月曜日の夜。
夕食の卓で鬼龍院先輩が、それはもうすっごくぶすくれていた。
ぶすくれながら、オレをじろじろと見ている。
「…………なんですか」
「ふん。よくも狙撃してくれたなと言おうと思っていただけだ」
「言ってるじゃないですか」
「ふん」
拗ねるようにパクパクとご飯を食べていく鬼龍院先輩。
そんな面白そうなものを揶揄わない南雲先輩ではない。
「あーらら、綾小路に良いようにやられて拗ねてるのか鬼龍───」
「ほら雅。漬物だ」
「……………前から言おうと思ったんだんだが、オレそんなに漬物は好き──」
「そうか、そんなに好きなのか。たくさん食べると良い」
やれやれ学ばないな南雲先輩。
恒先輩にしこたま漬物ぶち込まれているのを見ながら呆れ果てる。
「二年生との模擬戦、実際どんな感じだったんだ?」
「あー、まぁ、うん。
良い訓練ではあったんだが、うん」
殆どの印象が、その。
卜部先輩の人力ミサイルが怖すぎて吹き飛んだ。
今思い返しても意味わからない本当に。
星穹三七も橋本正義もご飯を食べながら、頭の中では綾小路清隆に教えられたことを思い返して、心底から卜部藤乃が意味分からなさすぎて恐怖していた。
三人の思考は完全に一致していた。
(あの人意味わかんねぇ。怖い)
(あの人意味わかんない。怖い)
(あの人意味わからん。怖)
「まぁ、その、強烈だったぞ、うん。
多分、神崎達も、同じようなこと思うんじゃないか?」
「………なんでわたし見てそんなこと言うの?」
「いや、その、白兵戦に限って言えば、多分学校最強なので」
オレの中ではこの人もその枠に入りつつある。
何故正面戦闘で烏間先生に勝率四割あるんだ?
本当に人間なのか?
オレ、よく五連勝できたな。
まぁ、あの五連勝があったから、凄い勢いで成長しているんだろうが。
多分卜部先輩の人力ミサイルぐらいおかしいことして来そうな気がする。
「すいません。すこし、おくれました」
「あ、椎名さん。体調崩されたそうですけど、大丈夫でしたか………?」
「ええ。うふふふふ、やすめたおかげで、ぜっこうちょうです」
体調不良(大嘘)で一日休んでいた椎名ひよりが、遅れて夕食会に入って来た。
山村美紀の心配に答えながら席について、丁寧に丁寧に、ご飯を食べ進めていく。
「まぁ、中々のハードスケジュールだからな。体調も崩すだろう」
「えぇ。すこしばかり、むりしすぎてしまいました」
「…………なんだか、浮かれているような声音じゃないか?」
鬼龍院楓花、実に鋭い。
「うふふふふ、バレンタインで、とてもいいことがあったので」
「たーっ、その様子だと、赤羽のやつも二股クソやろうになったってことかよ。
良かったな綾小路。金石先輩以外にも仲間が増えたぞ?」
「そうですね。後でカルマのやつは、たくさん揶揄ってやります」
そのカルマはというと、なんだかふわふわした様子でご飯食べてた。
奥田と付き合えたときに浮かべていた笑顔よりも、もっとふわふわした雰囲気だな。
奥田もなんだかふわふわした顔でご飯食べてた。
……………ま、だよな。
「あ、そうですあやのこうじくん。
はいしゃくしたもの、つかわなかったのでおかえししようかなと」
「いや良い。その内必要になるだろうし。たくさんあるし。…………うん?」
え、
…………え、大丈夫なのか?
え、もしかしてオレらよりも進んじゃったのか?
学生結婚するつもりなのか?
学校辞めちゃうのか?
オレの驚愕の視線に気付いたのか、ふわふわした雰囲気のまま、口をつけていた味噌汁を一旦置いて、一言。
「まなみさんのおかげで、なんとかなりましたよ」
他の生徒達は、なるほど、奥田が受け入れてくれたから、赤羽と付き合えたんだなという認識になったのだが。
綾小路清隆だけはその裏の意図に気付いて。
合宿終わったら依頼しようと決意した。
堀北鈴音と櫛田桔梗は、なんかやばいことになりそうな予感がした。
「あ、そういえば、今日は絶品デザート食べないの?
