殺せんせーの教え子たち   作:宇津木 沙坂

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 何とか3日で間に合った。


Dクラスと秘密の名前(コードネーム)

 

 放課後、良くも悪くもDクラス内の中心と言って良い場所に位置する鈴音に、クラスでも目立たない方の佐倉が話しかけて行く、珍しい光景があった。

 

「あ、あの、堀北さん!」

「……あら、どうかしたのかしら、佐倉さん」

「…………す、少し、身の回りのことで、相談、があって……」

「分かったわ。二人きりになれる場所で話しましょう」

「は、はい…………!」

 

 そして二人は、二人きりになれる校舎裏のベンチに向かっていった。

 そんな様子を見ていた俺と桔梗は、須藤たちの勉強を見ながら、予想していた。

 

「多分、ストーカーとかその辺りだと思う」

「そうか?もっと普通の、身近な悩みの可能性もあると思うが」

「そうだぜ櫛田ちゃん。佐倉は地味だし、ストーカーとかには狙われないだろ?」

 

 山内のそんな言葉に分かってないな、とでも言いたげなため息を溢す桔梗。

 

「良い、山内くん。ああいう地味目で、だけどよく見ると可愛い子にストーカーってのは寄りつくの。そういう子は助けを求めたり通報したりできないからね」

 

 まぁ確かに、E組女子は大体全員、ストーカー被害にあったらすぐに通報できそうだが、奥田にそういうのは難しそうだな。多分本人がストーカーに一切気付かないし、いつの間にか誰か(カルマ)にストーカーが始末されてそうだが。

 

「ふーんそういうものなのか。…………待ってこれチャンスじゃね⁉︎」

「どうした急に」

「何がチャンスなんだよ」

「良いかよく聞け、健、寛治、佐倉がストーカー被害にあってるなら、当然それ対策で男子に手を借りるだろ?そこで俺らが名乗りをあげれば、女子達からの評価は上がるし、佐倉から好かれる可能性も出てくるわけだ。どうだこの完璧な理論!───てな訳で櫛田様!男子の手が必要になりましたならば私共に申し付けください!」

「山内くんには頼まないかな」

「しょんな⁉︎⁉︎」

「当たり前だろ。ストーカー対策にストーカー予備軍使ってどうすんだよ」

「………えっ、健の言うストーカー予備軍ってもしかして俺⁉︎」

「うん。まぁ、さっきの春樹は殆どストーカーみたいな思考だったな」

「おい寛治!いくら何でもそれは酷くね⁉︎」

「いやただの事実だろう」

「泣くぞ綾小路。良いのか、いい年した高校生がこの場で泣き喚くぞ良いのか⁉︎」

「「「どうぞどうぞ」」」

 

 三人(俺、須藤、池)の意見が完全に一致したな。

 山内は泣き喚く事はなかったが、机の上に突っ伏した。

 まぁ、残念でもなく当然だな。

 

 少しして、鈴音と佐倉が戻ってきた。

 そのまま鈴音は佐倉を連れて、俺に話しかけてきた。

 須藤と池は知ってた、とでも言いたげな顔だった。対して山内は世界に絶望していた。

 「鈴音と桔梗に飽き足らず佐倉までも毒牙にかける気か………!」って言いそう。というか言ってた。内心が漏れてる。

 

「清隆くん、少し良いかしら」

「全然良いぞ」

「佐倉さんが、買いに行きたいものがあるらしいの。その手伝いとして、男手が必要みたいだから、貴方の手を借りたいのだけれど」

「分かった」

「あ、ありがとうございます!綾小路くん!」

 

 明日から少し忙しくなるな、と思ってたら、桔梗が話しかけてきた。

 

「あーちょっと良い?」

「?桔梗さん、何かしら?」

「うん。そこで男子の手を借りるのは全然良いんだけど、それが清隆だとちょっと不味くない?ほら、良くも悪くも私たちのせいで有名になっちゃった訳だし、それを知ってる他の男子に見つかったら、変な噂か立つかもしれないし、その、ね」

 

 ………つまり桔梗が言いたいのは、もしストーカー(仮)が俺の噂、つまり二人の美少女を侍らせている女たらし、(認めたくないが客観的に見た事実)を知ってたとしたら、変な勘違い(女たらしに誑かされている)を発揮して、暴力的な手段を取ってくるかもしれない、ということか。

 確かに、その可能性はあるな。

 

「………確かにそうね。なら──」

「俺に任せて頂けませんか堀北様!」

「却下よ」

「しょんな⁉︎⁉︎」

 

