殺せんせーの教え子たち   作:宇津木 沙坂

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 実はこんな事がありましたよ。


綾小路清隆VS浅野学秀

 僕にとっての綾小路清隆がどんな奴かというと、腹立たしい奴というのが正しいだろう。

 あの男が椚ヶ丘に入学してきたのは、二年生の三学期末。丁度、期末テスト一週間前だった。

 その頃の僕は、堀北鈴音が暴力事件で停学処分とE組行きが決まり、清々しい気持ちだった。

 堀北会長の唯一の欠点。あの人の最大の恥。見るだけで鳥肌が立つ程の、汚物。そんな存在をあの山奥に押し除けられたこと。それは、当時の僕にとって、これ以上ないほど嬉しいことだった。

 だからこそ、よく覚えている。

 

『えー綾小路清隆です。家庭の事情でこれまで学校というものに行ったことがないので、多分にご迷惑をおかけすると思いますが、何卒ご容赦願います』

『ありがとう。綾小路くん。席は、榊原くんの隣ね』

 

 変な奴だな、とクラス中が思っていた。

 家庭の事情、か。学校に行けないとなると、有栖のように病弱だったりしたのか?いや、それだと病気でとかそういう言い方になるよな。第一、有栖と比べて健康体過ぎる。歩き方にも隙がない。重心の位置は常に一定。ここまでブレない人は、父か堀北会長ぐらいのものじゃないか?

 榊原の隣の席。そこは嘗ての堀北鈴音の席だった。

 

『えっと、よろしく。榊原』

『よろしく頼むよ。綾小路………くんっ!』

 

 いつものように、榊原は前髪を掻き上げてそう言った。その辺り鬱陶しい時もあるからやめたほうがいいと思う。

 ただ、良くあるような質問攻めは、殆ど起きなかった。椚ヶ丘のテストは文字通り死闘だ。わざわざ転入したばかりの他人にかかずらっていられるほど、余裕のある奴はいない。

 僕たちを除いて。

 

『綾小路くん。初めまして。僕は浅野学秀。この学園の生徒会長を務めている』

『えっと、生徒会長っていうと、学校で一番偉い奴、か?』

『それは理事長だな。生徒会長は生徒で一番偉い奴だ』

 

 本当に学校というやつを知らないんだな。

 

『じゃあ、浅野は生徒で一番強いやつってことなのか?』

『まぁ、生徒会長の基準はそういうものではないが、一応、僕が一番強い、はずだ』

 

 ………卜部先輩はいるがな。

 

『そうか。よろしく、でいいのか?』

『いいに決まっているだろう。よろしく頼むよ。綾小路』

 

 榊原筆頭に、五英傑が話しかけているのを見ながら、僕は念入りに観察した。

 筋肉のつき方は鍛えている人間特有のもの観賞用ではなく実用的中指のペンダコは大きめ恐らく勉強好き手は右利きで足も右利き利き目は恐らく右で聞き耳も右ただし逆の手足目耳も同程度の精度で動かせるはず視線はあちらこちらを動いている好奇心か?しきりに窓の外を気にしている視線は空?家庭の事情で家にいたというのは恐らく事実空やら雲やら教室やら黒板やらを非常に珍しがっている恐らく自然に触れたことも学校に来たことも殆どない話しかけられながらも人の瞳孔発汗視線の動き衝動的な癖を読み取ろうとしている自然に身についたものというには機械的恐らく誰かに教え込まれたもの───

 

『なぁ、浅野。生徒会長ってのは、そんなに生徒を観察するものなのか?』

『────すまない。じろじろと見過ぎたようだな。この時期に転入してくる学生など珍しくてな』

『そうか。なら良いんだが』

 

 勘付かれた。視線は少しだけずらしていたのに。

 ………やはり、只者ではないのか?

