長くなっちゃった。
さて、次の種目は借り物競走。推薦参加の種目だ。
…………こんな競技もあるのか。まぁ、うん。最優秀選手を取るなら、一位、狙わないとな。
第一レースの走者には啓誠。同じく走者には浅野。普通だったら正直勝ち目はないが、これに関しては運次第だな。
全員が一斉にスタートを切った。
だがやはり突き放したのは浅野。一番乗りでくじを引く。お題は、と。…………何だか、完全に立ち尽くしているな。完全に止まっている。
「………お、おい、浅野、引いても良いか?」
次に辿り着いたのは啓誠。浅野のただならぬ様子におずおずと申し込む。
「あ、あぁ。良いだろう。その、引くと、いい」
「………何を引いた……?」
「………その、だな。この借り物は、生徒会で作ったモノだから、僕は全部覚えているんだが」
おずおずと差し出したその紙に書いてあったのは。
『一番好みの異性の先輩』(性的に)であった。
「…………こんな借り物、入れた覚えはない」
「あったとしたらアホだろう‼︎」
啓誠の叫びは、グラウンド中に響いた。
うん。みんな心から同意していた。
啓誠はすぐさまくじを引いて、中身を見て、固まった。そこにあったのは。
『一番胸がでかいと個人的に思う異性』(異性が男子の場合は胸筋(同性でも可))であった。
「───下世話かっ‼︎」
啓誠はくじを地面に叩きつけた。
佐倉と長谷部は思わず立ち上がっていた。やめておけ。啓誠が殺される。
寛治と春樹と須藤はキレていた。
「誰だ………?誰がくじをすり替えた……?生徒会室に保管していたはず………。生徒会の誰かか?まさか、南雲先輩……?」
「流石にキレるぞ浅野コラ」
流石にこの下世話くじに入れ替えた奴だと思われるのが腹立たしいのか、南雲先輩はキレた。うん。これはキレて良い。
いやでもマジで誰だ?
「…………とにかく、一旦レースを中止しよう。幸い紙とペンさえあればいくらでも作り直せるし」
「そうだな。うん。それがいい」
Cクラスからの参加者の神崎と、Dクラスからの参加者椎名も、心から同意した。
生徒会全員で、六レース三学年分の四十八枚を急いで作り直し、厳重な監視の元、つまり堀北先輩の監視の元、机の上に置いて、再びレースをやり直そうとしたところ。
何故か机を煙が覆った。
いやなんで?
くじ箱は何も変わってはいない。変わってはいない、が。
代表としてくじを一枚引いた堀北先輩は、地獄のように深い溜息を吐いた。
堀北先輩の引いたくじは。
『魅力的な異性の後輩』(性的に)、だった。
「────おい香月」
堀北先輩は三年Cクラスの休憩所まで行って、Cクラスの男子を一人、問い詰めていた。
「そんなぁ。僕を疑うんですかぁ?生徒会長ともあろうものが、善良な一般生徒のこの僕を、疑うんですかぁ?」
「いやこんなことしでかすのはアンタぐらいよ」
「白状しろ香月。お前がやったんだろう」
「ちょっと犬山くんっ。そんな怖い顔しないでくださいよぉ。それにぃ、ひっどいですねぇ紫苑さん。曲がりなりにも三年間一緒に過ごした仲間じゃないですかぁ?」
「三年間過ごしたからこそ、こんなことしでかすのはアンタしかいないとみんなが思ってるのよ。私が許可するわ。ボディチェックでも何でもしなさい」
「感謝する。白銀」
「礼は不要よ」
堀北先輩と神田先輩のボディチェック。すっごい徹底している。口の中まで見ている。だがしかし。
「ダメだね学。何も見つからないや」
「………言え。香月。どこにやった」
「ひっっっっどぉい。僕がそんなことするはずないじゃないですかぁ?」
……………堀北先輩に睨まれてこれって、ある意味強者なのか?
