殺せんせーの教え子たち   作:宇津木 沙坂

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 本当にちゃんと夏休み編ラスト。


一年生と最後の一日

 堀北鈴音は、ぼんやりと目を覚ました。

 いつものように、軽く走らなければ、と考えながら、身体を起こそうとして。

 全く動かないことに気付く。

 当然のことだが、男子高校生が覆い被さっているので。

 

「……清隆、くん………?」

 

 男子高校生が綾小路清隆だと認識して。

 堀北鈴音の優秀な頭脳は、昨日の夜のことを、高速で再生する。

 疲れただろう綾小路清隆を、櫛田桔梗とともに、ベッドに引っ張り込んで。

 囁いたり甘やかしたりして。

 彼の抱える罪悪感を拭う為に、一緒に背負うと決めて。

 もう一度告白しながら口付けして。

 押し倒されて。

 ディープキスで失神させられた。

 

 全てを思い出した堀北鈴音は、爆発した。

 

「………あっ、あっ、あぁ………」

 

 もはや、言葉にならない。

 余りの羞恥に、堀北鈴音は、目を覚ましてすぐ、気絶した。

 

 

 その凡そ三分後。

 櫛田桔梗は、目を覚ました。

 ぼんやりとしながら、メイクしなければ、と起きあがろうとして。

 全く動かないことに気付く。

 ついでに、心なしが肌寒いことにも。

 何故か、自分の上には綾小路清隆が覆い被さっていて。何故か、自分は、上半身だけ下着姿である。

 

「………清、隆ぁ?」

 

 そうして。

 櫛田桔梗の、割と優秀な頭脳は、昨晩のことを、再生する。

 

「……………ぁっ」

 

 疲れただろう、綾小路清隆を、堀北鈴音とともにベッドに引っ張り込んで。

 

「…………ぁぁっ」

 

 囁いたり、甘やかしたりして。

 

「………あぁぁぁっ」

 

 罪悪感から、涙を流す綾小路清隆を慰めて。共に背負うと誓って。

 

「………ああああっ」

 

 告白して、口付けして。

 

「あああああっ」

 

 押し倒されて。

 

「あああああああ」

 

 鈴音が、失神させられて。

 

「ああああああああああ」

 

 ちょっとだけ怒って。勝負して。

 

「はぐぁぁぁぁああああああああああああああ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 色々と、弄られて、完敗した。

 

 羞恥と、怒りと、歓喜と、余韻とに、寝起きの頭は攻め立てられて。

 悲鳴をあげて、気絶した。

 

 

 そんな桔梗の悲鳴で目を覚ました俺は。

 起き上がって、鈴音と桔梗に覆い被さっているのを確認して。

 昨晩、何をしたのかを思い出して。

 

 虚空を見上げた。

 

「…………やらかした」

 

 セーフかアウトかで言えば、完全にアウトである。特に桔梗。

 審判を務める頭の中の球審姿の殺せんせーは、アウトサインを出してきた。

 

 さて、俺が三人分の朝食を用意している間、二人は目を覚ました。

 鈴音は、何故か上半身だけ下着姿の桔梗を訝しげに見て。桔梗は、俺の指先に視線が吸い寄せられそうになる度に、必死に目を逸らしていた。

 

「…………昨日のことは、お互いに、一旦、忘れておくのは」

「無理ね」

「無、無理、だよ………」

 

 鈴音はまだ少しだけ冷静だが、桔梗は色々ダメみたいだ。

 余りにも動揺している桔梗に、鈴音は鋭い視線を向けていた。

 念入りに、桔梗の様子を観察する。

 

(…………桔梗さんのことだし、多分私が失神した後、自分から勝負を仕掛けたはず。キステクランキング同率一位の桔梗さんが、清隆くんに負けるとは思えない。

 でも、清隆くんの服は乱れてはいない。つまり、一線は超えていない。結論。昨日の夜、桔梗さんは勝負に負けた。

 態々下着姿になってまで勝負を挑んだのに負けたから?ううんそれは違う。負けたことそのものに何かを抱いているわけじゃない。

 ───なら、負け方の話?

 そんなに酷い負け方をしたのかしら?

 そうだとしたら、どんな負け方を?

 …………桔梗さんは、清隆くんの指に視線が向いている。ま、まさかそういうことを………⁉︎い、いえ、下半身の服装は乱れていなかったもの。それは違うわね。

 なら、背中とか、お腹、かしら?)

