書きたいことが多すぎて。
さて、障害物競走な訳だが。
これに関しては、無人島での経験が生きたな。
『Bクラス池寛治速い速い!障害物を物ともしません!』
どれだけ人の手が入っていようと、大自然はそう秩序だってはくれない。当然、無人島も段差やら障害物やらが無秩序かつ山程あるわけで。
そんな中を遊び回っていた寛治にとっては、秩序だった少数の障害物程度、あってないような物だ。
他の生徒を置き去りにしての、圧倒的な一位。
経験値の差がモロに出たな。これは。
「お見事です寛治殿。同じ皇国騎士団員として、誇りに思います」
「我々も、彼の後に続かねばなるまい。行きましょうぞ」
俺たちは多分やりすぎたのかもしれない。
ここまで皇国騎士団に染まるとは思ってもいなかったな。治るかこいつら?
「ねぇ清隆くん。本格的にどうしてくれるのかしら?私は嫌よ?後二年以上、女皇陛下とか呼ばれるの」
「安心しろ。帆波姫よりは多分マシだ」
「五十歩百歩って知ってるかしら?」
うん。そうだな。五十歩百歩のお手本だな、これは。
「安心しろ。生徒会長になったら女皇陛下が生徒会長になる筈だ。多分」
どうだろう。生徒会長の堀北学が生徒会長じゃなくて
「あら、私が会長になることを疑っていないのね。浅野くんも南雲雅もいるのに」
何を言うのかと思えば。
「鈴音は、なると言ったら、絶対になるだろう。一学期の期末テストで、
そんなこと、E組での一学期期末テストの頃から、よく知っている。
殺せんせーの事前対策を終えて、期末テストの二週間前。鈴音、いや、堀北が珍しく、俺を呼び止めてきた。
『何だ?珍しいな。堀北が俺を呼び止めるなんて』
『一学期期末テスト、勝負しましょう。綾小路くん』
期末と言うと、あれか。
各科目で一位を取った生徒には、触手を破壊する権利が与えられるってやつ。
ただ、あの口ぶりからして、基本的に一人につき一本なんだろうな。俺が複数科目で一位を取ったとしても、落とせる触手は一本だけ。特定科目で同率一位なら、一本追加で落とせるんだが。
『まぁ、それぐらいなら良いが。内容は?』
『総合順位と、それから、私の得意科目の数学での、学年順位。───つまり、どっちが先生の触手を破壊するのか、勝負しましょう』
『分かった。それでやろう』
これは、
『なら堀北。今度一緒に勉強会しないか?』
『あなた正気?数秒前の発言すら忘れてしまうほど退化したと言うの?私たちは競い合う関係なのよ?なのに手の内を晒し合いましょうって?愚かしくて嘆かわしくて泣いてしまいそうよ』
今日も絶好調だな。堀北の毒舌は。
『俺たちは競い合う関係であると同時に、共に共通の
『だとしてもよ。赤羽くんだったりと勉強会でもすれば良いんじゃないかしら?私だって、櫛田さんと勉強会をする約束があるのだけれど』
『あぁ。カルマのやつ、今回は殆どノー勉で行くつもりらしいぞ』
『………………馬鹿なの?』
『通常運転でサラッと勝ってこそ完全勝利なんだとさ』
理屈は分からんでもないが。
少し、過信しすぎだろう。浅野も堀北もいるのに。
『だから、今この教室で俺のレベルについて来れそうなのは、堀北ぐらいな訳だ』
『………まぁ、勉強会、ぐらいなら』
そうして、俺と堀北と櫛田は、放課後に集まって教室で勉強会を始めた。
下世話な殺せんせーはしつこく絡んできた。触手だけに。
