筆が大暴れしましたわ。
分ける場所が見つからなかったので、実質二話分の文字数です。
クルーズ旅行兼無人島試験兼船上試験も終わって、夏休みも残り半分となった今日。
さて、今日は、俺と鈴音と桔梗による、カルマと奥田と椎名への、お手入れの日だ。
カメラは万全、準備は万端。
さぁ、カルマ。おもちゃにしてやるよ。
カルマは、死んだ目で佇んでいた。
その両隣では、右手を奥田が、左手を椎名が握っていた。文字通りの両手に花だが、楽しそうなのは奥田ただ一人。
カルマと椎名はとても気まずそうな顔だ。
最高に面白い。
まずはさっと十数枚だな。
「……ねぇ、撮りすぎじゃない?」
「黙って二股デートを楽しんでいろ」
「こういうのはお前の担当だと思うんだけど‼︎」
「いや、今となってはカルマもピッタリだぞ」
「どの辺りがだよ!目ん玉ついてんの⁉︎」
うん。ついてるから言ってる。
鈴音と桔梗は、俺の両隣で写真を撮っていた。
哀れだな、カルマ。やめはしないが。
「なんだかこういうのは楽しいですね!お手入れと聞いて戦々恐々としていましたが、あまりキツく無くて良かったです!」
「…………そ、うですね」
「…………そ、うだね」
やっば。楽しそうな奥田と相反するように辛そうなの面白すぎる。
ウケる。写真撮っとこ。
三人へのお手入れの内容としては、いつかやるつもりの俺たち三人のデートの予行演習らしい。
場所は学内にある遊園地。
学校の敷地内にある遊園地とはこれ如何に。
「よし、まずはジェットコースター行ってみよう!」
「赤羽くんは二回は乗ってもらうわよ。一回目は椎名さんと、二回目は奥田さんね」
「……………あの、私絶叫系本当に苦手なんですが………」
「大丈夫!手でも握って貰えば安心できるでしょ?」
「そういう話では無く」
「いえそういう話よ。ほら、さっさと行きなさい」
渋る椎名の背中を押して、二人はジェットコースターに乗り込み、カルマと椎名は並んで座っていた。
見て分かるぐらいには椎名は真っ青だった。
安全バーを握る手が真っ白だ。
流石に哀れに思ったのか、安心させる為に、カルマは椎名の手を握っていた。
さて、シャッターチャンスだ。
気付いたカルマは手を離そうとして、不安のあまり手を握り返してきた椎名に諦めて手をしっかりと握っていた。
はぁー面白。ここもしっかり写真に収めておかないとな。
それでも椎名は真っ青だった。
やがてコースターが頂点に到達し、急速に落下する。
本当に苦手なんだな椎名のやつ。コースターが曲がったり落ちたり回ったりする中で、椎名は悲鳴すら上げられなかった。カルマはすごく落ち着いた顔でいた。この辺り腹が立つな。
でも椎名のやつすごいな。ずっとカルマの手握ってたぞ。シャッターチャンスしかなかった。
さて、カルマとひよりは、無事にコースターを乗り切った。
「……ふう、ひよりさん、大丈夫?」
「────…………ません」
係員とカルマが呼びかけるなか、冷や汗を滝のように流しながら、真っ青な顔で、呟いた。
「───ひよりさん?」
「腰が抜けて、立てません」
さて、多分恐怖の余り腰が抜けたんだろうな、一向に立てない椎名を、カルマは腕を引いて立たせていた。
コースターから立ち上がらせる時に、勢いが強すぎたのか、足が震えて椎名が踏ん張れなかったからなのか、それとも両方なのか。
椎名は倒れ込むようにカルマに抱き付いた。シャッターチャンス到来だ。
鈴音と桔梗と俺の三人がかりで撮りまくる。カメラの音で、ようやく写真に撮られまくっていることに意識が向いたのか、椎名は一気に真っ赤になった。
燃え上がるようにというのは、こういう時のことを言うんだろうな。
離れたくても、足が震えて離れられないみたいだ。産まれたての子鹿みたいだな、かわいそうに。そのままでいてくれ、もっと写真撮りたいから。
「あのさ!ひよりさん本当に震えてるし可哀想だから休ませてあげていい!愛美さんとも乗らなきゃダメなんだし、それまではさ!心拍数も本当にやばいし!」
「まぁそうね。ここまで苦手だったのは想定外だもの」
「…………まぁ、震えてる理由は、怖いからだけじゃないんじゃない?」
「そうだな。心拍数がやばい理由も、怖いだけじゃないんだろうな」
