実はちょこちょこ仕込んでました。
初日の夜、伊吹を拾ってきた山内に、俺たちは完全に呆れ果てていた。
取り敢えず、クラスメイトから離れた森まで山内を引っ張って行って、まぁ、殺人拳骨を含めたお仕置きとお説教をしておいた。
しかし、拾ってきたのは仕方ない。
取り敢えず、俺たちは伊吹を受け入れることにした。
そうして、三日目の朝。
事件は起こった。
絹を裂くような悲鳴が、女子テントから響き渡った。この悲鳴、鈴音か!
すぐさま女子のテントまで走る。
「鈴音!どうした⁉︎開けるぞ!」
鈴音が泊まっているテントの入り口を開くと、ないている鈴音と、慰める桔梗とみーちゃん、佐倉に松下がいた。
膝をつき鈴音に向き合いながら、ハンカチで涙を拭く。
「清隆、くん………」
「大丈夫だ。……何があった」
「………鈴音の下着が盗まれてるの」
「………はっ?」
桔梗の言葉に、俺は耳を疑った。
すぐさま、その他の女子の荷物を確認してもらったが、下着は見つからなかった。無論、伊吹もボディチェックしたが、下着は持っていなかった。
………そうなれば、当然。
「まぁ、そうなる、よね」
「あぁ。犯人がいるとしたら男子の中の誰かだ。犯人探しをするが、それでも良いな」
渋る様子の平田だが、俺がこれ以上ないくらいには怒っているのを見て、仕方ないと諦めたのだろう。
ため息を吐きながら、男子を集めていった。
「悪いが、お前たちの荷物を調べさせてもらう。──予めいっておくが、俺と平田、啓誠は確認済みだ」
ここまで怒る俺は、初めて見たのだろう、全員が、固唾を飲んでいた。高円寺も、木に寄りかかってこそいるが、決して笑ってはいなかった。
男子たちも、俺の圧に押されて、潔く荷物を出していった。俺と平田、啓誠で確認していく。
やがて、啓誠の怒号が響く。
「─────山内!お前っ!これはどういうことだっ‼︎」
そちらに視線を向けると、明らかな女性ものの下着が、山内の鞄に入っていた。
「ま、待ってくれ……!知らない。俺は、知らないんだ……!」
泣きそうになりながら、山内春樹は訴える。だが、啓誠は一切の容赦無く詰め寄っていく。
「知らないで済ませられるか!なら何でお前の鞄にこれがあった!」
「何かの間違いだ!信じてくれよぉ〜!」
隣で起きるそれを見て、寛治は、強く拳を握り締めていた。
我慢できなかったのか、山内の胸倉を掴み上げた。
「───春樹てめぇ!何してやがんだ!」
友達にそんなことを言われて、山内は完全に固まっていた。引き攣った笑みを、浮かべながら。
「な、何言ってんだよ寛治ぃ。お、俺じゃねぇって。信じて、くれよぉ〜」
「うるさい!この、馬鹿野郎!」
寛治の全力の右ストレートで、左頬を撃ち抜かれて、山内は最大に倒れた。
そんな山内に馬乗りになり、寛治は殴り続ける。涙すらも浮かべながら。
殴っているのは、寛治なのに。
痛そうなのも、寛治だった。
「そこまでにしたまえ、キャンプボーイ」
振り上げた寛治の右腕を、高円寺が掴み止めた。
「……っ、止めんなっ、高円寺!」
「────いいや、君がそれ以上やる必要はない。あとは───」
高円寺は、俺を見た。
俺は、倒れ伏した山内を覗き込む。山内は怯えが見える引き攣った笑みを浮かべながら、俺を見上げていた。
俺の瞳は、自覚するぐらいには、暗かった。真っ暗闇と言って良いだろう。まるでブラックホールだ。
───鈴音を傷付けた。そんなことを、許すわけにはいかない。
「彼の仕事だ」
抵抗する山内を、俺は森まで引き摺った。
その後のことは、言うまでもない。
その日以降、山内春樹は点呼の時以外、拠点に足を踏み入れることは無くなった。
そんな俺たちを、一歩離れて観察しながら、伊吹澪は、顔を顰めた。
────そんな伊吹を、無表情で睨み付ける、桔梗が、いた。
