殺せんせーの教え子たち   作:宇津木 沙坂

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一年Cクラスと男女別綱引き

 この学校の体育祭では、綱引きが二種類ある。

 つまり、Aクラス対Bクラス、Cクラス対Dクラスの男女別の普通の綱引きと、全クラスで同時に行う、四方綱引きだ。

 なんで二種類もあるのって感じだけど、まぁ、そういうものなんだろう。

 

 で、僕らの綱引きの相手は、Dクラスな訳だけど。

 単純な力勝負でアルベルトくん擁するDクラスに、僕たちが勝てるはずは、普通にない。

 もし須藤くんとか綾小路くんもいたなら話は別だけど。

 普通に三回負けて終わり。心から申し訳ないけど、こればっかりは本当に仕方ない。

 

「女子の方は、頼んだよ。茅野。帆波姫」

「任せて!しっかり尻拭いしてあげるよ!」

「……もう帆波姫呼びに関しては何も言わないけど。その、今更なんだけど、渚くんは、大丈夫なの?思いっきりさっきまで気絶してたよね?」

「……まぁ、その、自爆よりは、マシだし」

「自爆………えっ、自爆⁉︎⁉︎」

 

 ぶっちゃけあれに比べれば大体のことは、ねぇ?

 でもまぁ、今思い返すと。

 

「初手であれって、今思い返すと相当ヤバかったよね?」

「うん。大分ヤバかった」

「……………やっぱり、その、二人がいたクラスって」

 

 ………あれ?とっくに教えているものだと思ってたんだけどな。

 

「茅野、話してなかったの?」

「あぁ、うん。まぁとっくに気付いてるだろうし、わざわざ教えなくても良いかなって」

「……………赤羽くんと、奥田さんと、綾小路くん、堀北さんと、櫛田さんも?」

「うん。みんな同じクラスだよ」

「浅野くんは、学校は同じだっただけで、クラスは違うよ」

「そう、なんだ………」

 

 神崎くんはもう知ってるし、一之瀬さんなら、知られても別に良いかな。

 答え合わせを終わらせて、納得した一之瀬さんは、切り替えた。

 

「───うん!それはそれとして、綱引き頑張ろう!あかりちゃん!」

「うん!勝つよ帆波姫!」

「………はぁ。後二年かぁ」

 

 

 さて、私達の相手はDクラスな訳だけど。

 

「やっぱりあれ見るとびっくりするよね」

「何回見ても慣れないわー」

 

 ゾンビと化したDクラス女子の一部を見ていると、心からそう思う。怖いよね。あれ。

 伊吹さんと椎名さんと奥田さんと、あとは、木下さんと矢野さんも含めた運動部の女子達は普通にしてるけど。

 運動部の女子達はもちろん、伊吹さんと奥田さんは強い。

 椎名さんも、相当優秀なトレーナーがついたのか、すごく鍛えられてる。この一ヶ月程度で、よくあそこまで鍛えたなって感じだけど。とにかく。

 

「基礎スペックだと、向こうのほうが上、だよね?」

「だねぇ。ドーピングは流石にずるだよ」

「一応、プロテインだから。あくまで自作の」

 

 あかりちゃん、奥田さんを一応庇ってはいるけれど。あの効能、殆どドーピングだと思うんだけどなぁ。法に触れないだけの。

 

「ま、それが原因なんだろうけど、常に全力って感じだよね。Dクラスは」

「うん。だから、そこに付け入る隙がある」

 

 男子はその戦法を取ろうとしたけど、普通に力の差が酷くてストレートで負けちゃった。

 でも、女子はドーピング、じゃなかったプロテインの効能を踏まえても、私たちとの差は、決して広くはない。この辺りは、クラス分けの基準のおかげだね。学力重視の生徒達がAクラス。学力と運動神経のバランスが良い生徒達がBクラス。で、まぁ、多分、荒れてる生徒がCクラスで、色々問題あり、がDクラス。

 学力だと、Aクラスに遅れを取ることは割とあるけど、身体能力ならそうとは限らない。

 

「ギリギリまで堪えて、スタミナが尽きたタイミングで一気に、だね」

「うん。タイミングは、あかりちゃんにお任せで良い?」

「ノープロブレム、だよ」

 

 プロテインでゾンビになった彼ら彼女らは、ある程度の指示は理解できるけど、力を抑えるということは出来ない。

 常に全力で挑むから、当然、体力の消費も激しい。

 だからこそ、持久戦なら、私たちに分がある。

 

