ちょい短め
試験初日の夜。
BクラスはAクラスとの交渉を始めていた。
「………なるほど。お互いにお互いの優待者を指名し合うことで、マイナスを0にしたい、と」
一之瀬帆波と潮田渚のその提案に、浅野と葛城、そして坂柳との通話を繋げている神室は、しかし全員、さほど思案はしなかった。
「………正直、あまり得があるようには見えないな」
『珍しく意見が合いましたね、葛城くん。態々現状、Bクラスと手を組む必要を感じません』
「……まぁ、そういうわけだ。今回は諦めてもらえないかな?」
容赦無いなコイツら。
神室は三人の様子を見てそう思った。
ただ、まぁ。神室としても、同意見ではある。
「浅野くんは、『手を組む余地はある』って言ってたよね。なのにそれをひっくり返すの?」
一之瀬は押し黙りそうになりながらも、すぐさま反撃した、が。
「───都合が良いところだけ抜き出すのは感心しないな。一之瀬さん。僕は『これから先も友好な関係を築けるなら』と付けていた。友好的な関係が、ただ精神的なだけのものでは無いことぐらい、君なら分かるだろう?」
「──そう、だけど」
「つまり浅野くんは、僕たちBクラスと組むメリットを示せって言ってるのかな?」
『付け加えるならそれは、今回の試験以降も踏まえた長期的なものでなくてはなりません』
「あぁ。そして、お前たちBクラスだけが持つ長所でないと意味がない」
二人に割り込んできた潮田を牽制するように、坂柳と葛城はそう答えた。
Bクラス
Bクラスは現状、Aクラスの下位互換でしかない。
完全敗北したとは言え、現Cクラスからスパイとして潜り込んできた椎名ひよりは、監視のために最も長く接した神室真澄に、相当に優秀な生徒だと思わせたし、浅野学秀の執拗な攻撃に、しかし一切根を上げない強靭な精神力も持ち合わせていた。
そして、たった一人残った上で、自身も病に陥りながらも、それでもリーダーを当てるために最後まで残り続ける、あの化け物じみた執念を持つ龍園翔は、確かに評価に値する。
何より、坂柳有栖と葛城康平が信を置く浅野学秀は、Cクラスの赤羽業を相当に評価していた。
そして現Dクラスは、総合的な実力において、一年生最強の可能性が最も高い綾小路清隆。
それに追随する総合力を誇る堀北鈴音。
幅広い人脈と、優れた能力を持つ櫛田桔梗に平田洋介。
綾小路清隆に匹敵すると目される高円寺六助。
予想外の才能を見せた池寛治に山内春樹。
一年最高クラスの身体能力を誇る須藤健。
一年最高クラスの学力を持つ幸村輝彦、などなどなど。
優秀な
将来性、成長性において、まず間違いなく歴代Dクラス最高であることは疑いようもなく、それどころか、『過去最高のAクラス』たる現3年Aクラスに、将来的には並びかねないとすらも思っている。
それに比べて、Bクラス。
確かに、クラス平均は、ともすれば一年最強であり、一之瀬帆波、雪村あかりの二人の指揮官を有することで、堅実でありながら柔軟な対応が取れる、例年ならAクラスになり得ただろう優秀なクラスだが。
しかし、それだけだ。
少なくとも、
(───だが。このクラスには、何かがある)
その
(葛城が言っていたが、龍園は、Bクラスには、一切反応していなかった。そして、Dクラスの受けたペナルティは、マイナス50CPのみ。───つまり、
龍園がBクラスのリーダー当てを行おうとする素振りが微塵もなかったことから、監視がいて、行動に起こそうとした金田を妨害したのは明白。パンデミックの結果、クラスリーダーがリタイアしてしまったから指名できなかった可能性はもちろんあるが、しかし解答前に龍園が確認したのはDクラスのみ。
Bクラスには一切の関心を寄せなかったことから、リーダーの特定はできなかったと見ていい。
そして金田を監視していただろう生徒は、
何せ、ABクラスの女子は合同で兎の世話をしていたのだから。
