僕が高育に入学したのは、復讐の為に人脈と権力が必要だと判断したから。
所詮上流階級の生徒が集まりがちはエリート校のここなら、うってつけだと思っていた。
まさか、翡翠先生もいるとは思っていなかったけどね。
今でも忘れない。忘れられない。
伽藍堂の瞳で、何も見ていない瞳で、茫然自失した様子の、完全に壊されきった姉さんの姿。
見舞いに行くたびに頭がおかしくなりそうだった。
呻き声にもならない声を聞くたびに、腑が煮えくり返っていた。
今でも夢に見る。
今でも悪夢に見る。
だから、最初はクラス間競争とかどうでも良かった。
そんなことよりも、人脈と権力を広めるために、将来有望そうな奴に近づいていった。
歴史ある名家、白銀家令嬢、白銀園子。
スポーツの名家、犬山家の一人、犬山護。
国防の名家、獅子上家の一人、獅子上玲央。
医者一族、天久家の末っ子、天久天馬。
名のある家の者達と交友関係を結んだ。
将来的に強い権力を握ることになさそうな人間、Aクラスの生徒達とも、積極的に交流した。
そんな中で、学に会った。
学に会って、僕は初めて。
この男と競いたいと、そう思わされた。
初めはさ、復讐の方が大事だと、自分で自分に言い聞かせていたんだけど。
『………まぁ、その、なんていうかさ。
………きっと、少しぐらい楽しんだ方が、麗さんも喜ぶんじゃないかな?
………私も、博が楽しんでいるなら、嬉しいし』
珠紀に背中を押されて。
『怒りが消えることはありません。
怒りが消えたこともありません。
でも、私たちはそれだけじゃなかったんだと思います』
珠莉のそんな言葉を聞いて。
僕も、少しだけ楽しもうと思った。
そうして、既にクラスのリーダーとして認められている曜に挑んで、勝って、リーダーの座を奪い取った。
奪い取ってから、曜はずっと僕を心配していた。
『……あなたの目には、怒りのような何かが見えます。
あなたは何を抱えて居るんですか。
抱えていたんですか』
教えることは出来なかった。
巻き込みたくなかったから。
そうして、僕たちはBクラスにまで上り詰めて、学と戦って。
負けて、反省して、学習して、挑んで。
負けて、反省して、学習して、挑んで。
負けて、反省して、学習して、挑んで。
そんなことを繰り返して居るうちに、どんどん楽しくなって来た。
学は友達で、親友で、
だからなのかな。
学にはあっさりと教えられた。
『……金石。お前は何を望んでこの学校に来た。
お前は何に怒っている』
『…………ある政治家に、血の繋がった実の姉を壊された。殺された。
…………政治家の名は綾小路篤臣。
奴への復讐のために、人脈と権力を求めてこの学校に来た。
…………奴に復讐出来るなら、死んでも良い』
『…………復讐、か』
『…………止めないのかい?復讐なんて、馬鹿げているってさ』
『…………何に怒るかも、何を恨むかも、お前の自由だ。
何に命を賭けるのかも、な。
だから、俺は何も言わない。
………強いて言うなら。
………いや、なんでもない』
『………そうかい。ならそれで良いよ』
その言葉のお陰で。
僕はより、復讐への決意が強くなっていった。
殺す。殺す。殺す。殺す。
なんとしてでも、この身を犠牲にしてでも、綾小路篤臣をなんとしてでも殺す。
殺す。殺す。殺す。殺す。
絶対に殺す。
『…………ただ、勿体無いと思います』
…………勿体無い、か。
君に言われて、改めて。
僕の人生を、もう一度振り返ってみた。
…………怒りは絶対に消えない。
…………殺意も絶対に消えない。
…………でも、さ。
…………嬉しかった思い出も、消えなかった。
あの日、みんなで食べたスイカの味。
あの日、みんなで食べた焼肉の味。
