体育祭準備編、スタート!
さて、金石先輩の大暴れの翌日から。
各クラスの気合いの入り用は、全く違っていた。
一年Aクラスでは。
浅野学秀が、男子たちを整列させ、両手を後ろで組んで立っていた。
傍には、葛城康平も同じ姿勢でいる。
「勉強だけ得意な頭でっかちどもよ。敢えて言おう、貴様らはカスだ」
その瞬間、Aクラス男子の心情は完全に一致した。
即ち、(((((なんかキャラ違くない?)))))。
「だからこそ、貴様らはこの三週間で生まれ変わる。貴様らには今から、米国特殊部隊式のトレーニングを受けてもらう。吐くほどキツいが気にするな。死にはしない」
多分、入ってはならないスイッチが入ってしまったようだ。
「これより返事は『サーイエッサー』だ。良いな⁉︎」
『さ、サー、イエス、サー………』
「声が小さいっ‼︎‼︎‼︎」
『サ、サー!イエス!サー!』
「さー、いえす、さー」
「橋本っ‼︎‼︎声が小さいっ‼︎‼︎」
「サ、サー!イエス!サー!」
「良いか良く聞け!貴様らは枯れ木も同然だ!少しの力で折れてしまう!───だが!僕が‼︎この僕が‼︎‼︎貴様らをこの三週間で‼︎大木に生まれ変わらせてやる‼︎‼︎‼︎‼︎生まれ変わる準備は良いかっ‼︎‼︎⁉︎」
『サー‼︎イエス‼︎サー‼︎』
「それでは始めよう‼︎まずは腕立て伏せ‼︎百回‼︎‼︎‼︎」
『サー!イエッサー‼︎』
浅野の号令に従って、一年Aクラス男子は、全力で鍛え始めた。
米国特殊部隊式のトレーニングは相当にキツいようだが、一瞬でもサボれば浅野のお仕置きが待っている。
故に誰もサボれない。
本気だ。本気も本気で、勝ちに行っている。
「───玉入れにおいて最も大事なのは、玉を散らさず投げることです」
高度な物理学の知識を基にした、坂柳の指示のもと、森下藍は玉を集め、最適な角度、最適な力加減で投げ放つ。
「なんとびっくりです。あの数の玉が吸い込まれるように入りました。見事と言うほかありません坂柳有栖」
「お褒めに預かり恐悦至極。ですが、私の指示無しでもできるようになってくださいね」
「了解なのです坂柳有栖。森下藍は全力で挑みます」
たかが玉入れのはずなのに、特訓までしている。
しかも、身の入り用が違う。
五億ポイントが掛かっているのだから、当然なのだが。
「………ていうか、三年Aクラスに勝てるの?あの化物たちに?」
どう考えても無理だろう。
一年生全員で掛かってようやくの相手だぞ?
「やる前から諦めるようでは、何も為せませんよ」
「…………あんたがそんなこと言うなんてね」
「私は事実を言っているだけです」
………まぁ。坂柳有栖の言うことも、確かに事実だし。
「…………やるだけ、やってみますか」
軽い準備体操を終えて、神室は走り込みを始めた。
「───で?ここまでことを大きくしたのはなぜだ?」
「大きくしようと思ってたわけじゃないよ。毎年恒例のいつものやつをやろうとしてたら、一年生が乗ってきて、最終的に、あの鬼龍院に、テーブルゲーム部、それから南雲まで釣れたってだけさ」
喫茶店の奥まった席で、金石博と堀北学は、誰にも見つからないように密談していた。因みに現在無一文なので、付き添いの女子二人が立て替えている。
このことが妹に知られてしまったら、流石に軽蔑されるので、こうして目立たない様にしている。
「………ふん。
「否定はしないさ。今年の一年は優秀だからね。何せ、君たちに勝つぐらいだ。───さぁ、学。最高の報酬は用意した」
「───良いだろう。今回の体育祭、
「───それで良い。本気の君たちに勝ってこそ、僕たちの勝利に意味が出来る」
そんな二人の会話を、橘茜は笑いながら、ショートボブの三年Bクラスの女子、
「毎度毎度毎度毎度、ああいうギャンブルは辞めなさいって言ってるのに………」
「あはははははははは。相変わらずだね。金石くんは」
まぁ、乗せられた一年生もどうかとは思ってしまうが。
アレだけのポイントを稼いでいる一年生は稀だ。
それだけのポイントをあっさり賭ける一年生はアレだ。
一之瀬は、凄く躊躇していたが。
