殺せんせーの教え子たち   作:宇津木 沙坂

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山内春樹の長い一日

 山内春樹は自室のベッドで横になりながら、端末に映るポイントを見てニヤつきを抑えられなかった。

 

「ぐへへへへ、五十万。五十万もある……。五十万もあるぜ……」

 

 優待者を当てることで得た五十万ポイント。

 一体どこで使おうかなぁ。

 

 同じく五十万を獲得した元Dクラスの生徒で言うと。

 高円寺は女子の先輩たちを集めてパーティーを開いてほぼ全額消費。(ちなみに啓誠も呼ばれた)

 啓誠は普通に貯金。(パーティーには一応参加した)

 寛治は本格的にアウトドアを始めるつもりなのか、ソロキャンプセット一式を買って、後は貯金。(一応ポイントをある程度払えば山にはいける)

 三宅は新品の弓と矢を買って、後は貯金。(パーティーに参加した啓誠を揶揄った)

 長谷部は佐倉と服やら何やらを色々買いに行って、後は貯金。(啓誠がパーティーに参加したと知って二人ともちょっと怒ってた)

 小野寺は筋トレグッズを買って、後は貯金。(鈴音からの期待にまだ冷や汗は引き切っていない)

 

「……よし!あいつら呼んで散財パーティーじゃ!」

 

 ショッピングモールで丸一日買い回れば、それなりの消費にはなるだろう。

 が、しかし。

 

『あ〜〜〜悪い。今日はちょっと用事あるから無理だわ。ごめんな春樹』

 

 ちなみに篠原とデート中。

 

『悪いな春樹。小野寺と一緒にジム行く約束してんだわ』

 

 小野寺と実質デート中。

 

「なんっだよあいつら‼︎」

 

 三馬鹿解散の危機である。

 端末をベッドに投げつけながら山内春樹はキレた。自分を置いてリア充の道を歩み始めている二人はもはや友達ではない。

 

「……しゃあねぇ。幸村誘うか」

 

 が、しかし。

 

『すまん。長谷部と佐倉に連れ回されているから今日は無理───ちょっ、引っ張るな二人とも!』

『なーに私たちといるくせに通話なんてしてんのよ〜』

『そ、そうですよ幸村くん!せっかくのプールなんですから泳ぎましょう!』

『分かった分かった分かったから。すまんな山内』

 

 通話は切れた。

 春樹はキレた。

 

「───巨乳美少女二人と二股デートとか清隆(最低)か幸村ぁぁぁ!」

 

 ちなみに幸村本人はいいトレーニングになりそうだな、とか考えながら真剣に泳いでいた。

 腹を立てた長谷部が泳ぐ幸村の背中から思いっきり抱きついた。

 一瞬慌てたが、すぐさま丁度いい重りだと判断して泳ぎ続けていた。

 佐倉はちょっと引いた。

 

「ぐっぐぐぐぐ、こうなれば清隆を……!」

 

 分かりきってはいるが、ここまで来たらやけである。

 

『すまんな春樹。今日は無理だ』

「でしょうねぇ!」

『他の奴らは誘わなかったのか?』

「軒並み全員デート中でしたわクソが!幸村なんか二股デート中だわ!」

『……あいつ人のこと言えんだろ』

「それはそう。というかうちのクラスに二人も二股野郎いるとかヤバくね?」

『…………一応俺も啓誠も二股ではないが。それはそうだな』

「というかお前はどっちとデート中なんだよ」

『………それは、その』

『ごめんなさい、少し混んでいて……』

『お待たせ!清隆!』

「………お前も二股デート中かぁぁぁぁ!」

 

 通話は切れた。

 春樹はまたキレた。

 

 再びベッドに倒れ込んだ。

 何故だ………?俺は頑張ったよな……?もっとご褒美あっても良いのでは………?

