンジャーズとか見るんだ。なんか意外」
「…………平田最近なんか軽くないか?」
「吹っ切れたからじゃない?」
一方その頃二年生は。
「防御側の指揮官桐山だし二十人程度でいいと思うけど」
「それだと俺が暗殺されると崩れるだろう。最低でも三十は欲しい。櫛田と山村の存在を考えると、予備と補助で指揮官があと一人は欲しいな」
「私攻撃側だからなー。恒くん高円寺くん抑えながら指揮もやってよ」
「無理だ。代わりに大岡を推薦する」
「あー確かに。翠なら行けそう」
「守備側指揮官は桐山で、補助兼予備に大岡翠ね。
それぞれの編成を細かく詰めていくけれど、桐山は何か希望はあるかしら?」
「特にはないな。星穹が高円寺を抑えてくれるなら、神里が攻撃側に回っても問題はない。流石に雲雀は欲しいがな」
「じゃ、先に攻撃側細かく決めて、防御側は大体桐山達にお任せで」
「なんか桐山くんの扱い雑じゃない?そんなに放り投げて大丈夫なの?」
「桐山なら出来るわよ」
「桐山なら出来るでしょ」
「桐山なら出来るぞ」
「…………二年Aクラスからの信頼が厚いな」
「偶にちょっと重い。ちょっとだが」
そうしてお互いに編成を決めて。
フラッグ争奪模擬戦の最終準備を始めていく。
モニターも兼ねている特殊ゴーグルをつけて、超体育着改と、簡易的だがドローンも操作できる端末を装備して、各々の武器を選び、戦場に飛び込んでいく。
今回の試験、自身で作ったもの及び改造したものならば、いくらでも持ち込みは可能なので。
綾小路清隆は自作した超硬度のワイヤーを持ち込んでいる。
卜部藤乃もまたこの二週間で色々と勉強し、支給されたライフルを魔改造した。
射程三倍らしい。
九重九十九と坂柳有栖もドローンを改造して自動小銃を搭載した。
改造できるだけの知識と技術がある面々は、それぞれの武器に改造を施している。
「それでは、模擬戦開始!」
烏間先生の号令の元、模擬戦が開幕した。
さて、まずは索敵だな。
「頼んだぞ、橋本」
「りょーかいりょーかい」
Aクラスからは橋本正義とドローンが。
「やれるな、寛治」
「おうよっ!」
Bクラスからは池寛治とドローンが。
二人はそれぞれ別ルートで索敵を開始して。
先に寛治が発見した。
「見つけたぜ。崖の上で陣形敷いてる。
予想通り、指揮官は桐山先輩だな。
スキャン頼むわ」
『了解しましたっ!』
佐倉愛里は頼まれた通り、ドローンに標準搭載されている機能を使用する。
スキャニング機能。
試験では10クラスポイントと引き換えに使用可能となるこれは、カメラに収まっている範囲の生徒をスキャニングして、それぞれの名前を導き出す機能である。
また、この機能にはOAAのプロトタイプも搭載されているので、生徒個人個人の評価も明らかになる。
「防御側思ったより少ないな。三十二人か」
『みたいですね。堀北さん達にデータを転送します』
敵陣地に向かいながらデータを閲覧した堀北鈴音は、隣で走る小野寺かや乃に質問する。
「防御側で一際高い身体能力なのは二人。
星穹恒先輩と、雲雀めぐる先輩。
かや乃さん水泳部だったわね。何か知ってるかしら?」
「雲雀先輩は副部長だけど、単純な実力なら多分部長の両沢先輩より上だよ。
まぁ、割と自由人だから部長は押し付けたらしいけどね」
「なるほどね。指揮に従うような人かしら?」
「浮世離れしてる人だけど、割とクラスメイトとは仲良いし、普通に聞くんじゃない?」
「ありがとう。清隆くん、夕食同じ卓だったわね。星穹先輩について何か知っているかしら」
『とても優秀な人だ。大体なんでも出来る人だから、防御側にいるのはちょっとしんどいだろう。
予備の指揮官の可能性もあるな』
「あなたが手放しで褒めるなんて相当ね。ありがとう」
要注意人物は桐山先輩とこの二人と、そしてもう一人。