「四千万もあるなら、とっととクラス移動すれば良いのに」
「確かに。玉紀ちゃんも連れていけるもんね」
何故そうなる。
「あのさぁ。別に私とヒロは、そんな関係じゃないって言ってるでしょ!」
「う〜〜〜ん。でも、生まれた時から一緒の幼馴染って、そういうものじゃないの?」
「そ、れ、は、私達が同じ孤児院出身ってだけよ‼︎」
「…………やっぱりそれってさ、もう恋仲とか通り越して家族じゃん」
殆ど結婚してるようなものでは?朝早くから金石の部屋まで行って、起こしながら朝食とお弁当を作って、一緒に登校して、授業受けて、用事があったら分かれて、無かったら一緒にスーパーに行って、買い出しして、晩御飯を作って一緒に食べて、自室に戻って眠る。
これが黄乃玉紀の一日の大まかなルーティーンであり、誰から見ても完全な通い妻である。
「だ、か、ら、そんなんじゃないって何度も言ってるでしょ‼︎」
「でも、そんなんじゃない相手のご飯とかお弁当とか、毎日作らないでしょ?」
「しょうがないでしょ。アイツ、一人にすると殆ど食べないんだから」
一人になると途端に食への関心意欲興味が消え去り、ウィダーやら野菜ジュースやらで済ませようとするのだ。流石に放っておけないだろう。倒れられでもしたら目覚めが悪いし。
だから栄養バランスに可能な限り気を使った料理になるのも、それはそれとして、金石の好みを出来る限り盛り込んだ料理を作るのも、たまに金石の部屋に泊まるのも、文字通り壊滅的な自活能力の金石を助ける為である。
黄乃玉紀はずっとそう言い張るが、それは、もう。
「やっぱりもう夫婦じゃん」
「だ、れ、が、夫婦だ!」
毎回毎回必死に否定するが、それにしたってこの献身性はもうどう見てもそれじゃないか?自分も中々な自覚はあるが、この子も中々である。
個人的には、愛の女神の称号はこの子にも付けるべきじゃないかな。
橘茜は、そう考えた。
「それで?他にも用があって、僕に話してきたんだろう?」
「あぁ。幾つか聞いておきたいことがある」
金石博と、堀北学。歴代最高の生徒会長と、前代未聞のギャンブラー。二人の密談は、日が暮れるまで続いた。
南雲雅は、楽しそうに爪をいじっていた。
全く、金石先輩様々だ。あの人がここまで話を大きくしてくれたお陰で。
(おかげで、本気の
あの
「この体育祭で、ぶちのめしてやる」
だが、その前に。
あの
仕込みは上々。準備は万端。
アイツの周りで、地獄が巻き起こった時。
アイツは、どうすんだろうな?
南雲雅は、嗤っていた。
翌日の朝。
神室真澄は、自室のポストに、ある写真が入っていることに気付いた。薄らと違和感を覚えながら、その写真を見てみると。
アルコール飲料を手に取った瞬間の、自分の写真だった。
「────ぇ」
一瞬、全てが真っ白になる。
一体いつ、どこで、いや、そんな事よりも。
何故───?
「………坂柳が、裏切ったって、こと………?」
そういう、話だったはずだ。
誰にも口外しない代わりに、私は───。
写真が、濡れる。
どうでも良かったはずだ。全部、どうでも良かったはずだ。坂柳も、あのクラスも、あの部活も、全部、全部、全部、どうでも、良かったはずなのに。
裏切られても、どうでも良いはずなのに。
どうして、こんなにも。
悲しくて、苦しいんだろう。
その日、神室は、学校を休んだ。
「真澄さんが?」
坂柳有栖は、不思議そうに、そう聞いた。
「えぇ。何だかとても、辛そうでした。風邪、でしょうか?」
神室真澄の隣の部屋、山村美樹は、今朝の様子を思い起こす。沈んだ様子で、今日は休む、と一方的に言い捨てて部屋に戻ったあの瞬間を。あの背中を。
何だか、とても辛そうだった。
「………そう、何ですか」
坂柳有栖は、迷っている。
即ち、見舞いに行くか行かないか、を、である。
「見舞いぐらい普通に行けば良いのに何を迷っているのか全く分からないのです。坂柳有栖が来たなら神室真澄は喜ぶはずなのです」
森下藍は愉快犯なので、基本的に信用ならない。
それに、自分は彼女の弱みを握って利用している身だ。決して良い感情は抱かれていないだろう。