深い溜息を吐いた堀北先輩は、あるCクラス女子に声を掛けた。
「………蝶乃。頼む」
「分かったわよ。でも、あまり期待しないでよね」
その先輩は香月先輩を覗き込むように見上げながら、睨み付けた。
「確認よ。遊真。
「もっちろんですよ紫苑さん。僕は何も関わっていませんっ」
「あっそ。────で、誰がやってるの?」
「もう。何度も言ってるじゃないですかぁ。僕は、何も、知りませんっ」
「でも、誰がやったのかは知ってるんでしょ?アンタは囮だから」
「─なぁにを仰っているのですかぁ?」
「一瞬詰まったわね。そんなことだろうと思ったわ。
「さぁ、どうでしょう?」
「無理に自然に振る舞わなくても良いわよ。不承不承ながらもアンタ係を三年間やらされたもの。嘘をつく癖ぐらいお見通しよ。それに、アンタの動揺も、手に取るようにわかるわ。何を考えているのかもね。
三年生の協力者は何人?一人、ふた──今、薄らと笑ったわね?二人目に入ったからかしら?三年生の協力者は一人ということね。それはどのクラスかしら?A、B、C、D。………Aで一瞬目を細めたわね。成程。三年生の協力者は三年Aクラスの生徒ということ。男子かしら、それとも女子?男子で目が泳いだわね。態とらしい。男子と見せかけて女子なんでしょう?あら、瞬きした。態とらしいわね。そう思わせて実は男子かも、って思わせるための動きでしょ?ほら、奥歯噛んだ。図橋つかれた時の癖ね。一人目は三年Aクラスの女子ね。まだいるでしょう?具体的には二年生。ほら、また奥歯噛んだ。
クラスはどこかしら、A、B、C、D。…………あら、表情を消したわね。顔の筋肉を完全に固定している。成程、それで私の観察を防ごうってわけ?無駄よ。筋肉を固定したのは私がCを口走った瞬間。普通に考えてCクラスなんでしょうけど、生憎アンタは普通じゃない。敢えてCで固定して、私を誘導しようとしているわね。となるとBかD。ほら、安心した振りで僅かに眦を動かしてる。やっぱりBかDなのね。私がAを除外したことに安心した振りをしたんでしょう?また奥歯噛んだ。癖ってそう簡単に直せないわよね。となるとB。………奥歯噛んだ。でも、誘導でしょう?さっき私言ったもの。癖って簡単に直せないって。だから、でしょう?アンタなら、癖ぐらい自由自在に操れるもの。つまり、二年Dクラスの生徒、で間違いないわね。………ふぅん?今度は敢えて奥歯噛まないのね。私に当てられて動揺して癖が出ましたぁって布石だったのかしら?だからここで奥歯噛まないことで、Bクラスだと錯覚させようとした。ふふふふ。汗、かいてるわよ?それで、男子かしら、女子かしら。………ふぅん?態と汗増やしてるわね?ちょっと失礼」
「ちょっ、紫苑さん、胸に耳当てるのは………!」
「……成程。心音、態と早めているのね。体温を上げて、汗の量を増やすつもりかしら。男子で態と増やしたということは女子ね。つまり二人目は二年Dクラスの女子生徒。…………まだいるわね。一年生かしら?あら、随分と分かりやすく足を下げるのね。まるで図星つかれて焦った人みたい。追い詰められているのね。私に錯覚させるにしてはあまりに雑よ?………ほら、唇の端、ちょっとだけ動いた。私に錯覚させようとしたんでしょ。
さて、一年生のどのクラス?A、B、C、D。……………成程。Bクラスね。ほら、諦めた振り。また私に錯覚させようとしてる。諦めた振りでBクラス以外だと思わせるのが狙いなんでしょ?また奥歯噛んだわね。今度は嘘じゃない。さて、男子かしら…………成程男子ね。動揺しすぎよ。顔の表情筋を固定するのが早過ぎ。まるで男子だと思わせたいみたい。でも、そこまで含めて、でしょう?私なら、そこまで見抜くと思ってるから。動こうとした筋肉を慌てて止めることで、女子なのを隠して男子だと思わせらつもりだったのかしら。あら。動揺したのは事実なのね。私がここまで見抜くとは思っていなかったから、勝手に動きそうになった、てところかしら。舐めないで。この三年間、どんだけアンタを見てきたと思ってんのよ。……………何で赤くなってんのよ。まぁ良いわ」
………なんか、凄いな。あの先輩。
「確定よ。コイツは囮。協力者は三年Aクラスの女子が一人。二年Dクラスの女子が一人。一年Bクラスの男子が一人、ね」
「流石だな。蝶乃。香月係は伊達じゃないようだ」
「でも、協力者の選定は無理よ。私がここまでの精度で見抜けるのは、三年間同じクラスで、三年間見続けた遊真ぐらいだもの」
「………その言い方は、ちょっと……」
まぁ、うん。
恥ずかしいよな。
さて、一年Bクラスの男子だと言われた時点で、殆どの生徒は一瞬固まった。まぁそうだ。もしかしたら自分が犯人かもと疑われるんだからな。でも一人だけ、全く固まらなかった奴がいる。
多分、啓誠と鈴音も気付いてるな。もちろん桔梗は気付いている。俺に波長は見えないが、見えている桔梗からしたら、乱れまくりだったんだろう。
桔梗は、その生徒の背後に、音を立てずに忍び寄って、肩を叩いた。
「───ちょっと良いかな?高円寺くん?」
俺が正面、啓誠が右隣、鈴音が左隣だ。
さぁ、観念してお縄につけ。
一方その頃、二年Dクラスの休憩所では。
一人の女子生徒が、コッソリと、トイレに向かおうとしたところで。
「───確保なさい」
「かしこまりじゃ!」
藤乃の指示で突撃してきた緋音に、ガッチリと首裏を掴まれて持ち上げられた。こう、悪戯した猫を捕まえるアレである。
「二年Dクラスの時点で、アンタだろうと思っていたわ。さぁ、観念しなさい。ほむら」
花咲ほむらは、がっくりと項垂れた。
さて、三年Cクラスの休憩所では。
「うちのクラスの女子で、こんな馬鹿げたことに、大真面目に面白がって参加する女子生徒がいるとしたら。
それは俺の知る限り、一人しかいない」
堀北先輩が視線を向ける三年Aクラスの休憩所では。
正面から金織美浪が。背後には飛騨翔子が。そして右隣には橘茜が控えて。
「お前だ。占藤」
占藤メメは、諦めたように笑った。
四人の生徒は、プラカードを首からぶら下げて、全校生徒の前で正座していた。
プラカードには、『私は体育祭でイタズラして下世話な借り物にしようとしたセクハラ親父です』と書かれていた。
少なくともこの借り物競争中は全校生徒に晒されるらしい。高円寺は借り物競走には出走していなかったから、まぁ良かったな。出走してたらお前そのプラカード下げたまま走ることになってたぞ?