 

 鈴音の視線に身じろぎした桔梗は、無意識のうちに、下腹部を左手で隠した。

 それを見て、ある程度の結論を得たらしく、凄まじい勢いで鈴音は赤くなった。

 

「ま、まさかあなた達……!」

「…………その、一線は、超えてないぞ」

「そ…………、うだね」

 

 俺たち二人の様子を見て。

 俺が何をしたのか。桔梗が何をされたのか。それを察した鈴音は、赤くなりながら、ちょっとだけ怒った。

 

「さ、流石に、それは、その。よくない、というか、何というか」

 

 俺の指と桔梗の下腹部を高速で行き来した鈴音の視線は、やがて、桔梗の顔に落ち着いて。

 

「…………しょ、正直、どうだったの……?」

 

 恐る恐る、そんなことを聞いてきた。

 

「……………………………なんか凄かった」

 

 桔梗は、俺たちから目を逸らしながら、ボソッと呟くように答えた。

 

「………ど、どの辺りが………?」

 

 切り込むのか。鈴音。

 切り込まれた桔梗は、視線を俺の指先に一瞬向けて、自分の下腹部に一瞬向けて、最終的に朝食として用意されたトーストに向けながら。

 

「……………その、最初は、押し込まれたんだけど。

 ……………熱、みたいな、なんか、そんな感じのやつが、広がって。 

 か、軽く、叩かれたり、した時は、ゆ、揺れた感覚が、して。

 な、撫で、られた時は、泡立つような、感覚がして。

 お、押し込まれながら、回された時は、そ、の、か、掻き混ぜられる、みたいな感覚、がして。

 い、色んな弄り方されたけど、個人的には、時計周りに弄られて、今度は逆時計回りに、みたいなやつが、特に、す、凄かった、というか。ね、熱みたいな、そんな感覚が、ぐ、ぐるぐる回って、と、溶けそうになったというか。

 さ、最後に、こう、掌で、お、押し込まれたんだけど、そ、それまで溜め込まれた熱が、爆発した、というか、な、なんか、その、こ、言葉に出来ない感覚が、こう、全身に拡がって。

 そ、そ、の、えっと、その、しょ、正直、その」

 

 それ以上はどうしても言えないのか、桔梗は涙目で黙り込んだ。

 俺も、凄い気まずくなって黙り込んだ。

 鈴音は、唾を飲み込みながら、自分の下腹部と俺の指先を交互に見て、黙り込んだ。

 

「…………じ、自分でやってみるのとは、ち、違う、のかしら………?」

「…………やったことないけど。多分違う」

 

 …………鈴音。何物欲しそうに俺の指先を見るんだ鈴音。

 やらないからな。絶対にやらないからな。

 俺たちは無言で、朝食を食べた。

 

「………で、その、松雄の話なんだが」

 

 多分、昨日の会話で一番重要な話を切り出す。

 鈴音も桔梗も、真面目に聞く姿勢を見せた。視線は気にしないでおく。

 

「………その、連絡を、取った、と言っていたが」

「清隆くんも取りたいんでしょう?番号は教えておくから、好きなときにかけなさい」

「色々と、積もる話もあるだろうし」

 

 ───全く。この二人は、本当に。

 

「………その、ありがとう」

 

 ぎこちない笑みと共に溢したその言葉に、二人は穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 最終日の昼過ぎ。

 

 一方その頃、テーブルゲーム部では。

 夏休み最後の暇潰しに部室を訪れた有栖は、占藤メメの沈み切った様子に、思わず二度見した。

 一体、この人に何が?

 

「まぁ、あれだ。橘先輩いるだろう。あの人と一週間話せないっていう罰を受けて、その、今一日目でこんな感じだ」

 

 テーブルゲーム部に遊びに来ていた幸村は、すっかり顔馴染みになった坂柳に、そう説明した。

 あのストーカー事件以降、幸村と長谷部と佐倉の三人は、割とよく部室に遊びにくるようになり、結果として、坂柳有栖、浅野学秀、神室真澄とも顔馴染みというか、友人になっていた。

 

「い、一日でこれですか」

 

 一週間後はどうなってしまうのだろう。

 それは、それとして。

 

「先に来てたんですね。真澄さん」

「………何、悪い?」

「いえ、別に」

 

 最初の方こそ、坂柳の付き合いで嫌々来てます、と言いたげな様子だった神室真澄は、最近は自分からこの部室に足を運んで、稔先輩やらとボードゲームをするようになった。

 まぁ、気に入ったんだろうな。

 そして神室真澄は、幸村輝彦と佐倉愛里を相手に、二面打ちしていた。

 