 ………哀れ山内。

 まぁ、自業自得だな。

 同じような理由で平田もダメだな。目立ち過ぎるし、彼女持ちだし。となると。

 

「幸村くんね」

「幸村くんだね」

「幸村だな」

 

 満場一致。

 一応試しに池と須藤にも聞いてみた。

 

「三宅か幸村じゃね?」

「俺としては幸村第一、三宅第二かなぁ」

「お前らさぁ、友達だろ⁉︎俺を推薦しろよ!」

「春樹推薦するなら自薦するわ」

「まぁ寛治ならともかく俺だとなぁ。側から見たら不良に絡まれてる女子だぜ?変な勘違いやろーほどめんどくさくなるんじゃねぇの?佐倉も俺と二人は怖いだろ」

 

 ………本当に、感動する。

 鈴音と桔梗も同じことを考えていたらしい。三人で天を仰いでいた。

 須藤、そんなに立派になって………。

 

「何で泣いてんだよお前らは」

「流石に泣く要素なくね?」

 

 佐倉は、俺たち三人を宥めようと思ったのか、それとも須藤に別に二人きりでも怖くないよ、というフォローを頑張って入れようとして、やり方が全く分からずにオロオロしている。

 

「………え、っと、えっと、えっと、その、あの、なんていうか、えっと」

「皆まで言わなくとも分かる。落ち着け佐倉」

「あっ…………幸村、くん………」

「話は聞こえていた。そういうことなら俺が付き合おう」

「幸村っち一人だけだと変な勘違い(恋愛関係)されそうだし、私も行くよ。女子二人男子一人なら、変な勘違いも噂にもならないでしょ?」

「あー佐倉さん。今更なんだけど、その買い物っていつの予定なの?」

 

 桔梗は長谷部の提案を聞いて、なら俺と桔梗で行くのも全然ありだということに気付いたのか、取り敢えず佐倉の予定を聞いた。

 

「……あっ、その、えっと、…………今週の、土曜日、です」

「………そもそもその日だと俺と桔梗は無理だな」

「だねー。満点のご褒美(デート)だし」

「………ごはぁぁぁ」

「うわー、春樹また死んだ」

「あーー。脳が破壊されたな」

「勉強の成果が出ているな、須藤」

「………この知識、こんなすぐにまた使うとは思わなかったわ」

 

 取り敢えず、佐倉の買い物には長谷部と幸村が付き合うことになった。

 

「……佐倉さん。ことがことだし、一応生徒会としても動くわね。さわりだけでも、生徒会で共有しておくけれど、構わないかしら?」

「あっ、はい。全然、大丈夫、です」

「安心して。生徒会でも限定的に収めるから」

「はい。助かり、ます」

 

 結果として、当日は2年生の先輩が二人、付き添うらしい。

 何でもテーブルゲーム部の部員だとか。そんな部活あったのか。

 だが、二年の先輩はどっちも女子らしいので、まぁ、その、幸村は大変肩身が狭いだろうな。

 女子四男子一は流石にキツいだろ。男子が渚だったら話は変わりそうだが。実質女子五じゃないか?『性別』だし。

 

「でもなんていうか、ある意味見る目あるのかな、その推定ストーカー。佐倉さんの可愛さに気づくなんて」

 

 二人きりで帰りながら、桔梗はそう話しかけてきた。

 確かに。いつも俯きがちで眼鏡もかけてるから分からないが、顔立ち的には桔梗(可愛い)寄りの美少女だしな。それに気付くなんて、なかなか見る目があると言わざるを得ない。

 …………ストーカー行為を働いているのは論外だが。

 それよりも。

 

「俺としては、佐倉が鈴音を頼るなんて予想外だったんだがな。人に相談できるタイプではないように思っていたんだが」

「………あーーーー、うん。何というか、それは、まぁ、その、ちょっと距離感が縮まるようなイベント(5月1日の全体会議)があったというか、何というか」

「………あぁ、そういえば佐倉の質問でやけに盛り上がってたな。それでか」

「……まぁ、うん。私は又聞きなんだけどね、その辺り。ちょうど、その、気絶してたから」

 

 そういえばあの日、桔梗は何故か気絶したんだよな。

 あっさり戻ってきたし、体調が悪い感じでもなかったから、あまり詳しくは聞かなかったが、今思い返してみると、変だったな。

 

「質問なんだが」

「……ぶっちゃけ嫌な予感するけど、なに?」

「何故桔梗は気絶したんだ?自分で理由が分かっているような言い方だったが」

「…………ほんとに、こいつは」

 

 薄らと頬を赤らめながら、ジト目で俺を睨んできた。夕陽だけというには、鮮やかな赤だな。

 何かに、照れている、のか?

