二人三脚では、お互いの呼吸を合わせることが、何よりも必須な訳だが。
「私とあなたは文字通りの一心同体でなければなりません。即ち、あなたの全てを私に曝け出すのです。貴女の趣味。貴女の苦手。貴女の好み。貴女の人生。私も全てを曝け出しましょう。そうして、私と貴女の心は溶け合い、心が溶け合うその時こそ、私たちは真に一体となるのです。それこそが、私たちの求めているもの。そう。全てを、一つに───」
「…………助けて有栖」
「ごめんなさい。無理です」
森下藍と合わせられるのは、とても残念ながら、神室真澄ぐらいである。
「森下さんの基礎スペックは学年でも有数なんです。貴女達が完全に合わせられれば、一位も十分に獲得できる筈です。頑張って下さい」
「こいつと合わせるってのは、多分一位を取るよりも難しいんだけど」
「つまり一位は取れるということですね」
「その理屈はおかしい」
森下藍は、基本的に理解不能だ。
頭がおかしい、のは事実なのだが、決して頭が悪いわけではないのだ。何だったら優秀なのだ。少なくとも、Aクラスで四番手には位置するのは間違いない。なんだかんだで、二百五十万ポイントを稼いだその実力は伊達じゃない。
坂柳有栖が思い出す限り、部室棟での騒動の際も、状況判断は常に的確であった。
桃井緋音が坂柳を庇う動きを見せたのを察知した段階で、すぐさま犯人の捕縛に切り替えたその判断力。
実際に完璧に犯人を捕縛して見せたその技術。
チアリーディングの際にも見せた、高い身体能力、は一ヶ月である程度身に付けたものだが。
この少女を万全に使えれば相当な戦力になる筈、というのは、浅野も坂柳も葛城も理解している。
が、どうやって万全に使うのかが、一切わからなかったのだ。
高円寺に手を焼いている綾小路達はこんな気持ちなのだろうか、とも思うが、流石に高円寺よりはマシな筈、とも思う。
何せ、完璧ではないが、神室は今のところ合わせられている。
「そう、素晴らしいです神室真澄。もっと私に曝け出すのです。私ももっと曝け出します。お互いにお互いの全てを知りましょう」
「やめて」
頑張れ神室。負けるな神室。
Aクラスは全員そんなことを考えていた。
森下と神室は第三レース。
この一ヶ月近い練習で、二人のコンビネーションはかなり高まっている。普通なら一位は硬いだろうが。
ただ、その、余りにも相手が悪いかもしれない。
「ちょっと第三レース集まりすぎじゃない?完全に一年生女子最強コンビ決定戦じゃん」
「堀北櫛田コンビ対神室森下コンビ対一之瀬雪村コンビ対矢島木下コンビかぁ」
「Bは小野寺軽井沢コンビもいるぞ。Dの奥田椎名コンビも絶対強い」
「これ操作とかしてないのヤバすぎない?」
「どのクラスもする理由ないしなぁ」
たまたま偶然、にしても集まりすぎだろう。
一年生のほとんどはそのレースが気になっている。
「なんかすごいことになってるね」
「えぇ。ここまで集まるとは思わなかったわ」
「勘弁してよ。何でこんな魔境に放り込まれるのよ」
「何も問題はありませんよ神室真澄。私と貴方は一心同体。他のコンビとは一つ上の次元にいるのです」
「ふふん!それだったら私たちだって!この一ヶ月で、私たちは一心同体にして比翼連理に至ったんだからね!ねっ、あかりちゃん!」
「巨乳潰す」
「相方あんたのこと殺そうとしてんだけど」
「うん。さっきのレースは刺激が強すぎたのかもね」
「ちょっとDクラスとは離れて走る?小野寺さん」
「うーん、まぁ、あれ以降妨害行為とかもしていないし、多分大丈夫だと思うが。二人が怖いのか?軽井沢は」
「正直まぁまぁ怖いかなぁ。奥田さんと椎名さんはそんなに怖くないけどね」
「大丈夫ですよ軽井沢さん。木下さんも矢島さんも、そんなことはしませんからね」
「勿論です!椎名様───じゃなかった椎名さん!」
「………美野里………あんたに何が………」
「内緒です」
「ごめん麻里子………話せないの………話したら、その」
「………もしかして椎名さんって実は怖い?」
「何か勘違いをしているようですね軽井沢さん私は怖くなんてありませんよ」
「その通りよ軽井沢さん。怖いのは赤羽くんだもの」
「いやでもその赤羽と仲が良いってある意味怖くない?」
「その理論だと私も怖いってことになるよ?ねぇ恵ちゃん?」