「真澄さんは、人が苦手なようですし。余り疲れさせるのは、本意ではありません。体育祭も近いですし」
完璧な理論武装である。付け入る隙は、殆どない。
が、森下藍を防ぐには、少々足りなかった。
「神室真澄は貴女のことを友達だと思っているのです。貴女の付き人じみたことをするのも、個人的に満更でもないのです」
「………い、いやいや。真澄さんは、きっとそんなこと思っていないですよ」
自分と神室真澄は、友達という名の主人と下僕の関係だ。労いというか、見舞いの品を用意することはあれど、実際に労う事はない関係だ。
「いいえ間違いないのです。いつものアレはただの照れ隠しなのです。神室真澄はただのツンデレなのですよ」
「………つ、つんでれ、とは?」
「普段はツンツンした態度なのに二人きりになるとデレデレ甘えてくることをツンデレというのです」
「………真澄さんは、私に甘えてくることとかは、無いですよ?」
「しかしすんごく情緒たっぷりと『おやすみ、有栖』とか言ってたのです。アレはもう完全にツンデレなのです」
「………そ、そんな記憶、私には無いのですが」
「端末を貸すのです」
「………えっと、はい」
特に見られて困るようなものは無いので、森下藍のそれに素直に応じた。
ささっと操作して、通話履歴を遡り、特定の日の深夜のものを再生する。
早送りで、最後の方まで飛ばす、と。
『………おやすみ。有栖』
という声が、大音量で響いた。
坂柳有栖は、紅に染まった。
その日の放課後、山村を連れ立って、坂柳有栖は神室真澄の部屋を訪れていた。
心なしか、足取りは軽い。
「良いですか山村さん。これはあんな小っ恥ずかしいものを残して下さった真澄さんへの報復です。決して、そう決して、真澄さんのことが心配だからとかではありませんよ。良いですね?」
とても楽しそうにそういう坂柳有栖は、何というか。
「は、はい。分かりました」
(…………思ったよりも、坂柳さんって分かりやすいのかな?)
チャイムを鳴らすと、しばらく経って、神室真澄の返答が響く。
『…………誰、なんかよう?』
喉の調子が悪いのか。心なしかしゃがれた声だった。
「私です。坂柳です。その、お見舞いに、来ました」
通話は切れた。
坂柳はキレた。
もう一度、押す。
返答は、無い。
仕方ないのでもう一度押す。
押す。押す。押す。連打。
「────真澄さん?無視は良くありませんよ真澄さん?」
「あ、あの、坂柳さん…………」
「何ですか?」
「あ、いえ何でもないです」
やがて開錠の音が響き、ドアが開く。
部屋着姿の神室真澄は、明らかに怒っていた。
「で、何か用?」
「……………お元気そうで何よりです」
「えぇそうね。頗る元気よ
「で、何で無視したんですか?」
「こっちの台詞よ。何で来たわけ?」
「心配だったからに決まってるじゃないですか」
「はっ、どの口が」
吐き捨てるように、神室真澄はそう言った。坂柳有栖も、徐々に怒りのボルテージが上がっていく。
当然だ。心配して来てみればこれである。流石に誰だって怒るだろう。
「あ、あの二人とも落ち着いて………」
山村の制止など完全に無視して、二人の言い合いはエスカレートしていく。
「せっかく心配して来てあげたのにその態度は何ですか?礼儀というものを知らないのでしょうか?」
「それはこっちの台詞よ。あんなの送り付けたくせに、よくもまぁ抜け抜けと。大層面の皮が厚いようね」
「何の話をしているのか見当もつきませんが、面の皮が厚いのは貴女の方でしょう?見たところ体調不良は嘘のようですね?みんなが体育祭に向けて頑張っているのに、貴女は仮病ですか。些か協調性に欠けるのでは?」
「アンタに協調性云々言われたくないわねこの性格破綻者」
「こっちの台詞ですよ」
キャットファイトなんて可愛らしいものじゃない。
加速度的に空気が澱んでいく。山村美紀は息をするのが苦しいと思い始めていた。
いつの間にかギャラリーが増えて来た。頼むから止めてくれ。
そんな山村の心の声が響いたのか、一人の女子生徒が割って入って来た。
