「洋介がカッケェとこ見せたんなら、オレもがんばらねぇとな!」
瞬間、南雲雅が獅子上の視界から消えた。
酷く単純な話し、速すぎて見えなかっただけなのだが。
背後に回り込んで、余りにも強烈な蹴りが背中を直撃する。
「………うぇー。センパイやっぱ人間じゃないっすよ」
平然と直立していた獅子上に、南雲はもはや困惑していた。
「ふん。同じことが出来ない道理は無いだろう?」
「ま、ですよね」
「───ならば、私たちができない道理もないな」
「決め切るぞ!雅!」
その場に集う四人全員がリミッターを解除し、超人的な殴り合いが開幕した。
速すぎてもはや誰も援護に入れない。
下手に撃ったら味方に当たりそうで恐ろしい。
「──ふっ」
背後を取った恒は薙刀を首筋めがけて振るうが、獅子上は平然と受け止めた。
耐久力もまた常軌を逸している。
人間とは到底思えない。
「───、ちっ、またか!」
そもそもの基本スペックに天と地ほどの差があった。三人程度では埋められそうにない差が。
だからこそ、一度強引に突破されフラッグを奪われた。
今も、強引に突破してフラッグを奪おうとしたところで。
「────っ!」
「ぐっ、うぅ!」
ワイヤーを括り付けて堀北鈴音は全身で引っ張り、僅かにでも動きを乱した。
僅かに乱れたその隙を、南雲雅たちは見逃さない。
南雲の蹴りが。
鬼龍院の拳が。
恒の薙刀が。
ほぼ同時に痛烈に叩き込まれて、獅子上でもいっとき意識が飛びかける。
『───おいバカ上。もっと暴れろ』
「───ぅぉぉおおおおおおおお!」
風間の命令を受け、獅子上の動きに野性味が増す。
自身に括り付けられているワイヤーを、勢い良くこちら側に引っ張り込む。
堀北鈴音は途中でワイヤーを切断して、間一髪機器を逃れて。
黒くウェーブのかかった髪を翻しながら。
雪村あかりが最高速で一度切り込む。
白銀園子が撤退したので、一之瀬帆波に防御陣形の再編成を任せて、こちらに加勢して来た形である。
「──っ!先輩っ!」
「みんな目と耳閉じててよ!」
ツインテールを翻して、一歩遅れて飛び込んだ花咲ほむらは。
自作
獅子上の目と耳を一次的に奪う。
(今なら───)
香月と蝶乃が撤退したので自由になった山村美紀が、この隙にその喉を貫こうとして。
「──え、」
「美紀!」
殺気を感じ取り、視覚と聴覚を封じられながらも反応した獅子上は、咄嗟に裏拳で対処しようとした。
直撃したら一撃で終わりのそれ。
咄嗟に恒に抱えられて離脱出来たので、致命傷にはならなかった。
「今、なんで──」
「殺気に反応した?緋音ちゃんと同じゾーン⁉︎」
「だったら反応出来ても意味ないくらい!」
「連続同時に畳み掛ける!」
白石飛鳥と西川亮子の近接連係。
その後ろから森下藍と神室真澄。
さらにその後ろから南雲雅と鬼龍院楓花。
さらにさらにその後ろから、堀北鈴音と雪村あかりと花咲ほむら。
通算四連続の近接連係。
「くっ」
「やっば!」
白石飛鳥と西川亮子は一撃で纏めて吹き飛ばして。
「なんっなのよのこいつ!」
「人間業じゃねぇですね。超人です」
神室真澄と森下藍を凄まじい技巧で捌ききり。
「ちっ、くそ!」
「腹立たしい……!」
南雲雅と鬼龍院楓花を纏めて放り投げて。
「このっ!」
「あーもうっ」
「くっ、!」
雪村あかりと花咲ほむらと堀北鈴音を、凄まじい技巧と身体能力で凌ぎ切った。
『───残ってる三年生は今獅子上だけ!