『ヌルフフフフフフフ。かつての私を思い出すモテ男振りですねぇ綾小路くん。………ぶっちゃけどっちが本命なんですか?大丈夫ですちゃんと秘密にしますからっ‼︎ちょっと教えてくださいよ綾小路く────にゅやっ‼︎』
ウザすぎるので、ナイフを突き出した。堀北も櫛田もナイフを振っていた。
『ねぇ邪魔なんだけど殺せんせー。今私たち真剣にやってんの。鬱陶しいしめんどくさい絡み方すんなよ色ボケ下世話タコ』
『色ボケ下世話タコ⁉︎口が悪いですよ櫛田さんっ』
『完全に同意見ね。冗談はその見た目だけにしてちょうだい。余りにも下品で低俗で下らなくて笑えないわ』
『ううううう。お二人が辛辣すぎて先生泣いちゃいます』
『俺の意見もそう変わらないぞ殺せんせー。流石にうざい』
『あ、綾小路くんまでもぉぉぉぉ⁉︎…………先生傷心旅行にウユニ塩湖まで行ってきます…………』
トボトボと教室を出ようとする殺せんせーは、思い出したかのように触手を走らせた。
マッハで書き込まれたのは、堀北と櫛田の間違いを指摘する赤ペンと、ワンポイントアドバイスだった。
『───あぁそれと、この問題集もおすすめです。特別に貸してあげますよ』
…………全く。このマッハ20は。
『その、ありがとう。殺せんせー』
『一応、礼を言っておきます』
櫛田と堀北は、言いづらそうに礼を言った。
俺は、何も言えなかった。
何せ、俺のノートに書き込まれていたのは。
『今後は、こういったことは出来る限りしないように』
と言う文言だったのだから。
全く、本当にあの先生は凄かったな。俺が何の為に勉強会に参加していたのかまで、すぐに見抜いていたんだから。
「今思い出しても、あなたの所業、腹が立つわね」
一学期期末テストの顛末を思い出した鈴音は、心底腹立たしい、と言う顔をしていた。
それに関しては、その。
「まぁ、その、悪かったとは思っている」
あの時はあれが効率的だと思ったんだよなぁ。
そう。俺は鈴音との勉強会を通じて、鈴音の理解度を知りたかったんだ。実際の問題と照らし合わせて、鈴音ならば何点取れるかを予想して、それにピッタリ合わせて解いた。
テスト返しの時のことを、思い出す。
『さて、最後に数学ですが。───クラス一位は何と同率!綾小路清隆と堀北鈴音!そして、学年一位は────おめでとう!同じく同率一位!綾小路清隆と堀北鈴音!』
『うぉぉぉすげぇ!一気に二本だ!』
杉野、興奮しすぎだ。
『…………えっ?』
『ちょっと堀北さん。何かたまってんの?もっと喜びなよ』
ぶっきらぼうながらも、櫛田は堀北を労っていた。
『そうだぜ堀北。これで一気に二本も壊せるんだから!もっと喜ぼうぜ!』
前原のその言葉を聞いても、堀北は呆然としたままだった。
その瞳は、ゆっくりと、隣の俺を見抜いてくる。
『あなた、まさか────!』
『堀北さん。その話は、また今度でお願いします』
殺せんせーは、激昂しかけた堀北の首筋に触手を貼り付けて、落ち着かせていた。
帰ってきたテストを見て安堵する。予定通り、99点。堀北なら、たった一点だけミスするだろう箇所があったからな。
きっと堀北は、復習でこのミスに気付いて、自身が負けたと思っていたのだろう。
だが俺は、堀北との勝負よりも、一本でも多く触手を壊すことを優先していた。だから、数学以外の教科の得点は、敢えて落とした。勉強会を通じて堀北の理解度は分かったが、奥田、神崎、磯貝、中村の理解度は分からなかったからな。万が一でも、破壊できる触手を減らす訳にはいかない。
まぁ、中村は百点だったようだし、英語は満点を取っても良かったかもな。
