リビングに響く怒声を、今でも良く覚えている。
『一位じゃ無いあなたなんて、うちの子じゃない!』
『何で二位なんだ。こんなものに価値はない』
小学生の頃は、私は完璧だった。
運動も、勉強も、ピアノも、何もかも、一番を取り続けて。
中学二年生の頃、それは夢になった。
運動は、私よりもできる人がいた。
勉強も、私よりもできる人がいた。
ピアノも、私よりもできる人がいた。
私は天才じゃなかった。特別じゃなかった。ただ、人よりも少しだけ、器用だっただけ。
それだけなのに、あの人達は、ヒステリックに喚き散らした。
家の中に、私の居場所は無くなって。
学校でも、孤立し始めた。成績も、運動も、何もかも全部、一番でこそなかったけど、二位ではあったから。多分、総合力は、私が一番だった。
だから、誰も近付いてこなかった。元々無愛想なのもあって、私は、よく言えば、高嶺の花、悪く言えば厄介者になった。
友達もいない。家に居場所もない。
色んなものが、どうでも良くなって。
だから、万引きした。
別に、お酒が飲みたかったわけじゃない。
駄目なものなら、何だってよかった。
ただ、成功した時の、あのスリルと興奮が、どうしても忘れられなくて。
何度もそれを、繰り返した。
私は、私は。
それをしている間だけは、私でいられた。
ここに来てからも、それは変わらなかった。
店員の目を盗んで、監視カメラの死角に潜んで、バレないように、盗み出す。
いつも通りのその犯行は。
だけど、アイツに、坂柳有栖に、見つかった。
それから、アイツの………付き人?下僕?使い走り?………それとも、友達…………?
兎にも角にも、そんな者になって。
アイツに付き合わされたテーブルゲーム部は、思ったよりも楽しくて。
占藤先輩は、いつも穏やかで、でも、底知れなくて。橘先輩の話をずっとしていて。…………多分、私の万引き癖も、バレていたと思う。
卜部先輩は、小さいけど、ちゃんとしてて、真っ直ぐで、正しくて。だから、たまに眩しかった。
九重先輩は、狂っていて、愉快犯で、メチャクチャで。でも、きっと誰よりも、情に厚い人だった。
桃井先輩は、面白くて、変で、それでも、優しくて。あの人と遊ぶのは、思ったよりも楽しかった。
狐判先輩は、弱々しくて、自信が無くて、放っとけなくて。だから、きっと好きだった。
花咲先輩は、煽りカスで、考えなしで、向こう見ずで。でも、思ったよりもちゃんとしていた。
そして、浅野は。よく分からなくて、でも頭が良くて、捻くれてた。………多分、一番を取り続けることができた、あり得たかもしれない私だった。
坂柳は、チビで性格悪くて人格破綻者で暴力女で毒舌女。でも、時々幼くて、弱くて、だから、だから────。
私は、裏切られた今でも。
坂柳有栖を────。
くだらない事を考える頭を冷やしたくなって。
部屋には帰らず、夜の道を散歩していた。
気分が良くなかったので、夜のコンビニに、向かっていった。
商品を適当に見ながら、ぐるぐる回って、店員の死角と、カメラの死角に入った瞬間に、酒を盗む。
私は、戦利品を抱えてコンビニを出て。
そこで、浅野と鉢合わせした。
「…………げ」
「何が、げ、なんだい?」
最悪だ。
それに、この状況。坂柳にバレた、あの瞬間に酷似している。
浅野なら、多分気付いてるはず。こいつは生徒会副会長で、こんな校則違反、見過ごすはずがない。
…………まぁ、別に良いか。坂柳が裏切った以上、遅かれ早かれだし。
「────何か早とちりしているようだが、僕はそれを咎めるつもりはない」
「………えっ」
浅野は、何故か店内を睨んでいた。
何を見ている?何を探している?何を見つけた?
