暗殺教室と言ったらこれよ。
入学式も終わり、堀北鈴音は綾小路清隆達と別れて、生徒会室に向かっていた。
校内案内図があって助かった。コレで迷わず辿り着ける。
と、そこで、生徒会室から出てきた生徒を見つけ、立ち止まる。
「………久しぶりね。浅野くん」
「こちらこそ久しぶり、堀北さん」
二人の関係は、2年生の頃に遡る。
堀北鈴音の兄、堀北学は、椚ヶ丘歴代最高の生徒会長と呼ばれていた。あの浅野理事長も一目置いていたし、個人的な授業もしたことがあるらしい。
当然、それだけの才能の持ち主に挑まない理由はない。浅野学秀は生徒会長選挙戦で堀北学に挑み、父以外の他人から、初めての敗北を刻まれた。
それから一年、側で堀北学を見続けた浅野は、尊敬を抱きつつも、いつか超えるべき壁であると捉えていた。
堀北学の妹に直接会ったのは二年生にあがってからだ。
一年の頃から常に、自分の一つ後ろに居続けている秀才がいることは分かっていたが、それが堀北学の妹であると知り、ますます興味が強まった。
そうして、直接堀北鈴音と会い、失望した。
兄を超える気も、追いつく気もなく、ただその後ろをついて行くだけの存在。
そんなのが妹であることを憐れんだし、自分が弟であったらよかったのにと思わずにはいられなかった。
それはそれとして、それなりには有能だったし、自分がこの学校を支配するのに使えると思ったので、自分の傘下に加えてあげようとした。堀北学には世話になったし、自分が鍛えてあげれば恩返しにもなると考えたのだ。
しかし、身の程も知らず反抗する堀北鈴音に、孤高と孤独を履き違えている愚か者に怒り、徹底的に叩き潰して従えようとした。
堀北鈴音は、兄と比べて大したことがない、と
それは、二年の期末テスト明けについに爆発した。
『そろそろ、僕に従うつもりになったかい。堀北さん』
『何度も言ったでしょう。あなたに従うつもりなんてないわ』
『おいおい、この期に及んでまだ分からないのかい。君は、僕に勝てない。君の憧れにも、一生追いつけない』
『……黙りなさい』
『だから、君に提案しているのさ。僕の傍で、僕に従っていけば、必ず君の成長にもなる。いつか、君は兄を超えられる。だがそれは今じゃない』
『……黙って』
『僕が堀北学を超え、その僕のもとで君が堀北学を超える。これ以上に最高の未来はないだろう?さぁ、僕の手を取れ、堀北鈴音。僕が、君に
『黙りなさいって、言ってるでしょ!』
浅野学秀は、その可能性も当然考えていた。
考えてはいたが、流石にそこまで愚かではないと、当時の堀北鈴音を高く見積り過ぎていた。
それまでの怒りが爆発した堀北鈴音は、浅野学秀の美麗な顔面に、強烈な正拳突きをお見舞いした。
『…………君ごときが、僕に逆らうだと?』
堀北鈴音は完敗した。
無論、性差は確かにあっただろう。
だが、それを踏まえても蹂躙としか言いようがないぐらいには、一方的に制圧された。
屈辱だった。勉学でも、空手でも、何も敵わず、一方的に敗北したことは。
あの記憶は、堀北鈴音にとって、一番苦い記憶だった。
最初に殴りかかったのは鈴音であったので、当然鈴音はE組に落ちた。
浅野は、愚かにも自分に逆らった身の程知らずのことなど忘れて、盤石の体制を整えていった。
それが、中学2年生の二人の顛末だった。
そうして今、高校一年生の二人は、生徒会室の前で向かい合っていた。
「もう、
「あぁ。
「……兄さんは、その、どうだったかしら」
「あぁ。記憶通り、いや、それ以上だった」
フン、と軽く息を吐きながら、超えるべき壁がより高くなったことを喜ぶ浅野。
「僕を見ての第一声が、どうやらさらに敗北を知ったようだな、だよ。なんでそんなことまでわかるのか。全く、父を彷彿とさせる化け物ぶりだね」
「まぁ、兄さんだもの」
「………この学校が、こうまでおあつらえ向きの学校だったことは、僕にとって幸運だった。あの一年、特に、二学期末テストの借りを、ここで完全に返してやるさ」
「えぇ。望むところよ」
堀北鈴音の記憶に刻まれた敗北が、あのときの敗北の記憶だったのなら。
浅野学秀にとってのそれは、二学期期末テストだった。
頭を下げてまで、A組を負かしてくれと頼んで、そんなのしなくても俺らが勝つし君は俺に負ける、と言い放った赤羽と、追い討ちするように、良くて4位ぐらいでしょ、と舐めたことを言ってきた堀北のことは、よく覚えている。
………結果は、赤羽と堀北の言った通り。
期末テストで五百点満点を取ったのは、赤羽綾小路堀北の三人のみ。浅野は三点届かず、学年4位だった。
あの敗北は、胸に刻んでいる。
だから、この学校は、浅野にとって渡りに船だった。
自分に敗北を刻んだ三人と、超えるべき壁が全て、同じ学校にいるのだ。そして、運の良いことに、全員が自分にとっての敵だった。