「桔梗さん。王さん。大岡先輩とは同じ部屋だったわね。どんな人かしら」
『鋭い人、かな。あと、裏で色々考えているタイプの人だね』
『賢い人です。先の星穹先輩からは一定以上の信頼を向けられてますね。星穹先輩のサポート要員の可能性はあります』
『なんだったら予備の指揮官かもね。それぐらい出来そうな人だし』
「二人ともありがとう」
プロトOAAの評価と直感からこの四人が防御側の要注意人物だと予想するが、不思議なこともある。
「神里先輩は防御側では無いのね」
「十日間堀北先輩に弟子入りしていた人だっけ」
顔も広い平田洋介はそのことも当然知っている。
「えぇ。高円寺くんの対策に防御側に残すと思っていたのだけれど」
「防御側少なめだしAクラスと合流したらガンガン行こうよ。結構チャンスじゃない?」
軽井沢恵の言う通り、Aクラスと合流次第すぐさま攻撃を仕掛けるべきだが。
「崖の上なのが厄介ね。一方向からしか攻撃出来ないわ」
「絶対防衛を目的とした地形戦の基礎だね。攻撃の方向を限定させて包囲される危険性を減らす。
でも六助くんなら崖登れるんじゃないかな?」
「そうね。背後から強襲してもらいましょう。
ロッククライミングのついでにね」
堀北鈴音は早速指示、というか提案した。
ロッククライミングのついでに楽しく蹂躙するのはどうかと。
一人で自由気ままに走り回っていた高円寺六助はその提案を受け入れて、鼻唄を歌いながらロッククライミングを開始した。
ちょうどその頃に堀北鈴音達はAクラスと合流し、正面から仕掛けようと陣形を組む。
「高円寺くんが登り切るまで後五十秒。
それと同時に攻撃を開始するわ」
「よし。合図は任せた」
「承知するわ」
木の影に隠れながら、一年ABクラスは油断なく構え。
そして。
「………2、1、0。攻撃開始」
高円寺六助が登り切った瞬間に、攻撃部隊は射撃戦を開始した。
盾を装備した十一名が防ぎつつ、その隙間から銃を構えて、桐山たち含めた二十名が撃ち返す。
崖を登り切った高円寺が背後から襲い掛かろうとして。
「───おっと」
スウェーした高円寺の目の前を、木製の薙刀が過ぎ去った。
「おや、予備の指揮官では無かったのかな?ハンサムボーイ」
「俺の役目はお前の足留めだ」
薙刀を構えながら、星穹恒は静かに見据える。
高円寺六助はコルトパイソン型のエアガンで早打ちして、その美貌を狙う。
しかし、鋭く薙刀を振るい打ち落とした。
「───ほう。中々やるじゃないか」
「随分と洒落た銃を使うんだな。似合っているぞ。三枚目らしい」
「ふっ、この銃の色気は私の魅力をさらに引き立てる。
君を撃ち倒し、私の魅力をさらにさらに引き立てるとしよう」
「そうか。霞まないといいな」
「実に面白いジョークじゃないかっ!」
高円寺六助は高笑いしながら襲い掛かり。
星穹恒は仏頂面で迎え撃った。
それを確認した堀北鈴音は、情報を修正する。
「成程。星穹先輩は足留め要員なのね」
「しかし、高円寺を相手に一対一か、些か思い切ったな」
「そうね。もう少し使うと思っていたのだけれど」
「このまま銃撃戦に付き合うか?」
「分かってはいたことだけれど硬いわね。桐山先輩。
盾持ち相手にこれ以上は無意味ね。一旦引きましょう。
桔梗さんと合流してから仕掛けるわ」
当たり前だが盾は重いので、持ち運びは難しい。
基本的に防衛戦にのみ使われる装備だ。
これを持ちながら走り回るなど正気ではない。
「攻撃の方向を限定させたのはこのためでもあるのか。
これ以上に盾が活きる場面もないな」
「その上で背後からの強襲は星穹先輩が。
隙のない布陣ね。
高円寺くんはどうせ死なないし、また背後から攻めてもらいましょう」
堀北鈴音の言う通り、高円寺六助は崖を滑り降りながら素早く撤退した。
流石の判断の早さだ。