あの日、みんなで遊んだ遊園地。
この学校でも、たくさん思い出が出来ていた。
初めてCクラスに昇格して、みんなでやったクラスパーティー。
初めて自クラスから退学者を出して、何故だか涙を流した夜。
初めてBクラスに昇格して、クラスパーティーで曜と肩を組んで笑い合ったこと。
初めてAクラスに負けて、沈むクラスメイト達を奮い立たせた珠紀の姿。
再びAクラスに負けて、諦めそうなクラスメイトを頑張って大声を出して檄を飛ばした珠莉の姿。
三度目もAクラスに負けて、心が折れそうなクラスメイトに、腹から声を出して喝を入れたこと。
悔しい思い出も。
楽しい思い出も。
嬉しかった思い出も。
とにかく沢山の思い出が、僕の中にあった。
僕の心にはもう、怒りと殺意以外のものも、たくさん詰まっていたんだ。
…………そうして、翡翠先生の間違いを知った。
…………復讐に囚われた果てに、誰も彼もを不幸にした、その間違いを。
二年生のみんなに申し訳なかった。
学に申し訳なかった。
僕たちなら止められたかもしれなかったから。
…………だから、もう、珠紀も珠莉も、巻き込みたくなんて無かったから。
幸せなんて要らないとか、思ったから。
クリスマスの日。
その、二人に大事な話があるって、部屋に呼び出して。
…………いや、その、うん。
めちゃくちゃ勘違いさせる行いだったと、今では猛省しています。はい。
やけに緊張してたんだよ二人とも。
それで、その、復讐にはもう付き合わないでくれ、君たちは完全に離れてくれって、その、言ったら。
珠莉は泣いて。
珠紀は、めちゃくちゃ怒ってた。
『───は?は?クリスマスに、大事な話があるから部屋に来てくれって言って、よりにもよってこれ?
───は?
───は?』
『お、落ち着きましょう珠紀。深呼吸です。その、深呼吸を』
『………どうやら、分からせるしかないようね』
『ちょっ、珠紀、待っ、んむぅ』
………少し下手だったけど、うん。
結構、エグいキスでした。
『───……………わ、私も、その、良いでしょう、か?』
『うん。良いわよ』
『………え、ちょ、待っ、んむぅ』
………その、恥ずかしかったのか、控えめだったけど、うん。
かなり、上手いキスでした。
『あ、ちょ、二人同時になんて、そんな……!
あ、綾小路じゃないんだしっ!』
『綾小路に出来たことがあんたに出来ない道理もないでしょ?』
『………は、恥ずかしいですが、珠紀と一緒なら……』
『大丈夫大丈夫。天井のシミを数えてるうちに終わるから』
二人がかりでベッドに押し倒されて、交互にキスされたり、色々ヤバくなっていくうちに、綾小路の話を思い出して。
反撃として珠紀の下腹部押し込んでみたら。
なんか、聞いたことないくらい、可愛いくて高い声あげて。
珠莉が固まって居る隙に、ガンガン攻めて、一旦、珠紀を戦闘不能にさせて。
そうして、すぐに珠莉の下腹部も弄り倒して。
押し殺したような、我慢するような声が、あまりにもいじらしくて、なんかいつの間にか、夢中になって攻めていて、戦闘不能になっていた。
やばい、綾小路の気持ちが分かるかも。
好きな女のそういう姿を見ると、もっといじめたくなってしまう。
いやいやでも!
そう!これは、二人を諦めさせるために仕方ないことだったんだから、これ以上はだめだって!
必死に理性を手繰り寄せて、なんとか堪えようとしたところで。
珠莉が弱々しい手で僕を抱き寄せて来た。
簡単に振り払えたんだけど、振り払いたくなくて、受け入れて。
そうしたら耳元で。
『………わたしを、ままにして、ください……』
………無理でした。
まじで無理。ずるい。無理。ずるい。
畜生。幸せなんて要らないとか思い詰めてたのに!