「ひっ、い、いやごめんって!堀北さんも桔梗ちゃんも椎名さんも怖くないって!」
「その、余りいじめないでくれ櫛田」
「もう。怖がらせないの桔梗さん。お仕置きするわよ?」
多分怯える軽井沢さんに、ちょっと良くないところが刺激されたんだろうなぁ。秘密を握る快感が、ビッチ先生の影響で転じて、誰かをちょっとだけいじめるというか、揶揄う快感に移り変わったというか。普段は清隆で発散しているところもあるのだが。
諫めるために、そっと、肩に回していた手を腰の辺りに回して、お腹を撫でようとする鈴音。
桔梗は肩をびくつかせて、すぐさま謝罪した。
「ご、ごめんね恵ちゃん。そんなつもりは無かったの………」
「う、うん。気にしてないよ」
「カ、カルマくんはそんなに怖くないですよ?」
「いえ彼は怖いわよ」
「怖いのは事実じゃない?」
「怖いのは事実ですよ奥田さん」
「正直怖いわね。同じクラスとしては」
「あんまり関わりないから何とも言えないわ。アンタは?」
「以下同文です神室真澄」
「……………その……………とても、怖かったです」
「実感伴ってないか?」
「うん。凄い、実感籠ってた」
赤羽業が怖いか怖くないか論争が勃発したが、正直一之瀬としては。
(ぶっちゃけ奥田さんの方が怖いかも)
あんな自称プロテイン作るのは怖いだろう。
「巨乳殺す」
(今はあかりちゃんが怖いけど)
身の危険を感じる。
このままだとどさくさに紛れてもがれるかもしれない。ので。
「…………ねぇ、あかりちゃん?」
「何?」
「一応、私はあかりちゃんの仲間なわけで。つまり、私を殺すことは問題があるの」
「で?」
「ちょうど良いことにさ、さっき殺そうとしてた巨乳の櫛田さん、相手にいるじゃない?」
「いるね」
「ねぇちょっと一之瀬さん?」
「先にあっちを潰そう?」
「うん。そうする」
「一之瀬さんっ⁉︎」
取り敢えず、レースが終わるまではこれで良いだろう。
レースが終わったら渚くんに押し付けよう。
櫛田さんには、申し訳ないとは思っている。
「全力で逃げるよ鈴音。追い付かれたら殺される」
「はいはい」
ピストルの音と共に、二人三脚が始まった。
「おいおいおい、二人三脚の速さじゃないだろこのレース………!」
「殆ど完全にただの百メートル走だなこれ」
特に速いのは鈴音桔梗コンビと神室森下コンビ、それから一之瀬茅野コンビだな。殆ど三組横並びだ。
というより、一年間暗殺の為に行動し続けた鈴音と桔梗に並ぶくらい速いのがちょっとおかしいんだよな。
流石はAクラスといったところだな。
森下は一年Aクラス第四位、といったところだし、その一つ下ぐらいに神室はいる。
つまり、体育祭において、真っ当に戦えない坂柳を除けば、この二人が実質的なAクラス女子ツートップといったところだろう。
Cクラスリーダーコンビは流石のコンビネーションだな。茅野の表情は尋常じゃなく怖いが。
「雪村さん!頑張ってください‼︎」
「巨乳に負けるなぁ‼︎」
桔梗への殺意が凄いぞ。茅野。
「巨乳‼︎滅殺‼︎」
「そうだよあかりちゃん‼︎巨乳滅殺‼︎」
お前も巨乳だろう。
「アンタも巨乳でしょうが!」
「舌噛むわよ」
走りながら叫ぶのは危ないもんな。
「ペース上げるわよ。行けるわね。森下?」
「ふふふふ。それはこちらのセリフです」
更にここからペース上がるのか。やはり強いな。神室と森下は。だが。
「私たちも、負けずに行くわよ」
「オッケ!」
負けじとペースを上げる鈴音と桔梗。一方、一之瀬茅野ペアは何だかペースが落ちているな。
あれは、成程。
一之瀬の豊満な果実が、揺れた拍子に茅野の薄い板にぶつかったらしい。
「うぇぇぇぇぇん」
「ちょ、今は泣かないのあかりちゃん!ほら、頑張るよ!」
「巨乳なんて嫌いだーーー‼︎」
茅野の心からの叫びを背に、デッドヒートを繰り広げたBクラス女子とAクラス女子は、僅かに、Bクラスのほうが速かったらしい。
「ふぅ。今回は逃げ切れた〜」
「ふふん。やったわね」
ふふんて。ふふんて。ちょっと可愛いぞ鈴音。声には出さないぞ。出したらまずいからな。
後茅野は渚の胸に顔を埋めて号泣していた。
かわいそうに。
「なんというか、君は分かりやすいねぇ綾小路ボーイ」
「俺ほど分かりづらい奴はいないと思うんだが?」