「───夜道は暗い。危険だし、寮まで見送ろう」
「いや、別に」
「夜道は、危険だから、な」
浅野の視線の方へと、目を向ける。
木の影に隠れてて分からなかったけど、複数人の男子生徒が、いる。私たちを、ううん、私を見ている……?
「───今日の放課後、有栖と森下が、他の先輩に襲われた」
「─────は?」
「僕の責任だ。僕との距離が近いから、南雲雅に狙われた」
南雲、雅。
浅野は、葛城たちにも言っていた。南雲雅には、気を付けろって。
それって、つまり、こういうこと………?
「君もまた狙われている。だから、寮まで送るよ」
断れない。断る理由もない。ていうか。
「ちょっ、手、引っ張んな………!」
いつの間にか私の手を掴まれて、歩き出していたので。半分ぐらいは引き摺られるように、私はコンビニから離れていく。
いつの間にか、顔が熱いのが分かる。
道中で、うっかり女子生徒と接触してしまった。
「───すまない。大事ないか」
「───うん。何の問題もないよ」
そのまま引っ張られて、私は浅野と一緒に、女子寮まで向かっていった。
手掴まれて引かれているぐらいで何を赤くなってんだ私。初心か。初恋もまだだけど。
でも、帰り道の途中で。
「───道を開けてくださいませんか。先輩方」
「それは出来ねぇな浅野」
複数人で通せんぼする、先輩達。
いつの間にか、私たちは囲まれていた。
────ざっと、二十四人、か。
「…………舐められたものだな。この程度の数で、僕に勝てるとでも?」
ジャケットを脱ぎ捨てて、ネクタイを解きながら、浅野は、戦闘態勢に入る。
私も身構える。自分の身ぐらいは、自分で。
「おいおいおい。勘違いすんなよ浅野。俺は別に、お前らとやり合おうってつまりは、ねぇぞ」
「───なら、どういうつもりですか」
先輩は、凄く、嫌らしい顔を浮かべていた。
手に持つ端末に写っているのは、私の写真。
アルコールを、盗んだ瞬間の、私の写真。
全てがつながる。全てを理解する。最初から、ずっと。
「………私は、南雲雅の掌の上だったって訳ね………」
そして、つまり、この状況は。
────
「───さぁ、そこの女子の、荷物検査、させて貰おうか。もし、酒が見つかったんなら───」
「例え見つかったとしても、浅野は一切関係ない」
こうなった以上、少しでもダメージを減らすのが、ベターな選択。
「コイツとは、偶々会って、お節介にも見送ろうとしてくれただけ。その写真とは、何の関係もない」
生徒会副会長が校則違反、それも完全な犯罪行為を見過ごしたなんて、完全にアウトだ。
だからせめて、ここは、私だけで。
鞄の口を開けて、中身を逆さまにする。
教科書と、筆箱と、色々なものが落ちて。
「───え?」
「はっ?………おいどういうことだ。お前、確かに見たって言ったよな!」
私たちに写真を見せつけてきた先輩は、木の影に隠れる先輩に、そう食ってかかった。
気付かなかった。もう一人いたのか。
「あぁ。俺は確かに見たぞ。その女子が、酒を盗んで、鞄に入れてるのを」
写真を撮ったのも、多分、私を尾行してたのも、この先輩が。
闇に溶けているように、存在感の薄い先輩だった。
「───あなたの、見間違いだったのでは?影乃先輩」
「…………物的証拠は無い、が。証拠写真なら、ここにある」
そう言って、先輩が見せてきた端末に写っているのは。
…………洗面台の前で、鍛え上げられた上半身の写真を撮る、先輩の写真だった。
「───ふふふふふっ。それが、何の証拠写真だと?先輩の筋トレの成果ですか?」
影乃先輩は、殆ど表情を崩さなかった。
だけど、端末を握る手に、力が入っているのが、分かった。
他の先輩達も、慌てて端末を操作したけど。