『やれやれ、ロッククライミングのついでに蹂躙しようと思っていたんだが、中々の門番がいるようだ。
ふっ、綾小路が手放しで褒めるだけのことはある』
「合図をしたらまた登ってちょうだい」
『同じ崖を登るのは飽きてしまう』
「ならタイムアタックよ。さっきよりもマイナス五秒を目指しましょう」
『達成したらディナーでも──』
『ころす』
『冗談だよ綾小路』
「少し落ち着きなさい清隆くん」
「…………嘗ては呆れていたんだが、今となっては気持ちがわかるな」
浅野学秀は他の男が九重九十九をディナーに誘った時を想像して。
想像上の他の男を殺したくなった。
一方その頃、狙撃手達は。
全員が狙撃ポイントについて。
全員が一度たりとも狙撃しなかった。
何故か。
「私も綾小路も地形と思考と傾向から、どこを狙撃ポイントにするのか分かるもの」
メンタルトレース持ちにとって、狙撃ポイントの読み合いなど容易いことだ。
そして、自身の狙撃ポイントが読まれているという前提を踏まえれば、残り二名の狙撃ポイントも簡単に割り出せる。
しかし、ポイントは分かっても先に狙撃は出来ない。
自身が先に狙撃して誰か一人を撃ち抜いたとして。
残り二人の
しかし、それは相手も同じ。
一人が狙撃したのなら、自身はそれ以外のどちらかを狙撃すればいい。
照準には時間がかかるので、必然狙撃した一人が再び卜部を狙うのには時間がかかる。
必然、
だからこその、膠着状態。
「桐山、攻撃を受けたそうだけど」
『問題ない。相手も撤退した』
「流石ね。ありがとう」
さて、こちらの攻撃もそろそろだろう。
二年Aクラス索敵担当青木杏奈は、フラッグの場所を特定した。
「森から少し離れた見晴らしのいい広場、かぁ。
狙撃が来ないと分かり切っているからこその選択だね。
姿を晒しての撃ち合いを強制するつもりなんだ」
木を盾に射撃は、命中率に不安が出る。
距離が近いならそれでもいいが、離れているなら避けるべきだ。
ただし、数の差があるなら話は別。
「よし、包囲完了。
九十九、そっちの準備はどう?」
『問題なし。いつでも投下できるよ』
「ありがとう。
まずは一発でかいの入れて、その隙ついて全方位から」
『鬼龍院は葛城を狙ってちょうだい。
向こうの指揮の要と見て間違いないわ』
「了解した卜部。
九重、投下しろ」
『らじゃー』
相手陣地の直上に旋回した改造ドローンは。
ソフトを九十九が、ハードを藤乃が作ったロボットアームを操作して。
二人の合作ペイント手榴弾を投下した。
「───っ、退避っ!」
坂柳に警告された葛城の咄嗟の指示の元、全員が散開するが、爆発に巻き込まれて四人
「よしっ、今っ!」
朝比奈なずなの指揮の元、陣形が乱れたこの瞬間、包囲しての射撃戦が開始する。
それぞれがすぐさま対応して反撃するが、四人減った上で人数差もあるので、弾幕の厚みが負けている。
姿を晒している以上、どうしてもお互いに複数人は
葛城がうまく立て直していくが。
「───っ!」
「ほう。指揮だけかと思っていたが、思ったよりもやるな」
「鬼龍院先輩………っ!」
弾幕の中を走り抜けてきた鬼龍院楓花のナイフをなんとか躱す。
しかし、実力差は歴然、接敵してから数十秒で、葛城は首を切られて
だがしかし。
「およ?防御崩れないね。予備の指揮官いるみたい」
『だね。多分幸村じゃない?鬼龍院、次は幸村狙って』
「全く、人使いが粗いぞ?」
九十九からの通信を受け取った鬼龍院楓花は、幸村をベレッタ型のエアガンで狙う、が。
寸前で盾を構えながら飛び込んできた須藤健が防いだ。
盾を構えながら突進してくる重戦車のような様相に鬼龍院は笑ってしまう。
何という身体能力。
「猪突猛進だな。猛牛か?お前は」
「轢かれないように注意しろよっ!先輩っ!」
突進して接近しながら盾で身体を隠しつつ、ショットガン型のエアガンで狙っていく。