勝ったんだよね?」
思い出したかのような、桃井緋音のあまりにも純粋無垢な、その発言に。
裏事情を把握している四名は、ピリついた。
星穹恒のアイコンタクトの元、四名はすぐさま作戦の用意を開始する。
作戦名、
もし、桃井緋音がこの残酷な真実を知りそうになってしまったのなら、すぐさま妨害すると言う作戦だ。
妨害の過程で
「あぁ、どんな絶品デザートでも、一週間も食べていたら、少しだけ満足するだろう?」
「あー確かに。好きなものでも、毎日お腹いっぱい食べてたらなぁ。
でも、一週間毎日食べて少ししか満足してないんだ。すごいね」
「まぁ、本当だったら毎日でも食べたいんだがな。
たまに我慢することで、解禁した日の美味しさが跳ね上がるんだ」
「あ、わたしもきになります。なんにちぐらいがまんしているんですか?」
「あー、まぁ、一週間は我慢したな」
「ふむふむ」
「ふーん。確かに、我慢した後の好きな物って、すごく美味しいもんね」
「そうだぞ。そういう時は
「そのはなしくわしくきかせてください。どんな
「あ!わたしも気になるかもっ!」
「兎柄とか、猫とか犬とかだな」
「かわいい器なんだ。なんか意外だなぁ。凄い甘党だし、清隆思ったよりも少女趣味だねっ!」
「うさぎ、ねこ、いぬ、あぁ、ぜったいにおいしくなる…………」
「うん?器が変わると味も変わるの?」
「うふふふ、かわりそうだな、というだけですよ?」
「???」
裏事情を知っている四人は、なんとなく察した。
神崎隆二は
南雲雅は
鬼龍院楓花は
星穹恒は
なお、四名は知らないが、交際初日で行くとこまで行ったのは綾小路清隆もである。
まぁ、告白の答えを出していないだけで殆ど付き合っているような関係を十ヶ月は続けていたから、順序を踏んでいるのかもしれなくもない。
(…………拝借………使う………必要………たくさんある………使わなかった……………。
…………………………⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎)
鬼龍院楓花は何となく、さっきの綾小路清隆と椎名ひよりの会話を思い返して。
ある答えに行き着いてしまい、完全にバグった。
真っ赤を超えた赤色だった。
隣の椎名ひよりを一瞬だけ見て前を向いてを一秒間に八回くらい繰り返していた。
そんな鬼龍院を、桃井緋音は不思議そうに見ていた。
「?鬼龍院どうしたの?そんなに慌てて」
「べべべべべべつにあわててててててなどいないぞ」
「いや、めちゃくちゃ慌ててるじゃん。水飲んで落ち着きなって」
「落ち着く必要などないな私は慌ててなどいないのだからそれはそれとしてなんだか喉が渇いたし水でも飲むとしよううん」
鬼龍院楓花は、既に空のコップを傾けて喉を鳴らしていた。
「…………いやそれ水入ってないよ?大丈夫?」
「ほら、せんぱい。ついであげます」
「あ、あ、あぁ。あ、あり、がとう」
「…………鬼龍院が素直にお礼言った。本当に大丈夫?清隆に狙撃されておかしくなったの?」
「いやおかしくなどなっていないぞ」
食事を続けようとして、鬼龍院楓花はうっかりスプーンを落としてしまい。
慌てて屈んで拾おうとしたところ、椎名ひよりも拾おうとしたのか、同時に屈んで、テーブルの下で。
気付かれたことに気付いた椎名ひよりは、鬼龍院楓花の耳元で囁きだす。
「────すごく、あつくて、おもいですよ」
「────⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」
「────やけどしちゃうかと、おもっちゃいました」
「────⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」
「────でも、なんだかすごく、みたされるんですよ?」
「わ、わわ、わか、わかった、わかった、から」
「うふふふふふ。すきなひとのそれがなかにあると、なんだか、しあわせですよ」
「お、おね、おねがい、も、もう、や、やめ、やめて」
「えぇ。ないしょで、おねがいしますね。やくそく、ですよ?」
「や、や、やくそく、やくそくする、から」
「ほしくなったら、いってくださいね?まなみさんに、たのんであげます」
「あ、あ、あ、……………は、は、はぃ」
机の下で内緒の囁きを受けた、鬼龍院楓花は。
高熱を出したかのように赤い顔で。
漫画みたいに、目をぐるぐると回しながら。
お米を味噌汁と間違えたり、味噌汁を箸で摘もうとしたり、追加のドレッシングを魚にかけたり、サラダの骨を取ろうとしたり。
完全にバグり切ってしまっていた。
色々察した綾小路清隆は、呆れた目を椎名ひよりに向けて。
色々バグっている椎名ひよりは、鬼龍院楓花をかわいいものを見る目で見ていた。
火曜日。
朝食を取りながら、椎名ひよりは鬼龍院楓花に一言。
「…………昨日の夜は、すいませんでした」
「…………うん。じゃなくて、あぁ」
一日経って落ち着いた椎名ひよりは。
心から鬼龍院楓花に申し訳ないと思っていて。
「…………その、本当に、必要になったら、頼む、かも」
「…………はい。わかりました」
何というか。
変な友情のような何かが、芽生えた瞬間であった。
「…………今日の模擬戦、頑張れ」
「…………はい。頑張ります」
さて、二年CDクラスのフラッグ争奪模擬戦、開幕である。
「よーし、じゃ、作戦会議始めるよ」
代表して雪村あかりが音頭を取る中で、一年CDクラスの作戦会議が幕を開けた。
「まずは、こっちの強み。
色々あるけど、一番は渚だね」
「だなぁ。浅野先生殺したあれなら蹂躙できるでしょ」
榎中准としては、敵陣に潮田放り込めば良くない?と。
まぁ、放り込み方は考えるが、放り込めればそれで勝ちだし。
「あーでも、僕の手の内、大体稔先輩にバレてるからキツそう」
「ま、潮田だけで完全にどうにかできるほど甘くはねぇだろ」
龍園翔はあくまで冷静に。
どれほど潮田が強力だとしても、潮田は一人しかいないからこそ。