その後、E組の百年は語り継ぐべき伝説の一つ。『寺坂グループの家庭科さん事件』は、凄かった。五教科は『数・英・社・理・家』らしい。一番重要なのは家庭科さんなんだとか。
その後、俺は堀北に呼び出されて、校舎裏の森にいた。
『………私を、利用したわね。綾小路くん』
『何のことだ?』
『惚けないで。同率一位、わざと取ったんでしょう。勉強会に参加したのも、私の理解度を知る為。最初から、ずっと、私との勝負なんて、どうでも良かったんでしょう!』
『………だとしたら、何だ?殺せんせーの暗殺は、全てにおいて優先されるだろう?』
『………っぐ、だと、しても、………こんな、やり方……っ!』
非効率的だな。何故こんなことに拘るのか、理解できない。
たかだか同級生との勝負なんて、どうでもいいだろうに。
『…………、良いわ。覚えておきなさい。綾小路くん。この借りは、必ず返す!』
『…………そうか』
『いつか、あなたを
『まぁ、楽しみにしてる』
そして、実際に、俺は殺された。
あの日、それまでの俺は、きっと死んだ。
「結局俺は、あの日鈴音に負けた」
宣言通り、鈴音は俺を超えてみせた。
だから、きっと。
「俺は、そんな鈴音が───」
………待て。俺は何を言おうとしている。
「………そんな鈴音が、何かしら?」
揶揄うように笑いながら。隠しきれない期待を滲ませて。
必死に明後日の方向を向こうとする俺を、鈴音は覗き込んでいた。
「ねぇねぇ清隆くん。そんな鈴音が、何かしら?」
…………今からでも、無かったことにはできないだろうか。
覗き込もうとする鈴音から逃げるように、俺は明後日の方向に向き続けて、結果的に、その場でぐるぐる回る俺を、追いかけ回す鈴音という、ちょっとよく分からない絵面が作られた。
クラスメイトはもはや慣れたのか、またいちゃついてる、とか言ってた。春樹と須藤は俺を殺そうとしていた。
俺の番が来たので、逃げるように、いや実際に逃げたけど。会場に向かう。
ふむ。どうやら、めぼしい奴はいないな。なら、まぁ。
一位は、確実だな。
平均台で加速して、網を匍匐前進で抜けて、沙汰袋を余裕でクリア。他の生徒と五秒以上の差を付けて、完勝だ。
『速い速い速い綾小路くん!また一位!また一位です!』
『いやぁやっぱり凄いですね彼。この調子なら、最優秀選手も十分狙えるでしょう』
さて、次の三年生を挟んで、その次は桔梗のレースか。
休憩所まで戻る、のは、その。
ちょっと、今は鈴音から離れたいので。絶対死ぬほど詰められるし、一旦、そう一旦頭を冷やしたいからな。
だとしたら、どこで応援しようかな。
そんなことを考えながら辺りを見回していると。
「───おや、綾小路じゃないか?どうしたんだい?君ともあろう男が、まさか迷子だなんてやめてくれよ。僕は君が迷うような道を案内できる気はしないからね」
「金石先輩。お久しぶりです」
そういえば俺の前の三年生のレースは、金石先輩だったな。しっかり一位を取ってた記憶がある。
「それで?君はどうして、辺りを見渡していたんだい?」
「その、次の次のレースで桔梗が走るので応援したいんですが。ちょっと今は、自クラスのテントには、その、戻りづらくて」
戻ったら絶対春樹と須藤は殺しにくるし、鈴音は俺の言葉の続きを聞き出そうとしてくるだろう。
一旦距離を置きたい。切実に。いや、俺の失言………失言?の所為なんだが。
「なるほど。なら、僕らのテントで応援すれば良い。君なら大歓迎さ」