全部どうでもよくなっちゃうじゃないか!
珠莉とその、そういうことをしていたら。
戦闘不能状態から復帰した珠紀が、後ろから抱きついて来て。
その、でかい果実を背中に押し当てながら。
また、耳元で。
『………わたしも、ままに、なりたいなぁ』
もう本当に無理。
まじで無理。本気で無理。なんなの。酷くない?
なんか気付いたら、三人でそういうことしてた。
そして、三人で絡み合いながら寝て。
目が覚めてから、その、ちょっと気まずくなって朝食取りながら。
………まぁ、その。
幸せに生きるしかないんだなぁって、色々と諦めることにした。
で、まぁ。
初めてクラスの垣根を超えて、僕たちは手を組んで、今回の試験の準備を進めていった。
そんなある日。二人きりの時。
学が、不意に僕に言って来た。
『………なぁ、金石』
『ん?なんだい』
『………あの日、言い忘れていたことなんだが』
『………?あの日ってどの日だい?』
『ほら、お前が、この学校に来た理由を教えてくれた日なんだが』
『………あぁ。何を言い忘れていたんだい?』
『まぁ、その、なんだ。
少しだけ、その、恥ずかしかったから言えなかったんだが。
今、言いたくなったから、言うんだが。
………お前がいないと寂しいと言いたかったんだ』
『………そっ、かぁ。
………寂しいなら、仕方ないか』
学は不器用な奴だった。
不器用で、真面目で、真っ直ぐだ。
だから僕の親友だった。
全部、さ。
お前が来たから始まったんだ。
お前に会えたから始まったんだ。
お前の言葉から始まったんだ。
なぁ、綾小路。
金石博の目の前に、綾小路清隆と潮田渚と桃井緋音が来た。
誰よりも恨んでいる男の息子。
誰よりもホワイトルームで誰かを蹴落とした男。
姉さんの屍の上に立つ男。
でも。
僕が変わるきっかけをくれた男。
僕が幸せになりたいと思えるきっかけになった男。
僕が親友と心を通わせられるきっかけになった男。
僕の恩人。
そして、僕の目標。
「────
「────受けて立ちます。金石先輩」
君は凄い奴だから。
僕は君に勝ちたい。
「おっと」
首をポキポキと鳴らすために傾けたことで、運良く三宅の狙撃を躱した金石博の懐に。
桃井緋音が突っ込んでくる。
「───カルマ!浅野!」
「了解だ!緋音先輩とお前のフォローに入る!」
「ちゃんと勝ちなよ綾小路!」
桃井緋音を前に出して、綾小路清隆が完璧に合わせた。
その二人を、赤羽業と浅野学秀がフォローして。
一瞬の隙を渚がつく作戦。
「───あなたとも、やり合いたかったっ!」
「そうかいっ!僕はあまりやりたく無かったけどねっ!」
五対一。
それでも尚、金石博は互角に立ち回っていた。
桃井緋音の切り込みを躱して。
綾小路清隆の体術を躱して。
赤羽業と浅野学秀の連係も躱す。
「………やはり、強いな。
………狙撃で殺すよりかは、動きを制限するイメージで……」
そうして。
援護のためにさらに三発ほど狙撃したところで。
三年Bクラス。10クラスポイント追加。
現在、3,122クラスポイント。
「…………………………は?」
反射でスコープを覗いて、自身を狙撃した相手を。
真白珠莉を見るが。
確かにそのライフルには。
「…………………………は?」
三宅明人は完全に固まっていた。
今度は狙撃の援護が金石博につく。
全員が動き回りながら躱しながら、出来るだけ広い場所に居続ける。
物がないなら跳弾狙撃も出来ないはずだから。
だが。
「………どういうことだ?スコープは潰したと報告されているが………」
「え、間違いないのひよりさん。真白先輩スコープ無しで狙撃してんの?」
「………は?」
困惑しながらも冷静に。
一年生トップスリーが連係しながら戦っていたところ。
指揮から離れた黄乃珠紀が、乱入して来た。
「───お待たせ博!三人でやるよ!」
「あー、やばい」
作戦会議でも言われていたこと。
三人組ませたら詰み。
一心同体、比翼連理、三位一体。
そういった言葉がこの世にあった。
だが、この三人はそんな言葉で言い表せるほど、単純な連係では無かった。
隙を埋めるとか埋めないではなく、文字通り、一切の隙がない。
三人がかりによる、文字通り絶え間ない連撃。
金石の蹴りを防いだ次の瞬間には黄乃の拳が。
真白の狙撃を躱したところには金石の弾丸が。
黄乃のナイフを躱したところには真白の狙撃が。
言葉も交わさず、視線も交わさず、ただ無言。
そんな、あまりにも凄まじい連係。
一番攻撃を受けている桃井緋音の木刀が折られた。
「───手が足りないっ!