他はもう撤退してる!』
分かっているのに、その残った三年生が強すぎる。
両手で砂浜を全力で叩く。
間欠泉のように砂が飛び散った。
砂で全員の動きが止まった、その瞬間。
飛び出した獅子上が、一つ、二つとフラッグを手に取り、四つ目を取ろうとしたところで。
「───終わりです。先輩」
「─────────は?」
潮田渚に首を切られていた。
三年Dクラス。600クラスポイント追加。
現在。3,342クラスポイント。
一年Dクラス。10クラスポイント追加。
現在。1,195クラスポイント。
『───ほう。それが、お前の牙か。潮田渚』
「………出来ることなら、もう少し隠したかったんですけどね」
ドローンカメラで全てを見ていた風間律は、スピーカーで潮田渚に呼び掛けていた。
成程。恐らくは、対堀北学への切り札なのだろう。
「ふむ。どうやら、攻撃側は一度撤退しているようだし、俺も撤退するとしよう」
「ちっ、まだっ!」
「悪いな。二人とも」
煙幕で姿を隠してワイヤーの音が響く中、堀北学と橘茜の姿が消えていた。
「一時撤退、か。
楽しかったよ赤羽。榎中。
じゃ、また後でね」
「出来れば二度とやりたくねーですけど」
「次は殺すんで」
「はっはっはっ。……………じゃあね。高円寺」
金石博と黄乃珠紀もまた、煙幕で姿を隠して撤退していた。
「あら、遊びはもう終わりのようね」
「ざーんねん。もうちょっとやりたかったなぁ」
「…………ちっ、不完全燃焼です」
こちらに背を向けて走り去る飛騨翔子と猫実詭々を見逃して、桃井緋音は木刀を納めた。
『…………完全に撤退したね』
ドローンでそれぞれの戦場を見て回った網倉は、そう報告した。
バックアップルームでは。
「まぁ、もう百人切っていましたし、犬山先輩の敗北で二年Cクラスが完全にフリーになりましたからね。
攻撃側が続々と戻って来ているこの状況では、撤退が最善の選択だったのでしょう」
「………それにしても、随分と削られた」
「………うん。人数比で考えると、こっちの方がかなり削られてるはず」
防御側残存人数。
百三名。
三年生側残存人数。
九十名。
三年Aクラス。20クラスポイント追加。
現在。3572クラスポイント。
三年Bクラス。30クラスポイント追加。
現在。3022クラスポイント。
三年Cクラス。20クラスポイント追加。
現在。2,802クラスポイント。
三年Dクラス。30クラスポイント追加。
現在。3,372クラスポイント。
二年Dクラス。20クラスポイント追加。
現在。107クラスポイント。
「獅子上先輩が暴れ回って、視線を集めさせたところで撤退。
撤退ついでに、埋めておいた時限爆弾で十人は殺して来た」
「………すまない。完全に防御を崩されていた」
堀北鈴音は戦況を分析して。
桐山生叶は謝罪していた。
「いえ。些か、三年生の認識が甘かったですね。
あそこまで大胆な手を打ってくるなんて」
「…………結局、CDクラスのフラッグは見つけられず、か」
隠されているCDクラスのフラッグ。
一体それは、どこにあるのか。
この場にいる生徒達では分からないので、堀北鈴音は分かるかもしれない人に依頼した。
「───これまでの情報から推理して頂戴、椎名さん」
『分かりました。ちょっと集中しますね』
バックアップルームで。
椎名ひよりは一時コンソールから手を離し、ほっそりとした指を顎に添えながら推理する。
(───おそらく、このトリックを用意したのは風間先輩)
彼女ならばどんな仕掛けを?
(鍵となる情報は、そう簡単に見つからない場所にあるということと、守っているのが剣城先輩一人であるということ)
剣城海。
特記戦力A。
最低二十人以上で挑むべき。
(───剣城先輩にできること。
かなり多かったですよね。
水泳。バイオリン。剣道。
………わざわざ剣城先輩を防衛に使ったということは、剣城先輩にしか出来ない守り方のはず。
そうじゃないなら、犬山先輩を防御に回した方が確実ですし)
水泳。
バイオリン。
剣道。
剣城海に出来ること。
(綾小路くん達のように、ワイヤーで簡易的なあちら側優位のフィールドを用意している?
弾幕の貼れない遮蔽物だらけの洞窟で、近接戦闘を強制させている?