「………えっと、その、お言葉に甘えさせていただきます」
………今思えば、先輩とこんな会話を交わすなんて、初めてかもな。
金石先輩に連れられて、三年Bクラスの待機所に向かう。思ったよりも普通だな。いや、待機所はどこも同じなんだが。そうじゃなくて、クラスの雰囲気の話だ。
あんなギャンブラーがリーダーなんだから、もっとこう。
『ひゃーはっはっはっはっ!大勝ちだぜぇ〜〜〜』
『酒!煙草!女!やめられねぇとまらねぇ‼︎』
『やっぱギャンブルは生活費に手をつけてからが本番だよなぁ‼︎』
みたいな。海賊みたいなクラスをイメージしていたんだが。
「あら、綾小路君、だよね?初めまして。あたしは黄乃玉紀。便宜上は、このクラスの学級委員って奴をやってるわ」
「えっと、初めまして。綾小路清隆です。お邪魔します」
凄く真面目そうな先輩だな。白いショートボブに、桔梗と同等かそれ以上、ビッチ先生に近いレベルの胸と、凄く太い太もも。何処と無く勝気な顔立ち。
こう、凄腕キャリアウーマンみたいな、そんな雰囲気がする。
「君が綾小路清隆くんですか。お噂は予々。ワタシは真白珠莉。玉紀と博とは、幼馴染という奴です」
「成程。初めまして。綾小路清隆です」
プラチナブロンドの美しい髪を腰まで伸ばして流し、全体的に細く薄いボディラインの先輩。金織先輩と同じくらいに、されど別ベクトルで綺麗だ。金織先輩が愛と美の女神だとするなら、この先輩は芸術と美の女神か。
美しい彫刻が金織先輩なら、美しい絵画がこの先輩なのかもしれない。
「初めまして。私は日野曜。君の事は、前から気になっていました」
「えっと、初めまして。日野先輩。綾小路清隆です」
「毎回律儀に自己紹介をするその姿勢。実に好ましいですね。私も見習いたいぐらいです」
凄く謙虚で、凄く礼儀正しい、髪を肩のあたりまで伸ばしている男の先輩。なんていうか、聖職者なんじゃと思うぐらい、清らかな人だな。
「それで、どうして君は、私たちのテントに?」
「あぁ。なんだか自クラスのテントが居づらいらしくてね。それで連れてきたんだ」
「………なんと。悩みがあるなら、話を聞きましょう」
「いや、別に大した理由じゃなくて……」
「君自身が、そう思い込んでいるだけかもしれませんよ。とにかく、話してみてください。大丈夫です。この場限りの秘密ですから」
凄く、良い人なんだな。この人。
何というか、あまり会った事ないタイプかも知れない。いや、会ったことある人間少ないんだが。
「曜は敬虔な宗教家でね。同時にカウンセラー志望でもあるんだ。悩みを抱えているなら話してみるといい。安心したまえ。彼の技量は、僕のお墨付きだ」
聖職者みたいな雰囲気というか、ガチで聖職者だったのか。
うん。それを踏まえて見てみると、神聖さというか、眩しさで目が潰れてしまうかも知れない。一之瀬とは別ベクトルで光属性だな。闇属性の俺は消え去るしかあるまい。
いやそうじゃなくて。
「その、何というか………」
目下最大の悩みがあるとしたら、鈴音と桔梗との関係やら、松雄のことやら何だが。
前者はともかく後者を話す訳にはいかないしなぁ。
かといって、前者みたいな、ちょっと、最低過ぎる話を、この先輩にするのはなぁ。凄く申し訳ない。
「その………」
「…………どうやら君は、とても重い悩みを抱えているようですね。無理に聞き出すつもりはありません。ですが、私には話せなくとも、他の誰かに話してみるのは、どうですか?