「特に桃井先輩絶対やばいよ。あの一週間でやばいくらい成長してる」
「………………うん。そうだな。
身体能力と技術の調和が取れている。
これまでは、身体能力が先行していたからな。
綾小路曰く、多分白兵戦学校最強らしいぞ?」
一之瀬帆波は綾小路清隆との一週間の一対一を踏まえて、これまで以上に成長した桃井緋音を最大限に警戒した。
神崎隆二は裏側を知っているので少しばかり微妙な顔をしながらも、それでも今の桃井緋音は、二週間前のような身体能力と本能に任せた猪突猛進ではないことを知っているので。
「綾小路がそこまで言うなら、あの人は必ず十人以上でぶつからないと」
「強いやつ二人三人ぶつけるのでも良くね?」
赤羽業の提案に、榎中准は意見する。
確かに、CDクラスのトップ勢。
即ちカルマや龍園、雪村、一之瀬などから二人ぶつけるのも、ありな選択肢のように見える。
「人数で大幅有利取ってるから、どっちももありな選択なんだよね」
一之瀬帆波の言う通り、二年Cクラスは三十七名。二年Dクラスは二十九名。合計六十六名。
十四名の差は非常に大きい。
だからこそ。
「防御を削って攻撃を増やすか、どちらのバランスも取るか、でしょう」
椎名ひよりの言う通りなのだが。
「防御削るのは絶対やめた方がいい」
「カルマに賛成。下手に削ったら桃井先輩に蹴散らされて終わる」
二年生白兵戦ぶっちぎり最強。
綾小路清隆曰く、白兵戦では学校最強かもしれない。
それが桃井緋音。
少しでも防御を減らせば蹴散らされる。
「でも、綾小路くんに五連敗してるよね?」
「戦績で見ればそうだね。
でも重要なのは、綾小路はあの人に勝つ為に、一週間掛けてたってこと」
「ここに来てからの最初の一週間、綾小路くんは一瞬たりとも桃井先輩から意識を外したことはなかった」
「うん。桃井先輩と烏間先生の模擬戦をずっと観察してた。日常生活でも観察して、常に桃井先輩の動き方の癖を読もうとしていた」
それは、初見でのよーいドンでは、どうしても勝ち目がないと判断していたということ。
徹底的に理解して暴き立てなければ勝てないと判断していたということ。
「そしてその上で、先輩と直接やり合うまでは一度も二刀流を使わなかったし、積極的に精神も揺さぶって誘導してた」
「あそこまで徹底して勝とうとするぐらい、言い換えれば、あの綾小路くんがそこまでしなければ勝てないって思ってた。
それが、桃井先輩」
身体能力も技術も高い次元にあるからこそ、綾小路清隆は揺さぶり続けて、誘導して、勝ちやすいように動かしていた。
そうして、手の内を隠し続けていた。
ワイヤーもぎりぎりまで使わなかった。
そうしなければ、五回勝つことは出来ないと思っていたから。
「一日目二日目は作戦と根性。
三日目と四日目は作戦勝ち。
五日目は、なんかやばいど根性見せて勝ってたね」
「あのど根性ビビるよねー。あんなにボコボコにされてたのに立ってられたの怖いよ」
赤羽業と潮田渚は、呑気に綾小路清隆のど根性を評価していた。
ど根性の理由を知っている神崎隆二と椎名ひよりは少しだけ、いや、かなり微妙な気持ちになっていた。
椎名ひよりはすぐに、私が言えたことではないですね。と気持ちを切り替えたが。
「ま、僕とカルマの意見は多分一致してるけど」
「寧ろ防御優先した方がいいってこと」
そう。
今回の模擬戦、人数の差があるからこそ。
桃井緋音を抑える為だけに防御側を厚くするべきだと、暗殺教室首席と暗殺教室第三位の意見は一致していた。
そしてそれは、雪村あかりも同じ意見だった。
「うん。正直私もそう思う。
あの人を抑える為だけに、カルマくんと龍園くんと帆波ちゃんと私、後榎中くんと神崎くん使ってもいいって思ってる」
「うん。あの人を撃破するなら、その面子に加えて僕も入れないと」
「だねぇ。それぐらいしないと抑えられないし殺せないよ」
昨日、やる気に満ち溢れていた桃井緋音は、烏間先生に通算五回単独で手合わせを挑んで。
うち二回勝った。
烏間惟臣の強さをよく理解している暗殺教室の面々は、単独で烏間惟臣に四割の勝率があるというのがどういうことか、理解している。
つまり。
最低でもE組半数以上で掛からなければ勝てないということだ。
「そういうことなら、愛美さんの手も必ず借りるべきでしょう。
体育祭で見せた、リミッター解除のプロテイン、あれを使うべきです。
必要になる可能性も考慮して、昨日の夜、頼んでおきました」
「その、ごめんなさい。時間が足りなくて、三人分しか用意出来ませんでした」
もう少し時間があればもっと用意出来たのだが。
まぁ、プラセボ効果が狙いなので、そもそも薬は要らないのだが。
だが、そもそも、リミッター解除に耐えうる身体強度と、そこまで強く思い込める精神性がなければ話にならない。
CDクラスでの候補は四人。
実績のあるカルマと龍園は確定として。
榎中准か星穹拓人。
肉体強度で選ぶならば榎中准が。
精神性で選ぶなら星穹拓人が。
「カルマくんと龍園くんは確定として、榎中くんか星穹くんなんですけど。
星穹くんだと、その、リミッター解除の反動に身体が耐えられないかもしれなくて」
「じゃあ准でしょ。試験のための模擬戦で試験に響く怪我とかされたら本末転倒だし」
「ええー、やだー。
カルマあの薬筋肉痛で死にそうだとか言ってたし、龍園なんか骨折れてたじゃん」
「文句言ってたら勝てるもんも勝てねぇぞ」
「…………はぁ。しゃーない。
うし、切り替えてくか」
「火事場の馬鹿力使えるなら、三人で桃井先輩抑えられるはず」
「でも保険として、防御も厚くしとかないとね」
桃井緋音は間違いなく攻撃側なので、この三人は防御で固定。
そこからさらに、防御を厚くした細かい編成を詰めていった。
一方、二年生では。
「その、あなたが全体の指揮を取ることに反対したいわけじゃないんだけど、本当にこの戦術で行くの?」
両沢眞子は、狐判稔の戦術にどうしても懐疑的だった。
何せ、狐判稔の戦術とは。
「うん。これが一番勝率あるよ。
