キャラ崩壊注意!
夏休み終了、二日前。
櫛田桔梗は、覚悟を決めて朝早くからその部屋に向かった。
もしかしたら、もう決着はついているのかもしれないが。それでも。
「よ、よぅし………」
恐る恐るドアベルを鳴らす、が。誰も出ない。
多分、寝ているのだろう。だとしたら。
「お願い、律」
『かしこまりました!』
律入りの端末を翳せば、あら不思議、何故か鍵が開くじゃありませんか。
ちなみにハッキングなどではない。たまたま偶然、律が発した電磁波が、綾小路清隆のカードキーが発するものと同じだけだ。
誓ってそれだけだ。本当だ。
さて、出来る限り音を立てずに、気配を殺して、部屋に入る。
もう一人の死神なので、この辺りもお手のものだ。
コッソリと部屋を覗きみると、ソファに人影を発見する。
見るとそこにいたのは、綾小路清隆を膝枕して眠る堀北鈴音だった。
大きく息を吸って。
「初心か!」
櫛田桔梗は、全力で突っ込んだ。
「………うるさいわね」
堀北鈴音は、心なしか腹立たしげに目を覚ました。
「あのさぁ鈴音、泊まりだよ?なんで付き合いたての中学生みたいなことしてるわけ?私らもう高校生だよ?」
「……高一と中学生なんて大差ないでしょう」
「シャラップ。ここまで来てこれは流石に見過ごせませんよ」
負ける可能性は考慮してはいたが、何も起きない可能性は考慮していなかった。
「………仕方ないじゃない。寝ちゃったんだもの」
「それにしたってさぁ」
「その、それから」
「………何よ」
「動かすの、手伝ってくれない?足が痺れて来たわ」
「……まぁ、一晩そうしてたらそうなるよね」
取り敢えず、清隆を二人がかりで持ち上げて、ベッドに移動させる。
よく眠っているのか、一向に起きなかった。
「…………取り敢えず、朝ごはん作っちゃうね。昨日は鈴音が作ったんでしょ?」
「そうね。味噌汁はまだ残ってるわ。あと、お米も残ってるはずよ」
冷蔵庫を覗き見ると、置いてあるのは納豆と卵ぐらい。
「ま、知ってたけど。私らが作らないとサプリとかで過ごしかねないからね」
「………まぁ、必要最低限の栄養が取れれば良いって人だもの」
食を楽しむという行為を知ったのは、E組に来てからである。
「う〜〜ん、卵焼きと納豆ご飯だけってのは、ちょっとつまらないかなぁ?」
「そうね。チルド室に、確か残りの鮭と豚肉が入っているはずだけれど」
「………あっ、あった。ていうか三日分ぐらいはある?…………さては鈴音」
「……………何のことかしら」
「……………夏休みが終わるまで部屋に泊まるつもりだったわけ?」
「ご想像にお任せするわ」
何という行動力。
こうなれば。
「───今日からは私も泊まるから。良いよね?」
「ダメよ桔梗さん。それは協定違反よ」
よくもまぁ抜け抜けと。
だが、確かに桔梗の行動自体は協定違反ではある。
ならば。
「清隆に許可を貰えば、関係ないでしょ?」
「清隆くんが許可を出すかしら?彼の理性は中々よ?」
まぁうん。
理性が緩かったらどっちの告白も受け入れてなぁなぁで二股してるだろうな。
「…………確かに、彼の理性を崩すのは容易じゃない。最後の一線は絶対に守る人だからね」
だが。
「───今回に限り話は別。私は絶対に手を出さないと言う契約の元なら、泊める選択をする。必ずね。
だって、清隆は、こんな形で結論を出すのは、嫌がるでしょ?」
全く。仕方ないな。
「───夏休みが終わるまでの間、協定は一時的に破棄、ね」
「………なぁ、家主に許可も得ずにそれは良くないんじゃ?」
ここ一応俺の部屋なんだが?