 

「………はぁーーー。惚れた弱みってやつかなぁ。………………こういうところ可愛いって思っちゃうの」

 

 すごい小さい言葉で、殆ど口内で噛み潰すように話していたので、正直何と言ったのかはわからなかった。

 とか思ってたら、桔梗がネクタイを引っ張ってきた。

 

「うぉっと、………っ!!!」

 

 めちゃくちゃ近くに桔梗の顔がある。

 ………ダメだ。可愛いしか脳裏に浮かんでこない。

 

「………ナイショ、だよ」

 

 囁くように、上目遣いでそんなことを聞かされたので、胸からとんでもないテンポのリズムが響いてきた。

 ………もしや桔梗は、これが原因で気絶したのか?

 パッ、とネクタイを離し、何事もなかったように桔梗は帰り出した。

 慌てて追いかけると、耳が赤いことに気付く。

 ……たぶん、俺の耳も同じぐらい赤い。

 

「あっ、そうそう。今日の晩ご飯はオムライスだからね!」

「あ、あぁ、楽しみにしている」

 

 奇数日は鈴音、偶数日は桔梗が俺の晩御飯を作っている。

 鈴音は和食中心、桔梗は洋食中心。

 それぞれの家庭の特色が伺える。俺の胃袋はもうガッツリ掴まれそうだ。それが狙いなのだろうということは分かっているが、どうしようもないな。

 

 

 俺の部屋は、基本的に殺風景だ。

 ミニマリストというわけではないが、まぁ環境が環境だったからな。必要でないものをわざわざ買いに行くこともない。

 だが今となっては、ちょっと可愛らしい雰囲気の本棚や、おしゃれな木目調の机、………椅子が三つ。お揃いのマグカップが2セット。お揃いの食器が2セット。…………歯ブラシは三本。………メイク道具すらもある。

 多分、泊まろうと思ったら鈴音も桔梗も泊まれてしまう。

 ……………流石に、泊まろうとしても返してはいる。泊まられたら、絶対に終わってしまうからな。

 

「ただいま〜〜っと」

「ここは俺の部屋なんだが?」

「もう殆ど私たち三人の部屋みたいなもんでしょ」

 

 あまり否定はできんが、認めるわけにはいかんだろう。

 

「じゃあ、さっさとご飯作っちゃうね」

 

 壁に付けたフックにかかっている、健康的で活発な印象を与える黄色のエプロンを身につけ、桔梗は冷蔵庫を開けて、にんじん、玉ねぎ、グリーンピース、挽肉、卵にケチャップを取り出し、玉ねぎはみじん切りに、にんじんは細かく賽の目切りする。

 その後、炊飯器に残っているお米と、グリーンピース、さっき切ったにんじん、玉ねぎをまとめて炒め、ケチャップ、コンソメの素を足して味付けしていく。

 慣れを感じる手際の良さだ。 

 

「なんか手伝うぞ」

「ん〜〜〜じゃあ卵割っといて」

「あぁ、任せろ」

 

 卵を二つ受け取って、ボウルと箸を用意する。

 E組での調理実習の記憶が蘇る。調理実習の時、初めて卵を割って、力加減をミスって盛大に粉々にした。

 同じグループの倉橋と矢田、三村に慰められるなか、俺が言った『殻が弱過ぎる。中の命を守りたいなら鉛ぐらいには硬くなれ』という文句に、倉橋は笑いながら、『それだと赤ちゃん殻破れないよ〜』と答えてきた。

 とても、勉強になった。

 今では粉々にすることなんてない。完璧な力加減でかけら一つ落とさずにボウルへ開ける。

 混ぜ方は原に教わった。

 ボウルそのものを少し傾けて、柔らかく、空気を取り入れながら掻き混ぜる。こうすることで溶き卵は泡立ち、ふわふわのオムレツができるのだとか。

 

「清隆〜〜卵どんな感じ〜〜」

「フワッフワだぞ。いつでも行ける」

「おー流石ー」

 

 ボウルごと渡すと、ぱぱっと作ったチキンライスは一旦ボウルに戻し、フライパンの汚れをキッチンペーパーと菜箸でさっと拭きとり、バターを一欠片落としてから、溶き卵を半分入れる。