「さて、弁明を聞こう。内容次第では酌量の余地を加えてやらんこともない」
まぁどうせくだらないんだろうけど。
「まずは私からね。悪かったとは思っているわ。当然、それ相応の罰を受けるつもりはある。でもね?あなたが悪いのよ学くん。あなたがいつまで経っても茜ちゃんに告白しないから」
「メメちゃん?」
「少しでも手助けになればと思って、こういうことしたのよ。こうでもしなければ、貴方が告白することはないでしょう?」
「ねぇ馬鹿なのメメちゃん?」
橘先輩の言葉の棘!占藤先輩には致命傷だ!
「あまりにも愚かですね」
金織先輩の言葉の棘!占藤先輩には致命傷だ!
「私でも分かるぐらいには馬鹿な理論ね。少しは恥に思ったら?」
飛騨先輩の言葉の棘!占藤先輩には致命傷だ!
「………はぁ。流石に馬鹿なんですか。見損ないましたよメメ先輩」
卜部先輩、だったか。の言葉の棘!占藤先輩には致命傷だ!
「まぁ、ちょっと面白そうだけどね」
「うむ。漫画みたいでワクワクしたのじゃ」
「………その、現実は漫画みたいに上手くいかないと思う、よ?」
まぁ、その。
例えば俺が『一番胸が大きいと思う異性』(男性なら胸筋(同性でも可))を引いて桔梗の元に行けば、流石に最低ってビンタされる未来が見えるなぁ。
そして、香月先輩の方では。
正座した膝の上にレンガを乗せられていた。江戸時代か?
「ちょっ、膝、折れ………」
「安心して乗せて良いわよ。コイツ頑丈だし。無駄に」
「よし。もっとレンガもってこい」
「流石に限界はありますよ⁉︎」
…………まぁ、自業自得だ。
「遊真の弁明なんて聞く価値は無いわ。堀北。…………妹もいるとややこしいわね。……学くん。遊真のことだから、どうせ面白いと思ったからとか言うに決まっているもの」
「まぁ、だろうな」
どんだけ愉快犯なんだあの先輩。
さて、高円寺は、と。
「ねぇ高円寺くん。君は馬鹿なの?」
「弁明させてくれ平田ボーイ。私としては援護射撃のつもりだったんだ。我が友綾小路ボーイと幸村ボーイへの、ね。その、どちらか一人にそろそろ決めたほうがいい、というメッセージ、というか、その………」
「馬鹿なの?アホなの?その無駄に出来の良い頭で考えた結論がこれ?今日から君のことBクラス四馬鹿の一人って呼ぼうか?あぁいやその呼び方だと池くん達に失礼だね。池くん達でもここまで馬鹿じゃ無いし。Bクラスの特大大馬鹿ドアホマヌケの色ボケ下世話セクハラ中年親父の変態って呼ぼうか?私の知り合いは多いよ?この呼び名、すぐに学校中に浸透すると思うけど」
「大変申し訳なかったからその呼び名を広めるのだけは勘弁してくれないか櫛田ガール」
「ん?申し訳、
「大変申し訳ありませんでした。その呼び方を広めるのだけは勘弁して頂けませんか櫛田様」
うーん。あいつがこんなことになるとはなぁ。写真撮っとこ。
俺と啓誠は全く同じことを考えて端末を構えていた。
俺は動画に切り替えた。啓誠は写真を撮りまくっていた。
寛治達は写真と動画を要求した。Bクラスで欲しい奴手上げてー。
ほぼ全員挙手、か。よし。グループLINEに送っとくか。ダウンロードは個人で頼む。
「…………貴方のせいだぞ香月ボーイ」
「いっ、だだだだだ。いや、その、ごめんなさい。紫苑さんがここまで見抜いてくるとは思わず………いっだだだだ」
「も〜う〜。遊真ちゃんってばアホなんだから〜」
いつの間にあの愉快犯の先輩と仲良くなったんだ高円寺のやつ。まぁ、うん。確かに能力はあるんだろうな。だって堀北先輩の目の前で入れ替えて見せたぐらいだし。
あぁ、いや。この先輩は囮だったか。実際に入れ替えていたのは、花咲先輩と高円寺、かぁ。
多分全体の指示役は占藤先輩なんだろうなぁ。
さて、ようやくちゃんとした借り物競走が始まった。
先輩達と高円寺は後で一ヶ月トイレ掃除の刑らしい。まぁ、うん。一応、イタズラの範囲ではあったわけだし。進行に影響は出たけど、まぁ、うん。未遂では、あるし。直接害を受けた生徒は、いなかったし。
さて、一番に到達し、恐る恐る紙を開いた浅野は、心から安堵のため息を吐いていた。すぐに踵を返して二年Bクラスのテントに向かう。
そのすぐ後に到達した啓誠も、紙の内容に安堵していた。同じく二年Bクラスのテントに向かう。
神崎もほっとしていた。それはそれとして内容に困っていた。
椎名は、固まっていた。
確認役の金織先輩に紙を見せて、これはあの四人が仕組んだものでは無いのか、と抗議する。
金織先輩は、そっと首を横に振った。
椎名は、絶望しながら赤くなるという器用なことをしながら、自クラスのテントに戻って行った。
「卜部先輩!ちょっとついてきて下さい!」
「………何よ。変な内容じゃ無いでしょうね?」
「安心して下さい。これです」
浅野が示した紙には、『同じ中学校の友達』(居なかったら同じ部活か同じクラス)とあった。