「…………黙ってください………」
カルマの胸板で赤くなった顔を隠しながら、羞恥に全身を震えさせて、椎名は消え入りそうな声で呟いていた。
さて、ベンチで椎名を休ませている間、俺はカルマと奥田の写真を撮ろうと思っていたが、どうせアイツらどっちも強いし、つまらんな。諦めてカメラを下ろした。
と、そこで浅野からの連絡が。まだ時間がかかるか、なるほど。
端末をしまって、チラッと椎名の方を見ると、鈴音と桔梗に挟まれ質問攻めにあっていた。
椎名ひよりは、絶叫系のアトラクションが心の底から苦手だ。
あの身体が浮き上がる感触が特に無理なのだ。
吐き気とまではいかないが、乗った後は放心状態になるし、足に力が入らなくなる。
しばらくはあの感覚が消えないし、瞼の裏には凄まじい勢いで過ぎ去ったいく景色しか残らない。
ただし、今日に関しては、乗った後の恐怖よりも、カルマの肉体の逞しさや、温かさが思い出されている。
手に残る微かな温もりは、カルマが自分をしっかりと守ろうとしてくれていたことを示していて、抱き締めてくれていた時の温もりも、なんとなく好きな刺激的な匂いも。
そこまで考えて椎名ひよりは全力で頭を振り回した。
匂いどうこうはもはや変態だ。すぐに追い出さなければ。
と、そんな椎名ひよりの頬に、冷たい水が押し当てられた。
「───ひゃあっ!」
「わっ、可愛い悲鳴。これであざとくないの狡くない?」
「桔梗さんだったら、その、ね」
「あっはっはっはっはっ。喧嘩売ってるなら買うよ鈴音?」
多分、仲が良いからこそなのだろう、喧嘩のような何かを、椎名ひよりはぼんやりと見つめていた。
「ほら椎名さん。これ飲む?」
「……い、頂きます」
恐怖と羞恥と歓喜でどうにかなりそうだった頭を落ち着ける為に、椎名ひよりは喉を鳴らしながら水を飲んで。
「で、赤羽くんに抱き締められてどうだったのかしら?」
「良い匂いでもしてた?」
「────っ!ぐっ、けほっけほっ」
急にぶっ込まれた質問を食らって咽せた。
嫌な予感がするので未だに震える足に鞭打って立ちあがろうとして、両隣に座られて、太腿に堀北鈴音は手を、肩に櫛田桔梗が手を置いた。
逃げられない。椎名ひよりはそう悟った。
「ねぇ、椎名さん。正直いつ頃から赤羽くんのこと好きだったの?」
「あの朝帰りの日からもう好きだったのかしら?」
「え、えと。えっと、あのそのあのですね」
「うんうん。大丈夫。落ち着くまで待っててあげるから」
「えぇ。ちゃんと落ち着くまで待っててあげるわ」
優しく、椎名ひよりに逃げ場はないことを告げる鈴音と桔梗。
………残酷だ。
「そ、の…………。朝帰り、した日から、何度か、その、私の好きな本の話とか、丸一晩聞いてくれたり、逆に、カルマくんの一年前の思い出とかを、一晩中聞いてたり。
奥田さんとの仲を進展させようと、揶揄ったり、しているうちに、ですね」
「気付いたら好きになってた、と。分かるよ。私もそんな感じだもん」
「割と積み重ねって大事よね。第一印象も大事だけれど、過ごしていくうちにいつのまにか好きになってることって、結構多いもの」
同意しつつも、二人の目は早く続き話せとでも言いたげな様子だった。
「そ、の。正直、その、な、泣いていたカルマくんに、その、母性というべきなんでしょうか。
そんな感情が、くすぐられてですね。その、正直、あの日から、その、そ、そういう感情の芽と言いますか。その、い、意識はもう、していたのかもしれません」
椎名はすごく青春してるなぁ。
鈴音と桔梗はすごく悪そうな顔で聞いてるなぁ。
二人は満面の笑みでさらに聞いていった。
「特にどこが好きなの?」
「……………えっと、その……私たちを大切に扱ってくれているところとか、………………わ、私の話に、ずっと付き合ってくれていることとか……………ちょっと、可愛いところ、とか…………」
湯気が出そうなくらい赤くなりながらも、鈴音と桔梗は一切容赦せずに、徹底的に聞き出していた。
やがて椎名は両手で赤くなった顔を隠したまま。
「………許して下さい…………許して下さい…………お願い許して………」
鈴音と桔梗はそんな椎名を全力で可愛がっていた。