堀北さんや櫛田さんなら、あなたの悩みを受け入れてくれるでしょう」
…………………そう、なんだよな。
二人も、E組も、みんな。凄くあっさりと、俺の荷物を背負ってくれるんだ。とても嬉しくて、同時に、とても申し訳ない。
………早く答えを出さなきゃいけないのは、分かってる。
でも、選んで仕舞えば。
選ばれなかった方は、きっと、離れていく。
それが、嫌だ。
「……………そ、の」
もしかしたら、少しは。
解決の糸口のようなものが、見つかるかも知れないと思って。
「実は────」
俺は、話してはいけないことを除いて、即ちホワイトルームとE組についてはぼかして、全てを話した。
この先輩には、話しても良いかな、と思えるから。
日野先輩は、凄く真剣に聞いていた。自然と、金石先輩は、他の先輩たちをテントの外に出していた。それが、とても有り難かった。
全てを話して、静寂が、俺と金石先輩と日野先輩を包み込む。
「………成程。君は、人よりも少しだけ、臆病なんですね」
「臆病、ですか」
「えぇ。君にとって、堀北さんも櫛田さんも、心から大切に想う人で、そして、その二人に差をつけられない。………いえ、差をつける資格が無い、と貴方が思っているのでしょう」
「資格が、無い、………確かに、そうかも知れませんね」
「ですが、貴方の感情に名を付けるのに、資格なんて要りません。貴方は貴方の思うままに生きれば良い」
「………思う、ままに」
「えぇ。二人を信じてください。貴方がどんな答えを出そうとも、あの二人は必ず、受け入れてくれるでしょう。直接話した事はありませんが、君の話を聞くだけでも、そう言い切れます」
「二人を………」
………少しだけ、形が見えてきたような気がする。まだ影しか見えていないけれど、本当に、少しだけ。
「………その、ありがとう、ございます」
「いいえ。大したことではありませんし、大したことも言えませんでした。まだまだ、力不足ですね」
「いえ、そんな事は。十分、その、助かりました」
そこで、俺と日野先輩の肩を纏めて抱いて、金石先輩が、俺たちの間に頭を差し込んできた。
「さて、お悩み相談も終わったようだし、気分転換も兼ねて、賭けようか。
お題は、次の三年生のレース、誰が勝つかで、ね」
「次のレースというと、猫実さんのレースですね」
「猫実って、確か……」
「そう。飛騨翔子の宿命のライバル。僕たちBクラスの誇る神速。猫実詭々。今回のレースは大注目だ。何せ、宿命のライバルのマッチアップだからね」
金石先輩の視線の先には、飛騨先輩と猫実先輩が、向かい合って火花を散らしていた。
『今のところの最優秀選手候補はですね。全戦全勝、堀北学生徒会長!同じく全戦全勝、南雲雅副会長!桃井緋音さん!浅野学秀副会長!赤羽業くん!綾小路清隆くん!高円寺六助くん!堀北鈴音生徒会会計です!いやぁ、今年の一年生すごいですねぇ』
『ええ。だからこそ、棒倒しの敗北は痛いですね。綱引きでこそAクラスに勝ちましたが、棒倒しの方が得られる点数は多いので』
『確かにそうですね。そう考えると、一年生の中で、棒倒し綱引き両方に勝利した赤羽くんが、一歩リードといったところでしょうか』
『二年生の方では、対抗馬らしい対抗馬がいないので、桃井さんと南雲副会長のどちらかになるでしょうね』
『三年生の方ですと、最優秀選手争いに参加すると思われていた飛騨先輩は、猫実先輩とぶつかって勝ったり負けたりを繰り返しているので、それで少し遠ざかっていますね』
『初戦の百メートル走以外全部であの二人ぶつかっていますからね。次の障害物競争もぶつかるようです。A、B双方にとって、運が悪いといって良いでしょう』
そう、クラスにとっては運が無い。一位を量産できるだけの実力者が何度もぶつかり合い、一位と二位を行ったり来たりするのだから。
では、二人にとってはというと。
「ハードル走の借り、ここで返すわ。詭々」
「また吠え面かいても知らないよ〜?」
ある意味で、運が良い。