卜部は少し微妙な顔をした。
「………それ、他にもいるじゃない」
「ですが会長に行くのは少し、その、ちょっと気後れすると言いますか。一年生の奴らだと、その、ちょっと。いや一名は友達と言えるやつはいるんですが」
「………まぁ、良いわ」
「ありがとうございます!」
さて、啓誠はというと。
「九重先輩。ついてきて下さい」
「同じ部活の先輩とか?まぁ一応見せてよ。念の為」
「これですね」
それを見た九重は、凄く微妙そうな顔をした。
何せ、『ゲーマー』、なのだから。いや、確かに自分はゲーマーではあるのだが。
「なんでこうピンポイントなやつな訳?」
「まぁ、ある意味運が良かったです」
「ま、さっさと行こうか」
そして、神崎はというと。
「すまん!誰か、その、わさびを持っているやつはいないか!」
「………わさび?」
「うん。わさびだ」
………流石に、わさび持ってるやつはいないんじゃないかなぁ?と、Cクラス中が思っていたところ。
渚と雪村が、何かを思いついたのか、Dクラスのテントに向かって行った。
そして、椎名は。
「何も言わずに着いてきてくださいカルマくん」
「まぁまぁ待てよ椎名。教えてくれよ。何を引いたんだ?」
「貴方には関係ないです黙っててください龍園くん」
赤くなりながらも面白そうなことを口にしたので、龍園はとても楽しそうに口を挟んだ。
と、そこへ。
「カルマ!わさび持ってる⁉︎」
「何?神崎くんまさかそれ引いたの?はい。あげる」
「やっぱりカルマくん持ってたね」
「うん。予想通り」
小宮は、トラウマがフラッシュバックしたのか、震えていた。
「早く行きましょうカルマくん一位を逃してしまいます」
「はいはい。どうせ一番仲の良い異性の友達とかその辺りでしょ?」
「そうですその通りです分かってても口にしないでください」
Dクラス一同は、とても微笑ましく、それでいてどこか気まずそうにそれを見ていた。彼ら彼女らの視線は奥田に向いていた。
奥田は、首を傾げていた。
さて、全員借り物を確保して戻り始める。
一番有利なのは神崎だ。何せ、手のひらサイズの物なので。
『おおっと神崎くん大きくリード!このまま一着かぁ⁉︎』
神崎のリードを見た浅野の判断は早かった。
「失礼します!卜部先輩!」
「…………はぁ。もう良いわ。好きにしなさい」
卜部藤乃を姫抱きで抱き上げて一気に加速。背負う為に屈むのは、一着を取るには惜しいタイムロスだ。
女性陣から歓声が上がった。卜部先輩は諦観を滲ませていた。それはそれとしてちょっとだけ赤かった。流石に恥ずかしいらしい。
それを見た幸村の判断は早かった。
「失礼します!九重先輩!」
「ちょっ、辞めときなって!」
「安心してください!鍛えているので落としたりはしません!」
「そういう意味じゃなくってさぁ!あぁごめん愛里。波瑠加。本当にごめん」
九重は横抱きされながらも申し訳なさそうに両手を合わせてBクラスのテントに頭を下げていた。
佐倉と長谷部は、まぁ、九重先輩だし、いっか。となっていた。
「う〜ん。まぁ、しょうがない、か」
「まさか、待ってくださいカルマく──きゃっ」
カルマがひよりを姫抱きし、猛烈な勢いで金織先輩の元に向かっていく。
ひよりは、その、凄く赤かった。いやだって、全校生徒の前で姫抱きだ。普通に恥ずかしいし、ふつうに嬉しいいや嬉しくない全然嬉しくない一切全く何にも嬉しくない。だから、だから。
(お、落ち着いてくださいっ。私の心臓っ)
しかし心臓は凄まじい勢いで動き続け、最もゴールとテントが近いカルマが最初にゴールした。
降ろされたひよりは、震える手で紙を渡す。
「──合格です」
「は、はひ。ありがとうございましゅ」
椎名ひより。一位通過。
「くっ、少し遠かったか……!」
「おとなしく一年の方を選べば良かったわね」
「………まぁ、二位ですし」
浅野学秀。二位通過。
「………何故人を抱えたあの二人よりも、俺の方が遅いんだ……?」
神崎隆二。三位通過。
「くっ、まだ鍛え方が足りないか………!」
「人一人抱えてなら大したもんだよ。ほら、降ろしなって」
「………良い感じの重さでウェイトトレーニングになりそうなので、もうちょっと持ってても………」
「女子に重いとか言うなこの馬鹿後輩!」
「すいません」
幸村輝彦。四位通過。
さて、第二レースは、と。
Aクラス。神室真澄。Bクラス。堀北鈴音。Cクラス。一之瀬帆波。Dクラス。伊吹澪。
見事に女子で固まったな。
一番初めにくじを引いたのは鈴音。まぁ、大方の予想通り。鈴音は特に迷いもせず、真っ直ぐにうちのクラスまで戻ってきた。
二番目に引いたのは神室。頭を抱えて蹲っていた。
三番目は一之瀬。思わず笑ってしまったようだ。自クラスに戻る。
最後に伊吹。深いため息を吐いてから、自クラスに戻った。
やがて神室も、とても躊躇いながらも二年Cクラスに向かって行った。