射撃の才能はからっきしだが、ショットガンなら当たるだろう。
鬼龍院は大きく動きながら、一発目を躱した。
だが、別に当てる必要はない。距離を取らせて時間を稼げれば、それでいい。
「ふむ。ならば、こうするか」
「は───?」
だが、鬼龍院楓花は盾を構えながら突進する須藤に、逆に突進した。
反射的に引き金を引こうとして、それよりも早く肉弾戦の間合いに。
ダッシュの勢いを乗せた全力のハイキックで、須藤を数歩後ずらせる。
そうして、数歩分の助走に加えて。
「──っの、めちゃくちゃがっ!」
「私にとっては褒め言葉だな」
護衛の須藤を躱し、幸村目掛けて突っ込んでいく。
側に控える山内春樹がアサルトライフル型のエアガンで牽制するが、突っ込みながらも細かくステップを踏んで、狙いを絞らせない。
「ぐっ!」
それどころか反撃の射撃で山内の額を撃ち抜き撃破した。
走りながら狙い通りの場所に弾を当てるその動体視力と身体能力。
非常に高い万能性故の、圧倒的な性能だ。
「わりぃ幸村」
「気にするな。後はどうにかする」
幸村啓誠は冷静に懐から取り出した自作の手榴弾のピンを抜いて、鬼龍院楓花に投げつけた。
爆発する寸前で上空に鬼龍院が蹴り上げた手榴弾は、空で爆発してペイントを撒き散らした。
落ちてくるペイントを躱し切って、思わず文句が口に出る。
「おいおい。女子に爆発物を投げつけるなんて品がないぞ?」
「はいはい。すいませんでした」
非難を適当に流しつつ、アサルトライフル型のエアガンで、一瞬足を止めた鬼龍院を狙っていく。
背後からは体勢を立て直した須藤も突進して来た。
さらに、どうやらもう一人指揮官が居たのか、白石飛鳥と西川亮子を筆頭としたAクラス女子チームに大幅に撃破されて、一時的に二年生攻撃部隊は撤退したようだ。
そうして自由になった防衛側の生徒達が、一斉に陣地のど真ん中にいる鬼龍院楓花を狙ってくる。
「囲まれたか。九十九、投下しろ。一旦離脱する」
『りょーかい』
二機目のドローンから手榴弾が投下され、それが爆発するのとほぼ同時に、鬼龍院は撤退した。
爆発を避けることに専念していた包囲陣は、鬼龍院楓花の撤退を許してしまう。
「ごめん幸村。援護遅れた」
「いや助かった。防御の指揮は俺が取るが、場合によっては神室も好きに何人か動かしてくれ。坂柳、何人やられた?」
『葛城くん含めて九人です。
こっちが削れたのは十四人ですね』
「攻撃側何人だったの?」
『四十二人ですね』
対して一年生防御側は三十六人。
攻撃側は三十三人。
バックアップ四人。
暗殺者二人。
狙撃手三人。
狙撃手護衛二人。
対して二年生は。
防御側三十二人。
攻撃側四十二人。
バックアップ一人。
暗殺者一人。
狙撃手一人。
狙撃手護衛一人。
「こっちの方が少なかったって考えたら、よく防げた方じゃない?」
『まぁ、攻撃側と同じ人数で高円寺くんもいながら二年生側は無傷で守り切りましたが』
「ドローンで手榴弾投下はズルだって」
このドローンに持ち運び機能なんてついていないはずなのだが。
持ち運びだけに飽き足らず、投下までしてくるなんて。
ロボットアームを作っていた卜部と九重は、クレーンゲーム作ってるみたいで楽しかったとのこと。
「あれのせいで強引に場を支配される」
「幸い、一機につき一個だけなのが救いね」
『まぁ今補充してるでしょうし、後十発は耐えないとダメですね』
「あーやだやだ。やってることめちゃくちゃ過ぎでしょあの人たち」
『なーに言ってんのかむろん。三年絶対もっと怖いって』
「それが何より嫌なのよ」
幸村の指示の元、防御側はすぐさま陣形を組み直し始める。
一時撤退した二年生攻撃部隊はというと。
「いやーごめん。
思いっきり削られちゃった」
『指揮官がもう一人いる可能性を考慮してなかった私のミス。
なずなは悪くないよ。