攻撃側には、緋音ちゃんと森くん南雲くん。斥候も兼ねてほむらちゃん。
バックアップは、私と雨宮さん。
残り全員で防御を固める。
以上」
攻撃四名。
バックアップ二名。
防御六十名。
実質、戦術桃井緋音なのだから。
「まー確かにこれが一番勝率あるよね」
「嘘でしょほむらあなたこれに納得するの?」
「寧ろこれしかないまであるぞ」
「南雲くんあなた正気?」
「まぁ、おれも同じような作戦立てるだろうな」
「あなたはまともだと思ってたのにっ!」
両沢眞子は裏切られたっ!という顔をしていた。
だがしかし、CDクラスの首脳陣合計九名において、この戦術に懐疑的なのは両沢のみである。
「え、須知もこれで行く気なの?」
「うん。だってこれ以上ないでしょ」
「え、社くん納得してるの?」
「納得はしてねぇけど、森と南雲とほむらが賛成してるならこれが正解なんだろうよ」
「え、後藤は?」
「いやまぁ、うん。正直かなり納得」
「……………桃井は?」
「がんばるっ!」
「えー…………」
「ま、多数決ってことで。
基本戦術はこれで行くよ両沢ちゃん。
じゃあ、一年生の対策してこっか」
「………………本当に勝てるの?」
「負けたら両沢さんの言うこと何でも一つ聞くよ」
「そんな危ないこと言わないでよ」
両沢眞子。非常に常識的である。
「後藤くんか南雲くんならのってたんじゃない?」
「おいほむら。失礼にも程があるだろ」
「そうだぞ。のるわけないだろ」
「じゃあ聞くけどこの条件出してたのが一之瀬ちゃんとかだったら?」
「全力でのるに決まってるだろっ!失礼だなっ!」
「そうだぞ。のらない理由がない」
瞬時に女性陣五名の意見が一致した。
「二人ともさいてー。ハルくんと社くんを少しは見習ったら?」
「クズね。本当にクズ。………私が何度なずなを宥めていると………」
「須知も苦労してるのね。その気持ちよく分かるわ。うちのクラストラブルメイカー多すぎ」
「別にそういう目で見られたいわけじゃないけどこの反応かなり腹立つね」
「恒とか清隆とか神崎を少しは見習ってよ南雲はさぁ」
「………恒と神崎はともかく綾小路は………。
いや、何も言うまい」
知らない方がいい方がいい真実もこの世にあるのだ。
そこで、大きな手拍子の音が数回。
森悠政は議題を元に戻す為に視線を集めて。
「一年生の対策だろう?まずは、潮田からだな」
「でもあれ、対策しようとして出来るものじゃなくないか?」
「それについては私に任せて。渚くんどうにかする為に、最低でもドローン七機は使いたいけど」
「あーなるほど。確かにそれなら対策になるかも」
「潮田対策は狐判に任せるとして、赤羽は」
編成をあっさりと決めた二年生は対策を取っていき。
準備を終わらせて、いざ。
「それでは、模擬戦開始っ!」
号令と共に、模擬戦が開始する。
「よーし、じゃあ行くよー雨宮ちゃん」
二年生チーム斥候、花咲ほむらは。
高い身体能力を応用したフリーランニングで森中を駆け回って。
開始から十二分程で陣地を見つけた。
「おー、結構いるね。雨宮ちゃん。スキャンしてデータ送って」
『了解しました』
スキャンしたデータによると。
一年CDクラス防御側、五十人。
「多いなぁ。てゆーか赤羽くんに龍園くんに榎中くんもいるじゃん。
あ、一之瀬ちゃんも?」
『かなり防御に割いてますね。流石に攻撃部隊を増やすべきでは?』
「いや、四人で行けるね。うん」
『そう、ですか?』
「ドローン後二台こっちに寄越しといて。
四人集まったら、作戦始めるよ」
さて、一年生チームはというと。
一年Dクラス斥候、柴田颯は、二年生チームの陣地を発見して。
心から困惑した。
「えっと、網倉、取り敢えずスキャン」
『うん。スキャン完了したけど、これは………』
「正直スキャン要らないかもって思ったけどさぁ」
『なんていうか。極端だね。いやでもこれ何かの罠か?』
バックアップ要員の一人、網倉麻子は同じクラスのバックアップ要員、小橋夢と目を合わせて。
自分たちでは流石に意図が分からないので、一番賢いバックアップ用員、即ち椎名ひよりに意見を求めることにした。
「これどう思う椎名さん。
流石に何かの罠な気がするんだよね。
防御側から何人か攻撃側に回らせて、こっちの防御を薄くさせるとかじゃない?」
「………いえ、恐らく、彼らは本気で、四人で私達の防御を抜くつもりでしょう」
「………マジで言ってる?流石にこっち舐めすぎじゃない?」
「………もしかしたら、私たちは本当の意味で分かっていないのかもしれません。
この学校でも最強かもしれない。
そう評されることの意味を」
そして、椎名ひよりの言う通り。
一年生達は思い知る。
本気の堀北学と手合わせしたことのある綾小路清隆が、多分白兵戦最強かもしれないと評した事の意味を。
「よーし、集まったねー」
「うし、まずはどでかいの一発ぶち込んで混乱させるとしますか」
「びっくりさせるのはほむらの十八番だよね」
「あんま危ないことするなよ?」
「だいじょーぶ!ちゃーんと安全に配慮してるから!」
集まった四人は、木の上で最終確認をさっさと済ませて。
作戦を開始した。
「いやー、うんうん。ドローンで手榴弾投下!実に悪くない一手だよ。
でーもー、それだと落とせるのは一個だけ。
どうせなら、さ。
纏めて沢山ぶちまけたいよねっ!」
簡易でドローンを操縦できる端末で、三機のドローンを操縦する。
三方向から引っ張って布を伸ばして、その上にはほむらお手製の手榴弾が三十個。
そんなのが直上を旋回したなら、影がかかって防衛側も流石に気付く。
見上げた一之瀬は、広がった布に乗せられているのが山積みされた手榴弾とは理解した。
しかし、首を傾げた。
何故なら。
「…………多分あれだと、ピン抜けないよね?」
そう。ピンが抜けないなら、手榴弾が爆発することもない。
だから、九十九達はロボットアームに拘ったのだ。
ピンを抜きながら投下しなければならないから。
「─────一年生のみんなにはーっ!