 弱火にして、丁寧に掻き混ぜながら卵に熱を通し、ある程度固まってきたら、これまた手際良く丸めて、お店で出てくるような綺麗なオムレツを作る。

 そして、チキンライスを丁寧に盛り付け、その上にオムレツを乗せる。

 完成だ。

 

「お待たせ〜〜『櫛田家特製ふわふわオムライス』、だよっ」

 

 ナイフとスプーンを添えて、綺麗な黄色のオムレツに、鮮やかな赤いチキンライスがのぞいている。

 冷めないうちに食べなければ。桔梗と農家と畜産者に申し訳が立たない。あぁ、哀れな野菜よ。肉よ。いずれ雛となるはずの卵よ。俺の血肉となるのだ。

 そんなことを考えながら早速いただこうとすると、桔梗が制止してきた。

 

「待ちなさい清隆。これにはまだ仕上げが残ってるのよ」

 

 そして、桔梗は柔らかくナイフの刃先をオムレツに刻んだ。静かに刃を手前に引くと、一切の抵抗を感じずにオムレツが切れていく。

 閉じた外側の卵だけが開き、中から半熟トロトロの卵が現れて、チキンライスを完璧に覆い隠した。

 先程までのは、チキンライスオムレツ乗せでしかなかったというのか⁉︎

 これが、本物のオムライスだと………!?

 

「さぁ、やってみて?」

「あぁ」

 

 ゴクリ、と生唾を飲み込みながら、刃先をそっとオムレツに沈め、殆ど力を込めずに引く。

 …………完璧だ。これが、オムライス………!

 

「そして、最後にケチャップで絵を描く。ここまでやって、完璧なオムライスだよ」

 

 桔梗は簡単なハートマークを作ってみせた。

 なるほど。ここまでがオムライスなのか。げに恐ろしきはオムライス。ただチキンライスに薄焼き卵を乗せるだけの料理ではないということか。

 ………何を描こうか。

 そんなことを考えながらケチャップを受け取った時に、あの絵描き歌が俺の脳裏によぎった。それに従うとしよう。

 

『地球が一つありまして』

 

 まずは、綺麗な円を描く。

 

『お豆を東京に置いたとさ』

 

 そして、円を地球に見立て、東京に位置する場所に、点を打つ。

 

『お豆を中国四川省に置いたとさ』

 

 今度は、中国四川省に位置する場所に点を打ち。

 

『ドバイからハワイまで飛行機雲を描きながら飛びまして』

 

 ドバイからハワイを、飛行機雲を描くように往復する。

 

『ドバイハワイ間隔を経度20度毎に飛びまして』

 

 最後に、経度20度毎に縦線を引いていけば。

 

『あっという間に、殺せんせ〜〜』

 

 殺せんせー絵描き歌。完了だ。

 

「その絵描き歌実際に使うの清隆ぐらいじゃない?」

 

 オムライスの上にケチャップで描かれた殺せんせーを見ながら、桔梗は呆れた目で俺を見ていた。

 まぁ、全員からできるかってツッコミが入ってたしな。

 

「「いただきます」」

 

 スプーンをオムライスに差し込むと、沈むように入り込んでいく。殺せんせーの五分の一ほどを抉りながら、スプーンの上にオムライスを掬いだす。『にゃやっ!』という悲鳴が聞こえたような気がするが気にしない。

 オムライスを口の中に運ぶと、包んでいた卵が解け、チキンライスと混ざり合っていくのが分かる。

 卵の甘さ、ケチャップの酸味、グリーンピースのほのかな苦味、肉の香ばしさ、にんじんの甘み、玉ねぎの甘み。ありとあらゆる味が混ざり合って、完璧な調和(ハーモニー)を奏でている。

 これが、オムライス。

 これこそが、オムライス(オーケストラ)

 もはや冷凍食品でも外食でも、オムライスを作ることも頼むこともできまい。桔梗のオムライスに比べれば、他のオムライスなど全てただのチキンライス薄焼き卵乗せでしかない。

 至福とは、このことか───。

 

 そんなことを考えながら、目を輝かせ、オムライスを美味しそうに食べ進める清隆を、桔梗は愛おしげに見つめていた。

 

「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」

 

 二人同時にオムライスを完食した。

 あっという間だったな。いつの間にか消えていた。

 さて。いつも通りに。

 

「洗い物は俺がやっておこう」

「オッケー。あ、洗面台借りるよー」

 