兎を愛でるのに熱中して監視を忘れる程に愚かなら話は別だが、流石にそこまで愚かな生徒はBクラスにはいない。
つまり、監視は男子生徒。
そして、もう一つ。
(───赤羽が、スパイ作戦を見逃したのは、
この場合の有効は、リーダーを見抜くという点ではなく、他の要素。───例えば、誰かに監視させて、動きを制限させること。
その可能性に気付いたとき、君の顔しか浮かばなかったよ。──暗殺とは、誰にも気付かれずに殺すこと。………あの教室で学んでいたのなら、それだけの隠密性を身につけていたとしても、不思議じゃない)
そしてその疑惑は、
人間の意識を把握できるのなら、
そして、暗殺において、最も重要だろう要素は、隙をつくこと。
(────おそらく君は。
あの教室で、最も優秀な暗殺者だったんじゃないかい。潮田渚くん。
だからこそ。
この場で、君が、その才能を売り込めば。
僕らも、手を組む余地がある。
君という才能を手に入れられるのなら、Bクラスと組む価値がある。
だから敢えて、手を組む余地があると言ったんだ。
君の才能を手中に収めることと、君にそういう才能があることを確定させること。その両方を満たせる可能性があるから)
「………」
潮田渚は、考え込んでいた。
もし、今。Bクラスだけが持つ強みがあるとすれば。それは。
(───僕の暗殺をおいて、他にない)
………だが。
(僕の暗殺は切り札。………ここで、切るべき?)
悩む。確かに、ここで
それは、
(………茅野も、連れてくればよかったな。多分、僕よりも向いてる)
メリットとデメリットを天秤にかける、が。
渚の中では、デメリットの方に傾く。だが、得られるメリットも、決して無視できない。
(……………これは、一先ず)
「一之瀬さん、少し急ぎすぎたかも知れない」
「………そう、だね。あかりちゃんと神崎くんとも話しておかないと」
試験は、まだ三日もある。
確かに兎グループでは危ういが、他のグループでなら、十分に勝ちの目はあるだろう。
「…………話を聞いてくれてありがとう。四人とも」
「……時間取らせて、ごめんなさい」
渚と一之瀬は、そう言ってその場を立ち去った。
浅野は、渚という才能を得ることこそ出来なかったが、それでも満足していた。
(………悩んでいたな。潮田渚。だが、僕らにばかり意識を向けすぎだったな。
一之瀬さんは、君に意識を向けていた。
………つまり、一之瀬さんは、
一之瀬さんは本当に優秀だ。彼女ならば、僕らの言っていることが事実だと察しているし、実際に、
そんな彼女が、縋るように君を見ていた。
それはつまり、
確信が、確証に変わった。君こそが、間違いなく
二人が去った後、神室真澄は、ある疑問を抱いていた。
「────別に組んでも良かったんじゃない?利点は薄いけど不利益なわけでもないでしょ?」
神室のそれは、確かにその通りだ。
Bクラスと組む利益は、薄いが。しかし、不利益しかないわけではない。人手が増えるのは間違いなく利点だし、他のクラスへの牽制にもなる。
にも関わらず、何故。
「Bクラスの総合力は、あの二人の統率があって初めて効力を発揮する。───俺たちの指示の元に動き回るとは思えない。そんな生徒がいくらいようと、足手纏いになるだけだろう?」
些か厳しい、だが、確かな事実。
Bクラスの強さは、二人のリーダーあってこそ。Aクラスのように、単独でもある程度は戦えるわけじゃない。
神崎ならば、サブではあるが、リーダーとしても個人としても十分な仕事ができる、が。
それは、一之瀬雪村の指揮下にいる時と比べて、雲泥の差の戦力だ。
「でもそれって、あの二人を指揮官に据えたまま、私たちの利益になるように動かせば、話は変わるんじゃない?」
そう。二人に指揮を継続させれば、Bクラスの高い総合力をそのまま、Aクラスの戦力にできる。
だが。
『それはお二人が、私たちに完全に従う場合、です。今回の要求は同盟、どちらが上でも下でもない、横の繋がりです。つまり、私たちと敵対するような動きも、場合によっては取るでしょう』