勝っては負けてを繰り返して、追いかけては追い越して追い越されて、この高校に入学してからずっと、二人はそうやって競ってきた。
三年間、ずっと。
「僕は猫実に賭ける」
「なら、俺は飛騨先輩で」
「私も、飛騨さんに」
ピストルの音が響き、二人のレースが始まる。
スタートダッシュは常に互角。
他の三年生を置き去りに、二人は並んで走っていく。
超人的な体幹を持つ二人にとって、平均台など床も同然。減速どころか加速する。ただ、次の網抜けで、差が生まれる。
具体的に言うと、
「…………そう言えば、網抜けがあったな」
「まぁ、その、網抜けなら、飛騨先輩の方が有利ですし」
「凄く申し訳ないですね」
飛騨翔子が、一歩リードした。
『体に抵抗がないからでしょう!ここで飛騨先輩リードを取りました!』
「顔覚えたわよ放送部」
走りながら実況席に視線を向ける。
自分は断じて貧乳ではない。あくまで普通だ。確かに巨ではないが決して貧ではない。決して。Bあるし。CよりのBだし。四捨五入すればCだし。
そんなAよりのBの戦闘力な飛騨翔子は、FよりのEの戦闘力の猫実詭々から全力で逃げる。
次は沙汰袋だが、ここでは完全に互角。つまり、リードを取った飛騨翔子が有利。
前屈みに倒れるように袋を脱ぎ捨て、クラウチングスタートの姿勢で、一気に走る。
結果、一秒差で勝利である。
「………なんか、釈然としないわ」
「まぁうん。恵まれないが故の勝利だもんねぇ」
「次そんなこと言ったらその無駄に育った肉を毟り取るわよ」
「急なアマゾネスやめて」
あまりにも蛮族過ぎる。
殺意と敵意を滲ませた黒い瞳が、自分の胸を貫いているのに気付いて、猫実は体を隠した。
その際に、意図的では無いが、胸が寄せられて谷間ができる。飛騨翔子ではどれだけ寄せようとできることはないだろう。
それを見た飛騨翔子は、肩より少し下余りまで伸ばした青寄りの黒髪を逆立てて、全力で毟り取ろうとした。
咄嗟に躱す猫実詭々。
「ちょ、何急にどうしたの!少し落ち着きなよ!第一!デカくていいことなんて無いって!肩凝るし金掛かるし走る時痛いし!めちゃくちゃしっかり固定してるんだからね毎回!」
「────………………殺す」
ボブカットの明るい茶髪を翻しながら、猫実は必死に逃げ回っていた。
それを見ている、銀色染みた白いショートボブと、戦闘力Fの大台に乗った胸を持つ黄乃玉紀と、脅威の戦闘力Gを誇る金髪ロングの金織美浪は、猫実の叫びに心から同意していた。
何故違うクラスの二人がこの場にいるのかというと、金織美浪と占藤メメと橘茜は、Bクラスのテントにいる綾小路清隆に会いに来たからである。
「分かる。肩凝るし疲れるし邪魔だしで、いいことなんか殆どないよね。この水着良いな、とか思っても、サイズないとかザラだし」
「そうですね。できることなら下着まで拘ったコーデにしたいのですが、サイズの関係で妥協しなければならないことも多く………デザイナー志望として、とても歯痒い限りです」
同じ生徒会の中でも、一之瀬とは悩みを共有する関係だ。
もし一之瀬と櫛田、それから佐倉と長谷部が居たなら、心から同意していただろう。
その会話を聞いている、銀色染みた白髪を、低い位置で緩く纏めた、普通のC程度の戦闘力の占藤と、D程度の戦闘力の橘は、ちょっと分からない領域の話に、恐れ慄いていた。
「────言葉には気を付けなさい。玉紀。貴女のその発言は、私たちに殺意を抱かせます」
プラチナブランドの長髪の、AよりのBの戦闘力を誇る(誇る?)真白珠莉は、常に浮かべている微笑を暗く深く染め上げて、地獄のように低い声音で、脅迫した。女神のように美しいその顔が、今は死ぬほど恐ろしい。
もしこの場に茅野カエデと坂柳有栖と卜部藤乃が居たなら、心から同意したことだろう。
恐れを為した玉紀はそっと、金織の背に隠れた。
真白の視線は、戦闘力Gのそれを、睨み付けていた。
そして、ちょうど良いことに、いや悪いことに。
飛騨と猫実の次は一年生。即ち、
先の実況のせいか、走る前から櫛田への殺意が強い茅野。
「
「………多分、本音と建前が逆じゃないかな」