「はいはい。そこまで、だよ」
自然な動きで割り込んでくる櫛田桔梗に、坂柳有栖は一瞬だけ殺意を向け。
ギャラリーに気付いて、それを収めた。
「何があったのかは知らないけど、ここでやらない方がいいと思うな」
一旦、坂柳有栖が黙った瞬間に、神室真澄はドアを閉じた。
思ったよりも勢いが強かったのか、櫛田桔梗はちょっと驚いていた。
「…………えっと、その………、喧嘩、しちゃった感じ?」
「…………知りません!」
拗ねたように、坂柳有栖は振り返って、自室に戻って行った。
「………うーーーん。山村さんは、何か知ってる?」
「わ、分かんないです………」
一体、何があったのだろう。
神室の言うあんなものが、相当なものだったのだろうか。
翌日、一応登校して来た神室と坂柳は、これ以上ないくらいバチバチだった。
浅野も葛城と森下も、殆ど全員が困惑していた。
「…………行け。橋本」
「俺に死ねと?」
浅野は橋下を差し向けて、二人からそれぞれ話を聞き出そうとした、が。
「────近寄んな。汚らわしい」
「────ほっといてください。煩わしい」
橋本は、泣きながら、戻って来た。
吉田筆頭に、全員が慰めていた。
「………俺が………、俺が何したってんだよ……」
橋本は悪くない。本当に何も悪くない。
ただ、その、必要な犠牲ではあった。
「………何故そうなったのかは知らないが、とんでもないことが起きている事は分かった」
「………その、これ、大丈夫なのか?」
「坂柳有栖はすぐに戻ってもらわないと困るのです。まだ攻略法を教わり切っていないのです」
「神室さんも、女子の中でも随一の身体能力の持ち主ですし、早く戻って来てほしいですね」
白石の言う通り。坂柳も神室も、必要な戦力だ。
兎にも角にも。
「放課後、別々で事情を聞きたい。有栖は頼んでもいいか。森下」
「了解なのです浅野学秀。今日一日中は、神室真澄に代わって付き人に就任するのです」
「神室は僕が聞いておく。それ以外は、一旦練習に集中しろ」
そうして、また一日が過ぎて。
結局、坂柳有栖と神室真澄は、一言も会話せずに終わった。
「本日限定で坂柳有栖の付き人に就任しました。森下藍です。よろしくお願いします」
「……………まぁ、良いでしょう」
能力的にも、優れてはいるし。
教室を出る一瞬、神室と目が合った気がしたが、坂柳有栖は黙殺した。
教室を出た坂柳有栖に、一瞬視線を向けた神室真澄は、しかしすぐにその視線を切った。
そんな神室に、浅野が話しかけてくる。
「──有栖が何かしてしまったようだね。幼馴染として、謝罪しておく」
とりあえず、そういうことにしておいた方がいいだろう。
しかし神室は、頑としてそれには応えなかった。
「その、有栖に振り回されるのが、嫌になったのかな?」
弱味を握られて、好きに使われている身だし。
本人の性質的に仕方ないことではあるが、やっぱりそういうのは辞めた方がいいのではなかろうか。
「…………………別に」
小声だったので、浅野は聞き逃すところだったが。何とか聞き取って、神室の様子を具に観察した。
(…………有栖のお願いを叶えるのは、決して嫌ではない。という事は、何故?
……………有栖が握っている、神室の弱味に関連したものか?)
緊張から、唾を飲み込みながら。
その、女友達の喧嘩を仲裁するのは、実は初めてなので。
「………なら、どうして、…………」
「……………裏切ったのは、あいつよ」
それだけ言い捨てて、神室は教室を出た。
浅野の頭脳は、高速で回転する。
(有栖が裏切った。という事は、おそらく神室の弱みを漏らしたということか?有栖が?…………態々、今、このタイミングで、神室真澄を、優秀な駒を、切り捨てるか?)
幼馴染としての直感と、経験から。有栖は、そんな非効率な事はしないと、知っている。
だと、すれば。
(────すれ違い、か?)
モヤモヤを晴らすために、有栖は森下を従えて部室棟のテーブルゲーム部に向かっていった。ほむら辺りを虐め抜いて、ストレスを発散しようとして。
違和感を、感じ取る。
(───今日の部室棟、いつもより、人が多い?)