手榴弾の雨をプレゼントしまーすっ!」
ドローンを操作して紐を外し、手榴弾を山程投下するが。
爆発しない手榴弾など怖くもないので。
酷く落ち着いていたところ。
「じゃ、次は南雲くんのお仕事だよ」
「はいはい。分かりましたよ」
スナイパーライフルを構えていた南雲雅は。
落ちている手榴弾のうち一つの落下速度を計算し、ライフルの弾速も考慮して、風向きの変化、風力も考慮して。
狙撃する。
このペイント弾は、ただのペイントではない。
手榴弾の外側に塗られている薬品塗料と混ざり合うことで高熱を発し、極小規模の爆発を引き起こす薬品を混ぜ合わせたペイント弾であり。
狙撃が命中した手榴弾は、外部塗装が極小規模の爆発を起こして。
ピンを抜かずに誘爆する。
その結果。
手榴弾は連鎖して爆発していき、最終的に一年生の上空からペイントの雨が降り注ぐ。
「────っっっっっ!退避っ‼︎」
すぐさま反応した一之瀬の指示に従い。
防御陣形も何も気にせず、全員がすぐさまばらけて、出来る限りその場から離れていく。
それでも、降り注ぐペイントの雨はどうしても躱し切れず。
五十人中、十八人が撃破される。
残ったのは三十二。
そして今、防御陣形は崩れ、全員が直前まで退避に集中していたのもあって、射撃はない。
「じゃ、行こっか!」
「うんっ!」
突撃していく桃井緋音の後ろを、三人は遅れてついていく。
遅れたくて遅れているのではなく、全速力の桃井に追いつくことなど、誰も出来ないだけなのだ。
「───っ!桃井先輩っ!」
一之瀬の警告は混乱した戦場にもよく通り。
最警戒対象として共有されていた桃井緋音を、生徒達はすぐさま射撃しようとして。
引き金を引くよりも早く、桃井緋音は懐に飛び込んでいる。
ペイントが塗られた木刀が鈍い光を放ち。
「────おそいよ」
一人を袈裟斬りに。
もう一人の首を切り。
二人纏めて横薙ぎに。
瞬時に四人を連続で。
少々手強い八人を三十二秒で。
桃井緋音は弾幕を躱しながら走り回り斬って周り、そうして十六人。
接敵から僅か五十秒で、残存した生徒のうち半数を
『…………舐めてたの、私たちじゃん』
ドローン越しにその戦場を見ていた網倉麻子は、呆然とした様子で引いていた。
「───むっ」
「一分も経ってないのに暴れ過ぎだよっ!
桃井先輩っ!」
飛び込んで来た火事場の馬鹿力状態の赤羽業の強烈な回し蹴りを木刀の腹で受け止める。
そのまま勢いを殺せずに数メートル後ろに吹き飛ばされて。
吹き飛ばされた先で、龍園翔が勢いよく右手を振りかぶっているのに気付いたので。
吹き飛ばされた勢いも利用して、軽く地面を蹴って飛び上がりながら空中で体勢を整えて。
龍園の火事場の馬鹿力パンチと桃井の飛び蹴りが激突して風圧で砂埃が巻き上がり、お互い完全に静止する。
「───へぇ、体育祭の綱引きで見せたアレだね」
「っ!あぁ、その通りだぜっ!」
それよりも、龍園翔は引いていた。
そりゃ、パンチとキックを比べればキックの方が威力はあるだろうが。
今の龍園翔のパンチは、大体三十六倍な訳で。
それと互角ということは、通常桃井緋音のキックは通常龍園翔のパンチの大体三十六倍なのだ。
「……………あんた、ほんとに人間かよ」
「流石に傷付くよ?」
「この程度で傷付くような人じゃないでしょっ!」
「おっと」
背後から襲い掛かってきた赤羽業の延髄蹴りを柔術で受け流して投げ飛ばす。
空中で体勢を整えて着地する赤羽業は、龍園翔と共に一時たりとも自由にさせまいと襲いかかる。
通常時の二人なら纏めて斬り伏せることも出来たが、今の二人は身体能力三十六倍。
一対一なら問題なく斬り伏せることも出来たが、流石にニ対一では凌ぐので精一杯。
まぁ、それでも問題はない。
何せ。
二年Dクラストップスリーは、五倍程度の差では止まらないのだから。
「ほいっ、ほいっ、あっよいしょっ!」
キレのある鋭い回し蹴りで頭を蹴り抜いて気絶させたり、デリンジャー型のエアガンで額を撃ち抜いたり。
かと思えば大開脚で大きく頭を下げて躱しながらの反撃で、また一人。
花咲ほむらは予想外の動きを織り交ぜながら三人
「これ以上はやらせませんっ!」
「わぁっ、とっ」
距離を取っての射撃戦では分が悪いと判断したのか、一之瀬帆波はナイフを突き込みながら突撃してくる。
ほむらもナイフを構え、一之瀬のそれを防ぎ捌き躱し反撃の一閃。
咄嗟に立ち止まった一之瀬の目の前をナイフが通り抜ける。
「やっぱ帆波ちゃん動けるねぇ」
「まぁ、毎日ジム通ってるのでっ!」
「うんうんっ、継続は力だもんねーっ」
ニコニコ笑いながら、一之瀬とナイフ術の応酬を繰り返していく。
基礎に忠実な一之瀬からしたら、ほむらはやりにくいことこの上ない相手だった。