神に感謝したいぐらいだ。
「僕は僕に与えられた
「叩き潰されるのは、
お互いに宣戦布告して、
(まずは、一刻も早くクラスを掌握しなければな。
注意すべきは葛城と
生徒個人個人の平均的な能力は、Aクラスが最も優れている。これを有効活用しない手はない。)
不敵に笑いながら、チラリと後ろを見る浅野。
その視線の先で、堀北は生徒会室に入っていった。
(あの一年で進化したのは、君たちだけではないことを示すとしよう)
ふー、と一旦深呼吸して、もう一回深呼吸して、通算五回ぐらい繰り返して、やっと覚悟を決めてドアをノックする。
「入れ」
「失礼します」
できるだけ音を立てないように扉を開ける。
あの一年で染みついた習性のようなものだ。
生徒会室の奥。女子生徒をそばに控えさせ、大窓を背に手を顎の下で組み、こちらの全てを見透かすような目で見る、血を分けた兄。
………この学校の、頂点。
「………お久しぶりです。兄さん」
「……ふっ、どうやら良い出会いがあったようだな。鈴音」
以前よりも、間違いなく凄みが増している。
この気配は、浅野理事長に近い。
「……えぇ。素晴らしい学友たちと、担任でした」
「殺せんせー、か。
「会っていたら、驚いたと思いますよ」
「ふっ。そこに座れ、鈴音。
来客用のソファーに座ると、兄のそばで控えていた女子生徒がお茶を出してくる。
礼を言いながらも、彼女のことを観察する。
兄の秘書、みたいなものなのだろうか。
なんか、すごく仲良さそうなのだが。
………もしや将来の義姉候補……?
「そういった関係ではない。今のところは、な」
「……なるほど、今のところは、ですか」
「……ごほん」
薄らと頬を赤く染めながらも、話を戻してください、軽い咳払いで意思表示をする先輩。
何だかとても可愛らしい雰囲気が漂っているので、兄をどう思っているのか根掘り葉掘り聞きたいところだが、今は我慢しよう。
「
早速、本題に入るとしよう。
「
「……ふっ。気付いたのはそれだけか?」
「まさか」
出された緑茶を一口飲んで、
「この学校では、生徒個人の競争ではなく、クラス間の競争が行われている。どのクラスが最もポイントを稼げるかを三年間競い合う。稼げたポイントに応じて、順位が変わる。……ここからは、憶測でしかないですが、恐らく、
クツクツと、堀北学は、
「見事だ。成長したな、鈴音」
「……ありがとうございます」
あの一年で学び尽くしたスキルを総動員し、口元が弛まないように必死になる、が、同時に頬が引き攣っているので、学のそばに控えている女子生徒は、『お兄さんに褒められて嬉しいけど、喜ぶのはちょっと恥ずかしいから必死に堪えてるんだ、可愛い』なんて思われていることなんて知らず、続きを促す。
「……先の推論は、概ね当たっている、という認識で間違いないようですね」
「あぁ。一日目でこの学校の
「………これで、
「そうだ、これで
(……二年生、三年生の教室に、見て分かる何かがあるということ?………
「まさか、
兄の傍の女子生徒は思わず肩を竦ませる。
兄は、より深い笑みを浮かべた。
「見誤っていたな。これだけで、そこまで辿り着くか」
「……先生の教えが良かったので」
「端末を出せ、鈴音」
言われた通り端末を出すと、連絡先と100万ポイントが送られてきた。
「……これは?」
「報酬だ。好きに使うと良い。
堀北鈴音は必死だった。必死に、嬉しいという感情が爆発しないように抑えていた。
「…………ご期待に添えるよう、全力を尽くします」
ふわふわとした心持ちで、足取りだけは確かに、生徒会室を後にした。
堀北鈴音が去った後の生徒会室で、書記の橘茜は、適温に抑えた緑茶を堀北学に出した。
「それにしても、今年のAクラスは凄いですね。まさか初日にこの学校のほぼ全てを見抜く生徒が二人もいるなんて。他のクラスには同情しちゃいます」
一口茶を飲んでから、学は橘の思い込みを正した。
「勘違いしているようだが、鈴音は
「…えっ!あんなに頭も良くて学くんの妹さんなのに!?」
「……まぁ、2年生の頃に問題でも起こしたんだろう」
「……何というか、B、Cクラスには同情しちゃいます。あんなのを相手にしなくちゃいけないなんて」
「いや、そうとも限らん」
「えっ」
「今年の一年は粒揃いのようだからな」
堀北は寮への道すがら、得た情報を整理する。
(基本的には、私たちが導き出した推論は当たっていた。………問題は、あまりにも大きすぎるペナルティ。
………退学に、なるとしたら。赤点か、或いは、暴力事件などの問題行動、といったところかしら)
いずれにしても、そこも踏まえて対策を始めるべきだ、と考えていると。
「初めまして、堀北鈴音さん」
