時系列はある程度歪めて、この作品では大体二十数年前から高育はあったものとします。
潮田渚にとって、『高度育成高等学校』は、母に敷かれたレールの上にあるものでしかなかった。
母にとって、嘗て入学すらできなかった憧れの学校であり、ここに渚を入れることこそが全ての望みだった。
だが、最高の恩師とクラスメイトたちとの出会いを経た今では、自分の意思でここに進学している。
ここでの経験は、いつか必ず糧になる、と。
今、猛烈に後悔している。
教室に入る前から違和感はあった。
監視カメラが多すぎる。防犯目的にしては過剰だ。
次にクラス分け。てっきり椚ヶ丘のような成績順なのかと思っていたが、カルマがC、堀北さん、櫛田さん、綾小路くんがDの時点でそれはおかしい。ランダムかな、と思ってはいるが。
そして何より決定的なのが、今さっき終わった担任、星之宮知恵の説明。この学校における特殊なルール、仕様についての説明だったわけだが、
隠していることがある、という前提で振り返ってみると、色々おかしな点が多い。
何かがおかしいということは分かったが、それを形にできるほど、渚は頭が良くはない。
多分、カルマや堀北さん、綾小路くんなら、この段階で大体わかってしまうのだろうけれど。
(……まぁ、何もしないよりはマシかな)
「じゃあ、ここまでで何か質問がある人ー⁇」
「はい、星之宮先生」
「おっ、早かった!えっと、名前は?」
「潮田渚です。
「おおー。良い質問。うん、そうだね。
「……なるほど、ありがとうございます」
(波長が揺れた。
「じゃあ、他に質問がある人ー?」
「はい。星之宮先生」
「おっ、君の名前は?」
「茅、じゃなかった、雪村あかりです。
「ふーん、なるほど。うんっ、そうだね!
「………分かりました。ありがとうございます」
(茅野も、何か違和感を感じてたってことかな。でも、何でわざわざクラス替えについて聞いたんだろう?僕が分かっていないことも、茅野はわかっているってことかな?)
「ふふふふっ。みんな
「はいっ先生」
「おっ、君、名前は?」
「一之瀬帆波です。
「良い質問だね〜。答えはイエス!一定以上のポイントがあれば、何でも買えちゃうよ!ただ、買う対象によっては、とっても大きい額のポイントが必要なことになっちゃうから、考えて使うよーに。他に質問がある人ー?」
今度は、かなりの大人数が手を挙げた。
今までの説明から、ある程度の推論を組み上げた人がいるということだろう。
(皆頭良いなぁ。まぁ、国立のエリート校なんだし、そういうものか。……………ん?もし、これが意図的だとしたら?この学校に、このクラスに、頭のいい生徒が、
何だろう。多分、この疑問の先に、この学校の全てを知る、そんな手掛かりが、あるような──
チャイムが鳴り、質問の時間が終わる。
「あちゃー、手をあげてくれた子たちはごめんねー。これから入学式があるから、皆、体育館集合だよ?時間はあるから、親睦を深めたりするのも良いかもね!
「はーい皆、ちゅうもーく!これから三年間一緒ってことだし、まずはみんなのことを知りたいから、自己紹介とかどうかなっ?」
「うん。良いと思うよ。私もみんなのことを知りたいし」
とても明るくて、元気な声。何だかとっても楽しそう。
(一年の頃の
中一のころ、櫛田桔梗と潮田渚は同じクラスだった。
ただ渚は、
その為、彼女について詳しく知ったのは、E組に入ってからだった。
「じゃあまずは私からだね!私は一之瀬帆波!これからもよろしく!」
あちこちからよろしくの声が上がる。
多分、このクラスの中心は、一之瀬帆波になる、のかな?
「次は私だね。雪村あかり。これからもよろしくね」
可愛らしさと美しさのちょうど中間にあるような美貌。その上で、大人びた雰囲気と独特の色気のようなものを醸し出している。
(……らしく無いな。何でこんなことを?)
まるで自分を
「えっ、もしかして磨瀬榛名⁉︎私ずっと好きだったの!」
「……あちゃーバレちゃったね。うん。そうだよ、
「えっ、マジで!俺ドラマで見てた!」
「私映画!」
「うわーすげぇ有名人じゃん!」
さっきとは違い、今度は
(んんんん?もしかして、この為?自分がクラスの中心になる為?………さっきの質問が関係ある、のか?)