あかり!一之瀬さん!龍園くん!」
渚の指示を受け取って。
姫野と葛城に全てを託して、一年生トップクラスの生徒達が、戦場に参戦する。
三人の参戦によって生まれた僅かな隙に、和泉なすかは新しい木刀を投げ込んで、桃井緋音を援護する。
「──ちぃっ!狙撃が鬱陶しいなクソォ!」
「卜部先輩!
龍園の言う通り、狙撃があまりにも鬱陶しいので。
雪村はすぐさま狙撃手に依頼した。
「承ったわ」
顔を出している真白珠莉を狙撃して。
間に入って来たドローンが防いだ。
「ふぅん。ま、弁償ぐらいなら、ね」
瞬時に撃墜弾に切り替え。
ドローンの稼働中バッテリーに命中したペイント弾は。
混じり合って爆発した。
爆炎が消え去った次の瞬間には狙撃が飛んできた。
しかし、それは大きく逸れて、左側。
二発目の狙撃。
それは、咄嗟に起き上がって離れた足元に。
(…………どうして、一発目と二発目でここまで精度が違うの?
…………何か、違いがあったかしら)
思考する。上空のドローンの配置を確認した。
そして、すぐに答えに行き着いた。
「…………なるほど。そういうことなのね」
卜部藤乃は、スコープ無し狙撃のカラクリを見抜いた。
「ドローンの映像で狙っている……⁉︎」
『えぇ。おそらくカメラの映像を直接ゴーグルスクリーンに投影して狙撃してる。
最低二機は使っているわ。距離と方角の把握に一機。狙いにもう一機。
だからこそ、狙撃ポイントが殆ど読めない。
だって、十九機中どの二機を使っているのか分からないから』
スコープで覗くからこそ、射線は一直線だ。
しかし、ドローンの映像なので、射線は一切わからない。
仕方ないので
しかし、狙撃後にポイントに照準を合わせなければならない都合上、
『………やむを得ないわね』
空中を舞う十九機のドローンを見ながら、メンタルトレースを深化させて、味覚触覚嗅覚色覚聴覚を一時的に切断。
『神の領域』に入り、十九機のドローンの映像をシュミレーションして。
その映像から、狙撃ポイントを逆算する。
「………ふぅ。そこね」
鼻血を垂らしながらも、『神の領域』を解除して。
ドローンからの映像に集中して、狙いを定めていた真白珠莉を撃ち抜いた。
二年Aクラス。10クラスポイント追加。
現在。1,314クラスポイント。
「狙撃はもう来ないわ。雪村さん達は金石先輩に集中して──」
『卜部!離れろ!』
鬼龍院の警告に従い、反射的に木から飛び降りた。
飛び降りる寸前まで頭があった場所を、狙撃が通過した。
卜部藤乃は『神の領域』直後の極度の疲弊状態だったので、着地の衝撃で足を捻った。
それと同時に、枝に接触してスコープが完全に壊れてしまっていた。
「…………いっつ。
…………はぁ。やっぱり、私って運が無いのね」
『無事か卜部!』
「…………なんとか、ね」
(…………今の狙撃、堀北先輩ね。
私の狙撃ポイントを予測して、
ライフルは茜先輩が持って来たのかしら)
『命中はしなかったけど、かなり危ない落ち方してたわ。足怪我しているかも』
「トドメも兼ねて確認して来てくれ」
『はいはい』
星穹恒と鬼龍院楓花を橘茜の援護の元捌きながら狙撃した堀北学は、これ以上は近接戦闘の邪魔なのでライフルを捨てて、二人を一気に撃破しようとしたところで。
「──恒くん!楓花!」
「ナイスタイミングだ朝比奈!」
割り込んで来た朝比奈なずなと須知萌香に止められた。