 その日の授業中、さりげなく綾小路を観察しようとしたが、その度にわざと消しゴムを落として、僕の視線から逃れていた。やはり只者ではないな。

 

 そして、初日の放課後。

 

『綾小路。学校を案内しよう。時間はあるか?』

『あーちょっと待っててくれ』

 

 綾小路が取り出したのは、最新式のスマートフォン。ただ、これまでからは考えられないほど、操作がもたついている。

 …………機械に慣れていないのか?いや、慣れていないのは、こう言った日常的な機械なのか?

 

『………すまん浅野。連絡って、どうやるんだ?』

『………貸せ』

 

 綾小路のスマホを受け取り、連絡先を開く。そこにあるのは松雄という名前だけ。一応確認はする。

 

『連絡を取りたいのは、この松雄という男であっているか?』

『あぁそれだ。どうすればいいのか、参考までに教えてくれ』

『まずはだな───』

 

 教えるといっても、連絡先のアプリを開いて、連絡先から対象を選択して、通話かメッセージか選ぶくらいなのだが、綾小路は、真剣に聞いていた。

 好奇心、というより。新しいことを知るのが好きらしい。

 

『ここを押せば、通話になる』

『なるほど。助かった』

 

 綾小路は慣れないながらも通話を始めた。

 

『あぁ。松雄か。うん。学校を案内してくれるそうだから、迎えは後でいい。うん。時間になったら連絡する』

 

 至極あっさりと報告事項だけを終わらせて、綾小路は僕に向き直った。

 

『じゃあ、その、案内を頼む』

 

 うちの学校は、私立なだけあって綺麗目だ。

 教室の案内は一通り終わって、それから校内の施設に移った。体育館。部室棟。グラウンド。理科室。家庭科室。特にお気に召したのは図書室らしい。この学校は図書室の規模もデカ目だからな。本を読むのが好きなのか?

 図書室には狭間が居た。全く、本を読むぐらいなら勉強すれば良いものを。このままだとE組行きだぞ?分かっているのか?

 学校案内が終わった後、綾小路の方から、ある提案をしてきた。

 

『………なぁ、この学校って、近くにコンビニがあるのか?』

『まぁあるが』

『その、時間があったらでいいんだが、そこも行ってみたい』

『………コンビニなんていつでも行けるだろう』

『初めてなんだ。コンビニ』

 

 嘘はついていない、な。

 今時コンビニも行った事がないのか。相当な箱入り息子らしい。

 まぁ、それぐらいなら、いいだろう。

 

『分かった。案内しよう』

『!本当か。ありがとう。浅野はいい奴だな』

 

 単純な奴だな。綾小路は。

 

 近くのコンビニに寄ると、綾小路は商品棚をあっちへふらふらこっちへふらふら、まるで誘蛾灯に釣られる蛾のようにふわふわ歩き回っていた。

 やがて、雑誌コーナーに足を止める。綾小路は興味深そうに漫画雑誌を手に取った。

 

『………えっと、立ち読みって奴、やっても良いのか?』

『まぁ、後で買うなら、別に良いんじゃないか』

 

 綾小路がサンデーを読み始めたので、僕はジャンプを手に取った。分かっていないな綾小路。この作品はジャンプ原作だぞ?いやラノベ原作か?どちらにしてもジャンプ要素強目の作品なんだから、こういう時はジャンプを読め。

 

『なぁ浅野。こういう雑誌って、短編しか載っていないのか?』

『まぁ、こういうのは単話の連載だからな。実質的な短編集と言って良いだろう』

『そうなのか。このコナンって奴、今後編らしいが』

『コナンはよく前編後編でやるぞ』

『そうなのか。…………うん?葬送のフリーレン?』

『それは令和の漫画だ。時代設定的に今は一応平成だから、その作品はやっていないぞ』

『そう、なのか』

『それよりもだな綾小路。こういう時はジャンプを読め。ジャンプは初心者向けだ』

『そう、いうものなのか』

 