「清隆くん。来てちょうだい」
「おう。分かった」
さて、お題は何だろな、と。並走しながら確認の為に聞いてみると、鈴音が見せてきた紙には、『イケメン』とあった。ちょっと、恥ずかしいな。
というより、人関係多い気がする。
「まぁ、物だと見つからない可能性があるもの」
「さっきわさび引いてるやついたが」
「それ作ったの私。赤羽くんなら持ってると思ったもの」
「確かにそうだな」
走りながら見回すと、一之瀬に連れられた渚はとても悲しそうな顔をしていた。まぁ、多分『女子みたいな男子』とか、その辺りだろうな。
伊吹は、『からし』らしい。カルマ大活躍だな。これも鈴音が作ったやつだろう。
神室は、テーブルゲーム部の先輩の、えっと確か、狐判先輩を連れてきた。
さて、一番最初に金織先輩の元に着いたのは、俺と鈴音だった。
「通過です」
堀北鈴音。一位通過。
次についたのは伊吹だ。まぁ、さっきのはカルマと浅野がおかしいだけだからな。
伊吹澪。二位通過。
その次は、一之瀬だった。金織先輩の笑みに、僅かに同情の色があったな。
一之瀬帆波。三位通過。
最後に神室。紙を受け取った金織先輩は、とても楽しそうに笑っていた。
神室真澄。四位通過。
「………よ、弱そうな人って、流石にあれじゃない……?」
「………ごめんなさい。稔先輩しか、思いつかなかったもので」
「さ、坂柳さんは?物理的には弱そうだし」
「………逆に先輩は、それで有栖を選べます?」
「………ごめん。今のは、私が間違えてた、ね………」
死刑には、なりたくないので。
第三レースは、Aクラス。葛城康平。Bクラス。櫛田桔梗。Cクラス。潮田渚。Dクラス。龍園翔。
龍園借り物競走とかやるんだ。
一番最初にくじを引いたのは龍園。
死ぬほどでかい溜息を吐いて、三年Dクラスに向かった。
二番目に引いたのは桔梗。
満面の笑みで自クラスに戻ってくる。
三番目は渚。
一瞬悩んで、すぐに一年Aクラスに向かった。
四番目は葛城。
内容を読んだ葛城は、でかい溜息を吐きながら、一年Cクラスに向かう。
三年Dクラス待機所では。
「あぁ〜〜その、すまん。風間先輩。ちょっと良いか?」
「何だ?…………おいまさか『小さい先輩』とか書いてあるやつじゃないだろうな?さては知り合いで小さい先輩が僕しかいないから来たんだろう?」
「まぁ、その、流石だな。とだけ」
「………天馬も小さいぞ。天馬を連れて行け」
「分かりました!りったん!さぁ、行きましょう、りゅーたん!」
「………りゅーたんって、俺か?」
「はいっ!」
「………そうか。うし、行くぞ」
一年Bクラス待機所では。
「清隆。来てくれるよね?」
「お、おう」
桔梗の紙には、『Sっぽい人』と。うん。俺と桔梗の関係さえ清く正しいものだったら、ちょっとしたおふざけで済んだんだが。
周りからの目が、その。鈴音も確かに、みたいに頷いちゃったから、その。
「…………ぽいじゃなくて、事実だったりするの?」
やめろそんなことを聞くな平田。鈴音も桔梗も曖昧に笑うな。やめてくれ。春樹と寛治と須藤は固まっていた。流石にこれは予想外らしい。
「あ、綾小路のやつ……まさか………」
「いや、いやいやいやいやいや。いや、いや、流石に、流石に………」
「ま、マジなのか?ま、マジで、その、二人まとめて食っちまったのか………?それも、ちょっと、アブノーマルな、感じで」
いや違う。食ってはいない。その、
「……………全速力で行くぞ」
「わぁ」
クラスメイトからの視線から逃れる為に、俺は桔梗を抱えて、全速力で逃げ出した。
女性陣からの歓声を背に。
一年Aクラス待機所では。
「あの、坂柳さん。ちょっと良いかな?」
「はい。………あぁ。もしかして杖とかその辺りですか?」
「うん。ちょっとだけ貸して欲しいです」
「良いですよ。はい」
「ありがとうございます。大事に使うね」
「頑張ってくださいね〜」
神室真澄に抱えられて座っている坂柳有栖から杖を受け取った渚は手を振りながら待機所を後にした。
何故抱えているのか云々は、後で聞くことにした。
一年Cクラス待機所では。
「その、だな。一之瀬か雪村に来て欲しいんだが」
「内容による、かも」
「『学年の人気者』、だ」
「うっわ。ちょっと恥ずかしいね」
「まぁ、しょうがないよね。どっち行く?あぁでも次あかりちゃんか。じゃあ私行くね」
「ありがと」
「すまん。助かる」
さて、借り物は、集まったわけだが。
俺が先頭をぶっちぎっているのを見た龍園の判断は早かった。
「………ちっ、抱えるぞ、先輩」
「別に良いですが、左手は使わないように。痛めていますね」
「………分かんのか」
「私、医者志望なんです」
「そうかよ」
右腕で抱き上げられた天馬は、落ちないように龍園の首に手を回した。片手で支えながら、龍園は全力で走り出した。
すごい歓声だな。美女と野獣ならぬ妖精と野獣か?