五対ニで睨み合う数秒の間に。
「まーにあったーっ‼︎」
「───勝負です。堀北先輩っ!」
「おれと朝比奈と須知は援護!他四人は前衛!影乃は切り込めるところで頼む!」
「「「「「「「了解!」」」」」」」
立体機動で飛び込んで来たDクラストップスリー。
森悠政の指示に従い、八対二での戦闘が開始される。
足を庇いながら、森の開けた場所に卜部藤乃は移動した。
(────スコープは壊れた。足も死んだ。多分、ドローンからは逃げられない。
なら、最後の仕事を、果たさないと)
「九十九。ドローン五機、使うわね」
二機で二つの戦場を映す。
そうして三機で高さと距離と方角を測る。
映像は全て、ゴーグルスクリーンに投影する。
そして、メンタルトレースを深化させる。
今回切断するのは、先程と同じように、味覚嗅覚触覚聴覚色覚。
それに加えて、痛覚も。
「───風速計算完了。
───飛距離計算完了。
───角度計算完了。
───自転による影響計算完了。
───弾速計算完了。
───重力加速度並びに最高到達点計算完了。
───ペイント弾重量計算完了」
独り言を溢しながら、改造ライフルをほぼ真上に向けて。
狙撃。
僅かに微調整を加えながら、狙撃。
狙撃。
狙撃。
狙撃。
狙撃。
マガジンを入れ替えて、もう一度。
狙撃。
狙撃。
狙撃。
狙撃。
狙撃。
狙撃。
もう一度、マガジンを入れ替えようとして。
ゴーグルスクリーンに、撃破されたことを示すマークが、現れていた。
メンタルトレース深化を解除。
戻って来た聴覚が、自身の近くでホバリングするドローンのプロペラ音と。
それから、水の音のようなものを捉えている。
「───もう、ワンマガジン分くらい、撃たせて、下さいよ………」
身体中の痙攣が止まらない。
心臓の鼓動がめちゃくちゃ。
鼻血は滝のようで、耳血と血涙もまた流れていて。
酸欠寸前で過呼吸状態。
冷や汗なのかもうよくわからない汗だらけで。
卜部藤乃は、ゆっくりと、倒れ伏した。
『………藤乃、あなたは、まさか………』
占藤メメは。
その現場を見て、卜部藤乃が何をしたのかを、察知して。
すぐさま、戦場の四人に警告を飛ばした。
『───いつかは分からない!どこかも分からないけど、どこかで狙撃が降ってくる!』
「………どういうこと?ちゃんと説明してメメちゃん」
『藤乃は多分、あらゆる要素を計算して、時間差で落ちてくる狙撃をしたの。
直感的に分かりやすくいうなら、人力ミサイルと言ったところかしら』
「いやいや冗談キツイって占藤。
流石に、流石にそれは、さ。そんなのもう神様の領域だって」
『………そうね。でも───』
「卜部ならば、それが出来てもおかしくはないな」
堀北学は、卜部藤乃のぶっ飛びっぷりを、おそらく占藤メメと同じくらいには理解している。
だからこそ、その神業がすぎる狙撃を納得しようとして。
バックアップルームの風間律と戦闘中の金石博が、同時に声を上げた。
「いやそれはおかしいよ」
『それはおかしいだろう』
そう。おかしいのだ。
卜部藤乃は、確かに優秀だが。
ここまでの神業ができるのには、なんらかの裏があると判断するべきだ。
堀北学は、一瞬虚をつかれながらも、改めて。
二人の意見に納得したので。
卜部藤乃の裏技を、考えることにした。
三年生達は、反射で戦いながら、思考する。
「ドーピングみたいな、外部要因の一時的な計算能力強化とか?」