「………なぜ二面打ちを?」

「………な、なんか昨日、二面打ちで浅野くんとメメ先輩にボコボコにされたのが悔しいので、練習したいらしいです」

「まぁ、この三人だと、佐倉がちょっと可哀想なことになってしまうがな。チェックだ」

「………えっ、あぁ⁉︎」

「そうね。実力に開きがあり過ぎたわ。チェックよ」

「………そ、そんなぁ」

 

 佐倉愛里は残念ながら、現ボードゲーム部一年最弱である。

 なんだかんだで、Dクラスの三人はボードゲーム部に入ったのだ。一番強いのは普通に幸村であり、なんだったら二年生とも割と良い勝率を出すレベルだ。

 流石に浅野と坂柳と占藤先輩と九十九先輩と藤乃先輩と言った、テーブルゲーム部上位陣には普通に負けるが。※浅野と坂柳は別に部員ではない。

 長谷部は何というか、直感任せで打ってくるので、割と強い時もある。基本的には弱いが。

 佐倉は、その、よく言えば慎重、悪く言えば臆病な性格が災いして、詰めるべき手が全然詰めれない上に、普通に弱いので、ダントツ最下位である。

 

「───………ふむ。偶にはこういうのも、面白そうですね。佐倉さん、私の言った通りに動かしてみて下さい」

「えっ、あっ、はい。分かりました」

 

 成程、佐倉を操縦して、神室と幸村に勝つつもりだろうが。

 

「流石にこの盤面からは無理じゃないか?」

「殆ど詰みよ?」

 

 二人の言ったように、殆ど詰みであり、ここから逆転は不可能に近い、が。

 生憎と、坂柳有栖は天才なので。

 

 数十分後。

 項垂れる二人と、『坂柳さん凄いです!凄いです!』と全力で称賛されて自慢げな幼児体型がいた。というか坂柳有栖だった。

 

「な、なぜこの盤面をひっくり返されたんだ……?」

「………はぁ。ホントにコイツは、意味分かんないわね」

 

 一学期の殆どを傍で見てきたが、この幼児体型は、ちょっと頭のレベルが違う。

 このレベルと同等なのを、神室は殆ど見たことが無かったが、ここに来てから、浅野やメメ先輩や九十九先輩、藤乃先輩と言った化物ばかり会っているので、割と常識が崩れがちだ。

 

「………そう言えば、藤乃先輩は居ないのですか?」

「ちょっと用事があるらしくて出掛けているけど、どうしたの?」

「いえ、浅野くんから、伝言を預かっておりまして」

 

 浅野学秀以外がそんなことしたら殺されるだろうな。

 神室と幸村と佐倉は同じことを考えていた。

 

「『例の件』の答えを、そろそろ聞きたいらしいです」

 

 

 

 最終日、夕方。

 

 

 学校から少し離れた居酒屋で、その四人は集まっていた。

 

「それじゃあ、一学期お疲れ様兼二学期頑張りましょうの会!かんぱーい!」

 

 唯一楽しげなのは星之宮知恵のみである。

 他の三人は、すごく静かに酒を飲んでいた。

 だが、星之宮は茶柱に絡み出す。

 

「もっとテンション上げてこうよサエちゃん〜。なんたってこの会は〜、過去最高の元Dクラスの、Bクラス昇進祝いでもあるんだからね〜」

 

 この女は、本当に。

 深く深くため息を吐いた。

 

「あのなぁ。お前はもう少し、いや、何でもない」

 

 言っても無駄である。この女はそういう女なので。

 

「…………まぁ、今年の一年Dクラスが凄まじいのは否定しないが、Aクラスもまた、凄まじいぞ」

「お、乗ってきたな真嶋くん?言っとくけど、うちのクラスも凄いんだからね!」

「…………貴方は乗らないのか、坂上先生」

「現時点での敗者に、何を語れと?」

「……現時点、か」

「……ええ。彼等なら、最後には必ず勝つでしょう」

 

 今年の一年生は、どのクラスも粒揃い。

 何せ、あの現三年Aクラスを打ち倒して見せたのだから。

 

「星穹先生は楽しそうだったぞ。自クラスが負けたのに、何が楽しいのか分からないが」

「まぁ、試験でも何でもない、ただの遊びだったけどね」

「だとしても勝ちは勝ちですよ」

「………そうだな。あのクラスに勝てた。それが示すものは、大きい」

 

 その上で、どのクラスもある程度は理性的だ。

 だからこそ、大きな問題は起きていない。

 