指揮官たぶん真澄かな?使ってるの真澄の友人達だったし』
「幸村の側にいる須藤が中々に面倒くさいな。
盾のせいで射撃が通らないしショットガンのせいで迂闊に近付けない」
『まーでも初手でまぁまぁ削れたのデカいよ。
かなりアド取れた。
今の人数は同程度だけど、手榴弾投下でいくらでも隙作れるこっちに流れ来てる』
「だね。この状況なら楓花も放り込みやすいし」
「今度は神室を狙うか?」
『それ試したんだけど護衛の森下マジうざい。
射撃上手いし近接強いしで逆に二人削られた。
真澄との連携もうざい』
「撃ち合いで三人やられて、白石さんと西川さんと女子チームに五人やられて、森下さんに二人削られて、接近出来たけど神室さんと森下さんの連携で四人削られた」
「なるほど。坂柳有栖親衛隊大活躍だな」
九重九十九は後方で『有栖絶対ドヤ顔してるだろうな』と思っていた。
後方で坂柳有栖は九十九の予想通りドヤ顔していた。
「よし、陣形組み直せたら投下からの包囲射撃。
で、楓花は突っ込んで」
『りょーかい』
「了解した」
二年生攻撃部隊は、再び包囲しながら部隊を展開していく。
一方その頃、暗殺者達は。
「今の所俺たちが優位か」
『だね。影乃はそのまま狙撃手誰か一人暗殺して。そうすれば藤乃が動ける』
「出来ることなら綾小路を落としたいが」
『それはダメ。あんたが落とされる』
「分かっているさ。俺も、己の分は弁えている」
影乃蓮は森を静かに移動しながら、予想された狙撃ポイントの一つに向かっていた。
ポイントに到着し、こっそりと様子を確認する。
「見つけた。三宅だな。
護衛は、外村のようだ」
『よし。合図が来るまで待機してて』
暗殺の場を整え終わったら、合図を飛ばす予定だ。
山村美紀はドローンのうち一機とともに、卜部藤乃の狙撃ポイントに到着して。
カメラを通じて護衛を確認した王は絶句した。
『………確かに近接格闘以外は並以下でこそありましたけど。
それでも、狙撃手の護衛に
「ど、どうしましょう。護衛が、その、強過ぎます」
『………仕方ありません。卜部先輩の暗殺は諦めましょう。二年生攻撃側の背後から朝比奈先輩を狙います』
「わ、分かりました」
山村美紀はすぐさま撤退して、朝比奈なずなを狙うことにした。
王美雨は攻撃側部隊と合流しようと移動中の櫛田桔梗にも連絡する。
「うわー、まじ?
神里先輩そこに使ったんだ。
まぁ確かに、近接格闘以外は並以下だけどさ」
『随分と豪華な護衛です。
なので、朝比奈先輩を狙わせることにしました』
「うん。私でも鈴音でも清隆でもそーするよ。
鈴音達との合流まで後どれくらいかかりそう?」
『後二分ですね。あれから二回ほど攻撃を繰り返していますが、殆ど削れていません』
「守りに入った桐山先輩硬過ぎ。
浅野くんと鈴音の指示で崩せないとかやば過ぎでしょ」
『星穹先輩が完璧に高円寺くんを抑えているのもあります。
高円寺くんの動きが制限される崖のギリギリで、リーチのある薙刀で牽制に専念しているので』
「防御に専念してる相手倒すの難しいって烏間先生言ってたなぁ」
そこでようやく、櫛田桔梗は攻撃側部隊と合流した。
「お待たせ。鈴音。だいぶ苦戦してるね」
「そうね。でも、桔梗さんが来てくれたおかげで、崩せる」
「作戦通り、僕が攻撃側の指揮を出そう」
「一緒に来て頂戴桔梗さん」
「別に良いけど、何するつもりなの?」
「久しぶりにやってみたいのよ。
「───良いねぇ、乗った」
堀北鈴音と櫛田桔梗は攻撃部隊から離れて、崖下で飽きたのかのんびりし始めている高円寺六助のもとに向かっていった。
一年生狙撃手達は。
『これ誰か一人防御側の援護に回った方が良くない?』
『援護した瞬間に二人しかついてないことがバレて一人やられてもう一人もすぐにやられて自由になるぞ』