奥田とカルマがジェットコースターから戻ってきたところ、椎名は、真っ白に燃え尽きていた。
「………ええと、大丈夫、ひよりさん?」
「……………恨みます」
「────あなたに赤羽くんが恨めるのかしら?」
「────もうゾッコンって感じだったもんね。椎名さん」
「………うぅ」
心配してきたカルマに、思わず恨み言をぶつけた椎名に、両隣からカルマには聞こえないように囁く鈴音と桔梗の攻撃がヒットした。
椎名、一瞬で再び撃沈だ。
「……ひ、ひよりさん?大丈夫……?」
俯いた椎名にカルマはそう声をかけて、涙目で見上げてくる椎名に、一瞬ドキッとした。
シャッターチャンスは見逃さないぞ。
「───あ、あなたの、せいですからね」
「………う、うん。悪かったとは、思っているけど」
さて、次のアトラクションに行こうか。
ついでに写真を数枚撮ってから、足が震えているからだろう、カルマの腕にすがりつくように立つ椎名と、楽しそうに腕を掴む奥田を、俺たちは次のアトラクションまで誘導した。
「正直椎名さんには悪いと思っているのだけれど」
「私たち三人とも絶叫系得意だし、なんなら好きだからね。これは私たちのデートの予行演習でもあるわけだし」
「ま、まさか………!そんな…………!」
次のアトラクションは、フリーフォールである。
椎名は、青を通り越して真っ白だった。
ジェットコースターに始まり、フリーフォールからの回転ブランコ、いったんお化け屋敷を挟んで、コーヒーカップからの別のジェットコースター、箸休めのメリーゴーランドからの海賊船で、またまた別のジェットコースター。
この遊園地の絶叫系フルコースである。
因みに三人ともお化け屋敷にはめっぽう強いので、むしろメリーゴーランドに並ぶ癒しだったかもしれない。
まぁ、殺せんせーのマッハ20世界旅行を体感した身としては、遊園地のアトラクションなどどれも物足りなさを覚えるが。
椎名は、そうではないようだな。
「…………鬼…………悪魔…………あの二人は、悪魔です…………」
最早灰である。燃え尽きて燃え滓になっている。
最後のジェットコースターが止めだったのか、腰が完全に抜けて、最早立っていられないので、カルマに背負わせておいた。
夏らしく薄着なので、色々な感触が背中に当たっていることだろう。カルマは動揺していた。実に愉快だ。
シャッターチャンス、通算三十七回目である。
「酷いこと言うのね椎名さん」
「うんうん。渚くんたちは私たちよりも容赦ないと思うなぁ」
明日は渚と茅野のお手入れタイムだが、二人とも日頃の恨みも晴らすべくすごい悪い顔をしていたので、とても可哀想なことになるだろうな。
「う〜〜〜ん、でも正直、私はそんなにお手入れされた感じがしませんよ。ずっと楽しかったですし」
「奥田さん割とアグレッシブなとこあるからなぁ」
「『E組の百年は語り継ぐべき伝説』、『奥田愛美の毒白事件』は凄かったものね」
「あれな。超ストレートに毒です飲んで下さいは凄かった」
「実際に飲む殺せんせーも殺せんせーだよね」
「物理的に顔色が変わっただけだったけれど」
「あっはははははは。私にとっては、その後の『はぐれメタル殺せんせー事件』まで含めて、ちょっとした黒歴史ですね」
そんな風に思い出話を楽しんでいると、会話に耳を傾けていた椎名は、カルマの背中をポスポス叩き出した。
「………むぅ。なんでそんなに面白そうなお話を教えてくれなかったんですか、カルマくん」
「ちょっと、叩くのやめてよ。まぁ、その、忘れてたっていうか、話しそびれただけだって」
何というか、あのカルマがこんなに穏やかに会話できるのか。
渚と同じくらいには、カルマも心を許しているような気がする。
「…………私は、もっと、あなたの、ことが…………」
「…………ひよりさん………?」
苦手な絶叫系フルコースは、相当に気力と体力を使っていたんだろうな。
カルマに背負われたまま、椎名は寝落ちした。
「あら、寝てしまったのね」
「無理させすぎちゃったかな?」
「………ほんとだよ」
鈴音と桔梗はそんなことを宣い、カルマは若干キレ気味に返した、が。ま、一番良い思いをしたのは奥田で、その次はカルマなんじゃないか?