「そっか!榛名ちゃんなんだ!私も好きだったよ!」
「ありがとう、一之瀬さん。できれば
「うん!分かったよ、
「えぇ。よろしく、
クラスの中心になり得る二人の少女が、どちらも同じように近づき、自然と連帯する。
どこまでも明るく、可愛らしい一之瀬帆波と、可愛らしさと美しさが混じり合った、どことなく妖艶な雰囲気を漂わせる雪村あかり。
このクラスの中心は、どちらか一人ではなく、この二人なんだな、と他の生徒たちは納得した。
(……なるほど。自分と一之瀬さんがどっちも中心になる為に、こんなことを)
そこから、仕切り直して自己紹介を再開していく。何人か進んだところで、渚の番になった。
「初めまして、潮田渚です。得意科目は英語、趣味は映画鑑賞。これから三年間よろしくお願いします」
「うん!ありがとうね!渚くん!………くんで、合ってるよね?」
「……うん。よく間違われるけど、僕は確かに男だよ………」
「う、うん!そうだよね!ごめんね、一応、一応確認しただけだから!」
「……うん。大丈夫だよ、一之瀬さん。慣れてるから気にしないで」
「ふふっ。大変だね、
「……(なるほど)うん。ありがとう、
クラスの中心になるにあたり、雪村あかりは目立ちすぎた。
その為、近すぎる距離感の異性を作るのはリスクが高い。あかりのその思考を理解した渚は、その演技に乗った。
「おっ、そろそろ入学式だね!皆、送れないように体育館に集合だよ!」
一之瀬の声がけに従い、クラスメイトは談笑しながら体育館に向かう。
渚もそれについて行こうとしたところ。
「
「うん。分かったよ、
誰にも気付かれないように、自然と二人きりになる。
二人きりという状況に、内心は大暴れしているが、それをおくびにも出さず
「さっきはごめんね。付き合わせちゃって」
「いや、茅野のやりたいことは分かったし。全然大丈夫だよ」
「それでさ、後でカルマくんとか奥田さんとも話し合いたいんだけど、どうかな?」
「うん。僕もそうしようと思ってた。綾小路くんたちにも声をかけておくね」
「うん。じゃあ、
「確かに、そうした方がいいかも。それは僕が探しておくよ」
「よし、じゃあお願いね、渚!」
「うん。頑張って、茅野!」
さも最初からいたと、クラスメイトが勘違いするぐらいには自然に入ってくる二人。
Dクラスの今後のための話し合いが終わり、桔梗と共にコンビニに寄った。
「いやーやっぱりここってすごいねぇ。敷地内にコンビニあるんだよ?やばく無い?」
「あぁ、やばいな」
棚と値札を見る限り、外と全く同じと言っていいだろう。
そのまま店内を見て回ると、0円の商品を見つけた。一人三点まで。なるほど、万が一の時の救済策まであるとはな。取り敢えず歯ブラシは取っておこう。安物でも大した違いはないしな。
歯磨き粉やその他日用品を取ると、桔梗の姿が見えないことに気付く。
探してみると、美容品売り場で腕を組みながら半目で商品棚を睨んでいた。
強調された胸に視線がいきそうになったので、必死に視線を商品棚に向ける。
「何を買うのか、悩んでいるのか?」
「買うか買わないかを悩んでる。ポイントがどれだけ減るか分からないし、減らせるところは減らすべきっていう理性と、好きな人には可愛いところを見せたいっていう乙女心がぶつかってる」
「……………それ、俺に言って良いのか?」
「今更でしょ」
「それもそうか」
悩んで唸って、俺に視線を向けてくる。
俺はとにかく瞳を見ることに集中する。少しでも視線を下げたら万乳引力の法則に従ってしまいそうなので。
「清隆はどう思う?安物使って髪パサパサ、肌荒れ放題の私」
「……桔梗がそうなるのは想像もつかないな」
「……頑張って想像しなさい」
脳みそフル回転で頑張って想像するが、どう頑張ってもみっともなくはならない。今よりも華やかさが少し減った代わりに、素朴で身近な魅力のました桔梗になるだけだった。
正直にその旨を伝えると、桔梗は顔を真っ赤にして俯いた。
「……ホンットこの男は
踵を返してそこから離れる桔梗。
「買わないのか?」
「良いの!」
俺を覗き込むように振り返りながら、上目遣いで攻めてくる。
「清隆の想像なんて飛び越えるぐらい、可愛い私を見せてあげるから。覚悟しておいてよね」
くそ。勝ったと思ったのに。
桔梗の笑顔にやられて、俺は敗北を悟った。
レジに並んでいたところ、そこで
「久しぶり、綾小路くん。櫛田さん」
「渚くん、久しぶりー」
「久しぶりだな、渚。
渚に尾行されている、というのはついさっき、コンビニに入る前に気付いた。
というより気付かされた。
強烈な殺気が俺にだけぶつけられて、その感覚で気付けた。
「うん。僕もそう思うよ。
「うんっ!