唐突に、鈴の音色ように可愛らしい声が、堀北を呼び止めた。
自然に身構えつつ振り返ると、そこにいたのは、ベレー帽を被り、杖をついた、妖精のような少女。
とても、そうとても可愛らしいのに、どうしてだろう。
とても、恐ろしい。
「……初めまして。あなたは?」
「坂柳有栖。1年Aクラスのものです」
コツコツと、杖の音が廊下に響く。
彼女の雰囲気に引っ張られて、この廊下の空気が澱んでいく。
「………そう。浅野くんのお友達かしら?」
「えぇ。そうですね。親同士に親交があって、その関係で、幼少期より付き合いがありまして。俗にいう、幼馴染というやつでしょうね」
その瞳に、気配に、向けてくる感情に。
隠し切れない殺意と、一種の尊敬のようなものが見える。
「そう。彼からどんな話を聞いているのかしら?」
「同世代で自分を負かした三人のうちの一人だと」
「それだけかしら」
「それだけ、とは」
「それだけでは、あなたの向けてくる殺意に説明がつかないのよ」
ふふふっと、可愛らしい笑い声が漏れる。
杖の音はより強くなり、向けてくる殺意もより強くなってきた。
「………流石は、
「……ま、知ってる人もいるでしょうね」
「私が貴方に殺意を向けるのは、とても個人的なことですよ」
「個人的、ね」
「えぇ。少し興味が湧いたので、父の伝手を使って、貴方たちのことを、より詳しく調べてもらったんですよ。そうしたら驚きました。学秀くんを負かした
「……清隆くんを知っている、ね」
そこで、一際大きい音と共に、杖の音が止む。
静寂が支配する廊下の中で、ボソリと、呟くように、ある単語を告げる。
「
清隆を知っている、と言った時点で、ある程度の予想はついていた。
その施設を知っていることも、予定調和だった。
「………そう、関係者だったのね」
「ふふふっ。まぁ、正確には、私が一方的に知っているだけですけれど」
「……なるほど、施設の見学にでも行ったときに見かけたのかしら」
「……これは驚きです。そこまで分かるとは」
「当てずっぽうでも、言ってみるものね。……で?」
「で、とは?」
「あなたは、
殺意がより一層強くなった。
さっきよりも短い間隔で、杖をつく音が廊下に響く。
「ふふ、ふふふふふふ、ふふふふふふふふふふ………いいえ、そんな俗物的なものじゃありませんよ。ただ、偽りの天才を屠るのは、真の天才の役割だというだけです」
………照れ隠しにしても、もっとこう、あるのでは。
まぁ、もし仮に恋敵だとしても、負けるつもりも譲るつもりもないし、
牽制ついでに、軽く揺さぶってみるとしよう。
「そう。
「
「私、
ビクリ、と坂柳有栖の動きが止まる。
予想だにしなかった一撃を喰らったような。そう、鳩が豆鉄砲を喰らったようなという諺は、こういうときにこそ使うべきなのだろう。
「勝っ……た?貴方が……彼に?」
「えぇ。辛勝では、あったけれどね」
殺せんせーの過去と寿命を知り、殺すべきが救けるべきかを決める戦いが行われたとき。
それこそが、『堀北櫛田による綾小路公開処刑事件』である。
「……そ、うですか」
「えぇ。残念ながら、彼の
見て分かるぐらいには、顔を赤くする坂柳。
元々肌が白いので、とても分かりやすい。
……何というか、素直で可愛らしい、かも?
「っ……あ、あまり思わせぶりなことを言うのは良くありませんよ。聞く人によっては、誤解してしまいますからね」
私は分かってますけど、みたいな雰囲気を全面に押し出す坂柳。
……やっぱり、ちょっと可愛い。
「あら、何も間違ってはいないわよ。確かに、彼の
「の、濃厚!!??!?」
まぁ、その、あれだ。
「は、破廉恥です!不潔です!汚らわしいです!そ、そういうのは良くないです!」
「へぇ。……でも、
「は、本気って……」
「えぇ。私は本気よ。本気で、彼に
「っ………」
「私の親友も、
何とか、そう何とか動揺を抑えて、杖に縋り付くように立つ坂柳は、足をガクガクと振るわせながら、負け惜しみのように、不敵な笑みを貼り付け、言う。
「っふふふふふふ、か、仮にあなたが一度は勝っていたとしても関係ありません。
それに対して、自分はあなたに比べて一歩どころか百歩近くは先を行っているのだと言外に示すように、
「えぇ。受けて立つわ。どこからでもかかって来なさい」
そう言い捨て、身を翻す。
今この瞬間から、坂柳有栖にとって派閥争いもクラスの頂点もどうでも良いものとなった。
まずは何としてでも、
浄化+進化済み浅野学秀+最初からガチの坂柳有栖+まともなやつがリーダーなので協力的な葛城康平。
そして普通に高スペックな他生徒たちが統率の取れた状態にある。
強すぎDクラスが壊れてなかったら許されないやつ。
※坂柳有栖の脳みそについては必要経費とする。