フリーランニングの応用が効くので、この競技では上位は確実。なんなら一位を取るつもりだったのだが。
今はそれよりも、一刻も早く茅野カエデから離れたい。
ピストルの音と共に、全力で逃げる櫛田桔梗を、目を殺意で赤く輝かせた茅野カエデが、追い縋る。
(殺される!殺される‼︎絶対殺される‼︎‼︎追い付かれたら殺される‼︎‼︎‼︎)
「巨乳!許すまじ‼︎」
そんな茅野カエデの心からの叫びを聞いた飛騨と真白は、同志へ心からの応援を送った。
即ち。
「その通りです雪村さん‼︎巨乳はこの世に居てはいけないのです‼︎‼︎」
「刺せーーー!刺せぇぇぇぇぇぇ‼︎」
巨乳への殺意である。
「させ、と言うのは、あなたが言っていた足質のことであっていますよね?」
「うん。字は多分違うけどね」
「敬虔な宗教家で将来的な神父でカウンセラーになんてことを教えているの。貴方みたいにギャンブル狂いにするつもり?日野くん。今すぐその知識を忘れて頂戴」
「大丈夫ですよ占藤さん。こういう知識も、将来的に役に立つでしょうし」
「確かに、ギャンブル狂いのカウンセリングには使えるかもしれないけれど」
「させって、どんな意味なんですか?」
「聞かない方がいいですよ。綾小路くん。金石の言葉は貴方にとっては有害でしょう」
「酷い言い草だな金織」
「事実でしょう。既に一度、貴方のギャンブルに巻き込まれて全財産を失っているのですよ。全財産を賭けた私が言えたことではありませんが」
「その通り。日本人はみんなギャンブルが大好きなのさ。卒業したら一緒に馬しかいない動物園に行こうじゃないか綾小路。具体的にはクリスマスとかどうだい?大丈夫。僕と同じ馬を選べば必ず勝てるさ」
「あ、綾小路くんに変なこと教えないで下さい金石くん!」
「おやおや。将来的な義妹の旦那を守ろうとしているのかい?実にいじらしいじゃないか」
「べべべべべべべつつつつつつに、す、すすすすすすす鈴音さんが将来的な義妹になると決まった訳じゃ」
「その、今年から、多分クリスマスは予定が必ず入るので」
「ふむ。避妊はしっかりするんだぞ綾小路。新しい命を不幸にするギャンブルはしてはいけないからね」
「何で変なところで常識的なのよ」
「ギャンブルは生きるか死ぬかだからね。生まれるかどうかを賭けるのは倫理的にダメだろう?」
「どこかに問題を感じる倫理ですね。少し納得し難いです」
「少しとかじゃないわよ日野くん。全く納得できないわ。まずギャンブルは生きるか死ぬかっていう前提条件が狂ってるもの」
「安全マージンを取るなんて馬鹿のすることさ。ギャンブルは常にオールインだ」
「それで勝てるのは貴方ぐらいでしょう」
「何だい金織。君は負けるつもりで三千七百万も賭けたのかい?」
「無論勝つつもりはありますが、勝算の見えない賭けになるほど、私は命知らずではありませんよ」
「確率とか関係ない貴方のその運の良さには、何周か回って感心するわ」
「その代わりと言うべきか、僕達孤児だからね。圧倒的なマイナススタートっていうバランス調整があったんだろうよ」
「急にヘビーなのぶち込まないで。反応に困るわ」
「笑えば良いと思うよ」
「笑えるわけないでしょ馬鹿なの」
先輩達仲良いな。
とか思ってたら、やはり網抜けで茅野は桔梗を抜かした。
抜かしたはずなのに何故だろう。どうして茅野はあんなに苦しそうなんだろう。どうして飛騨先輩と真白先輩はあんなに泣いているんだろう。
『やはりここで抜かした雪村選手‼︎』
『やはり網抜けは速いですね』
『体に抵抗がないからだっ』
去年の体育祭でも聞いた気がするな。そのダジャレ。
次の瞬間、実況席から悲鳴が響いた。
視線を向けると、飛騨先輩が襲撃したらしい。猫実先輩が必死に羽交締めして止めている。背中に当たっているらしい柔らかい感触に、飛騨先輩は更にキレた。キレながら号泣していた。
釣られて号泣しながら茅野は沙汰袋を走破した。
号泣しながら茅野はそのまま一位でゴールテープを切って、同じく号泣している真白先輩の元に飛び込んだ。