俺の預かり知らぬところで泊まるか泊まらないかを話す二人に突っ込む。
「あら、起きたのね」
「おはよう、清隆」
俺は、部屋にいる桔梗に訝しげな目を向けた。鈴音はいざ知らず、何故桔梗が部屋にいる。
「………桔梗にスペアキー渡した覚えなんてないんだが?」
「………あはははははははは」
「………そういえば、私も鍵を開けた覚えはないわね」
「………律?」
画面に映る律は、頭を叩いて舌を出した。
テヘペロ。というやつである。
「……はぁ。全く」
いつかは渡そうと思っていたが、今でいいか。
ベッドから起き上がって、机の引き出しを開けて、二枚のカードを投げてよこした。
鈴音と桔梗は手裏剣よろしく回転しながら飛んできたカードを、片手で掴み取った。
「清隆くん、これは?」
「スペアキーだ」
「………なんで?」
「まぁ、良い機会だろう」
そろそろ二学期も始まるしな。
もう、丁度良いだろう。
「…………もうさ、協定の泊まり禁止のルール、撤回しない?」
「…………そうね。そこはもう、無くてもいいわね」
それから、俺は端末を操作して、鈴音に落札額の半分程度を送った。
「……あら。気にしなくてよかったのに」
「俺が気にする」
いつの間にか、桔梗は三人分の朝ごはんを作っていた。
珍しく和食中心である。
「───取り敢えず、もう少しで夏休みも終わりだし、後二日!楽しもう!」
そのための栄養補給、と言ったところだな。
「………そうね。それじゃあ、この後プールでも行きましょうか」
まぁ、三人揃ったし。
「そうするか」
さて、三人でプールに向かうことになった。
船の上で着ていたのとは違って鈴音は黒。桔梗は白。
冷たさと妖艶さを兼ね備えた鈴音と、清らかさと華やかさを兼ね備えた桔梗に挟まれて、俺の心臓は大忙しだ。
…‥待て。思い付きでプールに来てしまったが、二人が醜態を晒したら不味くないか⁉︎
とか思ってたら生徒会長に遭遇した。彼がいるなら安心できるな。鈴音も流石に尊敬する兄の前で暴走することはないだろう。
「あら、兄さん」
「鈴音か。それから君たちは、櫛田桔梗に……………綾小路清隆、か」
何故、俺の名を呼ぶときだけ、殺意を滲ませているのだろうか。
「………妹と、
「はいっ!鈴音さんにはお世話になっています!」
「…………は、ははい。鈴音さんとは、良いお付き合いを………」
そこで、レンズの向こうの目が吊り上がるのが見えた。
あっ、やばい。殺されるかも。
「────そうか。鈴音が名前呼びを許すほどとはな」
無言で、手を差し出してきた。
多分、握手の催促かなぁ。怖いなぁ。
恐る恐る握ってみると、手が潰れるんじゃないかと思うぐらいには強く握り込まれた。
…………骨が折れそうなんだが。
「こらこら。妹に近い男だからといって、警戒しすぎるのは良くないぞ学」
「そうだぞ学。シスコンも大概にしろよな」
「俺はシスコンじゃないぞ元、藤巻」
片目が隠れるぐらい長髪の先輩と、体躯の大きい先輩に諭されて、渋々鈴音のお兄さんは手を離した。
……………痛い。
「学がすまないね。私は神田元。学の友人で、生徒会の会計監査も務めている、三年Aクラスの生徒だ」
「俺は藤巻。学の友達だ」
大柄な先輩、藤巻先輩は普通の人のように見えるが、長髪の先輩、神田先輩の目がちょっと怖いな。
俺を探っている?生徒会だと言っていたし、浅野や鈴音から話を聞いていたのか?