関節の柔軟性を活かした高速で読みづらい攻撃に加えて、ナイフが二本になったかと思えば三本、四本、五本と増えていく。
一体どこにしまっていたのかと聞きたい。
というかそんなに沢山ナイフあっても普通は使わないだろうとツッコミたい。
しかしほむらは普通とは程遠いので。
ほむらが投げナイフとして飛ばしてきた一本を、咄嗟にナイフで叩き落とす。
ナイフが地面に落ちる寸前に飛び込んで、足の甲で柄頭を蹴り上げて再び飛ばしてくる。
仰け反りながら躱したことで、胴体がガラ空きになってしまったので。
ほむらはコンパクトに膝をたたみながらのミドルキックでガラ空きの胴をぶち抜いていく。
「────っぐ!女の子蹴るなんて酷いですよっ!」
「わたし女だし」
「なら私も蹴り飛ばしますねっ!」
「お、いいねぇっ!」
二人の女子は。
回し蹴りでぶつかり合ってより白熱していく。
だからこそ、一之瀬帆波は気付かなかった。
南雲雅と森悠政が、更に荒らしていることに。
「ほむら三人落としたみたいだな」
「うし、ならオレらは一人五人落とせば終わりだな」
「足引っ張んなよ?」
「そっちこそ」
一瞬だけ背中合わせになって、至極単純な目標を共有した二人は。
初日とは比べ物にならない程に洗練された連係で攻め始めた。
「森っ!」
「はいはい」
名前を呼んだだけの南雲の意図を察し、サブアームとして持ってきていたハンドガンを投げ渡す。
受け取った南雲雅は二丁拳銃で走り回りながら乱射する。
二人撃破したところで、弾切れでスライドストップ。
マガジンをリリースして。
「森っ!」
「はいはい」
アサルトライフルで牽制しながら、予備の弾倉を指で挟んで二つ。
一瞬だけ視線を合わせて投げ飛ばす。
社から教わったダンスの動きを取り入れて、腕を大きく振り回しながら空中で弾倉を叩き込む。
バク宙しながら弾幕を躱して、空中で超体育着改のサスペンダーに引っ掛けて、リロード完了。
再び乱射を始めようとした、その瞬間。
飛び込んで来た神崎の飛び膝蹴りを躱して、お互いに銃を突きつけあった。
「よくもめちゃくちゃにしてくれましたね南雲先輩」
「生憎男をめちゃくちゃにする趣味はない」
「先輩の女たらしっぷり、本当に最低ですっ」
超至近距離で肉弾戦を交わしながら銃撃戦を開始する。
神崎は銃を持つ手の甲で右手の銃を払って反対の手に持つ銃で額を狙い。
それに対応した南雲も額を狙い。
両者は同時に、首を傾けて躱した。
もしこれが実弾であったなら、頬に赤い筋が走っていたことだろう。
立ち位置を何度も入れ替わりながら、両者は狙って狙われて払って払われて蹴られて蹴り返してを高速で繰り返していく。
どちらの動きにもある共通点があった。
それは、綾小路清隆の戦い方と類似しているということだ。
彼らは綾小路清隆から盗めるものを盗み続けている。
だからこそ、お互いの手の内は読めるので。
南雲の方が神崎よりも数段上でこそあるが、膠着状態が維持されていた。
「全員で囲んでっ!情報増やして、弾幕切らさずっ!」
姫野ユキは、盾を構えながらもらしくなく声を張り上げ指示を飛ばす。
最初の雨で十八人。
桃井緋音に一分で十六人。
花咲ほむらに三人。
南雲雅に二人。
五十人いたはずの防衛側は、十一人しか残っておらず。
三人は桃井緋音につき。
一人は花咲ほむらに。
一人は南雲雅に。
つまり。
「六人で確実に、削り殺すっ」
囲んで角度をつけた十字砲火。
弾切れの隙が僅かにでも出ないように残弾管理は徹底する。
一人がリロードしている間は、他の五人で必ず反撃の芽を潰し続けて、弾幕は一秒たりとも切らさない。
「………盾に隠れてるのが指揮官か。厄介だな。
うん。撤退しよう」
片手で射撃しながら懐から手榴弾を取り出して、歯でピンを外して上空に放り投げる。
炸裂して辺りにペイントが飛び散れば、盾に隠れている姫野ユキ以外がやられるので。
「───脱落した奴ら盾にしてっ!」
咄嗟に姫野ユキはそう指示する。
生き残った五人は、桃井緋音に思い切りやられて気絶して寝っ転がっている奴らが丁度いたので。
心から申し訳ないと思いつつ、その身体を盾にして、弾幕を貼り続けた。
姫野ユキ。赤羽業の影響で順調に人の心を無くしている。
しかし、これなら反撃は出来ない。
だが、森悠政は僅かに弾幕が薄れた隙をついて、背後の森に撤退した。
「っ⁉︎撤退っ⁉︎なんでっ⁉︎…………雪村っ!防御側から来てるやついる⁉︎」
『ううん。離れた人は一人もいない。寧ろ離れてくれた方がありがたかったけど』
「こっちギリギリなんですけどっ。
この状況で援軍とか勘弁してほしかったから助かったけどっ。
てゆーか潮田は何してるのっ!