自慢じゃないが俺の表情筋は基本的に死んでるぞ。動く時は本当にたまにしか動かないんだが。
「確かにたまにしか動かないが、だからこそ分かりやすい。あの二人に関わることになると、君はとても分かり易いからねぇ」
……そうか。まぁ、高円寺が言うなら、そうなんだろう。
「それに、何やら少しだけ、答えの輪郭を掴んだのかな?常に見えていた罪悪感のようなものが、少しだけ、薄れているねぇ」
「…………はぁ。他の奴らからみた俺って、こんなにキモいのかなぁ?」
いつの間にか色々な答えというか、内心を見透かされるのは、こんなに怖くてウザいのかぁ。
「私とて人の子だ。普通に傷付く時は傷付くぞ綾小路ボーイ」
「はいはい。そうですか」
俺と高円寺は肩を組みながら、スタートラインに立つ。
単純な足し算の話だ。他の生徒は、少しばかりのマイナスが基本的に入るが、俺と高円寺は話が別。
入るべきマイナスが殆どないから、他の生徒とは、比べ物にならない。
圧倒的な一位で、レースを終える。
最優秀選手まで、もう少しだな。
「行けるな。吉田」
「おう!俺らのコンビネーション見せてやろうぜ!」
吉田は決して、身体能力の高い生徒じゃないが、それでも僕のコンビに吉田を選んだのは、こいつなら、恐れを抱くことは少ないからだ。他の生徒では、僕の足を引っ張るまいと意識しすぎて、逆に動きが固くなる。
だが吉田は違う。吉田は常に、僕をただの友達と認識して、その通りに接してくれる。だからこそ、こういった時でも、しっかり全力で、僕に合わせてくれる。
僕は、合わせようとしてくる吉田に合わせれば、それだけで。
『圧倒的です!浅野学秀副会長!再び一位を掻っ攫いました!』
こうやって、他の生徒は蹂躙できる。
さて、他のコンビは、と。
「おい。足引っ張んなよ」
「こっちの台詞なんだけど?せっかく最優秀選手まであと少しなのに、こんなところで落としたくないのに、なんで、お前が、コンビなんだよ」
「馬鹿が。俺と合わせられるのも、お前に合わせられらるのもお互いに俺らしかいねぇんだわ」
龍園の舎弟たちは、龍園に恥をかかせまいと力が入りすぎてしまうし、それ以外の生徒では、恐怖でまともに動けまい。カルマはもっと酷い。ひよりか愛美と組めるならばいざ知らず、男子では、本当にまともに動ける生徒はいないだろう。強いていうなら石崎か榎中ぐらいか?
結果的に、余り物になってしまった二人は、余り物同士でくっついてね、という理論でコンビになった。なってしまった。
「ちっ、一位以外取る気ねぇからな?」
「こっちもだよ………」
まぁ、それはそれとして。
なんだかんだ二人は学年でも有数の身体能力の持ち主なので、普通に一位をとった。
『やはり今年の一年生はほんっとうに凄いですね!今の所、最優秀選手候補の五人は、殆ど横並びですし!金石先輩考案の、五億総取りゲームでも、十分に手が届くところにいます!』
『えぇ。Aクラス、Bクラス、Dクラスは、今後の結果次第ですが、十分一位争いに参加できるでしょう!』
『二年生の方だと、Aクラスがやはり強いですね』
『三年生は、 AクラスとBクラスの一騎打ち!今のところは殆ど互角です!』
『今後も大注目の体育祭!まだまだ目が離せません!』
次の種目は、騎馬戦。
大将騎は、僕と神室だ。
「ここでも負けられない。勝ちに行くぞ、吉田、里中、鬼頭」
僕の騎馬は、恐らく僕と最も息の会う吉田健太。完璧なバランサーとして、里中。最も高い身体能力を誇る鬼頭の三人。
「おうよ!取れるだけぶん取って行こうぜ!」
「あぁ。勝ちに行くぞ、浅野」
「安心しろ。相手が誰だろうと、負けるつもりは、ない」
頼もしい奴らだ。
Dクラスは、赤羽が大将。
アルベルトは、赤羽の騎馬にいるのか。珍しいな。龍園が使う物だと思っていたんだが。
さて、白組の連中は。
やはり、Bクラスの騎手は、綾小路と高円寺か。
Cクラスは、柴田に神崎。予想通りだが、騎手の潮田は、最もな警戒対象だな。騎馬戦という、足が必要な競技である以上、あの機動力は上手く使えないだろうが。
騎馬戦の得点は、棒倒しに並ぶ点数だ。取れるだけ取っておきたい、だからこそ。
「本気で行くぞ!吉田、里中、鬼頭!」
「おう!」「ああ」「了解」
さぁ、勝負だ。綾小路。
『大注目の一年生の騎馬戦!開幕です!』
戦のゴングが鳴った。