「可愛い女の子二人とのデート、おまけに一人はお前にしがみついたり抱き付いたり密着してくるんだぞ?
かなり役得じゃないか」
怒り以上に羞恥で耳まで真っ赤にして、カルマは全力で抗議してきた。
「あ・の・ねぇ!ひよりさんは友達なの!友達がいくら可愛い女の子だからって、密着されたり抱き付かれたりしたら気不味さの方が勝つに決まってるじゃん!ていうかお前らが無理させたせいだろ全部!」
桔梗に視線を向けると、すごく悪そうで楽しそうな満面の笑みを浮かべていた。
なるほどな。
「だがなカルマ。
実はちょっと嬉しかったりしたんじゃないか?」
一瞬詰まったカルマは、しかしすぐに立て直した。
「………別に、全然嬉しくないし」
「あっ、嘘ついてるね赤羽くん」
さぁて、いじり倒すとしますかぁ。
鈴音とノリノリで追い詰めていく。
「嘘は良くないぞカルマ。嘘は良くない。正直に答えよう。ぶっちゃけどう思ってたんだ?」
「ちゃんと、本当のことを話してほしいわね、赤羽くん。………正直、奥田さんも気になるでしょう?」
「?そうですね!私も気になります!」
よく分からないけど乗せられた奥田と、俺たち三人に詰められて、ついにカルマは白状した。
髪よりも顔を赤くして、そっぽをむきながら、囁くように小さな声で。
「…………その、正直、ちょっとは役得かも、とか思ってはいました」
俺と鈴音は満足げに、桔梗は本当にいい笑顔で。
「もうちょっと大きな声で。あと具体的に」
「もう少し大きな声でお願いするわ。あと具体的に」
「もうちょっと声大きくしてね。あと具体的に」
さらに追加でおかわりを要求した。
「………っ、ぐ、ぅぅぅ。
………ぶっちゃけ、ひよりさんの程々の胸とか柔らかい体とか、腕を掴む指の細さとか、そういった女の子らしい体付きと言いますか!そういうのを感じるたびに、照れますけど、それ以上に嬉しかったです!
これでいい⁉︎」
うんうん。素晴らしぞカルマ。ちゃんと動画にしてるからな安心しろよカルマ。
写真も動画もちゃんと中村に送っておくからな。
「…………悪魔どもめ………!」
俺らは何も知らないぞ。
しかし、もう夜か。
「椎名が起きていたらパレードのつもりだったが、寝てしまったからな」
俺は視線を観覧車に向けた。この遊園地の目玉だ。直径凡そ70メートル。多分都内でも最大級だろう。
「───あれ、お前と奥田で乗ってみたらどうだ」
「どうせ一個後ろのゴンドラから盗撮するんでしょ……!」
何を分かりきったことを。
密室、夜、二人きり、高校生。
何も起きないわけがないだろう?