 俺が洗い物を済ませている間、桔梗は手早く歯を磨いた。

 五分ほどでフライパンも含めて洗い終わると、桔梗が洗面台から戻ってくる。

 入れ違いで洗面台を使い、俺も歯を磨く。いつも通りならこの後、一緒にドラマや映画を観る時間だ。

 ちなみに鈴音だと、一緒に読書する時間になる。

 歯を磨き終わって洗面台から戻ると。桔梗は、()()()()()に、仰向けで寝っ転がっていた。

 

「⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎桔梗⁉︎⁉︎⁉︎それは、色々、ダメだろう⁉︎⁉︎‼︎‼︎」

「うるさーーい。疲れたから甘やかせー」

 

 スカートが捲れそうになっている!スカートが捲れそうになっている!下着が、下着が見えてしまう!太ももが、白い!眩しい!目に毒だ!

 咄嗟に視線を上に向ける。蛍光灯を睨むこと数秒。

 

「おーい聞こえてんのかこらー。わーたーしーをー、あーまーやーかーせー」

 

 桔梗のそんな力の抜け切った声が聞こえた。

 ………なるほど。今日は()()()か。

 殺せんせー並びにビッチ先生の指導の元、桔梗は一定のラインを越えそうになったら、信頼できる誰かに、自分の感じたストレスの全てをぶちまける日を作ることにした。

 桔梗がストレスをぶち撒けるのは、基本的に俺か鈴音だ。

 そういう日なら、仕方ないか。

 可能な限り、視界から太ももとスカートを外しながら、ベッドに腰掛ける。軋むベッドのスプリングが、二人分の体重が掛かっていることを教えてくる。

 頭を撫でながら、桔梗を褒めることにした。

 

「今日もよく頑張ったな。桔梗、偉いぞ」

「………うん。わたし、がんばった」

「あぁ、偉いぞ。凄いことなんだぞ、みんなに好かれるなんて」

「うん。うん」

 

 急に起き上がった桔梗は、四つん這いで体の向きを変え、俺の膝に顔面から突っ伏した。

 膝枕というやつか。だが、性別逆じゃないか?後、顔の向き逆じゃないか?うつ伏せではなく仰向けではないか?

 

「あーーー!男子ども胸見過ぎなんだよーーー‼︎目合うの清隆と平田と幸村だけじゃん!山内なんか見過ぎ!キモい!あんだけ言ったのに!池と須藤は少しマシになったのに!」

 

 俺の太ももに桔梗の叫びが吸い込まれる。

 ………そうか。ストレス溜まってたんだな。まぁ、一ヶ月以上は、溜め込んでたんだろうな。

 そのまま桔梗はクラスメイトの愚痴をあらかた吐き終わって、スッキリしたのか仰向けになった。………膝枕は継続中だ。

 

「ふふふっ。清隆の太もも硬すぎ。筋肉やばっ」

「………まぁ、英才教育の賜物だな」

「………あれ、英才教育とかそういうんじゃないと思うけど?」

「……ま、殆ど実験だからな」

 

 桔梗は、少し悲しげな顔をした後、柔らかい微笑みを浮かべた。

 

「よいしょっと」

 

 起き上がった桔梗は、ベッドな上で座りながら、太ももをポンポンと叩いた。

 多分。素直に横になった方が良いんだろうな。どうせ、桔梗がそうしたいなら、そうするしかないし。

 桔梗の膝枕で横になると、今度は俺の頭を撫でてきた。柔らかい。いつも使っている枕よりも低反発かもしれない。足は鈴音よりも桔梗の方が太いが、こうまで柔らかいとは。

 

「偉いね。清隆は」

「……………そうか?」

「うん。偉いよ。だって、あの部屋(ホワイトルーム)を、生き残ったんだから」

あの部屋(ホワイトルーム)は、俺にとっては、そこまで悪い空間じゃなかったぞ」

「………うん。でも、前までだったら、悪い空間じゃなかったって言ったでしょ?」

「……あぁ。あの部屋(ホワイトルーム)よりも素晴らしい教室(3ーE)を、知ったからな」

「うん。私も、同じ気持ちだよ。今でも大好きなんだ。あの旧校舎」

「………あぁ。ここを卒業したら、みんなでもう一度行こう」

「うん……そうだね」

「………桔梗?」

「……清隆……」

 

 桔梗が、俺に覆い被さるように、前のめりになってきた。

 胸が顔面に当たりそうだ。心臓壊れるから、少し離れて欲しい。

 顔と顔がいつの間にかゼロ距離になり、唇が触れ合った。

 軽く触れ合って離れる。桔梗の唇は、瑞々しくも柔らかかった。

 