どちらもしっくり来ませんね)
水泳をこの試験で活かすのは難しそうなので、一度除外したが。
改めて、水泳を含めて考えてみる。
(………そういえば。
確か)
そう。
確か
耐火服で。
「──────!
両沢先輩!剣城先輩の最大潜水時間は!」
『えっと、確か。十二分は行けた』
※なお、ギネス世界記録は十一分である。
「それなら、確かに………!」
「なるほど。
確かに、それなら一人で二つのフラッグを守るのも………。
地図を開いてください。
恐らく、流れのない深い泉の底」
「えぇ。恐らくCDクラスは。
水に揺蕩うフラッグが二つ。
そのすぐそばで風船のように浮きながら。
剣城海は笑っていた。
その推理を聞いた堀北鈴音は納得した。
「………確かに、空き巣には遭いそうにないわね」
防御陣形に合流した綾小路清隆もまた、納得した。
「だから、剣城先輩が一人で」
浅野学秀は顎に手を添えながらも。
「………成程な。他の人にとっては、水中戦なんて未知の領域。
だが、剣城先輩にとっては真骨頂」
赤羽業もまた、関心すらしながらも。
「分かったところで、だよね。
剣城先輩の最大潜水時間は十二分。
先輩が息継ぎの為に浮上するまで待つ、なんて余りにも無駄過ぎる。
そして何より、
だから、強い人を向かわせるしかないけど」
卜部藤乃は狙撃ポイントを移動しながら。
『剣城先輩は最低二十人相当の実力者で、剣道で全国優勝経験があって近接も強い上で、水中戦は彼女の領域。
私たちにとっては圧倒的に不利な状況で、圧倒的に有利な近接戦闘の強者を相手にしなくちゃならない。
相当に攻めあぐねるでしょうね』
南雲雅はもはや笑いながら。
「その上で、まず間違いなく、水中にはワイヤーも張り巡らせてるだろうぜ。
足場兼盾として最適で、オレたちにとっては最悪の障害だ」
ありとあらゆる全てが噛み合った結果の、たった一人で築き上げた、難攻不落の水中要塞。
それが、CDクラスの戦術。
桐山生叶は考え込む。
「納得は出来る。
だが、腑に落ちない点もある。
何故全クラスのフラッグを水中に集めなかった?」
狐判稔も考えた。
『………誘導だったのかも。
ABクラスどちらのフラッグも、地形戦で有利を取れる場所にあった。
私たちもそれで誘導された。
朝比奈なずなは納得した。
「そっか。私ら攻撃側に、より奥深くの狭い地形を探らせていたんだ。
花咲ほむらはさらに深める。
「わたしたちの焦点を完全にズラしていたんだね。
2クラスのフラッグが近すぎたのもミスリード狙い。
これに何か意図があるんじゃないかって考えさせられて、そもそものフィールドを全く違うものに変えているんじゃないかって発想を抱かせなかった」
森悠政もまた深める。
「超速攻の超短期決戦を仕掛けることで、攻撃側にこれ以上の捜索を許さなかった。
おれたちを防御に集中させる為に、犬山先輩を攻撃に使っていたのか」
ここまでの全てで、水中に隠されている可能性を隠し切っていた。
そうして、最大戦力を最短経路で叩きつけて、一気に落とす。
攻防を完全に一体させた、三年生の戦略。
九重九十九は理解した。
『………成程。水中に隠すアイディアは風間先輩。
そこからの戦略はメメ先輩だね』
だからこそ。
綾小路清隆は嬉しそうに笑った。
「ふ、MVPは洋介だな。
洋介が単独で犬山先輩に勝てたからこそ、相手を撤退に追い込めて、こちらは推理の時間がとれた」
そして。
櫛田桔梗もまた、笑っていた。
「清隆だってMVPだよ。
立体機動で先回り出来なかったら、間違いなくあの二人が浜辺に乱入してた。
そうなったら、完全に詰みだったよ」
そう。
まぁ、まだ勝ってはいないけれど。
さて、ここから勝つための問題を、赤羽業は提示する。
「ここからどうする?堀北さん。
今は卜部先輩と三宅以外の全戦力が浜辺にいるから攻撃は来てないけど、フラッグ取りに動いたら、その瞬間に攻めてくるよ。