 

「………もう一人でも良いや」

 

 そうして、山内春樹は一人でショッピングモールに向かった。

 

 服とお菓子とインテリアを買い漁っていく。配送サービスもフル活用だ。弾くつもりのないギターも買ってしまった。

 しかし、虚しさしか残らない。

 

「…………映画でも見るか」

 

 適当に買ったチケットで、ポップコーンとドリンクを持って入場したところ。

 

「…………げ」

「………こっちの台詞だわ」

  

 まさかの伊吹澪が隣である。

 

「………はっ、一人映画とは随分と寂しい趣味ですなぁ」

「……それ、あんたにもブッ刺さるけど大丈夫?」

「………ほっとけ」

 

 しかし、映画が始まると、二人とも静かに集中し始めた。

 サスペンスもので、同時に可能な限り原作の本格ミステリー要素をうまく表現した作品だ。

 伊吹は椎名が好きそうだな、と思っていた。

 春樹は正直よくわからなかった。ただ、犯人役の演技は相当に上手かった。

 

「…………普通におもろかった」

「…………そうね」

 

 自然と、二人は一緒に映画館を出て、トイレを済ませて合流した。

 同じエレベーターに乗り込む。

 

「…………その、正直、悪かったとは、思ってるわ」

 

 動き始めた箱の中で、伊吹が独り言のようにそう言った。

 まぁ、それは一応、あの日にも言われたことだし。

 

「……別に気にすんな。こっちこそ、騙して悪かったな」

「………あっそ」

 

 多分春樹は微塵も悪いとは思っていないが、それに関しては伊吹も殆ど同じである。

 と、そこで唐突にエレベーターが止まり、電気が消えた。

 

「………えっ、ちょっ、おいマジかよ!」

「慌てないでよ。緊急連絡のボタン、多分生きてんでしょ」

 

 開くボタンを必死に連打する春樹の背後から覗き込んだ伊吹は、緊急連絡ボタンを押した。

 ちょっと距離が近いので、春樹は一瞬固まったが、相手が伊吹なので、すぐさま一瞬顔を出した煩悩を殴り倒した。

 

『はい。こちらサービスセンターです。事件ですか事故ですか』

「事故です。なんか急にエレベーター動かなくなって、停電してます」

『分かりました。速やかに復旧作業に入ります。慌てず落ち着いて待機していてください』

 

 安心したように息を吐いた二人は、対角線上に離れて座り込んだ。

 暗いのは、普通に怖い、が。

 まぁ、知ってるのが一人いるだけでもかなり安心できる。

 

「…………こういうの、どんくらいで動くのかねぇ」

「…………知らない。まぁ、空調は生きてるみたいだし、酸欠にはならないでしょ」

「…………いやでも冷房死んでね?」

「…………死んでるわねこれ」

 

 換気扇が動いているのは確かに分かるが、冷房は完全に死んでいる。

 この真夏の暑い日に、密室で、長時間。

 かなり不味い。

 

「……………早く来てくれぇ。マジで」

「……熱中症であんたと死ぬとかマジで勘弁なんですけど」

「……それいう資格あんの俺じゃねぇかなぁ」

「…………………それはそうね」

 

 まぁ、うん。

 春樹もたくさん嘘はついたが、悪質っぷりだと伊吹に圧倒的に軍牌が上がる。

 それはそれとして、二人とも上着はすぐに脱ぎ捨てた。

 

「これ、何分ぐらいかかるのよ」

「わっかんねぇけど、十分以上はかかりそうな気配だよなぁ多分」

「…………、もう暑くなってきたんですけど」

「…………今年は暑いからなぁ」

 

 さっきまで映画館にいたので、ペットボトルの飲み物は無い。というか飲み物がそもそもない。

 遅くなりすぎれば最悪脱水症状と熱中症で死ぬ。

 

 二人が無言のまま、気付けば体感十五分ほどが経っていた。

 

「……………なぁ、生きてるか」

「……………まぁ、生きてるわ」

「……………今、何分ぐらい経った?」

「……………大体、十五分ね」

 

 伊吹は端末を出して時間を確認した。

 覗き込むと、汗が滴り落ちているのが分かる。………やむを得ない。死ぬよりはマシだ。

 

「……………こっち見たら殺すから」

「……………はぁ?何言っ───」

 

 後ろを振り向いた春樹は、そこで固まった。

 何故なら、伊吹が服を捲り上げていたから。

 成程、Tシャツを脱ぐことで少しでも涼しくするつもりなのだろう。

 咄嗟に視線を前に固定した春樹の脳内にはしかし、伊吹の鍛えられて薄らと腹筋の浮き出た綺麗な腹と、ちらっと見えた水色のブラジャーがはっきりと残っていた。

 

「………見たら殺すって言った」

「不可抗力だ!悪気はない!」

 