誰も、私の証拠写真は、持っていなかった。
「なん、で。データは、確かに………」
浅野は、一歩前に出ながら、威圧する。
私は、その威圧を向けられていないのに。
何だか凄く、怖かった。
「───物的証拠も」
地面に散らばる、私の教科書と、筆箱と、空っぽの鞄。
そこに、酒はない。
「───証拠写真もない」
先輩達の端末から。
さっきまであったはずのデータが、完全に消えていた。
「───それで、あなた達は、何のようで、僕たちに?」
先輩達の、大義名分は、完全に、失われた。
いつの間にか、影乃先輩は消えていた。
他の先輩達も、その場を離れようとして、最初に、端末を見せてきた先輩が、立ち止まる。
「───そういや、お前の荷物検査は、まだだったな、浅野」
────そう、か。
私の、手を引いたあの瞬間で、浅野は、酒を自分の鞄に。
無言で、鞄の口を開ける。
────駄目だ。それは、駄目だ。
「私が、やっ────」
「僕を信じろ。神室」
自白しようとして、浅野は、熱のこもった声で、制止した。
────………そんなこと、言われたら。
────………だって、今の一年Aクラスで、浅野を信じられない奴なんて、いない。
浅野は、鞄をひっくり返した。
教科書と、筆箱と、その他諸々。
信じられない。一体いつ、どこで………?
「あぁくそっ、何なんだよ、お前………!」
頭を掻きむしった先輩は、ヤケになったのか、叫ぶように訴える。
「───ボディチェックだ!服脱げっ‼︎」
………それは、流石に。
………もし、写真があったなら、それに従って、私も浅野も、裸を晒すしか無かっただろうけど。
「証拠写真も無いのに?」
浅野は馬鹿にするようにそんなことを言う。
そう。推定無罪でそこまですれば、悪者は、あちら側になる。
そこまで分かっていないのか。あるいは、分かった上で、そうするしか無いのか。
先輩達は、徐々に徐々に、包囲を狭めてくる。
私と浅野は、自然と背中合わせになって、構えた。
「何抵抗しようとしてんだよ………!やましいことがあるって言ってるようなもんじゃねぇか……!」
……………うん。実際あるんだけど。
「………ねぇ、この場合ってさ」
「正当防衛だ、何の問題もない」
「…………だよね」
飛びかかって来る先輩に、浅野は回し蹴りを胴体に叩き込む。
腹を押さえながら先輩は吹っ飛んで蹲って。
それが、開戦の狼煙だった。
掴もうとして来る先輩の手首を掴んで、捻り上げて膝を付かせる。もう一人の先輩が近付いてきたので、体を捻りながらのハイキック。………流石にミニスカートでこれははしたないけど、まぁ、脱がされるよりはマシでしょ。
思いっきり横面を蹴り抜いて、脳が揺れたのか気絶する。
すぐさま、膝をつかせた先輩の顔面に膝蹴りを叩き込む。鼻の骨が折れた感覚が返ってくる。
「───やばい、やり過ぎた?」
「不慮の事故だ。気にするな」
転ばせた先輩の顔面を、一切の容赦無く踏みつけながら浅野はそう言ってきた。
生徒会副会長がそう言っているなら、何の問題もないだろう。
流石に、私を尾行してたのも、隠し撮りしてきたのも、こんな夜道で囲ってきたのも、服を脱げとか言ってきたのも、普通に腹が立っているので、まぁ。
サンドバッグに、なって貰おう。
おおよそ、数分後。
気絶したりうめいたりしている先輩達の真ん中で、私たちは佇んでいた。
浅野は、ポケットから取り出したボイスレコーダーをオフにした。
「これには、あなたの言動の全てが記録されています。夜道で複数人で囲って、証拠も無いのに、万引きしたと言いがかりをつけ、僕たちは誠意を持って、自身の荷物を曝け出したのに、あなた達はエスカレートして、挙げ句の果てに女子生徒に対して服を抜げと要求、そして襲い掛かってきた」