「ていうかさぁ。女性関係に関しては学は人のこと言えねぇんじゃね?」
「私としても同意見だ。いい加減橘と付き合ったらどうだ?」
「…………お前たちには関係ないだろう」
………なんというか。思ったよりも普通なのかも。
浅野理事長のような威圧感は無い。
「───それに、俺は一途だ」
浅野理事長ぐらい怖い。
「───兄さん。これは私たちの問題よ。兄さんには関係ないわ」
その一言で、空気が変わった。
堀北学の眼鏡にヒビが入った。凄いな、現実でそんなことが起きるのか。
「す、鈴音、俺は、お前を心配して………」
「あんなに分かりやすい橘先輩を放置して、自分も薄々そういう気持ちを抱いているのに、自分から告白もしないのは、二股とは別ベクトルで最低よ」
凄いな眼鏡が割れたぞ。
致命傷を受けたのか、堀北学は膝をついて、項垂れた。
…………可哀想に。
「違う、違うんだ鈴音。別に橘を弄んでいるとか、意気地無しというわけでもなくて、卒業するまではそういうことを考えられないと言ってしまっただけなんだ………」
「律儀にその言葉を守って会長秘書として支える選択をした橘に、いつの間にか好きになってしまったが、自分がそんなことを言ってしまった手前付き合えない。頭の硬い哀れな男なんだよ学は」
「なぁ。撤回すりゃいいだけの話なのに」
「………口に出すのは実行するときだけだ……!」
「残念ながら、今の君は格好良くはないよ」
なんか急に聞き覚えのあるフレーズが聞こえたような。
………俺も、こうなってしまうのだろうか。
「………なんか、思ったよりも面白い人だね。鈴音のお兄さんって」
「………まぁ。完璧な人間なんていないもの。尊敬はしているけれど、恋愛面に関していえば、清隆くんとある意味同レベルじゃないかしら」
「ぐはっ」
「ぐはっ」
鈴音、会心の2キルである。
俺と堀北学は倒れ伏した。
「…………さっきはすまなかったな。綾小路」
「…………いえ。先輩の方こそ、大変ですね」
「…………鈴音。強くなったな」
ただ、あまり嬉しくはなさそうだった。
「…………なんで学くんは倒れ伏しているのかしら?」
「おお占藤。いやな、妹に近付く悪い虫を払おうとしたら、自分も同レベルだとその妹に言われて致命傷受けただけだ。気にすんな」
「はははっ、自業自得ね!とっとと告白しないからよ」
「ええ。あなたの言葉を守って、茜は告白していないのですよ。あなたから頭を下げるべきじゃないですか?」
多分待ち合わせしていたんだろうな。
合流してきた同じクラスの美女三人組に出会い頭に先輩は罵倒されていた。………可哀想に。
「金織先輩。こんにちは」
「こんにちは。鈴音。あなたに会えるとは、今日は素晴らしい日ですね」
多分鈴音の知り合いなのだろう。三人の美女の一人に、鈴音はまず挨拶をした。
容貌だけでなく、肢体、佇まい、言動全てが芸術品のように美しい。
ビッチ先生と同じくらいには胸も大きいのにビッチ先生のような妖艶さは感じさせない。この人に性欲を向けるのが、罪深いことのように思うぐらい神聖な雰囲気で、しかし余りにも性的な魅力に溢れすぎている水着姿のせいで、それでも性欲を向けそうになるぐらいには魅力的な先輩だ。
「……ふふふ。先輩にそう言って頂けるなんて、嬉しいです。この子は櫛田桔梗さん。私の親友です」
「こんにちは、金織先輩!鈴音から話は伺っています!」
「初めまして、櫛田さん。噂以上に可愛らしい人ですね」
「……えへへへへ。先輩も、噂以上にお綺麗ですね!」
「それと、彼は綾小路清隆くん。……私の好きな人です」
「………なるほど、彼が」
倒れ伏している俺に、金織先輩は困った目を向けた。
金織先輩は膝をついて俺に向き合った。目を合わせると、その透き通った瞳に吸い込まれそうになる。
「初めまして。生徒会広報の金織美浪です。君のことは、鈴音から聞かされていますよ」
慌てて起き上がって頭を下げた。
「は、初めまして、一年Dクラスの綾小路清隆です」
………不味い。完全に見惚れてた。
チラッと二人の様子を伺うと、明らかにブチギレていた。
………外で
「───後で覚えておきなさいよ清隆くん。────ところで先輩、そちらのお二人は?」
「同じクラスの友達ですよ。メメ」
「はいはい。私は占藤メメ。テーブルゲーム部の部長をしているわ。浅野くんと有栖さんがよく遊びにくるの。君たちのことも、よく話しているわ」
「そうなんですね。初めまして。堀北鈴音です」
「初めまして!櫛田桔梗です!」
「初めまして、綾小路清隆です」
この先輩も相当に綺麗だが、金織先輩程じゃない。流石にこの人にも見惚れるほどじゃないからな。舐めるなよ?