それに、見覚えもない顔が、ちらほらと。
訝しげに辺りを見回す有栖は、部室から出て来た桃井緋音に気付いた。
「──有栖殿〜〜!今日も遊びに来たのか〜〜」
「独特な言葉遣いの先輩なのです」
森下藍が、それを言うのか。
有栖は瞠目した。
それから、手を振りながら駆け寄ってくる緋音に、呆れながら答えようとして。
すれ違った男子生徒に、杖を、蹴飛ばされた。
それを見た桃井緋音と森下藍の動きは早かった。
縮地で距離を詰め、スライディングしながら飛び込んで、自身の身体をクッションにして、倒れ込む有栖を受け止める緋音。
合気道の動きで、逃げようとする男子生徒の肩関節を極め、床に押さえつける森下。
実に鮮やかな手腕である。
「───無事か?有栖殿」
「…………、ありがとうございます。緋音先輩」
「不埒者はひっ捕えています。坂柳有栖」
「…お見事です」
さて、こいつはどう料理しようか。
そう思いながら振り向いて、背後にいる男の顔を見ようとして。
森下藍の頭を狙って、バットを振りかぶる男子生徒を見つけた。
「伏せて下さい!」
咄嗟に伏せた森下の頭があった場所に、バットが通り過ぎる。
その隙に、森下が抑えていた男子生徒は逃げ出した。バットを振り抜いた男子生徒も、バットを捨てて、走り出す。
それを見て、有栖を丁寧に立たせた緋音は、伸脚と屈伸をしていた。
「──ひっ捕えてくるのじゃ。浅野を呼んでおいてくれ」
「了解です」
「では、私はここで、坂柳有栖を護衛します」
「うむ。頼んだぞ」
そうして、桃井緋音は飛び出した。
「…………普通に行かせてしまいましたが、多分部室棟にやけに多くいた男子生徒は全員、敵だと思っていいでしょう。彼女一人で大丈夫なのですか?」
「何の問題もありません。この学校で、彼女に勝てるかもしれないのは、堀北会長か飛騨先輩ぐらいでしょう」
階段を飛び降りて、踊り場に着地。
壁を蹴りながら方向を転換し、瞬く間に男子生徒達の背中を捉える。凡そ六人。隠れているかもしれないが、ひとまずこいつらを制圧しよう。
(───まずは一人)
追い付くどころか追い越しながら、先頭を走る男子生徒の後頭部を引っ捕まえて、顔面を床に叩きつける。
ゆっくりと立ち上がりながら振り返ると、男子生徒達は恐れ慄きながら一歩ずつ下がっていく。
二番目に先頭にいた男子生徒は、いつの間にか首を掴まれて背中から強かに打ち付けられた。
(二人目。)
勝てないと思ったのか、背を向けて逃げ出す、が。
「逃すわけがなかろう」
壁を蹴って三角跳び。最後尾にいた男子生徒の後頭部に強烈な飛び蹴りをかましながら、逃げようとする三人の前に立ち塞がる。
(三人目じゃ)
反響乱で殴りかかってくる先輩の拳を躱しながら、懐に潜り込んで、飛び上がりながらアッパーカット。
「しょーりゅーけん‼︎」
(四人目っ!………まぁ、アッパーかますなら言っとくものじゃろ)
仰向けで盛大に吹っ飛ぶ四人目の男子生徒。
五人目は膝を横から蹴り崩して、顔面に膝蹴り。
(五人目。さて一人は残しておくべきじゃな)
突進して来たので、真正面から受け止めて、腕力に任せて、強引に捻じ伏せる。
「六人目、それで、誰の命令じゃ」
接敵から凡そ十二秒である。
追い付いた坂柳はいつも通りで、森下は、目の前の光景に舌を巻いた。
「凄まじいのですこの先輩。化物なのです」
「この学校で名の知れた生徒は、基本的に化物ですよ」
さて。
捩じ伏せられた先輩の目の前に、杖を付く。どうやら運良く、蹴飛ばしてくれた先輩のようだ。
「────それでは、尋問を始めましょうか」
先輩にとっては、運悪くだろうが。
部室棟に、ある一人の生徒の断末魔が響いた。
「───結局、殆どわかりませんでしたね」
「はい。非常に賢く、いやらしい輩が潜んでいると見て間違い無いのです」
「妾としてはあの惨劇を生み出しておきながら平然としているお主が怖いがのう」
虚な目で何やらブツブツ呟いている先輩──緋音にとっては同級生───を見ながら、有栖は(やっぱり
まぁ、いい実験台である。
「まぁ、黒幕は十中八九、南雲じゃろう。堀北会長の目も、掻い潜っておるな、これは」
「噂の南雲雅ですか。しかし、坂柳有栖を狙う理由がどこに?」
「───いえ、全てに納得がいきました」
南雲雅、生徒会、敵対関係、浅野学秀。
いきなり冷たい態度になった神室真澄。『あんなの送りつけて』。神室の弱み。万引き。アルコール。
もし仮に、神室がそれをやろうとしている瞬間の写真を、撮られていたなら。
「これは学秀くん潰しでしょう。親しい人を傷付けて、学秀くんを精神的に打ち倒すのが目的。