 サンデーを本棚に戻して、代わりにジャンプを手に取った。うん。素晴らしいステマだな。

 

『………作品が多いな』

『最近のオススメは『斉木楠雄のΨ難』だ。超能力者のシュールギャグ漫画で基本無表情の主人公がモノローグで突っ込むあたりが特にオススメだぞ。クスッと笑えるギャグが持ち味だな。楠雄だけに』

『…………?』

『………今のは忘れてくれ』

 

 綾小路と無言で立ち読みする。  

 やはりこの時代のジャンプは良いな。最近の呪術鬼滅チェンソーも素晴らしかったが、この時代の斉木楠雄ヒロアカ暗殺教室ブラクロワールドトリガーは素晴らしい。ワールドトリガーは特に面白いぞ。全巻プラスBBFも持っている。綾小路もワールドトリガーにハマってくれ。九巻まで貸してやるぞ?

 とか思っていたら、綾小路の視線が道路に向いているのに気付く。釣られて視線を上げてみると、そこにいたのは、櫛田桔梗。 

 あの事件以降、死んだように学校に来て授業だけを受けて帰るのを繰り返している。この椚ヶ丘で、生徒の半数が自主退学するなんて、前代未聞だからな。

 

『………彼女が気になるのか』

『あぁ。やけに沈んでいるな、と』

『まぁ、E組落ちは確実だからな』

『E組?』

 

 裏山に視線を向けながら、その質問に答えた。まぁ、恐らく綾小路がE組に落ちるとは思えないがな。

 

『椚ヶ丘の特別強化クラス。成績不振やら素行不良やらで、本校舎から除外された生徒の在籍するクラスだ』

『そういうのもあるのか』

『まぁ、お前が落ちるとは思えないが。少しは気を付けろよ』

 

 ………しかし、E組か。

 あの裏山を見ると、いつかの光景を思い出す。あれは、確か八歳ごろだったか?有栖と有栖の父、坂柳成守に連れられて、僕と父はある施設を見学していた。

 その施設は、何もかもが真っ白だったのを覚えている。

 チェスを指す子供達を見ながら、父は感動していた。

 

『素晴らしい………!素晴らしいぞ成守…………!これこそ私の理想とする教育だ…………!』

 

 僕が生まれた頃から、父はずっと狂っていた。家の中でも教師の仮面を外した事はない。母はそんな父を、それでも献身的に支えていた。

 

『………やはり、今の君はそう思ってしまうんだな。學峯。嘗ての君なら、この光景を心の底から唾棄しただろうに』

 

 成守さんは、父とは正反対に穏やかな人だった。ただ、有栖の母で、成守さんの奥さんは、この時期には亡くなっていたはず、だ。

 

『何を言う。私は目が覚めただけだ。良き生徒は、即ち強い生徒なのだ。ここならば、強い生徒を育てられる。……………惜しむらくはカリキュラムだな。子供に課すには過酷すぎる。ここさえ是正すれば、完全に私の理想通りの学舎だ』

『君の理想は、あの山奥の廃れた校舎だったろうに。………九十五%の勝者と五%の敗者など、狂っている』

『君がそれを言うのか。あの地獄のような蠱毒を運営している君が』

『…………そうだね。その通りだ。僕は間違えた。間違えてしまった』

『いいや成守。君は間違えてなどいないさ。形は違えど、君の運営するあの学校は、私の理想にも近い。………惜しむらくは、退学制度だな。あれさえなければ、もっといい学校になるだろうに』

『そうだよ。今の君の理想に近い。それだけで、僕は間違え続けている』

 

 何を言っているのかはよく分からないけれど。多分、成守さんが正しいことは、分かった。

 

『…………教育というのは、どこまでいっても破壊と再生だ。生徒の価値観を破壊し、新しい形に再生する。それを永遠に繰り返す。そんな地獄に足を踏み入れてしまった時点で、僕はきっと、間違えていたのかもしれない』