「本日最後にして最大のシャッターチャンスだ。楽しませてくれ」
出来ればキスまではいってくれ。
「行きましょうカルマくん!こんなに楽しそうなの乗り過ごしたくはありません!」
うっきうきの奥田に手を引っ張られて、カルマは観覧車まで向かっていった。
さて、俺は残るとするか。
「鈴音、桔梗、写真を頼む。椎名は俺がみておくからさ」
流石に眠ったままの椎名を放置するわけにはいかないだろう。
そしたら、桔梗が声を上げた。
「椎名さんは私が見ておくから、鈴音と清隆で写真お願いね」
「いや、しかし」
「寝ている女子を男子が見守るのはダメでしょ?」
「………それもそうだな」
「なら、お言葉に甘えておくわね、桔梗さん」
奥田とカルマ、俺と鈴音で、夜の観覧車に乗る事になった。
「さて、狸寝入りはここまでにしておこうか」
ベンチに椎名ひよりを座らせた櫛田桔梗は、隣に座りながらそう言った。
しかし、椎名ひよりは眠った振りを続けていた。
「ふぅん。椎名さんがそうするなら、私にも考えがあるんだけどなぁ」
正直、何をしてくるのか怖くて堪らないが。
起きた方が恥ずかしい事になりそうなので、眠った振りを続けていた。
そうしたら、耳にイヤホンを差し込んできた。
『───大好きだよ』
「ひゃああああ‼︎」
カルマの甘ったるくいつもより低めな声での囁きに、椎名ひよりは飛び上がって驚いた。
なんか、こう、耳元で囁かれているような臨場感が凄かった。息の音すらも聞こえていたし。
赤くなった右耳を押さえながら、椎名ひよりは櫛田桔梗を精一杯睨み付けた。
「い、今のは何ですか…‥⁉︎」
「これ?赤羽くんにお手入れの一貫で作らせたの。後で売り捌こうかなって」
「う、売り捌くって……」
「因みに、イケメンランキング五位までの生徒には頼んで作ってあるよ。夏休み明け辺りで、女子から幾らか巻き上げようかなって。音声データ一人分につき、7000ポイントで受け付けてます」
「あ、悪どい商売を………!」
「えぇ?良心的な価格だと思うけどなぁ?初期投資のダミーヘッドマイクとか、思ったよりも高かったんだからね?」
まぁそれ以上に売れるだろうし、元は取れるのだろうけど。
「────それで、何で椎名さんは寝たふりなんてしたのかな?」
………この人の裏をかくのは、本当に難しいな。
「…………船上試験が終わった翌日の夜、
部分的にしか聞こえなかった、が。
綾小路がイカロスであり、ダイダロスは茶柱先生であること、天使は恐らくE組で、悪魔が浅野学秀、そしてケイローンは殺せんせー、なのだろうということまでは分かった。
綾小路清隆は、謎が多い。
幸村啓誠も言っていたように、彼だけ、実力が頭一つ分は高い。
同じ殺せんせーに師事していた生徒の中では、不自然なぐらいに総合的に優れている。
何か、理由があるのだろうか。
「……………まぁ、椎名さんなら、話しても良いかな。一応、清隆にも確認しとくけど」
端末を数回操作して。許可されたのか、櫛田桔梗はこっちに向き合った。
「───今から話すことは、誰にも話しちゃダメだよ。椎名さんが知ったことを知られたら、椎名さんの家族も危ないかもしれないから」
「───…………っ!な、なら、教えて、くれなくても………!」
予想を遥かに超える、衝撃的な言葉に、椎名ひよりは好奇心を押さえ込もうとした。
「───…………でも椎名さん、わざわざ赤羽くんにE組卒業生なのかって聞いたんでしょう?
知識欲っていうか好奇心?が人一倍強いみたいだし、多分、探るのをやめられないタチの人じゃない?」
少なくとも、桔梗の目からは、椎名はそんな人に見えている。
「───……私は、そんなに無遠慮な人じゃありません。知るべきではないことは、知らないままでいられます」
そう。本当に賢く聡いから。知らない方がいいことも、この世にはあることを、知っている。
「───………そっか」
櫛田桔梗は納得して、押し黙っていた。
「───………確認、何ですけど。それを、カルマくんと奥田さんは、知っているんですか」
「うん、知ってるよ」
「…………っ」
家族の命が危なくなるのなら、当然、二人の命だって危ないだろう。
それでも、二人は知っている。きっと、何かを手伝ってもいる。そんなの、分かりきっていたのに。