茅野と真白先輩は抱き合って泣いていた。解放されたらしい飛騨先輩も、二人と抱き合って泣いていた。
うーん。カオス。
「ね、ねぇ。なんなのあれ?ていうか、なんで清隆は三年生のテントにいるの」
「いやまぁ、その場の成り行きというか、何というか」
「安心して下さい櫛田さん。今回は、私に見惚れることもありませんでしたよ」
「まぁ、金織先輩が言うなら、信じますけど」
…………一瞬目を奪われそうになった事は秘密だ。舌を噛んで理性を呼び戻したから、許してくれ。
「しかし綾小路。ついさっき玉紀の胸とか太腿とか、珠莉の顔に視線が吸い寄せられていたような気がしたんだが?」
「気のせいです金石先輩。気のせいだからな桔梗。全然そんな事ないからな。本当だからな。本当だぞ」
据わった目の桔梗は、俺の腕を引いて、先輩たちに深く礼をした。
………だよなぁ。桔梗は意識の波長が分かるもんなあ。嘘ついててもお見通しだよなぁ。
「───預かってくださりありがとうございます。この辺りで失礼しますね。ちょっと、鈴音も交えて、三人で話したいことがあるので」
「日野先輩助けて下さいお願いします」
このままだとまた気絶顔を晒してしまう。
しかし日野先輩は、とても穏やかで優しげな笑みを浮かべて。
「────頑張って下さい。綾小路くん」
俺を、見捨てた。
Bクラスの休憩所に俺を連れ戻した桔梗は、鈴音にことの次第を報告して。
今日の夜、二人は俺の部屋に泊まることになった。
即ち、いつかの再戦である。
詳細は、またの機会に。
「…………そうか。君は人間だった、いや、人間になったのか」
テントから離れた校舎裏で、金石博は、日野曜に悩みを打ち明ける綾小路清隆を思い出していた。
そして同時に、いつかの喫茶店での、堀北学との会話を思い出す。
『────お前が、いつか打ち倒そうとしている、綾小路篤臣。綾小路清隆は、その息子だ』
『…………だとしても、僕は彼を狙ったりはしないよ。息子に罪はないからね』
『…………その息子が、
『…………は?』
『ちょっ、待ちなさいよ堀北!何でアンタがその施設のこと……!』
『やはり、そうか』
堀北学は、とても話しづらそうに。
それでも、話した。
『…………いつか、お前は言っていたな。ある人に、ある施設に、唯一の、血のつながった家族を壊された、と。その復讐の為に、バレない様に力を得る為に、この学校を選んだ、と。
…………復讐の対象は、綾小路篤臣だと』
そう。その情報と、妹から聞いた情報は、完全に繋がっているものだった。
より詳細な情報を受け取って、確信を持った。つまり。
金石博と綾小路清隆の最終目的は、同じである、と。
『…………卒業後一年以内に、俺は
手を借りたい。金石。お前にとっても、渡りに船だろう』
だと、しても。
『…………見定める時間をくれ。学。僕は心から、あの施設を、あの男を憎んでいる。姉さんを壊したあの白い部屋を。
…………もし、綾小路清隆が、最高傑作なら。
…………姉さん達の屍の上に生まれた、人工の天才なら。
…………僕は、彼を憎まないでいられる自信は、無い』
…………もしかしたら。嘗ての綾小路清隆は、最高傑作だったのかもしれない。
…………でも、曜に悩みを溢す、あの少年は。
…………ただの、高校生だった。
「……………………ハッ。クソ」
姉さん達の屍の上に生まれたホワイトルーム生を、一人残らず打ち倒し。綾小路篤臣を、完全に失脚させ、その人生をぶち壊すつもりだったのに。
一番打ち倒すべき、ホワイトルームの最高傑作は、とっくのとうに、丹念に手入れされて、誰かに完全に敗北して。
ただの人間になっていた。
「……………僕は本当に、ツイてないな」
適当に投げたコインは、しかし、金石博が内心で賭けた表ではなく。
裏で、彼の掌の上に落ちてきた。
まぁホワイトルームの規模を考えたらこんな人もいるよね。
椿櫻子の先輩バージョンが、金石先輩な訳です。
※日野先輩は、本当に悩みを聞こうとしただけです。彼は金石先輩の事情を一切知らないので。