『…………いや。教育とは、創造だ。生徒が新しいものを創造し、私たちはその為に背を押す。それこそが、真の教育なのだ』

『…………今の君は、嘗ての君のようだったよ。學峯』

『…………私は何も変わってなどいないさ。成守』

 

 僕はずっと、教師の父の顔しか知らない。たまに、それ以外の顔を知っているだろう、母さんと成守さんが、羨ましくなる。

 ふと、有栖が見当たらないので探してみると、額をガラスに押し付けて、熱心にある一人の子供を見ているところだった。

 

『………何を見ている?』

『あの子、ずっとつまらなさそうです』

 

 その少年の顔は、確かにとてもつまらなさそうだった。

 全てが退屈で、全ては既知のもののような、そんな顔だった。

 

 そう、まるで。

 今僕の隣にいる、綾小路のような。

 

 …………いや。流石にそれはないだろう。あの施設から出られる訳がない。

 そこで綾小路は、勢いよくジャンプを閉じた。

 

『面白かった』

『それは良かった』

 

 レジまで行って、綾小路はジャンプを出して、途端に慌て出した。おいおい、まさかこいつ。

 

『念の為に聞くが、財布は?』

『その、無い』

『……はぁ。立て替えておく。後で返せ』

『すまん。助かる』

 

 ジャンプを買って外に出ると、綾小路は松雄に連絡した。ものの数分で、駐車場にリムジンが止まる。

 ………お前、金持ちだったんだな。

 

『その、今日は色々ありがとう。浅野。ジャンプの分は、後で返す』

『良い。気にするな。こういうのも、生徒会長の仕事だ』

 

 そうして、僕と綾小路の初日は終わった。自惚れでなければ、僕らは確かに友達だった。

 一週間近い間、僕は綾小路を連れて、色々な遊び場を教えた。カラオケ、バッティングセンター、ゲームセンター、(やけに強い女子がいた。なんか見覚えがある気がする)、ファミレス、その他諸々。

 そうして、三学期期末テストが始まった。

 

 大した問題は殆どない。シャーペンを走らせていると、数学の最終問題でペンが止まった。何だこの問題は。中2で出す問題じゃない。下手したら大学レベルだぞ。教室中を、一瞬静寂が満たす中で、僕と同時に、ペンが走る音がした。

 振り向かなくとも、綾小路だと分かった。

 

 テストの結果は、綾小路が一位。

 僕は、最終問題で僅かに失点し、二位に終わった。

 

 ……………やはり、そういう事なのか。

 

『綾小路清隆。お前は一体何者だ。何の為にこの学校に来た』

『何者って言っても、ただの中学生だが?』

『惚けるな。あの問題を解ける者が、ただの中学生でたまるか』

『浅野だって殆ど解けていたじゃないか』

『今はそんな事どうでも良い』

『どうでも良くはないだろう』

 

 父を超える為。堀北学を超える為。

 僕は、ずっと研鑽を重ねてきた。高々一週間、綾小路の為に時間を費やしたぐらいで、無になるはずもない研鑽を。

 にも関わらず、綾小路清隆は平然と僕を上回った。僕に勝ったことに喜びも見せない。それが何より許し難い。

 

 ────お前に取って、僕は視界に収める価値もない人間か、と、そう、問い詰めたくなる。

 

『偶々だ。偶々。偶々お前よりも良い点数を取れただけ───』

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『…………まぁ、浅野理事長の子なら、知っててもおかしくないか』

『それで、あの施設の者が、何の為に椚ヶ丘に』

『利害が一致したらしい。こちら側は実地テストで、あちら側はカンフル剤として、お互いに得があったから、俺はここにきた。………まぁ、四月からは、旧校舎だがな』

『…………は?』

『何でも特殊な任務があるらしい。詳細は、守秘義務があるらしくて話せないがな』

『守秘義務………?任務…………?』

 

 何のことだ。何を言っている。

 

『まぁ、その、何だ。校舎が違っても、友達でいよう』

『ふざけるな!よくもそんなこと………!』

『………いや、その、何がそんなことなのか、よく分からないんだが』

 

 そうか。分からないか。そうだな。そうだろうな!