橘茜は、思考する。
「それはおかしいわよ。薬でこれが出来るなら、他の狙撃手達がやらない理由もないわ」
黄乃珠紀も、思考する。
『卜部は倒れたんだよな?倒れた瞬間の状態は?』
風間律は、思考する。
『鼻出血に血涙に耳血、異常な発汗。足を挫いているようだけれど、それはおそらく着地の影響ね。
鼻出血血涙耳血異常な発汗。これらの原因が、裏技に直結しているのかも』
占藤メメは、思考する。
「多分、異常な心拍数の増加がその諸々の影響なんだろうね。でも、狙撃でそこまで心拍が増加するかな?」
金石博も、思考する。
「狙撃というよりも弾道計算の結果として心拍数が異常に上昇した。
つまり、脳機能の一時的な超活性化に伴う酸素消費量増加に伴う心拍数増加が原因なんだろうな」
堀北学も、思考する。
「薬以外で、どうやってそこまで脳機能を活性化させられるのかって事ですよね」
橘茜も、思考を続ける。
「………薬って言えばさ、体育祭で一年Dクラスが用意したあのゾンビ。あれって、確か脳機能を制限して、その分を肉体に回していたって認識で良いんだよね」
黄乃珠紀も、思考を続ける。
『なるほど。その逆をやっているわけだな。しかしそれだと結局薬による脳機能活性化じゃないか。薬以外でやっているはずなんだが』
風間律もまた、思考を続ける。
『………薬による後押しなしでも、リミッター解除は出来ていた。
つまり、薬なしでもそれが出来てもおかしくはない』
占藤メメもまた、思考を続ける。
「薬無しでリミッター解除は、強烈な思い込みが一番必要なもの。ようは、自発的にプラセボ効果を起こしているわけなんだけど」
金石博もまた、思考を続ける。
「プラセボ効果による一時的な身体機能低下を引き換えにした、脳機能超活性化?
どうにもしっくり来ないな」
堀北学もまた、思考を続ける。
「………メンタルトレースの応用の可能性は?」
橘茜も、思考を続ける。
「………あり得ない話じゃないわ。メンタルトレースは、自己を対象とした強力なマインドコントロール。これなら、プラセボ効果以上の効果を齎せてもおかしくはない」
黄乃珠紀も、思考を続ける。
『仮にメンタルトレースの応用の場合、マインドコントロールによって身体機能の一部を排除して、その分を脳機能に回しているというわけか。
理屈は通る。だがそれだと、身体機能の一部が、どの身体機能なのか疑問だ。
最低でも狙撃はできる身体状況だったんだろう?』
風間律も、思考を続ける。
『………つまり、運動機能に直接的に関わる機能じゃない。
考えられるとしたら、五感のうち、味覚、嗅覚、聴覚、触覚かしら』
占藤メメも、思考を続ける。
「………とすると、だ。
これ、
金石博は、結論を出して。
「………そうだな。
おそらく、俺や金石なら、出来るはずだ」
堀北学も、結論を出した。
『………仮説は出来たな。占藤。一時的に僕のクラスのドローンを頼む。
僕が実験する』
風間律は、メンタルトレースを実行する。
より深く、自身の精神に潜っていく。
これまでの思い出が、走馬灯よろしくフラッシュバックして。
その果てに、自身の精神を、完全に掌握した。
試しに、触覚と味覚、嗅覚をカットしてみると。
自身の脳機能が、爆発的に上昇しているのが、わかった。
………なるほど。これならば、人力ミサイルも不可能ではないだろうが。
『………あと数ヶ月は早く、これに辿り着きたかったな』