「………それに、今年は生徒同士の諍いも、例年よりも少ないからな」

「だねぇ。最初の方こそ、Cクラスの嫌がらせはあったけど」

「無人島試験のパンデミックが、良い方向に転がったと見て良いでしょうね。積極的に他クラスを助け出したDクラスに引っ張られる形で、それぞれのクラスが近付いている」

「されど、決して競い合うことを辞めた訳ではない。理想的な、実力主義の学校と言って良い」

 

 ありとあらゆる要素が、歴代でも屈指だ。

 去年とは、真逆である。

 

「去年はAクラス一強になると思ってたんだけどねぇ。ほら、卜部さんいたし」

「まぁ、真っ当にやり合っていたなら、Aクラスが落ちることはなかったでしょうね」

「結局、例の事件の指示役は、まだ捕まっていないからな」

「…………十中八九、南雲雅だろうがな」

 

 去年は、歴代屈指で荒れた一年生である。

 何せ、一年で十六名の退学者を出したのだから。

 そして、そのうちの二名が関与していたとされる、『一年Aクラス女子脅迫事件』は、この高育でも、類を見ないほどに悪質な事件だった。

 何より、指示役と見られる生徒に繋がる手掛かりは一切無く、実行犯の二人を退学にすることしかできなかった。

 そして、被害者となった女子生徒は、自主退学して。

 この事件は、幕を下ろした。

 

「一番得したのBクラスだったもんねぇ」

「対抗馬たり得るAクラスの卜部さんは、精神的なショックからリーダーの座を退き、結果として、一年Aクラスの首脳陣は空中分解。それでも現二年Bクラスで留めているのは、桐山くんの手腕と言って良いでしょう」

「………この学校が実力主義である以上、南雲雅のそれもまた、実力と言うべきだが」

「だが、今年は思ったよりも大人しいな。あの生徒は、今年も暴れ回るものだと思っていたが」

 

 茶柱に言う通り、殆どの教師も生徒も、今年も荒れるはずだと思っていた。

 

「生徒会に入ったからな。あの堀北学が目を光らせている中で、好き勝手は出来ないだろう」

「やっぱり堀北くんは、その為に態々副会長にしたのかな?」

「そうでしょうね。監視と、足枷が目的でしょう」

「まぁ、桐山は、本当に哀れだがな」

 

 順当に行っていたら、副会長は卜部で、同じクラスのリーダーの元、穏やかに生徒会活動を行えていたろうに。

 

「そういえば、やっぱあの噂は正しかったのかな?」

「噂?」

「うん。『三年Aクラスは、一度も本気を出したことがない』ってやつ」

「まぁ、あのゲームを見る限り、そして、堀北くんの言葉を聞く限り、おそらくは正しいのでしょうね」

「高校生相手に本気で試合するプロスポーツ選手はいないだろう」

「それで全試験無敗、CP3,000超え、退学者無し、とか、もう笑うしかないよね」

「あの代のAクラス以外には、心から同情する」

 

 夜は更けていく。

 大人らしく、酒を嗜みながら、これから先と、これまでを話して。

 彼等教師が見守る中で、生徒たちは生きていく。この、実力主義の学校に。

 

 

 

 最終日、夜。

 

「それじゃあ、また明日」

「また明日ね、清隆」

「おう。また明日、学校で」

 

 鈴音と桔梗は荷物を纏めて、窓から飛び出して行った。

 万が一にも、誰かに見つかる訳にはいかないからな。

 

 ベランダの手摺りに寄りかかっていた赤羽業は、二人が飛び出して行ったのを見て。

 

「お、やっとか。全く、色々個人的に話したかったのに、あの二人がいると、ねぇ?」

 

 手摺りを足場に、軽く上に飛び、上の階の手摺りを片手で掴んで、足を振り上げ体重を移動させて、綾小路の部屋のベランダに着地する。

 

「………何か用か、カルマ」

「うん。ちょっと、伝言頼まれたのもあるからさ」

 

 冷蔵庫から麦茶を取り出し、二人分用意して、俺の前に一つ、カルマの前に一つ置く。

 ありがと、と軽く礼を言いながら一口飲んで、カルマは口を開く。

 

「………ひよりさん、巻き込むつもり?」

「彼女なら、いずれ真実に気付いたはずだ」

「そうだね。多分そうなる。でも、それとこれとは話が別だよ」

「彼女の身の安全は保証するし、決して危ないことには関わらせない」

「でも、ひよりさんの家族が危険な目にあうかもしれない。ひよりさんが知ったことを知られたら」

「望んだのは、彼女自身だ」

「望まれたとしても、叶えなきゃいけない訳じゃないよ」

 