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 悔しいという想いも!何も出来ずに敗北した、自分自身への怒りも!

 

 そして何より、上に立った癖に、僕を見ようともしないことへの苛立ちも‼︎

 

『もういい!とっととE組に行って、その任務だか何だかを達成してこい!どうせお前なら簡単にできるんだろう‼︎』

 

 ………今思えば。僕は焦っていたのかも知れない。

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『………そう、か。よく、分からないが。一応言っておく。すまん』

 

 あぁ、クソ。

 腹立たしい!腹立たしい!腹立たしい‼︎

 

 僕を見ろ!綾小路清隆‼︎

 

 

 そうして、今。

 

 僕は今度こそ、綾小路清隆に、勝つ。

 

 

 

 

 俺の騎馬は、須藤、三宅、春樹。

 できることなら啓誠が欲しかったんだが、高円寺に分捕られた。俺が育てたのに。

 まぁ、須藤がいるし、十分なレートでの交換だ。

 

「取り敢えず、適当に幾つかの騎馬を潰してから、浅野を狙うぞ」

 

 大将騎同士での争いで制した方の勝ちだ。

 

「それなんだけどよぉ。高円寺は無理でも、平田とかと連携してやるのはダメなのか?浅野と一対一でも、お前なら十分勝機はあるわけだし」

「いや、平田レベルだと時間稼ぎにもならない。最低でも高円寺レベルは必須だ」

「………そんなに差があるかぁ?」

 

 個人個人の能力だけでやり合うなら、春樹の言うように、平田の手を借りるのもありだろうが。

 集団戦なら話は別だ。

 

「浅野の指揮能力は、俺よりも間違いなく上。こっちが平田を使えば、向こうも葛城だったりを投入してくるが、そうなれば、指揮能力の差で俺が負ける」

 

 E組でそう言うのを担当してたのは磯貝とカルマ、片岡と鈴音だったからな。俺はそういう経験が少しだけ少ない。出来ないことはないがな。

 

「だからこそ、一対一に持っていく。向こうとしても、単騎でほぼ全ての騎馬を落としかねない俺には、最大限の警戒とともにぶつかって来るはずだ。…………何より、俺の騎馬には、暴れ馬がいるからな」

「………それって、俺かぁ?」

「あぁ。お前の身体能力は学年トップクラス。お前と俺の組んだ騎馬は、奴らに取っては、最大級の警戒対象だろう。そして同時に、白組の最大戦力だ」

 

 それも、そんじょそこらの戦力では何も出来ずに蹴散らさせるだろう、な。

 

「だからこそ、確実に抑えるために、浅野が来る」

 

 それまでに、可能な限り騎馬を減らすこと。それが、俺たち白組が勝つために必要なこと。

 

「────雑魚を蹴散らしながら、本命をぶっ潰す。無双ゲームにありがちな奴だ。楽しんで行くぞ」

「おうっ‼︎」

「分かった」

「やれるだけやってやるぜ‼︎」

 

 戦のゴングがなる。

 

 俺の騎馬は、高い機動力を生かして、大きく迂回しながら、浅野の騎馬へ向かう。

 

「例え綾小路だとしても!」

「二人がかりなら!」

 

 道中左右から同時に掴みかかって来る手を、しゃがんで躱し、同時に二人の鉢巻を奪い取る。

 騎馬と騎馬で接触したが、須藤と三宅のBクラスツートップ(俺と高円寺除く)は小揺るぎもしない。力の差が大きすぎるな。

 Dクラスの騎馬二騎を潰しながら、浅野の元へ向かう。

 浅野もまた同じように、大きく迂回しながら、他クラスの騎馬を巻き込むように俺たちに向かって来る。

 