それにしても、浅野がよく遊びに行くのか。
アイツ、ボードゲーム好きなのか?
「次はあたしね。飛騨翔子。陸上部の部長をしているわ」
「ちなみに、今年のインターハイ優勝したのはこの子よ」
「……っ!なるほど、あなたが。………初めまして。堀北鈴音です」
「櫛田桔梗ですっ!」
「綾小路清隆です」
「鈴音に桔梗に清隆ね。覚えたわ」
………にしても三年Aクラス強すぎないか?インターハイ優勝するレベルの人もいて、入学以来ずっと学年一位が
………成程。『過去最高のAクラス』か。
「ご、ごめんなさい!お待たせしました!」
「───気にするな橘。変な輩に絡まれたりはしなかったか?」
「はい!道に迷っている生徒さんがいたので、職員さんを呼んでおきました!」
いつの間にか立ち上がっていた堀北先輩は、かっこよく眼鏡を直しながら、橘先輩に話しかけてきた輩がいたという事実に、青筋を浮かべていた。
分かりやすいなこの人。
「───もう、だから一緒に行こうと思ってたのに」
「そうですよ。
「ごめんなさい!準備に時間が掛かっちゃって」
「ま、次からは一緒に行きましょう茜。
……………あれ?橘先輩相当愛されている感じか?
「あっ、鈴音さん!奇遇ですね、こんにちは!」
「こんにちは。橘先輩。その水着、とっても魅力的ですよ。ねぇ、兄さん?」
「………あぁ。とてもよく似合っているぞ、橘」
「………えへへへへ。ありがとうございます!学くん!」
「……………それで、どのあたりを魅力的だと思ったんですか?堀北先輩は」
ちょっと面白そうだと思ったので、攻めてみた。
「───綾小路?」
薄く笑いながらも、とても怖い声音で圧を掛けてくる。
…………やばい。相手を間違えたか。
「そうだね学。具体的にどの辺りを魅力的だと思ったんだい?」
「元?」
「そうそう。具体的にどこが似合ってると思ったんだ?」
「藤巻?」
「そうね。もし、他に人がいる前では話せないなら、私たちは先行ってるわ。どれだけ長くてもちゃんと待つから、安心して褒め殺しなさい」
「占藤?」
「ええ。あなたたちは、二人きりで、ゆっくりと、話してから来てくださいね。貴方の語彙力の見せ所ですよ。学」
「金織?」
「じゃ、先行ってるわ。行くわよ、後輩たち」
「おい飛騨?」
「頑張ってね。兄さん」
「鈴音?」
「応援してます!」
「櫛田?」
「頑張ってください」
「お前は殺す」
「…………あの、学くん」
「…………そう、だな」
俺たちは先輩方と一緒に、逃げるようにプールへと向かった。
学先輩が、一体どんなふうに褒めたのかは、知らない。
ただ、十五分程で二人が俺たちに追いついたとき、橘先輩はまともに話せないぐらいにはダメージを受けていた。傍の学先輩は至極落ち着いていた。
語彙力の限りを尽くして褒め殺したらしい。橘先輩は金織先輩たちめがけてすぐさまプールに飛び込んだ。………多分、暑かったんだろうな。
「うううううう、褒、褒めすぎです学くん………」
「やるわね学くん。少し見直したわ」
「み、皆が煽るからぁ!わ、私心臓破裂しそうだったんですよ!」
「学は私たちが煽ったぐらいでそこまで褒めませんよ。それだけ茜が魅力的だったということです」
「や、やめてよ美浪ぃ」
「いいえ。貴女は可愛いわ。学も見惚れるぐらいにね」
「…………うううぅぅぅぅ。………ぶくぶくぶくぶく」
女子の先輩からも褒め殺されかけて、橘先輩は全身を隠すように潜った。