 だが、もうどうしようもないのだ。

 椎名ひよりは、知ってしまったのだから。

 

「………そんなに不安なら、お前が守れば良いだろう」

「勿論そのつもりだけど、それはそれとして、文句の一つ二つは受け入れなよ」

「………まぁ、そうだな」

 

 ………なんかさらっと凄いこと言ったなカルマ。

 

「ま、ひよりさんも、秘密を漏らすような人じゃないし。これに関しては、一旦この辺りで勘弁してあげる」

「助かる。…………それで、伝言とは」

「坂柳さんからの伝言だよ。二人きりで話したい。時間を作って欲しいってさ」

「………そうか。都合がついたら、こちらで決める、と伝えておいてくれ」

「了解。ていうか、いつの間に三人目もたらし込んでいた訳?」

「いや、坂柳有栖という少女を、俺は知らない」

「…………うっそだぁ」

 

 どう考えても会ったことのない相手に向ける執着じゃなかったぞ。

 それは、それとして。

 本題に入ろう。

 

「………で、あの二人と一夜を共にしたらしいけど、一体清隆くんはナニをしたのかなぁ?」

「………何もしてないぞ」

「じゃあ、何でぇ、態々律に口止めしてるのかなぁ?」

「………本当に何もしてないぞ」

「ふぅ〜〜〜ん?そうなんだぁ〜〜〜。ところでさ綾小路、これ見て」

 

 そんなこと言いながら、カルマは端末を見せてきた。

 そこには、桔梗と鈴音を押し倒している動画と写真。

 ディープキスで鈴音を打ち倒した動画と写真。

 ………色々と弄り倒しながらディープキスで桔梗を打ち倒した動画と写真が、合った。

 

「自撮り棒ってさぁ、便利だよねぇ」

「………カ、カカカルマ、お、おおお前」

「カーテンは、ちゃんと閉めたほうが良いよ?」

 

 悪魔みたいな顔で、最高の玩具(おもちゃ)を前に、ニタニタ笑う赤髪の優男が、俺の目の前にいた。

 というかカルマだった。

 

「…………な、何が望みだ」

「えぇ〜〜〜、そうだなぁ」

 

 カルマは、ある一点を、じっと見つめていた。

 そこに合ったのは、最新ゲーム機。

 

「あ、あれはダメだ。鈴音との共有財産だから、俺の一存では渡せない」

「………なら仕方ない。偶には俺にも触らせてよ。優先順位は二番目で良いからさ」

「そ、それぐらいなら」

「じゃあ、あと二つだね」

「…………え?」

 

 カルマは、悪魔の微笑みを、向けていた。

 

「だって、三種類あるんだよ?じゃあ、三つは叶えてくれないと」

 

 綾小路清隆は、絶望した。

 やがて訪れる『地獄の二日間(ツーデイズ)』で、天国と地獄を味わうことになるが、それは先の話。

 

 

 

 最終日、夜。

 

 夜のコンビニを訪れた神室は、いつかのように店内を歩き回る。

 店員の視線は、こっちを向いていない。監視カメラからも、完全な死角。缶を一つ、バレないように手に取って。

 

(…………これで退学になったら、稔先輩、泣いちゃいそうね)

 

 あの、一つ上とは思えないぐらい、自信がなくて、弱々しくて、ほっとけない先輩を、思い出す。

 

(…………緋音先輩には、怒られちゃいそう)

 

 あの、独特な口調の、面白くて、優しくて、強い先輩を思い出す。

 

(…………坂柳は、呆れるでしょうね)

 

 あの、同じクラスの、意地悪で、性悪で、可愛くて、賢くて、怖くて、でも、どこか幼いところもある、認め難いが、友達を思い出す。

 

 ぐるぐるぐるぐると、デーブルゲーム部の先輩たちの顔と、浅野と、坂柳と、Aクラスのみんなの顔が、浮かんで、浮かんで、浮かんで。

 溜め息を吐きながら、缶を棚に戻した。

 代わりに、いくつかのお菓子と、ジュースを手に取って。

 ちゃんと買って、帰り道を進む。

 

 紙パックのジュースを飲みながら、自分に呆れ果てる。

 全部、どうでも良かったはずなのに。

 なのに、どうしてだろう。

 何故だか、良い気分だった。

 

 

 神室真澄は、気付かなかった。

 自分を尾行している誰かがいたこと。

 その誰かが、アルコールを手に取った瞬間を、写真に収めていたこと。

 

 二学期の始まりは、波乱と共に、幕を上げた。




 体育祭準備編 兼 坂柳と神室の友情編
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