「わあ。りゅーたんすごい鍛えていますねぇ」
「なぁ。りゅーたん呼びはやめてくれねぇか?」
「ふっふっふっ。お断りします」
「そうかよ………」
さて、着順はというと。
一位。櫛田桔梗。
「おい綾小路。ちょっと話を聞きたいから後で校舎裏に来い。良いな?」
「良くないです。堀北先輩の目が殺す気すぎます!」
紙に何が書かれてあるのか大まかに察した堀北先輩は、俺を殺そうとしていた。
金織先輩も、ほのかに赤くなっていた。
「つ、通過です……」
二位。龍園翔。
「さてりゅーたん。ちょっとだけ保健室に行きましょう。取り敢えず左手の応急処置から、ですね」
「いやんなことする必要は………」
「行きましょう」
「いやそこまで気にせんでも」
「行きましょう」
「いや、その……」
「行きましょう」
「いや……」
「行きましょう」
「……分かったよ」
龍園翔は天久天馬に連れられて保健室に向かった。少し時間が経って。左手に軽いテーピングを施されて待機所に戻る。カルマに揶揄われた。
「可愛い女子の先輩抱っこした気分はどう?そんで治療してもらった気分はどう?ちょっとドキドキしたりした?」
「てめぇも可愛い女子姫抱きしてんじゃねぇか」
「…………お前ひよりさんのこと可愛いとか思ってんだ」
「二人とも少し黙ってください」
恥ずかしくなった椎名に、カルマと龍園は軽く叱られた。
三位。潮田渚。
「坂柳さん。貸してくれてありがとう」
「礼には及びませんよ」
「ごめんね。せっかく貸してくれたのに、良い順位取れなくて」
「構いませんよ。お疲れ様でした」
「…………それで、その、ずっと気になってたんだけど、何で神室さんは、坂柳さんを抱えて座ってるの?」
「…………四位だったのと、『弱そうな人』で有栖を連れてこようと一瞬でも考えた罰で、この借り物競走の間は椅子の刑、だってさ」
「四位の葛城くんにも、ちょっとお仕置きしないとですね」
「…………うん。程々にね」
仲が良いんだなぁ。
お互いにそこまで嫌な波長は見せていなかったので、渚はその場を後にした。
四位。葛城康平。
「………すまん」
「いや、まぁ。相手が悪いというか。あれは綾小路がちょっとずるかったからな。気にするな」
「さて葛城くん。あなたはこの借り物競走が終わるまでの間、絶対服従の刑です。私が飲み物欲しいと言えばダッシュで買いに行ってくださいね」
「あぁ。甘んじて受け入れよう」
「では、私と真澄さんと学秀くんの分を買ってきてください。他に欲しい人いたりします?」
「あーじゃあ俺も頼んで良い?」
「悪いな葛城。俺も頼むわ」
合計十五人分の飲み物の購入である。
「………十月に入ったばかりでよかった………」
十五万ポイントが振り込まれたばかりなので。
賭けで全ポイントを擦った葛城としては、心からありがたかった。
第四レース。一年Aクラス。森下藍。一年Bクラス。綾小路清隆。一年Cクラス。雪村あかり。一年Dクラス。奥田愛美。
紅一点というか黒一点というか。
一番最初にくじを引いたのは俺だ。うん。『眼鏡十個』か。十個かぁ。頭の中で数えながら、取り敢えず自クラスに戻る。啓誠と佐倉と外村で三個。後は、どうしようかな。
次に引いたのは茅野。すぐさま三年Aクラスに向かった。
三番目は森下。とっても楽しそうに自クラスに戻った。
最後は奥田。教職員待機所まで走っていった。
俺は啓誠と佐倉と外村から眼鏡を受け取り、その足で一年生の各クラスを周った、が。
集まったのは、九個。後一つ足りない。
………………やむを得ん。
俺は三年Aクラス待機所まで猛烈な勢いでダッシュした。
三年Aクラス待機所では。
「飛騨先輩!お借りしたいものがあるのですが!」
「何かしら雪村。同じ同志として、あなたの頼みは可能な限り聞くわよ」
「ありがとうございます!お題『豆乳』です!」
一瞬、時間が止まった。
その、色々なものが、繋がってしまうので。橘も神田も堀北も、気まずそうに明後日の方向に視線を向け始めた。
「…………ちょっと、ボトル、持ってくるわね………」
荷物を探るその背中には、何だか哀愁が漂っていた。これが雪村以外だったら、持っていないと嘘をついたかもしれない。
だが、その、雪村もまた、
「すいません堀北先輩。眼鏡を貸してくれませんか」
「成程。眼鏡十個だな。良いだろう」
「ありがとうございま」
「ただし条件がある」
「………ですよね」
半殺しにされるのは、覚悟の上だ。
多分校舎裏に呼び出されるんだろうなぁ。
「一週間後の金曜の放課後は、空いているか?」
「まぁ、空いていますけど」
部活にも入っていないし。その日は確か、勉強会も一旦休みだったからな。
「ならちょうど良い。金石が二人で話がしたいそうだ。俺が立ち会うから、会ってくれないか?」
「………?金石先輩が?まぁ、良いですけど」
俺と茅野は殆ど同時に、眼鏡とボトルを受け取って、走り出した。
一年Aクラス待機所では。
「ついてくるのです神室真澄」
「…………お題は何よ」
「『ツンデレっぽい人』です」
「嫌よ」
「?神室真澄はツンデレでしょう?」
「い、や!」
「嫌よ嫌よも好きのうち、というやつですか。諦めたらどうですか神室真澄。あなたはクラス中からツンデレだと思われているんですから」