そして。
「同盟が破綻した時に付け込んで、他の2クラスが仕掛けてきたら、僕たちが相手をしないといけないのは、実質3クラスだ。
それよりも、どのクラスも3クラスを相手しないといけない今の状況を維持することのほうが、優先事項としては上。
同盟を組めば2対1対1の状況で、そうなれば当然下位2クラスも組むだろう。2対2になったなら、Bクラスが僕たちと組み続ける理由はない。
下位の2クラスと組んで、僕たちを倒すほうが優先される。それだけ、僕たちを倒すのは難しいからね」
何より。
「この試験が終わった時、綾小路たちの牙は、間違いなく僕らの喉元にまで迫ってくる」
無人島試験を終えて、現在Aクラスの抱えるポイントは、1636ポイント。
Bクラスは、1268ポイント。
現Cクラスは、810ポイント。
現Dクラスは、906ポイント。
今回の試験で、逆転の可能性は十分にある。そうなれば。
「僕たちの敵は、現Dクラスとなる」
あの二人、堀北鈴音と綾小路清隆と、ついに激突できる。となれば。
「わざわざ裏切りの可能性を抱えてまで、利益の少ない同盟を組む選択は、あまりに愚策だ」
「あぁ。目下最大の脅威は間違いなく現Dクラス。奴等と対決するのに不安要素は一つも残すべきではない」
『えぇ。綾小路くん………そして堀北さん、櫛田さんは紛れも無く強敵です。その三人だけでなく、高円寺くんに平田くん、そして、爆発的な成長を遂げている幸村くんもまた、決して侮れない相手です』
本当に、笑ってしまう。
浅野は、あの二人とついに戦える喜びと、僅かな恐れを隠しながら。
葛城は、こいつらが
坂柳は、ついに
そして三人とも、誰が相手だろうと、このクラスが負けることはないという、絶対的な自信から。
好戦的な笑みを、浮かべていた。
会議室を離れた渚と一之瀬は、その足で神崎と茅野の元に向かっていた。
「……あかりちゃんいる?その、話したいことがあるんだけど」
「……あれ、帆波ちゃんと、渚くん?どうしたの?」
「ちょっと、大事な話があってね」
そうして、神崎も合流した四人は、終日開いているカフェの奥まった席で、秘密の会談を始めていた。
「なるほど、Aクラスとの交渉は失敗した、か」
「焦りがあったにしても先走りすぎだよ二人とも。私たちにも話してくれれば良かったのに」
「それに関しては反省してる」
「……うん。私のミスのせいだから、ちょっと焦っちゃってたみたい」
「いやぁ、そのグループ分けだったら仕方ないんじゃないかなぁ?」
「いや、でもあかりちゃんは
「でも私は優待者じゃなかったし」
「俺も龍グループだが、優待者では無かったからな。少しは楽だったさ」
今回のグループ分け。
龍グループと兎グループに、首脳陣が集まり過ぎている。
正直何らかの意図を感じる。
「龍グループの方は、もう見当ついてるの?」
「いや全然。本当に膠着状態って感じ」
「個人的な所感で言えば、龍園が大人しいのが違和感を感じるな」
無人島試験で完全敗北したから、にしては流石に大人しすぎる。何らかの仕込みを行っている、と神崎は見ている。
「兎にも角にも、私たちは私たちのやるべきことをこなすだけ、じゃない?」
「あぁ。雪村の言う通りだ。まだ三日はある。着実に、安全に、優待者を探っていくべきだろう」
茅野と神崎のその提案に、一之瀬はそれもそうだね、と納得して。
ただ一人、渚だけが、途轍もなく嫌な予感を感じていた。
(───みんなの言ってることは、間違いなく正しい)
そう。そのはず、なのに。
(どうして、こんなにも鼓動がうるさい……)
何かを、見落としている。
そんな予感がする。一体、何を?
まだ初日なのに、致命的な失敗をしたような、そんな気がする。
でも、いつ、どこで?
答えは出ないまま夜を越え、そして。
翌日の話し合いで。
浅野学秀と潮田渚は、敗北を悟った。