「三宅の言う通りだ。卜部先輩を抑えることは勝利のための絶対条件。
だからこそ、オレという札を殆ど死なせてまでここに使っている」
暗殺したかったが、護衛に神里先輩を着けているとはな。
近接戦闘に限れば二年生で緋音の次に強い。
渚か桔梗ならクラップスタナーで行けただろうが。
オレを死なせても高円寺がいるが、恒先輩め、単独で高円寺を抑えてみせるとは。
桐山先輩の硬さも予想通りだったが、高円寺で崩せるはずだったんだがな。
「影乃先輩には常に警戒しておけ。暗殺されたらまずいぞ」
『分かってるって副会長っ!橋本くん護衛よろしくねっ』
『………ぶっちゃけ我輩護衛としては役立たずでござらないか?』
「一瞬だけ足止めしてくれればそれで良い」
『つまり肉壁ということでござるな』
そんな会話をしていると、事態が大きく動き出した。
少し前。
二年生防御側では。
「雲雀、そろそろ星穹と一緒に後ろの防衛に回ってくれ」
「構いませんが、理由を聞かせて下さい」
「体育祭で堀北は騎馬から騎馬に跳び移っていた。あの身軽さを考えれば、崖を登れても不思議ではない」
「なるほど。これまで高円寺くん単独で来ていたのは布石だと?」
「あぁ。星穹もそれで良いな」
「構わない。高円寺は俺が抑え続ける」
「堀北さんは私が、ですね」
「射撃開始と同時に来るはずだ。ギリギリまで前に意識を向けているふりをしてくれ」
「了解です」
それから数秒後、四度目の攻撃側の射撃が来る。
それと同時に、桐山の予想通り、高円寺と堀北鈴音が背後から。
恒と雲雀は、瞬時に二人を迎撃開始する。
「──っ!読まれてたっ!」
「ふふ、桐山くんを舐めないでくださいね?」
雲雀めぐるの水泳で培った高い柔軟性も応用した、テクニカルでスピーディな連撃。
その悉くを完璧に捌きながらも、堀北鈴音は顔を歪める。
「ふっ、良い加減倒れたらどうだい?しつこい男は嫌われるぞ?」
「その言葉、そっくりそのまま返そう。何度登っては滑り降りているんだ?」
「ただ登っているのではないよ。常にタイムを縮めているのさ」
「そうか。ならまたタイムを縮めると良い」
「生憎、崖登りはこれで終わりさっ!」
ダイナミックでありながら、確かな技術を感じさせる一撃一撃がヘビー級の連撃を、リーチの差を活かして捌き防ぎ躱し続けている恒は、高円寺の言葉に僅かに眉を顰め。
次の瞬間、目を見開いた。
崖を登ってきた三人目。
「───桐山っ!」
高円寺から目を逸らさず桐山の名を呼ぶのと殆ど同時に、櫛田桔梗は陣地の奥に飛び込んでいく。
「───っ⁉︎」
「───こんにちは。桐山先輩」
咄嗟に振り返るのと殆ど同時に、いつの間にか背後にいた櫛田桔梗に挨拶され、動揺して
その瞬間、
意識を失い崩れ落ちる瞬間にナイフで胸を突き、
「───射撃続けぇ!遠藤!櫛田を抑えときっ!」
「───了解っ!」
だが、大岡翠の対応は早い。
すぐさま指揮を引き継ぎ、矢継ぎ早に櫛田桔梗を抑える指示を出す。
遠藤乃ノ亜は櫛田桔梗と近接戦闘を開始する。
近接戦闘能力それ自体はそこまで高くはない。
自身でも問題なく抑え込める。
「あら、予想通り、大岡先輩が予備の指揮官だったんですね」
「だねっ!だからこそ、あんたを抑えるっ!」
「──私にばかり、集中して良いんですか?」
「地形で大幅に有利とって、厄介な高円寺と堀北を抑えている今っ、あんたさえ抑えればっ!」
「──こっちには、
「────っ⁉︎」
そう。
確かに、浅野学秀なら、崖登りは可能だろう。
だが、浅野学秀は攻撃側の指揮を取っているはずで───。
「──攻撃側には、
「──しまっ」
確かに、平田洋介なら指揮を取ることもできるはず。
それを理解して、動揺して、
櫛田桔梗の嘘に乗せられる。
「──隙あり」
櫛田桔梗の
遠藤乃ノ亜は意識を失い、倒れ伏す瞬間に心臓をついて