「だとしてもいや!えっ、ていうか私そんなこと思われてるの⁉︎」
「ぶっちゃけなぁ」
「うん。割とツンデレだろ」
「はぁ⁉︎」
「ほらほら早くいってください真澄さん。ここで順位を落とすのはダメですよ。学秀くん以外はどちらも最下位なんですから」
「………くっ、分かったわよ」
神室真澄と森下藍は同時に走り出した。
「すいません!黒井先生いらっしゃいますか⁉︎」
「はいはい。何か用かしら奥田ちゃん」
「『鍔の広い帽子』がお題でして!」
「ふふふ。確かに、私のトレードマークね。ほら、貸してあげる」
「ありがとうございます!」
「構わないわよ。いってらっしゃい」
「いってきます!」
奥田愛美も走り出した。
『教職員のテントが一番ゴールに近いぞ!有利なのは奥田愛美だ!』
…………流石に距離が空きすぎているか。奥田は一位で通過した。
二位は森下。
三位は森下にギリギリで逃げ切られて俺。ちょっと探し物に時間食ったな。
四位は茅野だ。
さて、第五レース。Aクラスからは橋本正義。Bクラスからは平田洋介。Cクラスからは柴田颯。Dクラスからは赤羽業だ。
一番にくじを引いたのはカルマ。満面の笑みで一年Aクラス待機所へ。
次は平田。すごく悩んでいたが、自クラスへ。
三番目は柴田。頭を抱えている。
四番目は橋本。楽しそうに、プラカードを首から下げている四人の元へ向かう。
成程。橋本のお題は『プラカード』か。
プラカードは外せないので、四人のうち一人を連れて行くことになった。
「じゃあ取り敢えずじゃんけんしてくれません?なる早で決めてくださいね」
「よーしやるわよ」
「あー僕はレンガ乗せられまくってちょっと足が………」
「嘘をつくのはやめたまえ。貴方がその程度で走れなくなるわけがないだろう」
「そうだよ遊真ちゃん。ほらほら手出して」
「………はぁ」
「「「「じゃんけんぽん!」」」」
負けたのは、花咲ほむら。
「うぇ〜〜。また公開処刑〜〜?」
「自業自得っすね花咲先輩。ま、ゴールに近くてよかったです。これなら一位確定なんで」
「………う〜〜ん。多分それは、見通しが甘いかもねぇ」
ほむらの視線の先には。
坂柳有栖を抱えて走る、赤羽業の姿があった。もうゴールは目の前だ。
「やっっっば!」
慌てて花咲先輩を連れてゴールに向かうが、一位はカルマである。
「通過です」
「待ってください金織先輩通過判定は納得できません」
「私がそう判断しました。何か問題が?」
「…………くっ」
「諦めなよ坂柳さん。坂柳さんはどこからどう見ても『実は性格悪そうな人』だからさ」
「………こんなお題考えたのは絶対に学秀くんですね………!」
カルマは足の小指を杖で突かれているが、特に痛くはないので放置した。
ただ、その、坂柳を抱き抱えているのを見たひよりは、頬を膨らませて。愛美も少しだけモヤモヤしていた。
二位通過は橋本正義である。
「くっそ。完全に油断した……!」
「何してるんですか橋本くん一位狙えたくせに」
杖で橋本の小指の先を小突き出す。まぁ、うん。
「多分そういうところが性格悪いって思われる理由じゃないかなぁ?」
「何ですかほむら先輩。貴方にだけは性格悪いとか言われたくないんですけど?バカみたいなプラカード下げてるくせに」
「あっ、言っちゃいけないこと言った!酷い‼︎」
三位は平田洋介。連れてきたのは山内春樹。
お題は『嘘付きっぽい人』である。
「なんかこれ、人によっては怒りそうなお題だよな。俺にとっては褒め言葉だけどさ」
「うん。さっきの『Sっぽい人』とか、今の『実は性格悪そうな人』とかも、ちょっとあれだよね」
この辺りのお題を考えたのは、基本的に浅野学秀と南雲雅である。
「……………清隆は、マジで、その………」
「本人曰く一線は超えていないらしいよ。最後の一線以外は悉く超えてる感じするけどね」
「……………アイツマジでさぁ」
「まぁ、責任はちゃんと取るでしょ」
四位柴田颯。持ってきたのはハンガー。
むしろよく見つけたな。
そして最終レース。Aクラスは鬼頭隼。Bクラスは須藤健。Cクラスは姫野ユキ。Dクラスは石崎大地。
一番にくじを引いたのは須藤。頭を抱えた。
二番にくじを引いたのは鬼頭。立ち尽くした。
三番目は石崎。途方に暮れた。
四番目は姫野。固まった。
マジで何を引いたんだあの四人。
やがて須藤はDクラスに向かって行く。小宮が連れ出された。成程。同学年の同じ部員とかその辺りか。
鬼頭は教職員の方に頭を下げた。茶柱が借り物としてついていくらしい。お題喫煙者とかか?マジで?いや誰だよこんなお題考えたやつ。
石崎は色んなテントに頭を下げて回っていた。三年Dクラスにはあったらしい。バイオリンだ。何でだよ。誰だよ持ち主。誰だよお題考えたやつ。何で体育祭にバイオリン持ってきてんだよ。
姫野は、二年Cクラスのテントに向かっていった。桃井パイセン応援用の、大旗を担いで走ってくる。重そうだな。あれ。これまでを踏まえると旗は随分と現実的だな。うん。
一位は須藤。二位は鬼頭。三位は石崎。四位は姫野だ。
なんか、凄く笑いを堪えているな金織先輩。まさか、あれなのか。このレースのお題、全部自分が考えたやつだったりしたのか。
………マジっぽいな。桔梗も渚も固まってるし。波長的にそうなんだろうな。
……………割とお茶目なとこもあるのか?