 汗をしこたま吸い込んだTシャツが、床に落ちる音がやけに響いた。しかし、衣擦れの音はいまだに響く。

 まだ脱いでいるということはつまり、ホットパンツ、それから靴下も。

 春樹は自身の心臓が凄まじい音を立てているのを実感した。

 

「……絶対にみんなよ」

「見ない!絶対に見ない!」

「……あんたも上脱げ」

「なんで⁉︎」

「……死ぬよりマシでしょ。後、アンタが見るだけってのは腹立つ」

「落ち着け伊吹!お前は今思考が回っていない!何を口走っているのか分かってんのか⁉︎」

「良いから!オラ脱げっ!私にもお前の上裸見せろ!」

「ちょっ、やめ、掴む、分かった脱ぐ!脱ぎます!」

 

 後ろから掴みかかってくる伊吹をなんとかいなした春樹は、諦めながらもTシャツとズボンを脱いだ。

 

 下着姿の男女二人、密室。とても危ない雰囲気である。

 と、そこで電気がついた。冷房も生き返る。安堵のため息を吐いた二人は、黙って脱いだ服を着始めた。

 

 やがてエレベーターが動き出し、ドアが開く。

 二人はすぐさま自動販売機まで早歩きで向かい、スポーツドリンクをまるまる一本一気飲みした。

 

「…………死ぬかと思ったぁ」

「…………そう、ね」

 

 密室から出られた安心感、水分を取ったことによる落ち着き、その他諸々で冷静になってしまった伊吹澪は、自分が何をしたのか、何を言っていたのかを思い起こして。

 その場に崩れ落ちた。

 

「…………ごめん。暑さでおかしくなってた。本当にごめん」

「…………まぁ、うん。出来る限り、忘れとく」

「…………殺して…………」

「…………気にすんな。生きろ」

 

 流石に今の伊吹を捨て置くのは忍びないので、春樹は隣で佇んでいた。二本目のスポーツドリンクを買って、伊吹に差し出す。

 ひったくるように受け取って、一息に半分ほど飲み干した。

 頬を赤く染めながらも、伊吹は管理会社へ怒りを向けた。

 

「ていうかエレベーターが止まるって何よ⁉︎私ら最悪蒸し焼きで死ぬとこだったのよ⁉︎」

「………それは本当にそう」

 

 普通に命に関わるのでもう勘弁してほしい。

 二人とも、この場でそのまま解散、という気分ではない。というかこんな終わり方の休日とか納得いかない。

 

「………カフェでも行くか」

「………そうしましょ。アイスがうまいところが良いわ」

「………この辺りにそんな店あったかなぁ」

 

 二人とも、カフェとか巡るような性格でも趣味でもないので、結局、全国規模で有名な逆メニュー詐欺店に向かうことにした。

 アイスを頼んでみたが、やはりでかい。

 

「………こんなにでかいと一周回ってオモロいな」

「………そうね。そういえば、さっきスポドリ奢ってくれたわね。返すわ」

「いらんいらん。お前らとの取引の結果、こちとら五十万も貰ったし」

「………裏切り者の一人はアンタだったのね」

「………ていうか、お前は裏切り者にならなかったんだな。なんだかんだで死ぬほど働いてたろ無人島試験」

「アンタに完全にしてやられたけどね」

「ハッ、俺にしてやられるなんてまだまだだな」

「…………よく言う」

 

 最後の種明かしまで、完璧に騙し切った癖に。

 苛立ちを紛れさせるように、伊吹はアイスをスプーンで突き崩した。

 

「………幸村も同じグループにいたのよ。私が裏切り者になるのは無理だったわ」

「………そりゃ運が無かったな。それさえなけりゃ、お前も五十万貰えてたろうに」

 

 現Cクラスで報酬を受け取ったのは、Aクラスに潜入し、『優待者の法則』を見抜いた椎名ひより、ウイルスを作った奥田愛美、これまでの忠誠心が評価されて小宮叶吾、Bクラスに潜入していた金田悟の四名である。

 伊吹も候補の一人だったが、現Dクラスの幸村の方が優先されるために、残念ながら受け取れなかった。

 ちなみに椎名は読みたい本をあらかた買って、あとは貯金。

 奥田は実験器具と薬品を買って、あとは貯金。

 小宮はバスケ部のメンバーと散財したあとは貯金。

 金田は新品の筆と絵の具を買い揃えて、貯金である。

 