「多分、向こうは持久戦で来るはずです。それが一番の勝ち筋ですから」

「でも、それをいくら言ったところで、いまのあいつらはまともに動けないよ。指示を理解できるだけの知性は残ってない」

「その辺りは、次までに改良しますね」

 

 伊吹の言う通り、真鍋筆頭の女子達をまともに動かすことは出来ないだろう。

 つまり、こちらの勝ち筋としては。

 

「真正面から叩き潰す、しかないわね」

「その通りです。矢野さん」

「で、本当にそれで勝てるの?アイツら、特に一之瀬と雪村は、身体能力でも学年トップクラスだよ?まぁ堀北には劣るけど」

 

 正面戦闘ならばAクラスに匹敵する強敵。

 それがCクラスである。

 特に一之瀬帆波と雪村あかりのスペックは相当優秀。何故初期Aクラスでなかったのか、不思議でたまらない。

 

「ええ。あの二人も含めて、網倉さんや安藤さんも、優秀な生徒です。プロテインの底上げ分を踏まえても、簡単には勝てなさそうですね」

 

 男子のアルベルトレベルの怪物がいてくれたなら、話は別だったのだが。

 

「───だからこそ、知恵も使います」

 

 椎名ひよりの、策とは。

 

 一戦目が、始まった。

 最初は引くというより踏みとどまるイメージで堪えていくつもりだったCクラスは、驚いた。

 Dクラスのゾンビの半分程度は、綱を握っていない。つまり、参加していない。

 

(………なるほど。上杉謙信の()()()()()()、だね。敢えてゾンビの半分を温存して、交代で投入することで、スタミナ切れの危険性を減らしている)

 

 一之瀬はすぐにその意図を察した。

 ならば。

 

「あかりちゃん!」

「うん!人が少ないこの瞬間に、決める!」

 

 戦略を変える。堪えるのではなく、全力で引いていく。

 伊吹の掛け声と共に、Dクラスは全力で堪える。プロテインの効能で底上げされたスペックに、真正面から打ち勝つのは並大抵ではない、が。

 

(───人手が少ないんなら、正面からでも、私たちにだって勝ち目はある!)

 

 ジリジリ、ジリジリと、目印は中心を超えた。徐々に徐々に、均衡は傾いていく。

 Cクラス側に。

 

 中心を超え、規定のラインを超えて。

 一戦目は、Cクラス女子の勝利である。

 Cクラスは、沸いた。

 

「やっっったね!あかりちゃん!」

「………うん!やったね帆波姫!」

 

 だが雪村あかりは、違和感を覚えていた。

 一之瀬帆波は、それを敏感に感じ取った。

 

「………何か、不思議な点でもある?」

「………うん。スタミナを温存するなら、確かに有効な策だけど。でも───」

「有効な策だとしても、それで正面から負けてるんだし、次も勝てるでしょ」

「ユキちゃん。でも───」

「そ、そんなに気にすることはないと思います。戦力を減らしてまで、スタミナを温存するってことは、相手にも余裕が無いってことだと思います」

「うん。千尋ちゃんのいうこともわかるんだけど………」

 

 雪村あかりは、先の試合を思い返して。

 

「───手応えが、軽すぎる気がするの」

「そりゃ戦力減ってるんだし、当然でしょ?」

「………それを踏まえても、ってことかな?」

「うん。粘り強かったけど、自分たちが勝つためよりも、私たちを消耗させるための粘り強さ、みたいな気がする」

 

 それで、一之瀬は完全に理解した。

 なるほど、つまり、Dクラスの狙いは。

 

「持久戦返し………!」

「うん。私たちのやろうとしてたことをやり返そうとしてるんだと思う」

 

 だと、したら。

 このまま、全力で戦い続けるのは、愚策。

 

「………次は、温存する?」

「………それが、一番良いと思う」

「いやでも、もしそれが考えすぎだったら?」

「そ、そうですよ。ここで一気に勝負を決めるのでも、なんの問題もないと思いますが」

 

 二人の言う通り、ここで一気に勝ちに行っても良いが。

 

「もし次は、不意打ちでゾンビ全員、投入してきたら?半分いない状況でも、ギリギリだったんだよ?」

 

 そう。ゾンビの半分が減ってなお、ギリギリの勝負。

 こちらの消耗も、決して無視できない。たった一戦で、この消耗だ。

 

「………確かに、雪村の言いたいことも分かるけど。でも、それこそ相手の思う壺かもよ?温存しようと緩めた隙に、一気に決めて、そのまま三本目も持っていくって」

 

 そう。姫野ユキの言う通り。

 それこそが狙いの可能性も、否定できない。

 

「………一先ず、温存するつもりで行って、もし相手も温存するつもりなら、一気に攻勢に出るつもりでいこう。あかりちゃんも、それで良いよね?」

「………うん。一先ずは、それで。合図は、私が」

「ん、おっけー」

「警戒は、決して怠らずに行きましょう」

 

 さて、二本目である。

 

 審判の長杖先生の合図と共に、縄は張る。

 今回は、温存なし………!これは………!