「浅野くんから離れて!早く!」

 

 流石は平田だ。判断が速い。すぐさま浅野から離れていく俺たちのクラスの騎馬。だが。

 

「一手遅いな。貰っていくぞ」

 

 俺たちのクラスの騎馬、即ち、南節也の鉢巻を一瞬で奪い取りながら、こっちに向かって来る。考えることは一緒のようだな。

 道中浅野はついでのように、Cクラスの別府からも鉢巻を奪い取っていた。

 お互いに二本づつ。三本目は。

 

『おおっとこれは!一年生の綾小路くんと浅野副会長の激突です!』

『どちらも最優秀選手候補で大将騎。これは目が離せませんね!』

 

 先頭の須藤と鬼頭が肩をぶつけ合う。

 俺の頭を狙って来る浅野の左手を逸らしながら、同じように伸ばした俺の左手もまた、逸らされた。

 お互いに左腕を掴み合いながら、睨み合う。

 

「………ふっ、勝負と行こうか、綾小路!」

「望むところだ。浅野」

 

 殆ど同時に腕を離し、お互い程々に距離を取る。

 須藤は呼吸を整えている。鬼頭もまた、同じように。

 数秒の沈黙の後。

 

「───突撃だ」

「───突撃」

 

 俺と浅野の指揮は、殆ど同時。

 猛烈な勢いで、須藤と鬼頭はぶつかりそうになりながらもすれ違う。すれ違い様に取ろうとした俺の右手を、浅野は大きく身を倒しながら躱し、躱しながら伸ばして来た左手を、左手で払い除ける。

 騎馬はお互いに距離を離し、大きく右回りに旋回する。

 

(やはり───)

(やはり───)

 

「強いな。綾小路」

「強いな。浅野」

 

 もう一度突撃。

 再び、真正面からぶつかり合う。俺の左手は掴まれ捻りあげられそうになる。痛い。強すぎだ。

 だが隙ができたな。すぐさま右手を浅野の頭部に伸ばす。

 それを弾く為に、左手の拘束を解き、今度は右手をはたき落とす。

 反応が早いな。それにこの動き、合気道か。

 自由になった左手で再び鉢巻を狙うが、それを叩き落としながら、左手を伸ばしてくる。やはり強いな。浅野。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 戻した右手で跳ね上げ、もう一度左手を伸ばす、が浅野の右手が掴む寸前まで来ているのに気付いたので、伸ばした左手の向きを変えて、浅野の右手を掴み取り抑える。

 お互いに腕を払い除けて、再び距離を取る。

 

 一度離れて、お互いに騎馬を止めた。

 

「須藤、また行けるな?」

「おうとも!全然余裕だぜ!」

「鬼頭、行けるか?」

「問題なし」

 

 三度突撃。

 今度もすれ違うこともなく、正面から須藤と鬼頭は肩をぶつけ合う。

 俺の右手は顔を倒されて躱される。返しの左手。大きく頭を下げる。その隙を逃さず、上から襲い掛かる右手、だが、予想通り。

 

「何っ⁉︎」

 

 俺は敢えて左足を騎馬の掌から外し、体を大きく捻りながら、浅野の右手を仰向けになりながら躱す。片足だけの騎馬の掌で、寝そべるように倒れる体勢。腹筋と太腿に力を込める。こんなに不安定な体勢を騎馬戦で取るとか思わないだろう。

 三宅の肩に膝裏を乗せて安定させる。仰向けのまま両手を伸ばして頭を狙う。予想外の動きに浅野は俺の両手を弾きながら、大きく距離を取る。

 体勢を整えて、両足を掌に固定しながら、追い縋るように突撃。

 

「隙有りだぜ!浅野!」

 

 予想外の動きに慌てたのを隙だと思ったのか、柴田の騎馬が背後から狙って来る、が。

 振り向くこともせずに顔を傾けてその手を躱し、ノールックで鉢巻を奪い取った。

 