そして、すぐに。
「──お話しましょう?大岡先輩」
「──………おっかないわぁ。ホンマに」
背後から抱きついて首元にナイフを突きつけながら、櫛田桔梗は笑いかける。
「嘘つきめ」
「褒め言葉です」
喉を掻き切るようにナイフを振るい。
大岡翠を
その、次の瞬間。
櫛田桔梗の胸に、インクが咲く。
卜部藤乃の狙撃だ。
すぐさま、綾小路清隆と星穹三七は
星穹三七の狙撃は神里万人が防ぎ。
綾小路清隆の卜部藤乃の頭部を狙った狙撃は、飛び込んできたドローンに身を挺して防がれた。
なぜ、三宅明人は狙撃できなかったのか。
防御側の桐山がやられたのを確認した卜部は、すぐさま暗殺の指示を出し。
遠藤が暗殺されるのと同時に頭上に到着したドローンが投下した手榴弾を、三宅と外村が慌てて回避した瞬間に。
影乃蓮が暗殺しようとしたからだ。
これにより、
「───我輩の仕事は一瞬の足留めぇ!」
「───邪魔だ」
飛びかかってきた外村を一瞬で
すぐさま三宅を暗殺しようとして。
「なっ」
「狙撃も得意ですが、こっちも得意なんですよ」
外村が稼いだ一瞬で立ち上がり、体勢を整えた三宅が、影乃の腕を完全に抑えた。
咄嗟に振り払おうとして。
瞬く間に関節を極められ、抑えられて、ナイフで
三宅明人は須藤健に次ぐ身体能力の持ち主。
狙撃も上手いが、それと同じかそれ以上に。
近接戦闘の方が得意なのだ。
『…………いや狙撃手は近接弱くあれよ』
九重九十九は投げやりだった。
うちの狙撃手は近接弱いのに。
「…………やってくれたわね」
三宅が復帰するまでの時間を稼ぐ為に、星穹三七と綾小路清隆は交互に狙撃し続け、卜部の狙撃を邪魔していく。
だからこそ。
卜部藤乃は、木の葉の影に隠れた射線も完全に通っていない狙撃ポイントで。
卜部は『神の領域』に入り、弾道を計算して。
スコープを覗きながら上空を狙撃する。狙撃は三発。
風力を計算し、風向きの僅かな変化を予測して、自転の影響も考慮して、弾丸の重さと改造されたライフルの弾速、射程も考慮して。
約六十秒で上空から落下してきたペイント弾は。
星穹三七の頭頂部に直撃した。
「…………え?どこから?上から?え?」
「…………狙撃、降ってきたな」
星穹三七も護衛の橋本正義も、何が起きたのか皆目見当もつかなくて。
その約五秒後。困惑する橋本正義の頭頂部にも、狙撃が降ってきて直撃する。
「…………っ」
疲労で膝をつきそうになるが、なんとか堪え。
通常の狙撃で三宅明人を落としてから、堀北鈴音と高円寺六助を狙撃しようとして。
木の葉の影から出て、射線を通した瞬間に。
側頭部をペイントで染め上げた卜部藤乃は、驚きのあまり固まっていた。
「…………あれ、防げるのね」
綾小路清隆は最初からずっと、自身の頭上十メートルの位置に、ワイヤーを網の目のように張り巡らせていた。
ドローンから何かを投下された時の対策だったのだが、ここで活きるとは。
護衛の神里万人は三宅明人に狙撃されたようだ。
真上を見上げた綾小路清隆は、ワイヤーにペイントが付いているのを見て。
「…………あの人こわ」
彼女が何をしたのか理解して、ドン引きした。
人力ミサイルとか意味わからん。
「…………まぁいい。三宅、攻撃側の援護に回れ。恒先輩か雲雀先輩を落とせ」
『綾小路は?』
「朝比奈先輩達の隙を作る」
二年生の攻撃側では。
「九重っ!出し惜しみはなしだっ!ありったけを投下しろっ!」
『りょーかいっ!』
一刻も早くフラッグを取らなければと、残った手榴弾九発を一気に投下して人数を減らし、隙を作ろうとして。
「────散開!そのまま突撃っ!」
『うぇっ!真澄思い切り良すぎっ!』
神室真澄は手榴弾の爆発から距離を取る為に防御陣形を放棄して散開させて、そのまま二年生攻撃陣に突撃を開始した。
「──くっ、ここで終わらせる気だねっ!