……………言葉にするとひどいな。
「別に訴えてくれても構いません、が。裁判になった時、一体どちらが、勝つのでしょうね」
────全く、この男も、大概化物だ。
私たちは、地面に散らばった教科書と筆箱を拾い集めて。
「うっわ、最悪。このシャーペン気に入ってたのに」
踏んづけられてぶっ壊れたお気に入りのシャーペンに、気分が落ち込んだ。
「先輩方がこんなことをしてくるとまでは予想できなかった。埋め合わせとして、後で買ってやる」
「良いよ。アンタ今無一文でしょ?」
「五億ポイント貰えるんだ。何だったら最高級ブランドの物でも構わないぞ」
「はいはい」
荷物を纏めて、改めて帰ろうとして。
「────待て」
影乃先輩の、声がした。
振り向くと、先輩が、私たちがぶつかった女子生徒の首を絞めながら、連れてきていた。
「思い返せば簡単な話だな。浅野。この女子生徒はお前の仕込みだな。態とぶつかることで、この女子生徒に酒を回収させた」
……………成程。そういうことか。
だとしたら、状況は最悪。
なのに、どうして、浅野は一切、動揺していない。
浅野は、溜息を吐きながら、呆れ果てていた。
「────遊び過ぎだ。潮田」
「ごめんね。ちょっと人質ってどういう物なのか、やってみたくて」
一瞬で影乃先輩の拘束を振り払った女子生徒は、多分、猫騙しをした。
多分って言ったのは、どう考えてもおかしいからだ。
普通に考えて、
「───これで、貸し一、だよ」
その女子生徒は、長髪のウィッグを取りながら、鞄の中から酒を取り出して、私に投げ渡した。
それを掴み取りながら、その少年を観察する。
潮田渚、一年Cクラスの生徒。
「───分かっている。五億が入ったら、何でも奢ろう」
「じゃあそれは無理だね。だって、五億を貰うのは僕たちだから」
浅野と、仲が良い。
浅野は、椚ヶ丘中学の生徒だった。
どう考えても、普通じゃない技術。
ぶつかったその瞬間に、何の違和感も持たせずに、私の鞄から缶を盗んだ、その手腕。
まるで、忍びか暗殺者みたいに、身軽な動き。
「……………ねぇ、潮田。アンタってもしかして、
私のそれに、浅野も潮田も、一瞬固まった。
固まって、すぐに笑い出す。
「───流石は、Aクラス、だね。うん。そうだよ。できれば、内緒にしてくれると嬉しいな」
「分かってるわ。助けてくれた相手を売るほど、私は性格悪く無いわよ」
そっか、とだけ返した潮田は、その場を後にした。
「よし、じゃあ、改めて、送るよ」
「甘んじて受け入れるわ」
…………それと、その。
坂柳にも、謝らないと。
浅野は、寮の玄関前で、帰ろうとして。
私は、思わず、その手を掴んでいた。
「……………そ、の。坂柳に、謝罪、したいんだけど」
「付き添って欲しいのかい?」
「…………出来れば、その、お願い、します」
二人きりだと、上手く話せる気がしないので。
溜息を吐きながらも、浅野は大人しく、女子寮に足を踏み入れた。
………………いや、何してんだ私。吐いた言葉は飲み込めないので、戦々恐々としながら、部屋に戻ると。
何故か、坂柳有栖が、そこにいた。ベッドにお行儀よく座るその姿は、まるで等身大の西洋人形の用で。
でも、どことなく、緊張していた。
「お帰り〜〜」
「……………何でいるんですか九重先輩」
「まぁ、依頼受けたからね。後、そっちと同じように、有栖の付き添いだよ。全く、本当にお子様だよね、二人とも」
「それ以上無駄口叩くと父に報告しますよ九十九先輩」
「それだと有栖も退学だけど良いの?」
た、退学………?
一体何したんだ坂柳と九十九先輩。
て言うか、そのノートパソコンは、何?