「………そういえば。清隆くんさっき、金織先輩に見惚れてたわね?」
「………
「………勘弁してくれ」
あのレベルは仕方ないだろう。
ジリジリ近づいてくる二人から、ゆっくり、ゆっくりと距離をとる。しかし、二人は一気に距離を詰めてきた。不味い。公衆の面前で気絶顔を晒してしまう。
すると、聞き覚えのある笛の音が響いた。
「公共の面前で恥を晒すなーー‼︎確保〜〜‼︎」
ありがとう軽井沢。フォーエバー軽井沢。
軽井沢の指示の元、
「全く、せっかく遊びにきたのに、こんなところでまでこんなことをしなきゃいけないなんてね」
「ありがとう軽井沢さん。助かったよ」
「気にしないで洋介くん。綾小路くんも、この二人とプールに行くなら、ちゃんと護衛つけないとダメだよ」
「くっ、離しなさい!」
「今回に関しては悪いのは清隆なんだからっ!」
「どんな理由があったとしても他クラスどころか先輩たちも見てるのに、そんなことしていい理由にはならないよ」
「いいえ違うわ松下さん!清隆くんは私たちがいるのに、他の先輩に見惚れてたのよ!」
「「「「それはだめだね」」」」
全会一致で解放された。されてしまった。
「ちょっ、いや、あの人は仕方ないだろう⁉︎誰でもそうなるわ⁉︎悪いとは思ってるが!」
俺は金織先輩に失礼ながらも指差して心から訴えた。
「───俺は無罪だ!」
女子たちの意見は真っ二つに割れた。
急遽俺の罪状と罰を決めるための話し合いが開かれた。
「まーあのレベルは仕方ないでしょ。ハリウッド女優か」
「で、でも篠原さん。堀北さんたちもモデルさんとかアイドルレベルだよ?」
「うんうん愛里の言う通り!このレベルの女子たちに心を寄せられてるのに、他の先輩に見惚れるとか、許されませんよ!」
「まぁ、長谷部のいうことも分かるが。しかし綾小路は悪いと思ってるんだろう?ならまぁ、やり過ぎるのは良くないんじゃないか?」
「小野寺さんの言う通り、綾小路くんは反省してるんだし。まぁ、今日一日中二人のそばから離れない、て言うのはどうかな?」
「そんなのいつも通りじゃん。実質無罪だよ平田くん!」
平田のその案から、裁判が勃発した。
「今回の裁判長を務めます、軽井沢恵ですっ!さぁ弁護人、求刑をどうぞ」
「軽井沢裁判長、
「ひ、平田………!」
ありがとう平田!フォーエバー平田!
「い、いいえ平田弁護士!酌量の余地はあれど罪は罪!それ相応の罰は下さなければ!」
「待ってく──待ってください佐倉検事!」
「しかし、本人は反省していますよ。佐倉検事」
「いいえ平田弁護士!反省していたとて間違いを犯したのは事実なのよ!」
「は、長谷部検事……!私は反省しているのです!もうこのような罪は犯しません!」
急に始まった裁判寸劇を、三年Aクラスの先輩方は楽しそうに傍聴していた。
「被告人は極悪非道だ。俺としては、極刑を求めたい」
それどころか乱入してきた。
「ほ、堀北会ちょ───じゃない堀北学検事!酌量の余地がある被告人に、それほどの刑罰を求めるなど、弁護士として、認めることはできません!」
平田は弁護士じゃないだろう。というツッコミをする人はいなかった。
「───だが被告人は、既に二人の女子に実質的に二股をかけているという罪がある。その上で今回の犯罪だ。許されることではない」
「そ、そうですよ!こっちには生徒会長がいるんですよ!」
「ひれ伏せっ‼︎弁護人どもっ‼︎」
ノリが良いな検事二人。
というか長谷部のそれは検事なのか?