まさか、最初から全滅狙いだったのかな⁉︎」
固まった相手を包囲していたからこそ、攻撃側は距離があるので、隣の相手のフォローに僅かに時間がかかり。
結果、各個撃破でどんどん削られていく。
特に坂柳有栖親衛隊の連携が非常に厄介だ。分かっていたことだが。
彼女等の連携ならば、鬼龍院楓花ですら敗北しかねない。
「楓花っ!九十九っ!行くよっ!」
「了解っ」
『らじゃーっ!』
だからこそ、鬼龍院楓花の全開戦闘を、朝比奈なずなと九重九十九が全力でフォローする。
走り回って撃破数を重ねていく鬼龍院楓花の隙を、朝比奈なずなは常に埋めるように動き、九重九十九の改造ドローンの自動小銃が単純に火力を倍にする。
親衛隊の高度近接連携をもってしても、朝比奈と九重の全力の援護を受けた鬼龍院楓花は止められず、瞬く間に西川亮子が落とされて。
そのまま白石飛鳥を落とそうとした鬼龍院を、突撃して来た須藤の盾が阻む。
「リベンジだぜっ!先輩っ!」
「今忙しいんだがっ」
「そんなこと言わずによぉっ!」
放たれたショットガンを躱し、射程外に退避しようとして。
それを予想していた幸村が、退避先に手榴弾を投げ込む。
「────っ、くっ」
それすらも驚異的な反射神経で回避して、すぐさま幸村に撃ち返そうとして。
その瞬間に、
「────────」
「注文通り誘導したぞ。清隆」
『最高の仕事だ。啓誠』
須藤の突撃からこの瞬間まで、全て幸村の思惑の中だった。
動き回る鬼龍院楓花を狙撃する為に。
『───なずなっ撤退──』
「したところで勝てないでしょっ!」
『だよねっ、しゃーないっ!』
櫛田桔梗に完全に引っ掻き回された。
それまで優位に進んでいた戦場を、完全にひっくり返された。
これが、暗殺者の力。
「こっから全員やれば勝ちっ!」
『分かりやすくていいねっ!』
この戦場に集めた十機の改造ドローンで、朝比奈なずなの隙を埋めるように旋回させながら、自動小銃で射撃していく。
実質的に十一人なのだが。
『……………あの、なんで十機纏めてそんな動かし方出来るんですか?』
佐倉愛里は引いていた。
十機のドローンを戦場で縦横無尽に飛ばせながら射撃しつつ、ひとつたりとも衝突事故を起こさない、九重九十九の化け物じみたマルチタスクに。
『は?何面白そうなことしてるんですか?
私もやりますね』
『わぁ〜、やなぎんも凄ーい』
この戦場に集まっていた八機の改造ドローンを縦横無尽に飛ばせながら、ひとつたりとも事故を起こさずに、射撃戦を開始していく坂柳有栖。
そうして巻き起こる、ドローン同士のドッグファイト。
新型ドローンの開発者は、今回のデータを閲覧して一言。
知らん。何あれ、こわ。
と、腰を抜かしていたそうだ。
朝比奈なずなと九重九十九の最後の大暴れは、それはもう鬼神か何かと錯覚するほどのものであり、幸村や神室も含めて、合計撃破数十八名の大記録を樹立したのだが。
ドローンからの追撃を躱しつつ、残った須藤の突撃も回避しつつ、フラッグを奪い取ろうとして。
フラッグの近くで待ち伏せていた山村美紀に、心臓を一突きされて、
「…………えっと、いつから、そこにいたの?」
「その、手榴弾がいっぱい投下された少し後からです」
『あー、散開させて突撃させたの目眩しでもあったのか。やられた』
そうして、二年生攻撃陣は全滅して。
星穹恒と雲雀めぐるが狙撃でやられた為に自由になった高円寺六助と堀北鈴音に蹂躙されて。
二年生防御陣も全滅して。
一年ABクラス対二年ABクラスの模擬戦は、一年ABクラスに軍配が上がった。
模擬戦終了後。
今回の模擬戦のMVPとなった櫛田桔梗は。
「えへへへっ!
私たくさん頑張ったよ清隆っ!
MVPだよMVPっ!」
「そうだな。よく頑張ったな、桔梗。偉いぞ。凄いぞ」
「えへ、えへへへへへへ」
撫でろ、褒めろ、讃えろ、と言わんばかりに綾小路清隆に突撃して。
頭を撫でられながらたくさん褒められて。
それはもうすんごい嬉しそうに笑っていた。
生徒達は、櫛田桔梗に犬の耳と振り回される尻尾をを幻視していた。
次回はCDクラスですね。