「ここで潰す!綾小路!」

 

 Aクラスの橋本も、俺が敢えて体勢を崩した隙をつく為に、体勢を整えた直後の俺を狙いに来る、が。

 わざわざ視界に入れる必要もない。ノールックで躱しながら奪い取る。

 

 間合いを図るように、俺と浅野は緩く円を描きながら、じわじわと距離を詰めていく。

 そろそろ、か。

 

『おおおおおっとこれはっ、白組、大幅にリードっ‼︎』

 

 作戦通り、だな。

 

 目を見開いた浅野は、すぐさま赤組に一瞬だけ視線を向け、フリーズした。

 

「はっ?」

 

 浅野が驚くのも無理はない。何故なら、浅野の目に映るのは。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()

 

 数分前。

 

「龍園さん!どうしますか!コイツ!」

「考えなくてもわかんだろ可能な限り離れんぞ」

「うす!」  

 

 龍園くんは判断が早いな。まぁ良い。今度のターゲットは葛城くんの騎馬だ。

 

「拓人くんっ!すれ違う感じで突撃して!」

「了解っ‼︎」

 

 Cクラスの野球部一年生レギュラー星穹拓人を先頭にした僕の騎馬は、猛烈な勢いで突撃しながら、葛城くんの左隣をすれ違おうとして。

 

「ここだね」

 

 大きく跳躍した僕は、葛城くんの頭上を飛び越えて右側に回った。

 左肩借りるよ。ごめんね戸塚くん。一瞬で終わるから許して。

 完全に虚を突かれた葛城くんは動きを止めた。(暗殺者)はその数瞬を見逃さない。瞬く間に鉢巻を奪い取る。

 そして再び大きく跳躍して、騎馬に飛び戻った。

 暗殺者として身に付けた、身軽な動き。木村くんや岡田さんには及ばないけど、僕の機動力もそれなりだ。そして、その機動力は、騎馬から騎馬へ飛び回ることを可能にして、何より。

 Cクラスの身体能力上位陣で組まれた僕の騎馬は、飛び回って飛び戻って来る僕を、完全に受け止められる。

 着地の衝撃は、一瞬膝を緩めることで可能な限り減らす。この辺りは、練習の成果だね。

 

「───次はカルマを狙う!拓人くんっ!」

「おっけ!突撃ぃ!」

 

 僕の騎馬はそのまま、カルマの騎馬を狙って突撃して来る。

 カルマの顔は珍しく引き攣っていた。当然だ。こんな動きしてくるやつ、普通に反則スレスレだからね。

 

「いやいやいや。それはいくらなんでもずるくない?」

 

 騎馬同士ですれ違う寸前で、僕は飛び上がり、宙返りしながら逆さまの体勢で、カルマの目の前で両手を突き出す。

 

 奥の手(クラップスタナー)が脳裏をよぎったのだろう。カルマは一瞬目を瞑った。うん。それもまた確かな対策だね。視覚が無くなれば、クラップスタナーの効力は間違いなく半減する。

 ───だけど、騎馬戦でそれは致命的。

 僕の左手は蛇のように滑り込んで、カルマの鉢巻を見事に奪い取った。

 

 流石のカルマも、意味分からない光景に動きが止まってたね。そして、波長を読み取れる僕にとって、そんな驚愕、隙以外の何者でもない。

 騎馬は決して崩れていないし、騎手も地面に足を着けていない。まぁ、騎馬と騎馬を飛び回って、文字通り騎馬に着地するような選手、想定しているわけがないけどね。

 赤組の騎馬のうち、残ったのは、龍園くんの騎馬と、浅野くんの騎馬のみ。

 白組は、綾小路くんと、平田くんと、高円寺くんと、僕と神崎くん。

 

 そして。

 

「───今だ!」

「おうっ!」

 