「……そっか。二人が知ってることは、自分も知っておきたい。………思ったよりも、独占欲が強いのかな?それとも、情が深いのかな?」
「……見方を変えれば、どちらとも言えるでしょう」
独占欲も、情の深さも。その両方を持っている、と。椎名ひよりは、そう思っている。
「────…………あの二人も、知っているのなら。それは、知っておくべきことです」
「………そっか。じゃあ、話すね」
櫛田桔梗は、息を細く吐いてから。
綾小路清隆の秘密を、話し出した。
「────清隆くんのお父さんは、綾小路篤臣。共栄党の国会議員」
野党第一党の共栄党に所属している国会議員、そこまでは、決して変な話ではない。議員の息子として英才教育を受けてきたから優秀なのだ、と言われても。
それを知っただけで命の危険があるほどとは、思えない。
「───………それはきっと、入り口に過ぎないのでしょう?」
きっと、ここからが地獄なのだろう。
「その人の管理下にある施設に、清隆くんは14歳までずっといたの。そこでは、物心ついたときから、徹底的な教育が施される。親とも離されて、友達も作らせず、ただただ、指定されたカリキュラムをこなして………少しでも、カリキュラムをこなせなければ、その子供は、追放される。……その施設は、壁も床も天井も、ありとあらゆるものが全て真っ白だった。───………だからその施設は、こう呼ばれてる」
「本当に椎名さんに教えてよかったの?清隆くん」
ゴンドラの中で二人きり。
鈴音は、俺にそう聞いてきた。
「───まぁ、椎名ならば、いつかは気付くだろう」
カルマと奥田がE組卒業生だということに気付くぐらいだ。
俺が特殊な境遇にいたことぐらいは、予想がつくだろう。
ならば、今の内に全部教えておいた方がまだマシだ。
「そう。あなたがそれで良いのなら、私は何も言わないわ」
窓の外を眺めていた視線を、俺に向けて。
鈴音は、俺の真意を探るように。
「───それで、浅野くんに、何かを頼んでいたようね。何を頼んでいたのかしら」
「………………」
「当ててあげようかしら。───坂柳さんと、話をするつもりでしょう?」
坂柳有栖。
鈴音が話しかけられたという、一年Aクラスの生徒。
そして、
「………いつか、俺たちはあの男とぶつかるだろう。その時に、味方は多いほど良い」
『綾小路父襲撃&殺せんせーブチ切れ事件』の際、殺せんせーの手によって、あの男が行ってきたあらゆる違法行為が、裁判所、警察、公安警察、マスコミに証拠付きでリークされ、その結果、ホワイトルームは一時的に閉鎖を余儀なくされた。
だが、殺せんせーが死んだ以上、ヤツはまた、俺を取り戻しに来るのだろう。
その時に、俺はヤツを打ち倒さなければならない。その為に、E組、烏間先生、ビッチ先生だけでなく、理事長や浅野、高円寺の力も借りたいと思っている。
もしかしたら、啓誠にも手を借りるかもしれないな。
「あなたが時間と人脈を求めてこの学校に来たのは知っている。条件だけを考えるなら、坂柳さんは確かに最適な人材よ」
ヤツの権力に抗えるだけの権力を持つものが父親で、頭脳という側面において、浅野が認めるほどの生徒で、恐らく、俺に対して協力的であろう生徒。
だが。
「………鈴音は、余り肯定的ではないのか?」
「………まぁ、彼女と実際に会った身としてはね」
………単なる嫉妬、ではないようだな。
「………何か問題があるのか?」
「………彼女は、
……まぁ、そうだな。
でも。
「まずは実際、話してみないとな」
実際に会って、実際に話してみないと、何も分からない。
俺はそれを、学んでいる。
「今日は楽しかったですね!カルマくん!」
「うん。そうだね」
カルマと愛美は、二人きりのゴンドラで、他愛もない無駄話を話していた。
あそこの出店が美味しかった。空中ブランコが想像以上に凄かった。椎名さんは大丈夫か。写真たくさん撮ってくれたみたいなので見ておきたい。いやそれはやめてほしい。
という話を続けていく中で、唐突に、奥田愛美は、黙り込んだ。
普通の男子だったら、すわ告白かと身構えるところだが、生憎と赤羽業は普通じゃない。
何を話したいのかは、何となく分かっている。