木に寄りかかりながら俯く山内春樹。
ボソボソと何事かを呟きながら、涙をこぼしていた。
「──いくらなんでも殴るのは酷いだろ………」
「──大丈夫?山内」
「──伊、吹、ちゃん…………」
山内春樹の、受難は続く。
四日目。
伊吹は、二人分の焼き魚を貰って、山内の元へ戻った。
一本を差し出すと、山内は暗い顔で拒否した。
「………食べなって。食べないと、体調崩すよ」
「………うるせぇ、ほっとけ」
山内は、明らかにいじけていた。焦ったそうにした伊吹は、山内の顔を強引に持ちあげると、その口に焼き魚を咥えさせた。
「ほらっ、食えっ」
「んがっ」
熱さに咽せながらも、涙を溢しながら、咀嚼する。
それが、熱さで出た生理的なものなのか、そうじゃないのか、伊吹には判断がつかなかった。
「……ありがとなぁ。伊吹ちゃん」
「……別に、礼を言われるようなことじゃない」
腹もある程度は満たされて、少し落ち着いたのか、山内春樹は、いまだに涙を流しながらも、訴えた。
「………俺じゃねぇって、何度も言ったのにさぁ。何であいつら、信じてくれねぇんだよ」
日頃の信頼の積み重ね、でこそあるが。流石に、伊吹は山内を憐んでいた。
だからこそ。
「────信じるよ」
思わず、そんな
「…………伊吹、ちゃん」
驚いたような顔で、山内は、伊吹の顔を見た。
顰めっ面のまま。しかし、少しだけ、似合わない笑みを浮かべて。
「───私は、あんたを信じる」
伊吹澪は、
山内春樹は、少しだけ、救われたような、顔をしていた。
五日目。
また、事件が起きた。
今度は、カタログが燃やされていた。
ただ正直、だからなんだ、と言う話ではあった。
カタログなんて無くても、どうとでもなる程度には、蓄えもあったし、熱さ対策も、ある程度は出来ていたので。
ただ、無視することは出来ないので、全員に一応の聞き取り調査を行った。だが正直、ほとんど全員、犯人は山内だろうと思っていた。
なので、須藤が、山内に話を聞きにきた。
「何のようだよ、健」
須藤は、思わずたじろいだ。
山内の様子が、尋常では、無かったので。
「あ、あぁ。その、カタログが、誰かに燃やされちまってな。
正直もう、無くても困んねぇんだが、その、あれだ。心当たりとか、無い、か?」
「ねぇよ」
山内は、須藤の返答に被せるように即答した。
須藤はそれに一瞬気圧されながらも、しかし、すぐに落ち着きを取り戻して、今度は別の質問をした。
「な、なら、伊吹は、どんな感じだったんだ?」
「───はっ?健お前、伊吹ちゃん疑ってんのか?」
その返答に、須藤は一瞬詰まったが、しかしすぐに答えた。
「あ、あぁ。ぶっちゃけ、二日前の下着泥棒も、伊吹の仕業じゃねぇか疑ってる奴が多い。
ほ、本当はお前も、そんなことやってないんだろ?」
「───うっせぇんだよ!伊吹ちゃんはそんなことしねぇ!」
その剣幕に、須藤は完全に言葉を失った。
「誰も信じてくれなかった俺を、伊吹ちゃんは信じてくれた。なら!俺も、伊吹ちゃんを信じる!」
「…………春、樹」
「───帰れ」
「……春樹、話を……」
「帰れってのが聞こえねぇのかよ!」
須藤は、もうどうしようもないのだと、そう悟った。
申し訳なさそうな顔をしながら、須藤は、山内に背を向けた。
「………すま、なかった」
「………おせぇ、んだよ」
お互いに涙を溢しながら、須藤と山内は、別れた。
伊吹は、その会話を、複雑そうな顔で聞いていた。
その日の夕方。
『潮時だ。山内を利用して、クラスカードを盗め』
「………了解」
掘り起こしたトランシーバーで、伊吹は、そんな指示を受け取った。
当然、指示を下したのは、龍園だった。
既に、Cクラスはほとんど全員が船上に戻っている。