その後、二年生三年生の借り物競走のハイライトを紹介していこう。
二年生の方ではやはり桃井パイセンの無双だった。強すぎ。ぶっちぎりでくじを引いた桃井パイセンは、『各学年一人づつ』のお題を達成するために、プラカードを首から下げて正座中の占藤先輩と花咲先輩を回収(文字通り)して、抱えながら一年Aクラスのテントに向かい、浅野をヒョイっと持ち上げて、三人まとめて背負いながら判定の一之瀬の元に向かっていった。
人三人背負ってるのに、何で他の先輩たちよりも速かったんだろう。
烏間先生なら出来るだろうけど。
マジで自衛隊とか入らないか?烏間先生の後継候補だろう。
三年生の方だと、堀北先輩が凄かった。
いやまぁ、身体能力的にももちろん凄かったんだが。その、引いたお題が、『大切な人』だったらしい。
最後の抵抗で占藤先輩が一枚だけ仕込んだそれを、この土壇場で引くその運に、心から尊敬する。
金石先輩も心から称賛の拍手が送っていた。
全校生徒が期待の目で見守る中で、堀北先輩は何だか、真顔でいた。
「………ねぇ、鈴音。会長さんってさ」
「………きっと、兄さんなら。
張り詰めた雰囲気で、何かを考え込んだ堀北先輩はやがて、覚悟を決めたのか、或いは、吹っ切れたのか。そんな顔で、走り出した。
橘先輩の元に向かった堀北先輩は、もうこれ以上ないくらいに赤くなって、氷だったら溶ける通り越して蒸発するぐらいには熱くなってそうな橘先輩の手を引いて、判定の桐山先輩の元まで向かっていった。
三年生はクラス関係なく全員が。
二年Cクラスと、二年Dクラスの全員が。
南雲先輩と朝比奈先輩除いた二年Aクラス全員が。
鬼龍院先輩と九重先輩を除く二年Bクラスの全員が。
それから一年生全員の拍手に包まれながら。
まさしく新郎と新婦入場みたいな雰囲気の中、堀北先輩と橘先輩は桐山神父、じゃなかった先輩のところまでやってきたところ。
「すまない桐山。変わってくれないか?」
「良いですよ。堀北先輩の為ですし」
「ありがとうございます。桐山くん。未熟者ですが、精一杯勤めさせて頂きます」
神田先輩の手引きで、桐山神父、じゃなかった先輩と、日野神父、じゃなくて先輩、いや、将来的には神父だしあってるか、日野神父が入れ替わっていた。
おずおずと紙を差し出して、それを確認した日野神父が、厳かに手を挙げると、拍手が止む。
まさしく教会だ。
共にレースを走っていた筈の猫実先輩は、借り物の花束を抱えながら、しかしゴールはせずに、二人を待っていた。
同じくレースを走っていた白銀先輩も、借り物のキャンドルを抱えながら、二人を待っていて。
同じくレースを走っていた筈の、Dクラスの、確か剣城先輩だったか?は、借り物のケーキを、穏やかに机の上に置いて。休憩所から引っ張り出してきたバイオリンを、構えた。あのバイオリンあの先輩の持ち物だったのか。
「汝、堀北学。貴方はこの紙にある通り、橘茜は、『大切な人』であると、誓いますか」
「………誓おう」
「汝、橘茜。貴方はこの紙にある通り、堀北学は、『大切な人』であると、誓いますか」
「………………ち、ちちち誓います」
借り物競走ってこういうものじゃないだろうとは、誰も言わなかった。
鈴音なんかうっすらと泣いていた。
「────では、誓いのキスを」
「ま、待ってください‼︎」
橘先輩は、堀北先輩の腕を掴んで、俯きながら。
「…………もし、私の、自惚れじゃないなら。………ちゃんと、言葉にしてください」
「………………ずっと待たせて、すまなかったな。この体育祭は、俺の最後の仕事だった。…………もう、俺は、会長じゃない、から」
本当は、次の会長選挙が終わるまでは生徒会長を続けるものなんだけど。
体育祭を終えた後は、
だから、堀北先輩はもうすぐ、会長じゃなくなる。
「…………ずっと、そばにいてくれてありがとう。…………あの日から、君は、俺の、大切な人になっていた」
あの日は、一体どの日なのか。
俺には分からないけれど、橘先輩は、分かったらしい。
ゆっくりと、顔を上げた橘先輩の頬を、愛おしそうに包み込んで。
「…………好きだ。茜」
啄む様な、キスをした。
全校生徒の拍手と、剣城先輩の美しい演奏が響き渡る中で。
朝比奈なずなは、目を逸らした。
南雲雅過去編の中で、堀北会長の言うあの日の話もやります。
今の所の予定ですが、南雲雅引いては一年前の一学期編は七話構成でお送りします。