だがチーム弁護士の平田小野寺篠原松下は、相手に加わったあまりにも強過ぎる先輩に、恐れ慄いていた。うんうん分かる。生徒会長はヤバいよな。でも頑張ってくれ。
「───少し良いかい。裁判長」
「………ええっと、どちら様で?」
「神田元。生徒会会計監査。弁護士として、参加したい」
「───良いでしょう!許可しますっ!」
「私も弁護士として参加しても良いかしら。テーブルゲーム部部長、占藤メメよ」
「なら私も弁護士として参加するわ。陸上部部部長、飛騨翔子よ」
「───許可しますっ‼︎」
………なんだか凄いことになってきたな。
どうやら他のクラスも気になったのか近付いてきた。
あ、浅野もいる。
「それで、お前たち弁護人は、何を持って無罪を求刑するつもりだ?」
「彼が実質的に二股をかけている、というのは、今回の裁判における彼の罪状に、直接的な関係は無い」
「今回の裁判の争点は、彼が金織美浪に見惚れてしまったのが、どうしようもないことなのかどうか、という話よ」
「………えっ、そんな話だったっけ……うん。そんな話だったはず」
裁判長はついていけていないらしい。
しかし裁判長は取り敢えず納得した。
「───だからこそ、証人を呼びたいの。───浅野くん!」
占藤先輩に名を呼ばれ、絶対面倒くさいやつだと思ったのか。
浅野は背を向けてダッシュで逃げ出した。
「今の子、確保してきてちょうだい」
「分かったわ」
飛騨先輩が、クラウチングスタートを切った。
はっや。これがインターハイ優勝か。
数十秒後。
俵を担ぐように、肩に乗せられた浅野は、ジタバタと暴れながら連れてこられた。
「───確保完了よ。メメ」
「───ご苦労様。翔子」
「なんなんですか!なんなんですかメメ先輩!」
哀れな証人は、裁判の中心に投げ込まれた。
「一体僕で何をするつもりなんですか?」
「実験よ実験。美浪!来て頂戴!」
「分かりました」
「だから何を───」
浅野は目の前にいる超爆美女に固まった。
これは見惚れている。百%見惚れている。
「───証明は完了した。金織と対面した男子は、浅野であろうと見惚れてしまう。つまり、綾小路くんの罪は、不可抗力ということだ」
神田弁護士は、完璧な証拠を提示した。
正気に戻った浅野は、すぐさま目の前の美女から目を逸らした。同じ生徒会の先輩として、何度も接してきたが、それでも、抗い難いのだろう。
「もう十分よ。ありがとう浅野くん」
「…………本当に一体なんなんですか」
浅野学秀は疲れ果てた声で、それでも一応の抗議をした。
「───いいや。心に決めた女子がいるのなら、見惚れることはないはずだ」
「君がそうだからと言って、それは全ての男子がそうだという証明にはならないよ」
「だがそれは、綾小路が例外の可能性もあるだろう?」
……………何の話をしてるんだろう。
「───……浅野くん。出来れば、一年生の男子で、想いを寄せてる女の子がいて、それが二人ぐらいいる男の子を知っていないかしら?」
「何ですかそれ。そんな綾小路みたいなやついるわけ───一人いたな」
カルマか。
浅野はすぐに辺りを見回した。俺も一応探してみる。
一部始終を録画している赤髪の男が、群衆の後ろの方に潜んでいた。というかカルマだった。
俺と浅野に見られていることに気付いたカルマは、嫌な予感を感じ取ったのか、すぐに全速力で逃げ出した。
「───今の子、確保してくるわ」
「───頼んだわよ」
数十秒後。
再び俵担ぎで運ばれる一年生男子がいた。
「ねぇ!誰!誰なのこの人!ていうか何なの⁉︎」
「おや、この前ぶりじゃないか赤羽くん」