少しだけ、これに辿り着くのが遅かったのが、本当に、心から、悔やまれる。
『………検証は完了だ。恐らく、堀北達も出来るだろう』
風間律は、検証を、終えた。
「よし。じゃあ取り敢えず聴覚だけ残すか。視覚が一番脳機能使ってるしさ」
「はいはい。自分でもちゃんと迎撃してよね。フォローはするけどさ。あいつら相手だし」
「もちろん」
金石博は、メンタルトレースを深化させる。
立体反響音で、敵の位置を把握。反射で迎撃して。
黄乃珠紀が、隙を常にフォローしていく。
「ふむ。聴覚だけ残すか。茜、フォロー頼む」
「分かりましたっ!」
堀北学も、メンタルトレースを深化させる。
立体反響音で、敵の位置を把握。反射で迎撃して。
橘茜が、隙を常にフォローしていく。
二人は、ほぼ同時に。
『神の領域』へと、踏み込んだ。
(………わお、こいつはすごい)
未来が読めるような。
世界全てを、完全に掌握できたかのような。
そんな、全能感。
「────よし、じゃあ、射撃を降らせるとしようか」
右手を上空に掲げて、ワンマガジン分を撃ち切って。
一年生と桃井緋音は、固まった。
そこで、カットしていた視覚、味覚、嗅覚、触覚を戻す。
鼻血を垂らしながらも、金石博は笑っていた。
「────予言するよ。後輩たち。
僕の弾丸は、当たる」
一年生達は、桃井緋音は、理解する。
この、一瞬で。
彼もまた、『神の領域』に踏み入れたのだと。
(────なるほど。これが、浅野先生に見えていた世界か)
未来が計算できる。
世界を完全に把握できる。
自身が、神となったかのような、感覚。
(────よし。ひとまず、ワンマガジンにするか)
ハンドガンを上空に掲げて、撃つ。
残弾を吐き出し切ったそれを下ろしながら、鼻血を拭って、カットしていた視覚、嗅覚、触覚、味覚を戻す。
「よし。準備は済んだな」
二年生達は、驚愕する。
堀北学もまた、『神の領域』へと踏み込んだのだということを。
そう。彼らの相手は、『神の領域』へと踏み込んだ者たち。
それに、勝つことなど、もはや不可能で。
(────オレは、勘違いしていた。
卜部先輩だけが特別なんだと、思っていたが。
堀北先輩も、金石先輩も入れた。出来た。
逆説、卜部先輩の人力ミサイルは、裏技によるもの。
つまり───)
綾小路清隆、赤羽業、浅野学秀、雪村あかり、坂柳有栖、椎名ひより。
南雲雅、鬼龍院楓花、九重九十九、星穹恒、花咲ほむら、狐判稔。
各学年、頭脳最強格の天才達は、それに気付く。
そう。『神の領域』は、卜部藤乃だけの特権では、無かったのだと。
「───ねぇ、綾小路、浅野くん。これってさ」
「───そうだな。卜部先輩の特権では無かったのか」
「───裏技だったんだね。勘違いしてたよ」
『───ならば、私達に出来ない道理はありませんね』
『───入り方さえ分かれば、私たちも』
「───よし、話し合いを始めるぞ」
「───藤乃ちゃんだけの特別じゃなかったんだね」
「───メンタルトレースと同じか。ならば、仕組みさえわかれば」
『───そっか、だから藤乃は、誰にも教えなかったんだ。誰かに教えたら、そこから連鎖して、みんなが入り始めるから』
「───なら、オレらに出来ない道理も無かったわけだ」
『───検証さえ出来れば、入れるんだね』
「───よし、話し合いを始めるぞ」
そうして。
彼らは、『神の領域』へと、踏み込み始める。