Aクラスに潜り込んでいた椎名は、『これは無理です』と言ってきたので、渋々ではあるが引き上げさせた。
Bクラスに潜り込んでいた金田は、いつの間にか、船上に戻っていた。本人曰く、クラスカードを盗み見るために、井戸に仕掛けようとしたところで、気絶してしまい、そのまま船まで運ばれていたのだと言う。
正直疑わしいが、本人もよく分かっていないようなので諦めた。まぁ、Bクラスには
だが、Dクラスは格段に上手くいっていた。
やはり、不良品か。
「───ねぇ、山内」
「んが、何だよ?」
焼き魚を食べながら、伊吹は
「さっき、龍園のやつに会った」
「ごほっ、ゲホッゲホッ」
伊吹のそれに驚き、山内は咽せた。
「ちょっ、大丈夫?」
伊吹は水筒を差し出しながら、そんなふうに山内を心配した。
「あ、あぁうん。気にすんな」
「……うん。続ける、わ」
「……お、おう」
伊吹は、
「何か、さ。……反発したのは、許さないけど、Dクラスに潜り込んでみせたのは、評価する、クラスカードを、盗んでこい、だってさ」
山内は、伊吹の
「………っ、で、も、盗んだりしたら、失格、だし」
「………うん。だから、これで撮ってこい、だってさ」
そう
あからさまに、山内は息を呑んだ。
「……でも、そんなの、バレ、たら」
「………多分、私は退学。龍園も、私を庇う理由なんて、ない」
「………だ、だめだ!そんなの、だめだ!」
「……………だけど、クラスに、戻れなかったら」
「…………な、なら!俺が、やる。お、俺が、写真、撮ってくる」
「………いい、の?」
「………も、もちろんだ!あんな奴ら、もうどうでもいいし、俺に、任せておけ!」
「………うん。信じてる」
伊吹は、
五日目の、深夜。
山内は、テントに忍び込んで、幸村輝彦の名前が書かれているクラスカードを写真に収めて、すぐさま逃げ出した。
真っ暗闇の森を走りながら、山内は、伊吹との合流地点まで走っていた。
「い、伊吹ちゃん、どこだーーっ!」
「……ここよ。別に、そんなに叫ばなくても」
「……あ、あぁ。そ、そうだ、デ、デジカメ」
そして、山内はポケットを探り出すが、そこで、何かに気付いた。
「……………な、無い。……ごめ、ごめん、伊吹、ちゃん。デジ、デジカメ、どっかに、落としちゃった、みたい」
「…………そう」
この真っ暗闇の中で、デジカメを見つけ出すなんて、不可能だ。
まぁ、写真が撮れなくともいい。
何せ、
「なら、教えて。誰が、リーダーなの?」
「……あぁ。幸村、幸村輝彦、だ」
すぐに、伊吹はトランシーバーを起動して、龍園に報告する。
『何だ?』
「Dのクラスリーダーは幸村。写真は撮れなかったけど、
『………そいつに変われ』
「………分かった」
伊吹が投げ渡してきたそれを、慌てふためきながら、山内は受け取った。
何度かお手玉のように跳ね飛ばして、何とか掴み取る。
『よう。お前がDクラスの生徒か?』
「あ、あぁ、山内、だ。山内春樹」
声だけで可哀想なぐらいに怯えながら、山内は答えた。
まぁ、こんなに怯える奴が、龍園に嘘をつけるとは、思えない。
『───そんで、Dのクラスリーダーは、誰だ』
どうしようもない裏切り行為。
それは流石に分かっているのか、唾を喉を鳴らして飲み込みながらも、山内は、話した。
「……幸村、幸村輝彦、だ」
通信を受け取った龍園は、馬鹿にするように笑った。
(……はっ、だからアイツ、あんなに吠えてやがったのか)
全ては、虚勢だったのだろう。
あるいは、見当違いな自信。
リーダーに
本当に、愚かな男だ。
龍園は、確かに納得した。
ならば、もう。
『伊吹、そいつ消しとけ』
山内春樹は、用済みだ。
「…………えっ………?」
「………はぁ……了解」
伊吹は瞬く間に山内の懐に潜り込み、鳩尾に鋭い正拳突きを見舞った。
その衝撃で、山内は膝をつく。