「まぁ、そうだな。
このやり取り、なんだか懐かしいな。
かつてのE組を思い出し、まだ一月も経っていないのに懐かしさを覚えていると、何やら荒っぽい声が聞こえて来た。
「あぁ?うるっせぇな今探してるって言ってんだろ!」
レジの前を見てみると、赤髪の不良、須藤健が恐らくは上級生に怒鳴っていた。
「………もしかして、クラスメイトだったりする?」
俺の意識の波長を読み取ったのか、渚はそう聞いて来た。
「……まぁな」
いつの間にか須藤のそばに寄っていった桔梗が、声をかけた。
「須藤くんっ、どうかしたの?」
桔梗のことは覚えていたのか、助かったといいたげな様子だった。
「あぁ櫛田か。いや、学生証忘れてきちまったんだよ。あれが財布になるって忘れててよ。うっかりしちまったぜ」
「あー。まぁ初日だし仕方ないよね。今回は私が立て替えとくよ」
「お、良いのか。助かるぜ」
「待て桔梗。節約したいと言っていただろう。俺が立て替えておく。無料の商品で済ませるつもりだったしな」
「えっと、須藤くんは?」
「俺はどっちでも良いぜ」
「じゃあ、その、良いかな?」
「良いと言ってるだろう」
須藤の代わりに学生証を端末に翳す。
前原が言っていた。女子に変わって金を出すのが男の甲斐性だと。
殺せんせーも言っていた。モテる男は金を出すものだと。
実際、E組トップのモテ男である烏間先生は金払いが良かった。
今こそ、勉強の成果を見せる時だ。
「ありがとうな。綾小路、櫛田。お前らやっぱり良い奴だな」
単純な奴だな。
…………今思い返すと、男に立て替えたところで、別にモテ男ではないのでは?
そんなことを考えていると、店の脇にヤンキー座りした須藤が、そこでそのままカップ麺を食べ始めた。
寺坂を彷彿とさせる不良っぷりだ。いや、寺坂でもここまでではなかったかもな。
「そ、そこで食べるんだ」
「んぁ?なんか悪いか?」
「あ、いや悪いとは思ってないんだけど」
「あぁそうか、お前らもなんか食うのか?」
「いや、食品は何も買っていない」
「なんだそうなのか」
と、そこで買い物を終えた上級生たちが須藤に絡み出す。
「おい、どけよ。そこは俺らの場所なんだよ」
「あぁっ?なんだぁてめぇ」
沸点低すぎだろ。エタノールか?
「はっ、先輩に譲るのは当然のことだろ。そんな社会常識も知らなかったのか?………あぁさてはお前Dクラスか?流石は不良品ってところだな!」
限界を超え、噴火した須藤は、カップ麺を地面に叩き付けた。
「喧嘩売ってんのかてめぇ!」
「ははははっ、つくづくDクラスだな!納得の配置だよ!……あー、飽きたし、お前にそこは譲ってやるよ。せいぜい頑張れ、不良品」
そんなことを言い捨て、先輩方は去っていった。
「ちっ、なんだよあいつら」
須藤は、店先を放置したまま寮へ戻り始めた。
いつの間にか店員から掃除道具をもらっていたのか、渚が俺と桔梗の分の掃除道具ももらって来ていた。
「はい、二人とも。二人もやった方が、
「……ま、そうだな」
「……………なんなのアイツ。意味分かんない。ウザすぎ」
「……後で愚痴は聞いてやる」
「……ん」
三人でこういうのも、青春っぽくて楽しいかもしれん。
「なんだか楽しそうだね、綾小路くん」
「何が楽しいのよ。清隆」
二人は殆ど同時にそう聞いて来た。全く、末恐ろしい才能だ。
「すまん。なんだか、青春っぽくてな」
「そっか、確かにこういうのも楽しいかも」
掃除も終わり、店員に謝罪もしたところで、
桔梗は鈴音に集合場所の連絡をしていた。
茅野は既に集合場所についているらしい。Cクラスの二人もいるとの連絡も受けた。
集合場所のベンチには既に、赤髪の一見すると優男じみた、本性はさっきの須藤など比べ物にならないぐらい荒っぽい男と、二つ結びにして眼鏡をかけた、一昔前の典型的な優等生のようで、その実、E組トップクラスの危険度を誇る毒物女子、赤羽業と奥田愛美がいた。