赤羽たちで桃井先輩抑えてる間に潮田が防御側引っ掻き回す作戦でしょ⁉︎」
『稔先輩と須知先輩が性格悪かった。ごめんね、ユキちゃん』
一年生攻撃側の指揮官雪村あかりは。
目の前の防御陣形の徹底振りに、もはや呆れ果てていた。
フラッグを中心に、円を描いた二列の防御陣形を組み。
最前列の生徒たち二十四名は、正面に盾を構えて。
後ろの生徒たち二十四名は、斜め上空に盾を構えている。
そして、残った十二名は、盾の隙間から一時から十二時の方角に銃口を向けている。
六十人という大人数だからこそ出来る、完全防御陣形。
上から手榴弾を投げ込もうとしても斜め前に構えられた盾に塞がれて、ペイントは殆ど当たらない。
防御側にトンボ返りしたいところだが、それをしたら六十人が背後から襲いかかってくるのは分かりきっているので、それも出来ない。
その上で。
「…………流石にしつこいですよ。稔先輩」
『ごめんね渚くん。でも、私絶対離れないよ?』
狐判稔の操作する七機のドローンが、単独行動中の潮田渚を監視し続けていた。
『どれだけ意識を外させるのが上手くても、これなら話は別だよ。
今、渚くんは常に追跡し続ける七機の監視カメラに囲われている状態。
こんな状態で暗殺するなんて無理だよ』
「…………えい」
ハンドガンで一機狙ってみるが躱される。
その隙に生まれた一機分のわずかな死角に潜り込もうとしても、すぐさまその死角を埋めるように、残り六機が動き、そこで止まった隙に再び七機での監視体制を立て直すので、監視から抜け出すことが出来ない。
『居場所が丸分かりの暗殺者は無力。
そして何より、君は今、私が見えない。
つまり、
「…………他の人たちのバックアップは?」
『あの陣形にバックアップなんて要ると思うの?』
「要らないでしょうね」
防御にほぼ全戦力を注ぎ込んで。
バックアップはほぼ完全に捨てて潮田渚の監視に集中。
その間に、桃井緋音とDクラストップスリーで、相手の防御を崩す。
二年CDクラスの作戦は、それが全て。
どこまでも複雑な要素を排除した、ごくごく単純な作戦だからこそ。
穴が殆どない。
(………僕一人にドローン七機も使う状況は、本来だったら圧倒的に有利。
でも、桃井先輩の存在がそれを完全に打ち消してる)
一年CDクラスは、二年生は防御を捨てると考えていた。
十四人もの差があるから、桃井緋音と三十名近くは攻撃に回して、防御はギリギリまで切り詰めると。
だって、それ以外に勝ち筋はないと考えていたから。
一年生達は、桃井緋音をあくまで常識の範囲内の存在だと認識していた。それは正しい。
一人で五十人の防御を抜ける筈はないと思っていた。それも正しい。
常識の範囲内で最高峰の存在だから。
余りにも強烈な存在だったから。
桃井緋音意外に、意識をあまり向けられなかったから。
Dクラストップスリーの警戒度を読み違えた。
彼ら三人は、確かに防御を抜くことは出来なくて。
それでも乱すぐらいなら容易かった。
五十人中二十人近くを削ることなど容易かった。
それでも三十人も居るから、普通だったら崩せない。普通だったら、そこから三十人対三十人の正面衝突になる筈だった。
だが、桃井緋音は、三十人程度なら容易に防御を抜くことが出来た。
つまり、この四人ならこの程度の防御を崩すことが出来た。
だから、残りの全戦力を防御に注ぎ込むことが出来た。
バックアップを完全に捨てることが出来た。
「…………カルマ、なんとか桃井先輩たち倒してこっちに来て」
攻撃側は完全に無傷。
バックアップ三人を抜いた二十七名はこちらにいる。
防御側も三十九名削られたが、攻撃側四人を全滅させて合流して、三十八人ならば。
なんとか、あの完全防御陣形を攻略できる。
だからこそ、これ以上脱落者を増やしたくはない。
盾を構えながら、姫野ユキ達は銃口を森に向け続けている。
僅かにでも顔を出したなら、すぐさま撃破できるように。
「…………そっか、成程。
撤退はフェイク。狙いは、私たちに桃井先輩達の誰か一人の援護に向かわせること。
その隙をついて、背後から強襲して崩すつもりなわけね。
じゃあ、やるべきことは、アンタを狙い続けること。
一之瀬と神崎は、多分一対一じゃ勝てないとしても。
桃井先輩は三対一。
おまけに三人は身体能力三十六倍。
どこかで、必ず限界が来る………!」
龍園翔と赤羽業の連係を凌ぎ続ける桃井緋音の背後から。
漸くリミッターを外せた榎中准が強襲する。
「───らぁっ!」
「───三人目か」
火事場の馬鹿力で三十六倍になった全力のラリアットを。
後ろに飛び退きながら受け流して三人から距離を取り。
静かに木刀を構えて、待ちの姿勢。
「わり、やっと外せた」
「おせーよ」
「悪りぃって言ってんだろ」
「オーケーオーケー十分十分」
三人は身構えて、待ちの姿勢の桃井緋音を見据える。
恐らく、綾小路との四日目の模擬戦のように。
無意識の反射で迎撃出来るように。
桃井緋音は
音が澄む。視界が開ける。感覚が研ぎ澄まされる。
殺気に無意識で反応できるように。
「反応できても関係ない。質と量で押し潰す」
「三十六倍で三対一。流石にこれなら潰せるでしょ」
「それでも警戒は怠んなよ。桃井潰せたらそれぞればらけて三人潰して、そのまま全員で攻撃側に合流する。
三十六倍三人追加できんなら、完全防御もぶち抜ける」
榎中准がリミッターを外せたことで、漸く逆転の芽が見えてきた。
「三方向から同時に攻撃で確実に崩す。行くぞ」
三人は落雷のような踏み込みの音と同時に、待ちの姿勢の桃井緋音を三方向から襲いかかって。
赤羽業の拳は片手で。
龍園翔の蹴りは木刀の柄頭で。
榎中准の蹴りは片脚で。
三人の思考が停止する。
受け流すならわかる。
躱すのならわかる。
だが、桃井緋音は受け止めた。
「───清隆は言ってたんだよね。