「そういや、神室は知らないんだっけ。さっき神室の証拠写真、全部消えたでしょ?あれやったの私」
……………それって、つまり。
「九十九先輩は、高育のセキュリティを突破して、外部との連絡だったり、外部からの依頼を引き受けたりしている、ハッカーでもあるんだ」
「嘘でしょ………」
浅野の説明を受けた私は、度肝を抜かれた。
私の先輩が完全無欠の犯罪者だった件について。
万引きなんて可愛いもんすぎるでしょこれ。
フーセンガムを膨らませて、オシャレなサングラスを額に乗せた九十九先輩が、回転椅子でくるっと回って、私に向き直る。
凄い、映画で見たやつだ。
「凄腕ハッカー『オールナイン』。以後、お見知り置きを」
まんまじゃん。
「まっ、本当だったら、三百万は貰うつもりだったけど、初回特典、後輩割、その他諸々踏まえて、99.9%の値引きしまして、3,000ポイントで勘弁してあげる」
「………はいはい。分かりましたよ」
たかが三千ポイントで退学の危機が去るのなら、安いもんだ。
…………さて、と。
「…………その、ごめんなさい。坂柳。南雲に良いように踊らされてた」
「…………本当ですよ。少しは気を付けてくださいね」
「うん。ごめん」
「…………私が、あなたを退学にさせるわけないじゃ無いですか」
「うん。そうだね」
「…………私を、信じられませんでしたか?」
「………………うん。私は、坂柳を疑った」
「…………そう、ですか」
私って、最低だ。
────友達に、こんな顔させてる。
「私、友達とか、殆どいなかったからさ。仲直り、する時って、どうすれば良いのか、分かんないだよね」
「……………それは、私も同じです。私にとって、
でも、それは、何も、悪いことじゃ無いだろう。
「悪いのは私よ。坂柳。アンタを、信じられなかった」
そうだ。悪いのは、絶対に私だけ。坂柳有栖は、何も悪くない。
「……………いいえ。私は、私が、あなたの弱みを握り続けている限り、きっと私たちは、
「……………そっか。じゃあ」
「ですので」
お別れを告げようとした私を遮って、坂柳は、自分の鞄から、酒を取り出した。
それは、あの日、私が、盗んだやつだ。
坂柳は、細い指でそれを開け、一息に煽った。
「────んぐっ………、けほっけほっ………んぐっ、んぐ…………」
苦くて、不味くて、全然美味しく無いそれを、坂柳は、飲み干した。
…………それが、何を意味するのか理解できないほど、私は鈍くは無い。
「────これで、私たちは、
白い髭を、唇に作りながら。
有栖は、笑った。
「────バレたら、一緒に退学ですね」
「────ほんっと、バッカじゃないの」
目の前が滲むのが分かる。
馴染む視界の中で、ベッドに腰掛ける坂柳の隣に座る。
ハンカチを取り出して、その白い髭を拭った。
「────ねぇ、シュウ。その酒、私にちょうだい」
私が机の上に置きっぱなしにしていた、今さっき盗んだ缶ビールを、浅野は九重先輩に投げ渡した。
九重先輩は、細い指先でそれを開けて。
一気に、飲み干した。
「証拠隠滅と、それから、約束も兼ねて」
「………はぁ。神室、冷蔵庫、開けるぞ」
「………えぇ。どうぞ」
私の冷蔵庫の中には、最後の一本。
この高育で、初めて盗んだ缶ビールがあった。
浅野もまた、それを一息に飲み干した。
「────僕たちは全員、お互いの弱みを握り合った。つまり全員、
あの日。
初めて二位をとって、怒声を浴びせられた日。
私は、私が分からなくなった。
完璧な私が、二人の娘なら。完璧じゃなくなった私は、誰なんだろうって。
多分、きっと。
私は、バレたら人生が終わるかもしれない万引きを繰り返すことで、いつかの破滅を願っていた。