「………ていうか、アンタなんで一人で映画なんて見に来たのよ。そんな趣味があるようには見えなかったけど」

「………タイミングが合わなくってな。本当だったら寛治たちとパーティーのつもりだったんだが。ほぼ全員デート中でしたわクソが」

「……っく。か、可哀想に……!」

「何笑っとんのじゃぁ!」

「………独り身は、寂しいわね?」

「煽んな。それに、二股よかましだわ」

「………あぁ、綾小路ね」

「幸村もだな」

「えっ、嘘、あの真面目メガネが?」

「おう。クラスどこらか学年トップクラスの巨乳二人にぐいぐい攻められてる。本人攻められてる自覚一切ないけど」

「………うちのクソ野郎(赤羽業)とどっちがマシなわけ?」

「………お前のクラスにもいんのかよ二股クソ野郎」

「本人に自覚は無いけどね」

「よりタチが悪りぃやつじゃねそれ」

 

 この三人の中だったら綾小路がある意味一番マシ、かなぁ。

 告白されても保留して三人でいるとか、ある意味一番最低では?

 

「…………後はまぁ、今後の進路の参考、かねぇ」

「………進路?何が?」

「映画だよ。映画」

「…………何アンタ、役者目指すの?」

「ま、多分それが一番俺の才能活かせるとは思う」

「顔が微妙じゃん」

「急に刺してくんじゃん致命傷なんですけど」

 

 春樹は吐血した。

 

「………ま、他にアンタの才能活かせそうなの、詐欺師ぐらいしか無いし」

「俺を犯罪者にしたてあげようってつもりですか下着泥棒さんよ」

「……………私が言えたことじゃないわね」

「後お前放火犯だし暴行犯でもあるからな」

「…………今更ながらにやり過ぎたわね」 

 

 伊吹は机に突っ伏した。

 

 お互いに無駄にダメージを負っただけの無駄な会話である。

 

「…………今回の映画の犯人役、別にそこまでイケメンじゃなかったろ」

「……ま、犯人役なんて悪印象つきかねない役、売り出し中の若手イケメン俳優にやらせることは少ないし。ていうかアンタ犯人役志望な訳?」

「おうよ。画面の向こうの観客も、探偵役も全員ギリッギリまで騙し切って、最後の最後でドヤ顔で暴露なんて、俺にピッタリじゃね?」

「基本的に最後には捕まるじゃない」

「分かってねぇな。嘘は嘘だとわかる瞬間が最高に面白いんだよ」

「………多分アンタ、騙し合いゲームの隠れた強敵みたいな役も似合いそうね。『カイジ』とか『ライアーゲーム』とか」

「………うわぁそれも良いな。ただのモブだと思ってたら何こいつ強くねってなるやつかぁ。楽しそうだわ」

「………というかAクラス特典で役者志望するとどうなるのかしら?」

「……オーディションとかすっ飛ばして事務所に所属できるとかかなぁ。もしくは養成所に特別入所とか?」

「この学校だと、前者もありそうなの怖いわね」

「………確かに」

 

 伊吹はアイスを掬ってひく口食べながら、薄く笑った。

 

「ま、楽しみにしとくわ。観客も探偵役も完璧に騙し切る犯人役、期待してる。

 それなら自慢できるし。コイツに一番最初に騙されたのは、私なんだって」

 

 その発破に、その微笑みに、春樹は自分の心臓が跳ねたことを自覚した。

 流石に伊吹なので、必死にそれを押し殺して。

 山内春樹は、得意げに笑った(嘘をついた)

 

「──おう、楽しみにしとけ」

 

 その後、春樹は二人分まとめて払った。

 伊吹は借りを作るのが嫌だから、とポイントを返そうとしたが、最後まで受け取らなかった。

 

「オラ受け取れ!アンタに借り作るとか勘弁だから!」

「はっ、やなこった!俺に借りを作ったこと、後悔しながら過ごすんだな!」

 

 レジの前に立っている店員は、このカップル面白いな、と思っていた。

 ちなみに口に出していたら異口同音でこう言っただろう。  

 

『コイツとだけは絶対に無い!』

 

 と。

 

 

 

 その日の夜。

 

 よくよく考えれば実質映画館デートなのでは?とか余計なことを考えてしまった春樹は、全く寝付けなかった。

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