勝利を目標にするんじゃなくて、勝利の先で得られるものを目標にすることで、強くなれるって」
桃井緋音は考えていた。
「───清隆にとってのそれは、絶品デザート。
なら、わたしの目標は何か考えた。
わたしが心から欲しいもの。
わたしが心から望むもの。
それは身近にあった」
桃井緋音はそれに気付いた。
「壊すことしか考えられなかった。
壊すことだけが全てだった。
いつの間にか、それ以外があったことに気付いた」
桃井緋音はそれを定めた。
「わたしにとっての何よりのご褒美は。
わたしが心から欲するものは。
わたしの歪んでイカレきった本性を、それでも受け入れてくれたクラスのみんなと、笑い合うこと。
この模擬戦で勝てたら、わたしはみんなと祝勝パーティーする。みんなでお菓子でも食べながら、楽しく笑う。
稔と萌香とみんなで。
わたしはそれが欲しい」
今、桃井緋音の中で、勝利は目的に切り替わった。
だからこそ、こじ開けることが出来た。
「────それだけを考えていたから。
いつの間にか
彼らが薬の助けを借りて壊している
桃井緋音はクラスのみんなと祝勝会したい。
ただそれだけで、完全にぶち壊せるようになった。
即ち、身体能力三十六倍。
「─────じゃあ、勝ちに行くよ」
「離れろっ‼︎」
三人は全力で大きく後ろに飛び退いた。
澄んだ思考で、桃井緋音はまず一人を狙う。
「一番弱いやつから落とす。だよね、稔」
全力で踏み込む。
地面が僅かにひび割れて、その戦場にいる全員は、僅かな揺れを感じ取った。
砲弾のような勢いで榎中を狙う。
大上段からの振り下ろし。
身を翻してなんとか躱したが、目を見開いた。
木刀は地面に埋まって、小規模なクレーターを作っていたから。
「──いや、あんた世界観おかし──」
「隙あり」
思わず突っ込んでしまったその隙をついて、掌底が腹部に直撃する。
スーパーボールよろしく地面を跳ねながら吹き飛んで、背中から木に激突して気絶した。
(───やばい、龍園をフォロー───)
弱い奴から狙っていることをすぐさま理解した赤羽業は、龍園翔をフォローしようと、僅かに意識を桃井緋音からずらして。
その隙とも言えない隙に、桃井緋音は懐に飛び込んでいた。
「──まじ?」
「隙があったらすかさず攻める。だよね、萌香」
逆袈裟一閃。
赤羽業は数メートル上空に打ち上げられて、空中で意識を失って墜落した。
「っらぁっ!」
「良い度胸だね龍園。じゃあ、行くよ」
正面から向かってきた龍園翔と打ち合いを開始して。
体育祭の棒倒しで、綾小路清隆に脳を五回近く揺らされても倒れなかった龍園翔は。
打ち合いから数秒で、桃井緋音に的確に顎を七回切り上げられて、完全に意識を失った。
「どうせ勝つなら、ね」
「えっ、ちょっ、来んなっ」
「おれの仕事取られた」
周りの人間が僅かに揺れを感じるほどの踏み込みで姫野ユキ達に突っ込んだ桃井緋音は。
まずは五人を一振りで纏めて吹き飛ばして。
突きで姫野ユキの盾を貫いて、取り上げさせて、デコピンで脳を揺らして気絶させた。
「貰うよ。ほむら」
「あはいあげます」
「待って花咲先輩助け──」
横薙ぎ一閃。
デカい胸がクッションになってくれたので、一之瀬帆波は衝撃で気絶しただけでそこまでダメージはなかった。
「最後は君だよ。神崎」
「あ、俺死ぬんですね」
「待ってくれ桃井神崎死んじゃ──」
流石に同じ卓の後輩を過度に痛めつける趣味はないので、出来る限り優しく撫で斬りにした。
結構衝撃は来たが意識は保てたので、神崎も南雲も安心した。
そこで、木刀が砕け散った。
「………あー、結構気に入ってたのになぁ」
「あの、木刀って、普通折れませんかね」
「砕け散ることあるんですね。粉みたいになってます」
「あれ多分握力で内部やられてただろ」
「赤羽たち生きてる?大丈夫?」
森悠政は生徒会の後輩達と龍園翔の容態を確認して。
骨とか折れてないので安心した。
「フラッグわたしがとって良い?」
「どうぞどうぞ」
「どうぞどうぞ」
「どうぞどうぞ」
Dクラストップスリーは怖いので拒否とか出来なかった。
二本のフラッグを取って、ドローンに見えるように旗を掲げた桃井緋音は。
どこまでも純粋で、底抜けに明るい笑顔で、フラッグを振っていた。
「──みんなー!わたし頑張ったよーっ‼︎」
勝者、二年CDクラス。
「やっぱ緋音意味分からん怖」
「よくあれに五回勝てたわね清隆くん」
「五回も清隆が勝っちゃったからじゃない?」
観戦してた一年Bクラスの三人は普通に引いていた。
「───久しぶりに話せるな。三人とも」
「お疲れ様です。烏間先生」
「お疲れ様です」
「お疲れ様でーす」
なんだかんだ烏間先生は結構忙しかったので、漸く教え子達と普通に会話できた。
烏間惟臣は桃井緋音を見ながら。
「是非とも防衛省に欲しい人材だな」
「今の防衛省大分戦力過多じゃありません?」
綾小路清隆は呆れていた。
ただでさえ刃眞一と月城常成もいるというのに。
「堀北くんもスカウトしたんだが断られた。
総理大臣になるつもりらしいぞ?」
「まぁ、兄さんなら出来るでしょう」
「動機中々にシスコンだよね」
なんというか、堀北鈴音がブラコン拗らせているのでは?と思っていたが、堀北学も思ったよりシスコン拗らせているようだ。
「しかし、本当に凄いな堀北くんは。
俺と勝率五割はある」
「…………それマジで言ってます?」
「…………成長してるのね、兄さんも」
「…………四割であれでしょ?」
え、あれより強いのか?
「公平性を欠くが、俺としては、君たちに勝って欲しいな」
「………えぇ。勿論。勝つのはオレたちです」
烏間惟臣と綾小路清隆たちは。
嘗ての恩師とその教え子たちは。
お互いに、一年前のように笑い合っていた。
「………そう言えば、その、二股しているそうだが」
「あ、最近カルマもそうなりましたよ?」
「………お前のせいだぞ、イリーナ」