私は、きっと、ずっと、
でも、もう違う。
だって、私は。
坂柳有栖の友達で、浅野学秀の友達で、九重九十九の後輩兼友達で、一年Aクラスの生徒で、無愛想な女子で、それから、有栖と一緒に、新しくテーブルゲーム部に入った、新部員。
私を示すものなんて、そんなもので良い。
完璧じゃなくたって、私を証明するものは、いくらでもある。
だから、私は、生きていける。
「じゃあ、僕はもう帰る」
「お疲れ〜〜」
「お疲れ様です。学秀くん」
ベランダから、飛び降りようとする浅野に、私は。
「ありがとう!お疲れ!」
そう、声をかけて。振り向きながら穏やかな笑みを浮かべた浅野は、ベランダから飛び降りて、寮に戻った。
「坂柳、そろそろ部屋に帰りましょう。………坂柳?」
いつの間にか、坂柳有栖は、私のベッドに横になっていた。
まぁ、病弱な身体で、アルコールなんて摂取したら、こうもなろうが。
「…………おやすみ、有栖」
そう声をかけて、私も疲れたので、坂柳の隣で、横になる。
あぁそうだ。これは、忘れないようにしないと。
「九十九先輩。ポイント渡すので、ビールの代金、あのコンビニに入れといてください」
「………おっけ。合わせて六百ポイント。ちゃんと受け取るから」
「…………はい。お願いします」
睡魔にノックアウトされ、私は静かで暖かい熱と共に、仄かな暗闇に落ちていった。
「…………さて、始めますか」
店内のシステムに侵入。
先程受け取った三千ポイントから、六百ポイントを支払って、終わり。
別に、いつ受け取るとは言っていないので。
九重九十九は、ニヤニヤ笑った。
翌日の、朝。
「そうそう。暫くは部活はなし、だよ。体育祭の準備があるからね」
「分かりました。ありがとうございます。九十九先輩」
「ん。これに懲りたら、もうあんなことは辞めなね」
……………ハッカーに言われても。
「………、大丈夫です。もう、しません」
する理由は、もう無いからね。
部屋から出ていく九十九先輩を見送って、私と有栖も身支度を終え、部屋を出たところ、隣の部屋の、やけに寝不足で、眠そうな山村と、ちょうど出くわした。
「……………お、おはよう、ございます。あっ、えっ、と、その…………き、昨日は、さっきの、先輩、と……………?」
「ええ、その、仲直りのために、ちょっと、軽く間に入ってもらいまして。ご迷惑をおかけしました。山村さん」
「うん。不安にさせてごめんね。もう、大丈夫だから」
……………?山村、なんだか、顔が赤い。熱?
「その、大丈夫?大分、顔、赤いけど」
「……………えっ、と、その、でふ、ね。き、き、きき昨日、夜中に、目が、覚めまし、て。ベランダで、夜風に当たっていたんですけど」
その言葉を聞いた瞬間、私も有栖も、ある推論に思い至った。多分、同じ推論をだと思う。気まずげに、目があったし。
「……………………その、浅野くん、窓から飛び出ていたんですけど。………………昨晩は、その、四人で、……………ナニ、を?」
まぁ、うん。
昨日の夜、私の部屋で起きたことは、四人だけの秘密だし。有栖の目は、楽しそうに揺れていて。
私も、まぁ、少し、いや、かなり、いや、凄く恥ずかしいけど、それはそれとして。
困る浅野が、とても面白そうなので。
「─────秘密」
「─────秘密、ですよ」
少しだけ、頰を染めながら、恥ずかしそうにはにかみながら、そういう私たち二人を見て。
山村は、真っ赤になった。
その後、浅野に会う度にオドオドする山村に、面白そうな空気を感じ取った森下が根掘り葉掘り尋問して。
最終的に、男子からは、一周回って尊敬の念を向けられる、浅野がいた。
葛城は、凄く真面目に怒っていた。
浅野は、キレた。
体育祭まで、後一週間。