 

「───皆、堪えて!」

 

 一瞬大きくDクラス側に動いたが、直ぐに縄は止まった。

 成程。姫野の予想通り。

 

(私たちが温存しようとした隙に、一気に決める作戦……⁉︎)

 

 一之瀬は、そこで、違和感に気付く。

 縄が止まる、のが、速すぎる、ような。

 目を凝らしてよく見てみると、Dクラスで縄を引いているのは、ゾンビだけ。

 椎名を筆頭とした生徒達は、絶妙に縄を握っていない………!

 

(最初の一戦で、敢えてゾンビを半分使わないことで、私たちが持久戦狙いなのでは、という認識を持たせました。

 その認識を元にした時、私たちが次にどんな手を打つのか、雪村さんと一之瀬さんなら、ある程度は予想がつくでしょう。

 だからこそ、両対応の策を取る、と予想がつきました。試合が始まらないと、温存狙いか、一気に決めるつもりかの判断がつきませんからね。

 そして両対応は、必ず後手に回ります。だからこそ、最初の一瞬だけ、全員で強く引いて、相手が堪え始めたタイミングで、正常な生徒達は、()()()()()()()()()()()()

 ゾンビ達の身体能力と、Cクラスの総合力は、完全に互角です。つまり、均衡状態に、必ず陥る。

 ────そうなれば、必ず、Cクラスの方が、先に弱ります)

 

 一戦目の消耗と、一瞬強く引っ張られてから、踏みとどまるその緩急。

 それは間違いなく、Cクラスの体力を奪うだろう。

 そして、ゾンビ達は常に全力なので、当然、Cクラスも全力で堪えなければならない。

 均衡状態に陥ってから、数分。

 

「───そろそろ、ですね」

「オッケ!全員!腰入れなさい!」

 

 伊吹の号令と共に、それまで縄を握っているふりをしていた生徒が一気に縄を引いていく。

 均衡状態で体力を奪われたCクラス女子は、ずるずるずるずると引きずられ、二本目は、Dクラスの勝利である。

 

 そして、こうなれば。

 

「………ごめん。私の判断ミスだ」

「………いや、一戦目の時点で、もう決まってたね。これ」

 

 謝罪するあかりに、姫野ユキは冷静に答えた。

 そう。一戦目で、温存ではなく全力での勝利に切り替えた時点で。

 既に勝負はついていた。

 彼女等の脳裏には、相手も温存してくるのでは、という考えが植え付けられ、それがある限り、二戦目は相手の対応を見てから動かざるを得ず、そしてそうなった以上、こうして体力を大幅に奪われてしまう。

 即ち。

 

「あかりちゃんじゃなくて、私の判断ミスだね。これ」

「で、でもでも、あの状況なら、帆波姫の判断は間違っていませんでした!」

「うん。私も賛成したし。帆波姫一人のせいじゃないよ。今はそれよりも、次どうするかを決めないと」

「でも、次はもう真っ向勝負しかなくない?」

 

 大きく体力を削られた状態で、真っ向勝負。

 それは、相手も同じ筈だが。初戦でゾンビの半分は参加していない。そして、二戦目では、椎名さん達は途中からしか参加していない。つまり。

 

「完全に、やり返された形だね。持久戦で温存戦法」

 

 だとしても。

 

「………やるよ。真っ向勝負」

「うん。勝ちの目は、消えたわけじゃない」

 

 彼女等の瞳は、決して消えていなかった。

 

「大幅な有利こそ取りましたが、これをひっくり返されることも十分にあり得ます」

 

 椎名ひよりは、決して油断しない。

 

「だね。こっちだって相応に疲れてるし」

 

 伊吹澪は、常に冷静で。

 

「ですが、勝率自体はこちらの方に分があります」

 

 奥田愛美は、現実的に。

 

「だからこそ、全力で行きましょう」

 

 最後の最後は、真っ向勝負だ。

 

 