「……ねぇ……清隆……」

 

 熱を帯びた声で、俺の名を呼び、頬を、顔の輪郭を撫でる桔梗。胸のビートは過去最高のリズムを刻み、顔はどんどん熱くなる。

 …………するのか。してしまうのか。今日、ここで。

 そんなことを思ってたら、律の声が響いてきた。

 

『ぴぴーーーっ淑女協定違反です。櫛田さん!それ以上はダメですよ!』

 

 肩を跳ね上がらせて、桔梗はワタワタと慌て出した。

 

「あ、あわ、あわわわわわわわわわ。ご、ごめんね清隆!」

「……いや、別に構わないのだが」

 

 俺は一旦起き上がって、ベッドの淵に座り直した。

 桔梗はベッドの上を座りながら滑るように移動して、壁際で固まっている。そうして俺の枕を抱きしめていた。

 …………本当に、そういうところ、悪いぞ。寝られなくなりそうじゃないか。

 

「………その、淑女協定、とは?」

「う、うん。鈴音と作って、判定、執行は律に任せているの。例えばその。誘惑したり無理矢理襲ったりして肉体関係を持って、それを理由に責任を取らせたりはダメ、だとか他にもいくつか、ね」

「………そ、そうなのか」

 

 まぁ、律なら、間違いはないだろうな。

 

『良い空気のところ失礼しました!……あっ、そうそう櫛田さん!ご依頼の件、分かりましたよ!』

「………!本当!詳しく教えて欲しいな」

「……………?何を頼んでいたんだ」

 

 桔梗の端末に映る率を覗き込みながら、律に何か頼み事をしていたらしい桔梗に、話を聞いてみると。

 

「うん。佐倉さん、どこかで見たことあるような気がしてたんだよね。だから、律に顔写真見てもらって、どこかの雑誌の表紙とかやっていないか、見てもらってたの」

 

 読み込みが終わったのか、桔梗の画面に数ヶ月前の写真が表示される。

……これは、E組の写真、か?

 

『これは数ヶ月前、私の本体が記録した写真です。ここを拡大します』

 

 ズームされるのは、殺せんせーと、殺せんせーが持つ雑誌の表紙。水着を着た、可愛らしく美しい水着姿の少女の写真だった。

 

『彼女は雫。未だ中学生ながら、雑誌の表紙も務めたことのある大人気グラビアアイドルです。ただ、今年から活動を控えるそうです』

 

 なるほど。だとすれば。

 

「律、その理由は、分かったりするか?」

『一身上の都合、としか』

「ううん。それだけで十分だよ」

「ちなみに、一致率はどれぐらいだったんだ?」

『凡そ98.9%。まず間違いなく本人です』

「決まりだな」

「決まりだね」

 

 佐倉は人気アイドルだった。ここ最近のストーカー被害。何故か佐倉の可愛さに気付いている最低ストーカー。つまりは。

 

「ストーカーは佐倉が雫だと気付いたファン、の可能性が高いな」

「だねぇ。日頃一緒にいるクラスメイトが気付かないような、佐倉さんの可愛さに気付いたってことよりも、筋が通ってるし説得力もある」

「………幸村には、話しておくか」

「………うん。そうしよっか」

『それにしても、芸名というのは興味深いですね。以前皆さんが考えていたコードネームのようなものですか?』

「いやぁ、どうだろうか。あれよりかはちゃんとしてると思うぞ」

「そ、そそそそそそそそそうだよ律。あ、あ、ああんなふざけた名前と比べるなんて……そ、そんなの、芸能人の人たちに失礼だよ!」

「………どうした『クラスクラッシャー』。良い名前じゃないか『クラスクラッシャー』。分かりやすいぞ『クラスクラッシャー』」

「う、うるさいうるさいうるさい!静かにしなさい『ブラック箱入り息子』‼︎‼︎」

「俺がいたのはホワイトなんだが」

「あんなのブラックだよブラック!」

 

 女子寮の門限まで、俺と桔梗と律は戯れあっていた。

 二人が帰った後、寝ようとして、布団から枕からシーツから、ついさっきまでここにいた桔梗の熱も匂いを感じてしまう。

 …………ダメだ。寝れる気がしない。

 明日も学校なのに………!

 

 清隆が次の日寝坊したとかしていなかったとか。





 因みに堀北さんは『ドドドブラコン』です。
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