 須藤は俺の指示に従い、浅野の騎馬に突撃する。あまりにも常識はずれな光景に一瞬固まっている浅野の、隙だらけの頭を狙って右手を伸ばす、が。

 咄嗟に意識を戻した浅野は腕を抑えようとして。

 意識の外側に置いてしまった俺の左手が、浅野の鉢巻を見事に奪い取った。

 

 残りは、龍園のみ。

 

「…………気張れよテメェら!せめて数人は道連れにしてやんぞ!」

「うすっ!」

「おっす!」

 

 龍園は最後の最後までよく戦った。 

 五対一でありながら、臆さず、恐れず、引かず。

 俺と高円寺と渚の連携を、ギリギリで掻い潜り続けている。おいおい。どんな練習したらこんなことできるんだよ。

 

 高円寺の勢い強めの左手を受け流す。

 体勢を崩したその隙をついて、俺が伸ばした右手を掴み止める。高円寺の騎馬に飛び乗った渚が伸ばしてきた両手を叩き落とす。

 烏間先生の防御テクニック。仕込みやがったなカルマのやつ。

 

「………あの動き。やはりか」

 

 三年Dクラスの獅子上玲央は、龍園の動きを見て、何かに納得したようだった。

 獅子上の一族は古くは陸軍から続く自衛隊一家。玲央の父は元第一空挺団の隊長であり、彼の部下には、烏間惟臣もいた。

 その縁で、玲央は烏間からの格闘技の手解きを受けている。

 だからこそ、龍園の動きには烏間の癖が染み付いているのが分かる。そしてその動きは、誰かの真似を真似したように、不恰好。それ即ち。

 

「……………やはり貴様らは、三年E組の生徒たちだったか」

 

 綾小路。赤羽。潮田。堀北鈴音。櫛田。少なくともこの五人は間違いない。雪村と奥田も、恐らくはそう。

 同じ師に教えを受けたものとして、是非手合わせ願いたいものだ。

 

「……………おい。何を考えている獅子上」

 

 何やら不穏なものを感じ取った風間は、声を掛けた。

 

「なに。心配するな。流石に後輩を夜道で襲うような事はせん。せいぜい正面から一対一の格闘を申し込むぐらいだ」

「やめろ馬鹿。本当に馬鹿。それで後輩に怪我させたらどうするつもりだ馬鹿」

「怪我は格闘の常だろう。後輩に怪我を合わせたという意味では、堀北学も飛騨翔子もやっていたが」

「それとこれとは話が別だ!後で謝るのは僕なんだぞ!」

「…………俺とて手加減ぐらいはできるが」

「それが信用ならないから言ってるんだ!どうせお前のことだ。『興が乗った』とか言って本気でやり始めるに決まっている‼︎」

「その声真似上手いな」

「は!な!し!を!き!け!」

 

 頑張れカイザー。

 

 

 

 幾ら防御テクニックを仕込まれていようと、俺と渚と高円寺を相手に、数分と持つはずもない。

 数分持っただけでも偉業だ。

 

 一瞬の隙をとった渚が鉢巻を奪った。

 

 今回の騎馬戦。俺たちの勝ち、だな。

 

 

 

 退場しようとすると、浅野が声を掛けてきた。

 

「綾小路!」

「何だ?」

「………………僕は、強かったか」

 

 何を今更なことを。

 

「お前は、ずっと強いだろう」

「………そう、か」

「…………今回は、俺の勝ち、だ」

 

 そう、今回は、な。

 浅野は、目を見開いて俺を見ている。

 

「何度でも掛かって来い。何度でも倒してやる。何度でも勝ってやる」

 

 そう、だな。

 競い合うことは、こんなにも、楽しいことなのか。

 今の俺は、笑えているだろうか。

 

「────ふっ、望むところだ」

 

 浅野が笑ったという事は、きっと笑えているのだろう。





 そのうちVS赤羽業もやる。
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