 結果は、Dクラスの勝利。

 男女でストレート勝ちである。

 

「流石だね。ひよりさん」

 

 カルマの賞賛に、ひよりはどことなく自慢気だった。

 

「一之瀬さんと雪村さんなら、私たちが堪えるための動きをすれば、そこから連想して私の作戦を読んでくる筈だと考えました」

「だから、読まれる前提で動いていたわけか。最初から、ずっと」

「えぇ。男子の勝利から、この勝ち方は狙っていましたよ」

 

 だが、ひよりとしては、直近の勝利よりも遥かに重要なことに、気付いてしまっていた。

 

「────龍園くん、左手を庇っていましたね?」

「…………うん。そうだよ」

 

 綾小路を抑える為の、棒倒し一戦目での戦いで。

 龍園翔は、大きなダメージを受けていた。特に、左手は重傷だった。

 まだ、折り返し地点にも来ていない、このタイミングで、主力の一人が負傷退場となって仕舞えば。

 ここまで順調でも、一位は取れず、敗北が見えてくる。

 

 カルマとしても、無理しすぎて今後に支障をきたすような怪我は避けて欲しいが。

 肝心要の龍園翔はと言うと。

 

『───ハッ、この程度の怪我、別に大したことじゃねえ。奥田のお陰で、痛みは気にせずやれる。なら、何の問題もねぇわ』

 

 とのことだ。

 

「全く。呆れてものも言えないよ。もう少し落ち着いたらって感じなんだけど」

 

 正直ひよりとしては、カルマにこそ言いたいことではあったのだが。

 それは、それとして、カルマが凄く、楽しそうなので。

 

「龍園くんとカルマくんは、何だか似ていますね。どことなく通じ合っているようで、少しだけ羨ましいです」

「やめてよそんなこと言うの。俺とあいつが通じ合ってるとか、何の嫌がらせだよ」

 

 ただ、そう。

 龍園翔にとって赤羽業が、いつか殺さなければならないターゲットならば。

 赤羽業にとって龍園翔は、いつか迎え撃つべき、好敵手なのだ。

 

「ま、あいつの好きにやったら良い。

 そんで、色んなやつを食って、超えて、俺の喉元に喰らい付いて欲しいね」

 

 期待と、それから好奇心と、闘争心がない混ぜになったその顔を、ひよりは楽しそうに眺めていた。

 

 

 

「ごめん渚。負けちゃった」

「まぁ、僕らも普通に負けちゃったしね」

「今のところ、一年生で一番優勝に近いのは、Dクラスかな?」

「だね。逆に一番遠いのは僕らなわけだけど」

 

 このペースで進めば、三年AクラスとBクラスの争いに、二年Aクラスと一年Dクラスが割って入る形になるだろう。

 

「て言うか、二年Aクラスがあんまり伸びてないのが意外なんだけど。基本八百長で一位だしさ」

「あぁ。それね。なんか、二年Cクラスを制御できなくなってるみたい」

 

 百メートル走、ハードル走の二種目において、続け様に転倒させられた桃井緋音はしかし、そのどちらにおいても圧倒的な逆転劇を魅せた。

 圧倒的なスターは、見るものを熱くさせるし、同じチームメイトのやる気を引き出すこともある。

 即ち。

 

「南雲先輩の敷いてきた王政、みたいなものが、崩壊し始めてる」

「………それってさ、私らへの攻撃が完全に防がれたのも影響してる感じかな?」

「うん。一年生が抗えるんだから、もしかしたら、みたいな考えをCクラスの一部が抱いて、桃井先輩の活躍に背を押されたCクラス達が、本気で戦い始めたみたい」

 

 体育祭後の会長選挙は荒れるだろう。

 何せ、浅野くんと堀北さんと南雲先輩の三つ巴になるだろうから。

 

「まぁ、今は先のことよりも、次の試合だね」

「障害物競争だね。これは私たちが強いかな?」

「うん。フリーランニングの基礎は、ある程度教えたし」

 

 それに何より、女子では茅野が特に強い。主に網抜け。

 何せ。

 

(体に抵抗がないからだね)

「渚。後でお仕置き」

「………ごめんなさい」

 

 逆に一之瀬さんは厳しいだろうね。主に網抜け。

 何せ。

 

(体に抵抗があるからだね)

「渚くん。今よからぬことを考えなかった?」

「………ごめんなさい」

 

 女子って怖いな。綾小路くんはすごいな。

 

 潮田渚は、そんなことを考えた。





 体に抵抗がないからだっ!
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