「……伊吹、ちゃ………なん、で………」
「………悪かったわね」
意識を失いそうになりながらも、そう問いかける山内に、伊吹は真実を話した。
「………下着を盗んで、あんたの鞄に入れたのは、私」
山内は、固まった。
「……カタログ焼いたのも、私」
山内の両目から、静かに、涙が溢れ出す。
「……アンタが、使えそうだったから、利用した。他の奴らよりも、頭、悪そうだったから」
目を見開いた山内の口から、笑い声が、溢れ出す。
「………壊れたか。………悪かったとは、思ってるよ」
最後に、強烈な膝蹴りを顔面に叩き込んで、山内は、仰向けに倒れ伏した。
『良くやった伊吹。とっととリタイアして、船上でのんびりしてろ』
「………アンタは?」
『一人は残ってないとだめだからな』
「………あっそ」
そういうところは、ちゃんとしている。
そんなことを思いながら、山内に背を向け、伊吹澪は、その場を去った。
───誰にも気付かれることなく、その会話を聞いている誰かがいることに、伊吹は最後まで気付かなかった。
「………ふぅん。リタイアするんだぁ。……丁度いい」
その会話を聞いていた、Dクラスの生徒。
もうそろそろ、クルーザーの波止場なので、伊吹は、完全に油断していた。
だから、その生徒に、気付かなかった。
「───こんばんは。伊吹さん」
「───っ‼︎‼︎」
振り向きながら横拳を放つが、その生徒は音すら立てずに跳びのいた。
「──うふふ。こんな夜更けにどちらまで?」
何故か、何故か、何故か。
「………別、に。そろそろ限界だから、リタイアしようとしてた、だけ」
「確かに!ここはクルーザーも近いもんね!」
櫛田桔梗は、綾小路清隆と、堀北鈴音に比べれば、一枚落ちる。
それが龍園翔の評価だったし、伊吹もそれに同意していた。
「あれれ?でも変だね?───山内くんは、どうしたのかな?」
「……別に、知らないわよ。あんな奴」
そう、思っていたのに。
一番、怖いのは、櫛田桔梗なのでは、と。
伊吹はようやく、気が付いた。
「…………ふぅん?そんなこと言うんだ。……………伊吹さんが、罠に嵌めたのに」
「………っ!っ、はっ、罠にかかって、盛大にやられたくせに……!」
力は、間違いなく
頭脳も、
それは、間違いないはずなのに。
どうして、こんなにも怖い。
…………………いや、違う。
「……………ふふふふふふふふ。まぁだ、気付いてないんだぁ?」
「……何、に………まさ、か……!」
そこで、伊吹は目を見開いた。
まさか、私は───!
そこで、拍手の音が響く。
目の前にあるのは、櫛田桔梗の、両手。
合掌したような手が、指先を、自分に向けている。
あぁ、これは、猫騙しか。
そう思った時には、伊吹澪は、崩れ落ちていた。
薄れゆく意識の中で、伊吹澪は、笑う櫛田桔梗を、見上げていた。
「───君たちが負けたのは、私達じゃないよ」
意識の波長。
潮田渚がそれを身につけたのは、当然、本人の才能もあるだろうが、家庭の中で、母の顔色を、伺い続けて、それに適した対応を取り続けていたから。
ならば。
潮田渚よりは、短く、されど、家族ではない赤の他人の顔色を、約四十人以上伺い続け、ブログを見られるまで、誰にも気付かれる事なく、凡そ数年間、それに適した対応を取り続けた櫛田桔梗は、濃度という側面では、潮田渚をも上回る経験を、積んでいた。
ならば、当然。
櫛田桔梗も、身に付けていたとしても、何も不思議ではない。
───意識の波長を読み取る観察眼と、
潮田渚に次ぐ、暗殺の才能。
これこそが、櫛田桔梗の恐ろしさであり、切り札。
嘗ての、『堀北櫛田による綾小路公開処刑事件』において、トドメを刺したのは、堀北鈴音の
色々考えていたときに、気付いたのです。
櫛田桔梗がクラップスタナーしたら、面白いのでは、と。