「愛美ちゃん、赤羽くん、久しぶり〜」
「久しぶりだな、カルマ、奥田」
「お、お久しぶりです。桔梗さん、綾小路くん」
「二人とも久しぶり〜。元気してた?あれから進展あった?あったらぜひ教えてほしいんだけど」
「お前にはぜっっったいに教えない」
お前と中村にだけは教えてやらん。
あの時も酷い目にあったんだからな。
「えぇー酷いなぁ、綾小路は。俺はただ
そういうとこだぞ。本当に。
「教えなくて良いよ。綾小路くん。カルマくんは凄く意地悪だから」
「あぁ、良く知っている。多分、茅野と同じくらいには」
「………そうだね。私たちは
「……あぁ。俺たちは、
「………あの時は本当ごめん茅野」
「私たちは謝んないよ。清隆も中々あれだったからね」
申し訳なさそうな渚と、全然そんなことはない桔梗。
……この場合、どっちがマシなんだろうか。
「ごめんなさい。遅れてしまったようね」
「これで全員揃ったね」
「あーちょっと待って茅野ちゃん」
カルマはスマホを弄り、ある写真をこちらに向けてくる。思わず身構えた俺と茅野の予想に反して、そこにあったのはただのQRコードの写真だった。
「これ、みんなに読み込んでほしいんだよね」
「……安全なんでしょうね」
「大丈夫大丈夫。みんな驚くと思うよ」
良く分からないが、取り敢えず読み込むと、なんらかのアプリケーションがインストールされ、そして。
『みなさん、お久しぶりです!!』
懐かしい電子の声が、全員のスマホから同時に響いた。
「わっ、り、律?久しぶりだね」
『はい、お久しぶりです渚さん!』
「これ、どうやったのよ赤羽くん」
「まさかハッキングとかやらせてないでしょうね⁉︎」
カルマを問いただす鈴音と桔梗。
二人は割と律に甘い。
「違う違う。端末学校支給って言ってたし、監視か何かされたら嫌だなって思ったから、モバイル律のQRコード作ってもらって、偽装してもらおうと思ってたの」
「ぎ、偽装、ですか」
それは、ダメじゃね?奥田を筆頭に、全員が同じことを思っているらしい。
『はい!現在皆さんのスマートフォンは起動していないことになっています!学校の監視なども気にせず使ってください!外部との連絡にも使えますよ!』
「普通にハッキングじゃん!」
「バレなきゃ良いんだよバレなきゃ」
『そうですよ桔梗さん。バレなきゃ犯罪じゃないんですよ』
「離れて律。この男に関わるべきではないわ」
「……なんか堀北さん、律のお母さんみたい」
「……私はまだ母になるつもりはないわ」
「ふぅぅーん?まだ、ねぇ?」
ニヨニヨしながら俺と鈴音を交互に見やるカルマ。流石に失言なのか、鈴音は赤くなって黙り込んだ。つられて俺も赤くなる。これ以上はいたたまれないので、本題に入ろう。
「んっんんっ本題に入るぞ」
「俺にとっての本題はさっきの何だけど?」
「黙れカルマ」
「とにかくっ、兄さんからも大事な情報を貰えたわ。これからのために、共有しておきましょう」
日も沈んだ真夜中の、誰も知らないベンチで、
いつだって、全力の少年少女は止められない。嘗てクレイグ・ホウジョウが、E組を止められなかったように。
敵対する筈の他クラスの生徒たちは、全てを分かっていながらも、誰が見ても分かるぐらいには楽しそうだった。
そんな彼らを、形を忘れ始めた三日月が、見守っていた。
本気茅野カエデ(雪村あかり(磨瀬榛名))+大天使一ノ瀬帆波+作中最強の飛び道具潮田渚。
以下、普通に有能な生徒たちの布陣。
実質一ノ瀬二枚体制に加え、やろうと思えば無理矢理ワンサイドゲームに持っていける渚とか言う秘密兵器。
各クラス首脳陣は簡単にはやられないが、それ以外の生徒たちはいつの間にか不自然なくらいに誰の痕跡もなく大怪我してたりするかもしれないので、Bクラスは実質アンタッチャブル。
やり合う時はルールとモラルをしっかり守ること。