「あっ、神田先輩。先日はお世話に───じゃない!何で俺を捕まえてきたのかって話をしてんだよ‼︎‼︎」
喚くカルマを尻目に、占藤先輩は浅野に確認していた。
「彼は、
「えぇ。限りなく
「どのレベルだよっ‼︎」
中心に放り出されたカルマは、尻餅をついて、そこを抑えながら立ち上がって。
「ほんっとに。何なのさ急、に──」
「先日ぶりですね。赤羽くん」
目の前の金織先輩に完全に見惚れていた。
「───今度こそ証明完了だ。
綾小路くん、浅野、それから赤羽くんという三人の男子が見惚れてしまったんだ。これは、不可抗力だ」
……………本当にごめん。二人とも。
解放されたカルマは椎名に背中をペシペシ叩かれていた。奥田は金織先輩を見て感心していた。
浅野は一緒に来ていたのだろう葛城と橋本に慰められていた。確か森下、だったか?と神室と、知らない女子
繰り返しになるが、本当にごめん。
「───くっ」
「証拠は、既に揃っているよ学」
「えぇ。彼の罪は不可抗力。───すなわち無罪よ」
それまでの全てを見届けた裁判長は、判決を下した。
「判決を言い渡します────無罪!」
弁護人チームは湧いた。
神田先輩と、占藤先輩と飛騨先輩を崇め奉っていた。
「ありがとうございます!ありがとうございます!神田先輩!」
「礼には及ばない。随分と楽しかったよ」
平身低頭で感謝する平田に、爽やかに答え。
「素晴らしい弁護でした!占藤先輩!」
「凄かったです!」
「ありがとう。浅野くんと赤羽くんがいてくれたおかげよ」
松下と佐藤の称賛に、謙遜して返し。
「神田先輩!占藤先輩!飛騨先輩!ありがとうございます!」
「まぁ。うん。それはそれとして、君もそろそろ答えを出したほうがいいと思うな」
「同意ね」
「ま、楽しそうだったし、不可抗力だから手伝っただけだもの」
俺の心からのお礼に、マジレスで返答してきて。俺は泣いた。
はい。その通りです。
「飛騨先輩!今度一緒にジム行きませんか⁉︎」
「良いわねっ!その二の腕、あなたも相当鍛えているわねっ!楽しい時間になりそうだわっ!」
小野寺と飛騨先輩は意気投合していた。
検事チームは沈んだ。
「ごめんなさい。堀北会長……」
「私たちが、もっと証拠を見つけていれば………」
「………気にするな。長谷部、佐倉」
「っ!私たちの、名前……」
「覚えて、くださったんですね………」
「ふっ。生徒会長たるもの、全校生徒の顔と名前は覚えておくものだ。───それに、君たちとは、この裁判を戦った同士だろう?」
「会長っ!」
「会長っ!」
「───次こそ、奴を極刑にするぞ」
「はい会長っ!」
「ついて行きます会長っ!」
ただでは沈まない堀北学は、俺を殺す為の仲間を作り、次の裁判(絶対にない)に備えて、今度こそ俺を殺しにくるのだろう。
だが、俺には仲間がいる。
頼りになる先輩たちもいる。
俺たちの戦いも、これからだっ!
「……………あ、あの!一体何だったんですかこれは!」
「いつの間にか私たち蚊帳の外だったね」
「兄さんが参加したところからそうなったわね」
「気にしたら負けですよ。三人とも」
冷静だった橘茜の当たり前の疑問に、鈴音と桔梗の感想に、金織美浪は真理を伝えた。
「さて、こんなにも集まったことですし。先輩後輩入り乱れて、遊びましょう。今日は無礼講です」
金織美浪のその声に導かれ、たまたま居合わせた一年生と三年生の、プールパーティが始まった。
「おい綾小路。ビーチバレーやるぞ。チーム三年とチーム一年だ」
堀北学はボールを握り潰さんばかりに強く持って、俺を睨んでいた。
………絶対俺の顔面狙ってくる!
夏休み編は多分あと一話になるはず。
多分きっとメイビー。