「………茶柱先生の話が気になるの?」
「……そうですね」
思い出す。
謎に満ちた綾小路清隆の素性が知れるかもしれないから、と。
E組全員が、全力で隠密して、三者面談を盗み聞きして。
────心の底から、嫌悪した。
『お前は最高傑作だ。いずれ日本を動かすべき存在だ』
『お前に椚ヶ丘で実地テストを受けさせていたのは幸運だった』
『浅野と取引して、お前をこのクラスに配属させた』
『お前がこの超生物を殺せば、それだけの拍がついたのに』
『なぜいまだに殺さない。それどころか、
『あまつさえ、お前が踏み台にするべきこの超生物に、絆されかけているだと?』
『とんだ失敗だ。何の為に十年以上、お前にとって最適の環境を用意したと思っている』
『今すぐあの部屋に戻れ。あそこでの教育こそ、お前には必要だ』
殺せんせーを。何より、自分の息子を。
日本を動かすための、道具としか見ていない。あまりにも悍ましく、恐ろしい、悪意とも違う何か。
それに満ちた男の言葉に、ついに殺せんせーはド怒りを迎えた。
『口を閉じろ。綾小路篤臣』
『貴様は確かに、綾小路くんの実の父なのだろう』
『だが、子供がこの教室にいたいと望んでいる』
『何より貴様は、綾小路くんを道具としか見ていない』
『たまたま偶然、最高傑作になったから、最初から期待していたフリをしている』
『あの部屋に入れたのも、ただのゴミ捨てのつもりだっただろうに』
『貴様はそうやって、人の人生を平気で踏み躙る』
『───貴様に、綾小路くんの父親を名乗る資格は、ない』
そうして、殺せんせーの手によって、ホワイトルームは白日の元に晒されかけて。
綾小路くんの残留と引き換えに、秘密のままになった。
「あの人は、本当に恐ろしい人です。どこまでも無感動に、人だって殺すのでしょう。……私たちにも殺せるように、先生という場所まで降りてきてくれた殺せんせーとは違います」
きっと、大人として。
どうしようもないぐらい上から一方的に、殺してくるのだろう。
「…………そうだね。あのオッサンは、相当やばい。精神力それだけで、浅野理事長や殺せんせーにも匹敵しかねない」
殺せんせーはあのとき、本気で殺すつもりだった。
──初代死神の殺気を真正面から受け止めてなお、あの男は揺るがなかった。
「………あれに抗えるかも、という考え自体が、若者特有の万能感なのかもね」
権力も、財力も、何もかも。
殺せんせーとは別の領域で、別次元の化け物なのだろう。
「───でも俺たちには実績がある。
殺せんせーを殺して見せたし、
綾小路が、切り込んで。一瞬の隙を、堀北さんが広げて、そこに櫛田さんが、クラップスタナーを差し込んだ。
三人の連携で生まれた隙をつく形で、E組全員の連携暗殺が炸裂し。
柳沢は、他ならぬ俺たちの手で、無力化した。
「俺たちは真正面から、超生物を暗殺して見せた」
代償として、二代目の一撃を受けて、綾小路は死にかけたが。
「───俺たちなら、きっと」
E組全員と、この学校で出会った、頼れる仲間たちとなら。
「太陽だって、殺せるんだ」
赤羽業の、自信に満ちた笑みをみて。
奥田愛美は、安心したように笑った。
「そうですね。私たちなら、きっと」
「事情は、分かりました。確かに、それだけの事をするような人ならば、それを知った人たちを皆、殺そうとするのでしょう」
椎名ひよりは、櫛田桔梗を見た。
人を見る目には自信がある、が。
櫛田桔梗は、見抜ける気がしない。
「あなたは、私に何を求めているのですか?」
「いつかで良いの。いつかどこかで、私たちはあの男と対峙する」
何せ、政府の最終暗殺作戦で、E組が囚われたとき。
綾小路篤臣のコネで、清隆はホワイトルームに連れ戻されたが。
E組は、施設を襲撃、爆破して、連れ出したのだから。
「もう喧嘩売っちゃったしね」
「…………凄いことしてますね」
「うん。施設が施設だから訴えられなかっただけだよ」
それはそれとして、E組はもはや完全なターゲットである。まぁ、こちらとしても、綾小路篤臣は完全なターゲットなのだが。
「頭の片隅に置いといてね。別に戦力として数えているわけじゃなくて、手伝ってほしい細々としたことを、頼みたいだけだから」