今回は最初から、あの二人も攻撃側にいる」
だからこそ、作戦は酷くシンプルに。
「攻撃側は少数精鋭の三チームで攻めるわ。
Aクラスのフラッグは、平田くん指揮の攻撃部隊と坂柳有栖親衛隊で。
Bクラスのフラッグは、二年Dクラス攻撃部隊で。
そしてCDクラスのフラッグは、泳げる人たち」
水泳大会で、上位の成績を残した生徒。
それから水泳部。
綾小路清隆筆頭の男子勢は、守備の要なので残す。
なので。
「私、かや乃さん、両沢先輩、雲雀先輩の四人で取りに行く」
名を呼ばれた女子たちは。
一人は闘志を漲らせて。
一人は深呼吸して。
一人はどこまでも浮世離れした空気で。
「防御陣形が完全に整ったら、三チームは浜辺を離れるわよ。
最後に勝つのは私たちよ」
三年生では。
風間律が映像を共有する。
『これが、潮田渚という一年生の実力だ』
それを見ながら、白銀園子は分析する。
「……なるほど。私が気配を読み取れなかったのは、潮田渚の
……、まるで、暗殺者のようなこの技術。
そうだったの。
それも、
金石博もまた、同じように。
「それだけじゃない。
この瞬間の獅子上は、間違いなくゾーンに入っていた。
ゾーンに入っているなら、殺気も完全に察知できる。事実、山村の暗殺には反応していた。
にも関わらず、この潮田には一切反応できていない。つまり、だ。潮田は
堀北学もまた、理解する。
「殺気の出ない暗殺。
防ぐことも躱すことも殆ど不可能、か。
三年E組の首席は綾小路だとばかり思っていたが、よもや潮田だったとはな。
…………恐らくは、俺狙いか」
金石と白銀も、その分析に納得した。
それはそれとして、少し腹が立った。
「是非とも私を暗殺しに来て欲しいわね。
「そうだね。運の良さとか関係ないよ。
堀北学も二人と同じ意見だった。
それが分かっているのなら、対策は出来る。
「そういえば、どうして高円寺は単独で来たんだ?」
「あぁ。まぁ。────彼も悩んでいるんだろうさ」
金石博は笑っている。
さぁ、存分に悩め一年生。
そうして悩んで成長して、成長した君たちを、また超えてやる。
高円寺六助と平田洋介は、並んで治療を受けていた。
「………よく、勝てたな。平田」
「?なんか、らしくないよ六助くん。どうかしたの?」
「………いいや。何でもないさ」
治療が終わったので、高円寺は動き出した。
自身は孤高。
自身は最強。
並び立つ者など一人もいない。
圧倒的で、絶望的な強者。
だった。
「…………今、私には、何が残っている?」
完全に敗北して。
これまでの全てを失って。
そうして高円寺六助には、一体何が残っているのだろうか。
森中に罠を張り巡らせながら、その三年生は少し不愉快そうな顔をしていた。
「………犬山くんめ。
負けた癖に、何をあんなに嬉しそうな顔をしていたんですか。
全く。
全く…………」
堀北学に負けたあの日から。
自身も本気で、クラスのために戦うことにしていたが。
………親友のあんな姿を見せられてしまったら。
「………ふっ、全く。
僕もまた、らしくもなく、熱くなっていますね」
罠を張る。罠を増やす。罠を作る。
タネと仕掛けを仕込み続ける。
香月遊真は鼻唄すら歌いながら、準備を進めていった。
「………クラスを勝たせるには、あと、最低フラッグ一つ、ですね」
その少女は、ハンドガンを整備しながら、計画を編む。
「………りったん。ドローンを一台貸して下さい」
獅子上玲央は自身の仕事を完遂した。
剣城海もまた、自身の仕事を果たし続けている。
ならば自分も。
「最後のフラッグは、私が取ります」
整備を続ける。
弾を込め直す。
ドローンの操作を、簡易端末に移す。
ドローンの弾を、込め直す。
天久天馬は酷く真剣な顔で、それをこなしていく。
彼らはそれぞれ準備を済ませた。
そうして。
三年生を代表して、堀北学は宣言する。
「───さて、第二ラウンドといくか」