「…………今もう既に、奥田さんが作っている爆薬だったり毒薬だったりを、保管しているのですが」
「…………相変わらずだね、奥田さん」
流石はE組屈指のデンジャラスガールである。
「くしゅん!」
まぁもう夜だし、薄着だったし、寒くもなるか。
半袖ではあるが、上に着ているシャツを脱いで、カルマはそれを手渡した。
「あ、ありがとうございます。カルマくん。………誰かが噂しているのかもしれませんね」
「はっはっはっ。後ろのゴンドラの奴らとか?」
「………ちょっと覗いてみます?」
「覗いてみよっか」
二人で並んで窓に張り付いて、後ろのゴンドラを見てみると。
予想外にも、カメラを向けてはいなかった。
「内緒話でもしているのでしょうか」
隣り合って座っていて、お互いに顔を近付けているが。
「…………よし、写真撮っとこ」
ワンチャン
夜景をぼんやりと眺めていたら、いつの間にか鈴音は隣にいた。
「………ねぇ。清隆くん」
俺の頬に、手を添えながら。
「どうして、私たちには教えてくれなかったの?茶柱先生と話すこと」
………そう。多分、見つかるだろうなと思いつつも。
俺は、誰にも何も言わずに、茶柱の元へ向かっていた。
「…………少しだけ、後悔しているんだ。ここに入学しなかった奴らは、俺のせいで、面倒をかけた。あいつらにも、あいつらの家族にも常に、防衛省の護衛が付いている。必要なことではあるが、それでも」
俺に。俺の父親に、関わったせいで。
「────覚悟なんて、とっくに決めてたわ」
鈴音は、はっきりとそう言った。
「私も、桔梗さんも、みんな。だって、貴方のいない卒業式なんて、嫌だったもの」
卒業式は、E組全員で。
その為に、俺の友達たちは、
俺の父親。
「馬鹿で、向こう見ずで、無茶で無謀で、それでも、間違いなんかじゃないって、後悔なんてしないって、そう言い切れる」
鈴音は、真正面から覗き込むように。
俺の瞳にはきっと、鈴音の全てが映り込んでいるのだろう。
「私たちは、貴方と同じ、
ゴンドラから覗く夜景は、星のように輝く人工の光と、夜空に輝く星の光が混じり合っていて、人工と自然の調和した美しさがあった。
地上の星空と、天空の星空に挟まれたゴンドラは、星空の中を漂っているようで、どこか、現実とは思えないような、夢の中のような、そんな不思議な感覚だった。
俺の瞳に、鈴音の瞼が映り込む。
柔らかい感覚を、唇に受けて。
俺は、ここが夢ではないのだと、そう思った。
ニヤニヤしたカルマは、俺たちの写真を見せつけてきた。
仕返しとして、奥田と椎名にコッソリと睡眠薬を飲ませた。
深い眠りに落ちる二人を、カルマにまとめて背負わせて。
俺たちは、帰途に着いた。
「おいちょっと待て!ちょっと待てよ!堀北さん!櫛田さん!女子寮まで運んで!今寮長いないの知ってるでしょ!スペアキー借りれないんだって!俺がポケット探るのはダメでしょ!ねぇ、ちょっと!二人を外で寝かせるわけにはいかないでしょ!」
「ならお前の部屋に泊めればいい」
「ダメに決まってんだろ‼︎‼︎‼︎‼︎」
まぁ、それ以外に選択肢は無いぞ。
椎名と奥田を背負ったカルマは、誰にも見つからないように細心の注意を払って、部屋まで戻ってあと一歩、といったところ。
龍園翔に、出くわした。
「………あー、まー、その」
「違う違う違うぞ龍園!お前は勘違いしている!凄い勘違いしている!」
「………まぁ、うん。愛があるなら、そういうのもありじゃないか」
「そういうのじゃない‼︎‼︎‼︎」
「……ちょっと待ってろ」
それだけ言って、龍園はカルマの隣の部屋に入った。
実はこの二人、部屋が隣なのだ。
数十秒後、龍園は、あるものを持ってきた。
「…………なんでお前こんなの買ってんだよ」
「いやまぁ学校の敷地で売ってたんだぜ。そんなの面白そうだから買っとくだろ」
「…………で、なんでお前はこれを渡してきたわけ」
「いや、俺には今のところ本来の用途で使うような相手はいないからな。水風船にするよりもよっぽど────」
「俺も使わねぇわ‼︎‼︎‼︎」
箱ごと龍園に投げ返して、カルマはさっさと二人を背負いなおして部屋に入った。
カルマは、一睡もできなかった。
ゆうべはお楽しみでしたね。